武器を素振りして進むのと同じ
本日二話更新です。
これが二話目なので、ご注意を。
飛ばされた場所は一本の通路だった。
大人三人並べば窮屈になるような幅の通路が真っ直ぐ伸びている。
通路の終着点にはまた魔法陣らしきものがキラキラと光っていた。床は灰色の石畳が敷き詰められ、白い横の壁には剥き出しの窓が等間隔に並んでいた。窓から外を見ると地面が遠くにあり、塔の上層部と分かる高さだった。
「ここが第一の試練です。向こうにある魔法陣に到達すれば、試練は合格とします」
案内人が魔法陣を指差して説明をする。
「それだけか?他にルールは?」
「ありません」
「そうか。どう思う?」
仲間達に問いかける。
するとベクトラは、
「十中八九罠があるじゃろうな」
腕を組んで断言した。
「一本道の通路ですからね。対抗馬としてはモンスターが突然出現して戦うみたいな。狭い通路ですから厄介ですね」
アルもベクトラの言葉に頷く。
「今ギブアップして、試練を変更してもらうのは可能なのか?」
「今ですか、アポロさん!?このヘタレ!」
アルの頬をつねりながら、俺は案内人を見る。どこからか痛い、痛いと聞こえるが気のせいだろう。
案内人は俺の目を見ながら、淡々と答える。
「挑戦者自身のギブアップは認めていません。こちらが試練を突破するのは不可能と判断した場合のみ試練が変更可能です」
「そうか……」
本気で試練を変更するつもりはなかったので問題はない。
しかし、俺の何を見たいのだろうか。
「ねぇ、案内人さん。この通路は罠が仕掛けられてるの?」
そして、リンが案内人に聞く。
案内人はリンの問いに首を横に振った。
「試練を体験する前に内容を答えることは禁じられています」
「ちっ、やっぱりそうですね。
さて、リンさん。出番です。ちょっと走ってきて確かめてください」
「何でよ!」
「絵面的にリンさんが罠にかかったら面白いからです」
「面白くないわよ!」
「ほら、爆発して髪型アフロになったら可愛いと思いませんか?」
「思わないわよ!なんで爆発してアフロになるのよ!?」
「お約束です!」
リンがアフロかぁ……。
その姿を妄想しながら、俺はアイテムボックスから両手大の石を取り出した。
「大体あそこぐらいだな」
今いる場所の先、大体5メートルあたりか。
きな臭いと思った場所目掛けて、石を投げる。
石は石畳に当たり、グボリという音を立ててそのまま沈み込んだ。つまり、穴が開いたのだ。
穴の開いた先からは硬い物がぶつかり合う音が聞こえた。
「落とし穴の先にはトラップか。多分槍衾だな」
俺の声に応える声があった。
「はい。ここの通路には幾つもの罠が仕掛けられています」
案内人だ。
「答えたのは試験を受けたとみなされたからか?」
「はい。受けた後ならば説明することを許されています。
隠していても意味がないことでもありますので」
「リンさんが突っ込んで行ったなら死んでましたね」
「わざわざ私に置き換えて説明するのは止めて」
「しかし、命がけじゃのう。通常の試練では命を奪うことはないと聞いておったが」
ベクトラは顎を擦る。
エルフが行っているユエルの塔巡りは死者はいないと聞いている。これはかかっていたら大怪我どころか死の危険があるだろう。
「これは通常の試練とは違いますから。それに、私達はこの試練で死ぬ可能性は無いと判断しております」
「煽りますね」
「それだけ、期待していると思ってください」
「でも、リンさんはその言葉を聞いて、やられたくなってウズウズしてますよ」
「リン殿はボケることに命がけじゃからのう」
「してないわよ!芸人扱いするの、やめなさい!」
「息も絶え絶えに「話が……違うじゃ……ないの……」と呟き、息絶える姿は圧巻の一言です」
「死んじゃってるじゃない!私仲間よね?扱いおかしくない?」
「では、アポロ殿どうするのじゃ?」
リンの目線から逃げながら、ベクトラは話題を変えて俺に聞いてくる。
ベクトラの着物をクイクイと引っ張りながら問いかけるリンの姿に哀愁を感じてしまう。
「コラ、リン殿。真面目な話じゃぞ」
「うぅ……凄い理不尽」
リンは涙目になりながら、すがるように俺を見る。
すがられても困るのだが。
「さっきみたいに確かめながら行くのですか?」
アルも追随して聞いてくる。
お前達は鬼か。
リンを弄るだけ弄って、真面目な話でリンの問いを打ち切るとか。
しかし、真面目な話題なだけに答えないといけない。
「ああ……どうしようか」
さっきのように、武器や持っている道具をぶつけて罠を確かめてもいいのだが、問題は罠が地面だけに仕掛けられていないことだ。
横の壁や天井すら怪しい場所がある気がする。
「アポロさん、直感がありますから。危険な場所大体わかりますもんね」
俺の目線に気がついたのか、何も言わずともアルが頷く。
「ああ。でも、それに頼りきって進むのは危険だな。見逃して罠にかかって死亡とか笑えないし」
致死性の罠が仕掛けられているのだ。
安全第一に動いた方がいい。
「案内人。質問なんだが」
「何でしょう」
「この試練はあの魔法陣に到達すればいいんだよな?」
この階に着いて最初に聞かされた言葉。
再度、確かめるために聞く。
案内人の緋色の目が真意を探るように俺の目を見る。
そして、
「はい。パーティー全員で到達すれば試練を突破したとみなします」
答えた。
パーティー全員でというのは、アルが通路の窓から外に出て、そのまま罠の無い外を伝って魔法陣近くの窓まで到達。それで試練クリアというのは認めないということだろう。
「そうか。ありがとう」
案内人の質問に礼を言って、思考にふける。
「アポロ、どうしたの?」
俺が行動に移さず悩んでるのを見て、リンが気遣って聞いてきた。
「いや、そうだな……もうちょっと試してみるか」
アイテムボックスから縄やら石やら武器を取り出していく。
「限りある資源は大切にしないとな」
色々、取り出したが限りがある。
それが尽きたら終わりだし、この先の試練に何がいるかわからない。
だから……。
「な、何でこちらを見るんですか、アポロさん!?」
「案内人さん、この試験は時間がかかってもいいのか?」
「ちょっと、それ私の復活時間のこと言ってますよね?そうですよね?」
アルは死んでも復活する。
時間はかかるが、復活する。
「時間は問いませんが、これは審査ということを忘れないで下さい。待たせすぎたせいで聖霊様のご機嫌が悪くなる恐れがあります」
「ちっ。アルの活躍出来る場面なのにな。残念だったな」
「残念じゃないですよ! 凄い嬉しいですよ!」
「まぁ、時間制限なしでもやれなかったけどな。依頼の期間もあるし」
しかし、今の状況は仕方がないとは言えカルネキの根はどうなったのだろう。
元々、リンの村へ来た目的はカルネキの根を取りに来たのだ。
しかし、俺が吸血鬼とバレたり、村が魔物に襲われたりでそれどころではなくなってしまった。
俺の今の状況は村を救ったとは言え、仮猶予つまり絶体絶命の一歩手前なのだ。気にしても仕方がないかもしれない。
そう自分の心を無理矢理納得させる。
「あ、言い忘れたけどカルネキの根はおじいちゃんが持ってたわよ」
「何ですと!?」
先程の決意を無駄にするような一言がリンの口から出てきた
「ち、ちょ、リン」
「ど、どうしたの、アポロ!?」
「カルネキの根あったって本当か!?」
「うん。あったわ。やっぱり倉庫に放置されてた」
「そんな世間話でもするように話されても、いやいいんだが」
「お、ちょっとアポロさん混乱してますね」
「そりゃするよ! 旅の目的だったからな。何でもっと早く教えてくれなかったんだ!?」
まくし立てる俺にリンはジト目で睨んできた。
「アポロのせいよ」
「え?」
リンは眉を寄せ、口をすぼめる。
「だってアポロの秘密のせいで頭がいっぱいだったんだもん」
「それは……すまん」
それを言われたら謝るしかない。
俺が悪いのだ。
「それにカルネキの根は村長が持っておる。くださいと言ってすぐ貰えるものでもあるまい。まず何より譲って貰うにはこの試練をクリアせねばならぬじゃろう。やることは変わりないのじゃ」
「そうだな」
言われてみれば、そうだ。
聖霊様信者の村長に今何を言っても無駄だろう。
まずは目の前の試練を突破することだ。
そのためには罠の通路を通らないといけない。
「さてと、やるとするか」
「どうするんです?」
「とりあえず、通路を燃やしてみようかと」
皆の前に数歩進み、アルの問いに答える。
「とりあえずが、それなんだ」
前にいるので顔は見えないが、うわぁと顔をしかめてそうな感じの声でリンの言葉が聞こえて来た。
「なぜ、燃やすのじゃ?」
ベクトラの問いに振り向いて答える。リンがこめかみ辺りを押さえているのは見なかったことにしよう。
「罠の部分は材質が違うからな。燃やしてみたら差が出てくるのかなぁと思って。間違っててもこちらに損はなさそうだし」
「案内人さんは燃やしたら駄目って言ってませんでしたもんね」
案内人は仮面をつけているので表情が見えず、何を思っているか読み取れない。けど、反対意見を言わないということはオッケーなのだろう。
俺は手を掲げ、集中する。
「火の力を願い。我は乞う。
求めるは、火龍の息吹。
逃れえぬ炎嵐が万物を打ち払わん。
我は其を生贄に灼熱地獄を望まん。
『フレイムストーム!』」
目の前の通路の一部が火に覆われる。
「通路全部は焼かないんですね」
燃え盛る火を見ながら、アルと会話する。
「それやるとMP枯渇すると思うし、効果なかったら骨折り損だからな。何より蒸し焼きは嫌だ」
ここは屋外ではないのだから、通路全体を火で覆ったらやばそうだ。
「しかし、魔法陣まで到達するまで確かめようと思ったら主殿のMPの殆どを消費するのじゃな」
「やってみないとわからないが、おそらくな」
「ふむ。ならば、リン殿にも手伝って貰うべきじゃな」
「そりゃ構わないけど……私の精霊魔法で火力足りるかな?」
精霊魔法は普通の魔法より柔軟性があるが、威力が劣る。
そして、俺の火魔法はレベル6と高いがリンの使える精霊魔法は初級だ。この差は如何ともし難い。
「まずは結果だな。それを待とう」
やがて火が消える。
すると、そこには。
「一部焦げたり、剥き出しになってますね」
そう、アルの言う通り。通路や壁、天井の一部分に黒く焦げた部分がある。そして、焼き焦げて罠が露出してる場所も。
床の石畳は少しわかりにくいのだが、横の壁と天井は白一色なので判別は一目瞭然だ。
「焦げた場所多いわね」
「確かめてみるか」
取り出した石を焦げた場所に投げてみる。
壁に当たれば、無数の穴が突然出現し、その穴から槍が飛び出てきた。
床に当たれば、カチンと音と共に小規模の爆発が。
天井には重たく鋭い斧の刃先が見え、その真下の床に石を当てると斧が落ちてきた。
「……武器ゲットだな」
それらの光景を見て俺は感想を述べた。
「ある意味逞しいわね」
落ちてきた武器をアイテムボックスに貯蔵していく。
「しかし、罠の場所が多いのう」
「ですね。というか、罠の設置場所が考えられてますね。製作者の意地の悪さがわかりますよ」
変色した場所は多いし、罠を回避した場所にまた罠が仕掛けられてる。
思いついて実行しただけだが、焼いて良かった。
「主殿。罠を虱潰しに踏んで調べていくので良いか?」
ベクトラの問いに俺は首を振る。
「いや、それは止めておこう」
変色した場所は罠の接地ポイントとわかったのだ。
これ以上罠を確かめる必要はない。
ファンタジー世界にはそんな構造の罠がないが、ここの場所はその考えはやめた方がいい。
「なぜじゃ?」
「罠の種類がわからないからだ。
モンスターを呼び寄せる罠だったりしたら厄介なのと、さっきの爆発の罠みたいなのがあったら怖い」
爆発が小規模とは限らない。
中規模、大規模な爆発だったら離れていても怪我をする恐れがある。
「しかし、炎で焼いたはずなのに誘爆せずに地面に触れた時だけ爆発するのは罠の鏡ですね」
アルが腕を組んで、製作者はわかってるとウンウンと頷く。
「罠の鏡って、言いたいことはわかるが……」
しかし、爆発系の罠はないと踏んで魔法を唱えたが、予想が外れて少し冷や汗が出る。
なぜ爆発しないかわからないが、誘爆していたら危なかった。
「これは聖霊様の試練ですので」
そこまで口に出したところで、案内人は口を閉じた。
「ですので?」
アルが聞くと、案内人は目を閉じて小さく首を振った。
言いたくないらしい。
「……まぁ、いいか」
罠の場所以外、焼き焦げの部分がなかった。塔自体がどうこうではなく、この試練のエリアは聖霊様の力が働いているのだろう。
監視者は何を見たいのやら。
思惑はわからないが、出来ることをしよう。
その後、リンに代わってもらい精霊魔法をかけて貰ったが効果はなかった。
ある程度の火力が必要らしい。
ということで、俺が魔法を放っては進みの繰り返しだ。
俺を先頭に少し距離を取りながらリン、ベクトラ、案内人と続いて進んでいく。
「流石にきついな」
アイテムボックスからMP回復のアラキドの実を取り出して口に含む。
カリッと口内から音が鳴る。
「ですな。このままでは主殿が消耗するだけじゃ」
「アラキドの実で回復するのにも限りがあるもんね」
持ってきているアラキドの実の量のこともある。
だが、それよりもアラキドの実の特性が問題だ。
アラキドの実は使うごとに回復量が減っていき、やがて使用しても回復しなくなるどころか毒になる。
「リンさんの魔法が役に立たないとは。何のためのエルフだかわかりませんね」
「それを言っては駄目なのじゃ、アル殿!
無能とか役立たずとかを仲間に言っては駄目じゃ、駄目なのじゃ!傷つくのじゃ!凄い傷つくのじゃ!」
「うわっ、何でベクトラがそんなに反応するのよ!?」
俺とリンはよくわからないが、アルにはベクトラの態度の豹変の理由がわかるらしい。笑いを堪えるように口を一文字に閉じながら頬を震わせている。
「まぁ、ポイントを使うしかないか」
予想よりMP消費量が激しく、回復が追いつかない。MPの減りは精神的疲れといっても良い。余裕を持たないといけない。
レベルアップ時に獲得したポイントを幾つかMPにまわす。
「いいんですか?ポイント使っちゃって?」
「ん……まぁ、仕方ない。安全第一だ」
ここでポイントを消費して良いのかと思うわけがないでもないが、下手に保持したままのせいで危険な状態になったら笑えない。
「命かかってますものね。ゲームじゃないんですし。
それに私もゲームではエリクサーを適度に使う派閥に属してますし、賛成です!」
「後半の例えが、前半言ったことを殺しにかかってるぞ」
アルとじゃれあいながら先に進む。
そして、
「ふぅ、これで終了か」
魔法陣に達する最後の道のりを焼いた。
これで、魔法を使うのは終わった。
「さて、行くか」
黒ずんだ所を避けて、いざ魔法陣へ歩き出す。
魔法陣まであと一歩という所、右足が地面に触れそうになる直前、体に強烈な悪寒が走る。
「…………ッツ」
その瞬間、腹筋を全力で使い体を横に捻らせる。しかし、地面に着こうとした左足は止まらない。止まらない足を強引に外側へと崩す。無理な体勢変更のせいで横転、体に強い衝撃が走る。
「…………がっ」
「アポロ!?」
「主殿!?」
「アポロさん!?」
「………だ、大丈夫。それより気をつけろ。多分、そこに罠がある」
俺が踏みそうになった場所。
そこを俺は指差す。
「でも、そこは……」
「焦げておらぬのじゃ」
そう。
そこは他の罠のあった場所とは違い焦げていなかった。
罠のない場所と同色。
「確かめてみる?」
そこに本当に罠があるか。
リンが聞いてきたが、俺はちょっと考えて首を振った。
「いいや。そこを踏まずに通ろう」
最後の最後に設置された罠の凶悪さ。
その罠を作成した人の性格を考えてみると、やめておいた方が無難と言える。
「これ、私達を殺しに来てるような気がするんですが……」
俺と同じような思考をしたのかアルが戸惑った声を上げる。
より一層気をつけて進み、やっと魔法陣まで俺達は到達した。
「これで一つ目の試練は合格です」
案内人は言う。
その際、俺の目を探るように見たような気がした。
「案内人さん、答えて欲しいんだが、あの場所には罠があったのか?」
案内人は二呼吸ほど溜めた後、口を開いた。
「ありました。命を奪うものではありませんでしたが」
前半は俺に後半はアルに向けて。
「では、どんな罠でしたか?」
アルが聞くと、案内人は。
「それに答えることは出来ません」
と、無碍無く却下され。
「では、次の試験へ」
そして、休む間もなく俺達は2つめの試練に飛ばされたのだった。
次回更新は3月10日前後を予定しています。