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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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 それはまさに、人々の思い描く邪悪な竜の姿そのものだった。
 一面に広がる、ドワーフたちの財宝の山の上に、その竜はゆったりと寝そべっていた。

 見るからに強靭な顎。
 ねじくれた角。
 太くしなやかな首。
 強靭な鱗に覆われた体躯からは、翼膜のある大きな翼が生えている。
 背に生えたつるぎのような鋭い突起が、背骨に沿うように列をなし、だんだんと小さくなりながら長く優美な尾の先まで続いているのが、刺々しくも美しい。
 ……闇に輝く黄金色の隻眼には、恐るべき獰猛さや残虐さと、聡明な知性との同居が見て取れた。

【……どうした、名乗らぬのか? 声も出ぬか】

 あまりの威容に、みなが動きを止めていた。
 喉がひりつく。
 心臓が早鐘を打つ。
 本能が、理性が、全ての感覚が逃げろと告げていた。
 ――圧倒的な捕食者が、そこにいる!

「…………」

 その己の恐怖心を、認める。
 恐怖や不安は、否定すれば否定するほど、目をそらせば目をそらすほどその度合いを増す、内なる怪物だ。
 もし「怖がっている、情けない自分」を認められず、目をそらして強がれば、恐怖はその暗闇の中で更にその身を猛らせる。
 自信を持つのに必要なのは傲慢になることではないし、勇敢に振る舞うのに必要なのは虚勢を張ることではない。

 ――全ては、受け入れることから始まるのです。
 そう語ったマリーの姿を思い出す。
 彼女は己を裏切らなかった。彼女は全てを体現していた。

【……おや】

 認めよう。僕はアレが怖い。どうしようもなく怖いし、逃げ出したい。
 浅く、急なペースになっていた呼吸を意識しておさえ、ゆっくりと息を吸い、吐く。
 改めて背筋を伸ばし、顎を引き、下腹に力を入れた。
 それから竜を振り仰ぐと、問いかける。

「人に名を問うのであれば、まず己の名を名乗るものでは?」

 とてつもなく、怖い。
 ……けれど、それを受け入れてなお逃げないと、そう決めた。

【ほう】

 竜が僕を見下ろして、唸りとも声ともつかぬ瘴気混じりの吐息を、口の端から漏らした。
 ごば、と黒煙とも見まごう、高熱を伴った瘴気が噴出する。

【どうやら財貨目当て、略奪目当ての、有象無象の匹夫というわけでもないようだ】

 とはいえ山のデーモンどもを率いるスカラバエウスの首を奪い、敗走させてみせたのだ。
 凡百の戦士であろうはずもなかったな、と竜は呟いた。

【しからば名乗ろう。……我こそは《神々の鎌》にして《災いの鎌》。
 最後の星の瞬きと共に生まれ、無窮の年月(としつき)を生くるもの。瘴毒と硫黄の王にして溶岩の同胞(はらから)――】

 竜がうっそりと身を起こす。
 熱気が吹き付ける、咳き込みそうなほどの瘴気。

【――ヴァラキアカなり】

 翼を広げ、堂々たる威容で。
 神代の竜は、そう名乗りを上げた。

【さあ、応えるがよい。小さきものよ】

 古い詩歌にあるような名乗り上げだ。
 応じねばならない。

「我が祖父は《彷徨賢者》。我が二親(ふたおや)は《獅子星の戦鬼》と、《地母神の愛娘》」

 胸に手を当て、声を上げて名乗る。
 邪竜が、ぴくりと牙を震わせた。

「人呼ぶに、《辺境の灯火》《最果ての聖騎士》。――流転の女神グレイスフィールの使徒、ウィリアム・G・マリーブラッド」

 己の名に、誇りをもって。

「お初にお目にかかります、神代の竜よ」

 かしこまりすぎず。へりくだりすぎず。
 胸を張っての名乗りに、竜はしばし沈黙すると……

【ク、クク……】

 突然に、笑い出した。

【ククク、カハハ……奇縁よのう、懐かしき名よ】

 ひとしきり低い声で笑うと、ヴァラキアカはそう呟いた。

「懐かしい……?」
【彼奴ばらがデーモンどもより先に我がもとを訪っておれば、あるいは肩を並べ、共に戦っておうたやもしれぬ】

 竜はどこか、遠いところを見ているようだった。
 それはあるいは、二百年前の《大破局》の光景なのだろうか。

 ……ガスも確かに、言っていた。
 竜を籠絡し、己の勢力に取り込むことも取りうる手のうちだと。

【クク。不死神の匂いが僅かにするな。そしておぬしは灯火の使徒を名乗る。
 ……なるほど、(よわい)が合わぬ件については、そういうことか】

 ヴァラキアカは僕の身の上について、それだけでおおよそを察したようだ。

【さて、名乗り合いも探りあいも、もうよかろう】
「ええ」

 ちらりと視線をやる。
 仲間たちも、僕が話している間に竜の威圧となんとか折り合いをつけたようだ。動いてくれるはずだ。
 息を整え、開戦に備えたその瞬間、


【《最果ての聖騎士》よ。――我を傘下に置く気はあるかな?】


 とんでもない発言が、飛び出した。



 ◆



 一瞬、思考が空白になった。

【何を驚いておるのだ?】

 言葉とは裏腹に、にやにやと意地悪く笑むような声音。

【山の悪魔どもは滅びた。我は寄る辺となる勢力を失った。孤立のままでは我とて危険であり、不自由もある。
 ――なれば依り頼む陣営を求めるは必定であろう】

 ざらり、と音がした。
 ヴァラキアカが、散乱する無数の財宝を、その鉤爪ですくい上げたのだ。
 愛しげに、楽しそうに。

【もちろん我にも下心はある、相応の対価は頂戴するが……安心せよ。おぬしほどの勇士と、好んで正面からことを構える気はないぞ?】

 財宝を要求しながら、竜は笑う。
 それは決して、短期的には悪い話ではないのだろう。
 けれど、

「五十年後には、あなたは僕を殺して全てを壊し、また鞍替えをする」

 乾いた声で告げる。
 虫でも叩くように殺された、甲虫悪魔(スカラバエウス)

「つまりそれが、あなたのやりくちだ」

 その言葉に、邪竜が沈黙した。
 小さく身を震わせている。
 来るか、と思った瞬間――

【ハハハ! 見事、見事! その通りよ!】

 ヴァラキアカは、呵々大笑した。

【だが……】

 それからゆっくりと笑いを抑えると、首を傾げ――



それでも(・・・・)悪い話ではなかろう(・・・・・・・・・)?】



 ニタリと、邪竜が笑む。

「…………」

 確かに、そうとも言える。
 少なくとも僕がヴァラキアカを勢力として庇護しつつ、ヴァラキアカにとってリスクとなりうる戦闘力を保ち続けるならば、この竜は僕と組む理由がある。
 それなりに忠実に、それなりに怠惰に、少なくとも敵対はしない程度に仕えてくれるのかもしれない。

 であれば今、勝ち目の薄い絶望的な戦いをしなくとも良いのではないか?
 時を稼げば勝ち目は増すと、不死神は確かに言っていたではないか、では未来の己に託せば良いのではないか?

【……そうだ。おぬしに我と戦う、どれほどの理由がある?】

 それはまるで、悪魔の囁きだった。
 ヴァラキアカも、己の言葉がもたらす効果を理解して提案をしてきたであろうことが、よく分かる。

【我に直接、親しき者を害されたわけでもなかろう?
 我が財宝を狙うほどの強欲者でもなかろう?
 まして竜殺しの名誉など、眼中にも入っておらぬのがよう見えるわ。
 ……眠りより目覚めはじめた我を、無辜の民への脅威と思うからこそ、やってきたのだろう?】

 ほら、もう、脅威はない。
 頭を垂れてやるぞ?
 そう、ヴァラキアカは囁く。

 仲間たちは何も言えない。
 あまりの展開に、口を挟む余裕さえないようだ。

「…………」

 僕にも、余裕はない。
 なんだこれは。
 なんなんだ。
 ……頭のどこかでヴァラキアカのことを、強いだけの暴れものと考えていた僕は、それこそ強いだけの暴れものではないか。

【さぁ、選ぶが良い。《最果ての聖騎士》、今代の英雄よ】

 背筋が震える。
 黄金の瞳に、射竦められる。


【平和か。――しからずんば、戦いと死か】


 ふしゅぅ、と口の端から熱を伴う瘴気が漏れる。
 畏怖とともに、《災いの鎌》と呼ばれしものの問いが、厳かに《大空洞》に響き渡った。

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