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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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 薄暗い《大空洞》のなか。

【かぁッ!】

 振るわれるヴァラキアカの爪に対して――

「《加速(アクケレレティオ)》ッ!」

 僕は《ことば》とともに加速する。
 邪竜に向けて、まっしぐらに。

 剣のような爪、人間の胴のような指をかいくぐり、懐へ。
 (ごう)、と頭上を、木の幹のような腕が通過する。
 下手をすれば、この一撃で首をもがれていた。

 ……巨体は動きが鈍い、なんてイメージは偽りだ。
 大きい存在は、それだけで強いし速い。
 一歩の長さが違う。腕のひと薙ぎの範囲が違う。

 耐久力だってそうだ。
 アリが画鋲で刺されれば致命傷だけれど、象が画鋲で刺されたところで皮を貫けるかも怪しい。

 そういう意味で、ヴァラキアカはまず強い。
 単純に、物理的に、どうしようもなく強いのだ。
 そのうえ――

「《刃よ(ラーミナ)》!」

 懐に飛び込み、《おぼろ月(ペイルムーン)》の穂先からマナの刃を伸ばし、脇腹の古傷らしき跡を狙って刺突を繰り出すけれど――硬い手応え。
 身を捩った竜の、鱗に阻まれた。
 竜のうろこ(ドラゴンスケイル)

 ――仮に戦うとすれば、古傷を狙うことじゃな。
 ――竜の鱗は強靭じゃ。仮にブラッドとて、竜鱗の上から肉までは断てぬ。

 ガスの言葉が蘇る。
 ブラッドでも不可能な、竜鱗断ち。
 けれど。
 けれど僕だってもう、ブラッドの背を追うばかりじゃない!

「ッ、ああああああああッ!!」

 足先から膝、腿、腰の捻りから肩、腕、手首。
 全身の動きを連動させて、技巧と筋力の限りを尽くし、止められた刃を更に押しこむ。

【グぅッ!?】

 ヴァラキアカが呻きを上げる。
 強靭で巨大な鱗を貫通した、確かな手応え。
 そして更に、

「《加速(アクケレレティオ)》ッ!」
【ぉおおおおおおおッ!?】

 叩きつけられる腕の一撃から逃れつつ、《おぼろ月》を刺したまま加速。
 腕全体で槍を抱え込むようにして走り、ヴァラキアカの脇腹にマナの刃で一直線の傷を描く。
 そのまま立ち並ぶ大型炉の隙間に逃れようとするけれど、それを見逃すヴァラキアカではない。

【っ、はははッ、竜鱗の護りを抜くか! ……眠気覚ましには程良い刺激よッ!】

 叫び、息を大きく吸い込む気配が背後でする。
 おそらく放たれようとしているのは、瘴気(ミアズマ)を帯びた酷熱の竜の吐息(ドラゴン・ブレス)だろう。
 いくら魔法と奇跡で幾重にも守られているとはいえ、直撃したら骨まで焼けて爛れても驚くには値しない。

「……ッ!」

 けれど、死の吐息が僕の背に叩きつけられることはなかった。

「相手はウィルだけじゃねぇぜ!」
「しッ!」

 見なくとも分かる、メネルとレイストフさんだ。
 僕が真正面から突撃している間に、すでに彼らは散開して左右に回り込んでいる。
 二人は竜に正面から突撃できるかと言えば難しいけれど、それでも竜に痛手を与えられるだけの使い手だ。

 メネルの《テルペリオンの銀の弦》が幾度も流麗な弓音を鳴らし、ミスリルの矢は《大空洞》の暗闇をその輝きで切り裂いて走る。
 レイストフさんの無銘の剣は神速の剣技とともに閃き、ガスの《しるし》が刻まれた斬撃は、くねる蛇のように伸長してヴァラキアカを襲う。

 メネルの狙いは、ヴァラキアカの黄金の隻眼。
 レイストフさんの狙いは、ヴァラキアカが重心をかけている足の、その指だ。

 それぞれに眼球を射通す程度の弓勢がある、指を切り落とすだけの鋭い斬撃がある。
 いかに太古の邪竜といえど、これは無視できない。

【ちぃッ!】

 首をひねり、足を引き、回避せねばならない。
 そうして姿勢を崩せば、今まで通りの狙いを保つことはできない。
 大型炉の隙間に到達すると振り返り、首を振り回しながら乱雑に放たれた吐息の余波を、大盾で防御する。

「……ッ!」

 吹きつけられる黒煙めいたブレスの余波は、人間一人を丸焦げにしてなお余る熱気を帯びていた。
 けれど全身にかけた防御の魔法と各種の祝祷、そして熱と毒に対する防護の《しるし》の刻まれた、魔法の大盾によって耐え凌ぐ。

 ――余波でこれだ。
 直撃したら即死どころの騒ぎではないだろう。
 魂ごと灼かれて輪廻から消えてしまうというのも、ひょっとして本当のことなのかもしれない。

【なるほど、なかなかの連携よ、なぁッ!】

 爪で床の石畳をあっさりと抉り出すヴァラキアカ。
 腕を振る勢いのまま、無数のつぶての弾丸と化しレイストフさんへと迫るそれが、ゲルレイズさんの《つるぎ砕き》の盾と鎧に叩き落とされる。
 構わず追撃しようとするヴァラキアカに、今度はなんと、《大空洞》内部に建てられた古い木造の櫓が崩れ落ちてきた。

【……!?】

 誰かと思えばルゥだ。
 《金剛力》のハルバードで、壊しやすそうな櫓の柱を叩き砕いて竜へと傾かせたのだ。
 振り払うヴァラキアカだけれど、砕けて散乱した木片に視界を塞がれる。


 ――今だ、と思った。


 長期戦は、どう考えても、不利なことにしかならない。
 神話のドラゴンがスタミナ切れを起こす、なんて考えづらい。
 ヴァラキアカの体力は無尽蔵と見積もったほうが良いだろう。

 耐久力だってそうだ。
 ヴァラキアカは何発だって、僕らの攻撃を食らう余裕があるだろう。
 だからこそ今も、本気で暴れ回らず小手調べのように、愉しみながら戦っている。
 対して僕らは、ヴァラキアカの攻撃が一発でも直撃すれば終わりだ。

 相手は何発受けてもまだまだ攻撃のチャンスがあり、こちらは一撃いいのを喰らえば終わり。
 そうと分かって挑んだにしろ、とんでもない条件の不公平さだ。

 まっとうに押し合って勝とうと思えば、まず針の穴を通すような攻防を何度も何度も成功させ……
 そうしてようやく本気になったヴァラキアカに対し、更に難度の上がった攻防を、何度も何度も成功させてようやく勝利がちらつくかどうか、といったところだ。
 高難度とか、そういうレベルじゃない。無理だ、不可能だ。
 体力がもたない。集中力がもたない。一生分の幸運を使い果たしても、なお届かないほどの幸運がいる。

 だからこそ。
 ――ここで、これに賭ける。
 僕は槍と盾を炉に立て掛け、両手を広げた。


「《縛り付け(リガートゥル)》、《結び目よ(ノドゥス)》――」


 莫大量のマナが収束し、奔る。
 極めて正確に、高速に詠唱した《ことば》は流星のようにヴァラキアカに向かう。

「《束縛し(オプリガーディオ)》、《結びつけ(コンキリアット)》っ!!」

 櫓の倒壊で視界を塞がれた邪竜を、マナの鎖で縛り付ける。
 幾重もの、強固な束縛の陣だ。

【《破壊よ在れ(ワースターレ)》!】

 即座に竜より放たれた《破壊のことば》が渦を巻き、鎖をねじ切ろうとするその瞬間には、僕は対応を終えていた。
 右手で描いた《守護》を意味する《ことば》で渦動を妨げる。
 左手で描いた《消去》を意味する《ことば》が渦動を消し去る。

【……ッ!?】

 ――三重魔法行使(トリプルキャスト)
 《彷徨賢者(おじいちゃん)》の十八番であり、ずっと鍛錬を繰り返してきた僕の技でもある。
 特にこの連携は、不死神の《木霊》とガスの戦いを見たあの日、目に焼き付いた――奥の手中の奥の手だ。

「《青褪めた(パッリダ)》《死は(モルス)》《等しき足どり(アエクォー・)で蹴り叩く(プルサト・ペデ)》……」

 周囲を経巡る莫大量のマナを、大きく腕を広げ掻き寄せるイメージで、一点にかき集める。
 それをするさなかにも、朗々と《ことば》を紡ぐ。
 更に同時に、流れるように《しるし》を描く。

【よもやそれ(・・)を、実戦で放つか!】
「《貧者の(パウペルム・)小屋も(タベルナース)》……」

 竜の叫びも気にならない。
 ほとんど忘我の、極度の集中状態で、僕は繊細なマナの調整と、略式の儀式動作をやりとげる。

「《王者の(レグムクェ・)尖塔も(トゥッリース)》!!」
【――■■■■!】

 はじめて、ヴァラキアカが無駄口を叩かなくなった。
 軋るような竜独特の発声で、何か《ことば》を猛烈な勢いで朗唱しはじめる。
 けれど、もう遅い。

 それは本来、数人がかりで息を合わせて行う儀式魔法。
 一人ではまず行えないはずの、究極の魔法のうちの一つ。



「――――《全存在の抹消ダムナティオ・メモリアエ》ッッ!!!」



 肉体、魂、現象。森羅万象ありとあらゆる《ことば》と《ことば》の連なりをずたずたに分断し、遊離させ、無意味化してマナに還す、無色透明の崩壊の波動。
 《ことば》による破壊の極地。
 ……《存在抹消》の破壊の波動が、ヴァラキアカへと叩きつけられた。



 ◆



 まるで巨大な獣の顎に噛みちぎられるように、クレーター状に抉られた床。
 波動により何もかもが消滅した空白を埋めようとするかのように、《大空洞》内部に風が吹き荒れた。

 竜の姿は、ない。
 波動に呑まれて消滅したように、見えたけれど――

「……や、った?」

 ルゥが、きょろきょろと辺りを見回しながら言う。

「っぽい、な……」
「勝つ時は案外、あっけないもの……ですな」

 メネルがそう言い、ゲルレイズさんも同意する。
 レイストフさんは、辺りを慎重に見回してから、頷いた。
 荒れ狂う風に、ばたばたと外套の裾がはためく。

「…………」

 竜は消滅した。
 相手が遊び気分でいるうちに。ルゥが作り出した隙をついて、極大の破壊魔法で存在ごと消し飛ばした。
 そのはずだ。
 ――そのはずなのに、どうしてか勝利を確信できないのは、あまりにあっけなく、唐突だからだろうか。

 戦いの全てが、魂を賭けた死闘で決着がつくわけではない。
 格下のはずの相手にあっさりと刺されてしまうこともあるように。
 格上の相手に、ひょんなことから安く勝ちが転がり込んでくることだってある。
 ……ある、はずなのに。どうにも、実感が湧かない。

 果たして本当に勝ったのか。
 あまりにもあっさりと転がり込んだ勝利に、誰しもが未だに実感が湧かない様子だった。

 不思議と空虚で、手応えのない皆の間を、風が吹き抜ける。
 びょうびょうと、吹き渡っている――



 風が(・・)吹いている(・・・・・)



 それに気づいた瞬間、背筋にぞっと極寒の冷気が走る。
 とっさに槍と大盾を構えると同時に、叫ぼうとした。

「駄目だッ、まだ――」

 けれど、遅かった。

「が……ッ!?」
「……ぐあッ!?」
「ごふっ」
「ぐぅぅ……ッ」

 四人分の鮮血が舞った。
 そして同時に、構えた大盾に猛烈な衝撃が走り、吹き飛ばされる。
 瓦礫の転がる床を何度も跳ねるように転げる。

 ――風から(・・・)爪が生えていた(・・・・・・・)

 わけがわからない形容だけれど、そう表現するほかない。
 吹き渡る風が、一瞬、鋭い爪に変化したのだ。

 ふと。子供の頃、ガスから聞いた昔話が、脳裏をよぎった。
 ――動物に変身したものの、動物の思考に染まりきって獣と成り果ててしまった魔法使いの話。

「《変化》の、《ことば》……?」

 愕然と、つぶやく。

【クハハ、ご名答】

 四人の血を吸った禍つ風が渦を巻き。
 再びクレーター上に、竜の姿が形成される。

 《変化のことば(メタモルフォーゼ)》。
 ……人間はまず使わない。というか、使えない《ことば》だ。
 動物に短時間変身するだけでも、思考が動物にひっぱられて帰ってこられなくなるリスクが高い。
 まして無機物に変化するなど、もう一生、人には戻れなくなる覚悟がいる。
 よほどの事情がない限り、弾丸がランダムに数発入ったリボルバーをこめかみに当てて、引き金を引くに等しい《ことば》なのだ。

 けれど、そうだ。
 そもそもヴァラキアカは、どうやってあの巨体で――この(・・)地下の王国に侵入した(・・・・・・・・・・)

【気づいたか。そうだ――】

 邪竜が笑う。
 愉しさをこらえ切れないとでもいうように、哄笑する。


【――我らは、ことばに親しき(・・・・・・・)ものなれば(・・・・・)


 ……上古の竜は神話の住人。
 《創造のことば》に最も親しき存在。

【なるほど《存在抹消》であれば、我をも消し飛ばせような】

 黄金の瞳が、僕を射抜く。
 強靭な顎から、瘴熱の吐息が漏れいでる。

【――当てられれば、の話ではあるが】

 《存在抹消》のことばの軌道を、完全に見切られた。
 見切ったうえで、直後に強風が発生することも熟知し、《変化のことば》で消滅したように見せつつ風に変化。
 炸裂後に吹き荒れる風に紛れて、爪で全員を薙ぎ倒す。

 ――究極の破壊魔法に対してさえ、対処法を熟知している。

 いや。それどころか恐らく、他のどんな《ことば》を選択していたとしても、同じだ。
 過去に遺失した《ことば》や《しるし》も含め、この竜はあらゆる戦場で、あらゆる《ことば》と戦い、その全てを把握し、打ち破ってきたのだ。

「…………」

 これが、竜。
 これが神代の、邪竜なのか。

 心のなかに、冷たい気配が、じっとりと染みこんでくる。
 僕は、それを知っていた。
 ――そいつの名は、絶望という。
◆小説家になろう 勝手にランキング◆
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作品を継続するモチベーションとなっております。
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