今まで忍者など過去の遺物、または漫画やゲームの中での空想物と思っていた──
都心の一等地にある『ハリーアットホテル東京』の一室でソファに座り込み、ある人物を待っていた警視庁情報管理室の相馬はしかめっ面でそう思った。
最初は悪い冗談かとも思った。
直属の上司である阿部雅弘に今日の夜とある人物と秘密裏にあってきてほしいといわれたが、その人物がなんと十九歳の東大生。
まさか、こんな時期に東大生の就活につき合わされるのか言うのかと思って反論しようとしたら阿部の口から信じられない言葉が飛び出したのだ。
「彼は忍者だから手ごわい相手だぞ。こちらの真意を感づかれないように心がけてくれ」
忍者──! その言葉を相馬は何度も口にし阿部に確認した。
何かの間違いであって欲しい。
今の時代に忍者だなんて──フィクションの上だけの話にしてほしい。
だが、阿部の口から出てきたのは現代の忍者たちと警察組織の強い秘密のつながりであった。
阿部が言うにはこうだ。
「私も最初は驚いた。実際の忍者なんて時代とともに消え去った存在だとつい最近まで思っていたよ。しかしだな、相馬君。本当の忍者は消え去ってしまったわけじゃない。様々に変わる時代の色に合わせて彼らも変容してきたのだよ」
──じゃあ、何でそんな忍者が警察組織に関わってくるんですか?
「早く言えば彼らと我々の利害関係が一致した結果だよ。信じられないかもしれないが彼らの情報伝達能力に機動力さらには戦闘能力すべて我々の想像を超える高さを誇っている。我々はそんな彼らを情報力を少し利用しているだけ。そして彼らも現代を生き抜くために我々を利用しているのだよ」
──と言われても、そんな現実離れした話など若い相馬には到底信じられない話であった。
半信半疑のまま相馬は警察と忍者との深いつながりを知り、機密事項である今回伊賀の若き頭目に会う理由をすべて教えられた。
阿部はその秘密を伊賀の若き頭目に絶対に悟られないようにしろと何度も釘を刺された。
しかし、相手は自分より二周りも年の離れた大学生だ。
いくら東都大学のエリート学生だとは言え警察官で情報管理の仕事をしている自分より優ることなどないと思ったのだ
彼に謙ることなどない。自分の方が絶対に立場が上に決まってる
そう息巻いて彼との待合場所である『ハリーアットホテル東京』の一室についたが、交渉相手の東大生忍者はまだ着てはいなかった
その代わり部屋に待ち構えていたのは無精髭をはやしたひょろりと背の高い男と反対に身なりの整った体型のいい男。どちらも三十前後の齢だった。
こいつらもやはり忍者なのだろうか──相馬は瞬時にそんな疑念を覚え二人を不審の目で見たが二人はあまりにもあっさりと自分の身分を明かした。
無精髭を生やした背の高い男の名は叶陽一郎と名乗った。日の丸テレビの報道記者をしていると言う。やたら陽気で明るいのが目に付き、緊張していた相馬に対し何回か冗談を飛ばして見せた。
そして、もう一人の身なりの整った男の方は青葉宗司。驚くことに相馬と同業者──警察庁の人間だと名乗った。だが口数が少なく物静かな性格なのかそれ以上のことは彼の口から聞き出すことが出来なかった。
彼らは表こそマスコミ関係や警察などそれなりの地位のある機関に所属している。だがその裏の意味を考えると相馬はなんとも重たい気分を味わわざるをえなかった。
警察もマスコミも日本の根幹を作っている重要な機関。もし彼らが仮に忍者だとしたら表の顔と裏の顔を使い分け彼らの意向でこれらの機関が動かしているでも言うのだろうか?
──まさかな。
阿部に打ち明けられた警察の秘密と二人の男たちの見えない本性を考えた挙句それを何とか否定しようとした。
冗談じゃない。過去の遺物みたいな忍者に今の日本を牛耳られているなんてあってたまるか。
俺は絶対に信じない。今の時代に忍者なんていることなんて絶対に──信じられない!
「おい。まだ君たちのボスは来てないのか!?」
急いで理論武装した相馬は少しだけ強気な口調で二人の男に噛み付いた。
「すいませんね」
それを言ったのは社交的な性格の叶陽一郎の方だった。
「彼、こう見えても多忙な学生でしてね……確か今日はびっしり授業がつまっているとか」
「まったく……たかが大学生風情にここまで待たされるなんて心外だな。君たちは悔しくないのかね?自分たちより若い人間がトップだって事を──」
相馬のその一言に陽一郎と宗司は思わず顔を見合わせた。その口元はどこか苦笑いが浮かんでいた
「あなたはまだわかっていないようですね」
陽一郎は少し呆れたような顔を浮かべ言った。
「家元は確かに年齢は若く年功序列の組織を生きている相馬さんには彼が若輩者にしかみえないかもしれませんね。でもあなたは彼の恐ろしさをまだ知らない。彼が『あの名』を継いだ時点で我々伊賀藤林流の門下の者は彼に絶対服従するのです」
「……はあ?」
陽一郎の答えは相馬にはまるでちんぷんかんぷんの異国の呪文のように思えた。
『家元』だの『あの名』だの──まるで謎の単語が相馬の頭をさらに混乱させた。その答えを考えているだけで相馬はだんだん自分の頭に血が上るのを覚えた。
だが、そんな相馬の様子を他所に目の前の陽一郎と宗司はもう一度顔を見合わせた。
そして客人の相馬にまったく悟られることない秘密の会話術『心読』で話し始めた。
(どうやら今日のお客さんは本当の素人さんかもしれねえな)
(警視庁も我々を舐めているようですね。こんな話のわからない相手を差し出すなんて)
(まあ向こうも二股かけてるんだから仕方ないだろ)
(それを家元には報告を──?)
(一応は入れておいた。悠輔もこの話がアブナイってことは気づいていたらしい)
(なるほどね……家元らしいですね)
(まあこの分からず屋の警察さんは悠輔が脅せば何とかなるだろう。後の問題は──警視庁が二股かけてるもう一方の相手がどう出るかってことかな?)
(甲賀ですか──)
「──おい!」
どっかりとソファーに座っていた相馬はむっとした表情で二人の間に割ってきた。
「本当にいつまで待たせるんだ! まったく……大学生風情に舐められたもんだ!」
「誰が大学生風情って言ったの?」
しんと静まり返った一室にその声が凛と響きわたる。
そこにいたすべての人々がその声にはっとして入り口に視線を集中された。
そこにいたのは黒い眼鏡をかけたいかにも頭のよさそうな二十歳前後の若者が立っていた
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