やっぱりエルフ!? エルフなのか? エルフから逃げられないのか!?
「俺はダンピールのままでいこうと思います」
その言葉に、仲間達は。
「……えっち」
頬を薄く染めながら、口を尖らすリンと、
「ま、多分そうなるじゃろうなと思ってた」
穏やかに頷くベクトラと、
「私も! 私も思ってました」
頭上で元気にはしゃぐアル。
仲間の誰からも反論はなかった。
リンは言葉はあれだが、怒ってはいない。
「ふむ。理由を聞いておこうかな」
トスカリー様は目を細めながら眼鏡のブリッジを中指で押し当てる。
手が口元を隠す瞬間、口元が開いた気がした。
その感情は……。
「……確固たる理由はありませんが」
俺はそう前置きして、言う。
「種族を変えるにしても、ダンピールのままにしても迫害の脅威を排除してくれるのでしょう?」
「前者なら確実に、後者ならある程度はってぐらいだけどね。あえて危険を侵す必要はないとは思ってるけどね」
嘘ばっかり。
その言葉が喉まで出かかったが、飲み込む。
「俺は今までダンピールでした。これは誰かに強制されたことではなくて、自分で決めたことです。迫害の危険性があるのをわかりながらも、俺はダンピールを選びました」
「…………」
続く言葉をトスカリー様は待っている。
だが、俺は上手く説明できない。
胸中にある思いが、言語化出来ない。
「上手く言えないのですが、迫害の現実が目の前にきたから、さぁ種族を変えて乗り切ろうというのは、何か違う気がします。過去の自分を否定する気がします……いえ、詭弁ですね。ごめんなさい、何が言いたいのかわからなくなってきました」
理屈ではなく、感情的な問題だ。
種族を決めた時は、そんな軽い気持ちはなかったはずだ。
制限時間というものがあって、悩む時間はすくなかった。
だが、それでも俺は責任を持って選んだ。
「ま、青臭いというかカッコつけな考えだとは思うけどね。そんな自己満足な考えでは仲間にも迷惑がかかるんじゃ……」
「別にいいわ」
トスカリー様の言葉を遮って、リンがぴしゃりと言う。
「そうでなかったら、アポロが捕まった時に助けなかったわ。その覚悟があるから、アポロと一緒にいるの。アポロは何も悪いことをしていない。アポロを信じてる。それだけで十分」
「ククッ……そうじゃな。主殿の迫害される理由はないのじゃ。魅了のスキルがないわけじゃからな。それで迫害されるのなら、拙者たちは戦おう」
「はい、はい! 私も! 私も情報操作とか得意ですよ」
「………………良い仲間を持ったね」
仲間の言葉に、トスカリー様はしみじみと言って目を閉じた。
閉じられた目は何かを考えているのだろう。なかなか、開かない。
「あとですね……」
「ん?」
トスカリー様が俺の言葉を受けて、目を開く。
ダンピールである、デメリットは存在する。
だけど、メリットはどうだ。
「ダンピールのままであったら、トスカリー様が何かをしてくれるのでしょう? それを期待しています」
「私だよりかい……あんまり、当てにされてもなぁ」
「でも……」
そこで一度区切り、
「トスカリー様も俺がダンピールのままであることを望んでる気がします」
俺は言った。
「私がかい?」
「はい。なんとなくですが、そんな気がします。詳細を教えてくれないのもそのせいと睨んでます」
俺の言葉を聞いて、トスカリー様は眉根を寄せ、小さく首を振った。
「いやだねぇ」
「え?」
「自分には芝居ができないとはこの数時間で散々わからされてきたけど、最後まで影響するとはね。すまないね」
「なんで謝るのです?」
「決断はフラットな状態がいいと思ってるからね。君の決断に私の意思が混じってるのはよろしくない」
「違います」
「え?」
トスカリー様が望んでいるから、俺はダンピールのままでいるのではない。
「俺がダンピールでいるのは俺の意思です」
そして、
「今、俺の中にあるのは高揚感です。ダンピールのままでも大丈夫にしてくれる措置? 期待しているのは、その措置です。何か面白いものなんでしょう?」
薄い微笑を携えて、トスカリー様に聞く。
少し挑発的な仕草。
それに対してトスカリー様は最初呆然としていたが、やがて、ぷっと吹き出す。
「ククッ。そうか……面白いか。面白いね。なら、応えなくちゃね」
言葉に何か含む意味を感じた。
「響君。頭をだして」
「……はい」
だが、俺は何も聞けず。
ただ、頭をだすしかなかった。
「おじぎをするのだぁ」
「…………アル」
「目をつむってね」
「…………はい」
目をつむり、トスカリー様に頭をさしだす。
それと同時に、アルは俺の頭から離れる。
それはいいのだが、余計なことを言うのはいただけない。後で折檻だ。
そう、心に決めた。
「ちょっとそのままの姿勢でいてね」
トスカリー様の両手が俺のこめかみに触れる。
冷たい指の感触が、俺のこめかみに当たる。親指で触れているのだろう、力強さを感じる。そして、他の指先が俺の目辺りに触れる。
「ちょっとピリッとくるかもしれないけど、我慢してね」
「……はい」
「痛かったら手をあげるのですよ! あげても、特に何もならないのが世の常ですけど!」
絶対あとでアルを折檻しよう。
細く冷たいトスカリー様の指が俺の目をぎゅっと押さえる。
ひんやりとした感触が気持ちいい。
「いくよ」
その言葉と共にピリッとした感触が目に走る。
少しの痛みと、何かが書き換えられる感触。
「…………うん、できた」
一分ほどだろうか。
その状態が続いた後、トスカリー様は手を離す。
「目を開けていいよ」
その声と共に、俺は目を開く。
「変わってませんね」
「そうね」
「うむ」
仲間達にマジマジと見つめられる。
なんか劇的に変わると思われていたのだろうか。
「ククッ。やり方はわかるね?」
そんな仲間達の様子がおかしいのか、口端に笑いを滲ませてトスカリー様は言う。
「……はい」
まるで鍵を開けるように、頭の中にある枷を外す。
「……あ」
リンが俺の顔、もっと言えば目を見て声をあげる。
「目が……」
「蒼いのじゃ……」
自分ではよくわからないが、目の色が変わったらしい。
変わったからといって、見えるものが変わるというものではないが。
何の効果があるのだろうか。
「はいっと、鏡だよ」
トスカリー様はどこからともなく鏡をだして、俺に渡す。
鏡を渡され、自分の瞳を見るのだが……。
「これって……」
「うん。あのユエルと同じ瞳だね」
そうだ。
あのユエルモンスターと同じ蒼色の瞳。
それが俺の目の中でキラキラと淡く輝いている。
「ユエルが精霊王に認められて瞳が変化したって話は覚えているね」
そう、ユエルモンスターの戦いの前にベクトラが言っていた。
「私は別に精霊王じゃないけど、聖霊様と呼ばれる者だからね。それと同じ行為をしても問題ではないってわけだ」
「つ、つまり……?」
「聖霊である私が、君がダンピールであっても害はないという証明を与えたということだよ」
「ええと、それは……?」
どういうことなんだ。
トスカリー様が証明してくれるのは嬉しいのだが、それがどういう効果があるかがわからない。
「主殿、これは凄いことじゃぞ」
「そうよ!」
ガシっと両側から肩を掴まれる。
手に力が入り、リンとベクトラの目は真剣だ。
「聖霊様は神に属するお方じゃ。その人が認めたことを覆すことはできん。神にツバを吐く行為じゃ」
そこまでなのか。
そこまで大層なものなのか。
「それに、その瞳はエルフにとって大切な意味があるわ」
「えっ?」
「うむ。ユエル様を英雄視しておるエルフにとって、ユエル様と同じ瞳を持つ者を軽視できん。聖霊様が与えたといえば、尚更じゃ」
そう聞くと、凄い褒美を貰った気がする。
ちょっと、恐れ多いというか。過分な報酬というか。
種族変更の方が平和に解決できたんじゃないかと、怖くなってくる。
「エルフに憎まれないか、それ……」
どこの馬の骨かわからない俺がユエルと同じ瞳を持つのだ。
エルフ達に忌避感を持たれる気がする。
「響君は精霊魔法が使えるよね?」
「あ……はい。使えます」
突然のトスカリー様の言葉。
反応が遅れてしまう。
確かに使えるが、レベルが1であんまり使用価値がなくなっている精霊魔法。
同じく精霊魔法が使える上に、俺よりスキルレベルが高いリンがいる。死にかけているスキルといってもいい。
「ちょうどいいから、響君にはエルフの血が少し入ってたことにしとこう。精霊魔法が使えることがその証だ。
エルフの血があるからこそ、ユエルと同じ瞳を得たってね」
「え? いいんですか、それ……」
無茶苦茶な理屈だ。
トスカリー様は言う。
「ふむ。それなら……」
「いけるかな?」
あれ?
横を見れば、腕を組んで考えているリンとベクトラ。
思案気な顔をしているが、否定的な感じはしない。
え? え?
「通るのか、それ……」
「うん。この世界は純血が尊いとか特にないからねぇ。あっても少数だし。難しいことは考えずに、俺は微妙にエルフなんだと断言すればいいよ。お望みなら耳を長くするし。あ、目が蒼くなると、耳も長くなるとか面白いね! そうしよう! あとで少し改良だ!」
お、面白い……?
ヤバイ、ツッコめない。
数分前に、面白いのがいいとか言っていた自分を殴りたい。
「は、はぁ……。けど、ステータス表記でバレると思うのですが」
思えば、ダンピールとバレたのは看破のスキルだ。
同じようにそのスキルを使われればバレると思う。
「この世界のダンピールは吸血鬼とヒューマンのハーフって決まってないから、大丈夫だよ。
あんまり知られてないというか、知る機会が少ないからアレだけど。正しくは、ダンピールは吸血鬼と他の種族のハーフのことを言うからね」
そうなのか。てっきり人じゃないと駄目だと思っていた。
地球は人しかいないからなぁ。この世界ではヒューマン以外にも沢山の人型種族がいる。
余談だが、この世界で人を指す言葉は二足歩行をしていて人間っぽいなら人だ。地球人みたいな人間はヒューマンと分けられている。
「心配なら、ステータスの表記にもエルフ成分30%配合とか書いてもいいし」
栄養ドリンクか俺は。
何でもありだな。
いいんだろうか、ステータス改ざんしても。
あ、でも俺の名前は偽名だしな。それでもステータスにはアポロの名前で表記してある。結構、融通がきいている。
「転生者にバレても適当なことを言っとけばいいよ。隠しコマンド見つけて、エルフと吸血鬼のハーフにしたとか。証拠がだせないからね。言ったもの勝ちだよ」
ハハハと楽しそうにトスカリー様は笑う。
「私が君を認めた。難しいことを考えずにそう思ってくれたらいい」
「…………」
トスカリー様は俺の瞳を見つめ、言う。
こちらをいたわるように優しく。
「この世界にいる神達とエルフのお偉いさんにも伝えたし、了承もとった。君が心配することは起こらないよ。なんなら、私がでるし。君という存在を認めた私が後ろ盾になってあげるよ」
いつの間に!?
じゃなく……。
「なんで……」
「ん?」
「なんで、そこまでしてくれるのです?」
種族を変更させるより多大な手間がかかっている気がする。
試練の対価として、そこまでの報酬だとは思えない。
なんで、そこまで手をかけてくれるのか。
トスカリー様はアルを、いやその後方にチラリと視線を移した後、俺を見た。
「ふふっ、複雑な要素が絡んでいるからね、一言では説明できないよ。君が試練をクリアしたから瞳を得た。そう思っておけばいい」
「はぁ……」
「さてと、瞳の説明に移るよ」
「え……はい」
まだあるのだろうか。
話を打ち切られた気がするが、どうしようもない。
「目に力を注いでみてほしい」
「力?」
言われた通りに、魔力と闘気を目に集める。
すると……。
「光った」
「模様がでてる……」
鏡を見ると、ユエルモンスターの瞳にあった幾何学的模様が俺の瞳にも浮かんでいる。
「精霊紋だね。で、だ、響君、瞳にそのまま力を注いでいって」
トスカリー様に言われるままに、瞳に力を注ぐ。
すると、目の輝きが強くなり、その輝きが最高潮になった瞬間。
「そこで、ビーム!」
「ビーム!?」
トスカリー様の呼び声と共に、ビームが出た。
ぷしゅっと気の抜けた炭酸飲料みたいな音を立てながら、俺の瞳から二本の光の線が出た。
光線は鏡に当たったが、特に手応えも反射もなく、鏡に当たった瞬間霧散するビームが出た。
「なんか凄いもの見ましたね」
「アポロが、アポロが……」
「ククッ、主殿がビームを……ククッ、ビームを……」
左右を見れば、口元を手で押さえて震えているリンと顔をそらし肩を震わしているベクトラの姿が。
どちらも震えているが、意味合いが違う。
リンが豹変した仲間を見つめるような感じだが、ベクトラはただ笑っているだけだ。
しかし、どちらにしても酷い反応だと思う。
つい仏頂面でトスカリー様を見る。
どういうことだと。
「ククッ、面白いだろう」
「面白いって……」
それだけでビームが発射できるようになるのか。
「なぁに。これはオマケの機能だよ。ビームの威力は皆無だけど、うまく使って欲しい」
どう活用するのだろうか。
「が、頑張ってね」
「ククッ……これから戦闘する度に主殿の目からビームが……ククッ」
「しないからな。これ疲れるし……」
対岸の火事のようにリンとベクトラは言うが、ビームを発射する時は耳が長くなる。
このことがエルフの偏見に一役買ってしまうとは、まだリンもベクトラも気がつかなかった。
「この瞳を上手く使って、異世界を楽しんでね」
「は、はぁ……」
上手くというが、ビームを使ってどう楽しめばいいんだろうか。
いや、見ている分には愉快かもしれないけれど。
その瞬間、ある考えが脳裏によぎった。
はじかれるようにトスカリー様を見る。
俺が何を言いたいのかわかるのだろう。
トスカリー様は片目を閉じて、微笑んだ。
「あと、瞳を過信しすぎるのも良くないね。信心深い人や地位のある人にはある程度効果はあるけど、山賊とかアウトローの人には効果がないし。町の住民にもバレるのもよくないね」
「…………なるほど」
今まで通りの生活をしていれば問題はないってことか。
「ギルドにバレるのは?」
「ん? ま、問題ないんじゃないかな。バレたら王都のギルドに連れて行かれるかもだけど。あっちには看破のスキル持ちがいるし、確かめられるんじゃないかな。うん、そのぐらいだね」
「わかりました」
「瞳に関しての説明は以上だね」
俺も一度目をつぶり、元の瞳に戻す。
カチャリと脳内に鍵をかけるイメージだ。枷をつける。
「あ、戻った」
「ちと残念ではあるがのう。さっきの主殿には神々しさがあった」
「黒い瞳もいいですけどねぇ、アポロさんの。烏の濡羽色っていうのでしょうか。あの瞳で真剣に見つめられると、ドキッとします」
「わかる!」
「グッ、しかしあの蒼い目で真剣に見つめられるのもそれはそれで味があると思うのじゃ」
「…………」
「…………」
「…………」
いや、やらないぞ。
視線が一斉に俺に集まるが、断固拒否だ。
恥ずかしい。
「さてと、次の褒美だね」
ゴホンと咳をして、トスカリー様が話を変える。
「次?」
瞳の説明が終わったので、話は終了かと思っていたが、違うようだ。
「うん。試練をクリアしたのは響君だけじゃないからね」
そう言ってトスカリー様は仲間達を見る。
確かに、最後の試練は皆と協力して戦った。そのお陰でクリアできた。
まさか……。
トスカリー様と目が合うと、口角がクイッとあがる。
……つまり、そういうことなんだろう。
「わ、私も、も、貰えるのですか?」
「し、信じる神を変える時がき、きたのじゃ」
「やったー!」
仲間は口々に上擦った声をあげながら喜ぶ。
さて、どんな褒美なのだろうか。
活動報告にて書影デザイン公開中です。
発売は10月8日。あとちょっとです。