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キャラクターメイキングで異世界転生!  作者: 九重 遥
5章 エルフのちエルフ、時々エルフ
68/98

そして、これから。

 目を覚ますとそこは暗闇だった

 というより何も見えなかったが正しいか。当初はわけが分からず混乱した。

 助けた少女に何故か俺の種族がダンピール、つまり吸血鬼と人間のハーフであることがバレた後、頭部に衝撃が走り俺は意識を失ったのだ。

 簡潔に言うと殴られて気絶。

 迂闊と言えばいいのか、ダンピールとバレたショックで何も反応出来なかった。

 目の前が真っ暗になり、何かが音を立てて崩れた。そんな気がしたと思ったら、気がしたどころではなく実際にぶっ倒れたのだ。


 今の俺は昔のリンの状態になっている。

 手は後ろ手に縛られ、きつく目隠し。口には布を入れられその上から布を巻かれている。

 そして、昔のリンと違うのは身動き出来ない用にベッドに寝かされその上から縄でグルグル巻かれていることだ。


「ごふぉ」


 息がし辛い。

 鼻で息をすればいいのだが、喉の異物感があるため嫌でも口呼吸を意識してしまう。寝ている時は自然と鼻呼吸していたようだが、今考えればよく窒息しなかったなぁ。監禁するならもうちょっと考えて欲しい。


「ごふぅ」

 

 そして、咳が出る。

 苦しい。

 口の中に布を押し込められているので咳をしても布に阻まれ唾が喉に詰まるのだ。だが、それも最初のうちだけ。

 今ではコツを掴み、小さな咳をすることで被害を最小限に抑えることに成功した。

 よし!


 …………。

 いやいや、何を喜んでいるんだ俺は。

 起きてからはや数時間。身じろぐ音以外何も音が無いので気が変になったようだ。


 しかし、考えてみると絶望しかない。

 キャラクターメイキングでダンピールは迫害対象の種族だった。だからこそ、今までリンやベクトラに隠していたのだ。

 俺の処遇はどうなるのだろうか。

 考えてみても、処刑される未来しか思いつかない。現代に比べ人権なんてないものだからな。ダンピールは邪悪だから殺す。それで済むのだ。

 だが、それもまだいい未来である。

 最悪、どっか別の都市に送られ実験動物扱いを受ける可能性がある。漫画やラノベならありふれた展開かもしれない。



 だが、そんな最悪な未来より。

 俺は……。

 俺は、リンとベクトラに会うのが辛い。

 彼女達に軽蔑の目で見られたら……。

 そう考えるだけで心がきしみ壊れそうだ。

 この旅が終わったら話そうと思っていた。まさか、話す前にバレるなんて。彼女達に後で話そうとしたんだと言っても信じられないだろう。信じてくれても、さっぱりとした心持ちにはならず心にもやを落とすだろう。裏切ったと言われても仕方がない。

 ダンピールの種族を秘密にして、仲間面していたのだ。今の状態はその報いか。自業自得以外何物でもない。期を待っていたつもりが、このザマだ。

 俺はまた友を失うのか。

 またヘタレて失敗をする。失ってから気がつくのだ。それがどんなに尊いものだったのか。

 リンとベクトラと過ごした日々は楽しかった。いつまでもその日々に浸りたかった。だからこそ、言えなかった。

 俺達の関係が変化することが怖かったのだ。


 そして、アル。

 彼女はどうなっただろう。

 この世界に来てずっと一緒にいた仲間。

 リンやベクトラの知らない俺の事情を知る友。

 アルが居たからこそ俺は俺でいられた。

 大半がウザく、時に俺を叱咤し、時に一緒に悪巧みをする。不思議と馬が合い。この世界に来て知り合った短い時間なのに、かけがえのないものとなった。

それはまるで自身の半身のような錯覚を覚えてしまう。

 本人にはあまり言いたくないが、凄く感謝している。

 エルフ達はアルをどうするのだろうか。

 主観的に見ればアルは俺の仲間だ。対等な立場とも言える。だが対外的に見れば、アルは俺の使い魔だ。

 俺のように隔離されるか、殺されるかだ。


 胸中にドロドロとした物が侵食する。

 それは絶望。

 考えれば考えるほど、それは俺を絡みつき、身体だけではなく心も身動きが取れなくなっていく。

 そして、絶望は俺を侵食し続け、海面に引きずり込まれるように暗く、冷たく、浮かび上がることが出来ない場所へと連れて行く。

 


 その時、腹部にドンと衝撃が走った。



「フゴォ??」


 思わず声が出た。

 縛られていたのでわずかだが、身体がくの字に曲がる。必然的に、頭が顔が浮かび上がるのだ。それはまるで海面から呼吸を求め、水面に顔を出すように。

 目隠しをされているので何が起こったのかわからない。

 重量はそこはかとなく重いような。

 しかし、今まで誰もいる気配が無かったのだ。

 それがまるで何もない空間から出てきたのだ。

 何が起こったのか、わからない。

 そして、声が聞こえた。聞き慣れた少し高い声。


「フッフッフ、良い様ですね、アポロさん」


 アルだった。

 場の空気に合わない軽快な声の響き。密閉された空間でアルの声だけが反響する。

 あぁ……。

 何故か、涙が出た。

 目部に巻かれている布が厚くて良かった。アルの出現に泣いたと本人にバレたら、からかわれそうだ。


「ヒャッハー!」

 

 なぜか世紀末の様な叫び声をあげるアル。

 今まで居なかったので俺とは別に捕らえられて隔離されていたのかと思っていた。

 アルがいるだけで、絶望感が薄れた。


「かつてのリンさんを思い出す光景です。ここでアポロさんの目隠しを取って助けたら、私を神とあがめるようになるでしょうね。嫌でもわかります」


 ……………。

 何言ってんだ、こいつは。

 いつものように変なことを言う。

 空気が読めても、あえて空気を読まないアル。


「さて、これからの私の扱いを悔い改め。私を神とあがめますか?」


 アルは腹部から胸部の位置に移動して軽快に言う。

 俺はアルを振るい落とすために力の限り首を横に振る。


「くっ、うっわっと。

 ちっ、強情ですね。まぁ、いいでしょう。このまま頬をペチペチと叩くのも魅力的ですが話せないのは悲しいですし、いつ何時エルフのやつらが私達の邪魔をするかわかりませんからね。敵に捕らえられた主人公はすぐに自由になるのが定番の話ですし」


 バランスを崩し、俺の胸に倒れ込みながらもアルは軽快に話を続ける。

 そして言い終わった後、俺から離れ顔周辺でゴソゴソと動きだした。


「くっ、ちょっと硬いですね。力入れて縛りすぎですよ。解くことを考えてくださいよ」


 暴れること数分。

 俺の目部と口を縛っていた布が取り外された。


「ふぅ、助かった」


「いえいえ、どうします?」


 アルは俺を縛っている縄を見て言った。

 外して、自由の身になるかだ。


「手は別にいいが、体が縛られてるのは嫌だな」


 目隠し、猿轡。

 これらを外したのだから一緒だ。

 逃げるつもりはないが寝ながら話したくない。


「ファイナルアンサー?」


 真顔でそう聞き返すアルに少しイラッと来た。


「いいから、外せ。アルに見下されるのは嫌なんだ。

 アルを蹴りたいんだ」


「ちょっ、怖いこと言わないでくださいよ!」


 そう言いいながらも、アルはどこからとも無くナイフを出現させて縄を切り始めた。


「ひとつ切ってはアポロさんのため~」


 そのナイフの切れ味はあまり良くないようだ。

 スッパリと切ることが出来ずに、のこぎりのように縄を削り切っていく。


「……沢山切ってはアポロさんのため~」


 待つことこれも数分。

 ついに俺を縛る縄も切れた。


「ふぅ、自由になった」


 ベッドに胡座をかき、深呼吸。

 ふぅ。息苦しさが抜けた。


「自由というには手が縛られてますけど」

 

「まぁ、これはいいじゃないか」


 反抗の意志はないということで。

 目隠しやら縄を外して何を今更という感じはするが、自分の中の折り合いである。

 手を縛るのを外す時は何かを決意した時。

 今はまだ何も決まっていない状態。


「エルフの人が来て、今の状況見られたらやばいですね」


「猿轡をとった時点で諦めてる。会話が出来ないと先に進めないし、猿轡を外した時点で縄を切っても罪状は変わらないだろ」


「まぁ、そうですね。死刑より上の罪状はないですからねぇ」


「死刑は確定なのか」


 確かに。縛り付けておいた凶悪な人物がちょっと目を離したら自由の身になっていたとか、エルフの立場になってみたら恐ろしいことこの上ない。


「まぁ、監視は暫く来ないな」


 だからこそ、のんきにアルと話しているのだが。


「わかるんです?」


「勘だけどな」


 危機的状況なのに自信を持って言える。

 アルが現れた時点で確信したのだ。まるで運命が切り替わったように。


「あぁ、直感のスキルですか。あの、ダンピールがバレるという危機的状況で働かなかったスキル」


「それは言うな」


 一応、嫌な予感はしてた。

 だが、それがダンピールがバレることに繋がるとはわからなかったのだ。


「アル。今の時間はわかるか?」


 周囲を見回す。

 俺がいる場所は洞窟のようだ。山をくりぬいて出来た場所。石の地面に石の壁。普通の洞窟と違う所は金属製の檻があるところか。

 光源といえば立てかけてある蝋燭のみで、時間がわかる物がない。

 起きてから数時間経ったが今が昼なのか夜なのかもわからない。


「さっき復活したばかりなのでわかりませんね。恐らく半日経ってると思いますが」


「復活?」


 聞き慣れない言葉がアルから出てきた。

 半日?復活?

 俺はそこまで気絶してたのか。

 

「ええ。アポロさん殴られて倒れましたでしょ」


 神妙な顔をしながら、アルは頷く。


「その時に、私が下敷きになってグシャッって潰れたんですよ」


「うわぁ」


 それはすまなかったと謝るべきか。


「一度死んで、今に至るのです。すぐに復活出来ないのは仕様です。確か、復活には半日かかるような……」


「アルは死んでも大丈夫だもんなぁ」


 復活すると言ってはいたが、試すことがなかった仕様。


「しかし、ある意味チートだな。復活仕様は」


「痛みとかあるからやりたくないですが」


 その時の痛みを思い出したのか、げんなりとしながらアルは言う。


「今はこんな体ですが、これでも神格者ですからね。死とか超越してるみたいな?私を敬ってもいいのですよ」


「爆弾を開発した時には存分に敬ってやる」


「爆弾特攻!?痛みがあるから嫌だって言いましたよね!?」


「聞いた上で無視してるんだ」


「この人ひどすぎます……」


 そこでアルはため息をつく。


「というより、この復活仕様はアポロさんをかばって殺されるとか美味しい展開で使われるとか思ったのに、何でアポロさんに巻き込まれて死ななくちゃいけないんですか」


「それはすまなかった」


「お陰で残機減りましたし」


「残機制なの?死を超越してるといったのはどうなった?」


「冗談ですよ。

 それはそうと、これからどうするんです!?」


 アルは強引に話を変えてきた。

 だが変えてきた話の内容は無視できない話だ。

 短時間だが、アルといつものようにふざけた会話をしたせいで大分冷静になれた。

 これからのことをアルに話そう。


「正直、俺がダンピールだとバレるとは思わなかった」


「ですね。何でいきなりバレたんでしょ」


「わからない。わからないが、それは置いておくか。

 今は何故バレたかより、今からどうするかだ」


「そうですね……」


 そこで先程まで軽快に走っていた会話が止まる。

 理由は簡単だ。

 手詰まりなのだ。

 ダンピールは迫害種族なのだ。エルフにそれがバレた以上、色々な人に伝わり町では暮らせなくなるだろう。

 ミシェロの町でコツコツと作ってきた居場所を失うことになる。

 それでもまだ楽観的な予想だ。

 迫害種族と言われているが、どこまで嫌悪されているのかわからない。最悪、町どころか国、人が住んでる場所すら逃げないといけなくなるかもしれない。


「取りうる手段は2つですね」


 アルも同じ結論か。

 アルは俺を一瞬見るも、視線を逸し地面を見ながら言う。その口調は重苦しかった。


「逃げることですね」


「ああ。そして、可能かどうかと言われたら可能だ」


 武器は取られた。

 自分を縛るのは手首の縄と檻のみ。

 それだけだ。

 手首を縛る縄はアルの協力があれば簡単に外れる。檻も武器があれば壊すことが出来る。

 そして、俺には武器を呼び出せるアイテムボックスがある。

 脱出は容易だ。


「脱出のデメリットはアポロさんのダンピールがバレたままなことですね」


「……ああ」


「エルフ内だけで話が終わるのか、ミシェロの町にも伝わるのか。この世界のエルフは排他的な種族ではないので、前者では収まらないでしょうね」


「そうなるとミシェロの町を捨てるしか無いな」


「今までやってきたことが台無しになりますね。そして、楓さんを探す手段がなくなることを意味します」


 そうなのだ。

 この世界に来て立てた目標の一つ。

 楓を探すこと。

 そのための準備をしてきたのだ。それがなくなる。

 一からやり直さなくてはならないが、今度は俺がダンピールであるとバレた状態で探さなければいけない。

 捜索難易度が跳ね上がるのだ。


「そして、2つ目の手段は……」


 そこでアルの言葉が止まり、


「エルフを皆殺しにすること」


 数拍置いた後、言った。


「ッ!」

 

 覚悟していたが、言われると衝撃が走る。


「ダンピールとバレたのはエルフのみです。目撃者を殺せば今までのようにミシェロの町に暮らせます」


「だが、それは……」


「ええ。リンさんとベクトラさんを殺すことを意味します。

 別の言い方をすれば、楓さんがリンさんやベクトラさんより大事という選択ですね。二者択一です。楓さんを探すためには一番良い手だとも言えます」


 淡々と感情を込めずにアルは言う。

 下を向いているのでアルがどのような感情でいるのかわからない。

 

「殺すことが出来ると思うか?」


 俺はあえて軽口を言うようにアルに問いかける。

 そこで、アルは顔を上げた。

 アルの頬を緩めたのを見て、俺も釣られて笑う。


「出来ないでしょうね。

 修羅道に落ちて他のエルフを殺す事ができても、二人を殺すことが出来ません。まぁ、取れる手段が2つあると言うだけの話です」


「アルが俺を理解してて嬉しいよ」


「ふふっ、照れますね」


「実行不可能な案言うなら、言わなきゃいいのにな、ホント」


「上げて落とすの!?ほら、私としては消極的にではなくて積極的に逃げる選択をして欲しかっただけですよ!

 というより、私としてはですねぇ……」


 わかってる。

 そう言おうとした時だった。

 話の途中、アルの体が突然崩れ落ちたのだ。

 糸が切れたように、立ってた足は力を失い地面に倒れた。


「ア、アル?」


 どうしたんだ!?

 これまで会話をしてただけに戸惑い声をかける。

 手が縛られているのが、もどかしい。

 呼びかけることでしかアルに出来ない。


「アル!」


 再度の呼びかけの時、反応があった。

 わずかに身動ぎがあったのだ。


「アル?」


 アルはゆっくりと、本当にゆっくりと立ち上がった。

 そして、俺を見て、それから自分の手を見た。

 信じられないものを見る表情で。

 

「ど、どうしたんだ?」


 アルは俺の問いかけに答えず自分の手を握っては開く。

 その動作は緩慢で、動作の合間に信じられないという声が聞こえた。低くかすれるような声は重苦しかった。

 何度かの開閉の後、動きは止まった。

 止まったはいいが、今度は動かない。自分の世界に入ってるみたいだ。時折、なぜとか、まさかとか、これはという声が漏れ出るが意味がわからない。

 

「ア、ル?」


 何度目かの問いかけ。

 そこでやっとアルは俺を見た。


「アポロさん……?いえ、響さん?」 


「あ、ああ?どっちでもいいけど、響が本来正しいのかな……」


 アルの問いかけに思わず変な対応をしてしまう。

 アルが俺を見た時、まるで別人のような錯覚をしてしまったのだ。気のせいのはずだ。再度目を凝らしても顔の造形は変わっておらず、アルであることは間違いない。

 なぜ、俺は別人と思ったのか。

 アルは妖精だ。

 種族的なのか本人の気質なのかはわからないが、アルは良くも悪くも妖精の気質を持っている。

 悪戯好き、無邪気という気質だ。

 よく考えて見れば俺に怒られるような悪戯はしないし、邪気を放っている気がするが、アルは妖精というキャラクターに違和感がないのだ。

 それが今のアルにはない。


「貴方に伝えたいことがあります」


 立っているだけなのに佇まいがあり、気品がある。

 口調には威厳がありながら、どこか親しみやすさを感じる。



「…………」


 どうしたんだ、変なものでも食べたかと言って普段の会話のノリに持っていきたい。

 しかし、それが出来ない雰囲気を作り上げられていた。

 本人にはその気はないのだろう。

 目が合うと、アルは何がおかしいのかくすりと笑う。


「楓さんを探せなくなったこと。仲間を失ったこと。お辛いと思います。

 だけど、私、アルテミスは味方でいます。

 貴方が何を選択しようが、そのことだけは変わりません。それだけは心に留めておいてください。

 ……出会ってすぐに貴方が私を信頼し仲間と言ってくれた時、本当に嬉しかったです。神様と戦うとまで言って私の味方でいてくれた。思えば、あの時の私は不安でいっぱいで空元気で誤魔化していました。そこから貴方と過ごす日々は凄く楽しかった。だからこそ、その信頼をお返しましょう」


「………アル?………ど、どうしたんだ?」


 思考が止まる。

 変だ。おかしい。

 話の内容はおかしくないのだが、おかしい。

 混乱する俺にアルはまたくすりと笑った。


「どうもしませんよ」


「どうもしないって……さっきまでと雰囲気が違いすぎる」


「今の私はお嫌いですか? 泡沫の夢とも言える今の私は」


「いや、嫌いでは……」


 会話の主導権は握られ、押される。


「嫌いではの後は何です?」 


「いや、その……」


「言ってください。何です?」


 にこりと笑いながら、圧力をかけてくる。


「嫌いではないです」


「良かった!」


 俺の言葉にアルは無邪気に笑みを強くする。

 その微笑みは花咲く笑顔のようだった。


「でも、そうですね。不思議に思うのもわかりますが、私が言いたいことは只ひとつです。アルテミスは貴方のそばに。それだけは変わらないことです。

 そうですよね、アポロさん、いえ響さん?」


「……あ、ああ。

 俺にはアルが必要だ。アルが俺の側に居てくれるだけで百人力だ」


 会話の主導権は握られ、押されっぱなしでわけがわからない。

 わからないが、これは大事な時だ。

 それだけはわかる。

 わかるからこそ、アルに俺の本音を伝えた。

 アルは俺の言葉に頷き、手を合わせて喜んだ。

 喜んだのはいいのだが、アルは突然下を向きブツブツ一人言を呟き始めた。


「……女は度胸です。やらずに後悔より、やってから後悔。これは運命。そうに違いないです。度胸、度胸です。やっちゃいましょう。いえ、やらねばならないのです。信頼のお返しもしないといけないのです。マストです。マストなのです」


 表情はわからないが、頬を紅くしながらアルはブツブツと一人言を言う。

 何を言ってるのかは聞き取れず、かろうじて聞き取れる言葉は単語のみ。何かやるという不穏な単語が聞こえたが、アルは何を考えているのだ。


「響さん」


 頬を紅く、紅く染めながらアルは上目遣いに俺に問いかける。


「響さん。私のこと嫌いではないですよね?」


「ああ……当たり前だろ」


「良かった」


 そう言って、フラフラと飛びながら俺に近づく。

 それは吐息の届く距離。

 アルは俺の頬に手を当て、


「ン………」


 俺にキスをした。

 唇の端に当たるは温かく優しい感触。

 柔らかく温かった。

 思考が停止し、その温かい物がアルの唇であるとわかったのは幾ばくかの後。

 脳の奥でカチリと音が鳴った気がした。

 その音で俺のフリーズは止まり、動き出す。


「ア、アル!?」


 我に返り、体を仰け反る。


「やっちゃいました」


 アルは悪戯が成功したかのようにテヘリと笑った。

 すぐ目の前に飛ぶアル。普段以上に近い距離の笑顔の破壊力にドキリと心臓が鳴る。


「やっちゃいましたって……」


 その無邪気さに毒気を抜かれるも事実。


「感謝と運命と祝福と意趣返しと悪戯と色々ありますが、心にある熱源の赴くままにやっちゃいましたが、お嫌でしたか?」


 先程のやり取りの再来か。

 同じように微笑みながらアルは問う。


「……不思議と嫌ではないな」


 少し迷って、本音を告げた。

 その言葉にアルは笑って、


「よかった……あ」


 墜落した。


「アル!?」


 変になる前のリフレイン。

 体の制御を失ってアルの体は崩れ落ちる。

 今度は空中であったために、地に落ちる速度は先程の比ではない。

 そして、グシャッとヤバイ音を立ててアルは地面に落ちたのだ。

 

「ア、アル?」


 死んだかという声を飲み込んで呼びかける。 

 

「………い……たい」


「アル?」


 うめき声をあげながらアルはゆっくりと起き上がった。

 

「あの、何で私の体が痛いのですか?」


「アルなのか?」


「いや、何で私が聞いてるはずなのに意味不明なことをアポロさんが聞くのです?

 今頃、捕まえられたショックでおかしくなりました?」


「この馬鹿っぽいのは普段のアルだ!」


「いきなり喧嘩売ってますよ、この人!?」


 さっきまでの気品に溢れる態度はどこにやら、普段のアルが戻ってきた!


「アル。さっきまでの記憶はあるか?」


「いや、体がなぜ痛いのかを教えて欲しいのですが……」


「アル」


 質問には答えず、再度問いかける。

 

「なんで強い調子で言われるのでしょう。

 ……確か、男のエルフは殺し、女性のエルフはアポロさんのハーレムに加える話になってましたよね。女エルフは監禁して調教する計画のはず」


「よし、この邪気しか感じられない発言は普段のアルだ!」


「なに安堵してるんですか!?

 さっきから喧嘩売られてますよね、私!?」


「うん。いいんだ。俺も忘れるからアルもそういうことにしておこう」


 余談だが、俺はこの出来事を本当に忘れてしまった。

 脳が黒歴史として処理したのだろうか。


「何で慈しむように言うの!?

 全然わかんないんですけど!?」 


「一応聞くが、二重人格とか多重人格ではないよな?

 幼い頃に虐待された経験とかはあるか?」


 二重人格の場合、本人がもう一人の人格に気づくケースと気がつかないケースが存在する。

 そして、複数の人格を持つ者は幼い頃虐待された場合が多いと聞く。辛い現実を逃げ出すために違う人格を作り上げるのだそうだ。アルがまさかそうだったなんて。


「わけがわからないまま話が続いてるんですけど!?」


「俺はアルが心配なんだ。いい医者見つけてやるからな」


「優しいのですが、心のナイフがザクザク私に刺さってきてるんですが!?

 今は捕まってるアポロさんの方が重要ですよね!?早く、方針を決めましょうよ!エルフが来ますよ」



「だから直感スキルを信じるに大丈夫だと言っているだ……」 


 頭にチリチリとした焦燥感は何も生まれない。

 だから、大丈夫だ。

 そう、思った時だった。

 遠くでギギギと音がしたのは。


「……ろ?」


 それは重く鈍い扉の音。

 洞窟と外界を繋ぐ壁が開かれる音。


「誰か来ましたね」


 小さな声でアルが言う。

 また遠くの方からガチャンと何かを固定する音が。その音が終わった後、コツン、コツンと足音が鳴り響いた。

 聞こえる足音は一人。


「…………」


「…………」


 どうするとお互い目で合図するがどうすることもできない。

 縄や猿轡を再度つけるには時間が足りなすぎる。

 そして、その足音の主が俺が入ってる牢屋の前に来た。



「コイツが悪いんです!俺が止めろと言ったのに猿轡を外し縄を外したんです!」


「ひどっ!

 私は悪くないですよ!アポロさんの命令に唯々諾々従っただけの善良な妖精です!信じて!」


 俺は足でアルを指し、アルは俺を指さしお互いの罪をなすりつけ合う。

 そのじゃれあいを見た足音の持ち主は苦渋に満ちた表情をしながら、


「なんで、自由になっていつもの空気出してるのよ」


 ため息をついた。


「リンの顔を見たらついな」


「ほら、リンさんの芸風に合わそうと思って私達頑張りました」


 俺達の言葉を聞き、再度ため息をついた。

 さっきまでどんな顔して会えばいいのかと思っていたのに、実際会ってみるとこれだ。不謹慎というべきか、アルに毒されすぎたと言うべきか。



「色々言いたいこと聞きたいことあるけど、ありまくるけど……。

 助けに来たわよ」


 何か悪戯坊主を諭すような苦労を滲ませながら、リンはそう言った。

次回 5月12日更新予定。

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