ユエルの塔登り
「何でユエルの塔に登らないといけないのです?」
「それに私達って言いましたよね?」
俺とアルがそれぞれ疑問に思ったことをムラオルさんに尋ねる。
ユエルの塔はエルフ達にとって大切な物のはずだ。それを何で部外者である俺が登るのか。それに、ユエルの塔登りはムラオルさん達が終わらせたはずではないのか。
「うむ。それなんだがな……」
ムラオルさんは髭をさすりながら、言いづらそうに言葉を詰まらせる。
「聖霊様の代理様がアポロ殿とその仲間達を連れてこいと仰ったのだ」
「え?」
何で俺を?
異世界人だからか?
それに代理人というのはどういうことなのか。
様々な疑問がわいて混乱する。
「それで……」
その様子をムラオルさんは静かに観察していた。それがわかるので、混乱を押し留め、口を開く。
「何故俺達を?」
「詳しいことについてはワシにもわからない。連れて来いと言われているだけだ。
そして、アポロ殿のことについて聞くことも禁じられている」
「禁じられているってさっき聞き出そうとしたよね、おじいちゃん」
うろんな目でリンはムラオルさんを見る。
「なに、聞くのは禁じられているがアポロ殿が勝手に喋る分には問題ないと思ってな」
ムラオルさんはそう言って笑うが、目が笑っていない。
俺がダンピールであることを危険視しているのだろうか。なんとなくそんな感じはしないのだが、それしか思い当たる要素はない。
「アポロ殿も身にしてみてわかっとるだろうが、最近リゼットの村周辺での魔物の発生がおかしかったのだ。魔物の凶暴化、新種の魔物、そして極めつけはあの植物モンスターだ」
「ええ。あんな奴見たことがなかったです」
俺が倒した植物モンスターのアリエルは規格外だった。
見た瞬間、敵わないとわかった。
それほどの威圧、迫力があった。
「発生したのも別の空間からという。信じられないことだが、証人も複数いる。あり得ない現象だ」
そうなのかとリンやベクトラに視線を向けると頷きの返事が返ってきた。
「元々、ワシ達は魔物の沈静化のためにユエルの塔を登っている。無論、今回もだ」
「ええ、そう聞いています」
リゼットの森はある時期に魔物が活発になる周期があり、その時期ユエルの塔に登り聖霊様にお願いをだすという話だ。
「だが、今回の魔物の発生は代理様も予想外とのことらしかった。故に、アポロ殿達を呼んだのだろう」
ま、予想だがとムラオルさんは髭をさする。
「わかりました」
「では、早速だが今から向かってもらおうか」
話が落ち着いたと思ったら、ムラオルは恐ろしいことを言い出した。
「今から!?」
「大丈夫。場所はリンが知っているから」
「そっちの心配じゃないですよ!
今からって急すぎやしませんか!?」
負傷して、起きたばっかりだ。
体の異常がないかを調べる意味でも一日は欲しい。
「なんと!? アポロ殿は聖霊様の代理様をお待たせするつもりか!」
信じられないと目を大きく開けるムラオルさん。
そして、驚くほど怒気の入った声。
一体何なのか。その豹変ぶりに戸惑う。
俺、変なこと言ってないよな。
「あー、おじいちゃんの悪い病気が出た」
ミルファがボソリと呟いた。
病気?
リンを見ると、呆れ顔で首を振り、
「おじいちゃんね。聖霊様の大ファンなの……」
と答えた。
「大ファンって何なのでしょうね?」
アルが俺に聞く。
「よくぞ、聞いてくれた!」
「いや、アルは俺に……」
俺の言葉を遮り、ムラオルさんは語りだす。
「そう、あれは昨日のことのように思い出す。あの美しき聖霊様のお姿を!」
口角に泡をため喋るその姿はヤバイ薬をきめてる人みたいだ。
うわぁ……。
「アポロさん、ヤバイですよこの人。私、先程から震えが止まらないのですけど」
アルは俺の首元にひしっと抱きつきながら言う。
俺も逃げたい。
だが、ムラオルさんの話は続く。
「あの出会いは素晴らしかった! 珍しく塔から出たお姿は陽光を浴び、光輝いていたのだ! そう!普段は塔に閉じ籠もっておられるのに、ワシの前においでくださったんだ! その時、ワシは運命を感じたのだ!」
「それ、勘違いじゃ……」
ボソリと俺にだけ聞こえるようアルは言う。
俺もそう思う。
聞きたくもないムラオルさんの話はまだ続く。
「そう。それからだ。ユエルの塔登りがワシの使命となったのは。無論、塔登りの時期ではない時も欠かさず聖霊様の元へ馳せ参じる! 聖霊様はお忙しく、会えることは稀だったが、ワシは欠かさずユエルの塔に登った!」
「エルフって変な人ばっかりなのでしょうか」
アルは震えながらそう漏らした。
その言葉を聞いてミルファは苦笑いをして、リンとベクトラは顔を背けた。
うん。なんだ。
その反応は見なかったことにしよう。
「そして、ついに聖霊様からワシは『ストーカー』の称号を賜った!」
「うわぁ……」
「凄いこと言われてるな、この人……」
「意味はわからないが、長いエルフの歴史からでもこの称号を授かったのはワシしかいない!その称号でワシは他のエルフにも一目置かれておる!」
ムラオルさんは鼻息荒く言う。
「なぁ、この世界ではストーカーという言葉はないのか?」
ここは異世界。異世界の言語があり、文字がある。だが、俺は異世界の言葉ではなく日本語で話しており、それが通じている。便利な翻訳魔法でもかかっているのだろう。違和感なくコミュニケーションしてきたのだ。それなのに、ストーカーという言葉だけが通じないのか。
「わかりません。ストーカーの言葉自体が出来たのは比較的新しいからなのか、それとも意図して省かれてるのか……後者っぽいですけど」
「ねぇ、アポロ。もしかしてストーカーの意味を知ってるの?」
アルとヒソヒソと話していたら、リンが訝しんで聞いてきた。
「なんと! 本当か、アポロ殿!?」
自分語りの世界に入っていたはずのムラオルさんが、リンの言葉を聞いて身を乗り出して聞いてきた。
「いえ、ムラオルさんは聖霊様から称号を頂くほど凄いんだなと話してただけです」
この時ほど自分を褒めたいと思ったことはなかった。さも自然に振る舞えただろうから。
「そして、もっとムラオルさんの話を聞きたいと強く思ってます」
にこやかにムラオルさんに言う。
「おお! 話の途中でしたな!」
ムラオルさんは俺の言葉で機嫌がよくなり、また自分の世界へと旅立った。
よし。
「絶対知ってるでしょ」
「くっく、流石じゃ主殿は」
リンがジト目で見ても、ベクトラが声を押し殺して笑っていても俺の言葉は変わらない。というより、自分の祖父がストーカーだったと知ったら辛いぞ、リン。
「というわけで今から出発してもらうぞ、アポロ殿」
「わかりました……」
ムラオルさんの長い話が終わり、今から行くことが決定された。
俺はもう反論する力がない。狂人に対抗するより折れた方がいいのだ。
「んじゃ、準備して行くか」
ベクトラとリンを見て言う。
仲間と言えば、この二人だ。
だが、
「はい! 私も行きます」
ミルファが手を上げて参加を名乗り出た。
「ミルファ!? 遊びじゃないのよ!」
姉として、リンが真っ先にミルファを諌める。
「でも、私だってアポロさんの役に立ちたいの! 恩返ししたいの!」
「助けられた恩を身体で返すとはリンさんと同じですね。健気じゃないですか」
「ぐっ……で、でも……」
自分も似たようなものと思ったのか、リンの語勢が弱まる。
「何が起こるかわからんのじゃ。ミルファ殿を連れて行くのもありではないか?」
「お、ベクトラさんも良い事言った!」
ベクトラも助け舟を出してきた。
反対するのはリン一人。
折れるのも時間の問題かと思った時だった。
「ならん!」
ムラオルさんが重く静かな声で言った。
その言葉は部屋中に静かに伝わった。
「何で!?」
祖父に反対され、ミルファは立ち上がって抗議をする。
「聖霊の代理様から言われておるのは、アポロ殿とアル殿と他2名と言われている」
「そんなぁ!」
代理の人に命じられていたら無理だろう。
ミルファはがっくりと崩れ落ちる。
でも、何かに気づき顔をあげる。
「2名って誰でもいいの?」
ミルファの言葉にムラオルさんは首を振った。
「いや……明言されてはいないが、ダークエルフと言われているのでベクトラ殿のことだろう」
「うむ。アポロ殿の家臣じゃからな、拙者は」
「そして……」
ムラオルさんはゆっくりとリンの方を向く。
「胸の起伏の少ない不幸そうなエルフと言われたらリンのことだろう」
「酷くない!?」
「ああ~」
「納得しないでよ、アル!」
「大丈夫じゃ、リン殿。世の中には貧乳はステータスだと言い張る男の人もおる」
「そんなこと言う人嫌なんだけど!」
「お姉ちゃん……」
「ミルファもそんな目で見ないで!」
はぁはぁと息を吐きながらリンが叫び続けた。
俺は発言していないのにリンに睨まれている。
解せぬ。
「リン。代理様は我らより上におわすお方。一々、個のエルフの名前については認知していないのだ」
「特徴覚えてるなら、名前くらい覚えてもいいじゃない!」
悲痛の叫びをあげるリン。
俺もそう思う。
次回の更新は9月2日前後を予定。