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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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 僕は竜と、戦うつもりだった。
 けれど竜は、僕に対して頭を垂れようとしている。

【ドワーフたちとの因縁が気になるか?
 確かに悪魔を主と仰ぎ、ドワーフたちとは戦い、財宝も得たが、しかしこれは傭兵仕事の必然であろう?
 新たな主どのが、瘴気があれば山を復興しかねるというならば、どこぞに居を移しても構わぬとも】

 もちろん、策略込みで。
 リスクやコストを語り、論理立て。そして、底意地の悪い笑みを浮かべて、

【さあ、英雄なのであろう? ――我を御すほどの器を見せてみよ】

 などと、言ってくる。
 予想外といえばあまりに予想外の展開に、僕の思考は混乱しかけていた。

 確かに論理ではそうだ。
 竜のいうことは、もっともだ。
 効率やリスク管理の観点からして正しいように聞こえる。
 竜との戦いを回避し、竜を傘下におけば、当面は安全だし戦力も増強できる。

 でも何か嫌な予感がする。
 何か、騙されている気がする。
 でもそれが何かわからない。
 なんだ? 僕は何を見落としている――?

【我はあまり気の長い方ではないぞ……? 疾く、選ぶが良い】

 そこに急かすような言葉。
 混乱が加速する。

 竜の言葉を撥ねつけるべきなのか? けれどそうすれば絶望的な死闘が始まる。
 ならば竜の言葉を受け入れるべき? けれどそれは相手の目論見通りで――

 ぐるぐるぐるぐる、同じことばかりが思考をめぐる。
 ……どうしようもない堂々巡り。

 どこかで覚えがある。……前世だ。
 あの暗い部屋の中で蹲り、似たようなことをしていた気がする。

「う……」

 呻きが漏れる。
 記憶が、瞬くように脳裏によぎる。

 薄暗い部屋。
 モニターの明かり。
 踏み出せない自分。
 何をするべきかすらわからない。
 胸を焼く焦燥。
 時が無為に過ぎてゆく。
 それでも、何をするべきか、もう分からない。
 呻きをあげる。
 涙を零す。
 それでも時は、無為に過ぎてゆく。
 僕は何をすれば、救われるのか。
 僕は何を選び、どうすれば良いのか。
 もうそれすらもわからない。
 誰か。誰か。誰か、どうか……

 その、何も選べず終わった記憶が、より焦りを加速させた。
 黒っぽい、粘つく何かが心の奥底の泥沼から這い上がってくる。
 どうする。どうすればいい。どうすれば――

 息が浅くなる、手足が冷え、硬直する。
 それなのにじっとりと、背中には汗が滲む。
 僕は、混乱の極地に達していた。
 その時だ。


 ――そっと頭に、ちいさな手を添えられた気がした。


 はっと天を振り仰ぐ。
 もちろん、何も見えない。
 暗い天井があるばかりだ。

 けれど偶然か、必然か。
 上を見上げたことで呼吸が深くなった。
 深い呼吸とともに体内に酸素が取り込まれ、血中を駆け巡る。
 鈍麻していた脳に、さわやかな空気が吹きこまれ、再び動き出す感覚とともに――
 彼女の言葉が、よみがえる。


 ――あの日の誓いは、わたしと、あなたのものだから。


 ああ、そうだ。
 僕はもう、彼女に救われたのだ。
 そうして誓った。
 何よりも大切な、誓いを立てたのだ。


 ――恐れるな。わたしはあなたとともにいる。


 どくん、と心臓が脈を打った。


 ――たじろぐな。わたしがあなたの神だから。


 ぼやけていた思考が鮮明になってゆく。


 ――わたしはあなたを強め、あなたを助け、わが灯火で、あなたを守る。


 緊張と混乱で停滞し、冷めていた身体に、再び熱が湧き上がる。
 温かい火が、胸に灯ったようだ。
 ……もしも、勇気というものが形を持つのなら。
 あるいはそれは、こんな感覚なのかもしれない。

 頭のなかで、幾度も火花のようなひらめき。
 面白いように思考が巡る。論理が組み立てられてゆく。
 ヴァラキアカの提案は、その威容と圧迫感で冷静さを奪い、判断力を欠かせることも戦略のうちだったのだろう。
 精神さえ安定してしまえば。呑まれさえしなければ。……あとは簡単なことだ。
 いちど、振り返る。

「メネル、ルゥ、レイストフさん、ゲルレイズさん」

 メネルは既に、広間であらかた回収したミスリルの矢を弓に添えている。
 ルゥもハルバードを手に、いつでも動ける姿勢だ。
 レイストフさんの手は剣の柄にある、神速の抜剣は準備万端だ。
 ゲルレイズさんのどっしりした身体と大盾も、実に頼もしい。

「この話し合いの結果次第で、全てが決まります。覚悟を」

 そう言うと、皆、頷いた。
 ……覚悟の決まった、戦士の顔だ。
 確認を終えると、振り返る。

【ほう……?】

 ヴァラキアカが唸る。
 竜から見ても、僕はずいぶん変化して見えたのかもしれない。

【決まったか。では、選ぶがよい、《最果ての聖騎士》よ。――平和か、死か】

 面白がるように問われたその言葉を。

「選びません」

 あっさりと切って捨てる。


「選ぶのはあなただ、ヴァラキアカよ」




 ◆



 邪竜が、ぴくりと身を震わせた。

【ほう。――我が、何を選ぶと?】

 問いかけに、一歩を踏み出し見上げる。
 校舎のようだと思った竜は、今ではいくらか小さく見える。
 圧迫感と威圧感によって、心が生み出した偽りのサイズ感だったのだろう。


改心するか(・・・・・)否か(・・)


 まっすぐに問いかける。
 邪竜がここにきてはじめて、ぎょっと目を剥いた。

 ……そうだ。
 冷静に考えてみれば、簡単な話だ。

 面従腹背の強力な邪竜を麾下におくなど、一見して論理的に見えても、やはり愚かな選択肢でしかない。
 仮にヴァラキアカを自陣営に引き込んだとしよう。

 その次にヴァラキアカは何をする?
 素直にいうことを聞く? おとなしく眠りを貪る? 馬鹿な。
 呑気にそんなことをしていたら、いずれ竜を危険視する僕に殺されてしまう。
 ならばどうするか。

 暗躍するに(・・・・・)決まっている(・・・・・・)

 己の存在価値を高めるため。
 切り捨てられないようにするため。
 邪竜は僕に対して乱を呼び込み、敵を増やし、争いを起こし続ける。
 それも竜の力を必要とするような、大規模で過酷な戦いだ。
 そうなれば僕は、ヴァラキアカを切り捨てられない。

 ……そうして僕が竜の力を求め、竜とともに戦っていけば、竜は僕にとって不可欠のシンボルマークとなってゆく。
 そうなれば、もう、ますます切り捨てられない。
 竜は僕の部下と名乗りながら、僕のもとから飛び立つ日までの安全を確保するため、僕とその周囲のすべてを謀略で食い荒らす。
 神代から生きる竜の陰謀を、僕ごときが制せるとも思えない。
 僕は暗躍を知りつつ、士気を保つためにも竜を抱え続けるほかはない。
 まるで、タチの悪い麻薬だ。

「確認しましょう。あなたが提示する『平和』は、『僕とあなたの間の限定的な平和』だ。
 けっして『僕の平和』ではないし、『無辜の人々の平和』でもない。――違いますか?」

 その問いに、竜は笑った。
 さも愉快そうに、痛快そうに。

【ハハハ! 然り、その通りよ】

 神代より生きる真なる竜は、《創造のことば》にもっとも親しき生き物のうちのひとつ。
 そして《ことば》は嘘偽りにより、その力を弱める。
 竜は誤魔化しはしても、正面から問いかければ決して嘘をつかない。

「であれば、僕の条件はやはり一つだ。――改心を」
【クク……何を改めるというのだ?】
「その常に戦乱を求め、謀略を巡らす狂熱の(さが)を」

 まっすぐに。
 黄金の隻眼を見つめる。

「あなたが改心し、誓い、真に僕に庇護を求めるというなら」

 平和に生きるというのならば。
 もはや必要なとき以外に血を求めず、善なる神のもとで、その狂乱の熱をおさめて生きるというのであれば。

「僕も灯火の神に誓って、あなたを護ります。この命の限り、あなたをあらゆる敵対者から守りましょう」

 竜も人も、変わらない。
 真に嘆くものがいれば、手を差し伸べる。
 罪なきものを害する邪悪あらば、戦う。
 ――黒髪の、無口な神さまに立てた、あの日の誓いのとおりに。

「それが僕の生き方です」

 そうすると、決めたのだ。


「さあ! 改心か、しからずんば戦いか! 返答を伺いましょう、竜よ!」


 叫ぶような問いに、竜は翼を動かした。
 ぶわり、と熱気と瘴気が吹き寄せる。


【――みごと!】


 最初に発されたのは、称賛だった。

【よくぞ、《竜の謎掛け(リドル)》に答えてのけた。《最果ての聖騎士》よ】

 ぴんと張られた翼。
 くい、と引かれた顎。

【徒に力を振りかざす無謀蛮勇の徒ではない。また命惜しさの小賢しき保身者でもない。
 勇気と知恵を持ち、己が信ずる正道を征くその気構え、神妙なり! まさしく、かの英雄らの後継よ】

 先程までの弛緩した怠惰な姿勢は、もはや見られない。
 面白がるような空気など、欠片もない。


【――我は汝を、真の勇者と認めよう】


 そこには、偉大なる神代の竜がいた。

【その上で、改心の選択、断じて無用!】

 ごう、と竜が吼える。

【我はヴァラキアカ! 《神々の鎌》にして《災いの鎌》!
 そして瘴毒と硫黄の王にして溶岩の同胞(はらから)! 瘴毒は殺し、害し、溶岩は煮え、滾ってこその生よ!
 戦乱! 災厄! 武勲! 財宝! 死! 贄の乙女! 英雄! それら無くして何が竜か?】

 ……不死神スタグネイトは邪竜ヴァラキアカを指して俗物といった。
 確かに俗っぽくはあるのだろう。
 現世に執着はしているし、金銭、闘争、安全、眠り。
 ヴァラキアカが執着するそれは、いずれもいわゆる低次の欲求だ。
 だけれど、その本質は――


【我はヴァラキアカ! 神々も恐れし、最強最古の竜、ヴァラキアカなり!】


 自己実現。
 竜としての己を、まっとうし続けること。
 竜として、己が命を燃やし続けること、なのだ。
 びりびりと肌が震えるほどの叫びにさらされながら、僕は場違いにもそんなことを考えていた。

【……英雄よ。英雄に率いられし戦士どもよ。
 ここで貴様らを葬って、我が恐怖の来歴に一頁を加うるも良し。
 ここで貴様らに討たれ、武勲として世の果てるまで語り継がれるも良し】

 がちがちと牙がなる。
 巨大で強靭な筋肉の塊が、動き始める。
 交渉は決裂した。
 竜は改心を拒んだ、もはや戦うほかない。

【さあ、竜の炎で魂まで焼かれ、輪廻より消え果てる覚悟あらば……許そうぞ! この我に、挑むが良い!】

 そんな中で。
 僕はなぜか、少しだけワクワクしていた。

 竜退治だ。
 恐るべき竜を相手に、己が手にした鋼を頼りに、挑みかかる。
 ……竜退治だ!

 僕はブラッドのように、戦いに浪漫を求めない気質だと、そう思っていた。
 それでも、この状況には、抗いがたい浪漫があった。
 ヴァラキアカは間違いなく尊敬できる敵手であり、そしてこれまでで最強の敵だ。
 挑む価値が、ある。戦う価値が、ある!


「《最果ての聖騎士》、ウィリアム・G・マリーブラッド! ――参るッ!」


 古風な騎士道物語のように、名乗りを上げて。
 僕は、神代の邪竜に挑みかかった。

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