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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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 不死神の《遣い鴉》が、導くように《大空洞》に飛ぶ。
 高らかに、出陣の角笛が響く。
 鼓動のように一定間隔で、腹に響く陣太鼓の重低音。

 青白い魂のほむらが踊る。
 何百人、何千人もが足並みを揃えて歩む音がする。

 竜はそれを興がるように、あるいは懐かしむように。
 目を細めて、静観している。

 その光景を見る僕の背後に、足音がした。
 四つだ。

「……まさかアンデッドになってないよね?」

 気配でそうではないとはわかるけれど、冗談めかしてそう言いながら振り向いた。

「安心しろ、生きてるぜ」
「ええ、この通り」
「危ういところだったがな」

 振り向けばメネルにルゥ、レイストフさんにゲルレイズさんが居た。

「お前の孤軍奮闘で、竜の注意が逸れた」
「それで、祖神の加護をもちまして――慣れぬゆえ、癒やしにも時間がかかりましたが」

 そうか。
 ルゥはあの悪魔との戦いの時、刃に神炎を纏わせていた。

 ――ブレイズの加護を得たのだ。

 であれば僕同様に、とまではいかないだろうけれど、時間さえかければ傷を癒やして再び立ち上がれるのだ。
 僕が、諦めなかったことに、意味はあった。
 不死神が動いてくれた。
 仲間が再び、立ち上がってくれた。
 なら、僕はまだ、戦える。

「……ウィリアム、殿。これは、これは……」

 ゲルレイズさんは軍勢を前に、呆然とした顔をしていた。
 目の前の光景を信じて良いのか、迷っている様子だ。

「今は、彼らは味方です。――頼もしい援軍ですよ」
「お、おお……」

 そう告げると、ゲルレイズさんははらはらと涙を流した。
 かつて望み、そして得られなかった戦いの地へ。
 ――彼はようやく、辿り着いたのだ。

 と、その時、足音がした。
 重々しい足音だ。

 きらびやかな真なる銀(ミスリル)の鎧を身にまとった、けれど線が細くて優しそうな、一人のドワーフの霊。
 その手には、輝く金色のつるぎがあった。

「……っ!」

 ゲルレイズさんが、ほとんど反射とも言える動きで片膝をつく。
 その動作で、理解した。

「お祖父さま……?」

 ルゥが、呆然としたように言う。

「……――」

 《くろがねの国》の最後の大君、アウルヴァングル王がそこに居た。
 彼は無言のまま、ルゥの頭を撫でた。
 よくやったと、そう言うように。

「……っ」

 ルゥがくしゃりと顔を歪め、涙を滲ませる。
 それから、アウルヴァングル王は僕に視線を向けると――

「……――」

 やはり無言のままで、黄金の剣のその刃を篭手で握ると、僕に柄を差し出した。

「え」

 あの。それは、僕に? ルゥに預けるべきでは――そんな思考や疑問が、過ぎらなかったわけではないのだけれど。
 強い視線に押されて、柄を握り、剣を預かる。

夜明け呼ぶもの(コールドゥン)》――かつてヴァラキアカの片目を奪った名剣。
 ドワーフ伝来の、恐らくは神代の霊剣だ。

「灯火の英雄よ。……我が孫を、そして山を、どうか」

 発された声は、灼けついた掠れ声だった。
 アウルヴァングル王の霊体、その鎧が、肉が、ゆっくりと崩れてゆく。

「お祖父さま? そんな、お祖父さま……!?」

 そうだ。
 確かに、聞いた。



 ――ヴァラキアカの炎は(・・・・・・・・・)魂までも灼く(・・・・・・)



 恐らくは竜に灼かれたであろうアウルヴァングル王の魂は、とうに形を留められなくなっていたのだろう。
 ここまで形を保つだけでも、限界だったのだろう。

 ぐずぐずに溶けて、崩れてゆく。
 無残にも。
 無情にも。
 その霊体は崩れ落ち――

【まだだ】

 静かな声とともに、そよ風のように優しい力が伝わり、その崩壊が止まった。

【――まだであろう】

 神さまが。
 灯火の女神グレイスフィールの《遣い火》が、言葉を発していた。



 ◆



【聞け。その魂を保てぬものよ】

 神さまの言葉は、アウルヴァングル王のみに向いたものではなかった。
 見ればドワーフの軍勢には、幾百も、似たような状態になっているドワーフたちがいた。

 灼け崩れ、溶け崩れ、霊体を半ば崩壊させながら。
 それでもなお戦意を失わず――けれど恐らく、戦うことすら叶いそうにない、戦士たち。

【竜の吐息に灼け落ち、もはや輪廻へと還らぬものよ】

 淡々と告げるようでいて。
 けれど一抹の、悲しみを帯びた声。
 そして、


【――この世に生まれ落ち、よく生きたものよ! 生き抜いたものよ!】


 あの神さまが。
 ずっと淡々としゃべり、寡黙な神さまが。
 はじめて大声を発した。

 その声は、彼らの生へのまぎれもない称賛だった。
 優しいねぎらいであり、賛美であり、祝福であり、真っ向からの義認だった。

 霊体でありながら、身を震わせ、泣き崩れるドワーフもいる。
 その生き様を神に認められる。
 人として、戦士として、それはどれほどの栄誉だろうか。

【我より、最後の加護を授けよう! 死してなお、魂滅びてなお、善と正義を貫かんと欲するならば――】

 灯火が舞う。
 美しくも、儚く、夜闇を舞う蛍火のように。


【我が騎士のもとへ、集うが良い!】


 神火が舞う。
 魂を導く灯火が。

 崩れようとする魂をとどめ、崩れかけた魂をいざない、次々に僕の元へと導いてくる。
 それらは次々に、僕のうちへと飛び込んできた。

 思わず身構えたけれど、衝撃も、苦痛もなかった。
 けれど、彼らの想いが伝わってくる。
 彼らの無念が、慟哭が、未練が。
 そして、成し遂げられなかった戦いへの滾りが、伝わってくる。

 行こう、と彼らは言っていた。
 共に行こうと。共に戦ってくれと。

 胸の内に響く言葉とともに、不思議と力が湧いてきた。
 全身に、鉛のようにのしかかっていた疲労が消えてゆく。
 霞がかかったような意識が、すっきりと冴えてくる。

 今すぐにでも走り出せそうで。
 何もかもが鮮明に見えた。
 竜に滅ぼされた山々に彷徨う、失われかけた戦士たちの魂が、僕に力を与えてくれていた。

 全ての灼かれた魂が僕のもとに集ったことを確認してから。
 崩れかけたアウルヴァングル王の魂も、僕へと手を伸ばした。
 僕は彼の手を取る。

 ……握った手に感じた熱は、腕を伝い、胸に宿った。
 ルゥとゲルレイズさんは、涙を浮かべてそれを見ていた。

【やれやれ。美味しいところをすべて取る、とはいかないか】

 不死神の《遣い》がそうぼやき――


【ふむ。準備は良いようだな、《最果ての聖騎士》よ】


 邪竜が、厳かにそう告げた。
 ヴァラキアカはこのような事態になって、なお焦って僕たちを攻撃しようとなどしなかった。
 悠然と、僕たちが何もかもを終えるのを待っていた。

「優しいんですね」
【まさか】

 傷を負った竜は、翼を広げ、《大空洞》に身構える。

【酒を寝かすようなものよ。すべての準備を整え、要素を揃え。希望に満ち満ちて向かってくる英雄どもを圧し潰し、その顔が絶望に歪む瞬間こそが――】

 牙を剥き。

【我にとって、最高の悦びよ】

 そう告げたヴァラキアカの声に、嘘はない。
 実際に、幾度も幾度も。
 もう数えきれないほど多くの英雄を、そうして退け、魂まで灼き滅ぼしてきたのだろう。

【さあ、今一度挑むが良い。《最果ての聖騎士》よ。
 ここで貴様らを葬り、我が恐怖の来歴に一頁が加わるか。
 ここで貴様らに討たれ、武勲として世の果てるまで語り継がれるか】

 竜の全身に瘴気が満ちる。


【――今ぞ、決着の時よ】


 その声に、僕はすぐには答えなかった。
 神さまを仰ぐ。

「征きます」
【ええ。……再び、あなたに命じます】

 女神の《遣い火》が、ひときわ大きく燃え上がり、輝きを発する。
 そして彼女は、流転の女神は――


【ゆけ。竜を討ち、誓いを果たせ。わたしの騎士よ】


 厳かに、僕に命を下した。
 その言葉に、僕は仲間たちと、そしてドワーフの霊の戦列を見回し――

「――剣にかけて! 灯火にかけて! この胸に宿る、戦士たちの魂にかけて!」

 黄金のつるぎを掲げ、


「邪悪なる竜を、討ち果たさん!!」


 声をあげ、叫んだ。


「「「「オオオオオオオオオォォォッッ!!」」」」


 応じるように、山をどよもすような、鬨の声。

「勇気の炎よ、燃え上がれ!」
「我らが敵よ、邪悪の終わりだ!」
「応報の時が来た! 正義が果たされる時が!」

「《戦士よ(ベルラトール)》! 《戦士よ(ベルラトール)》!」

「《運命は(フォルテス・)勇者を(フォルトゥナ・)助く(アドユァト)!》」


 地をどよもす無数の叫びに応じるように、邪竜が大きく咆哮し――
 最後の決戦が、始まった。

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