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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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  ――せつなる恋の、その愛しさよ。


         『精霊神レアシルウィア、竪琴を爪弾き』











 ◆



「さあ、選べ!」

 武器を先に選ばせてくれるというあたり、きちんと戦士の作法は守ってくれるのだなと思いつつ、僕は提示されたレイピアのうち、一振りを手にとった。
 相手もすぐさまもう一振りを手にした。

 時刻は夜。
 白亜の壁に、金の燭台と紅の飾り布が目に鮮やかな、豪奢なダンスホール。
 あたりの紳士淑女は騒然とした様子で、僕たちを遠巻きに見守っている。

 僕が向き合っているのは、金髪を後ろになでつけた、なかなか体格のいい青年だ。
 少しだけお酒が入っているのか、顔は紅潮しており吐息は酒臭い。

 彼は光沢のある繻子織り(サテン)の、豪華な夜会服の上着を脱ぎ捨てて、困惑気味の従者に渡す。
 これから激しく動く以上、破らないようにという配慮だろう。

 僕も手早く藍色の夜会服の上着を脱いで、白いシャツ姿になり――それから困ってしまった。
 預けるべき従者のたぐいを、連れて来ていないのだ。

「あー、すみません」

 振り向く。
 その先には――

「……はい、騎士さま」

 若い女性がいた。数えで十九歳になった僕より、少し年上だと思う。
 その黒いドレスは、白い肩を、思わずドキリとするほど大胆に露出するデザインだ。

 美しく結い上げられた黒髪、整った鼻筋。
 特筆すべきは、その瞳の色だろう。
 片方は謎めいた紫苑色、もう片方はヴァラキアカを思い出すような、妖しさを感じる黄金。

 ――虹彩異色症(ヘテロクロミア)だ。

 吸い込まれるようなその瞳。
 そして薄紅の引かれた可憐な唇に、艶めいた曲線を描く首筋のライン。
 薄いドレス地に、肉感的な胸元――思わず視線が流れたことを自覚して、控えめに目を逸らす。

「何なりと、承りますわ?」

 思わず同情し、言うことを聞いてしまいそうな、微かな悲哀に揺れる声。
 上目遣いの震える笑みには、なんというか、思わず目を引かれてしまうような色と艶がある。

 ――高級娼婦(コーティザン)というのは恐ろしいなぁ、と思った。

 身振り、手振り、首を傾げる動作一つで、見事に視線や印象を誘導されている感がある。
 これから何故かしなければならない決闘のお相手より、正直言って、よほど恐ろしい気がする。
 シチュエーションだけ見れば、美女を背に守って決闘という、なんというか、あまりにもベタなものなのだけれど……どうも、背筋がゾワゾワする。

「……お手数ですが、預かって頂けますか」
「喜んで」

 畳んだ上着を頼むと、彼女は快くそれを預かってくれた。
 これでとりあえず、上着の問題は片付いた。
 続いては――

「やめませんか?」
「なんだ、臆したか? ハッ、竜殺しの勇者が!?」
「……お酒もきこしめしていらっしゃるようですし、お戯れなら度が過ぎます」

 お酒に酔ってのお戯れということにしませんか、と暗に提案したつもりだったのだけれど。
 彼は鼻で笑うと、白いテーブルクロスの上、彩りある料理が並べられ、キャンドルの火が揺らめく長机につかつかと歩み寄り……

 風切る一刀で、華やかな燭台に載った蜜蝋の先端を斜めに切り飛ばした。
 蜜蝋の先が勢い良く吹き飛び、床に転がるその灯芯からは火が消えて、煙が立ち上る。

 蝋燭の鮮やかな断面。
 酒気が入っているとはいえ、鋭い剣筋に周囲がざわめいた。

「俺は本気だ」
「……左様ですか」

 ならもう、仕方ないかなぁ、と思いつつ。
 僕もテーブルに歩み寄り、適当な蜜蝋に向けてレイピアを振った。

 ――何も起きない。

「……ハッ、空振りか?」

 野次馬めいた周囲の困惑と、決闘相手さんの嘲りをよそに。
 僕は蜜蝋の上部を軽くつまんで、周囲にアピールするように持ち上げた。

 ――切れている(・・・・・)

 直立した蝋燭に真横から刃を通し、一見して切れていないように見えるほど、綺麗に切ったのだ。
 ……あなたと僕では腕の差がありますよ、というアピールだ。

 先に倍するざわめきが起こり、決闘相手さんがわなわなと震える。
 もちろん、こんな脅かしで引き下がってくれる状況ではないのは分かっているし、逆に挑発にしかならないことは知っている。

 ――アピールしたのは、周囲に対してだ。
 この実力差を見たら、決闘相手さんの死傷を避けるために、誰か何がしかの助け舟を入れてくれないかなぁ、と思ったのだ。
 ゆっくりと周囲を見回すけれど、どうやら、誰も仲裁に入ってくる様子はない。

 とても困った。
 どうやら本当に、やりあうしかないらしい。

「名誉にかけて」

 相手の青年がレイピアの切っ先を天に向けたまま、柄や護拳の部位を顔の前に持ってきて、礼の仕草を取る。
 こうされたらもう、応じるしかない。

 僕も同様に護拳を顔の前に持ってきて、礼の仕草を取る。
 普段よく使う、辺境の戦士の礼とは違う、細剣術による決闘礼だ。

「善なる神々と、名誉にかけて」

 形式的な礼の終わりを示す口上とともに、決闘は即座に始まり――
 次の瞬間、僕は驚愕を余儀なくされた。

 
 ◆

 
 青年の鋭い踏み込み。
 蛇の舌のようにレイピアの先端が迫ってくる。

 
 ――予想より(・・・・)三段は疾く(・・・・・)

 
「ッ!」

 風切り音とともに刃をしならせ、弾く。
 けれど、続けざまに二の刃、三の刃――
 剣風が唸りをあげ、よく粘る良質の鋼同士が打ち合わされる澄んだ音が、高らかに響き渡る。

 右手だけでレイピアを構え、左手を腰にあてた細剣術の構えで応じながら、僕は内心で唸っていた。
 明らかに、酔っぱらいの剣じゃない。

「どうしたどうしたァッ!」

 酔っているように見せているけれど、至って素面。
 頬の紅潮は化粧? 吐息が酒臭いのはまさか、わざわざ口に蒸留酒でも含んでいたのか。

「はッ!」
「っ!」

 右腿を狙った薙ぎを払い、手首を返して突きを狙うけれど跳ね除けられた。
 続けざまに、ほとんど剣身が見えない勢いで刃が縦横に振り回され、鋼がかち合わされて火花が爆ぜ飛ぶ。
 派手な剣戟の応酬に、観衆のざわめきが一層強くなった。

 反射神経の限界に挑むような、超高速での応酬を旨とするレイピア剣術と、一箇所でも血を流させたら勝ちの繊細な決闘ルールは、なかなか普段と勝手が違う。
 こうしてみると左手を後ろに回して右手一本で剣を構え、完全な半身(はんみ)でステップを踏む、この構えの合理性も分かるというものだ。

 ――どこまで仕組まれてたのかなぁ、これ。

 などと呑気に考えながらも、流石に僕もギアを上げることにした。
 いったいどういう仕込みであるにしろ、負けるよりは勝つほうが、僕と殿下の面子は守られるだろう。

「はッ!」
「っ!?」

 力を込めてレイピアを振るい、強引に刃をぶつけていく。
 これまでの澄んだ音とは違う、濁音混じりの激音が響き、相手の剣が腕ごと大きく開いた。
 慌ててリカバーしようとする相手の剣に、より力強く、そして速く、もう一撃。
 更に大きく腕をもっていかれ、相手が動揺する。

 レイピアによる決闘は、超高速にして繊細な世界だ。
 それは認めよう。

 ――しかしそれでも、鍛えぬかれた筋肉による暴力があれば、大抵のことは解決するのだ!

 速度と技量をきちんと用いたうえで、相手を上回る筋力でゴリゴリと押しこんでゆくと、あっという間に相手は劣勢になった。
 一応これでもまだ、竜の力に頼り過ぎないように、真人間だった頃くらいのパワーに抑えているので、つまり相手は筋力トレーニングが足りない。

 苦し紛れに突き出された一撃をかわして、一気に踏み込む。
 互いに密着するような距離から足をかけて転ばせつつ、僕は申し訳程度に相手の肩に傷をつくった。

「ぐッ!」

 シャツが裂け、朱が滲む。
 肩を覆う位置にある三角筋という筋肉は、上半身に多々ある筋肉の中でももっとも太く分厚い部位のひとつだ。
 軽くレイピアの先で斬りつけても、あとあと深刻なことになりづらいので安心感がある。

 そうして勝利条件を満たすと、僕はすぐに刃を引いて距離をとった。
 高速のやりとりに、周囲の観衆の多くが、何が起こっているかわからない内に、

「足がもつれてしまったようですね! やはり少々、お酒が過ぎます!」

 と、大きめに声を出す。
 倒れた相手が、目を丸くしてこちらを見た。

「倒れる際に肩を刃に引っ掛けてしまったようですし……君、すぐにご主人に治療を」

 と、相手方の従者に促すと、従者さんも恐る恐るといった様子で近寄ってきた。

「……お酒は怖いですね」

 手を差し伸べると、意外と素直に相手は僕の手をとってくれた。
 助け起こす、と……

「アンタに敬意を表する」

 と、小さな声でそんな言葉を囁かれた。
 そのまま悄然とした様子で、青年貴族は従者に付き添われて、ダンスホールから退場してゆく。
 僕はレイピアを従者の一人に返すと、さて、と心の中で呟いた。

 観衆の中には、エセル殿下の姿が見える。
 頬を痙攣させていらっしゃるけれど、あれ、笑いをこらえてるのか顔が引きつってるのかどっちだろう。
 前者であれば良いなぁ、と思う。

「――もし。その、お怪我はありませんか?」
「ええ、幸いに」 

 控えめな声に振り向くと、黒いドレスの彼女がいた。
 高級娼婦(コーティザン)
 琴棋書画の達人、社交界の華――笑みと春を売るひと。

「そう……良かった。ほっと致しましたわ」

 儚げな、花のほころぶような笑み。
 けれどその幾らが本音で、幾らが演技なのだろう。

 なんだか神さまの啓示とかそういうの抜きで、背中がゾクゾクする。
 ヴァラキアカのような直接的な圧迫感じゃなくて、気づいたら服の中に猛毒持ちの蛇や虫が紛れていた、みたいな悪寒。

「改めて、騎士さまのお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「……ウィリアム・G・マリーブラッドと申します。レディ」
「まぁ! それではやはり、貴方が……ご高名はかねがね伺っておりますわ」

 胸に手を当ててそう告げると、彼女は目を見開いて、さも驚いた、といった風に上品に口を開けた。
 それから、華麗な扇を閉じたまま唇に当て、

「ウィリアムさま。――どうか、わたくしめのことは、ルナーリアとお呼び下さいまし」

 脳を蕩かすような、ゆったりした声でそう言った。
 男なら思わずのぼせ上がりそうなその声音、そっと恥じらうように距離を詰めてくるその仕草。
 けれど、それに対して湧き上がるのは、好意でも動揺でも恋慕でもなかった。

 ――怖い。
 何だかこの人、レイピアの切っ先よりも怖い。

 とても綺麗で、とても甘やかな印象、なのだけれど――
 猛毒の短剣(アサシンズダガー)を手にした相手に、密着されているような気分になる。

 ……近づいてくるエセル殿下の気配を感じつつ、僕はどうしてこんなことになったのだろうと、これまでのことに思いを馳せるのだった。

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