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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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 光にあふれた、白亜の列柱広間。
 一段高い位置に置かれた玉座に向かって、ルゥが歩いてゆく。堂々とした足取りで。

「…………」

 対して甲虫悪魔(スカラバエウス)は、だらりと玉座に預けていた身を起こした。
 その手にある棘付き棍棒(スパイクドクラブ)に、ぴりぴりとマナが収束する気配を感じる。
 無感情な昆虫に似た外見からさえ読み取れるのは、小さな挑戦者への強い侮りと、己の強さへの自信だ。
 ……ここまで軍勢を殺戮され、領域を荒らし回られても、独力でもって収拾をつければ何も問題はないと、そう確信しているのだろう。

「嫌な面構えじゃ」

 ルゥを見送ったゲルレイズさんが、改めてスカラバエウスを見て呟く。
 その通りだと、僕も思う。
 けれど、あの悪魔の驕慢めいた自信にも根拠が無いわけではない。

 実際に、あの甲虫悪魔(スカラバエウス)は《くろがねの国》を陥落させているのだ。
 邪竜の力を借りたとはいえ、死兵と化していたであろうドワーフの軍勢を蹴散らして。
 だから――

「実際に、強いですよ」

 あれが《くろがねの山》に派遣された、《上王》の軍勢の最高指揮官だとすると――
 恐らく《ヒイラギの王》の座所でやりあった、有角悪魔(ケルヌンノス)以上の使い手ということになる。
 人間であれば指揮官と武勇の高さは一致しないけれど、悪魔はおしなべて階級が高い個体は強く、賢い。

 ……恐らく僕であれば、分は良いだろう。
 硬そうだし、正体不明の魔法武具(マジックウェポン)まで所持しているけれど、それでも押し切れると思う。
 ただ、ルゥには――まだ、難しい相手かもしれない。

「戦士のこだわりとやらで死なせる気かよ」

 メネルはそう言って、苦い顔だ。

「……あいつに教えたのは、お前だけじゃねぇんだぞ」
「そうだな」

 レイストフさんも頷く。

「だが、どのみち……」
「ええ。手を出す余裕が、たぶん確保できません」

 ルゥが甲虫悪魔(スカラバエウス)に対して距離を詰めたその時。
 悪魔がその口器から、おぞましい声を上げた。

 同時に《ひかりの間》の、そのまばゆい照明が陰る。
 あちこちから翼ある悪魔が降下してきたために、《しるし》の刻まれた水晶の光が遮られたのだ。

「ちッ!」

 メネルが抜く手も見せない速射で、立て続けに何体ものデーモンを射抜いてゆく。
 磨きぬかれた床に、次々に落下してゆく悪魔たち。
 ……そうだ。どのみちデーモンたちに一騎討ちをしようだなんて感傷はないし、そのメリットもない。
 ここで包囲して決めに来るに決まっている。だからこそ、僕もルゥの突出を許した。

「そういうことか……! おいルゥ、無理っぽけりゃ俺らが勝つまで凌いで、ソイツ浮かせろ! 死ぬなよ!」

 ルゥが勝てたら最上だけれど、そうでなくても相手側の『強い駒』を、こちらの『弱い駒』で足止めできれば余裕のある戦運びができる。
 仮にブラッドならそういう打算抜きで一騎討ちを奨励したかもしれないけれど、僕はそこまで戦闘に浪漫を求めない。打算込みだ。

「ありがとうございます、メネル殿! けれど……」

 けれど、僕は浪漫を軽視するつもりもない。
 誇り。責任。使命。――そういう形なきもののもたらす熱量は、時として打算や正論を打ち破るだけのちからを持つ。

「勝ちます。コイツに、勝ちますッ!」

 ルゥは吼えた。

「……灯火にかけて! ほむらにかけて! 山の民が汝を討ち果たさん!」

 猛る戦士の咆哮とともに、悪魔の将に向けて駆け出す。


「ドワーフの斧を受けよ!」


 長柄戦斧(ハルバード)が弧を描き、甲虫悪魔(スカラバエウス)へと襲いかかった。



 ◆


 悪魔の棍棒が戦斧を迎撃する。
 棍棒から木片が散り、即座に戦斧が翻る。

「あああああッ!」

 長柄の戦斧を手繰り、あるいは振り回し、ルゥは猛烈な勢いで連撃を加えてゆく。
 ドワーフとしては上背のあるルゥが長柄戦斧を振り回すと、棍棒を持った甲虫悪魔(スカラバエウス)より幾分かリーチにおいて優越する。
 その点を活かすつもりなのだろう、大剣を手にしたブラッドを想起するほどの、間合いの外からの徹底的な連打だ。

 しかし僕にも、それをじっくりと観戦している余裕はなかった。
 《ひかりの間》に、けたたましい足音と甲高い武器の音、そして呻きと断末魔が響き渡る。
 僕たちがやってきた入り口から《兵士級》の悪魔の群れが幾度も突撃を試みては、レイストフさんとゲルレイズさんの二人にそれを破砕されている。
 レイストフさんがほとんど鴨打ちでもするかのように、マナの刃で突き、払い、薙ぐ。
 僅かにそれをかいくぐった個体を、ゲルレイズさんがせき止め、叩く。

 完璧な連携が、数の暴力を粉砕していた。
 獅子がガゼルの群れを恐れないように、狼が山羊の群れを恐れないように。
 練達の戦士二人は、雲霞のような悪魔を恐れず、逆に追い散らしていた。

「…………」

 僕も曲刀を手に迫ってきた悪魔に向けて、槍を構える。
 広間のそこかしこから、あらかじめ伏せられていたのだろう複数の悪魔が出現していた。
 おおよそ《隊長級》――ほぼ《将軍級》に迫るであろう、上位の個体もいる。

 《おぼろ月(ペイルムーン)》を振り回し、それを片端から突き、叩き、滅ぼしてゆく。
 と、ぞくり、とうなじに悪寒が走った。

「…………ッ!」

 直感でのけぞる。先ほどまで喉笛があったあたりを何かが薙いでいった。
 続いて二撃、三撃。放たれる斬撃と刺突を、半ば勘で払いのけ、大きく後ろに跳んで回避する。
 払いのけた手応えはあるのに、やはり何も見えない。

「《落ちる(カデーレ)》、《蜘蛛網(アラーネウム)》!」

 《ことば》を唱えて魔法の蜘蛛糸を叩き込む。
 何もないはずの場所に何かが居る。
 《姿隠しのことば(インヴィジブル)》で姿を消したか、あるいは元より不可視の悪魔なのか。
 それを確認するまもなく、もがくそれに短槍を振り下ろして叩き潰す。

「不可視の敵がいる!」
「めんどくせぇなクソッ!」

 叫んだ直後にはメネルが風の精霊に呼びかけ、広間に塵を帯びた風を吹き渡らせていた。
 不自然に塵が歪むそこに向けて次々に矢と短剣が放たれ、断末魔の声があがる。
 メネルは僕とつかず離れずの距離を維持し、飛行型の悪魔や呪文使い、あるいはこの手の厄介な特性を持つ個体を優先し、恐ろしい速度で仕留めていた。
 おかげであまり搦手を警戒せず、正面から筋力でことに当たれるのはありがたい。

「《走る(クルレレ)》、《あぶら(オレーム)》!」

 とはいえ、何も知恵を巡らせないわけにもいかないので、暴れながらいくつかの《ことば》を放つ。
 油脂(グリース)を床に走らせ、敵集団のいくつかを地に這わせる。
 脂まみれになりながら、なんとかもがき脱出しようとする悪魔たちを、槍の穂先で次々に貫く。
 ガス直伝の戦場コントロール魔法は、相変わらず汎用性が高い。

「……ふぅっ」

 敵勢が緩んだところで、ちらりと状況を確認する。
 レイストフさんとゲルレイズさんは優位に戦いを進めていた。
 ルゥはと見れば――

「はああぁッ!」

 怪力任せの強烈な上段振り下ろしの連打から、突然に軌道を変え、鋭い足払いが決まったところだった。
 足払いと言っても、鈎のついた戦斧の足払いだ。
 甲虫悪魔(スカラバエウス)の左足首が、ごっそりと抉れる。

「~~~ッ!」

 ぎちぎちと口器を鳴らし、人ならぬ悲鳴をあげて姿勢を崩した悪魔に向けて、ルゥが踏み込む。
 振り上げられるハルバード。
 決める気だ。


 ――その瞬間(・・・・)悪魔が嗤った(・・・・・・)


 戦斧を躱し、スカラバエウスが跳ねる。
 足首の重傷など、無いかのように。

「……っ!?」

 いや、かのように、ではない。
 傷は実際に無くなっていた。(・・・・・・・)
 まるで奇跡でも、起こったかのように。

「祝祷……っ!」

 気づいた時には遅かった。
 ――渾身の一撃を外したルゥの胴に、哄笑する悪魔の棍棒が直撃した。



 ◆



「がッ」

 ルゥの足が浮き、そのまま背中から柱に叩きつけられる。
 同時に弾けるようにして幾重ものマナの鎖が絡みつき、ルゥの身を柱に縛りつける。――《呪縛のことば》の刻まれた棍棒(クラブ)
 なんとか鎧で受けたようだけれど、内臓への衝撃も、マナの鎖による呪縛も、避けようがない。
 かろうじて戦斧は手放していないけれど、絶体絶命の状況だ。

 悪魔たちは恐れを知らぬ戦士であり、時に魔法使いであり、次元神ディアリグマの神官だ。
 僕同様に祝祷を使ってくることは、想定できたはずなのに――

「く……っ!」

 叶うならば《魔法消去のことば(ディスペルマジック)》を飛ばしたいところだけれど、難しい。
 左右から襲いかかってきた悪魔たちの僅かな連携の差をついて、片方を蹴り飛ばし、即座に身を翻してもう片方を突く。
 けれどその間にも次の悪魔の攻撃があり、槍をしならせて叩き落とす。
 とてもルゥの側に支援の手を割ける状況ではないのだ。

「くそっ!」

 メネルも手一杯だ。
 レイストフさんも、ゲルレイズさんも、狂奔する悪魔たちの群れを捌くのに精一杯になっている。
 柱に束縛されたルゥに、口器を鳴らして不気味に哄笑する甲虫悪魔が迫る。

「ルゥ……っ!」

 思わず、声を上げた。

「……大丈夫、です」

 戦いの喧騒のなかにあって、僕にはなぜか、確かに聞こえた。
 柱に束縛されたまま、ルゥが口にする言葉が。
 その声に篭もる、熱が。

「私は、負けない」

 みしり、と縛鎖が軋んだ。

「……誓いにかけて。同胞たちの思いにかけて」

 強靭な魔法の縛鎖が。
 ただの筋力に、軋みをあげ、歪み、めりめりと裂け始める。

「私は……」
「――ッ!」

 気づいた甲虫悪魔(スカラバエウス)棘付き棍棒(スパイクドクラブ)を慌てて振りかぶるけれど、遅い。

「皆の故郷を、取り戻すッ!」

 呪縛が弾ける。
 そして棍棒を迎え撃つように下から振り上げられた戦斧には、いつしか真っ赤な炎が宿っていた。 
 神さまの気配がする。灯火の神さまでも不死神でもない、雄々しい気配が。
 口の端をつり上げ、不器用に微笑んだ気がした。
 ……そうだ。彼ほどの存在が、今この場に燃え上がる勇気の炎を、ただ見過ごす筈はないのだ。

「おおおおおおおおッ!」

 神炎の宿る戦斧が、紅蓮の軌跡を描く。
 棘付き棍棒(スパイクドクラブ)が、甲虫悪魔(スカラバエウス)の手首ごと宙を舞った。
 けれど悪魔も歴戦だ。
 切り飛ばされた手首には構わず、もう片腕で短剣を抜いて、甲殻の防御任せに突進する。

 けれど――そこはもう(・・・・・)ルゥの距離だ(・・・・・・)

「ぁ、」

 甲虫悪魔(スカラバエウス)の腕を絡めとる。
 低い姿勢から腕を巻き込み――いつか教えた通りに、僕が森林巨人を投げた時の動作そのまま。

「あああああッッ!!」

 巨体が宙を舞う。《くろがねの国》の王が、侵略者たる悪魔の長を、地に叩きつけた。
 堅牢な甲殻に守られていても、衝撃は通る。
 息を詰まらせ、しかしそれでも悪魔は流石の粘りを見せた。
 突如として四本の、昆虫めいた節足を体側から繰り出し、ルゥを巻き込む。
 そのまま両者は床を転がり、もつれあい――

 ぎィ! と異様な叫びがあがった。
 甲虫悪魔(スカラバエウス)の首の甲殻の隙間に、刃が突き立っていた。

 ……右差しの鎧通し(スティレット)

 ブラッドが工夫した愛用の短剣は、この間合いでの抵抗を許さない。
 首に刃が突き立ったままでは、治癒の奇跡も虚しいものだ。

「お前が、奪ったものをッ」

 抵抗する悪魔を押さえ込み、ルゥが突き立てた刃を更に押し込んでゆく。

「……返してもらうッ!」

 悪魔は二度三度と大きく痙攣し――そうして、ついに動きを止めた。
 ふとブラッドの、あの懐かしい声が、再び脳裏をよぎった。


 ――常日頃から、あいつらは考えている
 ――自分の命をなげうつに足る、戦う理由とは何かってことを、だ。


「敵将、討ち取りましたッ!」


 ――そして、それを得た時。
 ――奴らは魂を燃やし、勇気の炎とともに戦いに臨む。けして死ぬことを恐れない。


「ああ……」

 そうだね、ブラッド。
 本当にそうだ。
 本当にそうだったよ。
 ――ドワーフこそは、真の戦士だ。
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