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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈間章二〉

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2:白帆の都にて

 竜退治の事後処理は、本当に多忙を極めた。
 なにせ各地の村々には竜の敗北を知らず、恐怖と不安にかられたままの人々がいるから、これを慰撫して回らないといけない。

 エセル殿下の支配地あたりなら法と秩序が行き渡っているからまだマシなのだけれど、《獣の森》には訳ありで隠れ住むようにしている人たちも多い。
 そんな集落がごろごろ転がる地域で、僕が『名目上の領主』としてなんだかんだ尊重されているのは、単に、強いからだ。

 魔獣や悪魔を退けるほど強く、善なる神の加護を得て傷や病を癒せて、権力との繋がりや経済力がある。
 つまり、利用価値がある。
 よって利用できるうちは利用する。

 そんな極めて分かりやすい論理で、僕はそれなりに配慮され敬われている。
 要は山賊の大親分くらいの立ち位置だ。

 もちろん《灯火の川港(トーチ・ポート)》あたりになると、そこまで乱暴な論理で僕を見ている人ばかりでもないけれど――
 森の奥の小さな集落とかだと、そんな感じであることも否定しがたい。

 帰って早々、《森林巨人フォレストジャイアント》部族の居所を手配に動いたのも、このへんが原因だ。
 恐怖にかられた村人たちに、巨人部族が邪竜の尖兵だとでも誤解されては大事だからだ。

 ……前世でもそうだったけれど、緊急時のデマというのは、「大変だ! 伝えてあげないと!」という善意によって恐ろしく高速で広まってしまう。
 こういうのは正確な情報を持った人間ができるだけ早く布告を行って、誤情報が散布される土壌を叩いてしまうのが大切だ。

 そのために、巨人さんたちと初期の交渉をすると、今度はそのまま主要な村々に対し、直接に事情を説明して回った。
 ビィも《灯火の川港》で吟遊詩人たちに歌を広めてくれ、トニオさんも行商人に噂を流してくれている。
 デマによる被害は、たぶん抑えられるはずだ。

 その辺の作業と同時並行で、《花の国(ロスドール)》のほうに救援物資を送った。
 体が二つあるわけでもないので、このへんの指揮は予算を預けてメネルに丸投げしたのだけれど、どうやらうまくやってくれたようだ。

 またルゥを始め、ゲルレイズさんやアグナルさん、グレンディルさんたちドワーフ族が中心となって、有志を募り始めた。
 《くろがねの国》へ向かう経路の確立と、悪魔の残党の掃討のためだ。
 僕に代わって《灯火の川港》を預かっているレイストフさんが、戦友のよしみで彼らの後援を行っている。

 この分だと、ヴァラキアカの亡骸の解体や、竜が集めた財宝の整理、分配に手をつける日も近いだろう。
 この辺の事業の全てが、《南辺境大陸(サウスマーク)》の人類圏の南進にも繋がりそうだ。

「――先ほどの経緯の報告と合わせて、現状はこういった具合ですね」

 と、あれこれの事柄を整理して、僕は語った。
 ここは《白帆の都》の大神殿の一室だ。

 室内、座った僕の対面には巨大な人影があった。
 とにかく大きい。
 縦にも身長が高いし、横にもだいぶ恰幅がいい。

 不機嫌そうにしかめられた眉間。
 金糸銀糸の縫い込まれた、ゆったりと威厳ある神官服に、とんとんと机を叩く指には金銀の指輪。
 バート・バグリー神殿長だ。

「……他に言うことは?」
「いえ、ありません」
「そうか」

 バグリー神殿長はしばらく沈黙した。
 この人の沈黙は、怖い。
 また何か怒鳴られるのではないかと思った、その時――

「……まぁ、その、なんだ。よくやった」

 と、そっぽを向きながら、小さな声で神殿長は告げた。
 僕は一瞬、その言葉の意味が分からず、硬直してしまった。

「よ、よくやったと言っておるのだ! おぬしが邪竜を討ち取ったことで、ワシも殿下もアンナやシャノンもみな救われた。
 まぁ少々、無茶と独断専行がすぎるきらいもあるが、状況的に仕方もあるまい。書面である程度の状況報告はしておったしな」

 神殿長はやたらと早口にそう言う。
 ……バグリー神殿長にはいつも未熟を指摘されて怒られてばかりなので、びっくりしてしまった。
 目がまん丸になっていると、自分でも分かる。

「……何だその顔は。そんなにおかしいかっ!?」
「いや、なんていうか、その……」

 それから表情が、少し緩む。

「嬉しくて」

 神殿長には、与えてもらい、教えられてばかりだった。
 だから――

「ありがとうございます。ご恩返しができたなら、僕も嬉しいです」

 そうお礼を返すと、神殿長はぷるぷると震えだした。
 頬肉もぷるぷる震えている。
 そのまましばらく言葉を選ぶように沈黙し、それからバグリー神殿長は、ふん! と荒っぽく鼻を鳴らした。

「……竜殺しの栄誉を手に入れたからといって、油断するなよ?」
「ええ。その栄誉は、呪いと心得るつもりです」
「ならば良い」

 神殿長は、ふん、と今度はもう少し穏やかに鼻を鳴らした。

「流石にもう、成り立て(ノービス)などとは呼べぬな。……聖騎士殿よ」

 そう呼んでもらえないのは、なんだか寂しい気がするけれど。
 ……でも、示しというものもあるし、これが区切りなのだろう。

「あの。――神殿長」
「なんだ」
「もし僕が、竜の力と呪いに呑まれ、増長してしまったら……」
「うむ」

 バグリー神殿長は、笑った。

「その時は、また『成り立て(ノービス)』呼ばわりだな。目覚まし代わりに重戦槌(ヘヴィーメイス)をくれてやる」

 その言葉に、僕も笑った。
 気難しいこの人と笑い合うのは、たぶん、はじめてのことだった。

 
 ◆

 
 《白帆の都(ホワイトセイルズ)》の領主館の応接室。

「見事に、『絶望を蹴飛ばした』な」

 ニヤリと唇を歪めたのは、灰色の髪に鋭い目の王族にして、《白帆の都》の領主。
 王弟エセルバルド・レックス・ファータイル――エセル殿下だ。

「《白帆の都》でも、今は聖騎士殿の竜退治の話でもちきりだ」
「訪った時には、びっくりしました」

 あちこちから花びらは降って来るし、歓声と喝采と拍手、それに祝福の声はひっきりなし。
 殿下が事前に、僕が押し寄せる人に呑まれないようにと警護の兵を動かしておいてくれて、ものすごく助かったけれど、どうにも座りが悪いというか――

「実際に、それだけのことを成し遂げたのだ。……神代の竜を討ち取るなど、古来より稀な偉業だぞ」
「僕一人の力ではありませんから」

 実際に、僕一人では死んでいただろう。
 多くの助けがあって、やっと成し遂げた勝利だった。
 そう言うと、

「やれやれ、けいは謙虚だな」

 と、エセル殿下は笑った。

「もう少しくらいは己が功を誇り、相応しい報奨を求めても、流石に神々も怒りはすまい」
「性に合わないのです。……あ、でも、もし褒美が頂けるようであれば、よろしければ《花の国》と《くろがねの国》への支援をお願いできれば」

 分かった分かった、と肩をすくめて頷く殿下は苦笑気味だった。
 それからふと、その笑みを消すと、ゆっくりと息をついて――

「……こたびの件では力になれず、すまなかったな。《花の国》と《くろがねの国》含め、事後処理と復興には手を貸すことを確約しよう」

 と、彼は言った。
 少々、申し訳無さそうな口調だ。

「助かります」

 と、僕も素直に頷く。
 もちろん、この申し出はまったくの善意ではなく、利害も絡んでいるはずだ。
 竜を倒し、広がった領域に絡む諸々の利益に絡みたいとか、そういうこともあるかもしれない。
 ――ただ実際、僕だけでこれらの地域を支援しきれるわけもないので、ここは持ちつ持たれつだ。

「他には何かないのか? ……けいは無欲すぎる。これで加護持ちの神官殿でなければ、逆に不気味に思うところだ」
「……適度に何か要求したほうが良いですかね、やっぱり」
「うむ、独自の信条があって無欲な人間というのは、なかなか怖いものがあるからな。ほどほどに欲を見せてもらいたい」
「では少しだけ、わがままを言っても?」

 小首を傾げて問いかけると、殿下はうむ、と鷹揚に頷いた。

「……更に南を切り取る許しを頂けますか?」

 そう言った瞬間。
 灰髪の王族の瞳が、更に鋭さをました。

 あ、いま地雷踏んだな、と僕は直感した。
 けれど、どんな種類の地雷を踏んだかもわからないので、とりあえず話し続けるほかはない。

「どうしても開拓したい街が、《灯火の川港》のすぐ南にあるのですが、これまでは不安定な状況ゆえ、なかなか手を出せませんでした。
 ですが、《灯火の川港》も、そろそろ落ち着いたので……」

 あの湖畔の死者の街を、人の住む場所へ戻したい。
 あまり欲しいものもない僕だけれど、それだけは確かな願いだ。

「それゆえ、もう少し南までの土地を切り取りたく存じます」
「それは難しい。少なくともすぐには無理だ」

 返事は、即座のものだった。

「……なぜでしょう?」
「今、本国が二派に別れて揺れていることは知っているか?」
「あ、ええと……南の大陸の開拓を進めようという派と、それを嫌う派、でしたか」
「ああ。《開拓派》と《防衛派》だな。――これ以上、手を広げるとなると、後者が無視できぬ」

 殿下の眉には、深い皺が刻まれていた。

「考えてもみよ。本国を離れた王弟が、海を挟んだ向こうの大陸で力を蓄え、軍を増強し――おまけについには謎めいた出自の竜殺しの英雄を抱えたのだ。
 しかもその王弟ときたら、その竜殺しの英雄を旗頭に種々の種族を取り込み、さらに南まで切り拓く構えとなれば、どうだ?」
「あ、あー……」

 そう言われて、ようやくそのへん鈍い僕でも分かった。
 ……これ完全に、謀反を疑われてもおかしくない案件だ。
 ふっと呼びだされて戻ったら、その場で拘束されて投獄とかありうる系の。

 けれど、それだと――

「南進は難しい、ですか」
「ああ」

 一度は帰った故郷が。
 また、遠くなってしまったような気がして――

「少なくとも、今はな」

 けれど直後に、王弟殿下は肩をすくめてそう言った。

 
 ◆

 
「今は?」
「それはそうだろう。流石に本国にろくに顔も見せず、なし崩しに支配地を拡大すれば、いくらなんでも叛乱の疑いをかけられるのはやむをえん」

 エセル殿下は、そう言って、自らの顎に手をやり――

「我が兄、オーウェン王に一度、相談にあがるとしよう。けいも忙しい時期かとは思うが、今年の夏は空けておけ」

 明るい口調でそう言われて、僕は少し考える。
 予定を開けることは問題ないけれど――

「それで、あっさり解決するのでしょうか?」

 オーウェン王は、良くも悪くも平凡な方だと聞いている。
 いくら弟のためとはいえ、不平や懸念を並べる臣下を押し切ってくれるのだろうか?
 そう思ったのだけれど、

「ん? 解決するわけがないだろう」
「えっ」
「解決するわけがない」
「…………」
「我が兄ではなんともならん」
「…………」

 ある種の、信頼と確信のこもった声だった。

「だから、王へ行うのは相談のみだ。――その上で、各派閥に働きかけて、もう少し拡大方針に傾ける工作を行う。夏は宮廷コートも華やかな時期だからな」

 ああ、うん。
 自前でやるんですね、全部。

けいにも無論、協力してもらうぞ?」
「…………僕がですか?」

 言ってはなんですけど、僕、派閥工作とかだと何の役にも立たないと思いますよ。

「いや、なにもけいに巧みな政治手腕だの、流れるような弁舌だのを期待しているわけではない。
 ――ただ、夏にもなればファータイルの首都、《涙滴の都(イリアスティア)》にも竜殺しの武名は鳴り響いていよう?」

 私がその英雄を連れ歩いたほうが、何かと効率が良いに決まっているだろう、と言われた。
 言われてみれば、仰るとおり。

「つまり僕の役目は、カカシですか?」
「そんなところだ。うまく睨みをきかせてくれ」
「かしこまりました、頑張ります」

 そういうことなら、気楽な話だ。
 メネルは故郷の森の方に行く予定らしいし、ルゥは復興で忙しいだろう。
 レイストフさんには留守番を頼まねばならないし、ビィは根っからの自由人だから気が向くか次第。

 ……トニオさんあたりは同行してくれるかな?
 ファータイルの首都のほうに人脈を広げるというのは、きっと悪いことではないはずだ。

 普段とは、だいぶ違った面子での道行きになりそうだなぁ、と思う。

「……あ、そうだ」
「なんだね?」

 これは聞いておかないといけない。

「ファータイル王国には、少しだけ縁のある貴族の家系があるのです」
「ほう」
「ダガー伯……《魔法使いの短剣(ウィザーズダガー)》伯について、殿下はご存じですか?」

 その時、僕はたぶん、殿下に笑顔と軽い口調を期待していた。
 ああ知っているぞ、とか。
 その家なら懇意にしているぞ、とか。
 あるいはそこまでではなくても、付き合いはないが良い評判を聞いている――とか。

「…………」

 けれど、彼は再び、顔をしかめた。

「え、あの……」
「……ダガー伯か」

 低く、鈍い声で。

「彼は軍部に顔が利く。……《防衛派》のうちでも強硬な御仁だぞ」

 語られる言葉は、ひどく重かった。

 

                    〈最果てのパラディン間章二 完〉
 
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