リンの故郷はでっかい宝塔
心に傷を負った日。
傷を負っても旅立たないといけない。
「アポロさん。そこまで落ち込まなくても……」
「そ、そうよ……事故よ、事故。ねっ!」
「う、うむ。貴重な体験……じゃった」
俺の視線を避けながらリンとベクトラは言う。
その顔は少し赤みがかっていた。
「俺も忘れようとしてるんだがなぁ、リン達の態度が」
リン達のせいで嫌でも思い出すのだ。
俺がリン達のせいにしたのを憤慨し、リンとベクトラは顔を真っ赤にさせて抗議する。
当然、目と目が合う。
「し、仕方ないじゃないっ!男の人のを見たのは、初めてなのよっ!」
「拙者達乙女には衝撃的じゃった」
「アル。今までありがとうな。楽しかったぞ」
「今から死ぬみたいな空気出さないでください!」
「もういいんだ。俺はな、やるべきことが見つかったんだ」
「何かを悟った顔で言わないでくださいよ!
死ぬんですか、死のうとしてるんですよね!?
やめてください!」
「ええい、止めるな!来世なら、来世ならっ!」
「ちょっと、本当に混乱してますよ、この人。
リンさんもベクトラさんも止めてーーー!」
宿を出る前に色々なことがあったが、リンの故郷に向けて俺達は旅立つ。
そう旅立つのだ。
「あの、何で皆さん疲れ果てているんですか」
見送りに来たライアンが恐る恐る尋ねてきた。
「ちょっと死のうとしてな。止められたんだ」
「爽やかな顔して怖いこと言わないでくださいよっ!
冗談ですよね。って皆さん何で顔を背けるのですかっ!?」
「大丈夫。辛いことがあっても負けないのがこのパーティーの強みだ」
「あの格好いい言葉ですけど、月華に泊まっておいて辛いこと扱いはやめてくださいね、本当に。温泉とか良かったでしょ」
「月華!?温泉っ!?」
「やばい、アポロが胸を押さえだしたわ。
暴れるかもしれないからベクトラは止める準備を」
「了解じゃ」
「何か本当にうちのせいになりそうなんですけど!?
その小芝居、外で絶対やらないでくださいね!」
「わかってるって。冗談だ」
ライアンとの会話で大分回復した。
いつまでも傷を負ったままでは駄目だ。
強くならねばならない。
「そう、いつか町中で突然裸になり女性を驚かせるその日まで」
「人の考えを読んで、変なこと言うのやめような」
「あのいつもより頭を掴む力が強いのですが」
「俺も強くなったんだな」
「いや、何感慨深いようなこと言ってるんですか。手に込める力が強くなっただけで痛いイタイ!」
さてと、そろそろ行くか。
アルの頭から手を離し、ライアンに別れを告げる。
「じゃあ行くわ。見送りありがとうな」
「アポロさんもお気をつけて」
「ああ。ライアンも。今度は魔物に襲われないようにな」
「ええ」
俺の軽口にライアンは笑いながら頷く。
「アポロさん達はパペルにはいないですからね」
「くくっ、そうだな。その通りだな」
こらえきれずに笑いが漏れる。
その態度を変に思ったのか、リンとベクトラとアルが集まってヒソヒソと話しだす。
「アポロ、ついにおかしくなったのね」
「昨日の温泉のせいですよ。ベクトラさんが勉強じゃ勉強じゃと色々するからですよ!」
「拙者のせいだけじゃないのじゃ!
リン殿もアル殿も乗り気じゃったじゃろ!」
「い、言わないでよ!秘密って言ってたでしょ。
アポロみたいに秘密なのよ!」
「そうですよ!アポロさんみたいに秘密ばっかり持ってるのズルいので私達も秘密を持ちましょうって話だったじゃないですか!」
「あの、後で説明するから変な抗議の仕方やめてくれ」
別に仲間達に秘密にする内容ではないので聞けば教えるのだ。
というよりアルは何でそっち側にいるんだ?
ライアンと別れ馬車に乗る。
この馬車は途中まで行き先が同じなので乗っけて貰ったのだ。ライアンからの紹介なので馬車の人も嫌な顔をせず乗せてくれた。
権力万歳だ。
「ライアンに俺達がここに逗留してるってことにしてくれと頼んだんだ」
馬車に揺られながら、ライアンに頼んだ内容を仲間達に説明する。
「ふむ」
「なんでそんなことするの?」
「ま、一応な。俺達はカルネキの根を取りに行くからな。用心しておきたいんだ」
例えば、俺達の動きを怪しんで追跡する人がいるかもしれない。ミシェロの町でアルは有名人だ。その有名人がいなくなったとすれば、怪しくとはいかないまでも気になる人が出てくるかもしれない。
ならば、アリバイを作っておく必要がある。
「だから、俺達がパペルの月華で温泉三昧してるということにしたんだ」
月華は高級宿。
身を隠すにはとても都合がいい話である。それに経営者の一族であるライアンに頼んだのだ。バレる恐れがない。経営者がアポロ一派が月華に泊まっていたと言えばそれが真実になるのだ。
「これぞあますところなくライアンさんを使う方法です!」
「色々考えているのね」
「しかし、魔物に襲われてたのを見た時はひやっとしたが、結果的に良かったのう」
「アポロさんは主人公属性ですからね。旅に出ればこんなもんですよ。人を助けて利益を得るのです!」
「人に変な属性をつけるな」
「主人公属性?」
馴染みがない言葉なので、リンが首を傾げる。
声には出さないが、ベクトラもわからないようだ。
両者のわからないといった態度に、ふふんと自慢気になるアル。
「いいですか。主人公属性って言うのはですね、物語の主人公に備わっている特性なんです。主人公補正って言った方がわかりやすいですかね。色々とトラブルに巡りあいますが、そのトラブルに出会うことによって強くなり、また通常では考えられない恩恵を受けるのです。そして、ピンチになっても絶対に助かるのです!」
「へぇ、凄いわね」
「そんなものがあったのじゃな」
いや、それ架空の属性だからな。
ファンタジーのこの世界にもない属性だからな。
「私はリンさんが洞窟で転がされてるのを見た瞬間にアポロさんにその属性が備わってるとわかりました!
旅に出たら美少女エルフが仲間に、ですよ!」
「オイ」
「もし、主人公属性がない場合、捕まってたエルフは男かエルフただし外見年齢54歳メスってなもんですよ」
「色々な所に喧嘩売ってるぞ、オイ」
「もしや、私が捕まったのはアポロのせいなの……?」
「なんかリンが変な現実逃避してる!?」
「そして、何のフラグも立ててないのにベクトラさんという美人ダークエルフが仲間になるのですよ!
美人だけでも儲けものなのに回復魔法つきです!」
「照れるのじゃ」
「そして、更にはヒロイン達にメイド服を着せるという普通なら考えても出来ないことをしでかすのですよ!」
「俺だけでなくアルと考えてやったのだからな」
俺のツッコミに何処吹く風と言った様子で言葉を続けるアル。
「だから、この旅でもアポロさんはカルネキの根を手に入れます!」
色々言っていたが、結局それが言いたかったのか。
だが、それは自分に言い聞かせるようでもあった。
アルも感じているのだろう。何か胸騒ぎがするのだ。その胸騒ぎが何を意味するのかはわからない。ただ、何かが起こる。それだけが分かるのだ。
馬車に揺られること半日。ここから先は歩かなければならない。
馬車に別れを告げ、森の中へ進む。
森と言っても深くはなく、1時間も過ぎれば抜けられる。そして、草原に出てまた同じような森へ。その繰り返しをしている時だった。
そのモンスターと遭ったのは。
「つっ………」
俺めがけて飛んできたツタを剣で切る。
切られたツタは地面に落ちる。
だが、それだけだ。
「クシャア!」
モンスターは俺がツタを切ったことに怒りの声をあげる。
だが、文句を言いたいのはこっちの方だ。
この植物モンスターに。
ツタを何十本を絡ませたような姿のモンスター。まるで、歩くツタだ。
身長は80cmくらいしかないが、自分のツタを触手の様に操り、俺達を捉えようとしてくる。
ツタは細く、切ることは容易い。
容易いのだが、問題は切っても生えてくることだ。
見れば、先程俺が切った触手はすぐさま元通りになっていた。
「シャッアッ!?」
そして、新たにツタが四本飛んでくる。
俺に2本。
そして、ベクトラに2本
「はぁっ!」
「じゃっ!」
俺とベクトラは飛んできたツタを剣で切りつけて防ぐ。
「リン殿!」
「わかってる!
火の精霊よ、力を!」
相手が攻撃してきた瞬間に合わせ、リンの魔法が放たれる。
火の球が植物モンスター当たりそうになった瞬間、そのモンスターは飛び跳ねるように動いて躱す。
火の玉は植物モンスターのいた場所にぶつかり大地を焦がす。
「なんでそんなに軽快なんだよ、こいつ」
思わず文句が出る。
植物モンスターのくせに、先程の回避は俺と同じ速度だ。
分析スキルのお陰で名前はわかった。
アリアルのツタ。
「しかし、面倒じゃのう」
ツタを切りながらベクトラが嘆く。
相手の攻撃は苛烈ではなく対処出来る範囲だ。
それはいいのだが……。
「これ、ジワジワいたぶってくるタイプのモンスターですよね」
アルが言う。
そうなのだ。
遠距離からチマチマ攻撃するのだが、近づくと逃げ、こちらが遠ざかると近寄ってくるのだ。
「場所と相性が悪い……」
植物モンスターだから、火の属性が弱点であるのだが、ここは森の中。
迂闊に火魔法を放てば森の植物に当たり、最悪山火事だ。
そして、相性はリンの武器である槍だ。
槍の攻撃手段は突くか払う。
剣のように切るということができない。
だからリンは後方で精霊魔法を使っている。
だが、先述の通り森の中なのでモンスターだけに当たるように調節しないといけない。つまり、攻撃が単調で読みやすくなるのだ。
「こいつ、頭がいいぞ」
この植物モンスターもそれがわかっているのか、こちらが攻撃しづらい場所に動き戦っている。
「これって、触手タイプですから女性が捕まったらヤバイやつですよね?
エルフの村名産のモンスターなのですか!?」
「知らないわよ!
こんなモンスター初めて出会ったわよ!」
「拙者も知らぬ!」
この森出身者のリンと物知りなベクトラが知らないモンスター。
対処方を知らないので自分で見つけないといけない。
「長期戦でいきます?」
アルが問う。
再生能力があるといっても無限ではないだろう。
だが、相手に余裕がありそうなので本当に時間がかかりそうだ。
再度迫ってくるツタを切りながら戦術を練る。
「ベクトラ、少し時間を稼いでくれ」
「わかった」
俺が後ろに下がり、ベクトラが前に出る。
そして、リンの近くに行き作戦を伝える。
「リン、俺も魔法を使う。
手数で攻めるぞ」
「わかったわ……って?」
俺はアイテムボックスから小型の槍を取り出し、リンに渡す。
「最悪、これを投げてくれ。
いけるよな?」
槍が使えないなら投げればいいじゃないかという発想だ。
リンは俺と槍を見た後、ため息をつき。
「はぁ……わかったわ」
と諦めような頷きをした。
「火の精霊よ、力よ」
最初に俺が。
「火の精霊よ、力よ」
そして、俺に遅れてリンが精霊魔法を放つ。
同時ではなくタイミングをずらす。
火の玉がアリアルのツタに当たる瞬間、やつは大きく左に飛び避ける。
そして、避けた場所にリンの魔法が届く。
「リン!」
だが、それもアリアルのツタは斜め後方へ飛んで避ける。
避ける距離は先ほどより随分と小さく余裕が無いことがわかる。
「わかってる!」
3手目。
リンが槍を振りかぶり投げる。
槍が飛び、アリアルのツタへ向かう。
だが、当たると思った瞬間。
垂直跳び高さ2メートルだろうか。アリアルのツタは上空に飛び上がったのだ。
「まだ躱すの!?」
リンが悲鳴をあげる。
やつとしても奥の手だったのだろう。
だが、これでチェックメイトだ。
「『ファイアー!』」
下級火魔法ファイアー。
詠唱破棄のスキルを利用して短時間で放つ。俺が放った魔法はアリアルのツタが飛んだ更に上から火の玉が出現する。
空中では躱せない。
火の玉はやつが地面に当たるより先にぶつかり、燃え盛る。
「ツラァァアァァ!?」
火が猛り、アリアルのツタが悲鳴をあげる。
「やった!?」
「まだじゃ!」
最後のあがきか、炎の中から蔓が2本俺達に向かって飛んでくる。
それをベクトラが切りつけて防ぐ。
「助かった」
「油断は禁物じゃぞ。植物タイプは生命力が強いのじゃ」
仕込み刀をしまい、ベクトラは俺に忠告する。
「わかった」
焦げて残骸となったモンスターを見ながら戒める。
その後、何度かモンスターの襲撃に出逢いながらも、数日かけてリンの故郷の森へ到着した。
そこは、驚きの光景だった。
「森の中に塔がある?」
「おお!本当ですね!」
森の中心部分だろうか。その位置に円柱形の塔がそびえ立っていた。
「リン殿の故郷の名物にして、勇者達の遺産ユエルの塔じゃ」
ベクトラが解説してくれたのだが、何故かリンは元気が無い。
まぁ、リンは放っておいてベクトラに話を聞こう。
「勇者の遺産?」
「ああ。そうじゃ。大昔の話じゃが、魔王が現れて世界を支配しようとしたのじゃ。あわや世界が乗っ取られるかという時じゃ。そこに、勇者が現れたのじゃ。勇者は4人の仲間達と共に魔王を倒し平和を取り戻した」
「へぇ、そんなことがあったんですね。初めて聞きました」
「大昔の話じゃからな。勇者の伝説も眉唾ものの話が多く、どれが本物かすらわからぬ。だから廃れていったのじゃ。今はもうお伽話みたいなものじゃ。それに、残っている話は変なものばかりじゃからのう」
「なるほど。で、この塔はどんな逸話があるんだ?」
「そうじゃのう……」
ベクトラはそこで止め、リンを見る。
リンはベクトラの視線に力なく頷いた。顔には絶望と諦めが混じりあっていた。なんでそんな表情なんだろう。
「魔王が倒した後、勇者達のパーティーの一人、ユエル様というエルフが仲間達を巻き込んで塔を作ったのじゃ」
「で?」
作って、どうしたのか。
それを聞くと、ベクトラは首を振り。
「終わりじゃ」
「え?」
「終わりじゃ。
特に目的があったわけではなさそうじゃ。魔王を倒した後のことじゃからのう、ただそこに住みたかっただけのようじゃ」
「魔王が復活するのを阻止するために作ったとかじゃなく?」
漫画や小説にありそうな展開を期待して、アルが聞く。
だが、ベクトラは重苦しい表情で首を横に振るのみ。
「そういう話は特にないのう。もう現世辛いから引きこもりたいという逸話が残っておる」
「…………」
「…………」
思わずリンを見る。
「やめて!そんな目で見ないで!?
ご先祖の話だから!エルフはみんな変な種族じゃないから!ユエル様がちょっとおかしいだけだから!」
「だ、大丈夫ですよ。伝わってないだけで、何か凄い目的とかありますから!」
「そうだったらいいんだけどね」
はぁ、と溜息をつくリン。
そんなことあるわけないと思っているようだ。
「勇者達の逸話にこんなものがあるのじゃ」
「勇者達のパーテイーは五人じゃ。男性がユエル様を含めて3人、女性が2人じゃ。魔王の旅は厳しく辛いものじゃった。一人ひとりの力なぞたかがしれとる。力を合わせなければ魔王は倒せない。勇者達は寄り添い合い、協力していった。そして……」
「そして……?」
「カップルが出来たのじゃ」
「へ?」
「男女が一緒におるからのう。自然と結ばれたのじゃ」
「いきなり俗っぽくなったな」
「カカ、現実はこんなものじゃ。
じゃが問題があった。勇者のパーティーは5人なのじゃ。カップルが出来ると必然的に一人あぶれるのじゃ。
それが……ユエル様なのじゃ……」
「うわ……」
「ユエル様が書いたと思われる日記にはこう記されておる。
『旅が辛い。魔王を倒すのが辛いのではなく、旅が辛いのだ。何、この疎外感?俺、邪魔じゃない?町でも外でも仲間達はイチャイチャしてさ。俺のこと眼中にないの。自分達だけの世界作ってんの。もう、お前らだけで魔王倒しに行けよ。俺がパーティーを抜けようとしたら、必死に止めるしさ。何が、ユエルの力が必要なんだ。俺の力だけか、欲しいのは。辛い。本当に辛い。最近はもう魔王が世界を滅ぼしてもいい気がする。頑張るけどさ!魔王倒し終わった後見てろよ、絶対復讐してやるぞ』と」
「うわ………」
しかし、ベクトラ。良く覚えてるな。
「そして、魔王を倒した後勇者達をこき使い作られたのがこのユエルの塔じゃ」
「凄い目的なさそうですねぇ……」
「あう………」
「で、でもさっき眉唾ものの話が多いって言いましたよね?これも創作じゃないですか?」
「恐ろしいことに違うのじゃ。複数の場所から同じような話が見つかっておる。ユエル様の書いた日記もそうじゃ。ユエル様の書いた日記はあるにはあるのじゃが、残っているのは一部のページのみじゃ。どうやら勇者達が意図的に残したようじゃ。ユエル様への仕返しに」
「すっげードロドロしているな。勇者のパーティーって」
現実はこんなものなのか。魔王を倒す勇者達の話って。
殺し合いといった殺伐とした話じゃなくていいけどさ。
「そしてユエル様亡き後、度胸試しのイベントに使われておる」
「今も昔もエルフは変なのですね」
「やめて! 一部だから!一部のエルフが変なだけだから!
ユエルの塔登りも伝統だから仕方ないの!
それに、意味もあるのよ!」
「その意味っていうのもネタ的なやつなんですか?」
「違うわよ!」
そこは譲れない部分なのか、リンは青筋を立てて否定する。
「ユエル様亡き後、せっかくだからと聖霊様が住みついておるのじゃが……」
「せっかくだからという理由がアレですね……」
リンは俺達から顔を背けている。
そこは、否定できないのか。
「この地域は魔物が活発になる時があるじゃ。
その時にユエルの塔を登り聖霊様にお願いして鎮めてもらうのじゃ」
「なるほど。でも、さっきユエルの塔登りは度胸だめしとか言ってませんでした?」
それなら大事な行事のはずだ。
なのに、なぜ度胸だめしとイロモノ臭のする言い方になるのか。
「ふむ。説明が難しいが……」
そこで、ベクトラは一旦区切る。
「最上階に聖霊様がおるのじゃが、そこに辿り着くまでには試練を突破しないといけぬ」
「試練って何です?」
願いを叶えるには相応しい力がいるのか。
きっと度胸だめしというからには、試練は大変なものなのだろう。
「毎回変わるのじゃ。種類も豊富で部屋の片付けから魔物を倒せと幅広いのが特徴じゃ」
部屋の片付け?
なに、その雑用……。
場に沈黙の空気が漂う。
「…………」
「…………」
ベクトラは咳をして、空気を入れ替えて言う。
「そして、試練を突破した者達が……」
「聖霊様に会えるのですね!?」
先程の空気を変えるように、アルが食い気味にベクトラに問いかける。
だが、ベクトラは否定する。
「基本的に不在じゃ。居ても居留守を使われておる。というより、居留守の方が多いのう」
「それじゃ魔物を鎮めてもらうことが出来ないのではないですか?」
アルはもっともな質問をベクトラに投げかける。
「書き置きを残しておくのじゃ」
「なるほど。それを聖霊様が見てという感じですね!」
だが、ベクトラは首を振る。
「違うのじゃ。本当ならそのようなことをせずともいいのじゃ。
聖霊様じゃからな。ユエルの塔にエルフが入ってくればわかる。そして毎度のことじゃから要件も同じじゃ。聞かなくてもわかるのじゃろう」
「なら、いっそ、ユエルの塔に入ってすぐ出て行けばいいのでは?」
「それは聖霊様がへそを曲げるのじゃ。失礼じゃと怒るのじゃ。試練に挑戦しろと」
「面倒臭っ!? 気持ちはわかりますが、面倒臭い人ですね!」
まぁ、お願いする立場だからな。
聖霊様のいる場所まで向かうのが筋なのだろう。
「そして、ユエルの塔はモンスターが蔓延っておるのじゃ」
「うわっ、きつい!」
「聖霊様の住処なのにモンスターがいていいのか?」
「聖霊様曰く、自分に特に害はないからいいとのことじゃ」
納得出来るような、出来ないような。
まぁ、ゲームでも重要人物のいる場所なのに魔物が出てくるとかあるからな。おかしくはないのか……。
「そして、複数人で塔を登らねばいけないのじゃが、恋人同士で行くとユエル様の怨念で破局すると噂されておる」
「ホント、ネタに溢れてますね」
「言わないで。ユエル様が変なだけだから……」
「じゃから、ユエル様の塔を登るときには『友情、努力、勝利』が合言葉なのじゃ」
「うわぁ……」
「やめて!そんな目で見ないで!」
「友情は複数で行くからのう。絆の力が重要なのじゃ。まかり間違っても愛情で行くとユエル様の怨念で邪魔されるのじゃ。
努力と勝利は塔を登ることと試練を突破することを指すのじゃ」
「はぁ……」
はぁとしか言いようがないな、本当に。
「そして、もうすぐユエルの塔登りの時期じゃ」
「大変な時期に来てしまったな」
俺達はカルネキの根を取りに来ただけだから、登ることにはならないが、登る人は大変そうだ。
「今村では誰が登るかを決める真っ最中じゃろうなぁ。もしかしたら決まっておるかもしれぬが」
「そうね」
「どうやって決めるんだ?」
漫画やラノベだと村で決闘して決めるとか定番だな。
少し期待しながらリンに聞いてみる。
「基本、押し付け合いね」
「うわ……」
アルが呻く。
気持ちはわかる。
いいのか、それで?
「しかし、大事な行事だろ。適当に決めたら駄目じゃないか?」
モンスターが出るというからには戦闘力が必要だろう。
それに塔を登るのだ。
単発の戦闘力だけではなく継続して戦う力が求められる。
そんな思考をよそに、リンは首を振って答える。
「誰が行ってもあまり変わらないのよ。もし塔を登ってる途中でギブアップすれば聖霊様のお力で村に届けてくれるし。そして、願いもちゃんと叶えてくれるの」
「親切設計なのですね……」
親切なんだが、なにかもやもやするのは何故だろうか。
「聖霊様が言うには『下手に死なれて亡霊になられても困る。エルフの怨念はユエル様一人で十分』だって……」
「ユエルさんって本当にネタに溢れたエルフですね」
「やめて!そんなこと言わないで!」
そんなことを喋りながら進んでいた。
ネタ的な要素が多く平和だった。
そこまでは。
「きゃぁああぁぁ!!」
遠方から突然悲鳴が聞こえたのだ。