塔に眠る異形の怨念!
「さてと……」
執務室らしき部屋を出ると、そこは通路だった。
白い石畳でできた通路は左右に道が分かれている。
確か、トスカリー様はどちらに行けって言ってたっけ。
そう、確か……。
「右ですね」
アルが言った。
「左じゃなかったけ?」
なぁ、とリンとベクトラに尋ねると、
「うむ」
「私も左だったと思うわ」
そう言って頷いた。
アルはそんな俺達の答えに、はぁ~と大きな溜息をつく。
「わかってませんねぇ、皆さん。
左と言われたら右。右と言われたら左に行くのが常識です」
「どこの常識だよ」
「ゲームです」
アルは胸を張って答える。
「ゲームなら言われた場所の逆の道にアイテムがある場合があります。言われた方向の逆を行くのがゲーマーの鉄則です。とりあえず行ってみる。これ、大事」
「現実でそれをやってはいけないだろう」
そりゃゲームではありえるが、その場合後で必ず通るルートだから宝箱が置いてあるのだ。製作者が意図していないのに宝箱が置いてあるなんてことはない。
「それにバレたらどうするんだ?」
「リンさんが、謝れば許してもらえますよ!」
打てば響くという感じにアルが応える。
「私!?」
いきなり指名されて戸惑うリン。
「はい!
ごめんなさいテヘッって、頭を拳でコツンと叩いて舌を出せば大丈夫ですよ!
このあざとさを出せるのはリンさんしかいないのですよ!」
アルもやってた気がするが、気のせいか?
「やりたくないわよ!絶対、嫌!何で私がやらなきゃいけないのよ?」
「考えてください。リンさんはエルフです。眉目秀麗です!」
「え? あ……うん」
褒められて嬉しいのかリンの勢いが止まる。
チョロい。
「それだけではありません。リンさんにはエルフという美しく凛々しい種族ながら可愛さがあります!町を歩けば、目を引く可愛さなのです!」
「ええっ! アル、それは言いすぎよ!もぅ。
そりゃ、町で視線を感じるわよ?でもね、それは普通よ、普通! ねぇ?格別私が美人というわけじゃないの!」
と言いながらも嬉しそうなリン。
何故か俺の腕をパンパンと叩きながら首を小刻みに振る。
……何で俺を叩くの?
「想像してください!
その金髪美少女エルフのリンさんがウインクしながら頭に拳をコツンと叩いてテヘッって舌を出して謝るのですよ!」
何か増えてないか?
「不気味以外何物でもないのじゃ!」
想像したのか、ベクトラは我を忘れて叫ぶ。
その声にリンはゆっくりとベクトラを見て、
「ちょっと、ベクトラ、正座」
低い声音で呟いた。
「え?」
「正座」
「え、ここは通路じゃが?」
「正座」
デレデレしていた顔から一転、人を殺した後のような冷たさがその顔にあった。繰り返される言葉に温かみはない。
その顔と言葉を間近で感じ取りベクトラは動き出す。
「…………はい」
静かにベクトラは通路で正座をする。
うん、怖かった。
そういえば、どこぞの温泉でも正座していた人がいたなぁとか茶化せない雰囲気だ。それはアルも同様で、何も言えずにいる。
「ええと……」
「その……」
何を話せばいいのだろうか。
俺とアルは言葉につまる。
リンはベクトラの方向に顔を向けているが何も喋らない。
ベクトラは顔を伏せながら震えているし。
「さ、さてと左に行けばいいんだよな!」
寒いのじゃ、痛いのじゃ、とどこからか聞こえる声を気づかぬ振りをしながら俺は声を張りあげる。
「そ、そうですね。左って言われてますものね。聖霊様の言いつけを破って心証下げても嫌ですもんね!」
「ほ、ほら。ベクトラもいつまでも座ってないで移動し、しようぜ?」
何故か疑問形になる。
「そ、そうですよね? うん、立たなきゃ移動できないですもんね?
ほ、ほらー、ベクトラさんスタンダップ?」
何故か俺達はリンを見ながらベクトラに声をかけた。
ベクトラは若干震えながら、
「……い、いいのじゃろうか?」
と、問いかけた。
リンが僅かに、注視なければわからないほど僅かに首肯するのを確認すると、ベクトラは静かに立ちあがる。
「行くか」
「…………はい」
「……うむ」
無言のまま俺達は歩き出す。
何だろう。
この静けさは。
「あ、扉……」
歩くこと一分ほど。
塔なのに、円柱型の建物の構造を無視して俺達は直進してきた。
それも終わり。
通路を塞ぐように大きな扉がそこにあった。
「これを開けということでいいんだよな?」
扉をノックしながら俺は言う。
木製で出来た扉は重厚で、叩くと小気味良い音とは裏腹に手に重い質感を伝えた。
「いいと思いますよ。聖霊様も入って休んどけって言ってましたね」
それではと俺は扉を押し開ける。
ギギギと音を立てながら、扉が開く。
「わぁ!」
「おおぉ!」
開けた先は大広間だった。
白に少しの黒色の雫を混ぜて出来たかのような色の石畳。灰色と呼ぶには白が強く、白と呼ぶには黒の存在感がある。そんな色だった。
何者かに磨かれたかと思うほど表面に凹凸はなく、触るとサラサラとした手触りがある。しかし、足で踏むと滑らず歩きやすい。
その石畳が床から壁、果ては天井に敷き詰められていた。
「天井が高いわね」
リンが天井を見上げながら言った。
石畳だけが敷き詰められたこの空間は殺風景とも呼べる場所ではあったが、天井が高いために窮屈感は感じなかった。
「天まで届きそうじゃな」
「体育館みたいだ。またはドーム」
「体育館? ドーム?」
俺の呟きにリンが首を捻る。
「あぁ。俺がいた世界にあった運動するための施設なんだけどな、こんな広々とした空間を見てたら思い出した」
この空間はドームより狭く、体育館より一回りか二回りは規模がでかいが。
「アポロの世界は凄いのね。こんな規模の建築物を運動するためだけに建築するだなんて」
「魔法とかはないけどな。逆にこっちの世界のが凄いよ」
「そうなの? 褒められると変な気分だわ」
隣の芝は青いというやつだろうか。
「…………休むか」
目新しくキョロキョロとさせていたのも最初だけ、見るものは石畳しかないので俺達は飽きてしまった。
「トスカリー様遅いわね」
そして、待ち人は中々やってこない。
俺達は立つことを止め車座に座りながら会話をし始める。
「じゃな。しかし、何か考えがあるかもしれぬぞ」
「何かって?」
リンが聞くと、ベクトラは首を小さく横に振った。
「わからぬ。しかし、今までのトスカリー様の行動では無意味なことをしとるわけではないと言えるのじゃ」
「一理あるな。でも……」
トスカリー様は意味なく行動をする人物ではない。
アルの偽物当てクイズのため、俺が間違いを犯すように誘導してきた。
「でも?」
言葉を止めた俺に促すように、リンは言う。
小首を傾げながら、好奇心から翠の目をまんまると開いた目が俺を瞳を見つめる。
「いや、なんでもない」
見つめられて、少し気恥ずかしさをおぼえて俺は誤魔化すように首を振る。
「あ、あの、そんなことより時折神様の笑い声が聞こえるんですが?」
「笑い声?」
「神って、アポロをこの世界に飛ばした人よね?」
「アル、ついに幻聴まで聞こえるようになったのか……」
「オラクルですよ! オラクル! 私のスキル!」
俺の気遣う優しい声にアルがいきり立って反論する。
眉を釣りあがらせて怒る姿に冗談だと手を振ってなだめる。
「オラクル?」
リンが目を細め、何のことと首を捻る。
「説明してなかったけ?」
と聞くと、ベクトラが頷いた。
そうか、まだだったか。
「アルの独自スキルで、神の声が聞こえてくるんだ。強制的に……」
「す、凄いわね」
俺の言葉尻が絶望に満ち溢れていたせいか、リンは引き気味に賞賛した。
「神様の声が伝わるというのは光栄ではあるのじゃが」
ベクトラは視線をアルに向ける。
「元はあっちの仲間だからなぁ、アルは」
「それに聞こえてくるのは笑い声だけですよ! ぜったいこっちのこと観察してますよ、これ! ノイローゼになりますよ、私!」
「意味のある言葉を言わないのが厄介だな」
「どういう意図なの?」
リンの言葉に、
「嫌がらせだな」
「嫌がらせですね」
俺とアルは即答する。
「神様って……」
「聞きたくなかったのう」
どこか神に崇拝の念を抱いていたリンとベクトラがうなだれる。
慰めるべきかと思案していたら、後ろから物音が聞こえた。
ギギギという扉の音。
「待たせたね!」
扉から顔を出したのはトスカリー様だった。
柔和な笑みを浮かべながらこちらへ歩いてくる。
「い、いえ!」
座ったまま出迎えるのは失礼になるので、俺達は慌てて立ち上がる。
トスカリー様は上機嫌にいいよ、いいよと片手を振る。
「さてと、次の試練なわけだけどね」
「はい」
試練は二つと言っていた。
最後の試練というわけだ。
この広い空間で何をするのだろうか。
「ま、大体の予想はついてると思うけど戦闘系の試練だね」
この広い空間にチラリと見てトスカリー様は言う。
「ポイントを使わせるためですか?」
「いや、その意図はないね。言ったと思うけど、最低限の仕事を私はしたからね。これ以上君にポイントを使わせる必要はないのさ」
「では、何の目的ですか?」
「ククッ、何だろね」
俺の問いにトスカリー様はウインクで返事をする。
答える気はないのかと、内心苛つきを感じると、
「おおっと、からかっているわけではないよ。試練は二個とあらかじめ決めていたからしないわけにはいけない。だけど、君の言ったように私としては一個目の試練の方が重要だったからね。二個目の試練は意義や意図は考えてなかったのさ」
俺の内心を見透かしたのか、トスカリー様は慌てて取り直しの言葉を言った。
「はぁ」
じゃあ、何で偽物当てクイズを一個目の試練にしたのだろうか。
一個目の試練で俺を更に疲弊させた方が目的を達成させるためには都合が良いと思うのに。それか、さっきの俺の偽物当てクイズを二つ目にするとか。それなら、俺とアル双方の絆を確かめられるのに。いや、結局は両方やったからなぁ。んん?
ちょっと混乱してきた。
「ま、いいじゃないか。私の悩み解決とついでに、このユエルの塔の合言葉通りに君達のパーティーの結束でも見ようじゃないか!」
あっはっはとトスカリー様は笑いながら言う。
本当に邪気がない、楽しげな笑い顔だ。
「さてと、見てごらん」
トスカリーはくるりと反転させて、広間の中心部に目を向ける。
そこには何もなかった。
だが、トスカリー様が指をパチリと鳴らすと、
「え?」
「おぉ!」
「ぬ!」
「も、モンスター!?」
大広間の中央。
何もない空間から一体の巨人が出てきた。
大きさは二メートルをゆうに超える人間型のモンスター。
だが、目を引くのは大きさではなかった。
「あれって……」
「テレビで見たことありますよ! ゲームでも、ですけど!? 阿修羅ですよね、あれは!」
アルがそのモンスターを指差して言う。
阿修羅のごとき三面六臂。
つまり、顔面の右と左に顔があり、両肩からニョキニョキと二本ずつ腕が生えているのだ。
「なんか怖いわね」
六臂にはそれぞれ、剣と槍、斧と棍棒、弓と矢を持っている。
別々の攻撃手段を持っていることにも恐怖を感じるのだが、一番怖いのは……。
「こっちを睨んでおるのう」
そう、あの阿修羅は俺達を睨んでいるのだ。
真ん中の顔は目を閉じているのだが、左右の顔は目が血走っている。半開きの口からは時折、白い息が吐かれる。
それはまるで憤怒の吐息。
怒りを発散させるかのように吐かれる赫怒の息。
動けないように拘束してあるのだろう。見た目、何も拘束されていないが、わずかに動くのは首元だけで、阿修羅は黙ってこちらを睨んでいるだけにとどまっている。流し目で睨まれるのは威圧感がある。
「あと、筋肉凄いですね」
「あ、うん。それ私も思った」
阿修羅は多彩な武器を持っているのに防御面は皆無といった出で立ちだ。上半身は半裸で、下は腰ミノをつけているだけといった有様。
パラメーター全部、攻撃に振りましたと言われたら納得できる。
「腹筋が八つに割れておるのう」
ひぃ、ふぅ、みぃとベクトラは阿修羅の腹筋の割れ数を数える。
割れている腹筋はどれも彫りが深く、ムキムキだ。
「筋肉フェチのリン殿、歓喜じゃな」
「変なこと言わないで、ベクトラ!? 私は、あんなムキムキすきじゃないし! もっとこうっ……って何言わせるの!」
一人ボケツッコミだろうか、今のは。
あと、俺のお腹を見て何かを想像するのはやめて欲しい。服で見えないとはいえ嫌だ。女性が胸を見られるのってこういう感じだろうか。
「まぁ、リンさんの筋肉フェチは置いといて」
「置いとかないで!ちゃんと否定してるから!」
そう言いながらチラチラと阿修羅の腹筋を見ていては説得力がないと思う。本当にリンは筋肉フェチなのだろうか?
いや、きっとリンの芸風だ。
「しかし、あの阿修羅さんどっちかというとアポロさんを睨んでいませんか?」
アルがリンの言葉をスルーして問いかける。
俺にしても聞き流せない言葉なので、話にのる。
「やっぱりそうか」
俺達を睨んでいるのは間違いではないのだが、阿修羅が俺を見る時間が他のメンバーより長い気がするのだ。
「何をやったのよ、アポロ」
「やってない! 俺は何もやってない」
「アポロさんは知らない所で何かをしでかしている星の人ですからねぇ。こうなっても驚きはしません」
「そのフォローやめて!」
「流石、主殿じゃ。影響力が計り知れぬ!」
「持ちあげてるようで非難する言葉やめて!」
「ハイハイ、説明といこうか」
パンパンとトスカリー様は手を叩いて後ずさりしていた俺達を止める。
「ちっ、逃げられませんでしたね」
「だな。もうちょいで上手くいけたのに」
出口まではもうあと少し。
「アポロ、アル。貴方達って……ほんとこう」
頭が痛いと眉間を手で押さえるリン。
だが、そう言いながらも黙って見逃してくれていたリンが好きだぜ!
「あと、扉はしまっているから、開けられないよ」
トスカリー様の言葉に俺はバッと反射的に扉を見る。
開いていた扉はいつの間にか音もなく閉じられていた。
確かめる必要はない。トスカリー様の言葉通り、あの阿修羅を倒さないと開けられない仕様になっているのだろう。
「ちっ」
「覚悟を決めるしかないですね」
「ああ」
「最初に決めときなさいよ」
「クック、逃げ道がなくなってからじゃからな……ククッ」
もうと呆れて溜息をつくリンと、お腹を押さえて笑うベクトラ。
「試練は簡単。あの怨念モンスターを倒せば試練終了だよ」
「怨念……」
「モンスター?」
「ほら、あれ。見てご覧」
トスカリー様が指差す先は、阿修羅の真ん中の顔。
「相変わらずこっちを睨んでますね」
アルが言うと、
「違う。違う」
トスカリー様は否定する。
「耳だよ耳」
「耳って……あっ!」
よく見れば、トスカリー様の指差す先は顔の中心部ではなく、耳の辺りをさしている。
そして、阿修羅の真ん中の顔の耳は尖っていた。
耳が尖っているのはとある種族の証。
リンとベクトラを見る。
「あの阿修羅もエルフなんですか?」
そう、リンとベクトラと同じ耳の特徴なのだ。
「そう! その通り」
トスカリー様は機嫌よく喝采をあげる。
「あの、怨念! ユエルモンスターを倒すのだ!」
「ユエルってあの……」
この塔の名前にもなっているあのユエルなのか。
大昔、魔王が現れた時に勇者と共に魔王を倒したパーティーの一人。
彼の活躍もあり平和が訪れた。ユエルは魔王を倒した後、自分の故郷に戻り、自身が住む塔を作った。
それが、この場所。
ユエルの塔だ。
「それがあのユエルさんなのですか、エルフって……」
俺とアルのエルフ像がますます壊れている。
え、俺が知らないだけで三面六臂のエルフが存在するの?
「ち、ちがっ!」
俺とアルの目線に一つの顔のエルフであるリンは必死に否定する。
「ユエル様は普通のエルフよ!あんな変なモンスターではないわ!」
「リン殿、自身のご先祖様にそのようなことを言うのは」
「ベクトラも否定しなさい!なに、関係ないようにしてるのよ!
貴女もダークエルフなんだから、一緒でしょ!ユエル様は普通のエルフ族の、エルフとダークエルフを含めた英雄なのよ! 一緒に否定して!」
リンはベクトラの肩を掴み、ガクガクと揺らす。
「そ、そうじゃった。つい、あまりのことに」
ガクガクと揺らされながら、ベクトラは言う。
どういうことなんですと目線でトスカリー様に問うと、
「うん、この塔に巣食っているユエルの怨念を思念体として形作って、あるモンスターに憑依させたのがあれだよ。ユエル自身は普通のエルフだね」
満面の笑みで頷いた。
「うわー」
「どうよ! ユエル様は普通のエルフなんだわ!
奇っ怪なモンスターじゃないってわかった!?」
ドヤ顔でリンは胸を張る。
「その英雄があんな風にされていることの方が問題なような」
ユエルって英雄なのだろうに。
それが思念体とはいえモンスターに憑依させられて戦わされるのだ。
「えっと、それは……」
助けを求め、リンはトスカリー様を見る。
助けを求める場所が間違っていると思うのだが、トスカリー様しか訴える場所がないのだろう。
トスカリー様は唇を曲線で描き、
「ん。まるっきし本人ってわけじゃないね。この塔に潜む怨念に適当に手を加えただけだし」
リンをフォローした。
リンはほっと胸をなでおろす。
「耳を澄まして聞いてご覧」
そして、トスカリー様は阿修羅の顔を見る。
俺達はトスカリー様の視線に釣られて阿修羅へ。
相変わらず俺達を睨んでいるが、よく見ると……。
「………サン……ル…………ク」
阿修羅の口が小さく動き、怨嗟の声が漏れ聞こえる。
「何か聞こえるわね」
ただ、距離があるため何を言っているのか全貌が聞き取れない。
「近づいても大丈夫なのですか?」
「うん。今は動きを封じているからね」
そう言って、トスカリー様はスタスタと阿修羅の方へ歩いて行く。
俺達もトスカリー様の後に続く。
「ユル、サン……カップル……ツブ、ス……ハキョク」
「うわぁ……」
ある程度、と言っても十メートル程まだ距離があるが、その程度近づくと阿修羅が何を言っているのか聞き取れた。
壊れたオルゴールのように同じ言葉を繰り返す。オルゴールと言うには怒気と怨嗟の詰まった音なのだが。
「うん。この塔にカップルが登ると破局するって言い伝えがあるの知ってる?」
感情の抜けきった声でトスカリー様が聞いてくる。
「ええ。ベクトラにも聞きました」
「それが、あれさ」
顎で指し示すのは阿修羅。
「あれがもう、鬱陶しい程カップルを恨んでいるからね。そのせいなのさ。響君を睨んでいるのもそのせい」
「俺達は付き合ってないです!」
「あ、うん。でも、ユエル(怨念)にはどうでもいいみたい」
「ユル……サ、ン……カッ……プル……ツ、ブス……ハ……キョク」
絶えず呪詛の言葉を言い続ける阿修羅。
「女性と男性の仲が良さそうなら、もう嫉妬する存在に成り果ててしまったんだ」
「はた迷惑な」
「エルフって……」
思わず尖った耳をしているリンとベクトラを見てしまう。
「ち、違っ! 関係ない! エルフ関係ないわよ!」
「そ、そうじゃ! 偶々じゃ、偶々ユエル様の怨念が長い年月を経てネジ曲がってしまったのじゃ! 本当は素晴らしい人格者だと聞いておる」
ベクトラが言っていたユエルの日記を思い返すに、人格者なのかと首をひねりたくなるが、パーティーの仲間に嫌気がさしても魔王を倒すまで頑張ったのだ。本来の性根は優しい人だろう。
それにあれは本人ではないとトスカリー様も言っていた。本人の極一部の性質を極大化させたものか、長い年月を経て塔にはびこる怨念や負の感情が混じりあったものと考えた方が正しい。
「あ、真ん中の顔の目が……」
「ん?」
アルの呟き声が聞こえた。
見ると、阿修羅の真ん中の顔、閉じていた目が開く。
「綺麗な色……」
サファイヤと言うには青味が弱く、透明感がない。
アクアマリンと言うには、何かが足りない。
その色を形容するならば、地球に居た頃にテレビで見たビーチを彷彿とさせた。白い砂浜に広がる透明感あるマリンブルーに近い。
蒼穹のごとく鮮やかに、澄み切った蒼い瞳はどんな宝石よりも人を魅了する輝きがあった。
ずっと見ていたいが、見ていたら吸い込まれそうになる不安感を抱かせる。
「聞いたことがあるのじゃ。ユエル様は精霊に認められて、その証に瞳が変化したと」
呆然と、その蒼い瞳を見つめながらベクトラが呟く。
「それが、あの色なのか?」
納得してしまう。
あの瞳は海そのものだ。
海は母と呼ばれると同時に恐れられている。海が荒れ狂えば人は太刀打ち出来ない。
親しみを感じさせると共に畏怖すべき存在。
あの瞳は宝石とは似ているが、畏敬を感じてしまう点が異なっている。
「あ!」
リンが声を上げる。
その蒼い瞳の中に幾何学模様が浮かび上り、眩く光り輝く。
瞳の変化はこれのことか!
そして、その輝きが最高潮に達した時。
「ええっ!?」
ビームが出た。
「うわっ!」
「ぬぉぉ!?」
「きゃあああ!?」
俺達は思わずのけぞる。
だが、間に合わない。
二本のビームは俺達に一直線で向かい放たれる。
「ん、と、ほいっと」
だが、ビームは俺達に届くことはなかった。
トスカリー様が手を前に出しただけで、ビームは霧散する。
「気をつけてね。閉じてる目が開くとビームが出るから」
何でもない様にトスカリー様は注意を促す。
「エルフって……」
何度目になるだろう、この言葉は。
本物のユエル様もビーム出すのだろうか。
「もういやぁぁぁぁぁ」
耐え切れずにリンが絶叫する。
閉じてる目と開いている目を逆にしました。
閉じている目→真ん中。
開いている目→左右。