こっちは慈善事業でやってるわけではないですからねぇ
「………………」
闇の海に俺がいた。
何か理不尽なことを言われ続けていたような気がするが思い出せない。
海の底。
本当なら窒息していてもおかしくない状況なのに、息苦しさを感じること無く俺は海の中をたゆたっていた。
ゆらゆらと流れる水がひんやりとして心地よい。
気を抜くと意識を失いそうだ。
思い出せないことは思い出せないのだ。忘れよう。このまま、気持ちのよい空間に身を任せよう。
しかし、上。海面の方から強い光が差し込んできた。
何だろうか。
「だからですね。ミルファさんが気にする必要はないのです」
そして、見知った声が聞こえた。
誰の声だろうか。知っているはずなのに、聞き覚えがあるのに誰なのかわからない。
「ミルファさんの気持ちもわかります。家族ですものね。庇いたい気持ちになるのは痛いほどわかります」
俺はたゆたうのを止め、光が差す方向へ泳ぎだした。
声はまた聞こえる。
「けれど、家族だからこそ正しい道へ連れて行くべきではないでしょうか」
高く澄んだ声。
鈴の音のような爽快感もあるけれど、ウザいとも感じてしまうその声が。
「人には正しい道があり、物には正しい値段があるのです。借金を返すのが人の道。槍が本当の正体を現せば、その価値に応じて値段が跳ね上がるのが道理。わかりますよね、ミルファさん?」
「…………うん」
やばい。
何かわからないけど、やばい。
何かが俺を覚醒しろと急かす。
わけもわからず、俺は光が差す方向へ一直線に泳ぎだす。
「……………」
目が覚めると、見知らぬ天井がそこにあった。
どうやら、俺は寝ているらしい。
何で寝ているのだろうか。
「リンさんは道を迷ってらっしゃるのです。だから妹のミルファさんが指し示すのです。借金を返してと」
聞き覚えがある声が聞こえたので、首を横にすれば小さい妖精と幼いエルフの女の子が話し合っていた。
アルとリンの妹のミルファだ。
「リピートアフターミー。
『借金、返して』」
「借金……返して」
「おい……」
たまらず、声をかける。
何をやってんだコイツは。
起き上がろうとすると、体が固まっていて上手く動かない。
「「アポロさん!?」」
俺の姿を見たアルとミルファは目を丸くして声を上げた。
驚きすぎじゃないのか?
「大丈夫ですか?」
「大丈夫って何がだ?」
「無理しないで!寝てて!」
起き上がろうとするとミルファに制止された。
仕方がないので寝たままで対応する。
体がだるく、正直寝ていた方が体が楽なのだ。
「あの、アポロさん。どこまで覚えてますか?」
「どこまでって………」
アルに言われて思い出す。
そうだ。
魔物と戦っていたのだ。
「オイッ!っつぅ」
「駄目! 安静にしてて!」
重要なことを思い出し、飛び上がるように起き上がる。
ふらつき、めまい、そして痛みを覚え、声が出た。
その声にミルファが俺を抱きとめ寝かそうとする。
「大丈夫。大丈夫です、アポロさん。全て解決しましたから」
「全てって……」
「いいから寝ていてください。安静に」
諭すようにアルは言う。
ミルファもコクコクと頷いて、アルに同意する。
信じていいのだろうか。あのアルを。
起きた途端、ミルファを洗脳するアルの姿を見た俺はアルを信じ切れない。
「あのですね。アポロさんが覚醒してモンスターを跡形もなくぶっ潰したので大丈夫なんです」
「……ごめん。信じられないから起きるわ」
「駄目!」
起きようとしたら、また止められた。
「アポロさん。信じられないでしょうが、本当の話なんですよ。
っていうか本当に覚えてませんか?」
アルが真剣な表情で俺に聞く。
どうやら嘘は言ってないようだ。
「……いいや。全然覚えてない」
「……そうですか。では、どこまで覚えているのです?」
「モンスターと戦っている所だな。ミルファを庇ってからは覚えていない」
「あう……」
庇われた当事者のミルファが悲痛の声を出す。
やばい。罪悪感に駆られたか。
配慮が足りなかった。
「って忘れてました。ミルファさん、ベクトラさんを呼んでください!」
アルが大きな声を出す。
その声にミルファはハッとする。
「あっ……行ってくる!」
アルに促され、ミルファは止める間も無くかけ出した。
ミルファが去っていったのを確認してから、アルが俺に声をかける。
「時間が無いので、要点だけ言います。
吸血鬼問題は保留中。あの植物モンスターはアポロさんが見たことがない強力な魔法を使って退治。村を救ったアポロさんは英雄視されたり、されなかったりしています」
「…………」
本当に要点だけの説明。
頭の中でそれらを整理しながらアルの話を聞く。
「そして、ミルファさんの説得は完了。ひとまず、スキル構成等の余計なことを言わないようにしときました」
「スキル構成?」
「自分で見てもらえるのが一番早いかと」
そうだな。
ステータスと唱える。
「うわ……色々凄いな」
レベルが上がっていたり、見知らぬスキルが増えていたりと凄いことになっている。
「だから、あのボスモンスターをアポロさんが倒したのです。あの規格外を倒したので経験値ガッポリというわけです」
「なるほどな……」
確かに、それは俺が倒したという証拠なのかもしれない。
「とりあえず、無我夢中で倒して覚えていないということにしときましょう。いいですか、何を聞かれても『オデ…ナニモ、オボエテ……ナイ』と悲しそうに言うのですよ」
「起きて早々、殺意が湧いてきた」
そういうことにしときましょうって事実、何も覚えてないのだが。
「それが嫌なら、白目剥き出しでよだれを垂らしながら『神のっ、神のご加護がっ!』って言うのです。何を聞かれても、そう言うのです。
そうしたら、そのうち聞かれなくなりますから」
「人として大事なものを失うぞ、それ」
時間がないのに、容赦なくネタを振ってくるな。
それから、時間の許す限り聞くべき話をアルから教えてもらう。
「………大丈夫か、主殿っ!」
息を切らしながら、ベクトラが飛び込んで来た。
「おぉ、ベクトラ」
何でそんなに焦っているのか。
ゆっくりと起き上がる。少しだるさはあるが、痛みはなくなっていた。
「主殿……」
澄んだ紫色の瞳が俺を心配そうに見つめる。
「俺は大丈夫。いたって健康だ」
心配ない。大げさだと俺はわざと明るく言った。
しかし、ベクトラは俺の言葉を聞くと眉根を寄せた。
「主殿はどれだけ危険だったかわかっておらぬ。もう少しで死ぬところじゃったのじゃぞ!」
そして、低い声で俺を咎めた。
「え……?」
そこまで重体だったのか。
確かにミルファを庇ってダメージを受けたことは覚えているが、どこまでの傷を負ったのかはあまりよく覚えていない。
しかし、今は傷跡すらない。
神聖魔法という回復魔法を使えるベクトラが治してくれたのだろう。ファンタジー万歳だ。
「そう、拙者がいなかったらどうなっておったか。主殿に言われ、村の人の誘導、回復をしていた拙者がいなかったら!
主殿に言われたことを忠実に守っておった拙者が主殿をいち早く助けなかったら、主殿は死んでいたのじゃぞ!八面六臂の活躍をしていた拙者がいなかったら!」
「あ、ありがとう?」
説教してるのか、自慢をしているのかわからない。アルがにやけ顔をしているのに関係しているのだろうか。
「主殿の味方である拙者がおってよかったじゃろ! そうじゃろ!?」
「はい、そうです」
ベクトラの勢いに押され、頷かされる。
確かに、ベクトラがいなかったら死んでたかもしれないが、何でこんなに必死なのだろうか。
ベクトラは俺の返事を聞くと、ほっと一安心したようで落ち着いた声音に戻った。
「しかし、種族の違いなのかのう。最悪の覚悟もしていたが、治って良かったのじゃ」
俺を診察しながらベクトラが言う。
種族と言われ、ドキリと胸が鳴る。
俺がダンピールであると仲間達に黙っていたこと。
「ベクトラ、俺は……」
「ストップじゃ、主殿。それは、後から聞こう」
ベクトラは俺の言葉を遮る。
そして、後ろ、玄関がある方向へ顔を向ける。
「歓談中、すまんな。村を救った英雄殿と話をさせて貰ってもいいか?」
「アポロ、大丈夫?」
そこには、エルフの老人とリンがいた。
「ワシの名前はムラオルと言う。立場的にはこの村の代表といったところだ」
対面にエルフの老人とミルファが、そして、俺の左右にはリンとベクトラ。
このような立ち位置で話し合いが始まった。
「まず、ワシがいない間村を救って貰ったことに礼を言おう。そして、孫を救ってくれたこともな」
そう言って、ムラオルさんは頭を下げた。
「孫?」
だれのことだろうかと思ったら、リンが手をあげた。
「私のことよ」
少し頬を赤らめながらリンは言う。
「はいっ、私のこともです!」
対抗したのか、ミルファも手をあげる。
「うむ。聞けばミルファは二度も助けてくださったとか」
立派な髭をさすりながら、ムラオルさんは言う。
「しかし、ワシの家族の恩人、村を救ってくれた英雄と言えど看過出来ぬことがある」
その言葉とは裏腹に世間話のような気軽さだった。
ムラオルさんは俺に敵意はなさそうだが、本当にそうかはわからない。年輪を重ねたとわかる皺と立派に垂れ下がった髭と眉毛が表情を隠しているのだ。まぁ、エルフの老人だから恐ろしいほど年を重ねているのだろう。腹芸しても俺は読み取れないのだろうが。
「俺がダンピールということですよね」
ムラオルさんは然りと頷く。
「村でも意見が別れておってな。村を救ってくれた恩人ではあるが……」
「けど、おじいちゃん。アポロさんは魅了のスキルを持ってないのよ!」
ミルファが反論する。助けてもらったからなのか、最初とは一転して友好的だ。
ムラオルさんは何度も頷きながら。
「わかっておる。しかし、これはエルフだけの問題ではない。もしかしたら、いずれそのスキルを取得するかもしれぬ」
「けど、アポロはそのスキルを悪用しないわ!」
今度はリンがそう弁護してくれる。
「そうかもしれぬ。リンを救い、潰れそうになった料理店を救い、自身の命を顧みず村を救ってくれたからな、アポロ殿は。しかし、何も知りもしない人ならば恐怖を抱くのではないかね、魅了のスキルを持つ人を見れば」
「それは……」
何も反論出来ず、リンは俯く。
「もし、魅了のスキルを持つ可能性がある者をリゼットの村が見逃したとわかれば、いかにこのリゼットと言えどいかんのだ。のう、ベクトラ殿?」
この意味がわかるかと言外に込めてベクトラを見るムラオルさん。
ベクトラはその視線に頷き。
「確かに……リゼットの村はユエルの塔を守る立場がある。聖霊様に隣接し、時に便宜をはかってもらうという立場がのう。ゆえに、小さい村と言えど王都から重要視されておる」
ベクトラは客観的に述べた。
中立的意見ではあるが、見方によっては仲間だった位置から遠のいたのかもしれない。
「そう。だから、恩人といえど処理に困っているのが実情だ」
「処理って……まさか」
あまりの言い分にリンが絶句する。
「あの……俺がダンピールなのは……」
八方塞がりだ。
だから、俺はダンピールである事情を話そうとした。話して解決するとは思わないが、それしかなさそうだ。
しかし、横から手が伸びて俺を止めた。
「ムラオル殿も人が悪いのじゃ。のう?」
それは、褐色の手だった。
「はて、ベクトラ殿。人が悪いとは?」
「アポロ殿の事情を聞くのは禁じられとるはずでは?」
にこやかにベクトラが言うと、ムラオルさんはハッハと笑い髭をさする。
「知っておったか。しかし、自分から言うのなら問題ないのではないかね?」
「自白の強要にしか思えぬ。それは道理にあわぬ」
「だが、ベクトラ殿も自分達に黙っていた事情を知りたくはないかね?」
試すような言い方でムラオルさんは聞く。
ベクトラは俺の肩に手を置いて、
「気にはなるが、いつか話してくれると信じておる。仲間として家臣として、それで十分じゃ」
きっぱりと言い放った。
ムラオルさんはベクトラさんを説得するのを諦め、リンに向く。
「お前はどうだ?リン。知りたくないのかね?」
「私はアポロが何であれ味方よ」
「わ、私も!」
リンと、それとミルファが答える。
「上手くいかないものだ。さて、本題といこうか、アポロ殿」
ムラオルさんは飄々とした態度で俺に話を振る。
「アポロ殿達にはユエルの塔に登ってもらう」
そして、そんなことを言った。
最初の数話はスローペース。
次回は20日前後を予定。