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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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 ――目を覚ますと、僕は血だまりに倒れていた。


「ウィル、おいウィル……!」
「ウィル殿!」

 メネルとルゥが僕を揺り起こしている。
 レイストフさんとゲルレイズさんも、心配そうに僕を見守っていた。

「ぅ、ぁ……あれ?」

 不思議と、体に痛みがない。
 むしろ爽快な気分だ。

「おい、喋れるか。状況、分かるか」
「だいじょうぶ、だよ……メネル」
「まだ立つな」
「ううん。なんだか、調子がいいんだ」

 起き上がる。よろめきさえしなかった。
 全身が血まみれで気持ちが悪いけれど、それだけだ。
 返り血がまだ暖かい。意識を失っていたのはそう長い時間ではないようだ。

 辺りを見れば、もはや物言わぬヴァラキアカの亡骸が、静かに横たわっていた。
 大きい。倒れて、物言わぬからこそ、改めてその大きさが分かる。


 ――竜を斬り倒して、生き残ったのか。僕は。


 なんだか実感がなかった。
 《夜明け呼ぶもの(コールドゥン)》と《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》が、姿をそのままに、戦闘で荒れ果てた地面に転がっている。
 流石にこれらは神代の武具だ。竜の吐息でも滅することはできないらしい。

 青白いドワーフの戦士霊たちは、念願である竜を討ったことで未練がなくなったのか、ゆっくりとその姿を薄れさせはじめていた。
 ――彼らの助勢がなければ、とても勝ち目はなかっただろう。

「ありがとう、ございました」

 頭を下げる。
 すると彼らも、盾や斧を掲げ、笑みを浮かべて応じてくれた。
 からりとした笑みだ。

「助かったぜ」
「助勢に感謝する」
「……さらばじゃ、友よ、先達よ。あとはワシと、若君が請け負う故な」

 メネルと、レイストフさんとゲルレイズさんが口々に言い。
 最後にルゥが静かに、

「必ずや、かつての《くろがねの国》を取り戻します」

 と、左胸に手を当てて誓った。
 それに満足気な微笑みを返すと、彼らは煙のように、ゆっくりと天に昇ってゆく。
 彼らを導くように、神さまの《遣い火》が静かにそれに寄り添っていった。
 ――僕たちはその様子を、しばし、無言で見つめていた。

「…………」

 ひとしきり、ドワーフの戦士たちを見送って。
 改めて自分の状態を確認する。
 ミスリルの鎖帷子さえボロボロになり、衣服もすっかり消滅している。
 当たり前だ。最大充填の竜の吐息の暴発を、真正面から浴びたのだ。
 いま羽織っている外套は、どうやら裸で倒れていた僕に、ルゥが気を利かせて被せてくれたようだ。
 まだ、身体の各所に火傷や毒の爛れが残っており――

「……ん?」

 それらがあっという間に引いていった。

「……あれ?」

 なにか変だ。
 さっきから、おかしい。
 ……ひどく調子がいい。なんだか体の奥から、理不尽なほどに力と戦意が溢れてくる気がする。

「えっと……」

 手近な、人の頭ほどの石塊を拾い上げてみる。
 片手であっさりと持ち上がった。
 ――重さはともかく、まず片手の指だけではうまく保持することが難しいそれが、強引に保持できてしまったのだ。

「は?」
「えっ」

 皆が目を見開くけど――
 なんだかまだいける気がする。
 手に力を込めると、石塊に罅が入った。
 そのまま罅は亀裂となり、あっという間に亀裂は拡大して、砕けた石塊が手から落ちた。

「…………」

 なんだこれ。


【――神代の竜の命を啜ったのだ。そうもなろう】


 ばたばたと羽音がした。
 くれないの瞳の鴉が、僕の手前の大きな瓦礫の山にとまった。
 不死神スタグネイトの《遣い鴉》だ。


 ◆



【君の魂と肉体は、期せずして竜の吐息にて赤熱し、竜との命の応酬をもって鍛えられ、竜の末期の血にて焼き入れされた】

 その言葉に、僕は眉をひそめた。

【よく分からない、という顔をしているな。……平たく言うと、神代の竜の因子が君という生命と交じり合ったのだ。
 素手で岩を砕けるのも当然だ。今の君は人の姿をしているが、半ばは竜に等しくなっている。
 試してみれば分かるだろうが、並の刃物なら素肌でも通らんだろうし、そこらのへぼ魔法使いの《ことば》など、そよ風同然にしか感じられんだろう。傷もすぐに治る。
 凡百の武器を振るえば武器が砕け、《ことば》と親しき竜の因子は君の《ことば》の力と精度を増大させる。
 寿命は……どうだろうな、私の見立てではそのものは伸びてはいないように見えるが、老化や病毒に対する抵抗性は激増しているからな。結果として幾らか伸びるかもしれん】
「…………」

 え、っと。
 なんですか、その無茶苦茶は。

【だが――いま、力と戦意が滾っていないかね?】
「……かなり」
【あの誇り高き暴れ竜の因子だ、そうもなろう。率直に言って、君の獣性は少々増大している。
 この力に驕り高ぶらず、身を慎みたまえ。でなくば滅びの要因となるぞ】

 ふと脳裏に、前世のドイツの英雄叙事詩の主人公、ジークフリートが浮かんだ。
 竜血を浴びて不死身の体を得るが、愛憎によって身を滅ぼした勇者。
 戦士を滅ぼすのは時に戦いではなく、為した行いの報いだ。

【――私は、君が無残に死ぬところは見たくはないからな】
「スタグネイト……」

 不死神の《使い鴉》は嘴を鳴らし、笑った。
 その体が、端からゆっくりと闇色の靄へほどけ、消えてゆく。

【すっかり力を使ってしまったが、まぁ厄介な邪竜を討ち取れ、君に恩が売れたのだ。悪くない取引だった。――恩くらいは感じてくれるだろう?】
「ええ」

 そこは否定はしない。
 スタグネイトの介入がなければ、死んでいた。
 ……多少不本意であるけれど、命の恩人だ。

【それでいい! 君のような英雄を相手にするときは、押さえつけて屈服させるよりも、義理と恩義をうまく押し付けるほうが最終的に利益になるものだ!
 ……グレイスフィールが導いていったドワーフの戦士たちも惜しいが、ここで彼らを求めて君を困らせるより、あえて要求せずに恩義を重ねたほうが後のためだろうな】
「あなたのそういうところが怖いと思いますよ」

 実際そういう立ち回りをされると、僕は弱い。
 それにいくら灯火の神さまの敵対者とはいえ、恩義があるとそうそう無下にもできない。
 考えてみるとブラッドやマリーたちにも、《上王》絡みで上手く恩義を売りつけていたようなところがあったし、やはりこの神さまの本質は戦いよりも巧みな立ち回りだ。

 おまけに一回、本気で殺しあったがために、不死神は僕の譲れないラインをだいぶ理解している。
 敵であるという言葉を違えるつもりはないけれど、本当にどう向き合えば良いのか、難しい神さまだ。

【ではもうゆこう。……グレイスフィールもな、今回は世話をかけた】

 ふわりと降りてきた神さまの《遣い火》に向ける、スタグネイトの瞳には、少し複雑そうな色が揺れていた。
 ――色々とあるのだろう、この二柱の神さまにも。

【不死神スタグネイト】

 神さまが、静かな声で応答した。

【……今からでも、あなたの理想を諦めるつもりはないか。不死のちからを捨て、再びともに魂を導く気はないか。もし、そうしてくれるならば……】
【その先は言うな。そして断る。――私は私の理想をゆく。そう決めている】
【そうか】

 《遣い火》が揺れる。
 寂しげに、悲しげに。

【……さらば、我が姉よ】
【ああ。さらば、我が妹よ】

 その言葉を聞いても、不思議と納得感があった。
 ――何か、この神さまたちには、通じるものがある気がしたから。

【さて、ウィリアム・G・マリーブラッド。君は更に英雄としての輝きを増し、強大な力を手に入れた。
 だが輝きが増せば闇もまた広がる。くれぐれも戦に狂わず、人を憎まず、女遊びはほどほどに……おや、そういえば君、女がいないのか】
「大きなお世話です」
【そこな妹に身を捧げる気持ちもわかるが、つがいの一人くらいは作りたまえよ。君の子孫を誘惑する楽しみがなくなるだろう!】
「最悪な理由ですね!?」

 子々孫々まで神に目をつけられるとかどんな呪いだよ!

【なんなら――】

 と、《使い鴉》が小首を傾げるようなしぐさをした。
 くれないの瞳が妖しくきらめく。

【いつか女の《木霊(エコー)》を降ろすゆえ、私と子を為してみるかい?】
【…………】

 神さまの《遣い火》が僕とスタグネイトの間に入り、猛烈な勢いで燃え盛って威嚇した。

【ちっ。……何もくれと言っているのではないのだぞ、子の一人くらい良いだろう。
 レアシルウィアなど昔はしょっちゅう英雄に恋をしては、半神の子を生んでいたではないか】

 恋多き精霊神レアシルウィアには、確かにそういう逸話もあった気がする。
 ……ただ、それ、主に神話の時代の話では。

【ま、いいさ。もう時間もない、今回は諦めよう。それと、そうだな――】

 いよいよ靄となって崩れてゆくスタグネイトは、若干考え。

【ウィリアム・G・マリーブラッド。いつだったか、私にも愛されてみないかねと言ったがね。あれは嘘だ】
「は?」

 崩れる《遣い鴉》に重なるように。


【愛しているよ。ウィリアム・G・マリーブラッド】


 悪戯めいて笑う、理知的でいて、どこか艶っぽい女神の幻影。
 それを残すと、尊敬できる敵手にして、偉大なる不死神であるところのスタグネイトは、あっさりと靄と崩れて消えていった。



 ◆



「――――」
「…………」

 しばらく、それこそ神さま含めて誰もが無言だった。
 今のはアレだよね、愛の告白ってやつだよね。
 ……神が? 人に? しかも明確に敵対宣言した相手に? しかも言い逃げされた感まである。

 どうすればいいんだ。
 と、混乱している僕の肩を、メネルがぽんと叩いた。

「女神ってのは奔放だなぁ……ウィル、幸せにな」
「うるさいよ!」

 神に愛を囁かれるとかどういう反応をすればいいんだ!
 人でさえ対応に困るというのに。

「……なんつーか、ああいう女はサッパリしてるように見えて、けっこうドロドロ執着してくるから覚悟決めとけよ」
「そういうのホントやめて」

 それなりに経験豊富らしいメネルがいうとなんかリアリティがあって怖い。
 いっそ何も聞かなかったことにできないだろうか。
 そんなバカなやりとりをしていると、

【……我が騎士よ。そしてその仲間たちよ】

 神さまが厳かな声で、妙に弛緩してしまった場の空気を引き締めた。
 皆、慌てて姿勢と居住まいを正す。

【よくぞ、邪竜を討ち取った。――見事であった】

 そう言われて――
 ふと、ようやく実感が湧いてきた。

 僕はヴァラキアカに、勝ったのだ。
 あの凄まじくも恐ろしい邪竜を倒して、生き残った。生き残り、帰れるのだ。
 そう思うとどっと安堵がこみ上げてくる。
 神さまが慈しむような視線を向けているのが感じられた。

【望むならば、褒美を取らせよう。何かあるか?】

 穏やかな声に。

「畏れながら」

 ルゥが声を上げた。

「灯火の女神よ。《花の国(ロスドール)》も含む、この山周辺より、邪竜の瘴気を払うことは可能でしょうか」
【邪竜亡き今であれば、その願い、ある程度までは叶えられよう】
「ならばお願いします。どうか、我らの故郷をお清め下さい」
「じゃ、俺もそれで頼みますわ」

 ディーネたちのこともあるしな、とメネルが肩を竦めて言った。

「ワシも、逝ってしまった友たちのためにも、それを願いたく」
「俺もそれで構わない。この剣で、竜と戦えただけで満足だ」

 ゲルレイズさんもそう言い、レイストフさんも頷いた。
 ……皆、欲がないというか、なんというか。
 まぁ、そうでもなければこんな勝ち目の薄い戦いになんて、ついて来てくれるわけがないか。

「僕からも。……浄化と、祝福をお願い致します」
【汝らのその願い、確かに】

 そう告げると、神さまの《遣い火》は、聞いたこともない《ことば》を唱えた。
 火が燃え上がった。
 聖浄な気配を放つ、不思議な火――聖火としか呼べないそれがたゆたう瘴気に燃え移り、焼き尽くしては燃え広がってゆく。
 他の何者をもいっさい傷つけず、ただ不浄の毒気だけを焼きながら。
 《鉄錆山脈(ラストマウンテンズ)》が、聖なる火によって、《くろがね山脈(アイアンマウンテンズ)》へと戻ってゆく。

【失われしものに哀惜を。生まれ来たるものに祝福を】

 神さまは、慈しむように、祈るように、《ことば》を連ねてゆく。
 優しく。静かに。
 儚く小さきものたちの営みを、そっと包み込むように。

【地に平和あれ。栄えあれ。喜びあれ】

 《ことば》が続くごとに、神さまの《遣い火》の姿は掠れて消えてゆく。
 不死神同様、もう《遣い》の姿を保っていられないほどに消耗してしまったのだろう。

【竜殺しの英雄たちよ。この地と、それを取り戻せし汝らに――】

 《遣い火》の向こう。
 フードの奥で、無表情だった神さまの口元が、そっと微笑む様子が見えた。

【――とわに、灯火の祝福を】

 柔らかい声。
 暖かい光。
 ひときわの勢いで、瘴気を焼き尽くす聖なる火を放つと、神さまの《遣い火》は消えていく。

 不死神と違って、個人的なことをほとんど言わなかったのが実に灯火の神さまらしいな、と思った。
 スタグネイトのような親しみやすさはないのかもしれないけれど、でも、僕はそんな神さまの生真面目さが嫌いではなかった。

 しばらく、誰も何も言わなかった。
 みな、何もかもが消え去った大空洞にあって、勝利の余韻。生存の実感に浸っていた。

「…………」

 僕はふと思い立って、ヴァラキアカの亡骸に歩み寄り、その大きな瞼を閉じてやる。
 瞑目する隻眼の邪竜は、まるで眠っているようだ。
 幕切れの瞬間まで、ヴァラキアカは強大で、邪悪で、そして誇り高い竜だった。
 僕は静かに、この竜のために祈りを捧げた。

 僕はこの、《神々の鎌》の魂が、どこにゆくのかを知らない。
 生とは燃やし尽くし、きらめくものだと言っていたヴァラキアカのことだ。
 輪廻に還ることを拒絶して自ら滅びたのかもしれない。
 ――それでも、祈る。この竜の魂に祝福よあれと、そう願って。

「……よし」


 祈りを終えて振り向く。

「まだ後始末も色々あるけど、済ませて帰ろうか」
「はいっ! ウィル殿は休んでいて下さい、あとは私たちで……」
「いやいや、そういうわけにもいかないよ」
「いーや休んどけ。っていうか、お前無茶しすぎだろ」
「まったくだ、いくらなんでもあのタイミングで切り込むとは思わなかった。……だが、見事な一太刀だった」
「うむ。あの陽光のごとき一閃、忘れられそうにありませんわい。――帰ったら祝勝ですな!」
「お、いいな! じゃああれだ、《花の国》の連中も招いて、楽器弾いてもらおうぜ」
「それは素敵ですね! お酒や料理も用意して――」
「トニオやビィが気を利かせて、もう用意しているだろう。盛大に祝えるな」
「わあ、なんだか楽しみになってきた……!」

 そんな風に皆と語り合い。
 笑みを交わすと、誰からともなく、僕たちは互いの掌を打ち付けあった。
 ぱぁんと、高らかに快音が響いた。

◆小説家になろう 勝手にランキング◆
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