え、なんでベクトラが活躍するの?
前回の話の後書きにも書きましたが、ここでも。
閉じてる目と開いている目を逆にしました。
閉じている目→真ん中。ビームでる。
開いている目→左右。ビームでない。
で、よろしくお願いします。
目の前には三面六臂を持つモンスター。
「さて、どうするか」
それぞれの手には違う種類の武器を持っている。
一段目の両腕には剣と槍、二段目には斧と棍棒、三段目の両腕には弓と矢。
「接近戦は回避したいが、そうも言ってられないか」
できれば、というか可能な限り接近戦をしたくない。
至近距離でビームを撃たれたら躱すことは難しいだろう。
冷静に考えたらファンタジーの世界でビームに怯えるってなんだよと思うが、それはこの際忘れるとしよう。
「誰かがひきつけておく必要があるわね」
三人とも遠距離で対応するのには不利がある。
相手にはビームと弓矢がある。
こちらにも遠距離攻撃はあるのだが、押し負けるだろう。
「なら、俺ともう一人が前線に行くしかないな」
もう一人はリンかベクトラになる。
どちらの方が適正だろうか。
ベクトラは神聖魔法が使えるので普段は後衛のポジションだが、武士に憧れているためか前線でも戦える力量を持つ。
リンは前衛、あるいは中衛のポジションだが精霊魔法が使える。
魔法の威力は低いが、後衛として相手を撹乱できる。
「フッフッフッ」
ベクトラが怪しい笑い声をだす。
ついに壊れたのだろうか?
「ベクトラ?」
「ついに、ついに拙者の出番じゃな。主殿、アイテムボックスから弓を出して欲しい」
「弓?」
アイテムボックスには確かに入っている。
入っているのだが。
「リンさんが、弓が使えると自己申告してましたが、実際には使えなかったあの弓ですね!?」
「その言葉いる!? いらないわよね!?」
「そうじゃ!」
「ベクトラも同意しないで!」
リンを助けた時に、弓が使えるけど槍の方が性に合っていると言っていたリン。
だが、弓を渡してみるとその言葉は謙遜ではなく見栄だった。
的に当たらない。
弓が使えない俺が言うのもなんだが、リンの弓の腕前は酷かった。
だから槍なのかぁと俺達は温かい目で見たものだ。
「しかし、ベクトラは弓も使えるのか?」
アイテムボックスから弓を取り出してベクトラに渡す。
ベクトラは弓の弦の具合を確かめながら頷いた。
「うむ。拙者は武士に憧れておるからのう。武芸百般というわけではないが、色々手にとってはおる」
そこで、チラリとリンを見て。
「それにこれでもエルフの一員じゃからな。弓の素養はあるのじゃププッ」
「こら、そこ! 虐めない!」
フガッーと猫の威嚇のようにリンが怒りの声をあげる。
「じゃあ、何で今まで弓を使わなかったんですか?」
もっともなことをアルはベクトラに聞く。
「リン殿が傷つくと思ったからじゃ。心優しい拙者にはそれに耐えられなかった」
「今傷つけてるわよ! 配慮、全然ないじゃない!」
リンにツッコまれ、ベクトラはククッと笑い、
「冗談じゃ。本当は神聖魔法の使い手の矜持じゃな。神聖魔法の使い手は暗黙的なルールとして人を直接傷つける武器は持たないのじゃ。刀を取り戻すまではと思っておったのじゃが……」
自分の心の内を明かした。
例外は錫杖でこれでぶん殴ることは許されているとのこと。
それは良いのかと思うが、宗教の規律的なものを感じるので外野があれこれ言うのは危険だ。
「そうも言っておれぬ。もしもの回復役としても拙者は後衛にいた方がよいじゃろう。だから、拙者の持つ力をこのパーティーのために全て捧げよう」
「ベクトラさん……」
「それに、このパーティーは不思議と怪我せぬし。死にそうになるか無傷かという二極しかないのはどうかと思うのじゃ」
「オイ」
最後、本音が漏れておるぞ。
そして、死にそうになるというのは俺か、俺のことなのか。
「前線に出張ろうとしても、『貴女後衛でしょ、前線は私に任せてよ(後衛の分際で仕事を取るな)』と蔑んだ目でリン殿に中傷される日々」
「蔑んでない! カッコの中の文字被害妄想じゃない!」
「じゃが、弓を取れば話は別じゃ。これで拙者も役に立てる! 居候三杯目にはそっと出しの身分から脱せるのじゃ!」
「食事の時、いの一番におかわりしてたわよね!?」
リンがジト目でベクトラを見るが、聞こえてないのかベクトラは弓を握りしめ紫の瞳を輝かせていた。
ついでに、居候三杯目はことわざであり食事の時三杯目をよそうときは控えめにという意味ではない。居候で肩身が狭いから食事の時も遠慮がちになるという意味である。
「ちと弓の品質は悪いが、牽制くらいにはなるじゃろ」
「リンの予備の武器のために入れといただけだからなぁ。高いものではない」
リンを見ると、リンは俺の視線を逃れるように横を向いた。
うん、特に怒ってないから大丈夫だよ。
最初出会った時だもんな。見栄を張っても仕方がないと思う。
「でも、リンさんの槍も壊れちゃいましたからね。そちらも品質は微妙ですね」
「確かに」
あの植物モンスターの戦いでリンの槍は見るも無残に壊れた。
だから、今リンが持っている槍はありあわせの品だ。
「壊れ……槍……ああっ……」
「大変です! リンさんが現実を直視してしまい、茫然自失の状態に!」
リンが茫然自失なのは、愛用の槍がなくなったからだけではない。
あの槍は俺のもので、リンに貸し与えたもの。槍の値段を払い終え無いと、リンの所有物と認められない契約をしていたのだ。
個人的にはどうでもいいと思うのだが、アルとリンが強固に主張したためそうなっている。
槍が壊れてリンに残されたのは借金だけだった。
「でも、借金を減額する気はないんだろ?」
白目を向きながら、口を開けて放心するリンを一瞥しながらアルに聞くと、
「勿論!」
アルは満面の笑みでサムズアップを返した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
「大変です! リンさんがまるでゾンビのような叫び声を」
「アルのせいだからな」
とりあえずアルにツッコミをいれておく。
「さてと、準備はいいかな?」
口元に薄く微笑をたずさえながらトスカリー様が俺に聞いてくる。
「その前に質問があるのですが?」
「ん?」
「両側の顔からはビームが出てくるのですか?」
大事なことだ。
戦う前に聞いておかねば。
先程は真ん中の目が開いてビームがでたが左右の顔はどうなのか。
「ああ、真ん中だけだね。補足すると、ビームがでるけどそれぞれの目が別方向でビームが飛んで来るよ。一個の顔で二つのビームが発射されると覚えておこう」
うん。
この戦いが終わったらその情報は忘れよう。
「で、ビームが当たっても死にはしない」
「死なないんですか!?」
当たったらヤバイと思っていただけに、驚きだ。
トスカリー様はうんと頷く。
「速度があるし、接近戦で放たれると避けきるのは難しいからね。その分、ビームは威力を弱くしているんだ。もし、ビームが当たっても体に電流が流れるような激痛が走るだけの仕様かな」
「電流……ピリっではなく?」
一縷の望みを託し、問いかける。
激痛とか聞こえた気がするが気のせいだ。きっとそうだ。
「ビリリうぎゃがあああってか感じかな?」
小首を傾げながらトスカリー様は現実を突きつけた。
可愛らしい仕草でいう言葉ではない。
「もうそれ、当たったらヤバイものですよ」
「あと、あの阿修羅の動きは制限しているから、むやみやたらと走り回ることはないよ」
「まったく動かないというわけではないのですね」
「うん、アハハ」
「笑って言うことではないと思いますが」
頭が痛くなってくる。
「ハハッ、本当にヤバくなったら助けるから安心して戦って欲しいね」
「今のトスカリー様は優しいですね」
「今はって何だい、今はって」
「あのユエルモンスターについて色々情報を教えてくれますし、モンスターの動きを制限してくれますし。ヤバくなったら助けるって言ってました。今までの試練を考えたら、この試練は大分難易度が下がるかと」
言外に何が目的なんですかとトスカリー様に聞く。
トスカリー様はククッと口端を曲げて、
「なに、ポイント使わせる必要もないし、私がしたいだけなんだ」
上機嫌に言った。
「何をです?」
と、聞くと、
「さてね」
またはぐらかされた。
教えてくれる気はなさそうだ。
はぁ、とため息をついて聞くことを諦める。
「それにここまできて、死亡しましたとか誰も望んでないからね。死んでも特例で復活させるよ。私がルールだ」
「あ。死ぬまでは助けないのですか……」
助けるってそういう意味なのか。
何か……凄い嫌だ。
そして、それはアリなのだろうか。死ぬ前に助けて欲しい。
内心不満をつのらせながら、俺は剣を抜く。
「戦うのかい?」
「はい」
目線はユエルモンスターに。
「準備はいいか?」
仲間に向けて声をかける。
「ええ」
「うむ」
「逃げる準備はできました」
俺の言葉にリンとベクトラ、ついでにアルが言葉を返す。
さて、戦いの始まりだ。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
裂帛の気合のもと、全速力でユエルモンスターの間合いへと走る。
「ユル……サン!」
ユエルモンスターは手に持った武器を俺へと振るう。
「クッ」
剣を弾けば、斧がとび、斧を躱せば槍が俺の体を薙ぎ払おうとし、しゃがめば棍棒が脳天めがけて落ちてくる。
「チッ」
地面を転がり棍棒から逃れると、体に悪寒が走る。
とっさに首をひねる。
すると、元の首の場所に矢が走った。
ビュッと耳元に鳴った風を切り裂く音にドクンと心臓が鳴る。
「やばいな」
ユエルモンスターから距離を取る。
相手も襲ってくる様子はない。血走った目で俺を凝視するだけだ。
真ん中の目は普段閉じている。だから、死角のはずなのにそれを感じさせない。
「一人で先走りすぎよ」
俺の独り言に返す言葉があった。
後ろを振り返らなくてもわかる。
リンだ。
呆れたような声に、俺は虚勢を張って応える。
「リンの走る速度が遅いだけだ!」
「ここで人のせいにするぅぅ!?」
冷や汗が頬を伝うのを悟らせないように、顔をユエルモンスターに向けたまま俺は喋る。
ユエルモンスターは白い息を吐きながら、じっと俺を待ち受ける。
俺が動かない限り、相手も動きそうにないことを実感して、俺は口を開く。
「俺が右側を担当するから、リンは左側を。俺が隙を作る」
「わかった」
「ベクトラは弓で援護を……クッ!……タイミングは任せる!」
指示を出している途中に飛んできた矢を払いながら、後方にいるベクトラに伝える。
動かない代わりに矢は撃つのか。
「わかったのじゃ!」
「それと、そちらに飛んで行く矢はこちらでは対処できないかもしれない!」
さっきのように、こちらに放たれる矢ならばいい。
だが、後衛に向けての攻撃はカバーしきれない。
だから、
「アルはベクトラに向けて放たれた矢を、体を張って防げ!」
「ええっ!?」
アルに頼む。
返ってきた言葉は驚愕だが。
しかし、俺は仲間に無理を言うつもりはない。
策があるのだ。
「大丈夫。死んでもトスカリー様が生き返らせてくれる!」
「何言ってんのこの人っ!?」
そう。
トスカリー様は試練が始まる前に言ったのだ。
死んでも特例として、生き返らせてくれるって。
つまり、そういうことだ!
「トスカリー様!」
また飛んできた矢を弾きながら俺は後方にいるトスカリー様に向けて叫ぶ。
「あいよー。嫌だけど、言っちゃったから仕方ないね。半日と言わず秒速で頑張らせてもらうよー嫌だけどー」
俺の気合の入った呼び声にトスカリー様はやる気のない棒読みで応えてくれた。
「よし!」
「よし、じゃねぇですよ! 死んだらアポロさんに対する好感度モリモリ下がりますからね!」
「最悪、ビームが出そうになったら声をかけてくれてもいい。というより、そっちがいい!」
「最初からそっちを言ってくださいよ! 何で戦闘中に小ネタ挟むんですかっ!?」
よし、これで大丈夫。
落ち着いた。
目線はユエルモンスターの目を見つめたまま俺は覚悟を決める。
律儀に俺が攻撃するのを待っていてくれるんだ。
そろそろ戦闘を開始するとしよう。
「リン。行くぞ。俺が前に出る。迂回してもいいから、少しでも攻撃の手を減らしてくれ」
「わかったわ」
リンの返事と共に俺は飛び出した。
「ハッ」
闘魔一体で身体能力を高め、俺はユエルモンスターを相手取る。
「ユルサン!」
振るわれる剣を自身が持つ剣で滑らすように弾き、次いで襲ってくる斧に対しては返す刀で斧を持つ手を狙い軌道を変えさせる。
「ハアアアアッ!」
相手にダメージを与えるというより、手数を、牽制を。
相手の武器を弾けそうなら、弾き。敵の腕が複数あるので、それを狙えそうなら腕を狙う。
俺から見て右側には剣と斧を持つ腕。
「ユル……サンッ!」
腕を狙った攻撃をかわそうとユエルモンスターは一歩後ろに下がる。
俺はそれに呼応するように、一歩前に詰める。
間合いを変えさせない。
「サンッ!」
真ん中の顔の眉が逆立つ。
俺を鬱陶しく思っているようだ。
左側に持つリーチの長い槍と棍棒が動く。
だが、その前に俺が動いた。
「『ファイアーアロー!』」
詠唱破棄で唱える魔法。
火の矢が槍を持つ腕を狙う。
「ハキョク!」
俺を狙う軌道から、火の矢へと変え棍棒が振るわれる。
火の矢はあっけなく棍棒の一撃で消えてしまう。
だが、問題はなかった。
「リン!」
「ハァァァァッ!」
魔法を防ぐために出来た致命的な隙。
俺はリンの名前を呼ぶ。
リンは俺の意図通りに動いてくれた。
ユエルモンスターに出来た隙を狙い、槍を突く。
「ガッ」
「チッ」
胴を狙った一撃だったが、串刺しにはならず浅く脇腹を貫いただけだった。
与えたダメージは軽微だった。
しかし、またも隙ができた。
「貰った!」
そこをベクトラが狙い撃つ。
ヒュッと音と共に三段目の弓を持つ腕に矢が刺さった。
「グッ……」
ユエルモンスターは苦悶の声を出す。
その声と刺さった矢を見て与えたダメージの深さに安堵が走る。
だが、その安堵が俺の隙を作った。
「ユル……サン!」
「まずいっ!!」
血走った目を大きく見開き、ユエルモンスターは反撃に移う。
槍を大きく振るい、強引に俺達を間合いから外す。
そして、
「目が光りました! ビーム来ます!」
真ん中の目がゆっくりと見開く。
蒼い目、その中に潜む幾何学模様が徐々に輝きを増す。
「リン!躱せ………くっ!」
リンに慌てて指示をだすが、そうはさせまいとユエルモンスターは離した間合いから距離を詰める。
「グッ!」
矢継ぎ早に剣と斧と棍棒が俺に振るわれる。
剣をバックステップで避け、襲い来る斧を半身になって躱す。
「アポロさん!」
攻撃を躱すことに集中して顔を見ることが出来ないが、瞳の輝きが増しているのだろう。
アルの悲鳴混じりの声が響く。
「サンッ!」
「こんくそぉ!」
続く棍棒の一撃。
剣を盾にしながら後ろへ跳ぶ。
「グッ……」
強い衝撃と共に俺は飛んだ。
ズサッと音を立てながら石畳に着地をする。
見れば、五メートルは飛ばされたようだ。その威力に恐ろしくなるが、それよりも危機が迫っていた。
「アポロさん!?」
瞳の輝きが最高潮となり、ビームが発射された。
白い光線はリンと俺目掛けて飛んで行く。
避けようとするが、先程の攻撃で重心が崩れ体を動かせない。
俺はビームの直撃を受ける。
「ぐあああぁぁぁっつあああ!」
「アポロ!?」
「アポロさん!?」
「主殿!?」
体に電流に似た何かが駆け巡る。血管を無理やり異物が高速で移動するかのような痛みが全身に走る。
その衝撃で思わず持っていた剣が落ちる。
「がはっ!」
「大丈夫なの!」
リンが駆け寄ってくる。
「来るな!」
片手をあげて、俺はリンを止める。
ぷしゅぅぅぅと音をたてながら俺は体勢を戻す。
剣を拾い、立ち上がる。
「だ、大丈夫だ」
ノロノロとした動きだが、俺は剣を構える。
前を見ればユエルモンスターは血走った目で俺を凝視している。
致命的な隙なのに離れていれば攻撃しないのか。
いや、矢と弓を持つ手が動いている。
俺に照準を合わせ、弦がギギギと引っ張られ、その張力が最高点に達した瞬間、矢が放たれる。
「タァ!」
俺の進行上にリンが飛び出して、槍が振るわれる。
カッと音がして、矢が槍に弾かれる。
「コラッ、何が大丈夫よ。全然、大丈夫じゃないじゃない」
そして、リンの叱責が飛んだ。
「すまない」
痺れて体がうまく動かない。
弁明しようがないな。
「フン!」
「ベクトラさん、見てください。リンさんが初めて役立ちましたよ」
「ぐぬぬぬぬ。許さぬぞ、リン殿ぉぉぉ!」
「何でパーティーの仲間を助けただけで、やっかみがくるのよ!? それに初めてじゃないし!」
はぁ、はぁと息をつきながらリンの横へ並ぶ。
「いくぞ」
「大丈夫なの?」
リンの問いかけに俺は剣を強く握りしめることで応える。
「脇腹と弓を持つ腕を見てみろ」
「えっ………あっ!?」
リンとベクトラがつけた傷。
最初血が出ていたはずだが、見ればもう血は止まっておりそれどころか傷が塞いでいる。刺さった矢はいつの間にか床に落ちている。
「待機している間は回復するみたいだな」
「やっかいね、ほんと……」
「攻撃中は恐らく回復はしないだろう」
直感が俺に囁く。
痺れは消えた。
それにこれ以上待っていたら、あのビームがきそうだ。
俺は何かに急かされるようにユエルモンスターへと向かった。
「チッ」
そこから先は一歩進んでは一歩下がる展開だった。
多種の武器の攻撃を掻い潜って攻撃を与えても、致命的なダメージは与えられない。
「ビームが来ます!」
俺達はユエルモンスターから大きく距離を取ってビームを待つ。
真ん中の顔、双眼の輝きが最高潮に達した瞬間、
「来ますっ!」
アルの叫び声と共に、ビームが発射された。
「くっ!」
「ッツ!」
俺とリンは大地を蹴って、床に転がるようにビームから逃れる。
ほとんど勘だ。それほどまでビームの速度は速い。見てからでは遅いのだ。
「ねぇ」
「あぁ……」
ビームを辛くも逃れ、ユエルモンスターから距離を取る。
リンにかけられた声に俺は頷く。
言わずともわかる。
「ビームの発射される間隔が早くなってるな」
「ええ。これ以上の長期戦は不利ね」
接近戦でビームを躱せる自信はない。だからこそ、距離を取るのだが、距離を取ればユエルモンスターは回復してしまう。そして、間を取られてしまう。
「急いで決着をつけないといけないな」
このままではジリ貧だ。
遠くない未来ビームの餌食になるのが予想される。
今ならまだ手を打てる。
「リン、ベクトラ、アル! 次で潰すぞ」
俺を睨むユエルモンスターを強く睨み返しながら仲間達に声をかける。
「俺が撹乱して隙を作る。そこにリンがとびっきりの一撃を与えてくれ」
「ええ。余力は残さないわ」
「初撃は拙者が」
「頑張ってください!」
ゆっくりとユエルモンスターに近づく。
こちらに攻撃を仕掛けないギリギリの距離。
「鬼に逢うては鬼を撃ち、阿修羅に逢うては阿修羅を撃つ」
低く厳かな声が聞こえてきた。
「いざ!」
その声と共に、矢が撃ち出される。
それと共に俺は走りだす。
「ハキョク!」
ユエルモンスターは飛んできた矢を苦もなく棍棒で弾く。
ベクトラは何か格好良さそうなことを言っていたが、現実はそんなものだった。
だが、ダメージを与えられなくても牽制にはなった。棍棒の攻撃を潰したのだから。
「ユル……」
間合いに近づいた俺をユエルモンスターは剣で迎撃しようとする。
「ハッ!」
剣の間合いに届く直前、俺は方向転換する。
石畳を強く蹴り、横へ。横に飛んだらそのまま前へ。
急激な位置の転換。
「サン!」
ユエルモンスターの手数は多いが、普段開いている目は正面だけだ。
俺の姿を捉えるために、体の向きを変えねばならない。
「カアアアアア!」
相手も余裕がなくなっているようだ。
今までは愚直にも正面突破しかしなかった。相手も油断していたのだろう。
そこに変化をつけた。
ストレートしか投げない投手が突然、フォークを投げたらバッターは?
打てないだろう。理外のことだ。バットを振るどころか体が動かないことも十分ありえる。
それが、ユエルモンスターにも起こっていた。
攻撃の手が一瞬止まる。停滞の後の向き変更。機先を制することは出来ず、俺の動きを追うばかりだ。
「ハァッ!」
斧が石畳を割る。
俺は余裕を持って躱し、斧の柄を足場にして横へ跳躍。
「ガァァァアァ!」
ユエルモンスターにとって俺は周囲にたかるハエのようなウザさだろう。
俺を振り払おうとその動きは単調に、力任せになっていく。
「ファイアーアロー!」
「援護の一撃じゃ!」
逃げるばかりじゃなく、避けながらも牽制目的の攻撃を放つ。
「アアアアア!」
相手の目や腕を狙った攻撃。
この攻撃が更に相手を苛つかせる。ユエルモンスターの攻撃のリズムを中断させ、俺に追撃する時間と余裕をなくす。
「アアアアアアアアッッッ!」
相手の怒りが限界に達したようだ。
技も何もない力任せの攻撃。
石畳を破壊させるほどの大ぶりの剣と斧の叩きつけ。それをバックステップで躱すと、棍棒が薙ぎ払われる。
受けることが出来ない力任せの一撃。俺は低くしゃがみ、躱す。
だが、相手も俺がここまで躱すのは折り込みずみだったようだ。
「ユルザザザァァァァンン!」
最後に放たれた下からすくい上げるかのような槍の一撃。
風を切り裂きながら振るわれる攻撃。しゃがみこんだせいで、十分な回避ができない。体をねじって回避出来たとしても、バランスが崩れる。崩れれば、次に来る攻撃には対応できないだろう。
詰め将棋のように来る未来が感じ取れる。
「クッ」
重心を崩し、わざと後ろに倒れる最中、両足で地面を強く蹴る。
浮かび上がる体。
剣を離し、背中が地面に触れそうになるのを感じながら、手を地面につける。
そして、バネのように跳ねる。
頭上、髪先が槍の刃先に触れる。刹那の差。死の一撃から辛くも逃れた。
全力で跳ねたせいで、空中で一回転、二回転とまわる。
高い跳躍。まるで体操の床競技みたいだ。
「アポロさん、弓がッ!」
地面に足をつけ着地しようとした時、アルの叫び声が響き渡った。
ユエルモンスターは俺を強く睨みながら、三段目の腕、矢を持つ手を、離した。
ヒュッと空気を切り裂き、放たれる一撃。
至近距離で撃たれ、地面に着いたばかりの俺では躱す余裕も時間もなかった。
「ハアアアアアアッ!」
反射的に伸びる腕。
手のひらに焼けるような熱さが生じる。
伸びた腕は矢を目掛けて動き、手は矢の軸を掴んでいた。
それを頭で理解するより先に口が動いた。
「リィィィィン!」
窮地を脱したよりも先に、ユエルモンスターの全ての攻撃、意識が俺に集中した。
その確固たる隙を逃すことができない。
俺がリンの名を強く呼ぶ瞬間、それまで気配を消して機を伺っていたリンが踏み込む。
「ハァァァァァ!」
裂帛の気合の元、槍が振るわれる。
「ガアアアアアアアアッッッッッ!」
がら空きの銅に槍が突き刺さる。
ユエルモンスターは雄叫びをあげる。
だが、リンの一撃はユエルモンスターの命を奪うまでにはいかなかった。
「目が!? ビーム来ます!?」
今までよりも早い速度で双眼が輝く。
目が開いて、ビームが出るまで時間がかかる。瞳の輝きが最高潮に達するまで発射出来ない。
最初はビーム発射まで十秒だった。そして、七秒と短くなり。
今、この瞬間。
その間隔は二、三秒ほどに短くチャージされる。それほど早く、瞳は輝く。
「ハアアアアアッ!」
「アポロ!?」
突き刺して抜けなくなった槍を諦め、そしてビームを逃れるためにリンはユエルモンスターから離れる。
それとは逆に俺はユエルモンスターに向けて石畳を蹴る。
アイテムボックスから予備の剣を取り出し、敵へ。
「グアアアアアアッ!」
ユエルモンスターも俺が近づいてくるのを確認し、手に持つ槍を動かす。
ビームが発射されるまであと一秒。
それを感じながら、俺は石畳にある剣を蹴りあげ、
「ファイアーボール!」
魔法を唱えた。
火の玉はユエルモンスターの中央の顔目掛けて飛ぶ。
「アアアアア!」
斧と棍棒を盾にしてユエルモンスターは魔法を防ぐ。
だが、蹴りあげた剣までは防ぐことはできなかったようだ。槍を持つ腕に剣が刺さる。ザシュッと肉をえぐる音と共に、槍を持つ腕が止まる。
俺は更に踏み込み、剣を振り上げる。
ビームが早いか、俺が剣を振るのが早いか。
ビームが来るコンマ数秒を切った時間がコマ送りに感じる。
「ハアアアアッ!」
「サンッ!」
ユエルモンスター中央の首に俺の剣が届いた。
肉を切り裂く感触が手に伝わり、勝ったと思った瞬間、
「アアアアアツっアアア!」
「アポロ!?」
「アポロさん!?」
俺の体に電流が走る。
一度目に受けたより、強く痛み、痺れる。
骨を断つ前にビームが俺の体を蹂躙する。
じゅうじゅうと焦げる感触と音が鳴る中、ユエルモンスターが動き出す。
怒りに満ちた目が変わる。
嘲りと満足に満ちた目に。
「アアアアアッ!」
膝が崩れ落ちそうなりながら、俺は手に持った剣に力を入れる。
「ガアアアアッッ!?」
声が聴こえる。焦りの声が。
ビームを食らっても剣を手放さず、自身の首に引っ掛けるようにして支えて立つ俺の姿に。
ユエルモンスターの腕が動く。
斧が剣が、槍と棍棒、近距離の全ての腕が動き、俺を貫こうと動き出す。
だが……。
「ッッッ!」
魔力と闘気が俺の体の中でうなりをあげながら消費される。
ほとんど体に力が入らない。倒れこみそうな力を利用して剣に力を入れる。
ギチギチと嫌な音を立てながら、刃がユエルモンスターに食い込む。
脳が手を離せと警告を出す。
攻撃が来ると。
それでも俺は手を離さず、かすかに残る力を腕に集め剣を動かす。
だが、間に合わない。
ダメージが深すぎる。
背後から攻撃が迫る。
「ユル……サンッ」
「それはこちらの台詞じゃ」
俺の体に相手の攻撃が届くかといった瞬間、シュッと音が鳴った。
その音と共にユエルモンスターの体がビクンと震え、動きが止まった。
見えていないのでわからないが、仲間の援護だろう。
この隙を逃すわけにはいかない。
「アアアアアッッ!」
体の中にある物全てを燃やしつくす勢いで、剣を持つ手に力を入れる。
そして、
「カハッ」
ザクッ、と嫌な音と共に剣を持つ手が楽になる。
後から遅れて聞こえるドサッとした音とカランと鳴る金属音。
ユエルモンスターの首と武器だった。
「…………った」
それを理解した瞬間、体に力が入らなくなる。
目の前に見えるものが暗がりになり、何も見えなくなる。
「アポロ!」
「アポロさん!?」
「主殿!?」
仲間の声がどこか遠くに聞こえながら、俺は意識を失った。
ベクトラ「また死にそうになっとるじゃと!?」
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活動報告に『キャラ転ができるまで』を不定期ながらも週一ペースで連載しようかと思います。い、一応、販促目的です。
今回の内容は『担当さんと会う-前編-』。
今回の話ではベクトラが弓を持ってますけど、プロット眺めてたら次回の戦闘シーンでは弓を手放してることになりそうな予感です。