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最果てのパラディン  作者: 柳野かなた
〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉
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 湖畔の町から河を下り、《灯火の川港(トーチポート)》に戻る。

 近づく頃にはもうざわめきが広がり、町外れで作業をしていたご婦人たちが口元に両手を当てておおいに驚いて、街へとバタバタ転げるように駆けていった。

 領主さまがお戻りになった! 皆ご無事! などと叫ぶ声が聞こえる。

 そのうちガヤガヤと、今度は町の方からたくさんの人が出てくる頃には、僕たちは船を桟橋につけていた。


 岸に上がる頃には、トニオさんが先頭になってやってきた。

 なんだか髭が無精髭になっているし、目の周りにも隈がある。

 街を任せていったので、相当苦労をかけてしまったようだ、申し訳ない。


「よくぞお帰りに。……その、ご首尾は?」


 その問いかけに、僕は頷く。

 ゲルレイズさんに預けていた包みを解くと、その中からはねじくれた角の先端と、大きく厚い鱗が姿を現した。



「山に住まう悪魔たち。そして邪竜ヴァラキアカ。――討ち取りました!」



 角を掲げてそう叫ぶと、わぁっと歓声があがった。

 ヴァラキアカの唸りと咆哮は、この街まで響いていたのだ。

 さぞ不安もあったことだろう。

 それが今、この瞬間に解消されたのだ。


「わはーっ! おめでとーっ!」


 人混みの中から、赤毛の小人が突っ込んできた。

 受け止めて、くるくる振り回すと、ビィは笑った。


「全員無事よね、よかった! ってそれ竜の角よねちょっと見せて、後で歌にするから! ――あ、なにそれ新装備すごいわ!? どこで調達したの!?」


 おおはしゃぎだ。

 これは後で全員さんざん根掘り葉掘りインタビューされるんだろうなぁ、と思っていると、そのまま歓喜と祝福の人波に飲まれた。

 ドワーフ街の顔役のアグナルさんがいた。ソーリさんやホッズさんも。

 出掛けに囮を頼んだ《はったり屋(ブラッファー)》のマークスさんたちも、無事に戻ってきていて、僕たちにお互いの上首尾を祝うようにニヤリと笑いかけてくる。

 老ドワーフのグレンディルさんは、滂沱の涙を流しながらゲルレイズさんとルゥの肩を抱いていた。

 シャノンちゃんを連れたアンナさんが遅れて駆けて来て、レイストフさんの胸に飛び込むのも見えた。

 メネルはなんだかしれっと抜けだして、ちょっと離れたところから、でもご機嫌に騒ぎを見守っているのが、なんともらしい。


 もみくちゃにされる。

 ありがとうとか、おめでとうとか、よくぞとか、万歳とか、色々な言葉がわんわんと飛び交う。

 それらに笑顔を返したり抱擁や握手に応じたりしていると、ひとしきり流れが落ち着いたところで、トニオさんが大きく手を打った。


「さ、さ! 領主さまはじめ、皆さまお疲れです! なにせ竜を倒して帰っていらしたのですからね!」


 そう言って人々をかき分けると、


「少しお休みの時間を置いて……明日より宴と参りましょう!」


 よろしいですね、と僕に目配せしてくるので、頷く。

 このへんの段取りに関してはもう、僕はトニオさんには一切敵わない。

 トニオさんが作った流れに乗って、


「竜退治の祝いです! 皆さん、明日は存分に食べ、飲み、歌い、そして祝って下さい!」


 そう叫ぶと、わあ、とひときわ大きな歓声があがった。

 シャノンちゃんが、時ならぬお祭りにぱぁっと顔を輝かせるのも見えた。

 見知った皆が、笑顔だった。楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうにしていた。


「…………」


 この幸せを、僕は守ったんだな、と思う。

 ヴァラキアカに挑まなければ。

 ヴァラキアカに負けていたら。


 ――こんな光景を見ることは、できなかっただろう。


 僕は、得たものを守りぬけたのだ。

 ずっとうずくまり、どこにも行けなかった前世から生まれ変わって――そして、立ち上がり、歩き続けてきたことは、無駄ではなかったのだ。

 そのことが暖かい実感として、心に満ちて。

 ……なんだか、胸が詰まるような思いがした。




 ◆




 翌日は朝から盛大なお祝いになった。

 町の広場にあちこちからテーブルが引っ張りだされ、白いテーブルクロスがかけられる。

 あちこちに花輪が飾られ、早朝からご婦人たちが作った湯気のたつ暖かい料理があちらこちらから引き出されてくる。


 沢山のひとが、それぞれに身奇麗にして表に出ていて。

 その誰もが笑顔だった。

 ……礼装と身を包んだ僕は、広場の壇上で声を上げる。


「えー、料理が冷めてしまいますし、長くは喋りません。……僕もお腹がペコペコです!」


 冗談めかしてそう言うと、応じるように笑い声。


「竜退治の成功と、豊かな秋の恵みを祝して……灯火の女神に! 善なる神々に!」


 灯火の女神に! 善なる神々に!

 人々がそう叫び、


「――乾杯!」


 乾杯! と無数の杯が掲げられた。

 角で作ったものもあれば、木で作られたものもあるし、彩色されたものもあれば、されていないものもある。

 それらが賑やかに打ち合わされ、次々に飲み干される宴。

 自然とあちこちから話し声や、楽しそうな笑い声が上がりだす。


 そんな中、弦の音がした。

 ここが稼ぎどきと、ビィが楽しげに弾き語りを始めている。


 それは、エルフとドワーフのお話だった。

 二百年前の《大破局》に失われ、そうしてやっとこの地に取り戻されようとしている、エルフとドワーフの国。

 《花の国》と《くろがねの国》の、ものがたり。

 繊細な指の運びが、あるときは陽気に、あるときは悲しげに音を奏で、話を彩ってゆく。


 そして転調し、音が途切れる。

 静かな語り。

 二つの国々のお話は、破滅で途切れる。


 ……けれど、そこから静かに、再び音が奏でられはじめた。


 それでも、とビィは歌う。

 それでも、人ある限り、志あるかぎり、国々は蘇るのだと。


 それはまるで、輪廻の輪を巡るように。

 たとえ闇に堕ちたとしても。

 優しき女神の灯火は、それを照らすだろう。


 たとえ毒気と暗黒がすべてを覆い。

 おぞましき悪魔が徘徊し、邪悪な竜が咆哮する、恐怖の地と成り果てたとしても。


 それでも最果ての聖騎士(パラディン)はゆく。

 優しき女神の灯火とともに。

 この南の大陸の闇を払い、勇気とともに歩んでゆくのだと。



 ――ビィの三弦楽器(レベック)は、高らかに聖騎士の竜退治を歌い上げていた。




        〈最果てのパラディン  第三章:鉄錆の山の王 完〉


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