日常が帰ってきたけど、放り投げておいた
もしかしたら、カルネキの根がリンの村にある。
その情報が頭に入るのに時間がかかった。
諦めて、次の手段をと思っていたのだから。
「はぁぁ!!!???」
リンの言葉に対しての俺の返答。
考える前に発した言葉。
その言葉に、リンは大げさと言っていいほど手を振り弁解の言葉を述べる。
「いや、確証はないわよ!私の勘違いかもしれないし。
ほ、ほら、私ってえっと……時々ね、抜けてる部分も無きにしもあらずだからね?違うかもしれないわよ!」
俺の言葉に何を思ったのか、自分を貶めてまで釈明の言葉を言う。
「リンさん、自分から抜けていると認めるなんて……」
「リン殿、立派じゃ。ついに認める気になるとは」
「時々って言ってるでしょ!
いつもはまともなんだから!」
リンはバンとテーブルを叩き、アルとベクトラを睨みつける。
対してアルとベクトラは大人ぶる子どもを見るように優しく笑って頷いた。
「うんうん、リンさんが言うからにはそうなのでしょう」
「そうじゃ、そうじゃ」
「何なのよもーーーー!絶対思ってないでしょーー!」
ベクトラとアルの態度に納得いかないのか、リンは怒る。
その光景を眺めながら、自分を取り戻していく。自分より慌てている人を見れば自然と冷静になるって本当なんだな。
喉の渇きをおぼえ、水を飲む。そして、口を開く。
「よし、冷静になった。
リン、その話を詳しく教えてくれ」
「ええと……違うかもしれないわよ?」
「それでもいい。話してくれ」
俺の声音が真剣だったせいか、リンは先ほどとは打って変わって神妙な態度で応じる。
自由に動いていた腕は所在なさげに両膝に重ね、リンは語る。
「えっとね。私の村の倉庫。
大事なものとか、使う用途がないものとかを入れる場所があるんだけどね。そこで一回あるの見た気がするの」
話しづらそうにしながらもリンは続ける。
「幼い頃ね、冒険気分で倉庫にもぐりこんだことがあるの。後でバレて怒られたけどね。その時に植物の根があったの。それで質問したの、この根は何って?」
「それがカルネキの根か」
「うん。そうだったと記憶しています」
何で丁寧語?
「なら、ある可能性が高いな」
「で、でも今あるかもわからないわよ!
その時は私も幼かったし、昔のことだから!記憶間違いもあるかも!幼かったから!」
「しかし、眠り病は人数が多い王都においても一生に一度遭遇するかどうかの病気じゃ。カルネキの根は眠り病以外には使い道のないものじゃ。あるとすれば、今もリン殿の村にあるじゃろう」
「リンの村は遠いのか?」
「そうね……行って帰っても1つの月かからないじゃないかしら」
「タイムリミット以内だな。頼んだら譲ってくれるのか?」
「わからないわ。使い道がないから置いてるのか、もし村の誰かが眠り病にかかった時のために大切に保管しているのか」
「俺達が行って確かめるしかないか」
「無くても怒らないでね?」
「何でそんなに不安なんだ?」
「だって……だってアポロが真剣なんだもの。声も表情も。
……怖いくらいに」
「…………へ?」
自分の顔をペタペタと触ってみるが、わからない。
真面目な態度だったとは思うが、リンが恐れるほどかと言われるほどなのか。
だが、ベクトラがリンの言葉に頷く。
「そうじゃのう。いつも以上に凛々しかったのじゃ、主殿は」
「ですね。鬼気迫るというか。目がギランとして、ボケたらヤバそうなオーラ出してました」
アルもウンウンと頷いた。
だから、アルは静かだったのか。
「それは悪かった。報酬が魅力的だったからな」
「アポロさん、欲に溺れると」
「待て、その言い方語弊がある」
「わかりますよ。領主の名のもとにやりたい放題出来るんですものね。
アポロさんも男の子なんですもの。わかります。若い男の欲望を解き放つ感じなのですね」
「最低ね、アポロ」
「侍としてどうするべきなのじゃ。民のために主君を斬れというのか……」
「どうしてそうなる……。
楓を探すのに役に立つと思ったからだ」
その言葉に皆の表情に理解の色が帯びる。
「考えたら……そうよね。アポロは楓さんを探さなくちゃならないものね」
真っ先にリンが。
「主殿の楓殿を探す心意気、あっぱれじゃ」
ついでベクトラが。
「うん。この町で一番の権力者にコネが出来れば百人力ですものね」
最後にアルが。
否定の言葉はなく、賛成の言葉を言う。
「あ、ありがとう。
ま、まぁ、俺が報酬で願うのは些細なことだ。他の皆の願いも叶えてくれると思うぞ」
優しい言葉に、涙腺がにじみそうになる。
それを誤魔化すように話を変える。ついでに、皆の顔を直視できなくなり、横に向く。
報酬は一つと決まっていない。あまりに高い報酬でなかったら複数要求していいはずだ。
「アポロさん、かーわーいい!照れてる?照れてます?」
「そういう所は歳相応ね」
「主殿は気が張ってることが多いからのう。レア顔じゃ、きゃー」
「くそぅ、敵しかいないのかここは」
「まぁ、いいじゃないですか。
リンさんの村に希望があるってわかりましたからね」
「あるかも、だからね」
リンが念を押して言う。
「まぁ、無かったら無かったでリンの里帰りと言うことにしよう」
「そうですね。いつまた賊に捕まるかわかりませんからね」
「ぐっ、それは言わないで……」
「リン殿、やばい経験をしておるのう。賊に捕まれば最悪、表の世界には出れない可能性があるのじゃ」
「わかってるわよ……私はエルフでこの国では奴隷が認められていないのだから」
この世界で初っ端に起こった出来事だ。
リンというエルフを義の心で助けようとしたのではなく、自分の目的のためだったのだが。
それでも、危険をおかしてリンを助けて良かったと思う。
「そして、今は借金エルフとなって働かされてますね」
「そう考えると救われてない気がするな」
「リン殿、生きていればいいことがあるのじゃ!
希望を捨てずに生きていくのじゃ!」
「やめて!慰めないで。今の境遇を不満と思ってないから!」
「借金するのが普通であるとリンさんは言うのですね。さすが、リンさん」
「違うわよ!何でそういう意味になるのよ!」
リンがアルを掴み、ガクガクと揺する。
体格差があるから、アルがガクンガクンと動いている。
助けてぇとアルは言うが、リンは気がつかない。
「しかし、リン殿は倉庫に忍び込むとは幼い頃もやんちゃじゃったのじゃな」
アルの助けての声をベクトラも聞こえているはずだが、構わず話を続ける。
その声でリンは止まり、アルの体から手を放す。
アルはそのまま空中から落ち、ぺちゃりとテーブルに落下した。ダメージはなさそうだ。ちっ。
「もってなによ。幼い頃の話なんだからね。今とは違うわ」
ぶすっと不満気にリンはベクトラに反発する。
それをベクトラはカッカッカと笑い。
「村の生活では満足出来ず、外に出て冒険者になってるのじゃ。やんちゃと言われても仕方がないと思うのじゃ」
「ぐっ……でも、ベクトラも同じでしょ」
リンは同じ冒険者のベクトラに対して反撃を試みる。
「拙者は家宝を奪い返すのと侍になるという目標があるからのう。外に出ねばならんのじゃ」
「うぅ……」
言外にリンは違うだろうと、ベクトラは言う。
リンの負けだった。
「しかし、ここでリンさんの借金エルフという称号が役に立ちますね」
「やめて、村に言うのはやめて」
散々打ち負かされたのか、力なくリンが言う。
「しかし、アル殿。その称号をどう使うのじゃ」
「カルネキの根を手に入れる交渉ですよ。
こっちの手札はリンさんを賊から助けたこととリンさんの借金です。この2つで戦います。命の恩人を盾に、それで駄目だったらリンさんの借金を減額しますと言うのです!」
借金の減額か。鬼だな、アルは。
リンの借金を完済させない気だ。
「命の恩人は言っていいから、借金はやめて!
絶対、村の人を説得するから!」
いつの間にか、俺がすべきことをリンがしようとしてる。
止めるべきか迷うな。
「妹の前では、立派なお姉ちゃんでいたいの!」
「あれ?リンさん、妹さんがいるのですか?」
「うん、すごい可愛いの!
それにね、可愛いだけじゃないの!
王都から声がかかるぐらいすごいんだからね!」
表情を一変させ、破顔一笑でリンは妹のことを話す。
妹が可愛くてたまらないと言う顔だ。
「でね、聞いて………ってパスタ!!」
さらに話そうとした所、気配を消して近づいたスパルダさんがテーブルに大きな皿を置いた。
真っ赤にソースで染められたパスタ。
トマトの香りが食欲をそそる。
「…………試食」
ぼそりとそう呟き、続々と料理を持ってくる。
「ありがとうございます」
スパルダさんに礼を言う。
話し込んでいたら、時間がずいぶん経ったようだ。
しかし、スパルダさんは料理の試食と言いながら、各人の好物を持ってくるのは気配りというか親切と言おうか、素敵な人だ。
これでシャイで無口でなければ。まぁ、シャイで無口でなければ店は潰れかけず、俺達に再建を頼むことにならなかったのだが。
「じゃあ、食べるとするか」
料理が全て届いた。リンもパスタに釘づけだ。
食べるとしようか。
旅をすればしばらくの間、迷える羊で食べることが出来ないのだ。今のうちに味わっておこう。