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キャラクターメイキングで異世界転生!  作者: 九重 遥
4章 誰がための再建か
57/98

誰がための再建か【改定】

最後、アルと主人公の会話にベクトラを足しました。

元の話と内容は変えてないです。

「みんな、飲んでますかーーー!」


「「Yeah!!」」


「迷える羊の貸し切りイベントに来てくれてありがとうーー。

 今日ここで貴方達に会えたことを忘れないですよ!

 酒の準備はOK?明日遅刻する言い訳は考えた?

 ピリオドの向こう目指していくぜーーーー!私についてこい!」


「「Oh,yes!!」」


 時刻は夜。

 迷える羊では貸し切りのイベントが行われていた。

 昼にもしたが、それは食事会で、今回のは料理というより場所を提供してどんちゃん騒ぎをするための集まりだ。


 急遽作られた特設ステージでアルが何かを喚いている。

 酒も飲んでもいないのにあのテンションになるのは何か危ない薬でもやっているのだろうか。何か往年のロックイベントのMCぽいものも混じっているし。


「今日はお疲れまさでした。

 アポロ君の奇術もすごかったですよ」


 声のする方を見ると、アルザスさんが両手にグラスを持って、こちらのテーブルに近づいてきた。

 現在俺は店の端っこ、目立たない場所に避難してきた。あのノリについていくには疲れが溜まりすぎている。

 アルザスさんは服飾店『クラッドネス』を経営する若き天才と呼ばれている存在だ。

 そのアルザスさんは俺にグラスの片方を渡し、もう片方のグラスを自分の口元へ運んだ。

 どうやら俺を探してやってきたらしい。

 

「どうも。慣れないことで疲れましたけどね」


 イベントの余興ということで俺も舞台に立たされコインマジックをはじめとした奇術を披露した。

 俺もアルザスさんにならい、グラスを口元へ。


「……………ごほぉ」


 うわっ、これ酒だ。

 焼けつくような熱さが喉を刺激する。


「くくっ、酒は飲めなかったかい?」


 飲みなれない酒に苦しむ姿を見て、アルザスさんは笑いながら謝罪する。


「ええ。大人の味はまだわかりません」


「ふふっ、会話の潤滑剤にしようと思ったんだがね」


「酒に飲まれて、あんな姿を披露するよりマシですけどね」


 前方にはメイドが一人給仕をしていた。

 そのメイドのお尻めがけて、酔っぱらいが手を伸ばしてきた。

 酔っぱらいが彼女に触れようかとした瞬間、メイドが酔っぱらいの指を取って、そのままひねった。

 こうなると男だろうが関係ない。

 指を折られまいと、指がひねられるのと同じように体を曲げ、ついには地面へと倒れこむ。

 メイドは倒れこんだお客にセクハラは駄目だと怒り、周りのお客はそれに囃し立てるようにそれに追随した。



「僕の店のものだ。すまない」 


「未遂ですから別にいいですよ。それにセクハラ対処の良い訓練になります」


「訓練にうちの店の従業員を使うか。ここの店は恐ろしいね。未遂じゃなかったら何を請求されるやら」


 アルザスさんはグラスをテーブルに置き、嘆息する。

 フォローしたつもりが、そのままの意味で受け取られてしまった。


「メイド服か……。

 最初、聞いた時は素晴らしいものだと思ったよ。メイド服の魅力を猛烈に語る君とアル君はひょっとして変態なのかといぶかしんだ。試作した時は君たちの言い分が事実だと体感した。

 だけど、不思議だったよ。何でこの衣装を迷える羊に出す以外で作ったら駄目なのか。それに用意できる最高級の素材で作らないといけないということも」


 良いものなら沢山作って普及させたほうが良い。売れるのだから。沢山売れれば売れただけ利益が出る。素材も安いほうが、入手コストや製作コスト、製作時間は安く、短くなる。

 しかし、たとえ素晴らしい衣装を作っても売らなければ服飾店として意味が無い。


「ええ、その条件で作ってもらいましたね」


「しれっとした態度でよく言うよ……」


 言葉だけ取れば恨み言のようだが、その言葉に刺はない。

 呆れたような、それでいて笑いを抑えきれない表情でアルザスさんは言葉を続ける。


「服を作ることだけで経営に興味がないロンザス爺さんやマイヒヒ兄弟を巻き込んだからね。こっちの意見なんて聞きやしない。数の暴力でとりあえず作るぞという流れになったから」


「買いかぶりですよ。

 単に制作費や期間から多数のお店に声をかけただけです」


「真実はどうやら。

 料理の試食だ、接客の練習だと迷える羊のご飯を従業員や私達の家族に食べさせ、胃袋を掴んだ。こんな美味しい料理を提供してる場所に不満をあげようものなら、たちまち従業員や家族が敵になるよ。

 けれど結果的に君の狙いがわかって良かったよ。独占販売って言うのかね?迷える羊だけにメイド服を卸す。それが何を生むのか」


 アルザスさんは視線を変え、メイドの方を見る。

 つられて俺も見る。

 忙しそうに動くメイドは酔っぱらいに囲まれていても、清楚で可憐な姿だった。長いスカートはターンをすると裾がひるがえり、一瞬だけ素足をのぞかせる。なんと甘露な光景なのか。普段見ることが出来ない部分だけに、ふとした瞬間覗かせる肌は高い魅力を醸し出している。

 うん。素晴らしいな。

 異世界に飛ばされ、見ることが出来ないと思ったメイド服がここでなら見られる。

 そのままメイドを見ながらアルザスさんは言った。


「権威付けだね。

 限られた場所でしか見れないものに人は特別な感情を抱くものだ。迷える羊でしか見られないとなると、最初料理に興味がなくっても寄ってくる人が出てくるだろう。そして、あの料理の味と接客だ。気に入らないほうがおかしい」


「維持するのは難しいですけどね。俺達は冒険者ですから、迷える羊にいつまでもいるわけではないので」


「それも何か考えがあるのだろう?」


「とりあえず混雑するのなら予約制にしようかと。料理の質を上げて、値段を高くすれば来るお客は減りますから接客も楽になります。今やってる店を貸し切っての食事会やイベントなら利益率も高いですし、普段の売上が低くても挽回できます」


 作る料理も参加する人数が決まっているなら用意するのは簡単だ。必要な人数も予測できる。

 そして、食事会等のイベントは大量生産、大量消費なのでコストが安くつく。

 

「よく頭が回るものだ。飲食店で予約客以外お断りなんて聞いたことないよ。それも庶民が利用できる値段の範囲でだ。そりゃ何度も通うのは無理だが、誕生日といったイベントなら使うことができる。記念日だから迷える羊で食事しようってね」


「そうなるといいですが」


「それにメイド服の素材は最高級のものを使う約束だ。最初、高い素材使っとけばいいだろう。どうせ費用のほとんどは服飾店持ちなんだからとか考えていると思ったよ。なんて、ひどい人物だって何度嘆いたことか」


 メイド服の他に衣装のアイデアを渡す約束だ。そのかわりにメイド服を作ってもらう。かかる費用のほとんどは服飾店持ちだ。

 無茶な要求をしたと思う。

 謝ろうと思った時だった、アルザスさんは口元を喜悦で歪めた。


「でもそれが間違いだった。

 君は恐れたんだね。この衣装が他に真似されるのを。

 だから対策を取った。この町の主な服飾店に声をかけ、制作を協力させる。皆。協力者だ。変な真似はしない。

 たとえ、誰かが真似しようと思っても、メイド服を作れる店はミシェロの町に存在しない。私達が許さないのだから。

 それに、この衣装の素材は最高級だ。仮にこの衣装を真似て作っても、粗悪品にしかなり得ない。一度迷える羊のメイド服を見れば、粗悪品では満足出来ない。物足りないと感じるだろう。そして、偽物が出てもそれは迷える羊のメイド服の格を損なうものにはなりえない。たとえ、どこかの都市や国がメイド服の起源を主張したとしてもね。誰も迷える羊のメイド服の方が偽物と言えないよ。

 君はそれを狙ったんだ。

 君は怖いよ。お店を再建する?そんなスケールじゃないよ。服飾店を巻き込み、ギルドを巻き込み………迷える羊をも利用して君の目的を達成する。僕としては、迷える羊が潰れかけたのは実は君が計画したと言ってもおかしくないんじゃないかと思えてくるよ。ねぇ、どこが出発点なんだい?」


「さらりとひどいことを言いますね」


「褒めているんだよ」


「全く嬉しくないのですけど。それに買いかぶりの部分があります。行き当たりばったりで生きてますからね、俺は」


「それが真実でも僕は君の評価を落とす気はないよ。

 君の目的は幼なじみか妹だっけ、彼女を探すことなんだよね?」


「俺にとっては妹のようであり、幼なじみのようでありですけどね。どっちの言い方でも間違ってないです。対外的には妹のようなものの方が通じるのでそっちを使ってますが」


 アルザスさんに俺の目的のことを伝えた。

 無論、協力してもらうためだ。

 ただ……。


「うん、それも協力しようと思う。

 けど、こっちも忙しくなるからね。しばらく待ってほしい」


 今回の赤字を補填するため。

 俺が伝えた新しい衣装を形にするため。

 アルザスさんを含め服飾店の皆さんは仕事が山積みなのだ。


「ええ。それで構いません。

 こちらも準備期間というか、何とか他に強力な手が打てないかあがきたいので」


「また何かやらかす気かね?」


 ニヤリとアルザスさんは笑う。

 何かアルザスさんの中で俺という存在が曲解されている気がする。


「ありふれた手段でありふれたことをするだけですよ」


 正直、楓を一刻も早く見つけなければいけないということはない。10年20年かける気はないが、半年や1年ぐらいならかかっても仕方がない気がする。

 まぁ、そう思うのはまだこの世界に来て一ヶ月ぐらいしか経ってないからだろう。それに、あの神は俺にアルをつけた。他の転生者より気にかけていると言ってもいいだろう。その俺の探し人を即殺す展開にはしないと思える。無論、希望的観測といえばそれまでだが。


「君が何をするか楽しみにしてるよ」


 最後にそう俺に声をかけ、アルザスさんは去っていった。




 全てが終わった後の店内。

 俺とアルとベクトラがそこにいた。


「お疲れ様でした」


「お疲れ様じゃ、主殿、アル殿」


「アルもベクトラもお疲れ様」


 コツンと互いのグラスを当て、健闘を称える。


「くーー、この一杯があるからこそ生きていけるのですよ」


「グラスの中身は水だぞ」


「雰囲気を出そうとしているだけですよ。アポロさんものってくださいよ」


「やだよ。アルみたいに変人に見られたくないからな」


「え、私変人に見られてるのですか……」


「え、変人の自覚がなかったのか……」


「ア、アル殿…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 三者無言のまま水を飲み干し、グラスをテーブルに置いた。


「と、とにかく上手くいって良かったですね」


「ああ。危ない場面もほとんどなかったな」


「主殿とアル殿の指導のおかげじゃ」


 昼間はギルドの食事会。

 夜は関係者を集めてのお祭り騒ぎ。


「リンはどうしてる?」


 ここにいないリンについてベクトラに尋ねる。

 ベクトラは首を横に振るう。


「お疲れのようじゃ。ベッドでぐっすり眠っておる。余程のことじゃ起きんじゃろう」


「そうか」


「アポロさん、夜這いのチャンスですね」


「最悪だな」


「主殿、リン殿の部屋の鍵はここに」


「ベクトラも乗り気なの!?」


「カカッ、冗談じゃ」


 会話が場をあたため、次の話題へ。


「しかし、どっかでメイドが失敗すると思ったんですけどねぇ。

 ちくしょう、転んでパンツ見せるくらいのサービスをしてほしかった」


「何度も聞いたことある気がするが、アルって性別で分けると女性に分類されるよな?」


「遠回りに馬鹿にされてる気がするのですが……。

 どっからどう見ても女性ですよ。頑張れば、胸の谷間作れますよ?実はリンさんに勝ってますよ、私」


「リンが聞いたら本気で泣きそうだから本人に言うなよ」


「リン殿、おいたわしや……」


 ベクトラはリンの何かを想像したのか、自分の身を抱きしめるように双の腕を抱く。自然、胸が圧迫され豊かな胸の山脈がそびえ立つ。


「でっかいですねぇ……普段でも谷間が出来ているのに」


 アルがそれを見てぼそりと感想を述べた。

 しかし、頑張れば谷間が出来るってなんだろうか。

 頑張れば?

 谷間って自然に出来るものではないのか。

 男ではわからないことなのか。

 アルに聞けば、実演ありで教えてくれそうだが、何か危険なルートに突入しそうなのでやめておいた。

 第三者から見たらやばそうだもんな、うん。

 ベクトラもいるし。


「なんかアルって男側の意見が多くてな、不思議に思うことが多々ある」


「え、アポロさんはメイドのパンツ見たくないのですか!?」


「さも常識のように語らないでくれ」


「え、アポロさんはメイドのパンツ見たくないのですか!?」


「メイドは仲間だぞ」


「え、アポロさんは仲間のパンツ見たくないのですか!?」


「はいというまで繰り返すのか、それ。

 それにロングスカートだから無理だと思うぞ」


「こう豪快に転んでぶわっと。それがドジっ子メイドですよ。

 むしろ、それこそがメイドの鑑!」


「今までのアルの講義、全否定だな」


「それが…………セクハラもさせないほどの冷徹なマシーンになってしまうとは」


「アルのせいでもあるからな。俺でも忍者かメイドかわからなくなってるからなぁ」



 気配の消し方といおうか、お客のグラスの水を継ぎ足す、食器を持ってくる、皿を片付ける、これらの行為をお客に悟られることなく自然に行うようになっていった。


「拙者が聞いてよい話なのかのう」


 メイドとして教育されたベクトラの前で話すことではないとも思えるが、ベクトラはメイドと自分と分けて考えることが出来る人物なので大丈夫だろう。

 目的も終えたのだ。肩肘の張った会話をしたくないというのもある。


「お客さんの中にも、メイドについて間違った感想を抱いてる人もいましたからねぇ」


「拙者はメイドとしての自分が褒められてる感じがして嬉しいと思えるのがのう。訓練の成果が出たと実感できるからじゃ」


「困ったような、そうでもないような……」


 アメリカ人が抱く、忍者のイメージと言うべきか。

 メイドという人種は清楚で、仕事が完璧に出来る職業と認識されている。

 迷える羊ではそうなるよう洗脳もとい教育したので間違ってはいないが。


「ドジっ子メイドも味がありますからね。そこら辺を認めないとメイド通と言えませんよ」


「メイド道は奥が深いのう」


「しかし、どうでもいいよなそれ」


「まさかの裏切り!?」


「一回も味方をしたおぼえはないのだが」


「くっ、寝言でドジっ子メイド萌えとか言ってたのに」


「主殿……」


「待て、ベクトラ。信じるな!

 さも真実のように嘘を言うな!」


「あん?寝言なのに記憶があると言うのですか、アポロさんは?

 ほー、日毎寝ている時に欲望を口に出しているというのに…………嘘をつきましたから、首を曲げるのやめてもらえます?そっちの方向にはそれ以上まがら、まがらぁ、だめぇぇぇ」


「…………ったく」


「お茶目なジョークじゃないですか、ったく。

 謝りますから手をおろしてください。ええ、剣もいりません。時代はペンは剣より強しです。武力の時代は終わりました。話し合いで解決しましょう」



「問題はギルドの人達に過大評価されてる気がするのだよなぁ」


「マイリヒさんとかすごかったですものね。メイドは複数の声を同時に聞き分ける聖徳太子のような人物と勘違いしてるようでしたよ」


 複数の声を聞き分けるとか本当に訓練で出来るのか。

 マイリヒさん本人が出来ていたので嘘ではなさそうだが、短期間で出来るものではない。

 ならばどういうことか。

 一度に沢山の質問をされても、質問内容はある程度決まっている。

 メイドというのはアルハザールでは未知のものだ。興味を引くものだ。興味を引く点は限られている。

 ならば傾向と対策を練ればいいだけだ。

 想定される質問を予想し、解答を用意しておく。

 想定される質問は簡単だ。地球人の俺に異世界の人達がメイドの何に興味を持つかわからない。

 しかし、サンプルが沢山いるのだ。メイド服を作成する際に手を貸してくれた服飾店の皆様とその家族。その人達がメイド達に興味を持つ点がそのまま答えとなる。

 質問量が多くても、想定される質問内容ならば問題がない。繰り返し訓練すれば、文章全てを聞かなくても、単語だけで質問が予想できる。

 そして、質問に答える際に会話の主導権を取れば簡単だ。後は、こちらの思うままに会話を走らせる。


「どっかで想定外の質問とかが来ると思ったら来なかったもんな」


「メイドが困った顔で『沢山の質問を投げかけられても、どれを答えていいか迷ってしまいます』とか言うだけで従順になりましたからね、きゃつらは。清楚な態度に騙されて、一発でおとなしくなりました。野生が足りない」


 頬に手を当てて、憂いた顔で答えるメイドはわかっていても威力がある。初見で流せる人は中々いない。


「アル殿の教えのおかげじゃ。猛っておった野生のギルド職員共が一発で静まったのじゃ」


「ギルド職員つかまえて、野生が足りないって言う方がおかしいけどな。一応、エリートなんだぞ、ギルド職員は」


「こっちは保険を沢山かけてたのに、これじゃ必要なかったじゃないですか。私達の苦労が!!」


 迷える羊を再建させるために目玉になるものをいくつか用意した。

 ひとつは、メイド服。

 ひとつは、従業員の接客態度。

 ひとつは、料理。


「一本の矢を折れても、束ねられた3つの矢を折れる人物はいない。

 それなのに、一本の矢も折ろうとしないとは……。

 この料理はまずい。明日来てください。本当の料理を明日見せてあげますというぐらいの猛者はいないのですか」


「ギルド職員が言ったら引くけどな。料理人じゃないだろ、お前と言いたくなる」


「報道機関の人が言うくらいだから、ギルド職員が言ってもおかしくないでしょう」


「漫画だからな、それ。

 本当にそんなこと言ったやつがいたらどうするんだ?」


 漫画脳というやつか。現実と漫画をごっちゃにしている。

 漫画が与える影響は恐ろしい。争いが起こっても美味しい料理をだしとけば解決すると間違った知識を与えかねないからだ。


 アルは顎に手を当てて、しばし考える。


「……闇討ちしかないですね。帰り際にサクッと殺っちゃいましょう」


「最悪だな。料理で勝負という発想はないのか」


「現実を漫画とごっちゃにしてはいけませんよ。

 それは漫画脳というやつです。やれる時にやる。それが大事なのです」


「なんか理不尽な気がする」


「せっかくチサンさんの腕を犠牲にしてタルタルソースを作ったのに!チサンさんの苦労が!」


 目玉の料理を何にするか迷った。

 地球にはあって、アルハザールにはない料理は沢山ある。その中から何をチョイスするべきか。

 アジアと一口に言っても本場のインド料理やタイ料理が日本人の口に合わないことが多々ある。異世界においても同じことが言える。

 うまい、まずいの問題ではない。

 こればっかりは作ってみないとわからない。

 ならば、味云々よりもっと違う何かにしようとして、


「中毒性があるタルタルソースにしたんですよねぇ」


「タルタルソースって言ってもマヨネーズと作り方がほとんど同じだからな」


「マヨラーと呼ばれる人がいるように。調味料なのにそれのみを欲する中毒者が出てくる禁断の果実。それがマヨネーズ!」


「あれは美味いのじゃ!リン殿も目を輝かせて食べておった!」


 ベクトラが快哉を叫んで、タルタルソースとマヨネーズを褒める。


「原料が卵と油だからな。脂分は人間が美味しいと感じるようにできてるからな、外れはないと思った」


 単純に作れると思ったが、実は結構な試行錯誤の末の産物だった。

 油にしても、動物性の油では作れず植物油からしかタルタルソースは作れない。あとは衛生面的な問題があった。タルタルソースは加熱はしないので、菌が繁殖しやすい。なので防腐効果があるハーブや生食可能な卵を探さねばならなかった。調達出来ても、次は味の問題。美味しくなければ意味が無い。材料の配合のバランスを変えたタルタルソースを山のように作り、試食もした。

 本当に苦労の産物だった。


「結果的に正解でしたね。美味しいの連発。試食会ではこちらが教える前にサラダにもかけてました。というより、色んな料理にかけてました」


「タルタルソースにしてもマヨネーズにしても太るけどな」


「それが一番の問題じゃ」


 マヨネーズの主な原料は卵と多量の油、そして酸味料。

 卵に油を少しずつ加えながら混ぜるだけ。それだけでマヨネーズは完成する。レシピにもよるが卵1個に使う油の量は200ミリリットル前後。太らないという方がおかしい量だ。


「それを教えたら女性陣の手が止まりましたからね。笑いが止まりませんよ。食欲を取るか、美貌を取るか。迷う姿が何よりの愉悦です!迷い、躊躇する人を見ながらタルタルソースを味わうことは何と甘露な味なのか!」


「リン殿もそれを聞いて、手が止まったからのう」


「涙目になってましたね。太るの?これかけて食べたら、太るの?と子犬のように震えながら聞く姿は今思い出してもグッドです」


「やっぱりアルは女性の敵なのか」


「いつギルド職員にバラそうか今から楽しみでなりません」


「マイリヒさんを敵にまわすことだけはやめてくれよ」


 余談だが、マヨネーズが太ると聞いて喜んだのはチサンだった。マヨネーズは作り方は簡単だが、作るのは非常に面倒だ。卵に油を加えながら永遠と思える時間混ぜなければいけない。油という液体からマヨネーズという粘性の液体に変わるにつれ混ぜる際の抵抗が増す。作れば作るほど辛くなる作業。マヨネーズやタルタルソースが人気になれば、作る量が増すため、少しでもタルタルソース人気に陰りが出る要素が出て狂喜乱舞している。


「ギルド代表のマイリヒさんですか……意外とちょろかったですね」


「使う言葉が間違ってる気がするが、意味は通じてしまうな」


「なに、主殿の人徳じゃ」


「何もしてないのにあちらから協力を申し出てくれましたからねぇ」


「あれには驚いたな」


「こちとら、マイリヒさんのためにプレオープンをしたと言っても過言ではないのですよ」


「せっかくアルが俺の中に入って頑張ったのにな」


「そのようなことが出来るとは驚きじゃ。アル殿は多才じゃ。それに身を犠牲にしてまで尽くすその献身。まさに侍じゃ」


「えっへん!」


 高らかに胸を張るアル。

 アルは昼のギルド食事会では俺の中に入って奮闘していた。

 俺の中から店内を見て、何が起きてるか、何をすればいいかを俺に伝えてたのだ。

 便利な機能だ。ただ、アルとしては俺の中にいて活動するのは苦痛を感じる仕様らしく外にでてる状態の方がいいとのこと。


「しかし、楓さんを探すのを手伝わせるためにどうすればいいか、アポロさんと考えぬいたのに!10を超える会話導入パターンが意味なくなるとは!」


「美味しい料理を出して、機嫌を良くしたところにお願いする。簡単なようで難しい。雑談から楓という人物を自然に出さなくちゃいけないからな」


「あっちから言ってきましたからね。驚きましたよ」


「拙者としては、そこまで考える主殿達の策略に驚きなのじゃが」


 ベクトラは何に驚いてるのかわからないが、聞かなかったことにする。俺とアルには普通のことだから。

 マイリヒさんの会話はトントン拍子で話が進み、楓の捜索に手を貸してくれることになった。

 楓がミシェロの町に入ったら教えてくれるのだ。


「何かしらマイリヒさんの琴線に触れる部分があったのだろうな」


「メイド服やら接客の心得が役にたったのですね」


 再建をする際、迷った。

 どこまで力を尽くせばいいのか。

 どこまでしたら、成功というのか。

 加減がわからない。

 手を抜いて潰れてもいけないし、自分の持ちうる手札を切って再建を成功しても俺自身に何も還元されなければ丸損。たとえ、繁盛店になろうが意味が無い。迷える羊が潰れなければいいのだ。繁盛店にする必要はない。

 悩んだ。

 悩んだ末、全力でやって自分の目的を達成することにした。

 地球の知識というカードを使い、メイド服、料理をアルハザールに出した。

 迷える羊が潰れないために、楓を探すことが出来るように。

 行き当たりばったりだが、全てが上手くつながるように。俺に興味を集め、権力者が俺に接触出来るように。俺という存在が目立つリスクを出しても、それ以上のリターンが得られるように。ここが勝負どころと判断したのだ。


「しかし、あの条件で良かったのですか?せっかく権力者のコネなのに。

 それとも、マイリヒさんを口説き落として、愛人にする計画なので初期条件はどうでもいいと?」


「考えるだけでおぞましい計画だな。そんな考えはない!」


「主殿、目的の為に自分を犠牲にするとは……しかし、それは侍の道ではないのじゃ。やめなされ。体を許すのは愛する人となされよ」


「否定したよな、俺!?」


「しかし、アポロ殿がマイリヒ殿を好きというのなら……」


「ベクトラ、話聞いてる!?

 否定してるよね、俺」


 マイリヒさんは年上すぎるし、アレだ。守備範囲外。自分の母親かそれ以上の年齢の人物を好きになるのは駄目だ。


「まぁ、言ってみただけですけどね。もし、そんなことするなら軽蔑しますよ、私は。ハーレム基準は高めに設定しましょう。ちなみに、ベクトラさんとリンさんは軽々クリアです」


「ちと照れるのう」


 わざとらしく、ベクトラは流し目でこちら見る。

 からかっているのだろう。これだから大人の女性は困る。

 わかっていてもドキッと心臓が鼓動するのだ。

 それを悟られないように、平然として、


「馬鹿やってないで話を戻すぞ。

 あの条件は、逆を言えばミシェロに楓が入ってくればわかるということだ。後は、どうにかして楓をミシェロに呼び寄せればいい」


 話を入れ替える。

 それよりも、楓を探す手段だ。

 時間が経てば、服飾店の皆様が落ち着き、楓を探すことに協力してくれる。商人は町を行き来する。ならば彼らに任せれば広い範囲に手が回るだろう。


「俺は色々なコネを使って楓を探しだしてみせる!」


 俺は凄い他人任せな計画を胸を張って宣言した。

 自分の手で探すのが普通だと思うが、それはしない。変な方法かもしれないが俺は俺なりのやり方で楓を見つける。


「ほんとに、仮初とはいえアポロ殿を主として良かったのじゃ」


 すると、ベクトラは朗らかに笑って、そう述べた。


「え…………」


「なんじゃ、主殿?ほうけたような顔して」


「いや、呆れられるかなと思ったんだが。普通、冒険者なら自分の力で有名になって探すとか、様々な都市を旅して探すとか考えるだろ」


 なんというか、その方が主人公らしいというか王道の気がする。

 


「うむ。拙者ならそうする」


「なら……」


「違うのじゃ。そう考えてしまうのじゃ。思考がそこで停止してしまう。一人で目標を達成しようとしてしまう。現に拙者は盗まれたオルケニアの腕輪と虎徹を探すために自分一人で旅をしてきたのじゃ」


「それは仕方がないと思う。俺は……」


 俺は異世界の知識がある。

 だからこそ、打てた手だ。

 それが無いベクトラにはどうすることも出来ない。

 それを言いたかったが、言うことが出来なかった。俺が異世界の人物だとまだ告げられないのだ。


「いいのじゃ、主殿」


 その声とともに、突然視界が暗くなり、甘く蕩けるような優しい香りが。それと共に温かくて柔らかな感触が頬に。


「べ、ベクトラ?」


 その感触も一瞬で、すぐベクトラは離れた。

 ベクトラに頭を抱えられ抱きしめられたのだ。ベクトラが離れたことによって、温かさも優しい匂いも遠のいた。それを少し名残惜しいと思ってしまった。


「先ほどのアル殿と主殿の話で拙者にはわからぬことも多々あった。気にならないと言えば嘘になるが、いつか話してくれるのじゃろ。その時を待つのじゃ」


「ベクトラさんはいい女ですね。泣けてくらぁ」


「ふふっ、いい侍と呼ばれたいが、いい女と言われても嬉しいのう」


「なら、いい女侍ですね」


「カカッ、ありがとうアル殿。それにアポロ殿もよき侍と言えるのじゃ」


「俺が?」


 何も侍らしきことはしていない気がする。

 思い浮かべても、再建にかこつけて自分の目的を達成しただけだ。


「武士道は縁を大切にするのじゃ。縁とは人と人との繋がり。助け、助けられ絆を強くする。困っているスパルダ殿を見捨てず、助け出す義の心。自分の目的のためとはいえ、誰も不幸にしてはおらぬ。拙者はこの再建でここまで話が大きくなるとは思えなかったのじゃ。絆を作り、それによって目標を達成する。縁を大切にするその姿勢、侍の心といえよう」


「買いかぶりだ。行き当たりばったりでそうなっただけだ」


 ベクトラの優しい言葉がこそばゆく、ついぶっきらぼうに否定しまう。


「アポロさん、もしかして照れてる?

 照れてるの?照れちゃってるの?

 ……あの謝りますから照れ隠しに頭を掴むのやめてくれませんか」


「俺は照れてない」


「その行動が………み、認めますから、認めますから手をはなしてぇぇぇ!」


「ふん……アルを触ったから手が汚れたな」


「ちょっ、ベクトラさん!

 ほんとに侍とか言っていいの、これ!」


「しかし、占い師の言ってたことはこのことかのう」


「ちょっ、無視しないで!」


「ベクトラ、どういうことだ?」


「なに、託宣の占い師の言うことには。主殿には大きな壁が訪れると言われたのじゃ。拙者が協力してもしなくても結果は変わらないともな。ゆえに、自分の好きな道を選べと」


「気になりますね」


「このことなのかもしれん。拙者が協力してもしなくても結果は変わらなかったじゃろう。それに、拙者はいつも自分の好きなことをしておる。悩むだけ損じゃ」


「いいこと言いますね、ベクトラさん。そうです悩むだけ損ですね。好きなことをしていきましょう!」


「アルが言うと嫌な意味になるな」


「なんですとー!

 謝罪と賠償を要求しますよ、アポロさん」




 迷える羊の再建の依頼は終わった。

 まだオープンを控えてるが、今の感触としては問題なく営業し続けられると思う。潰れることはないはずだ。


 余談だが、その考えは間違っておらず。迷える羊は潰れかけたのが嘘のように繁盛店となった。そして、俺達パーティの収入源のひとつとも言える店となった。

 それはまた別のお話。

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