一仕事の後は温泉へ
馬車が急停止する。
それと同時に俺達は馬車から躍り出る。
「前方、モンスターの集団です。こちらに向かってます!」
アルが叫ぶ。
「チッ、数が多いな」
ここから遠いため、大型なモンスターらしきものしかはっきりと見えない。
だがこちらに向けて走ってきてるのがわかる。
「ちょっと待って。人がいるわ!」
「ぬ!ほんとじゃ、モンスターに追いかけられておる」
「助けるぞ!リン、ベクトラは救助に向かえ」
ベクトラとリンが頷き、走りだす。
なぜモンスターに追いかけられているのかわからない。
だが、そんな雑事は後で考えればいい。
ベクトラとリンに指示を出し、自己の世界へ埋没する。
考えたわけではない。
自信があったわけではない。
ただ、そうすることでしか救えないとわかっていたからだ。
「火の力を願い。我は乞う」
17秒がデッドライン。その時間が過ぎたら、あの人は殺される。
「求めるは、灼熱の世界。
世界は赤へ。赤きは猛く。猛きは力へ。
我は万物を拒絶する盾を望まん」
逃げる人物と追うモンスター。
その間に向けて。
「『フレイムウォール!』」
中級魔法、フレイムウォール。
狙った場所。
モンスターと人との中間地点に赤色の炎の壁が出現する。
それは長く果てしなく。
敵の侵入を拒む赤き境界線だった。
逃げていた人はその壁に驚き、足を止める。
「馬鹿が!逃げろ!」
思わず叫ぶ。
時間が来たら、魔法が切れる。
勿論、それもあるが。魔法を唱えた瞬間、見られた気がしたのだ。無論、距離が遠いため、気のせいかもしれないが、大型モンスターがこちらを見た。そんなことを感じたのだ。
精神的な疲労を感じるも、それを押し殺して走りだす。
「ベクトラは補助。俺とリンが撃ち漏らした敵を排除」
ベクトラとリンに追いつき指示をだす。
逃げていた人は若い男だった。
もっと遠くへ行く様に指示し、未だ燃え盛る炎の壁の元へ。
「あと少しで魔法が消える。準備を」
ベクトラとリンが頷く。
俺もアラキドの実を口に入れ、MP回復を図る。
今の魔法はかなりの無理をしたからだ。アラキドの実の苦味に嫌な気分になるが、精神的疲労が軽減されたと実感できた。
「リン。炎が消えた直後に精霊魔法で風を」
「わかったわ」
リンの返事を聞き、俺は懐に手を入れてアイテムボックスから拳大の袋を取り出し、ナイフで切れ目を入れる。
モンスター達をお出迎えする準備が出来た。
燃え盛る火炎が弱くなり、やがて消滅した。そして、炎が止んだ前方にはモンスターの集団がいた。ゴブリン、ウォードッグが合計十数体。オークにオーガが一匹ずつ。大型モンスターのオークにオーガがこの群れのボスなんだろう。各々のモンスターは血走った目で俺達を睨んでいた。それは、獲物を狩るのを邪魔された怒り。
「風の精霊よ、力を」
モンスターが動き出した瞬間、リンの精霊魔法が発現した。
強風がモンスターに吹き荒れる。
精霊魔法は自身のMPを精霊に渡すことで、精霊に働いてもらうこと。普通の魔法に比べ自由度が高い反面、変換効率つまり消費MPの割に効果が今ひとつなのが特徴だ。
リンが放った精霊魔法も強風と言えどモンスターにダメージを与えるものではない。
先ほど破った袋をモンスターに投げる。
パンパンに砂が詰まった袋は空中で中身を放出した。風に砂が混じり、砂嵐と化しモンスターに降り注ぐ。
「グガァ」
「ガァ」
モンスターが口々に悲鳴をあげ動きを止め目をこする。
「ハッ」
その隙に俺とリンがモンスターの集団へ飛び出す。
まず、進行上の邪魔なウォードッグの柔らかな横っ腹を蹴りで飛ばし、その余波で回転斬り、闘気術で強化された回転斬りは大した抵抗を感じることもなくゴブリンの首を両断した。
「凄いな」
今まで使えなかった気の効果に驚きながら目的地へ急ぐ。
まだ砂が目に入って動けないゴブリン2体を移動するついでに袈裟斬り、逆袈裟斬りで仕留める。
砂を取るためにゴブリン達は頭を振り狙いが難しい。なので、胴体を狙って斬っているのだが、豆腐を切るようにサクッと両断できた。
「雑魚はリンに任した。オークとオーガは俺が相手をする」
「わかったわ!」
邪魔なモンスターを切り捨て、この群れのボスのオークとオーガへ。
豚と人間を配合したピンク色のオーク、顔は豚で体は人間と言えばいいのか。
オーガは一見人間にも見えるが、人間ではありえない筋肉隆々の巨体、知性を無くしその代わりに凶悪さを入れたような顔。
どちらも俺を睨んでいる。
「チッ、いくぞ」
どうやらボスに辿り着く間に砂が取れたようだ。
あわよくば一体は殺したかった。
「ブガァ!」
オークが大きな振りで殴りかかる。それを一歩後退して躱す。すると、オーガから裏拳が繰り出される。それを屈むことで回避。
頭上から強風が吹いたと思えるほどの迫力。一発でもまともに当たれば危険かもしれない。
体勢を戻した瞬間、その隙を狙ってオークが蹴りあげてきた。
避けられない。
そう感じた瞬間、体が自然と動いた。
オークの蹴り足に自分の足を当てる。オークが俺を蹴り飛ばそうとした足を足場にして後ろへ飛ぶ。オークの頭上にも届くほど高く飛び上がるが、クルッと回転して着地。
「自分でも信じられないな」
アクション映画みたいな動作だ。この世界に来る前なら出来なかった動きだろう。
しかし、これで間合いは取れた。
仕切り直しだ。
「ブガァ!?」
攻撃が当たったのに俺を仕留められなかったことで混乱の声をオークがあげる。俺はそれを笑みで返す。
強敵だが、負けない。
その自信がある。
「ブブガァ!」
俺の笑みを挑発と取ったのか、怒りの唸り声をあげオークは俺に向かう。
「ッツ」
オークの右ストレートを体を半身にして躱し、少し遅れて来たオーガの蹴りを後退してのがれる。
「ガッ」
「ブガァ!」
意外というか、大型モンスターの息のあった連携に反撃が出せない。
オークの大振りの攻撃を躱して反撃しようとすれば、オーガが細かい攻撃をしてオークの隙を埋める。
「だけどな………」
オーガの左ストレートを躱すと同時にその腕を浅く斬りつける。
「ブブガァ!」
相手の連携のせいで大きなダメージなら与えられないなら、小さなダメージを与えればいい。
相手の表皮を少し傷つけただけだったが、相手の心理には大きなダメージを与えたようだ。
オーガは自分の腕を見て、傷つけた相手が俺だとわかると怒りを益々高らませた
「ガァ!」
速度を優先した動きから威力を重視した攻撃へ。
共に大振りの二体なら避けるのは容易い。
当たらない攻撃は益々彼らを苛立させる。そして、隙が出来ればまた浅く斬り続ける。
それを数度続けた時だった。
ある予感に促され、力を抜く。オーガとオークは俺の脱力した姿に一瞬驚くが、好機とみて動き出す。
俺に攻撃しようと構えた瞬間。
「ガァァァァァ!?」
一本の槍がオーガの胸元に生える。
オーガは自分の胸に突き刺された一本の槍を信じられない眼差しで見た。そして、最期に俺を見て崩れ落ちた。オーガは俺が何もやってないのに自分に致命傷を与えたと思ったのだろう。
「ブガァ!?」
オークは突然の乱入者に驚き、首をリンの方向へ向ける。
「いや、俺から目を離したら駄目だろう」
その大きな隙を狙い、オークの首を切断。
あっさりとした感触を手に残し、オークも崩れ落ちた。
そして、周りを見渡すも生き残っている敵はいない。
「チームワークの勝利だっ!!」
「はぁ……なんかモンスターに同情してしまうわね」
俺の高く挙げた手に同意する言葉はなく、溜息だけが返ってきた。
「あれぇ?」
「どこの世界に精霊魔法を利用して、砂をかける冒険者がいるのよ」
「ここにいるだろう」
「はぁ、だからアポロはおかしいって言われるのよ」
「はぁ……でも効果はあったぞ」
「びっくりするくらいにね。私も驚きだわ」
価値観の違いなのか文化の違いなのか。
特に難しいことはしていないし、誰にでも考えられることだ。
「まぁ、まぁアポロさん。織田君の三段撃ちはあの時代には画期的なことでした。でも、今考えると普通ですよね。それと同じことですよ」
戦国時代の鉄砲は今の銃と違い単発式で、次の弾を撃つためには最低でも30秒はかかる。
次の弾を込めている隙に敵に近づかれてやられる。
織田信長はそれを避けるために、三千挺の鉄砲隊を千人ずつ横三段に備え、各列が交替で一斉射撃するという新戦術を編み出した。こうすれば、装填中に敵に攻められないで済むという画期的な戦術。
画期的と言われる戦術だが、誰にも思いつかないのだろうか。
ペーパーテストで『とある鉄砲隊で問題が起こった。鉄砲の装填に時間がかかる。その間に敵が近づいて来るのだ。それを避けるにはどうすればいいか?』という問題を出されたら、大半の人は答えを出すだろう。そして、その中には鉄砲隊を分割して時間差で撃つと書く人もいるだろう。
問われれば、思いつく。
簡単なことだ。
「何を言ってるかわからないけど、モンスターに砂をかけるのが主流になったらなんか嫌だわ」
「絵面的に微妙もんですねぇ」
リンが嘆息して、アルがその意見に賛成する。
「新しい考えというのは得てして受け入れられないものだ」
俺はそう結論づけて、ベクトラと男の元へ。
「主殿、リン殿お疲れ様じゃ」
「ええ、そっちは大丈夫?」
「うむ。男も無事じゃ」
未だ息を切らしている男を見る。
年の頃は20歳ぐらいだろうか。タレ目がちな目が憎めない愛嬌を生み出している。
「はぁ………はぁ…た、たすかり……ました」
「よいよい、休め」
ベクトラは息を切らしながらも喋ろうとする男にいたわりの声をかける。
「なら、その間に俺達は素材を取っとくか」
「そうね」
「槍の使い心地はどうだ?」
モンスターの素材を取りながらリンに話しかける。
「うん。すっごくいいわ。怖いほど手に馴染むし」
素材を取る手を休め、リンは自分の槍を見る。
ミントガーネットを彷彿とさせるような、透明感のある翠色。美術品かと思わせるような美しさでありながら、一度振るえば何物をも貫く威力を持つ槍。
同じ異世界転生で来た吉岡の武器だったものだ。
「でも、どうやったら本当の力を発揮するのかしら?」
ミシェロの町の鍛冶屋ゼペットさん曰く、この槍は眠ったままの状態だという。眠った状態でさえ、並の武器では歯がたたないのに、真価を発揮したらどうなるのだろうか。問題はどうやったらこの槍を起こすことが出来るかだが。
「愛と勇気と希望の名のもとにですよ!」
アルがまた適当なことを言い出す。
「なんか私の地元のあれに語感が似てて嫌だなぁ、それ」
「ちょ、ちょっとお話中ですがいいですか?」
「ん?」
見ると、男の人が申し訳なさそうに手をあげていた。
どうやら体力が回復したようだ。
素材はあらかた取り終え、袋につめる。アイテムボックスの存在は第三者には秘密にしているので面倒だ。
「まず、助けてくださってありがとうございます。
俺の名前はライアン。温泉街パペルの温泉宿月華の息子です」
「俺は冒険者のアポロ。こっちの妖精はアル」
「拙者はベクトラじゃ」
「私はリンよ」
「よし、息も戻ったようだし馬車に戻るか。そこで話を聞こう」
これ以上、馬車を待たすのも悪い。
「あ、すいません。図々しいですが、あのオークの肉も取ってもらえませんか。お土産というか言い訳に使いたいので」
ニカッと笑い、ライアンは言う。
命の危険にあったばかりなのに、そう言えるとは中々の人物なようだ。
そして、オークの肉を切り終えて御者の人に戻ると遅いと叱られた。なんか世の中の理不尽を感じるな。
目の前には草原の道。走るは馬。
心地よい風を浴びながら、馬車は進む。
「しかし、なぜあんな場所におったのじゃ」
「考えごとしてましてね。気がついたら街の外。そして、目の前にはゴブリンが」
「なんというか、馬鹿じゃなくて……災難だったのね」
街には魔物よけの結界を張ってあるからモンスターの心配はないが、街の外を出れば別だ。考え事をするなら街の中ですればいい。
「一体だけだったので逃げるのは簡単でしたが、ゴブリンが諦めて追うのを止めたら『おう、お前の根性はこんなもんか』と近づいて挑発したのがまずかったですね。追いかけてくるわ、いつの間にか数が増えるわ増えるわで」
「訂正するわ。自業自得よ。馬鹿よ、馬鹿なのね」
「ちょっと抑えきれない好奇心で」
『ファイヤーボール!』
「また、モンスターのようじゃな」
「……ライアンが乗ってからモンスターに遭うようになったわね」
ライアンに会うまではモンスターに出くわさなかったのに、ライアンが馬車に乗ってからモンスターが頻繁に出現するようになった。
一々降りるのは時間がかかるため、俺が御者台に座り近づいてくるモンスターに牽制や排除をすることになった。
足の遅いモンスターなら馬の速度には勝てないので無視出来る。
「ちょっ、偶然ですよ!」
「ちょっとライアンさん降ろしてから試してみますか」
「そうじゃのう。試してみる価値はあるかもしれん」
何やら物騒なことを言っているが、聞こえなかったことにしておく。
リンがなんとかするだろう。
「反対です!もう走る元気はありませんよ、俺は!どうやって帰れと言うのです!」
「命を助けて、迷惑を被ってますからね。
しかるべきものを貰わないとねぇ、ベクトラさん」
「そうじゃ、そうじゃ」
「やめなさい、アル、ベクトラ。
命の恩人から追い剥ぎになってるわよ」
「チッ」
「チッ」
「ちょっと!その反応おかしいわよね!?
私、変なこと言ってないわよね!?ね、アポロ」
「御者台にいるから俺は聞こえない」
「聞こえてるでしょ!」
俺は何も聞こえない。
考えることが多くて疲れたのだ。走る馬を見て癒やされるんだ。
「まぁ、まぁ、リンさん。
ちゃんとお礼はしますよ。なんたって命の恩人ですからね。
うちの宿は月華って言うのですけど結構大手なんです。泊まる場所が決まってなければ無料でお泊めしますよ」
「おぉ!」
「それはいいのう」
「で、物は相談なんですが。モンスターに襲われて死にかけたということを母には黙ってくれませんか?知られると俺の命がやばそうなので」
「土下座!?ちょ、やめてよ。わかったから!」
「土下座する人を見ると頭に足を載せたくなりますね」
「すっごいわかるのじゃ」
「アル、ベクトラ、何を言ってるのよ!?」
「美人に足を載せてもらうのはご褒美ですから構いません!
どんとこいです!さぁ!さぁ!」
「また土下座するの!?」
「リンさん、どうぞ」
「リン殿出番じゃ」
「しないわよ!話を振っといて私にさせるの!?
って土下座したまま近づいて来ないでよ!!
アポロ助けてぇ!」
道が整備されてきた。
温泉街パペルは近そうだ。
「あと、どのくらいでパペルに着きます?」
「もう少しだな。一刻もかからん」
「ちょっと、アポロ聞こえてるでしょ!
助けなさいよぉ!!」
さて、もうすぐパペルに着く。
そこで一泊して、リンの村へ。
最近の説話では三段撃ちはあまり画期的ではなく、三段撃ちの使う場所が限られてるという研究がなされるとかなんとか。この話ではそのことを無視しております。
今年の更新は予定通りあと1回するつもりです。パペルの街について出発までです。そこが一番区切りが良いと思うので。あとは書くだけ。が、頑張ります……。