はないちもんめ!あの子じゃわからん!相談しましょ!!
「な、何ですかこれ!?」
「私が、私が本物ですブウ!」
「何これ!?ドッキリですか!?」
…………。
……頭が痛い。
三者三様の様子で騒ぐアルを見ていたら、頭痛が出てきた。
「何頭をおさえてるんですか、アポロさん!?」
ツッコミを入れるのは見慣れた姿のアル。
「そうだブウ!私が変だブウ!一刻を争う事態だブウ!」
語尾に変な言葉をつけるのは、まるまると太ったアル。
「ですです!何とかしてくださいよ、このパチモノどもを!
って私の今の姿がパチモノでした!」
自分で自分にツッコミを入れるのは、髪がロングで周囲にキラキラと謎の光の粒子を発しているアル。
「ええと、トスカリー様?」
助けを求め、トスカリー様を見る。
すると、トスカリー様はふふっと笑って、
「さっき言ったじゃないか。偽物当てクイズだよ。
それが一個目の試練だ」
俺の言葉に応えた。
「偽物当てクイズって何?」
リンが首を傾げる。
「恐らくじゃが、この内のどれかが本物のアル殿じゃ。それを見つけるということじゃろう」
「でも、普通に考えたらアレが本物じゃない?」
リンが指差す先は、いつもの見慣れたアル。
指されたアルは、おおぉ流石、リンさんとガッツポーズしてはしゃぐ。
「いや、試練の前に暗闇になったのじゃ。本物のアル殿がすり替わっておるのかもしれぬ。そこまで易しくはなかろう」
「ん! ベクトラ君の言う通りだね。
試練だからね。簡単な難易度ではないよ」
トスカリー様はそう言って机の引き出しから何かを取り出した。
そして、俺達の前に来る。
「ほら」
「え……」
手渡しされた物は、小ぶりのナイフだった。
柄の中心に赤い宝石が埋め込まれた刃渡り10cmほどのナイフ。
「これを偽物達に刺したら、終了さ」
「「え……」」
アル達が声を揃えて絶句する。
手に持ったナイフの柄が、いやにひんやりとした感触だった。
「試験は簡単。偽物達を選んで、ナイフを突き刺して、退治をしよう!
偽物は私が作った非生命体の物質だから、このナイフで刺したら消えるんだ。
た、だ、し。気をつけてほしいね。もし、本物を選んだらゲームオーバーだよ。違う意味で本物も消えてしまうよ」
「え、偽物も本物も消えて……」
「しまう?ト、トスカリー様一体それはどういうことじゃ?」
ナイフで刺したら死ぬということなのか。
まさか、そのためのナイフなのか。
「言葉の通りだよ。
もし、本物に刺したら妖精と君達の冒険はこれで終了ということさ。元々、神様が貸し与えたものだからね、返して貰おうと思ってね」
「「ひどっ! この……」」
三人のアルが一斉に喚こうとした時、トスカリー様は指を鳴らした。
それだけでアル達が静かになる。
「ごめんね。後から会話をさせてあげるから、それまで静かにして欲しい」
「今から試験を辞めることは?」
理不尽な言葉に怒りをおぼえるが、それを押し殺しながらトスカリー様に聞く。
トスカリー様はアル達から視線を外し、俺の目をしっかりと見つめ答えた。
「駄目だね。この試験だけは途中下車なしだ」
「酷い!」
リンが小声で悲鳴を上げる。
その言葉に反応したのだろう、トスカリー様はニッコリと笑いながら告げる。
「いや。私は信じているんだよ。君達の絆を。
君達エルフ達も言ってただろう。この塔は『友情、努力、勝利』が肝心だと。この試練では友情が試されるんだ。君達の友情という絆が本物ならちゃんと偽物を選んで刺すことが出来ると私は思ってる」
白々しい。
その演技がかった言い方が鼻にくる。
「それでも理不尽だと言えますが」
勝手に試験を受けされられ、その結果如何ではアルと引き離されてしまうのだから。
体が無意識にナイフを投げ捨てそうになるのを、意識して止める。ナイフを手放しても意味はない。意味のないことはするな。理性を最大限動員して感情を抑えつける。
「まぁね。その代わり、本物を選んでしまっても、試練は落第なしにしてあげよう。これからの冒険にお供がいなくなるけどね」
「全然嬉しくありません」
取り繕うことにも限界が来たようだ。
口調だけは丁寧なまま、俺はトスカリー様に敵意の視線を投げかける。
睨む俺を尻目に、トスカリー様はだろうねと肩をすくめ、小さく笑った。
「し、しかし、主殿!主殿には直感のスキルがあるのじゃ。
それを考慮しての試練かもしれん!」
一触即発の空気に、ベクトラが場を取り直そうとわざと明るい声で言った。
「そうよ!きっとそうだわ!
トスカリー様も本気でアポロとアルを引き離そうとはしないはずだわ!」
リンもベクトラの言葉に乗る。
「一つ残念なお知らせだけど、この部屋では響君の直感スキルは働かないようにしてあるんだ。私がお願いして特別にそうしてもらった。
だって、君の直感スキルは凶悪だからね。一発で正解がわかってしまいそうだ」
「…………」
どうでも良い事をペラペラと喋る。
殺してやろうか。
土台無理なことを反射的に思ってしまう。自制がきかない。
「ええっ!」
「なぬっ!」
そして、仲間達は悲鳴がどこか遠くのように感じた。
「ま、自前の直感は健在だけどね…………良く考えて選んでほしい」
そこで奴は手をパンと打った。
俺の態度はどうでも良いと言った具合に話を進行させる。
「さて正式に、ルールを説明しようか。
君達は三人の妖精の中から偽物を全員選ぶんだ。
一人じゃ駄目だよ、全員選ぶんだ」
ゆっくりと、強調するように奴は俺達に説明をする。
言葉自体は今までと変わりはないが、柔和な表情はそこにはなかった。
至極真面目に、俺達に言葉を投げかける。
「選んだ後は、正解確認。ナイフを刺して消えてしまえば、偽物ってわけだね。あ、もし本物に刺しても刺さらないから安心してね。流血とか、私も見たくないし。
それで無事、偽物が全員消えれば試験は合格。君達はいつものメンツで生活出来るんだ」
そして、奴は机の上にいるアル達を掬い上げ、そのまま、ソファーの前にある机に置いた。
「仲間達とよく相談して決めて欲しい。
以後、私への相談、質問は禁止だ。さっきみたいに、これ以上ヒントをポロッとこぼすとマズイからね。
じゃ、決断出来たら、言ってね」
そう言って、元の席へ戻った。
椅子に深く腰掛け、俺達を興味深そうに見ている。
その様子から、試験は始まったということだろう。
「アポロ……」
「主殿……」
どうするのか、リンやベクトラが心配そうに俺を見つめる。いや、俺の怒りに戸惑ってだろうか。
俺はリンとベクトラを一瞥すると、目を一度閉じて大きく息を吐いた。
そして、全力で自身の頬を叩いた。
パン、と乾いた音が部屋に響く。
「アポロ!?」
「主殿!?」
突然の行動に、驚きの声が仲間達からあがる。
俺は立ち上がり、仲間たちに告げる。
「五分だけ時間をくれ。落ち着きたい」
俺の言葉に、リンは息を呑む。
「……わかった」
リンも俺に倣うように立ち上がる。
そして、祈るように胸の前に手を組む。
翠色の瞳はキラキラと輝いて見える。
それは、俺に勇気を与え。
「仰せのままに」
ベクトラも立ち上がり、静かに俺に頭を下げた。
疑問も、文句もない。
紫色の瞳は暖かな陽に当たり、穏やかな水面のように輝いていた。
それは、俺に冷静さを与えてくれた。
「ありがとう」
俺はリンとベクトラに礼を言って、目を閉じる。
そう、今はまだアルが引き離されると決まっているわけじゃない。落ち着け。そう自分に深く言い聞かせる。過去のいろんな事が湧いてきそうなのを頭を振って飛ばしていく。
深く、深く息を吸い、吐き出す。
俺にはリンやベクトラがついている。一人じゃない。もし、考えてもわからなければ仲間達がいるのだ。
怒気を全て空気中に霧散させるために俺は何度も深呼吸する。
今、必要なのは怒りではない。
怒りは思考を鈍らせる。
俺がこのパーティーのリーダーであり、責任を負う立場だ。
そして、試されているのは俺なのだ。
だからこそ、冷静な判断を下さないといけない。
深く、深く自己の世界に潜る。
リンやベクトラの姿を浮かべるだけで苛つきが消えていく。
「……………」
目を閉じると、視界に映るのは闇だけだ。
無音の世界で俺は考える。
この試練の意味を。
今までの試練は目的があった。では、この試練の目的は?
アルを俺から引き離すためだけ?ポイントとは無関係な試練が何故ここにある。俺にその目的がバレたから?いや、この試練は前から決まっていた。トスカリー様の言葉を思い出すにその可能性が高い。なら、試練をする目的はこのためにあったのか?
「…………」
考えてもわからないことは保留をし、断片的に繋がることだけを繋ぎ合わせる。
思えば、神に気に入られたのは最初のキャラクターメイキングで色々考えたからだった。あの時はキャラクターメイキングの不親切さから、何かの意図があると考え、そこから神の発言、思惑、振る舞い、性格をトレースし答えを導き出した。
今回はどうだろう。
この部屋に入って、トスカリー様と話す時間は十分あった。会話や仕草から人柄や思考、性格を導き出す。彼女は二面性がある。薄っすらとだが、それを感じた。ほとんどは、明るくおちゃらけた雰囲気なのだが、一瞬外見通りの委員長気質というか真面目な性格が見て取れる時がある。
「……………………」
そして、この試練の目的はアルと俺とを引き離すこと。
強制的ではないのは、救いと言えば救いなのだが。
普通に考えると、三分の一の確率で本物だ。アルが20人いて、そこから本物だけ選べというのなら無理ゲーと言えるかもしれないが、三人しかいない。
そして、仲間達との会話。アル達とは後で話せると言うことを加味すると、この試練は高難易度ではなく、適正になるのか。つまり、今までの試練の難易度と同じくらいか。
考えを最初に戻す。
何故強制的の別離ではないのか。それは二方向の意志が感じられる。アルは神が俺に貸し与えたもの。神は最高責任者的立場なのだろう。その意志を一方的に背くというのは難しい。だから、この試練は妥協の産物か。
では、アルを引き離したいと思ったのは誰か。
普通に考えれば、それは……。
「トスカリー様か…………」
小さく呟きが漏れる。
無音の闇の中、俺は思考の海に潜り続ける。
もしかしたら、トスカリー様は誰かに命令されてやっているのかもしれない。だが、それが誰なのかわからないし、俺の知らない人物で考えても意味はないことなのだろう。
スキルではなく、俺が持つ直感が告げている。
その直感に沿おう。
大事なのは、誰かが俺とアルを引き離したいと考えていることだ。
では、どうやって引き離す。
試練で俺が失敗すればいい。
では、どうやって失敗させればいいのか。
運任せ?いや、それはありえない。確率的な問題もあるのだが、俺が間違いをおかすように誘導しているのだろう。だから、三人のアルは一見しただけで別人とわかる個性がつけられている。だから、アルと話すことを許した?俺を見誤らせるために?いや、外見だけの特徴で見抜けという方が試練としておかしい話だ。
ならばと考える……。
それぞれの要素を繋ぎ合わせ、答えを見つけだす。それはまるでピースを正しい配置に組み合わせるように。普通のジグソーパズルとは違うのはピースには配置出来ない物が混じっていることだが。取捨選択しながら、様々な要素を照らし合わせていく。
「…………よし」
そして、粗方の方針を決め、目を開く。
目を開けると、仲間達がじっと俺を見ていた。
「ありがとう。落ち着いたし、考えがまとまった」
「アポロ、いけそう?」
リンが心配そうに上目遣いに問いかける。
「ああ。心配かけてごめん」
「主殿、自信のほどは?」
「確証はないけどな。
だから……」
真っ直ぐにリンとベクトラを見る。
「俺に最終判断を決めさせて欲しい。勿論、助言は聞くし、参考にする。だけど、アルの偽物を指定するのは俺に決めさせて欲しい」
アルとの別れは俺だけの問題ではなく、パーティー全員の問題だ。
だが、それを俺の独断と偏見で決めるという。
無論、責任を持つと言えば格好いいのだが、アルが居なくなることにどう責任を取ればいいのか思い浮かばない。それでも、俺は決めたい。
「主殿は何か考えがあるのじゃな?」
探るようにベクトラは聞く。
それに、俺はああと頷く。
ベクトラは俺の返事に表情を緩め、穏やかに微笑んだ。
「承知した。ベクトラ・レイラインは主を信じて任すとしよう。
ま、おかしいと思えば諫言はするつもりじゃが」
言葉の最後、ベクトラは茶目っ気混じりに片目を閉じる。
理不尽とも取れる俺の行動にベクトラの俺に対する信頼を感じた。主だからではなく、俺だからと言う意味で信頼してくれる言葉。それを俺は感じた。
「ありがとう」
思わず、ベクトラに礼を言ってしまう。
「何、拙者も自信がないのじゃ。試練を無事クリア出来る自信がないので、主殿が率先してくれるというのなら、安心して好き勝手言えそうじゃ」
「酷いな。けど、何だかんだ言ってベクトラは正解を選びそうだけど」
俺とベクトラは互いに顔を見合わせて笑う。
穏やかな、それでいて心地の良い空気が場に流れる。
すると、
「わ、私も!」
突然、リンが大声を出した。
「リン?」
いきなりの発言なので驚く。
「私も!えと、私もアポロの判断に任すわ!ほ、ほら私だと本物選んじゃいそうだし?」
バタバタと落ち着かない様子でリンは言う。
「確かに……」
「そうじゃのう……」
その光景が目に浮かび、俺とベクトラは揃って同意してしまう。能力云々より、そういう星の下で間違いを選びそうだ。
「否定してよ!ベクトラみたいに否定してよ!何で二人共声を合わせて同意するのよ!」
涙目でリンが抗議する。
すまない。リンはそういう星の下に生まれたんだ。
そう思って許して欲しい。
俺は、トスカリー様の方へと向く。
「アルを喋らせてもらえませんか?
あとソファーを移動させても構いませんか?」
話をしないと判別が出来ない。
だから無言を解除して欲しい。あと、座りながらというのは気勢が削がれるので立ちたかったというのもある。その際、ソファーは邪魔だ。端にでも動かそうかなと思った。
トスカリー様は無言で頷き、指を鳴らした。するとそれまで座っていたソファーが消え、アルが乗っている机の脚が伸びる。立っている俺達にちょうど良い高さの机になった。
そして……。
「響さん!このパチモノ共をサクッと刺し殺してください!」
「お腹空いたブウ。何故か凄い空腹をおぼえるブウ。
まず、話し合うよりパンを!ナイフよりパンの精神でだブウ!」
「アポロさん、私が本物でアポロさんがちゃんと私が本物だと気がついていると信じているのはわかってますから、とりあえず鏡を!
私の髪型がロングになってるのですよ!乙女心として、自分の姿を確認したいのです!」
各自、好き勝手なことを喋り出した。
わかっていたことだが、その自分勝手な発言に頭痛が再発する。
ふぅと溜息をついて、リンの方へ向く。
「リン。どのアルが欲しい?」
「ええっ!?」
「もう、俺としてはどうでも良くなってきた」
「「最初から諦めかけてますよ、この人!?」」
アルズ(複数形)が悲鳴をあげる。
仕方ないんだと俺は悲しそうに首を振る。
「いや、な。考えてみたら本物を判別するって凄い難しいような気がして。考えても袋小路に陥って罠に掛かりそうだから、いっそ適当に選んで、な。諦めようかと」
「諦めるって言っちゃってるー!」
「とりあえず、俺は色々疲れたから水飲んで少し休憩だ。
それまでリンに判別を任す」
「私っ!?」
いきなり話を振られ、リンは戸惑う。
「というわけで、アル。頑張れ」
それに構わず、俺は話を続ける。
俺の言葉にアル達は視線をゆっくりとリンに向ける。
ロックオン、完了。
「「リンさーーーん!」」
三人が一斉にリンの元へ。
リンさん、リンさんと三人のアルがリンに助けを求め訴え始めた。
「え、え、え?」
「リンさんなら、きっと私が本物だってわかってくれると信じてます!
だって、響さんと同じくらい長く一緒に居たんですからね!」
「そうだブウ。こんな姿でもわかってくれると信じてるブウ。というわけでパンをくださいだブウ」
「思い返せば、囚われのリンさんを助けようと最初に言い出したのは私でした。その恩を返して貰う時が来たようですね」
「一斉に話しかけないで!わかんなくなるから!一人ずつ、一人ずつでお願い!」
一人のアルでも大変なのにそれが三人だからな、大変だ。
人事のように、少し離れてアルに囲まれているリンを眺める。
アイテムボックスから水筒を取り出し、トスカリー様の方を見ると目が合った。水を飲んでもいいですかとジェスチャーで聞くと、頷きの返答があった。
では、お構い無くと俺は水筒を口に含む。
水が喉を通り、胃に落ちる。
仕組み的にはそうなのだが、潤いが体全身にまわっていく様に感じる。
疲れた体が水分を欲していたようだ。生き返るような味わいだ。
「主殿……」
何かを伺うように目を細めながら、ベクトラは俺に近づき話しかけてきた。
そして、俺はリンから目線を外し、ベクトラを見る。
瞳がかち合う。
すると、ベクトラの目が見開いた。僅かに開いた口元と共に、それが驚愕であることを告げる。
「とりあえず、苛立っても仕方ない。
いつも通りの空気にしてみて楽しもうと思ってな」
俺は笑ってベクトラに言う。
ベクトラは、一瞬きょとんとしたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「あい、わかった。
主殿がそういう考えならば、従いましょうぞ」
「ベクトラも水いるか?」
緩んだ空気のまま、アイテムボックスから別の水筒を取り出しベクトラに渡す。ベクトラは頷いて、水筒を受け取った。
「うむ、貰いましょうぞ。あと、ついでに甘いものがあれば……」
「お、いいな。頭使うからな。迷える羊のクッキーにしよう。それもスパルダさん製!」
「おぉ!チサン殿じゃなく、スパルダ殿のお手製か!」
「ああ!普段お店に出ないスパルダさん作だ。実はチサンのより美味しい!」
ポリポリとクッキーを食べながら俺とベクトラは会話をする。
美味い、美味いなと俺とベクトラはクッキーに対して感想を述べる。普段、あの店で食べいてる物より美味い。生地が違う、噛めばサクサクと小気味良い感触が、舌に当たればミルクと砂糖の優しい甘みが。鼻に香る芳醇なバターと蜂蜜の香り。喉を通れば、雪解けのような後味が染み渡る。
これが、クッキーなのか。今までのクッキーとは何だったのか。
そう思わせる一品である。
「しかし、何故チサン殿が作っておるのじゃ?
こんなに美味しいのじゃ、スパルダ殿が作ればよかろうに」
一気に食べるのがもったいないと言わんばかりに、少しずつクッキーを食べるベクトラの姿に、ちょっと可愛いと思ってしまう。目をキラキラと輝かせながら食べる様子はリスというか小動物チックだ。
「ん?どうしたのじゃ主殿?」
俺の視線を感じたのだろう。
不思議がるベクトラに何でもないと首を振る。
「スパルダさんは仕事量が多くて、そっちに手がまわせなくてな。デザート類はチサンの仕事になっているんだ。まぁ、ちょっとずつ仕事を任せて腕を磨いて、いずれはスパルダさん並の腕になれればなぁ……という計画もある」
「なりそうなのか、主殿?」
クッキーを食べ終え、ベクトラは悪戯混じりに聞く。
視界の端にトスカリー様がこちらを見ているのを感じながら、俺はベクトラに答える。
「なればいいなぁ……」
専門外なのでわからないというのが正直な感想だ。チサン曰く、スパルダさんは態度や人相がアレなだけで料理の腕は余人に及ばないほどらしい。最近では貴族からのラブコールも来るそうな。ただ、性格的にも向かないので断っているそうだが。せっかく流行りだしてきた迷える羊なので、経営者の俺としてもスパルダさんを手離すつもりはない。
「ククク……頂きは険しいということかのう。
しかし、チサン殿も才能はあるんじゃろう?」
「ああ。スパルダさんもそれは認めている。とりあえず今はホールの仕事も兼業しているが、いずれは料理一本にしようと思っている。だから今、迷える羊ウィズチサン改革プログラムを作成中だ。ミシェロに戻り次第開始したいと思っている」
人材こそ宝だ。
チサンにホールの仕事を任したのは視野を広げるため。お店というのは料理を作るだけではないと気づいて欲しいからだ。
わかったら次のステップへ。
「はは……主殿は冒険者か商人かわからぬ時があるな」
「たまーに俺もそう思う。机の上でウンウン唸ってる時間も増えてきた」
「ちょっと! アポロ、ベクトラ!
何で関係ないことで盛り上がってるのよ!私だけに任せてないでちゃんと手伝ってよ!」
リンの怒声が飛ぶ。
確かに。言われて見れば、完璧に休憩モードに入っていた。
「わかった、わかった。今行く」
ごめん、ごめんと謝りながらリンの元へ。
その時、チラリとトスカリー様を見たが、彼女は呆気にとられた様な顔で俺を見ていた。
俺はすぐに視線をリンに戻す。
「何かわかったか?」
と、聞くとリンは口を膨らせながら首を振った。
「全然わからないわ。思考回路も口調も似てるもの。
ただ、ことある事に体格が大きい方のアルが、パンが欲しいと言ってくるからイラッと来るわ」
皆の目線が力士体型のアルに向く。本物の力士とは違い、筋肉ではなく脂肪分多めだが。
「仕方ないブウ!この姿にされてから、非常にお腹が空くんだブウ!きっと、あの聖霊様の仕業だブウ!パンを寄越せだブウ!」
「本当にイラッと来るな」
語尾がブウ、ブウとうるさい。
馬鹿にされてるみたいだ。
「酷いブウ!」
仕方がないので、アイテムボックスからパンを取り出し、適当な大きさにちぎって与えてみる。アルは一目散にパンを手に取りムシャムシャと食べ始めた。
「区別つけるためにも、それぞれのアルに名称でもつけるか」
三人のアルを見ながら、俺は言った。
アル、アル、アルではどれが誰だかわかりづらい。
「まず、見慣れたアルはプロトタイプと呼ぼう」
「アルテミスの要素が完全になくなってますよ、響さん!」
プロトタイプが喚くが無視しておく。
次はパンを食うことに集中しているアルを向く。
「相撲」
「「ダイレクトなのがきました!」」
プロトタイプとまだ名称をつけていないアルが叫ぶ。相撲と名付けられたアルはパンを食い続けている。
俺が言ったことではあるが、自分の名称なのにどうでもいいのか。
「で、次は……」
髪がロングで謎の光の粒子を発しているアルを見る。
性格と態度を無視すれば、それは深窓の令嬢にも見えなくはない。
「お嬢」
「一周まわってマトモ!」
「羨ましい!」
「もう一個パンが欲しいだブウ」
三者三様に騒ぐ。
これで区別というか、呼びやすくなった。
とりあえず、パンをちぎってまた相撲に与える。これで相撲は静かになるはずだ。
「よし、名前はつけたが、どうやって弄ればいいものか……」
「「弄るって言ってます!」」
「判別すればいいものかの間違いだ、うん」
「アポロ、本当にやる気あるの?」
リンが半眼で睨んでくる。
後ろではベクトラがククッツと腹を抱えて笑いを滲ませている。
トスカリー様は頬杖をつき、目を細めてこちらを見ていた。
心配させないように俺は曇りのない笑顔でリンに返す。
「ああ。殺る気は十分だ」
「「言葉のニュアンスが変な気がします!?」」
プロトタイプとお嬢が騒ぐ。
ちっ、勘の良い奴らだ。
「取り敢えず、俺が適当に質問するから答えてくれ。話さないとわからない部分もあるし」
プロトタイプと相撲とお嬢を順々に見ていく。
三人も文句はないようだ。まぁ、相撲についてはパンを与えたお陰かもしれないが。
「では俺と出会った場所は?」
「荒野!」
「荒野だブウ。透明のアポロさんがいたブウ」
「荒野で神様に突然拉致されました!」
「では、初めての討伐クエストで出てきたボス的な存在のあのオーガ。アルが活躍したよな?何をした?」
「ポーションを受け取りました!」
そこで次に相撲を見る。
「等級は?」
俺の視線に相撲はパンを食べる手を止めて。
「五級か六級かだったブウ。高価なのは覚えているブウ」
「ハイハイ私覚えてますよ!五級でしたよね?」
お嬢が身を乗り出しながら、手を上げてアピールする。
「では次の質問だが……」
適当に思いついたことを聞いていく。
てっきり同じ思考回路で記憶も同じかと思えば、差があったりする。プロトタイプと相撲は同じ答えを出すが、お嬢だけがちょっと違う答えを言う。
「ふむ……」
一通り聞き終えて、俺は頭の中で整理を始める。
視界の端ではトスカリー様がじっとこちらを見ていた。
「アポロ、ねぇ……」
リンが俺を呼びかけてお嬢を見る。
俺は無言で頷いて返答する。
お嬢だけ俺との記憶に齟齬があるのだ。
つまり、偽物の確率が高いと言うわけだ。
「リンさんの意味ありげな視線が怖い!」
お嬢が騒ぐが、それを無視して俺は三人のアルに対して言う。
「次の識別作業だが……」
アルは、背中に針という武器を担いている。俺があげたものだ。使う機会はほとんどないが、大切に持ち歩いている。
それが、三人の背中にあることを確認して、
「殺しあって、最後に生き残った者を勝者と認めよう」
両手を大きく広げ、仰々しく俺は言った。
多分、格好良かったと思う。
「「何言ってんの、この人!?」」
「安心しろ。敗者は問答無用で偽物だ。死にたくなければ生き残れ」
「安心できる要素が一個も残ってないですよ!」
ベクトラに向き、目線で合図を送る。
すると、ベクトラは頷き、
「主殿、しかしアル殿は針じゃから、一人しか刺すことが出来ぬ。展開的に、少々まずいかもしれぬ」
両腕を組みながらそう言った。
理由を言わずとも話にのってくれるベクトラの度量に感謝する。
「ベクトラさん、何真面目に検討してるの!?」
針は剣と違って、先端しか殺傷能力を持たない。
殺すには突き刺すしか無い。深く突き刺した場合、抜くのには力がいる。その隙にもう一人のアルに刺される展開が予想される。
この勝負、先に動いたら負けという。決着がつかない三つ巴になってしまうかもしれない。
「それはまずいな……」
動かない勝負なんて見ていても面白くない。
かといってアル用の剣や斧なんて持ってはいない。準備不足と責められても仕方がないな、これは。
しかし木材加工しか出来ない俺に金属製の武器を作ることは出来ない。どうすればアル用に剣や斧を用意すればいいのだろうか。武器屋に頼めば作ってもらえるのか。
それは今後の課題にしよう。
問題は今だ。
「俺が敵役やるから、三人で立ち向かってくるのはどうだ?皆殺しにするつもりでやってやる」
「「この人もしかして馬鹿!?」」
「しかし、主殿。綺麗に皆殺しというのは難易度が高いと思うのじゃ。一人だけ生き残ってしまう展開が予想されるのじゃ」
確かに。
魔法を使って広範囲攻撃なら全滅させられるが、下手に武器を使って攻撃なら一振り一殺になり、結果アルが一人だけ生き残ってしまうかもしれない。
そうなると、生き残った物が勝者になる。つまり、アル達の頑張りではなく俺のさじ加減で勝者が決まってしまう。無差別といいながらも、俺の意思が反映してしまうのだ。
それはまずいかもしれない。目をつぶって剣を振るわけにもいかないし。
それにうっかり皆殺しにしても問題だ。偽物達が殺しても生き返る仕様なのかはわからないが、本物でも復活するのに時間がかかるのだ。待ちたくない。
「ちょっと、アポロ、ベクトラ真面目に考えなさい!」
俺とベクトラがあーだこーだ言っていたら、リンに叱られた。
トスカリー様はどう思っているのかと見たら、姿勢は変わらず、無表情のまま目を細めてこちらを見ていた。
リンみたいに、怒る雰囲気ではなさそうだ。
「リンさん、信じてました!」
「そうだブウ。信じてたブウ。あと、クッキーも欲しいだブウ」
「流石、私のリンさん!真面目!」
三人のアルが助かったと歓声をあげる。
「じゃぁ、リンは何か考えがあるのか?」
と話を振ってみると、
「え……」
リンは絶句して、うろたえる。
「確かに。文句を言うのならばそれ相応の案を持ってくるべきじゃろう」
ベクトラは腕を組んで、頷く。
真面目な顔で言ってはいるが、内心では笑っているのだろうな、ベクトラは。
「え?え?」
ちょっと面白くてずっと見ていたら、責められてると思ったのか、視線をさまよわせて、目を伏せる。
そして、ぼそっと、
「………………拷問?」
口を開いた。
一瞬、場が沈黙する。
「「一番残酷なのがきましたよ!?」」
「なるほどな!」
「響さん、喜々として言葉を受け取らないでくださいよ!」
「何かいいものあったけなぁ」
「アイテムボックス探らないでください、怖いです!」
処刑道具と拷問道具は別だからなぁ。
難しいところだ。
「世間話じゃが、とある部族では生きたまま表皮だけをナイフで剥ぎ取る拷問があると聞くのう。あまりの痛さに全てを話すという」
「ちょっと、ベクトラさん!世間話になってない!拷問方法をリクエストしてますよ!」
「なるほどな。リン出来る?」
「無理!無理!そんなグロテスクなの嫌!」
凄い勢いでリンは首を振る。
「リンさん、拒絶するなら拷問することを取りやめて!」
「やっぱ、血が出るとかは良くないよなぁ」
それとも、表皮だけだから出ないのか。いや、でもそんな器用なこと出来ないし、絶対に血が出るな、これは。
「拷問自体が良くないって気づくブウ!」
どうしたものかと腕を組んで悩んでいたら、
「くっくっく主殿。そろそろいいのではないか」
と笑いを滲ませながら、それでいて、きっちりと俺の目を見てベクトラが言う。
「答えは出とるのじゃろう?」
ベクトラの言葉尻は疑問形だが、確信を持った言い方だった。
「ええっ、そうなの、アポロ!?」
リンはベクトラの言葉に大きく目を開き、俺に問いただす。
ベクトラとリンの二方向から見つめられる。
「……まぁな。確証とは呼べないが」
「なら、はやく言ってよ!拷問しなきゃって思ってたじゃん!」
「「実はリンさんが一番危険でしたか、これ!」」
俺とベクトラは冗談で、アル達は半信半疑で喋っていた。
だが、リンだけはそのままに受け取っていたのか。
全ての視線がリンに集まる。
その視線に押され、リンは戸惑いながら、
「じょ、冗談よ!仲間よ、私達。そんなこと本気で考えるわけないわ!
で、でも。アルと離れ離れになるなら、痛いのぐらい我慢するのかなぁと思って?」
バタバタと手を振って誤魔化した。
誤魔化しきれているとは言い難いが、それは見なかったことにしよう。
俺は、咳をして空気を変える。
「弄くっていたのも反応を見たかったというのもあるけどな。全部が全部ふざけていたわけではないさ」
「くっく……」
「どうだか?」
ベクトラは笑い、リンは半眼で俺をジトーっと睨む。
仲間たちの信頼が痛い。
「では、トスカリー様」
俺は視線をトスカリー様へと向ける。
「…………」
トスカリー様は頬杖をついたまま俺の視線を真っ向から受け止めるが、声は出さない。
無言であることに俺は頷き、それでは、と俺は口を開く。
「このナイフで偽物達を刺していいですか?」
「……先に偽物を宣言してからにしてほしいね。ルールは最初言った通りだからね。順守してほしい。じゃないと失格だ」
「そうでした、そうでした」
やっと口を開いたトスカリー様に俺は軽い口調で返答する。
ルールは大事だ。
「では、アルの偽物ですが……」
本当は解答編まで一話に収めるつもりでしたが、予想より長くなったので次回で。今月末更新予定です。
あと、本日第四回ネット小説大賞にて『キャラクターメイキングで異世界転生!』がじ最終選考に残り、書籍化(予定、そのはず……)にあいなりました。
これからも頑張っていこうと思いますのでよろしくお願いします。
あと、あとですが。
ネット小説大賞のページで応援・お祝いコメントやっていますので時間に余裕があれば何か一言くれると作者が喜びます。