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ひき逃げ
作:美月 純


 キキーッ!
「え?」
 ドンッ!!
「はぅ!」
 バキッ、ボキボキボキッ
 
『はっ!俺はいったい・・・ん?なんだ?!俺が倒れてる・・・え?なに?・・・俺を・・・倒れてる俺を・・・俺が見てる。なんで俺、浮いてるんだ?』
 
「あぁ、やっちまったぁ、おい!おい!大丈夫か?返事してくれ!あぁ、首が・・・なんてことしちまったんだ。どうしよう。警察、いや救急車!」
 男はブルブルと震える手で携帯を取り出そうとしたが、うまくつかめず落とした。
 
「うぅ、落ち着け、落ち着くんだ!とにかく電話だ。でも、こいつは生きてるのか?まだ息があるのか。こんなに血が流れていて、生きているのは無理だ。そうだ、死んでるんだこいつ。」
 
 かれた男は宙に舞ったまま男の行動を見ていた。
『おいおい、何言ってんだよ。俺はまだ生きてるよ。早く救急車呼べよ。』
 
 轢いた男は考えた。
「そうだ。こんな人気(ひとけ)のないところだ。誰も見ていない。それに轢いたときの音を聞いても誰も現れない。こんな夜中だ。そうだ。誰も見ていないんだ。」
 
 轢かれた男は轢いた男に向って叫んだ。
『おい!俺が見てるって!早く救急車呼ぶか、俺の身体を病院に運べ。そのまま逃げたら、ひき逃げだぞ!犯罪だぞ!刑務所行きだぞ!』
 
 轢いた男は少し落ち着いて周りを見回した。
「そうだ。絶対に誰も見ていない。」
 そう言って自分の車の周りを見てみた。
 
「車の傷もわずかだ。血はぬぐえばわからない。そうだ、電柱にでもぶつけたといえば誤魔化ごまかせる傷だ。」
 そして、轢いた男は車に乗り込み、そのまま車をバックさせた。
 
『おいおい!マジかよ!ほんとにひき逃げする気かよ!人殺し!殺人犯だぞ!』
 しかし、轢かれた男がいくら叫んでも、轢いた男にはまったく聞こえていなかった。
 
 ブーッ、キキッ!ブーッブッ、ブーン。
 
『この野郎!待てぇ!』
 そう言いながら、轢かれた男の幽体は轢いた男の車を追った。
 
『おお!すげぇ、俺、飛んでる。あぁ、でも、俺の身体、あそこにホッポられたままだ。どうしよう。このまま奴の車を追うべきか、それとも俺の身体の傍に戻るべきか・・・。戻ったところで、俺は元の身体に戻れるのか?仕方ない、とにかくこいつだけは許せない。死ぬにしても、こいつだけは絶対許さん!』
 そういうと轢かれた男の幽体は轢いた男の車を追った。
 
 そして、追いつくと車の中に素通りして乗り込めた。
『すげー!車をドアも開けずに素通りできちゃったよ。俺って本当に幽霊なんだ。人は死ぬと幽霊になれるんだ。本当だったんだな。しかし、俺は死んだってことだよな・・・嬉しいことではないな・・・。』
 
 轢かれた男が乗り込んだことにも気づかず轢いた男は猛烈な勢いで車を駆っていた。
「大丈夫なのか?こんなことして、俺は犯罪を犯してるんだぞ。わかってるのか・・・俺はひき逃げしたんだ。」
 
『そうだよ。おまえはひき逃げしたんだ。殺人だ。犯罪者だよ。』
 
「でも、誰も見ていないんだからばれるはずはない。大丈夫だ。大丈夫。きっと大丈夫だ。」
 
『大丈夫じゃないよ。畜生!こいつ本当にこのまま逃げる気だ。』
 
 キキィ・・・バン!
 
 車を自宅のマンションの駐車場に止めると轢いた男はマンションの玄関に走りこんだ。
「カギ、カギ・・・あった。」
 まだ、震えが止まらない手でオートロックのドアを開くと、轢いた男はエレベータを待つことも出来ず、階段を駆け上がった。そして、部屋のカギを開け、玄関先に転がり込んだ。
 
「はぁ、はぁ、はぁ・・・。」
 しばらくうずくまっていたが、ゆっくりと立ち上がるとおぼつかない足元の靴を脱いで、だらりと手をたらしながら部屋の奥へ歩んだ。
 
「水・・・。」
 轢いた男は冷蔵庫をあけるとペットボトルの水を取り出し、蓋を投げ捨てて、一気に水を飲み干した。
 
「はぁ、はぁ、はぁ・・・はあぁぁぁ。」
 大きく息をついた轢いた男はその場にぐったりと座り込んだ。
 
『おいおい、自分だけ落ち着きやがって、俺の身体はどうすんだ。人殺しめ。』
 轢かれた男の幽体は轢いた男の部屋にまで入り込んでいた。
 
「ううっ、うぅ、うわーん、ひっく、うえぇぇ。」
 
『泣き出したよ。轢いたおまえが泣くなよ。泣きたいのは俺だよ。』
 轢かれた男の幽体も泣き出した。
 
「うぅ・・・俺はとんでもないことをしてしまった。でも、でも、あいつはもう死んでいた。あのまま病院に行っても俺は逮捕されて刑務所行きだ。でも、これでばれなきゃ、このまま生活できる。時間が経てばきっと忘れられる。そうだ、五年たてば時効だし・・・。」
 
『この野郎、勝手なこと言いやがって!』
 そう怒鳴りながら轢かれた男の幽体は轢いた男に殴りかかったが、そのまま素通りしてしまった。
 
『くっそー!身体まで素通りしやがる。せめて殴らせろ!この野郎をボコボコにしなきゃ俺が浮かばれないだろう!』
 
 そう思った瞬間、轢いた男の表情が変わった。
「なんだ?今、何か俺の身体を何かが通り抜けたような感覚が・・・え?なんだ?鳥肌が立ってる。」
 
『え??俺のことを感じたのか?』
 
 轢いた男は周りをキョロキョロしながらつぶやいた。
「まさかな。そんなことはありえない。あの轢いた男が化けて出たなんてことはありえない。」
 そう言い聞かせながらも不安な表情を浮かべたまま部屋を再び見回した。
 
『ほほぅ、こいつはおもしろくなってきた。この男は俺の姿こそ見えないようだが、触れたりすれば感じるんだ。いわゆる霊感があるんだな。よーし。』
 そう言うと轢かれた男の幽体は再び轢いた男の身体を素通りした。
 
 ゾワッ!
 
 再び轢いた男は鳥肌を立てた。
「え?!まさか!よせ!俺は・・・仕方なかったんだ。だっておまえはもう、死んでいたんだから・・・あそこで俺が病院に運んでも無駄だった。化けて出るのはよせ!」
 轢いた男はうろたえながら天井の方に叫んだ。
 
『だから、なんだ。死んでいようが生きていようが、病院に運ぶのは当然だろ。警察に連絡するのも当たり前だろう。おまえは俺を殺して逃げたんだ。犯罪者なんだよ!』
 そう言いながら轢かれた男の幽体は三度みたび轢いた男の身体をすり抜けた。
 
「うわぁ!わかった!やめてくれ!自首する。自首するから!待ってくれ、明日まで待ってくれ!」
 そういうと轢いた男はその場にうずくまり土下座をしだした。
 
『そうだ。ちゃんと自首しろ。今すぐ警察に連絡して自首しろ。』
 今度は男の耳元でそう囁きながら、轢いた男の背中から首筋辺りを撫で回した。
 
「ひぃ!わかった。いるんだな。本当におまえは俺が轢いた男なんだな?」
 轢いた男は土下座をしたまま、そう、叫んだ。そして、天井に向って話し出した。
「どうすればいい?どうすれば許してくれるんだ。教えてくれ、言う通りにする!」
 
 そう言われて、轢かれた男の幽体は考えた。
『言う通りにするだと?うむ、よーし。現場へ戻らせて、俺の身体をちゃんと病院に運ばせてやる。でも、どうやってこいつにそれを伝えるか・・・身体を通った時だけ気配を感じるようだけど・・・もしかしたら、そうだ!』
 
 轢かれた男の幽体は、轢いた男の身体に自分の身体をぴったりと重ね合わせた。そして、
『俺の身体を病院に運べ。もう一度現場に戻れ。』
 
「うわぁぁぁ!本当にいるんだな。今声が聞こえた。俺の身体の中から男の声が聞こえた!」
 
『うまくいった。やっぱり、中に入り込めば意思も伝わるんだ。しかも、声として聞き取れているらしい。』
 そして、もう一度ぴったりと身体を滑り込ませると
『早く現場に戻れ。そして、俺の身体を病院に運べ。』
 
「わかった!わかった!現場に戻る。おまえの身体は病院に運ぶ。わかったから俺の身体から離れてくれ。」
 そういうと、轢いた男は慌てて部屋を飛び出し、今度は階段を駆け下り、車に向った。
 
 轢かれた男の幽体は、部屋のドアを素通りすると、そのまま直接車の前まで飛んでいった。
 そして、再び轢いた男の身体に入り込むと
『人間は不便だな。俺はおまえの部屋からここまで数秒でこれたぞ。』
 
「当たり前だ。おまえは幽霊なんだから、空中を浮遊できるんだろ。俺はまだ生きてるから、そんなマネはできないんだ。」
 
 その言葉に轢かれた男の幽体はカチンときた。
『おまえも俺と同じ幽霊にしてやろうか!』
 
「ひぃぃ。やめてくれぇ、わかった。とにかく車に乗るから、俺から離れてくれ!」
 そう懇願するとガチガチと震えながら車のドアを開けて乗り込んだ。
 
 エンジンを掛けるとタイヤを鳴らしながら駐車場から飛び出した。
 すでに車に乗り込んでいた轢かれた男の幽体は、運転中の男と同じ姿勢で身体を重ね合わせた。
『よーし、急いで、俺の身体のところまで戻れ。』
 
「わかった!わかったから、俺の身体から離れてくれ、俺まで事故ってしまったらおまえの身体を助けることはできないぞ!」
 
『それでも、いいかな。おまえも俺と同じ幽霊にしてやれるからな。』
 
「よせ、おまえの身体はまだ生きてるかもしれないぞ。まだ、そんなに時間が経ってないし・・・そうだ。実は俺がおまえの身体に触れたとき、まだ息があった。確かに呼吸はしていた。だから、まだ身体は生きてるかもしれない。」
 
『なら、なおさらその身体を見捨てて逃げたのはなぜだ?そのまま助けていれば殺人犯にはならずに済んだはずだ。』
 
「怖かったんだ。そう、怖かったんだよ。このまま助けても刑務所行きは確実だと思ったら、つい、怖くなって逃げ出したんだ。済まない。本当に済まない。急ぐから!許してくれ。」
 半泣きになりながら轢いた男は懇願した。
 
『とにかく急げ。』
 そう言うと轢かれた男の幽体は一旦身体を離し、助手席に座った。
 
 ほどなく現場に近づいてきた。ライトを上向きにして現場付近を照らした。
「あった!あったぞ、おまえの身体はまだあそこにあるぞ!」
 
『あったじゃない!俺はモノじゃない!俺の身体はモノじゃないぞ!』
 
「わかった。悪かった。いた。いたぞ、ほら、あそこを見ろ!」
 
 そう言われて轢かれた男の幽体はライトの先を見つめた。
 確かにそこには轢かれた男の身体がそのままの姿で道路に横たわっていた。
 
 車を止めると轢いた男は車から降りて、轢かれた男の身体に近づいた。息を確かめる。
「だめだ。死んでるよ。本当に死んでる。済まない。許してくれ。もう、無理だ。病院に運んでも無駄だ。」
 
『無駄かどうかわからんだろう!とにかく運べ!おまえの車まで運ぶんだ!』
 
「わかった。わかったから。」
 そう叫びながら轢いた男は轢かれた男の身体を起こし、脇の下に手を回し、男の身体を引きずって車まで運んだ。後ろのドアを開け、轢かれた男の身体を滑り込ませると運転席に移り車を発進させた。
 
『よし、このまま近くの救急病院まで行け、道は俺が指示する。』
 轢かれた男の幽体はそう言って轢いた男に病院への道のりを指示した。
『俺はこの近くのアパートに住んでいるから、この辺りの地理には詳しい。次の角を左に曲がれ。』
 
「そうなんだ。おまえはこの近くに住んでいたんだ。わかった。左だな。」
 
『住んでいたんじゃない。まだ、住んでるんだ!人を過去形にするな!』
 
「悪かった!次は、次の道はどっちに向う?」
 
『左だ。左に曲がると郵便局がある。その脇の道に入れ。』
 
「わかった。」
 
『次にその先に見える信号を右だ。そうすると救急病院の赤色灯が見えるはずだ。』
 
「わかった。あ!あれだな?あそこの病院だな。よし、入るぞ。」
 
『入ったらすぐに病院のロータリーに車を止めて入り口のインターホンに行って医者を呼び出せ。』
 
「わかった。」
 そういうと男はロータリーに車を止めて、ドアのインターホンを押した。
 
「はい、どうしました?急患ですか?」
 
「あ、はい。えっと、人を、人を・・・」
 跳ねたと言いそうになって口を(つぐ)んだ。
 
「どうしました?人がどうかしましたか?」
 
「いえ、人を運んで来たんです。道で倒れていた人を運んできました。」
 
「その人の容態は?息はありますか?」
 
「息は・・・ありません。でも、よくわからないんです。とにかくすぐ来てください!」
 
「わかりました。そこで待機していてください。」
 そう言われると轢いた男はその場に崩れ落ちた。
 
「もう、おしまいだ。いくら誤魔化しても、轢いたことはばれてしまう。このまま警察に通報されて、結局はムショ行きだ・・・。」
 
『自業自得だろ。逃げたのは確かなんだから。でも、ここで病院に運んだから、自首すれば少しは罪が軽くなるだろう。俺は・・・死んだんだぞ。死ぬよりましだろう。』
 そういうと轢かれた男の幽体も轢いた男とぴったりと重なるように崩れ落ちた。
 
「患者はどこですか?」
 医者にそう聞かれたが、轢いた男は座り込んだまま無言で自分の車を指差しただけだった。
 
「おい!急げ、患者は車の中だ。」
 5,6人の医師と看護師が担架を運びながら、轢いた男の車に駆け寄り、ドアを開いて轢かれた男の身体を運び出した。
 一人の医師がグッタリしている轢いた男の方に近寄ってきた。
 
「轢いてしまったんですね。車に傷もついてますね。とにかく病院に入ってください。警察にはこちらから連絡をとります。」
 そう言われながら、立ち上がるよう促され、身体を支えられながら病院内に導かれた。
 病院のロビーで待っていると、ほどなく警察が来た。
 
「あなたですか。人を轢いてしまった方は?」
「はい。」
 一言発するのがやっとだった。
 
「轢いた方もショックとは思いますが、轢かれた方はもしかすると亡くなるかもしれません。その場合、業務上過失致死であなたを逮捕させていただきます。とにかく事情を聞かせていただきます。」
 轢いた男は黙っていた。轢いたことのショックは収まっていたが、自分の人生がここで終わったことへ男は気力を失っていた。
 
 その時、病院の医師がかけ寄ってきた。
「患者は・・・助かりそうです。奇跡ですね。首の骨が折れて心停止の状態だったのに、息を吹き返しました。」
 
「えぇ!」
 男は叫ぶと再び崩れ落ち床にへなへなと座り込んでしまった。そして、涙を流し、声を上げて泣き出した。
 
「よかったですね。しかし、業務上過失傷害にはなりますので、事情聴取はさせていただきます。」
 
「はい。」
 先ほどよりは安堵の気持ちがこもった返事だった。
 
 その時、身体に何かが入り込んできた。
『助かったよ。間に合ったらしい。一応あんたのおかげだな。』
 
「いや、悪かった。本当に逃げ出したのは事実だから・・・警察にはありのまま話すよ。でも、助かってよかった。本当に良かった。これで刑務所の刑期も短くはなるだろう。本当に助かってよかった。」
 
 その様子を刑事が見ていて
「なんですか?誰と話してるんですか?」
 返事をしない轢いた男をみて一人の刑事がもう一人の刑事に向って頭の上でくるくると手を回すジェスチャーをした。
 
 轢いた男はそのまま警察に連れて行かれ、ありのままを話した。警察からは男が素直に事情聴取に応じたことと、事実関係がはっきりしていて男が逃亡する可能性も低いと見て裁判の時に呼び出すと伝え、そのまま釈放した。
 
 拘置を免れた男は、一週間後、轢かれた男の見舞いに行った。
「失礼します。意識戻ったんですね。良かった。」
 首を固定され、手足も包帯姿の轢かれた男は来訪者の男の方に目だけを向けた。
 
 まだ、言葉もしゃべれない轢かれた男に向って轢いた男は一方的に話しかけた。
「本当に申し訳ありませんでした。でも、助かってよかった。お医者さんの話だと全治一ヶ月とのことですね。あの状態で全治一ヶ月は奇跡だそうです。でも、私が犯した罪は変わりませんから。警察にはありのままを話しました。所在がはっきりしていることと罪を認めていることを考慮されて拘置所は免れましたが、裁判のあとおそらく刑務所には入ると思います。でも、犯した罪は償わなければなりませんから。あなたは、しっかりと養生してください。では、失礼します。」
 
 そういうと轢いた男は持ってきた果物かごを轢かれた男の枕元に置いて
「元気になったら食べてください。こんなもので罪は償えませんが。では・・・お元気で。」
 轢いた男が部屋を出て行く後姿を轢かれた男は目で追った。
 
 二週間後病室に警察が訪れた。話ができるようになった轢かれた男に事情を聞くためだ。
「まだ、不自由なところ申し訳ありませんが、裁判のこともありますので、当日起こったことをありのまま話してください。」
「はい、わかりました。」
 轢かれた男はまだ首を固定されたまま苦しそうに返事をした。
 
「では、あなたは十月二十日午前一時五十分頃、〇×町3丁目あたりの路上で車に轢かれましたね。」
「はい。」
 そのまま、事情聴取が続いた。
 
 その日の午後、轢いた男に警察から連絡があった。
「もしもし、もう一度事情を伺いたいので警察まで来ていただけますか?」
「はい。」
 
『何か悪いことだろうか?まさか轢いた男が亡くなったとか?でも、事情を聞くというのは?ありのままを話したはずなのに・・・。』
 そう考えながら警察に向った。
 
 取調室に入ると最初に事情聴取をされた刑事がやってきた。
「いいですか。正直に答えてください。」
「はい。」
 
「あなたは、十月二十日午前一時五十分頃、〇×町3丁目あたりで、人を轢きましたよね。そして、怖くなって一旦はそこを離れたが、罪の意識から再び現場に戻り轢いた男を車に乗せ病院まで運んだ。そうですね。」
「はい、その通りです。間違いありません。」
 
「ふぅ・・・。」
 刑事が大きくため息をつきながら轢いた男の正面の椅子に座り込んだ。
 何か様子が変だ。
 
「いいですか。もう一度よく思い出してください。あなたはその男を轢いたのですか?すでに轢かれていた男の身体に接触したのではありませんか?確かにあなたの車には凹んだ傷とガイシャの血痕が残っていましたが、それは、轢かれた男がふらふらと歩いていて飛び出て来たため避けきれずに当たったのではないですか?」
「え?どういうことです?よく話が見えません。」
 
「ガイシャはね。轢いた車はあなたのではないと言ってるんです。トラックに轢かれたあと、フラフラと歩いていて助けを求めようとして、たまたま通りかかったあなたの車に自分から突っ込んでいったと証言してるんです。」
「え?そんな。確かに私は彼を轢きました。そして、怖くなってその場を離れ、でも、再び罪の意識から現場に戻ったんです。」
 
「いいですか?よーく思い出してみてください。ガイシャはすでに轢かれた状態ではなかったですか?あなたの車に助けを求めようと故意にぶつかってきたのではないですか?おそらくガイシャも助けを求めたかったが、叫ぶこともできなかったため、あなたの車をなんとか止めようと身体ごとぶつかっていった。そう、彼も証言してるんです。本当はそうなんですね?」
「・・・・・。」
 
「それならば、あなたはガイシャを轢いたことにはならない。確かに一度逃げたことは許されることではないですが、再び戻って彼を助けた。結果彼は命をとりとめ、もうすぐ退院できるのです。つまり、あなたは命の恩人になるのです。」
「命の恩人?そんな・・・。」
 
「とにかく、相手からあなたへの被害の親告はなされません。つまり、あなたの罪は問われませんから裁判も行われませんし、刑務所に行く必要もありません。」
「どういうことです?」
 
「そういうことです。どうぞ、お引取りください。私たちは真犯人の検挙に・・・もう一度初めからやり直しです。ご苦労様でした。」
 そう言われて警察から出てきた轢いた男はその足で病院に向った。
 
「失礼します。どういうことです?なぜ、あんな嘘の証言を?」
 まだベッドに横たわっている轢かれた男の傍に轢いた男は駆け寄った。
 
「嘘ではありませんよ。あなたは命の恩人です。それで、いいじゃないですか。」
「でも、本当は・・・。」
 
「シッ、とにかく私は命を取り留めたのです。あなたがこの病院に運んでくれたおかげでね。」
「でも、それはあなたの幽霊が・・・。」
 
「幽霊?よしてくださいよ。こうして私は生きてますよ。幽霊なら死んでなきゃなれないでしょ。私は生きてます。ありがとうございました。本当にあなたは命の恩人です。」
「うぅ。」
 轢いた男は轢かれた男の手を握り、その場で床に座り込んで泣き崩れた。
 
「とにかく、二人ともまだまだ先の人生があるんですから。それを無駄にしなければそれでいいじゃないですか。今度私が退院したら飲みにいきましょうよ。これも何かの縁ですよ、きっと。」
「はい、ありがとうございます。あなたこそ私の恩人です。私の人生の恩人です。」
 
「よしてください。照れくさいですから。」
 こうして奇妙な縁で結びついた二人の男はその後、轢いた男が80歳で他界するまで続いたという。
 
 了


この物語はフィクションです。が、ありえないはなしじゃありません。運転には気をつけましょう。














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