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注いで、愛を、咽ぶ程に

作者:矢島 汐
私には双子の姉がいる。
大きなアーモンド型の瞳、薄い栗色の髪、人形めいたその容姿は両親の美点を何倍にも嵩増しして集めたような造り。
幼い頃から勉強も運動も人並みを遥かに上回り、おまけに人懐っこく友達も多い。教師をはじめ、周りの大人からの信頼も厚い。
この世の全てから愛されるために生まれてきたような存在。完璧過ぎて、漫画の主人公が抜けだしてきたと言っても納得する奴は大勢いるだろう。

対する私は、真っ直ぐで艶やかな濃い栗色の髪が特徴的な、それしか特徴がないと言われるような存在。
きついつり目と口元のほくろ、冷たそうな造作は姉とは正反対である。
姉以外の周りと見比べてみての自己評価では上の上程ある容姿だと思うが、いつも隣にいるのが特上を通り越した姉なので正しく評価されたことはない。
勉強も学内では上位に入り、運動も同程度にはできる。見合うだけの努力はしてきた。それも全く目立たず、“双子の劣化した方”と言われるのだが。

母親とは長く別居状態で、私達は父親に育てられている。
正確には屋敷に幾人もいる使用人が育てているのだが、金を出しているのは父親なので一応“育ててもらっている”ということにしておく。
最初から愛のない結婚だが、古くからの名家であるために離婚できないらしい。だから愛されないのかと、私も極々初期はそう考えていたことがあった。

物心つくのが異常に早かったらしい私は、幼い時分より年齢以上の思考能力が備わっていた。
そのおかげで父親が私達を“差別”していると気付くのには、さほど時間はかからなかった。
例えば服を汚して帰れば私だけ怒られバルコニーに放り出され、例えば幼稚園で描いた絵は私だけ見てももらえずゴミ箱に捨てられた。
わかりやすいにも程があるその差別に、私は泣き喚くのも何かを主張するのもやめた。わがままも言わずにただ姉が褒められるのを静観するようになってから、父親は私をいないものとして扱い、姉を更に溺愛するようになっていった。

私は元から愛されていなかった。冷めた思考をする前は一生懸命愛情を貰おうと努力していたのに報われることはなかった。
それなのに、同じ立場のはずの姉は甘やかされて、風もあてぬように愛されていた。ただそこにいるだけで常に愛情を注がれていた。

馬鹿馬鹿しい。罵る気にもなれなかった。代わりに反吐が出そうだった。

実の娘を差別する父親も、自分の腹から生まれた子を放り出した母親も、何も知らずに私に近寄ってくる姉も……私の目の前から消えてほしい。私の世界に存在しないでほしい。

だから、私はひとつの道を選択した。

(いと)、本当に行っちゃうの?」

“淋しい”と瞳を揺らして、しゃがみこんで物を整理している私に合わせて膝を折るその姿は、十五になった現在もますます輝きを増している。
庇護欲と媚びを含んだその目を今この場で潰してやったとしたら、この女は何と言うだろうか。

毎度おなじみの毒を心の中で吐き出して、私は長年染みついた薄い笑顔を浮かべる。

「姉さん、近隣の学校じゃ私のやりたいことはできないの。それに無理を言って一人暮らしさせてもらうんだから、今更止めるなんてなしよ」

無理を言うどころか小躍りしそうな程喜んでいたが、どうでもいい。
体面上、未成年の娘を適当に放り出すなんてできなかったのだろう。父親の秘書がピックアップしたセキュリティのいいマンションから物件を選ばされ、手切れ金とでも言うようなまとまった金額が入った口座をもらった。それだけでもう十分。私も感動で泣きそうだ。

「私の選んだ道なの。応援してもらえると嬉しいわ」
「うん……そうだね! 引っ込み思案だった絲が自分から“あの高校に行きたい”って言ったんだもんね。姉なら祝わなくちゃいけないのに……」
「その言葉だけ十分よ。新生活で忙しくて連絡できないかもしれないけど、気にしないでね。ほら、姉さんもこれから御稽古があるでしょう?」
「わっ! そうだった、遅れちゃう!」

飛び上がる様にして身を起こした彼女はそのまま慌ただしく部屋のドアに向かう。
最後に振り返って“ご飯までに帰ってくるね”と残したそのドアが閉まった瞬間、私は手元にあった本を投げつけた。能天気な気質の女だ、どうせ物音も気にしないだろう。

「そう、私のことを一生気にせず生きればいいのよ……」

ただ同じ腹から同じ時期に生まれたと言うだけで、私がどれ程みじめな目に遭ったか。どれ程の悪意を向けられたか、どれ程の苦痛を受けたか。
最初から教えるつもりはない。あんな、一欠けらもわかり合えない人種に私の心を打ち明けたいなんて微塵も思わない。
だから私は違う道を選ぶ。アレの陰から脱却するのだ。

「私の世界、誰にも邪魔させないわ」

人形みたいに綺麗で、砂糖菓子みたいに甘ったれたお嬢様。
相馬(そうま) (あや)。私がこの世で一番嫌いな、おぞましい女。

彼女を視界から、私の世界から消すことで、ようやく私は“双子の劣化した方”ではなく“相馬 絲”として生きていける。



× × ×



「どうして、貴方がいるのかしら?」

県をいくつも跨いだ、とあるマンション。
ようやく誰もいない生活がはじまるのだと肩を撫でおろした私の耳に届いた、インターフォンの音。
業者が何か忘れ物でもしたか、と頭の中の警告を無視してドアフォンを繋げてしまって……私はあの食えない秘書の顔を叩いてやりたくなった。

高校生が住むにしては大きすぎる2LDK。まだ片づけも終わっていないそこに訪ねて――いや、無理矢理押し入ってきたのは、私の知る人物だった。

「ねぇ。私、貴方にこの場所を教えたかしら。個人的に親しくもない男が私のプライベートスペースに入ってくるなんて、不快だわ」

目の前の男は、一言で言えばとても柄の悪い風体をしていた。
金を通り越してクリーム色になるまで染められた長めの髪。気怠げで退廃的な眼に反するような、斬れそうな程きつい雰囲気をした顔立ち。
人相の悪さが全面に出てしまっているが、顔の造作も体つきも整っている。

「答えないのなら今すぐ出ていきなさい。蜂須(はちす) 大雅(たいが)

聞かなくても大体のあたりはついている。恐らく、父親に私の監視という体で見限られ勘当されたのだろう。

二つ上の、幼馴染。秘書と護衛を兼ねた人間を多く輩出している一族の直系三男。父親の秘書から見れば甥にあたる男。
外見の通り素行が悪い彼は、家には滅多に近寄りつかず仲間と遊び歩いていると噂では聞いていた。
幼い頃に紹介されてはいたが、私達を放って近所の男の子達と遊んでいた印象しかない。あからさまにアレを見ない、珍しい男だった。
ここ数年は同じ学校にいても他人の扱い、更に中学と高校で分かれてしまったので関わることはなかったのだが……

面倒な奴を寄越してくれた、と思いながら溜め息をつくと、大雅は軽く片眉を上げた。

「……お嬢サマ、何か性格変わってねぇか? もっとおとなしいっつーか……」
「取り繕うのも面倒だからよ。好きに吹聴すれば?」
「いや、俺もう向こうに戻んねぇし。ご丁寧に金も車もつけて追い出してくれたから、わざわざ家に行く必要ねぇんだわ。ここに来たのはほんと、一応ゴメイレイに従って確認してきましたよって報告するだけだから」

心底どうでもいいような風に手を振って、あっさりと家を捨てた大雅。
投げやりなその態度と暗く空虚な眼が、彼が日常に飽きていることを教えていた。

私は薄く微笑んだ。
つまらなそうな男だが、悪くない。アレに取り込まれていない若い男はいないに等しいと言うのに。
この男は、私のことを“相馬絲”として認識するだろうか。少し興味が沸いた。

「あら、ありがとう。助かるわ」
「そりゃどーも。じゃ、俺帰るから」
「……私達同じね。私ももう一生あの家に戻らないわ」

適当に私の話を聞き流そうとしていた彼は、ややあってから私の言葉に目を見開く。

「…………はぁ? 何言ってんだ。あんた、高校出りゃ誰かと婚約すんだろ」
「貴方こそ何言ってるの? あの家で婚約? 結婚? おかしなこと言わないで。
どうせアレが全て壊すわ。お見合いも結婚も全て、夥しい程の蟲が私を使ってアレに近づく過程のひとつじゃない」

思いっきり馬鹿にした風に口を歪めると、大雅は唖然として私を凝視した。
まるで化け物に出会ったようなその顔が妙におかしくて、思わず声を上げて笑ってしまう。

「アレ、って……」
「ああ、それを聞くの?」

愉快だ。私がアレを大事にしていたとでも思っていたんだろうか。
教えてあげよう。私のどろどろに腐った内側を。そして強烈な色で染めてあげよう。

ひとりだけ座っていたソファーから立ち上がって、フローリングの上で胡坐をかく大雅の太ももに片足を乗せる。
ぐっと体重をかけると、彼は眉を顰めて自由になっている足を崩し、傾いた体を手で支えた。

「聞いたら、もう戻れないわよ?」

息がかかる程近くで囁いて、目の焦点が合うぎりぎりのところで気怠げだった暗い眼を覗き込む。

「聞きたいの? 私の真っ暗なところに入りたい?」

ごくり、と彼の喉が鳴った。
それが緊張ではなく興奮なのだと、何故かわかった。

異常な奴だ、と思った。それを冷静に思う私も異常なのだ、そうとも思った。それでも隠す気は毛頭ない。

「血を分けた、私の姉よ。貴方もよく知ってるでしょう? 何をしても完璧だと言われる相馬絢。

私はね、あの女が嫌い。
全て持って生まれついて、息をしてるだけで愛されてる、能天気なお嬢様。邪魔なんて次元じゃない。ただおぞましくて大っ嫌いなの。

あの女が私と共に生まれたせいで、私の人生はぐちゃぐちゃに壊された。誤解しないように言っておくけど、殺したりしないわよ? 是非消えてほしいけど、そんなことしたら私が悪者になってしまうじゃない。
だからね、私はアレを忘れるの。いなかったことにする。私はただの相馬絲になる。私はここからようやく生きることができるの」

声に出せたことが嬉しくて、顔がかつてない程の笑みを作る。
優しく、甘いくらいの声音で縛られた大雅は食い入るような眼をしていた。

「大雅、私の邪魔をしては駄目よ。今度の人生を邪魔されたら、私は貴方を殺さず壊すわ。
あそこにいる大多数は嫌いだけど、貴方のことは嫌いじゃないの。貴方は人間として馬鹿じゃない、そう思った私の期待を裏切らないでちょうだい」

紅潮した大雅の頬を撫で、唇をなぞる。
意外に柔らかい感触を楽しんでいると、震えるようにそれが開かれた。

「やっべぇ……すげぇ、ぞくぞくする」

爛々と輝く眼が、私に染められたことを教えていた。

「ふふ、変態ね」
「いや、お嬢サマが隠してたのが悪ぃんだよ。暗い女だと思ってたのに、女王様なんて」
「お気に召したかしら?」

からかうように唇の間に親指を滑り込ませる。
全く抵抗なく舐める大雅の頭を撫でてから、それを引き抜いて返答を待つ。

「サイコー。毒気も刺激もねぇ奴ばっかで萎えてたんだ……絲はすげぇそそる」
「そう。じゃあ、私の邪魔しないでね。たまになら遊んであげるわ、ふふっ」

大雅が私の名前を呼んだのは、これが初めてだった。つまり、彼は私をアレの付属品ではないひとりの人間として認識したのだ。

“毒気も刺激もねぇ奴”には恐らくアレも含まれているだろう。
そう思うと笑いが止まりそうもなかった。

「ああ……ドロッドロの闇で遊ばせてくれよ」

私は愛されたい。愛が足りない。私は愛してみたい。愛を知らない。
生まれてからずっと愛に飢えている。もっと愛がないと、私は生きられない。

情欲の混じった視線に“女王様”らしくおあずけをして、私は私なりに愛されるための記念すべき一日目を心に刻んだ。



× × ×



高校に入学して早五ヶ月。
私の生活はおおむね順調だった。
それなりの学力、財力を持った者ばかりのこの学校は、性根の腐った輩しかいない。
私にはとても生きやすい、“やりたいこと”をやれる環境。最高だ。

いくらアレで目を曇らせた奴らが私を劣化と呼ぼうが、今までずっと、自分のことは自分で冷静に評価してきた。
私は完璧までとはいかなくても非常に高水準の人間だ。それがこの学校では明白なものとなっている。
私の取り巻きに入りたがる生徒も増えた。無謀にも私に張り合ってくる女も出てきた。私のことを好きだと言う男もごまんといる。

これが、私のされるべき評価。
ここでは全てが“相馬絲”だけを見る。アレと並ぶこともない。そう思うと涙が出そうだった。

「絲、今日の予定は空いているかな」

整った、理知的な顔立ちの男が私の顔色を窺うように立ちふさがる。

右京(うきょう) (みそぎ)、この男も私のことを好きだと言う男のひとり。
理事長の孫で将来は学院グループを全て束ねる身。模範的な生徒会長としてこの学校内で多大なる影響力を持っている。
ノンフレームの眼鏡から覗くその眼は甘く、暗い。そのアンバランスなところが好ましい男だ。

どうやら私は、こういう部類の男を引き寄せる魅力があるらしい。
私が欲しいと一際強く迫ってくる男は、決まって真っ暗な眼をしている。皆見目麗しく、汚泥のような中身を持つ、異常な人間ばかり。
だが、それでいい。私だけを愛してくれるのなら、何でもいい。

「今日は……そうですね、特に用はないかと」

人目があるので取り繕って話してはいるが、口元だけは歪んでしまう。
恵まれた男が私に媚びている。その事実が私に優越感を与える。

「じゃあ、」
「僕らと遊ぼうよ、絲ちゃん!」
「付き合ってやらんこともない」

左右から同時に耳元で吹き込まれた声に、またひどく口元が歪む。

「邪魔しないでほしいな。由鶴(ゆづる)志鶴(しづる)

禊が全く温度のない視線で微笑みかけても、呼ばれた二人は全く意に介さない。
それどころか私の両腕を片方ずつ掴んで、主導権を持って行こうとする。

右腕にべっとり絡みつく古賀(こが) 由鶴と、左腕をきつく掴む古賀 志鶴。
彼ら瓜二つの双子は、フード関係の大企業の御曹司だ。
私の一つ上なのにも関わらずどこか少年めいた美しい容姿をしているが、性格は対照的なので表情ですぐ見抜ける。
どちらも能力的にはほぼ同等で、お互いに色んなもので競争や共有をして楽しむ健全さ(・・・)を持っている。
双子と言うだけで最初は吐き気がしそうだったが、今はこの二人のことも気に入っている。

「ねぇ絲ちゃん、僕らと遊ぼ? 三人でたのしーぃコトしようよ」
「仕方がないから由鶴と共有で許してやる。いや、ちょうど週末だ……今日明日と泊まれば問題ないか」
「いいね~さすが志鶴!今日はたっぷり三人でして、明日は午前午後分ければいいかなぁ」

「二人とも、俺を怒らせるのがどんどん上手くなるね。絲が予定を空けてくれたのは俺のためだよ……そうだよね、俺の絲」
「は? 何言ってんのカイチョ。僕らの絲ちゃんだし。ま、僕だけの絲ちゃんでも大歓迎だけど」
「絲は共有だと決めただろうが。今更蒸し返すなら俺も手加減しないぞ、由鶴」

ああ、馬鹿馬鹿しい会話。でもとても愛しい。

たくさんの男から言い寄られて、誰も選ばないなんて、ましてや気付かないなんて愚かなことはしない。
私は愛を手に入れるために、慎重に男を選んだ。その結果、彼らを含めた五人を同時に愛している。
言い寄ってきた中で特に腐敗が進んだ、みっともなく愛を叫ぶ男達。彼らの愛欲の情を一身に受けておいて、ひとりを選ぶなんてできる訳がない。

数ヶ月前、多少マシな顔しか取り柄のない女が私のことを“淫売”と罵った。
おそらく“誰にでも足を開く女”とでも言いたかったのだろうが、品と学のなさを露見させただけだった。

私は自分の欲求にも、私を欲しがる男達にも真摯であり続けている。
私が複数からの愛を受け入れていることを全員が知って了承しているし、その了承がない限り絶対に触れさせない。勿論関係を持つ時に金品を要求したこともない。
彼らは自ら選んだのだ。私の色に染め直されることを。

当然、誰も彼もこのまま他の男と一緒くたにされるつもりはないだろう。
媚びて、足掻いて、蹴落として。全て好きにすればいい。私を愛さなくなった男は捨てるけど、それ以外は同じように愛してあげる。

「私はひとりしかいないのに、どうするつもりなんですか? 先輩方」

わざとらしく首を傾げながら声を上げると、ぴたりと喧騒が止む。
男の嫉妬は大歓迎だ。でも、あまりに不毛な時間を過ごすのは嫌い。

「三人で楽しくしているなら結構。私は大雅と椿樹(つばき)を呼び出すので」

ここにいない、他の二人のことを頭に浮かべながら手を振り払おうとすると。

「絲、冷たくしないでくれ。君が微笑んでくれないと心が凍りそうだ」

私の濃い栗色の髪を一筋取って、柔らかく口付ける禊。

「何故わざわざ他の男の名を呼ぶんだ。お前は今日、一度でも俺の名を口にしていないと言うのに……」

左腕に痛い程の力を込めて、それなのに手の甲に優しく頬ずりする志鶴。

「絲ちゃんを蔑ろにするわけないじゃん。絲ちゃんがいないと何もおもしろくない。つまらない思いさせちゃってごめんね?」

右腕をなぞって、指先一本ずつに丁寧なキスを落す由鶴。

暑苦しい程にひとりの女に縋りついて、ご機嫌取りをして。
外から見れば馬鹿馬鹿しい光景だろう。だが、彼らにとって私は“女王様”のような絶対的な存在なので当然のことのようだ。

「そう。でも少し淋しかったから、やっぱり二人も呼びます。全員で遊びましょう? 今日これから、明日、明後日と」

生まれる前からからっぽな私は、どれだけ愛を注がれても足りない。私もちゃんと全員愛するから、だから全員で、全力で私を愛してほしい。

ああ、真っ暗な眼が幾対も私を見ている。
腐った愛欲の塊が舌なめずりしている。

「うちの別邸でいいかな? 絲はあそこのバスルームがお気に入りだったよね」
「ええ、ありがとう」

自然と離れる両腕の感覚。気にするまでもなく、整った顔を飾る眼鏡を外す。
一対一ならまだしも、私と彼らが複数集まった場に近づく者はいない。視界に入ってくることすらタブーとされているのは、私がこの学校である種比類ない力を持っているからだろう。

静かな廊下の真ん中で、眼鏡を片手にしたまま長身の禊の首に両腕を回す。

「嬉しいわ、禊」

名前を呼んだだけで花が綻ぶように笑うその姿が可愛らしくて、唇の端にキスをしてあげる。
勿論、両側の双子は物凄く不満げだったけど、仕方がないだろう。たまに特別扱いするのも、愛を注がれるための秘訣だ。



× × ×



「絲、きつかったら電話してこいよ? 送ってやっから」

気怠い中にじんわりとした暖かさを滲ませた眼で覗き込まれ、私は苦笑した。

「それ何度目? 心配し過ぎよ、大雅」
「この休み中、お前何回失神した? 今日だって休めばいいっつったのに」
「大丈夫よ。さすがに体育は見学するけど」

何事もなかったように微笑んで、全身が軋む中無理矢理姿勢を正す。
ほぼ休みなく愛を注がれ続けた体は休息を必要としているが、心は羽が生えそうな程軽い。マンションにひとりでいるなんて嫌だった。

そんな私の気持ちには当然気付いているだろうが、私が大人しく従う訳がないと思っているのだろう。ぎこちない動きは溜め息で見なかったとこにされる。

「……蜂須さん。僕も見てる、から」

肩に軽く、細い手が触れ、沁みるような声が間近で吹き込まれる。
薄造りの、いっそ魔的な程の美貌を持つ彼、(みやこ) 椿樹が私の愛する最後のひとりだ。
古くは華族であった一族の、日本舞踊の名家の息子。そしてここでは私のクラスメイトだ。

椿樹は性別や系統こそ違うが、アレと並べて見劣りしないレベルの容姿をしている。
そんな存在が私を深く、深く愛している。私だけを女として認識している。その事実がどうしようもなく嬉しい。

「ね、絲さん。無理、しないでね」
「ええ。もし何かあってもクラスメイトが助けてくれるわ」
「……僕は? 僕じゃ、駄目?」
「勿論、一番に駆けつけてくれるのは椿樹よね? そのくらいわかり切ってるもの」

甘やかすように頭を撫でてあげると、殆ど動かない表情が柔らかく変化する。
……昨日、朝から私を貪っていた時とは大違いだ。

「絲さん、いじわる……好き、かわいい」
「…………椿樹。絲に無理させんだったら問答無用で連れて帰るぞ」

妖しく揺れる眼を見なくても雰囲気で察したのだろう、意外に面倒見のいい大雅が釘を刺す。
ややあって“蜂須さんもいじわる”と不貞腐れた椿樹が少し離れると、大雅は私の頬を撫でてから額に手を当てた。

「ほんと、無理すんなよ。お前が倒れたらどうしようもねぇんだから」

当然、体調を心配してくれている気持ちもあるだろうが、同時に私自身を心配されているような気がした。
真っ暗なところ以外も愛してくれているのが顕著にわかる彼は、アレを知っているのに私を愛していると言う点も含めて、他の人より少しだけ、ほんの少しだけ特別だ。
だから他の誰にもあげていないマンションの合鍵も預けてある。勿論勝手な出入りは許していないし、彼も一度もそれを使ったことはない。ただ、大事にしているとだけは聞いた。

「大雅」
「ん?」

時々考える。もし、私の内側が腐っていなかったら……大雅はすごく真っ当な人間になっていたのではないか。
おそらく五人の中で大雅が一番まともな位置にいた。それを私が引きずり込んだ。
私は今の私が大好きだし、大雅もそんな私を選んだのだし、後悔は全くしていない。だが、どうなっていたのだろうとは思うことがある。

「屈んで。キスしてあげる」
「マジで」
「ええ」

禊より背の高い大雅は首に腕を回してもまだ位置が合わない。
単なる思いつきながら、かなり珍しい申し出に破顔した大雅は、物凄く不満げな椿樹を押しのけて私の腰を抱いた。

きつく整った造作がぐっと近づく。それを見つめたまま、ただ唇を擦り合わせるだけのキス。
唇をこじ開けようと動く舌を無視して、両手で頬を包んでやんわりと拒絶する。

「あー……クソ、何煽ってんだよ。殺させる気か」
「死にたくないから、付き合えないわ。もういい加減教室に行かないと……大雅、サボるんだったらせめてペナルティのない授業にしなさいよ?」
「わーってる。じゃあな」

既に一限は後半にさしかかっている時間だ。誰の視線もなく彼らと話せるのは楽だが、遊んでいる暇はない。
適当に手を振って階段を上がっていく大雅を見送って、すっかり静かになった彼に視線を向けると。
ああ、もうぎりぎりのところだ。

「絲さん、僕もしたい」
「駄目」

飴と鞭の使い分けは重要。特に椿樹と由鶴は主張が激しいから、流されないようにしないといけない。
まぁ、主導権は元から私が握っているので流されても最後には絶対に勝つのだが。

ぴしゃりと却下してしまうと、椿樹は薄く形のいい唇を噛んで暗い眼をする。
普通の人だったら寒気のするようなその視線も、私にとっては心地いい嫉妬としか思わない。

「椿樹はキスだけじゃ絶対に終わらないもの。折角学校に来たんだから、授業くらい受けさせて?」
「………………」
「そうね……聞き分けよくしてれば、今日は無理でも明日の放課後二人でデートしてあげる。
それとも、あなたは私の体だけ欲しいの?」

飄々と言い放ったのにも関わらず、椿樹は強く首を横に振った。

「……わ、かった。言う通りにする。僕は、絲さんの全部が好きだから。絶対、だから」

ああ、可愛い。何て不器用なんだろう。

思わず上がってしまう口角を抑えることなく、私は縋るような眼をする椿樹の手を取って歩き出した。



× × ×



何事も取り立てて話題にできない、平凡なある日のこと。

「――ひとつ聞かせて? あなたは、私のどこが好きなのかしら」

私はお決まりの台詞を貰って、返答の前にお決まりの質問をしていた。

椿樹がべったりと張り付く教室から、少しだけ離れた瞬間を狙ってかけられた声。
放課後、偶然会って送っていくと言った志鶴を待たせて――私を捕まえてそのまま逃がすなんてことは誰一人としてしないのだ――私は指定された屋上に向かっていた。
勿論待っていたのは私に声をかけた男子生徒で、極々まれにある女からの嫉妬の呼び出し以外で呼び出されるとしたら告白しかない。私は何食わぬ顔で用件を聞いて、質問を返したのだった。

「どこって……ええと、相馬さん、美人だし、何でもできるし……それなのに気配りもできて優しいし」

まぁ、在り来りな回答だ。
そう見えるように努力をしてきて、そう捉えられるように笑顔を浮かべていることに気付けないのだろう。

「都とか生徒会長とかに比べればそりゃあ勝てないけどさ……でも、あいつらは許せない。俺は相馬さんのこと、ちゃんとひとりの女の子として大事にしてあげられる自信がある」

表情も声音も真剣そのもの。
思わず吹き出しそうになってしまったのを、薄い笑顔で覆う。

何を言っているのだろう、この男は。自分が悪者に立ち向かう王子や騎士だとでも言うのか。
まさか私が女としての尊厳を無視されて五人と関係を持っているとでも思っているのか。
他の目がある場で私が“女王様”を全面に出すことはしないが、彼らはどこにいても私をとても甘やかして大事にしている。
私がその関係を嫌がっているなんて、曲解もいいところだ。

それに自信とは何だろう。
一人で私が満足するまで愛を注げるということだろうか。私に愛されることが前提の話ではないだろうか。
私の何を知って、こんな馬鹿げたことを口走っているんだろうか。おかしくて仕方がない。

「申し訳ないけど、お断りするわ」
「な、なんで……」

反射のように返された問いに、少しだけ間を置く。

「そうね……あなたのことを好きではないから。そして、あなたも私のことを心底好きではないから、かしら」

小首を傾げるようにして告げてやると、数瞬の後にさっと顔色が変わる。
何を言われたか、呑みこむのに時間がかかったのだろう。

「美人で、何でもできて、気配りができて、そして優しい女の子。それって、私に限ったことではないわ。
その条件に当てはまる私以外の女の子が現れたら、きっとその子のことを好きになってしまう可能性がある。私はそんなの耐えられないの」

だから、ごめんなさい。

眉を下げて微笑んでから、しおらしく頭を下げる。
むかむかする胸を抑えながら踵を返し、重いドアを押し開けて。

「笑わせてくれるわね」

いらつきを通り越して口元が歪んでしまう。

美人?
何でもできる?
気配りができる?
そして優しい?

それは私ではない。本当に表面の、作り上げた部分だ。
そんなのが好きだなんて言うくらいだから、もしアレが出てきたら一瞬でアレに愛を囁くのだろう……私へ捧げていた愛を溝に捨てて。

吐き気がする。
嫌なことを思い出させてくれた。不愉快な男だ。

「私自身が選んだのよ、この道は」

目一杯愛を注がれて、目一杯愛を注いで。
歪んでいても構わない。私の色に染め上げた男に傅かれ愛される世界。

「いらないのよ。邪魔、邪魔」

能天気でおぞましい、誰にでも愛されるお嬢様。
無神経で勘違いも甚だしい、薄っぺらな愛を告げる王子様。

そんなものはいらない。私に必要なのは、真っ暗で純粋な、深い深い愛だけなのだから。

【~~♪~~♪~】

放課後になってからマナーモードを解除した携帯が私を呼びたてる。
志鶴だろうか、それとも誰かが合流したのだろうか。そう思いながら少し早足になりつつ鞄から目当てのものを取り出すと。

「――……」

タップする寸前で指が止まる。
登録されていない番号。だけど、何かの予感がした。とてもおぞましいものと繋がっているような、そんな予感が。

“拒否”と“通話”が並ぶ画面。
そのどちらにも触れることなく、私は廊下の窓を大きく開ける。
下は石畳の中庭。昼休みですら人気の少ないその場所には今は誰もいない。

未だ止まない着信音。わずらわしいそれを一瞥して、


「消えなさい、“お嬢様”」


窓の外に放り投げた。

なかったことにしてしまおう。
私を壊した全てのものを。私を苦しめてきた全てのものを。

私は相馬絲。ただの相馬絲。愛が足りないだけの、普通の女の子。

「絲、何をしているんだ」
「あら、迎えに来てくれたの、志鶴?」
「虫を払うくらいで随分時間がかかっているからな。またトチ狂った男が出たんじゃないかと思って」
「何でもないわ。いつも通りよ……でも、ありがとう」

自然と笑みを浮かべる口元を見て、早足で寄ってきた志鶴が軽く息をつく。
その向こうに、見慣れた影がいくつか見えた。

「珍しいわね、私が呼び出す以外で揃うなんて」
「そりゃ勢揃いするよ~絲ちゃん捜索隊だし!」

なぜか自慢げに胸を張った由鶴に同意するように、他の三人も頷く。

「絲、お前やっぱ誰か連れてけよ。どうせ断んだからさ。もしくは呼び出し自体断るか」
「そうだね、絲の時間を割くのも勿体ない……椿樹、絲の自由を阻害しない範囲で露払いを」
「わかった……右京、さん。ね、絲さん、いい……?」

過保護な提案に息苦しい程の愛を感じる。
本当はもっともっと私を縛り付けたいだろうに、私の意思を最優先する彼らが愛おしくて仕方がない。

「私を誰よりも何よりも愛してくれるなら、それでもいいわ」

深い深い、奈落のように底が見えない、真っ暗な私のなか。
もっと愛を注いでくれないと、生きていけない。

「大雅、禊、由鶴、志鶴、椿樹。
もっと私を愛してちょうだい」

指に、頬に、髪に、肩に、腰に、絡む彼らの手。

「勿論。“女王様”」

そう言ったのは誰なのか。それとも全員だったのか。

わからないが、私はひどく――ひどく満たされた。



END
閲覧ありがとうございます。
性格の悪い女の子を書きたくなったので書いてみましたが……一周回ってある意味純粋な子になったような気がします。
そして乙女ゲっぽく五人出してみましたがどうも趣味に偏り過ぎたような気も。難しいですね。
色々書き足りないところはありますが短編なのでほんの一幕といった辺りで。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
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