何を恨めばいいのか
「きゃぁああぁぁあ!!」
「グラァァァ!!」
索敵スキルの及ばぬ遠い場所。
耳に聞こえるは獣のような叫びと、甲高い悲鳴。
陽光照らし生命満ち足りる森には似つかぬ音。
その音と同時にギアを入れ替える。
「助けに行くぞ」
ベクトラとリンを一瞬だけ見て、俺は走りだした。
先人が歩き、道となった場所から離れ、悲鳴が聞こえる場所への最短ルートへ。そこは道なき道。地面には木々の根が段差を作り、空中には光合成を求め枝葉が空間を侵食する。お世辞でも走りやすいとは言えない。
押しのけることすら惜しみ、強引に進む。腕や顔に枝葉がぶつかり痛みを生じさせた。
だが、瑣末なことだ。
一刻も早く。
「きゃあ!」
再度聞こえる悲鳴。
その声は先ほどより危機感を感じさせた。
だが、声はすぐ近く。
悲鳴から数秒。
その場所に辿り着いた。
そこは森の中の開けた場所だった。ぽっかりと円形に地面が露出していて、その地面を囲むように木々が生えていた。
その場所にエルフの少女がいた。
飛ばされたのだろう、木の根本に倒れぐったりとしている。
だが、目に諦めの色は無く相対する者達を睨んでいた。
相対するのは新緑色にかさつく鱗状の皮膚を持ち人間のように2本の手と足を持つ魔物。
トカゲの頭と尻尾を持つ半獣半人の生物。
リザードマンと言われる剣と盾を持つ魔物。
3匹のリザードマンがそこにいた。
リザードマンの一匹は倒れこむように座っている少女に向けて、剣を刺そうと腕を伸ばす。
「っ!」
普通にしていたら間に合わない。
そう思った瞬間、自然と体が動き手に持った剣をリザードマンに向けて投げる。
投げた剣がリザードマンの顔に刺さり、ゆっくりと倒れこむ。倒れこむ間際、リザードマンと目があった。その目には理解不能の意味が色濃く写っていた。
「グラァ……ッ!?」
「ガァアア!?」
突然の乱入者に混乱の声をあげるリザードマン。
投げた剣をそのままに走った速度を緩めず、リザードマンの元へ。相手が準備出来ていない中、走った勢いを乗せたまま蹴りを放つ。
リザードマンは俺の攻撃に反応し手に持った盾で俺の蹴りを防ぐ。
だが、それは想定内。
相手を抉る蹴りではなく、押し出すように蹴った攻撃は盾を持ったリザードマンを吹き飛ばし、直線上のもう一体に当たり重なるように倒れこむ。
「リン、ベクトラ!」
「うん!」
「了解じゃ」
遅れて到着したベクトラとリンに呼びかける。
阿吽の呼吸か。
それだけで俺が何を言いたいかわかったようだ。
俺は下がり、ベクトラとリンが前へ出る。
俺とエルフの少女を守るようにリザードマン達に相対する。
リザードマンもすぐに態勢を立て直しリンとベクトラへと敵意を露わにする。
「大丈夫かっ!?」
そこで初めて救出すべき少女の顔をまともに見る。
エルフなので年はわからないが、人間では中学生ぐらいだろうか。リンを1回りほど幼くした顔つき。その表情は絶望と混乱が入り混じっていた。そして、リンと同じ翠色の瞳には恐怖の色が強くでていた。
「すぐ終わらせる」
それで会話を打ち切り、戦闘に戻る。
リンとベクトラはリザードマンを倒すというよりも、こちらにリザードマンを寄せ付けないように牽制した戦い方をしていた。
「リン、加勢する。ベクトラは彼女に怪我がないか見てくれ」
「うん!」
「了解じゃ」
リンが使用するのは槍。
これは刺突こそが主体であると思われるが、違う。
恐ろしいのは払いであり、そこから始まる手数の多さだ。
槍の長さを活かした広範囲の薙ぎ払いは凶悪の一言。
相手の間合外から放たれるそれは受けには回れず、回避しかない。
しかし、半端な後退では槍の餌食となり、無造作に前に出れば槍の長い柄に強打される。
後退すれば間合いは更に広がり、攻撃が出来ない。
かといって近づけば槍の餌食となる。
相手が払った隙に近づくことが最善だが、それこそが槍を相手する上で一番の難しい所だ。
槍を払った勢いをそのままに円運動。槍を回転させ穂先だけではなく、石突を使い攻撃する。左右の動きから上下へと変幻自在。
線の攻撃である払いは対人戦では凶悪だ。
リザードマン2体はリンの槍の攻撃に近付くことは出来なかった。
リンは右に薙ぎ払う。リザードマンは手に持つ盾で槍を止めようとするが、盾に当たる反動を利用し、槍を回し左払い。
「グガァ!」
リザードマンは剣を盾にするが、防ぎきれず槍がリザードマンの鱗を浅く斬る。堪らずリザードマンは声をあげる。
リンからダメージを受けても、俺に増悪の目を向け続ける。
仲間を殺した俺が憎いのか。
そして、リザードマン達は覚悟を決めたようだ。
「「グガァアア!」」
2体のモンスターが同時に飛び出す。
俺達が攻撃するよりも早く。リザードマンはその心意気で自身が持つ最速の突進をする。
例え、攻撃されても。薙ぎ払いで2体同時で攻撃することは出来ない。
我が身を捨てる特攻だった。
だが、それも。
「っつ!」
払いから突きへ。
今まで見せない攻撃パターンをリンは繰り出した。
払いという線の動きから突きという点の動きへ。
急所を突く高速の連撃。
リザードマン達は防ぐ間もなく喉をやられた。
「ガッ……」
まず一体が倒れこむ。
「アポロさん、最後役にたってないですね」
後方からアルののんきな声が聞こえ。
そして、もう一体のリザードマンも。
「ガッ……」
倒れた。
リザードマンが倒れこむのを確認すると、リンは槍を投げ出し少女へと真っ先に走っていった。
「ミルファ!!」
どうやら助けだした女性は知り合いだったらしい。
戦闘中は余裕が無かったのと俺が彼女の相手をしていたから話せなかったのだろう。
ミルファと呼ばれた少女はリンの胸に飛び込んだ。
「お姉ちゃん!」
「ええっ!?」
「なぬ!」
「うわー、流石アポロさん」
どうやら、リンの妹のようだ。
俺達は驚きの声をあげる。何故かアルは呆れ声だったが。流石と言われても、俺は何もしてないぞ。
リンと少女は俺達のことを無視して自分達の世界に入っていた。
「ミルファ!」
「お姉ちゃん!」
少女はリンの胸に顔をうずめ、リンは少女を強く抱きしめる。
やがて抱擁が解かれ、両者は顔を見合わす。
「ミルファ、怪我はない?」
「うん!」
「どうして、こんな場所にリザードマンなんかいるのよ!」
後から聞いてみると、リザードマンはここでは出会わない魔物。
それが村の近くに現れたのだ。
「わからない!?
ここ最近変なの!見たことがないモンスターや強いモンスターが出てくるの!
こんなのいつもの森じゃないの!」
魔物が活発になる時期だから、ユエルの塔を登り聖霊様にお願いする。
しかし、今回の魔物の活発期は異常らしい。
確かに、アリエルのツタというモンスターはリンでも見たことがないと言ってた。つまり、元々アリエルのツタはここいらの生息するモンスターではないのだろう。
「村の皆は?」
「聖霊様にお願いするって。
多分、明々後日には帰ってくると思う」
「そうなの……」
そう言って、リンと少女はまたお互いを抱きしめる。
肉親の再会は嬉しいものだ。
それはいいんだが……。
「私達って蚊帳の外ですねぇ」
「だな。どうしよう」
「主殿、リザードマンの処理が終わったのじゃ」
ベクトラが言う。
魔物をそのままにしておくと血の匂いに誘われ、獣や他のモンスターが来る場合がある。だから、剥ぎ取れる素材は取って処理する必要がある。
「ありがとう、ベクトラ。押し付けて悪いな」
「なに、いいのじゃ」
リンの肉親の再会に邪魔が入らないように動いていたベクトラに感謝する。
こういう気の使い方は素直に凄い。
俺はリンと少女の会話に耳を傾けっぱなしだったのに。
「しかし、このまま二人の世界にしておくのもいかがなものか」
そう言って、ベクトラは二人に近づき。
「リン殿すまぬが、拙者達にも妹君を紹介してくれ」
リンはベクトラの声にハッと顔を上げ、少女から体を離す。
頬は少し朱が差していた。
どうやら俺達の存在を完全に忘れてたようだ。
「ええと……ゴホン。この子はミルファ。私の妹よ。
ミルファ、挨拶しなさい」
ミルファ、リンの妹はリンに促されてリン、ベクトラ、アル、俺の順で見て、
「ヒッ……」
声にならない悲鳴をあげた。
「今、俺を見て声をあげたよな」
「主殿、拙者達が戦ってる間に何かあったのか?」
「いや、何もしてないはずだ」
「本当ですか。アポロさんのことだから美少女うはーってヨダレ垂らしながら白目でミルファさんを見てたんじゃないですか?」
「どんな変態なんだよ。それに、白目剥きながらでは見れないだろ」
リンもミルファの態度が変に思ったのか、首をかしげる。
「どうしたのミルファ。
アポロは少し変な人だけど害はないはずよ?」
リンは優しく妹を慈しむように言った。
リンもお姉ちゃん何だなぁと思う一コマである。
だが、ミルファはリンの服を掴み、俺に敵意の視線を見せる。
「そうですよ。アポロさんはこう見えて、リンさんの命の恩人ですからね」
ミルファの態度にアルがフォローを入れる。
「助けた……?」
ミルファは信じられないとリンと俺とを見比べる。
「ちょ……」
「リンさんが盗賊に捕まってた時に私達に助けられたのです!」
「秘密、秘密って言ったのにっ!
なんですぐバラすのよ!?」
「お姉ちゃん……本当……なの?」
「うっ………あ、の……その、私としましても……ね?」
答えづらいのか、リンは言葉に詰まる。
「ほら、リンさん芸人らしく暴露しましょうよ」
「芸人じゃないわよ!
ミルファ。命を助けられたのは本当よ。アポロは信用できるわ」
「そうです。リンさんを助けたのに金品等を一切要求せずに、むしろ貸し出すぐらいですからね!今のリンさんの借金総額聞いたらびっくりしますよ」
「なんでまた暴露するのよっ!姉の、姉の尊厳がぁぁぁ……」
リンは頭を抱え唸る。
ミルファはジーっと俺を見続けるが、リンの服を掴んだ手は先ほどに比べ緩んでいる。警戒度を少し下げたようだ。
「感動の再会じゃが、そろそろ行くべきじゃ。
いつ何時また魔物が襲ってくるかわからん」
「そうだな」
処理をしたといえども、戦闘があった場所だ。
ミルファを加え、リンの村へと向かう。
道中はこれまでの俺達の話だった。
リンが俺と会ってから今までどうしたのか。
「…………そこで、リンさんが言ったのです。『私がメイドになって、迷える羊を救う』と。私は打ち震えましたね」
「嘘をつかないでよ!そんなこと、一切言ってないわよ!」
喋るのは主にアルとリンで、俺は一切喋らなかった。
ミルファは気難しげな表情をしながら話を聞いていた。
話が終わりかけた頃、リンの村についた。
「ついたっ!」
やはり故郷に帰って嬉しいのだろ。
リンの声は弾んでいる。
「おぉ、リンじゃねぇえか!
それにミルファ。遅かったから心配したぞ!」
「そうだぞ!皆で探しに行くか心配したんだからな!遅くなったのは、お前のせいか、リン!」
「てめぇ、帰って来て早々問題を起こすか!」
「帰って早々濡れ衣!?」
村の門番であろうエルフの男がリンに話しかける。
「ここでもリンさんはいじられキャラなんですね」
ウンウンとアルが頷く。
リンが帰郷の挨拶や魔物がいたことを告げている間にどんどんエルフが集まってきた。
集まるエルフには旅支度や武器を持ったエルフがいた。何か寒気がするが、武器を持っていても敵意は感じないので大丈夫だろう。帰りの遅いミルファの捜索をすると言っていたので、そのための準備をしていたエルフとのこと。
「そう言えば、おじいちゃんは?」
「村主は聖霊様にお願いに行ってる」
「そうなんだ……」
「所でリン。連れの方々は」
「あ、そうね。もみくちゃにされてたから紹介するのを忘れてたわ」
そう言って、リンが俺達を紹介しようとした時。
「ごめん、お姉ちゃん。
やっぱり信じられない。お姉ちゃんは騙されてるよ」
ミルファは小さな声で言った。
それは、底冷えを感じさせる声だった。
「みんな、コイツを捕まえて!」
俺を指さしミルファは言う。
その言葉は大きく村中に響いた。
集まったエルフの目は俺を向く。
「ミ、ミルファ?」
わけが分からず、リンは戸惑う。
そんなリンを気にせずにミルファはまるで羽虫を見るように俺を見ながら言った。
「コイツ、ダンピールよ!」
目の前が真っ暗になり、何かが音を立てて崩れた。
そんな気がした。
次話は5月1日予定。