ついに吸血するのです
「とりあえずステータス関連はこれでいいか」
「そうですね。色々片付きましたね。
けど、一個やっかいな問題が残ってますよね?」
アルは少し邪悪めいた笑い方で俺を見る。
それで、アルが何を言いたいかわかった。
「ああ……」
仲間に俺の秘密を伝えた。
異世界人であることも、この世界では俺がダンピールであることも。
ただ、言ってないことが一つある。
リンやベクトラは気がついているのかわからない。
それは……。
「ねぇ、それは私が聞いちゃ駄目な話だよね?」
後方から突然声が聞こえた。
「………リン!?」
そこにはリンが立っていた。
気まずそうに髪をいじりながら、俺の横に座る。
「ごめん。実は話をずっと聞いてた」
「うるさかったですか?」
アルが聞くと、リンはゆっくりと首を横に振った。
「ううん。色々考えてたら寝れなくてね。アポロがこの世界の人じゃないと思ったら、つい……ね」
焚き火に照らされて映る横顔は少し憂いがあるように見えた。
確かに、リンに伝えたはいいが伝えた本人にとっては衝撃の事実なのだ。
「で、考えてたらアポロとアルの話し声が聞こえてね。ずっと聞いてたわ。けど、この先は聞いちゃいけないような気がして声をかけたの」
「いや………」
リンは俺が重大な事実を隠してると思っているのだろう。
俺の言葉を遮るようにリンは言う。
「大丈夫。信じてるから。
アポロが私達を大切に思ってるってわかってる。
言うべき時が来たら言ってくれるとわかってるから」
焦るように、早い口調。
語勢は弱く。
リンはまるで自分に言い聞かせるかのように言葉を出す。
「リンさん………」
アルは傷む者に声をかけるようにリンの名前を呼ぶ。
……確かに。
俺が異世界人であることを、この世界の人物であることを。
そして、ステータスのこと。
色々喋った。多大な衝撃を受けたのだろう。
でも、まだ俺が隠していることがある。
話した部分でこれなのだ。隠していることは一体どれほどの事なのかとリンは疑心暗鬼になっているのだろう。
「リン……あのな」
だから、俺に言葉を言わせない。
怖いから。
「そ、それに消化不良?
そう!消化不良。考えることが一杯あって落ち着かないし。
新しい事実は控えてもらうのがお互いのためによいかなー、なんて……」
手を振って、リンは早口で俺の言葉を遮る。
翠色の瞳が揺れる理由は不安と恐怖。
だが、違う。
違うんだ。
俺が言えなかったのは……。
「恥ずかしかったんだ!」
「え?」
リンの表情が、動きが停止した。
俺の言葉が脳に届き、内容を理解しようとしてエラーが起こっている。
恐らく、その状態なのだろう。
だが、俺も自分から進んで言うことが出来ない。
「リンさん、リンさん。アポロさんの種族を言ってみてください」
見かねたのか待ちきれなかったのか、アルが助け舟をリンに出した。
八つ当たりだとわかっているが、思わずアルを睨む。
だが、アルはヒクヒクと笑いを我慢するように口元を震わせながら素知らぬ顔をしている。
「ダンピール……?」
「そう、そうです! では、リンさん。
ダンピールの持ってるスキルは?」
「……魅了?」
「違う! もう一個あるでしょ」
「もう一個…………あっ!」
少し思案して、リンは気がつく。
俺がダンピール、吸血鬼であること。
その名前の意味に。
「吸血鬼は名前の通り吸血しなければいけないですからねぇ」
「いや、しなければならないわけではないぞ。
今まで吸血したことないし」
最後のあがきとして、一応ツッコンでおく。
だが、アルは俺の言葉を意に介さない。
ニンマリと笑うだけだ。
「でも、アポロさん吸血衝動出てるでしょ?」
「嘘!?」
リンが悲鳴をあげる。
そして、ベクトラが寝ていることを思い出したのか、ベクトラの方に首を一度向けてから、ヒソヒソと小声で俺に話しかける。
「ねぇ、吸血衝動って本当なの?」
「…………ああ。軽いものだが、ある」
否定することが出来ず、俺は認めた。
「喉の渇きをおぼえるんだ。水を飲めば収まる。
まだ、その状態だ」
吸血衝動の初期症状なのだろう。
今は水を飲めば解決するが、いずれ水では渇きは満たされなくなる。
血を求め始めるのだ。
それがわかる。
「もう一個吸血衝動があるでしょ、アポロさん」
くししと喉の奥を鳴らしながらアルは笑う。
コイツ面白がっていやがる。
アルだけがこの状況を楽観視している。
「………………」
俺が何も言えず、黙っていると。
「ねぇ、もう一個は?」
リンが尋ねてくる。
アルを睨むが、効果がない。
「ねぇ、お願い」
再度、リンが尋ねる。
答えるかわりに、俺はリンの顔を見た。
だが、それは間違いであった。
「………………っ」
そこには、祈るように手を組み、目尻に涙があるリンの姿があった。
瞳には心配、不安、戸惑い、恐怖が入り混じっていた。
様々な感情が渦巻いていたが、そこにあるのは全て俺への気持ちだった。
純粋に俺を思ってくれているのだろう。
だからこそ、俺は恥ずかしくても言わなくてはならない。
アルが茶化しても、アルが面白がっても、アルに殺意が湧いても。
「………リンの……リンのっ、く、くび、首すじに目を奪われるんだっ!」
「…………え」
その声と共にリンは二度目の行動停止。
「え、と、その、首筋?」
行動停止から復活。
だが、錆びた機械のようにギクシャクとした動きでリンは話を続けようとする。
動くことになったのはいいのだが、動き出すに比例してリンの顔に血流が流れ赤みがかっていく。
「……うん。ふとした時に目が行く」
多分、俺の顔も真っ赤なのだろう。
お互いの顔色のことをどこかの棚に投げ捨て、話を進める。
「血を……吸いたいの?」
リンは首筋に手を当てながら聞いてくる。
その細い手が白いうなじに当たる。
嫌な欲求が湧きそうになるのを首を振ってどこかに飛ばす。
「わからない……微妙に違うと思う」
リンの問いに、俺は本心を打ち明ける。
心臓はドキドキと脈打つ。
そのスピードに乗せられるように、口数も多くなる。
「首筋に目を奪われるのは確かだけど、それだけなんだ。血が欲しいから首筋を見るんじゃなくて、むしろ……」
余計なことを言ってしまうほどに。
「むしろ……?」
そこで話を打ち切った俺だが、促すようにリンは俺の言葉を繰り返す。
だが、言えるわけない。
「いや、何も……「性的な感じですよね?」アルゥゥゥ!!!!!」
何もない風に演技をしようとしたら、アルが言葉を被せてきた。
思わず立ち上がり、アルを叱る。
だが、立ち上がったということは、アルの言葉が事実であるということを雄弁に物語っていたことでもあった。
「え…………」
その言葉と共に、ずさぁーと音がしてリンの距離が座ったまま離れた。
一人座れるぐらいの距離が空いた。
き、きらわれた……?
「……殺せ。もう殺してくれ」
「あの……性的って……」
リンさん、話を進めないでくれないですかね。
俺は力無く崩れ落ち、顔を見られないように俯いて、打ちひしがれた。
何を言ってもドツボにはまりそうだ。
「ほら、男の子が女性の胸とか太ももとかに目を奪われるあれですよ」
アルは軽い調子でリンに説明する。
そんなにわかっているのなら、もう俺がいない所で話して欲しい。
「え?え?」
音から察するに、リンは身をよじり、自分を守るようにぎゅっと自分の体を抱きしめたのだろう。
そうだよな。
嫌だよな、性的な目で見られるの。
「鼻の下を伸ばすんですよ、アポロさん。リンさんやベクトラさんの首筋見る時は」
「…………嘘?」
「あれ、気がつきませんでしたか?」
俯いているのでわからないが、多分リンは頷いているのだろう。
しかし、バレてなかったのか。
自分でも自制していたお陰だろうか。
ああ、そういえばカルネキの根ってどうなったんだ。
現実逃避をしていても否応無く話は進む。
「だって、私胸が少し小さいから、色気とかないと思ってた。だから、アポロから性的な目で見られてると思わなかった……」
もう、俺がいないと思って会話してるよな、これ。
距離が開いたけど、すぐ近くに俺がいるんですけど。
「性癖は人それぞれなんですよ」
優しくいたわるようにアルはリンに言葉をかける。
優しいのはいいけど、性癖って言うな。
「大きな胸に惹かれる人もいれば、小さな胸じゃないといけない人もいる。
熟女じゃないといけない人もいれば、幼女じゃないといけない人もいる。
アポロさんにとって、それが首筋なんです」
もう殺せ。
違うから。
きっと違うはずだから。
「そうなんだ……」
そうじゃない。
そうじゃないと言いたいけど、言えない。
「だけど、勘違いしてはいけませんよ、リンさん。
それは種族のせいなんです。吸血衝動のせいでアポロさんは首筋フェチになってしまってるんです。ねぇ、アポロさん」
ここで俺に話を振るのか。
いないものとして扱って欲しかった。
「アポロさんが首筋に目を奪われるようになったのは、ダンピールになってからですよね?」
再度、アルは俺に話を振る。
俺は俯いていた顔を上げた。
すぐ横を見ると、一人分あった距離が少し縮まっていた。
「……ああ。この世界に来てからだな首筋を見てしまうのは」
縮まった距離は何故なのか問いたいかわりに、アルの質問に答えた。
「やっぱり血を吸いたくなるの?」
そして、今度はリンから。
「……………」
だが、リンの問いに答えられない。
首筋を見るのは吸血衝動だが、話したように血を欲するわけではない。
俺が答えを迷っていると、アルが答えやがった。
「むしゃぶりつきたいんですよね?」
「ええっ!」
ずさぁっとリンがまた遠のく。
「アル!」
強い調子でアルの名を呼ぶ。
だが、アルは一瞬だけ真面目な表情を俺にだけ見せ、すぐに元の調子に戻った。
サプライズパーティーが本人にバレたので、もういっそ喋りましょうというノリでアルは言う。
「アポロさん、観念しましょうよ。
吸血衝動のせいでそうなってしまったのです。恥じることはないです。むしろ、仲間に秘密にしていることが駄目なのです。信じて打ち明けましょう」
「リンが嫌に思うだろ!」
そう、それが問題なのだ。
俺のことはもうどうでもいい。
だが、リンだ。
仲間に性的な目で見られるというのは嫌悪すべき問題なのだろう。
一人分以上空いたその距離。
今いる俺とリンの距離がそれを物語っていた。
「………い、嫌がってない……」
小さく、か細い声がリンから聞こえてきた。
背を丸くして首筋を守るように肩をすぼませながら体操座りをしているリン。顔は隠れて見えないが、耳元が赤く林檎のように真っ赤に染まっていた。
「……い、嫌じゃない。恥ずかしい……けど」
聞き間違いと思う気持ちを否定するように再度リンは言う。
「ほら、リンさんも許してくれてます。
仲間が困ったら助ける。そういう気持ちですよ。
ダンピールの吸血衝動のせいなんですから、しょうがないですよね!」
アルの声に対応するように、リンの頭が上下に動く。
「いいのか……?」
俺の言葉に。
リンはじっくりと観察しないとわかないくらい、小さく。
だけど、はっきりと頷いたのだった。
少し落ち着いて。
リンの血を吸うことになった。
別に今吸わなくてもいいのだが、今吸わなかったらいつ吸うことになるのかわからなくなる。
話の流れで、そうなったのだ。
座っている状態ではやりにくいので、お互い立ち上がる。
焚き火を横にして、俺とリンは見つめ合う。
「では、どうします?」
血を吸うためにリンに近づこうかと思った瞬間、アルがそんなことを言った。
「………どうするとは?」
言葉を間違えないように慎重になりながら、アルに言葉を返す。
血を吸うんだよな。
吸ってもいいのだよな。
リンの首筋に口をつけてもいいんだよな?
「ほら、アポロさんって血が吸えればいいんだし、指先をちょこっと切ってもいいんじゃないかなっと」
「…………そうだな」
考えてみれば、そうだ。
俺の目的は血を吸うわけで、首筋にむしゃぶりつくわけではないのだ。
……うん。
何故かテンションが下がっていくのを感じながらも、論理的に考える。
「あ、でも、指先を切るのもあれですね。
ベクトラさんが寝てますので回復できないですね。ちょこっとの血で済むならいいのですが、そこそこ血がいるのなら指先をバッサリ切らないといけません。そうなると、バッサリ切るのは辛いですから首筋のほうが無難でしょうか?」
アルは思考しながら話す。
俺達に話してはいるが、自問するかのように言葉を紡ぐ。
「まぁ、リンさん次第ですけど……どうします?」
そして、最後にリンに投げた。
恥ずかしかったら指先でもという優しさなのか。
それとも、また別のものなのかはわからない。
「………………」
立ったこと、そして、焚き火を正面の位置に移動したこと。
そのことによってリンの顔は陰影がついて、どのくらいの赤さかわからない。
助け舟を出すべきかと迷ったあたりで、
「………お任せ……します」
小さく返答があった。
リンは顔を俯かせ、手をぎゅっと握りしめた。
選択権は俺へとまわる。
ここで、やっぱりリンに任せると選択肢をリンに返すわけにはいかない。
それは優しさではなく、ヘタレなのだ。
……俺は覚悟を決めた。
「………じゃあ」
俺が声を出すと、リンの体がビクンと震えた。
カサッと地面から音が鳴る。
俺が一歩近づいた音だ。
その音に、やはりリンは体を震わせた。
「……………いくぞ」
リンは固まったまま動かない。
だけど、それに構わず俺は動く。
許可はもう得たのだ。
再度確認するのはリンの決意への侮辱しかない。
俺に出来るのは、いきなり行動に移して驚かせないという配慮ぐらいだ。
もし、もしの話だが、俺に女性相手の経験値があったならここまでリンを怖がらせなかっただろう。
だけど、女性相手の経験値がなかったゆえにここまでこれたかもしれない。
リンの華奢な肩をガラス細工を扱うかのように繊細に、優しく、掴む。
「………んっ」
リンの体はさらにこわばる。
どんどん体は固くなっていき、嫌がっているようにもとれる。
だが、リンは俺が血を吸いやすいように僅かにだが、首を傾けた。
「………………」
ここまで近ければ、顔の色は嫌でもわかる。
いや、顔どころではない。
首筋まで全て、赤く色づいていた。
ゆっくりと、リンが怖がらないように首筋に。
「んっ…………」
俺は口づけをした。
自分が嫌になる。
仲間に、牙を立てるのだ。
牙を立てるのに、傷つけるのに。
止めたくないと思ってしまったから。
「……つっ……大丈夫……ちくっとしただけだから……やって」
首筋に、リンの柔肌に牙を立てた時、痛みの声が漏れた。
思わず止まる。
俺の静止にリンは止めないでと言う。
互いの顔はわからない。
俺は首筋に立てた牙を深く立てる。
「…………んんっ……あっ……」
リンの血が俺の口に入る。
甘く蕩けるような味だった。
鉄のような金属的な味ではなく、果実のようなフルーティーさが口の中に広がる。
「………あっ………んんっん……」
蚊のようにリンの首筋から血を吸い付ける。
辛いのだろうか。
リンの両手は俺の背中に回され、きつく抱きしめられていた。
血を吸うと、俺を抱きしめる両手に力がこもる。
それはいいのだが、問題は……。
「………ああっ………んっ………」
リンが艶めかしい声を出すことだ。
痛みでこんな声が出るのだろうか。
血を貰っている立場なので、声を我慢してもらえないですかねとは言いづらい。
とりあえず、吸うスピードを遅くしてみる。
「…………んんっ………ん!……」
………………。
効果がなさそうだ。
よし、速くしてみよう。
「………あんっ……やっ………んんっ……」
……………。
少し声が激しくなったようだ。
血を吸っているだけなのに。
いや、その言い方もおかしいけど。
血を吸っているだけなのに、変な気分になりそうだ。
「………んんっ……ま……まだなの?……」
「ごめん。もう少し…………」
初めての吸血だからなのか、それともこういうものなのかわからないが血を吸ってはいるが、その口の中に入る血の量は微量なのだ。
ごくんごくんと飲むというより、チューチューと吸っているのだ。
速くすれば声は乱れるが、吸血の時間は早く済む。
遅くすれば声はマシになるが、吸血の時間は遅くなる。
「…………んんっ…………やっ……」
無心になって、吸血する。
……………。
……こうして、初めての吸血という名の試練が終わったのだ。
「…………やっ…………あっ……」
終わったのだ!
「…………………」
「…………………」
もうリンの顔が見れない。
だが、それはお互い様のようだ。
俺とリンは互いに顔を背けあっている。
「いや~、なんかエロかったですね。私ドキドキしましたもん!」
アルの明るい声だけが闇夜に響く。
わかってても、言わないで欲しい。
「リンさん、首筋を押さえてますが痛むのですか?」
「えっ!」
思わずリンの方を向く。
すると、リンも俺の方へ顔を向ける。
お互いの視線が交差する。
「……………っ」
「……………っ」
気恥ずかしくて、互いに目を逸らす。
リンを視界の端におきながら、俺はリンに尋ねる。
「痛むのか?」
「……違和感?ちょっと痒い感じが、するの?」
恥ずかしくなってはいるが、会話出来るみたいだ。
どうやら嫌われてはいないようだ。
しかし、痒いって。
それは……。
「スキルの効果ですよね、それ」
アルがボソリと呟く。
「えっ!?」
忘れていた。
そういえば、そうなのだ。
さっきとは違う意味でリンのことが見れない。
だが説明しないわけにもいかない。
ステータス画面を開き、吸血のスキルをタップする。
============================
・吸血
相手から血を吸うスキル。
吸血の際、相手に痛みを感じないが痒くなる。
吸血の跡はキスマークになる親切設計。
============================
「何なのよ、これ~!!」
リンのツッコミが闇夜に響いた。
あと、肩を掴まれて揺らされました。
うん。ごめんとしか言いようがない。
というより、吸血スキルの説明若干変わってないか、これ……。
吸血スキルの説明が若干リニューアルされてます。