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キャラクターメイキングで異世界転生!  作者: 九重 遥
4章 誰がための再建か
55/98

生か死か それがホールスタッフ

時間ギリギリになりましたが、なんとか書き終えました。

遅くなってすいません。


そこそこ長いです。

「よし、揃ったな」


 チサンと交渉した次の日。

 場所は当然、迷える羊。

 ここに迷える羊再建のメンバーが揃っていた。


「今日は何をすればいいの?」


「うむ。頑張るのじゃ」


 気力十分といった感じでリンとベクトラが声をあげる。

 うん。

 しかし、エルフとダークエルフはセットになるとより魅力的になるな。

 透き通る白と光を反射して眩しく映る褐色の肌。

 うなじとかつい目がいってしまう。


「掃除疲れたッス。休みたいッス」


 対照的に疲れ果てているチサン。

 昨日店に来て、これからの予定が無いということでこき使ったのだ。

 仕事が今日になろうが明日になろうがあまり変わらないと思ったからだ。

 使えるものは有効利用する。それがブラックな考え方だ。


「アポロさん、追加の資金です。お納めください」


 アルが懐からお金の入った袋を取り出し、俺に渡す。

 中を開けて見ると、銅貨や銀貨が詰まっていた。


「結構な量があるな」


「え、アルまだ持ってたの!?」


 リンは俺の方を覗きこみ、袋の中を見る。

 そして、ショックを受けているようだ。


「いえ、昨日出したのはあれで全部ですよ。

 新しく稼いできました」


「詐欺!?

 駄目よ、アル。それは駄目だわ」


 稼いできたと言われて、真っ先に思い浮かぶのは詐欺なのか。

 リンが普段アルをどう思っているのかわかる一言だ。


「大丈夫じゃ、リン殿。

 アル殿のことじゃ憲兵に捕まる落ち度なぞしとらんと思うのじゃ」


「おぉと、フォローの方向が違うような気がしますよ」


「日頃の行いだな」


「他人事のように言ってますけど、お金集めろと言ったのはアポロさんのような気がします」


「駄目よ、アポロ。アルの影響を受けたら!」 


「アルの信頼度がわかるな……」


「リンさん、私のことどう思ってるのですか」


「ええと……」


 アルがジトーっとした目つきでリンを見る。

 リンは視線を宙に泳がせる。

 そして、あっとわざとらしく声をあげた。


「そ、そんなことより、どうやってお金を得たのよ!?」


「話をそらしましたね」


「うむ。そらしたのじゃ」

 

「そ、そんなことないわよ!

 ベクトラも気になってるわよね、ね?」


「おっと、まだごまかし続けますリン選手。

 解説のベクトラさん、どうみます?」


「うむ。リン殿は意固地になっておるのじゃ。

 話をそらしたと認めたら楽になるのに、性格上認めることができんのじゃ」


「損な性格をしているのですね」


「うむ。あれは昔からそうじゃと聞いておる。

 聞いた話じゃが、リン殿が小さい頃……」


「アル、ベクトラ。悪かったから、やめて!」


「悪かった?何が悪かったのですか?

 私にはちっともわからないです。ベクトラさん、わかりますか?」


「拙者にもわからぬなぁ。リン殿、説明を頼む」


「絶対わかってるでしょ。顔が笑ってるもの!」


 女性三人寄れば姦しいとよくいったものだ。

 話を続けようとしても、難しくなった。


「いいんスか、あれ?」


 騒いでるリン達を見ながらチサンは言った。


「ま、仕方ないだろう」


「で、新しく稼いできたって言ってたッスけどどういうことなんスか」


「ああ、寄付してもらったんだ。

 アルと仲が良い人たちに再建するから手を貸してくれって頼んだんだ」


「へぇ、すごい人望ッスね」


 普通なら、お願いしても集まらないはずだ。

 袋の中に手を入れると、その中はほとんど銅貨なのだが、銅貨にまじって銀貨がチラホラ混ざっている。

 地球換算で1万円を誰が無償で渡すのだろうか。


「それだけじゃないぞ。再建に協力してくれた人たちには食事をおごると話はつけている」


「なるほど…………ってそれって、普通にお金払って料理食うのと変わらないッスね」


「嘘は言ってないぞ、嘘は」


「嘘をついてなければいいってもんじゃないと思うッスけど」


「わしゃ知らん!アルが勝手にやっただけだ」


「最悪!最悪ッス!

 アルさん、アポロさんの指示でお金集めたって言ってたッスよね!」


「指示はしたが、詳しい方法は関知していない」


「うわぁ、極悪ッスね」


「チサンはどうやら仕事の量を増やしてほしいようだな。

 俺も心を鬼にするとしようか」


「いやっほーぅ! アポロさん最高ッスー!

 だからやめてください。お願いします、マジで」 


 いきなり態度を豹変させたチサン。

 こころなしか目が死んでる気がする。


「何がここまでチサンを変えてしまったのやら」


「本気で言ってるんスか?」


 ジト目でこちらを見てくるチサン。

 その視線をまるで気付かなかったように、悠然な動作で袋の中の硬貨を取って、親指で硬貨を弾く。

 弾いた硬貨は空中に飛び、頂上で止まって落ちていった。手元まで落ちた硬貨を右手で掴む。握った手はそのままで左手で右手を数度叩く。


「??」


 握った右手を開き、何も中に入ってないことをチサンに見せる。チサンは呆然として、俺の顔と右手を何度も見比べる。


「え、硬貨はどこいったッスか!?」


 その光景に満足して、俺はまだ騒いでる三人の女声に向かって声をあげた。


「さて、騒ぐのをやめて再建の話を進めるぞ」


「わかりました!」


「了解じゃ、主殿」


「もうちょっと早く助けてよ……」


 ビシッと敬礼するアル。

 それに倣ったベクトラ。

 そしてなぜか疲れ果ててるリンの姿が。


「掃除はあらかた済んだので、次はインテリアだな」


 細かい部分は残っているが、見える範囲の汚れは取り除けた。細かい部分は汚れがこびりついてるため時間がかかりそうだが、それはちょっとずつやっていこうと思う。


「私の苦労があったわけッスけどね」


「ああ。スパルダさんの協力とチサンの尽力のおかげだ。これで予定は早まった。部屋の内装はリンとベクトラに任そうと思う」


「私とベクトラに?」


「ああ。こういうのは女性の視点が重要だと思うからな。落ち着いた雰囲気に仕上がるようなら何をしてもいいので」


「わかったわ」


「了解じゃ」


「あ、侍文化はお断りだからな」


 なぜか鼻を膨らませ、やる気充分といった感じのベクトラに嫌な予感がしたので牽制を入れる。


「なぬ!なぜじゃ!」


「するつもりだったのか。

 趣味に走るのは構わないが、和風はちょっと店の雰囲気に合わなさそうだからな。

 リン、しっかり監督してくれ」


「わかったわ。ベクトラが暴走しないように見とくわ」


「あ、リンさん。ここを出て、角曲がった雑貨屋がおすすめですよ。安くするように話は通してますし、何かあったら奥さんにチクリますよと言ったら安くなりますから」


「怖いわよ。何で雑貨屋の秘密を知ってるのよ」


「天網恢恢疎にして漏らさずです」


 天が悪人を捕えるために張り巡らせた網は粗いが、一人も取り逃がさないだったか。

 その言葉を聞いて呆れたように、はぁと溜息をつくリン。


「リンさんのその態度に、ちょっと傷ついたんですけど」


「俺とアルは会議な。これからのスケジュールを話し合う必要がある」


「傷ついたって言っても誰もなぐさめてくれないのですね」


「ベクトラ、ちょっと熱湯をアルにかけてくれないか」


「それが慰めなの!意味がわからないですよ!」


「了解じゃ」


「ベクトラさんも何も疑わずに了解するの!?」


「スパルダさんと私はどうしたらいいッスか?

 もしかしてたら、休みッスか?」


「ははは、そんなわけないだろ」


「当然のように笑うアポロさんの姿に殺意を覚えるッス」


「チサンとスパルダさんは作ってほしいものがあるからな。それの準備をしてくれ。開店したら、大勢のお客の分を作らないといけないからな。それができるか試してほしい」


「わかったッス。やっと料理が出来るッスね。ここから本領発揮、やる気みなぎるッス」


「あ、途中で手がもげるほど疲れるかもしれないが、妥協せず頑張ってくれ」


「ほんとアポロさんって上げて落とすの上手いッスねぇ!」


「ハハ、チサンに褒めてもらえると嬉しいな」


「皮肉で言ってるんスけど……」


「ハハ、チサンの怨嗟が心地よいな」


「駄目だ、この人なんとかしないといけないッス」


「チサンさん、そんな時に効果がある壺がありますよ。

 いります?厄除け、無病息災、効果抜群です!お値段はチサンさんの給料3割1年払いですって痛い痛いアポロさん痛いです」


 変なものを売りつけようとしているアルの耳を引っ張る。何やら悲鳴をあげているが、気にしないでおく。


「はぁ、本当にアポロさんとアルさんっていいコンビッスね」


 どこか疲れた感じでチサンがぼやいた。






 再建開始、前半。


「「お客様は敵だ!」」


「こら、いい加減に言っては駄目です!

 『お客様は敵だ!!』

 さぁ、復唱!心を込めて!」


「「お客様は敵だ!!」」


「声が小さい。もう一度!」


「「お客様は敵だ!!」」


「ソー・グッド!

 大事なことなので魂に刻んでおいてくださいね。どこかの国ではお客様が神様とか間違った物言いが伝わっていますが、それは間違いですからね」


 どこかの国というか日本だろう。

 この言葉が生まれたのは客商売でお客のために言ったのではない。芸術家が自分のために言ったそうな。

 芸を見せる時はあたかも神の前で祈るように雑念を払い、心をまっさらにしなければ完璧に出来ない。お客様を神様と思って芸をしましょうという話だったような。細部は間違ってる気がするが、おおよそこんな感じの話だ。

 それが言葉をそのまま鵜呑みにされ、使われている。


「お客様は神様だぁ?

 そんないいものではないですよ、きゃつらは。店員がミスをすれば叱責し、素晴らしい接客でも褒めず、ありがたらずに王様のように当然の行為と認識するのです、きゃつらは」


 アルは大げさに手を振って熱弁する。

 ろうそくの火がアルの姿だけを闇の中から浮かびあがらせている。

 火の光がアルの姿を際立たせ、火によって生み出された影が得も知らぬ迫力を生み出している。


「いいですか、敵も見惚れるような完璧な接客をするのです。付け入る隙を見せないのです。たとえミスをしても毅然とした対応で処理するのです!格好良く優雅に美しく!そうすれば文句が出ない。そして敵を味方にするのです!そうすれば常連になったり手助けしてくれます!何もせず店に来ただけで、お客が味方になると思ったら大間違いです!そんな甘い世の中じゃねぇんだよ!

 さぁ、さぁ、魂に刻みましょう。

 『お客様は敵だ!!』」


「「お客様は敵だ!!」」


 アルの号令で一斉に復唱する。

 異様な光景なのかもしれない。

 時刻は深夜。

 テーブルの上にろうそくを灯し、そのすぐ斜め上でアルは熱弁を振るっている。

 洗脳、もといホールの心得講座を受けているのはリン、ベクトラ、チサン、そして新たにホールスタッフとして雇った人物2名といった女性衆だ。

 アルを半円状に囲み、アルの講義を受けている。


「お客様は自分の仕事を見に来た糞上司と思いなさい。貴方の仕事ぶりを観察しているのです!ミスした点をねちっこく指摘されると思え!

 でも、動作はかたくなるな!指摘されるぞ!

 優雅に華麗に、美しく!ぐぅの音も出ない仕事をするんだ!そうしたら文句が出ない!

 さぁ、さぁ体に覚えこませるのです!

 『お客様は敵だ!!』」


 アルの号令のもと、女性陣が一糸乱れず復唱する。

 やはりその光景は異様だ。

 最初、アルの後ろで彼女達の顔を見ていたのだが、彼女達は体が疲れ果てているのに目だけギラギラと生気をみなぎらせていた。

 ちょっと怖くなって、彼女たちの顔が見えない後ろ側へ回りこんで今に至る。


「スキル恐るべし、なのかなぁ……」


 夜食と称して、トランス状態になる料理を提供したのだ。

 料理スキルがあると、作った料理は一時的だがパラメータ上昇の効果をもつ。

 そして、特殊な食材や料理法を使用すると様々な効果を持つ食品を作ることが出来るという。

 今回は眠気の覚める一品を提供したのだが…スキルのせいかアルの力なのかわからないが、恐ろしいことになった。


「敵と言っても、敵意を持つな!

 きゃつらは敵意を見抜くぞ!朗らかな笑顔で接するのです!

 悟られるな!たとえムカついたとしても朗らかな笑顔で捌くのです!

 さぁ、さぁ頭に刻み込んで、包み隠しましょう!

 『お客様は敵だ!!』」


 真夜中の静かな店内で、アルの声と復唱の声だけが響く。

 アルは唄うようにリズムをつけて声を響かせる。

 時に手を叩き、大きな音を立てる。

 声や動作、視線で聞き手の集中を絶えず自分へと向けさせる。

 その動作全てが演出なのだ。

 頭に残るように、心に染みこむように動作を言葉を刻む。


「さぁ、さぁ、明日からは言葉に出さず心に秘めなさい。

 『お客様は敵だ!!』」


「「お客様は敵だ!!」」


 なぜ深夜にこのホール講座をするのか。

 それは午前、午後と仕事を振ったからだ。

 限界まで仕事を与え、疲れ果てさせる。

 体は限界で休憩を求めている。

 だが、料理のせいで眠れない。眼が覚めている。

 そして、この講習だ。

 普段なら、理性が働き言葉を鵜呑みにしないだろう。

 だが、極限状態では頭が働かずこちらの言葉が頭に刷り込まされるのだ。

 声には抑揚があり、流れるように話すので不思議と頭に残り、言葉が染みこむ。

 現に、彼女達はアルの言葉に異議を唱えず黙々と従っている。


「ん、どうしましたスパルダさん?」


 肩を叩かれる感触がしたので振り向くとスパルダさんが後ろに立っていた。

 手には俺とアルが書いた紙を持っている。


「あぁ、覚えましたか?」


 コクリとスパルダさんは頷いた。

 紙には人が描かれていて、その人物が手を動かす動作が描かれている。

 つまり、ハンドサインだ。

 動作は様々で、親指を突き出したり、手を下に振る動作だったりと種類豊富だ。

 スパルダさんはシャイで声があまり出せないので、そのままでは指示が出来ない。意思疎通が困難だ。

 そこでハンドサインを利用することにした。

 これならば、声を出す必要がなく、遠い位置にいても指示が出せる。

 ハンドサインをスパルダさんに覚えさせたのだ。


 ハンドサインの難点といえば覚えるのが大変なことだろうか。

 スパルダさんは当然として、ホールに携わる人も十数種類のハンドサインを覚え使いこなさないといけないのだ。


 根本となるスパルダさんの性格を改善する案もあったのだが、それにはそれ相応の施設と人材と時間が必要なので不可能と断念したのだった。


「あ、ハンドサイン覚えたらブロックサインもありますから、それも完璧に覚えてくださいね。それが終わったら、厨房の心得講座が始まるので覚悟をしといてください」


「……………」



 使用できる言語は沢山あったほうがいい。厨房には厨房のホールにはホールの心得がある。ホールだけがプロ意識を持っているのも問題だ。

 能面のように無表情になったスパルダさんを見ながら、胸中でそう言い訳をした。




 再建開始、中盤。



「貴方達は何だ?リンさん、ベクトラさん、チサンさん?

 違う!違うのです!

 仕事している間は忘れなさい!」


 アルの講習は続く。

 昼は再建のために働き、夜には講義。


「演じるのです!

 一流のホールスタッフを演じるのです!

 仮想人格を作り上げ、それでお客様に接するのです!

 敵の戯言は聞き流せ!捌け!セクハラは華麗に対処しろ!

 それが一流のホールスタッフです!

 お客様対応でイラッと来るのは素の自分が出ているからです。素の自分を封印しなさい。自分の理想のホールスタッフを想像し、それを演じるのです!

 出来ない!?血反吐を吐いてから言いなさい!

 出来る人がいるのです。ならば、貴方達に出来ない理由は無い!!

 演じて、演じて、演じぬくのです!」


「「イエス、ボス!!」」


 教える内容はアルと俺で話し合って決めたのだが。

 決めたのだが、なんだろう。

 なんか恐ろしいものを作り上げようとしている気がする。

 無茶も通れば、そこに道が出来る。道が出来たら突き進めというノリで行っている。最初の予定では理想論的なものだったはずだが、何か義務的なものになっているな。


「常に考えるのです!

 貴方達の頭は飾りか!?飾りじゃないのなら、使え!使うのです!

 考える事こそ、動物と人とを分ける境界線!

 常に考えるのです!

 人間は常に楽をしようという習性があります。考えることは労力を使うことですから。考えぬまま、流されるままが楽なのです。

 だが、それでいいのですか!一流のホールスタッフになる人物が!

 一流が一流たる理由は人より努力するからです!何もせずに一流になれるわけじゃねぇ!」


 声に感情を込め、思いを載せアルは喋る。



「常に考えるのです!

 次の動作!お客様が何をしているのか、何が欲しいのか!観察して、答えを先読みするのです!呼ばれてから対応するのは遅いのです!

 仲間たちの動きを感じろ!

 仲間は何だ!?

 味方だ、同胞だ!

 同胞が何をしているか、常に察知しときなさい!

 仕事はグループワークです!常に淀みなく動くには同胞の行動を理解し、阻害せずに補佐するのです!仕事は一人でやってるのではないのです。

 同胞が何を求めているか察しろ、考えろ!」


「「イエス、ボス!」」


 昼には暇な人を集めホールの実地研修。

 夜にその反省会とホールの心構えを学ぶ。


「常に考えるのです!

 どうすれば効率的に動くことができるのか。

 無駄な動きをなくすにはどうすればいいか。

 常に考えるのです!

 貴方達には2本の手と足と目、そして一つの体しかありません。出来ることは限られ、時間は有限、仕事は膨大です。

 流されるままに作業をするのではなく、作業の簡略化、効率化を常に意識しなさい!」


 ほとんど睡眠を与えられずに、膨大な仕事を与えられる彼女達。

 一般人のはずだった彼女達はいつの間にかソルジャーへと作り変えられようとしていた。

 

「失敗を恐れるな!

 失敗を糧にしなさい!失敗したら、考えなさい!

 なぜ失敗したか、失敗しないためにはどうすればいいのかを。

 考え、シミュレートしなさい!それが頭を使うということです!

 失敗した後は華麗に対処しなさい!こぼれたミルクは元に戻らないのです!クヨクヨするな!挽回しろ!」


 ベクトラは余裕がありそうだが、リンとかもうやばい状態になっている。こちらの言うがままになっている。ベクトラも指示に従うが根っこの部分では自分を保っているが、リンの場合それが無い。最初、ホールスタッフになることを嫌がっていたが、アルの説得により渋々だがやってくれることになった。なったのだが、この有り様だ。

 自分でやったことだが、リンが冒険者に戻れるのだろうか心配になる。


「意思疎通しなさい!情報の共有化!

 貴方達は一個人であって、ホールスタッフという組織の中の一人なのです。お客様から見たら、貴方達はホールスタッフ一号、二号なのです。

 一人は皆のために、皆は一人のために!

 意思疎通しなさい!情報の共有化!

 仕事を教え合いなさい。良い作業方法が出来たら共有しなさい。そして、それをマニュアルとするのです!それを効率化と言うのです!

 個性は大事ですが、お客様がホールから受ける対応に差があったら混乱しますよ。文句が出るぞ!ある程度の基準を作り、対処しなさい!

 時に柔軟に時に厳しく!一流のホールスタッフとして動きなさい!」


「「イエス、ボス!」」


「では、本日の講義は終わります。

 明日の始業開始までにお互い話し合って、マニュアルを作成してください。チェックしますのです。では、解散です!」


「「お疲れ様でした!!」」


 アルの解散宣言がなされ、本日の講義は終了した。

 したのだが、彼女達にまだ寝ることは許されていない。

 スタッフ間の仕事方法の統一基準を作らなければいけないのだ。

 無駄口をたたかず、一糸乱れず一列になって去っていく彼女達を俺は見送った。


「ふぅ、疲れました」


「アル、お疲れ様」


 アルのコップに水を入れて渡す。


「ありがとうございます、アポロさん」


 アルは水を一口飲み、大きく息を吐いた。

 どうやら、かなり疲れているらしい。

 講義するのに、かなりの集中力と体力を使うらしい。適当にやったのでは効果が薄くなってしまうとのこと。


「どうだ、いけそうか?」


「ええ、予定より順調ですね。付け焼き刃で心配な面もありますが、練習を見る限り本番を迎えても問題ないと思います」


「ふむ。実際にオープンする前に知り合いや関係者を集めてプレオープンするつもりだが、何とかなりそうか?」


「ええ、それまでには仕上げるつもりです」


「アルがいてくれてよかったよ」


 あんな講義、俺にはできない。

 俺一人ではどうなってただろうか。


「いえ、それは私のセリフです。

 アポロさんがいたからこそ、ホールスタッフの教育が順調なんですよ」


「俺が?」


 ホールスタッフの講義については一言も参加していない。

 教える内容についてはアルと話し合ったが。

 なので、アル一人の功績だと思ったのだが、アルは首を振って否定した。


「アポロさんがいるから説得力があるのです。ホールスタッフの見本を提示出来るから、言葉に現実味も持てるのです」


「昔から働かせられていたからなぁ」


 休みの日や空いている時間帯に親戚の料理店を手伝っていた経験がある。その経験のおかげで俺はアルの講義が免除されたのだ。

 飲食店で働いてたことを心底感謝した。

 

「けど、アポロさんは私の講義に反対しませんね。自分で言うのもなんですけど結構過激なことしてますよ」


「うーん、最初止めようかと思ったけど」


「思ったけど?」


「止めるとやばい気がしてなぁ。実際、この短期間で驚くほど効果がでてるし。昼の指導にも熱が入るってものだ。アルが全力でやってるのに、俺が怠けてたらいけないからな。俺も目的のために鬼となろう」


「本当に鬼教官と化してますからねぇ。そして、飴と鞭の使い方がすごいです」



「褒められてるのか微妙だな。

 ま、あと理由をたすとすれば、アルを信頼することにしたんだ。ああ見えてアルが皆のことを考えてくれているってな」

 

「良い逃げ道にされてる気がしますが、少し嬉しく思ってしまうのがくやしいです」


「問題はリンだな」


「…………」


「…………」


 お互い顔を合わせ、ため息をつく。


「私、一流のホールスタッフになる!って息巻いてますよ」


「再建終わった後、冒険者辞めるって言い出さないか心配だぞ」


「終わった後、しかるべき治療が必要ですね。ほんと、マインドコントロールって怖いです」


「俺達が言っちゃ駄目な言葉だぞ、それ」




 再建、終盤。


「プレオープンの日が近づいてきました。

 ホールスタッフとして雛鳥だった貴方達でありましたが、訓練を乗り越え一端いっぱしのホールスタッフへと成長しました。一流とはまだ呼ぶことは出来ませんが、ホールスタッフとして標準以上の実力を持ってると言えるでしょう。教官としてこれほど嬉しいことはありません」


 時刻は昼。

 講義が終わりを迎えた時だった。

 アルを正面に女性陣は一列に並んでいた。

 アルの言葉に女性陣の一部から感極まった声が聞こえてくる。昼間の辛い指導、寝る間を惜しんでの講義。過ぎ去れば苦痛も良い思い出になる。


「ボス……」


「リンさん。

 その呼び方は終わりですよ。これからはボスではなくアルです」


 リンの呼びかけにたしなめるようにアルは答えた。

 しかし、その声は優しく、リンをいたわる言い方だった。

 そして、ぐるりとホールスタッフの講義を受けた女性陣をゆっくり見た。

 見終わった後アルは静かに優しく、それでいて落ち着いた声音で話しだした。


「私の持ちうる知識を全て貴方達に伝えました。

 それを生かすも殺すも貴方達自身ですが、私は信じてます。

 貴方達は私が驚くほど、努力してきました。時に失敗に泣き、時に成功に喜ぶ、仲間と話し合い協力する姿は素晴らしいものでした。

 誰がこれをいい加減な姿だと言うのでしょうか」


「アル殿……」


 ベクトラが、リンがホールスタッフの教育を受けたすべての者がアルの言葉に胸を打たれる。


「貴方達には自信といえるものはないでしょう。まだ迷える羊はオープンしてないですからね。経験が足りない。自分が本当に一流のホールスタッフになれるのか不安で渦巻いているでしょう。

 でも、私が認めます。あの地獄のような日々を越え、今貴方達はここに立っています。それは誰にも出来るわけではないのです。貴方達だからそれが出来たのです。

 オープンしたら失敗するかもしれません。壁にぶちあたるかもしれません。でも、貴方達は一人ではないのです。仲間が、同胞が横にいます。助け、助けられ共に乗り越えていきましょう。それが一流のホールスタッフです。

 さぁ、お客様相手に証明していきましょう。貴方達が一流のホールスタッフであることを」

 

「「はい!!」」


「卒業です。

 この訓練を越え、貴方達が巣立っていくのです。

 その証明を貴方達にプレゼントしようと思います」


 意味がわからず首をかしげる女性陣。

 アルはそれには答えず、パチリと指を鳴らした。


 女性陣のはるか後方、店の入口付近に立っていた男達が動き出した。

 中年、初老、青年と年齢層は様々だが、その手に持っていたものは皆同じものだった。


「渡してください。誰が誰に渡すかを間違えないように」


 男達に向かって、アルは言った。

 その言葉に従い、男達は女性陣に自分の持っている衣装を渡しはじめた。


「その服を着て働いてください」


 女性陣の顔には喜びではなく戸惑いや驚きがあった。

 その衣装は新品であり、特注品であった。この世界の誰が店の従業員に渡すものだろうか。

 オーダーメイドで作られたそれは、普段使っている服よりはるかに上等だ。見れば輝くような光沢があり、触れば滑らかな質感を与えてくれる。

 なぜ自分たちにそのような上等なものを与えられるか理解不能といった様子だ。上等な服は大金を稼ぐ機会がある冒険者ならまだしも、普通の町の人には衝撃的だった。


「その衣装は私が認めた証。迷える羊で働くことを許された許可証。一流のホールスタッフを夢見ることを許された証明。

 そして、これこそが貴方達の戦闘服」


 息を飲む声が聞こえた。彼女たちの中には衣装を持つ手が震えている者もいた。


「さぁ、持っていても仕方がありませんよ。着てみましょう。厨房に行って着替えてきてください」


 パンと手を叩き、アルは女性陣を促した。

 その音で夢から覚めたように女性陣は一斉に厨房へと去っていった。

 去っていったのを確認して、アルに話しかける。


「よく間に合わせたな」


 彼女達に与えられた衣装はこの世界にはない品物のはず。それをこの短期間で作ったのだ。


「服飾店の皆さんのお陰ですよ。皆さんありがとうございました」


 アルはペコリと男達に頭を下げた。

 ここに集まった男達は服飾店の店主達だった。


「いや、アルさんのお陰で貴重な経験が出来た。礼を言うのはこっちの方です」


 青年、服飾店『クラッドネス』を経営する若き天才、アルザスさんが朗らかに笑って答えた。


「ちと体にこたえたがのぅ」


 そう言うのは老人、老舗の服飾店『マッガス』を仕切るロンザスさん。


「ロンザス爺さんも年がついに来たか。俺なんて楽しくて楽しくて寝なくても大丈夫だったぞ」


「俺も俺も」


「はっ、若造が。言ってくれる。そのまま寝ずに死んでくれ」


 ロンザスさんと軽口を叩きあっているのは口元にひげを生やした中年の男性二名、服飾店『アガット』のマイヒヒ兄弟だ。


 店の垣根を越えて協力して、衣装を作ってくれたのだ。

 一つの店だけだったら無理だっただろう。

 協力して、徹夜して店の従業員をフルに使って作ってくれたのだ。


「感謝してもしたりません。もし、この再建を成功したならば、貴方達のおかげと言っても過言ではありません。

 でも、本当にあの金額と条件で良かったのですか?」


 安くはない金額は渡しているが、圧倒的に足りないだろう。

 素材を追求すればキリがない。安いもので済ますことをしなかった職人達の仕事に感謝の念が堪えない。



「ええ。十分お釣りが出ます。貴方達に教えてもらったアイデアはどれも素晴らしいものでした。今着て貰っているのに劣らないものばかりです。あの衣装をここ以外に売っては駄目とか、最初聞いた時には不可解な条件でしたが、今なら意味がわかります」


「ふん。あんなことを言われちゃ生半可なことが出来んわ。老人に優しくしようと思わんのか」


「ロンザス爺さんも悪態ついてるが、実は嬉しがってるぞ。職人として全てを費やしてもしたいと思う仕事なんて中々ないからな」


「そうそう。この衣装を着て動いてくれるだけで宣伝になるし。何より俺が見たい」


 お店の人たちの報酬はお金とアイデア、そして宣伝だった。

 地球では一般的な衣装でも、このアルハザールでは一般的なものではない。むしろ、革新的なものだ。この世界ではこれから流行していくのだろう。まずは金持ちの貴族や商人、冒険者、やがて町の人へと。

 無論、デメリットもある。ここミシェロの町に転生者がいると他の転生者にバレる恐れがあることだ。衣装を伝えたのは吉岡ということにしたが、いずれ俺だということはバレるだろう。

 地球の知識という手札を切ることになったが、それに見合う価値は取るつもりだ。



「ということでアポロさんの衣装もありますよ」


「え、俺も?」


「そうですよ。アポロさんもホールに参加するのでしょう。一人だけ普段着とか許されませんよ。スパルダさんには新しい厨房服。アポロさんにはこの衣装」


「そりゃそうだが……」


 俺の衣装なんて聞いてなかった。迂闊と言えばいいのか、適当に喫茶店に合うものを見繕えばいいかと甘い考えを抱いてたのが間違いだったのか。


「ちゃっちゃと着てください。遅かったら女性陣に着替え中ばったりですよ」


「え、ここで着替えるのか?」


「そりゃ、そうでしょう。厨房は使ってますからね。まさか外で着替えたいとか恐ろしいこと言いませんよね」


「そんな性癖はねぇよ。女性陣の後でもいいだろう」


「そんな二度手間な、ねぇ皆さん?」


 アルの言葉に男達はウンウンと頷いた。

 数の暴力だ、これ。

 仕方なしに、衣装を取りその場で着替える。

 途中、ほぅとか声が聞こえたが何の声なのか。


「セーフ」


 何とか女性陣が来る前に着替え終えた。


「ちっ、着替え途中でばったりを狙ってたのに期待はずれですよ」


「最悪だな」


 着替え終えて少し待ってると、女性陣が店内に入ってきた。


「素晴らしいですね」


「ぬぅ」


「やべぇぞこりゃ。想像以上だ」


「俺達は恐ろしいものを作ってしまった」


 彼女達が着たのはメイド服と呼ばれるものだ。

 黒く光沢のあるロング丈のワンピース、それを包み込むように純白のエプロン。

 白と黒という対象的な色だからこそ織りなすハーモニー。互いの色が引き立て合い、ここまで魅力的なものに仕立てあげるのか。正面は白のエプロンの割合が多く清楚な印象を与える。だが、一度振り向けば全く違う顔を見る人に与える。背中は黒の占める割合が多く、白さはエプロンを固定するために結ばれる線のみだ。それだけなのに、その後姿は不思議な妖艶さを醸し出している。ずっと見ていたい、けれど正面も見てみたいという相反する欲求を与えてくれる魔性の光景だ。

 頭には白いキャップ。白いキャップは首の部分でリボンで結ばれており、背中の部分まで白い帯が垂れ流されていた。それはあたかも髪のように、歩けば揺れ黒いワンピースの大地に波打ち、弾むような印象を与えている。

 足元は茶色のブーツ。ロング丈のワンピースなので立っていれば目立ちにくいが、一度歩けば裾が揺れそこから見える靴はなんという艶めかしいものか。


 男性陣の食い入るような視線に女性陣は恥ずかしげに、腕をさすったり、服をつまんだりと落ち着かない様子だ。


「素晴らしいですね。では、アポロさん感想をどうぞ」


「俺が?」


「そうですよ。せっかく女性がおめかししたのです。男が感想を言うのは常識ですよ。ほら、皆さんも期待してますよ」


 男は他にもいるので感想を言うのは俺じゃなくてもと思ったが、女性陣をみたらその考えは消し飛んだ。

 何かを期待するようにチラチラと俺を見る者や、恥ずかしげに視線を下げる者、なぜかポーッと俺を見ている者がいる。

 行為に差はあれ、ここにいる全ての女性が俺に注目を集めていた。


「えっと、似合うと思うぞ」


「え、それだけ?」


「アル、黙れ。

 言葉がうまく出ないんだよ」


 例えば、リン。

 この中で一番細い彼女は、触れれば折れそうな印象を与える。エルフ特有の透き通るような白い肌はメイド服の清楚さを倍増させる。

 華奢な彼女がメイド服を着て動くのは妖精のダンスかと思ってしまう。儚さと美しさが同居した姿。それがリンだ。


 例えば、ベクトラ。

 細さではリンにかなわないが、一般的に比べても十分細い。細いだけではなく出ているところは出ている。肉づきのよさ、背の高さ、泰然自若の態度から理知的な大人の女性の印象を与える。ダークエルフの肌はメイド服と合わないと最初危惧していたのだが、実際その目で見るとそれが間違ってるとわかった。言いようのない色気を醸し出しているのだ。


「駄目だ。上手いこと褒めようとしても、似合ってるとか美しいとか綺麗しか出ない。思う言葉はあれど変な言葉になってしまう」


「ううん、いいわ。気持ちはわかるから。

 ア、アポロもに、似合ってるわよ?」


「うむ。驚きじゃ。いつの間にか主殿も変身しておったのじゃ」


 言われて自分の格好を見る。

 黒いズボンに白いシャツ、赤いウェストコートに紺の燕尾服。

 執事服と呼ばれる装備だ。


「アポロさんの体格にあって素敵ですね。というか、男の人がこういうビシッとした服を着るとかっこいいですね。女性にはない魅力ですよ」


 そういうものなのかと思うが、女性陣がアルの意見に頷いているのでそういうことらしい。


「さて、これからが戦いですよ。

 女性の方は綺麗と言われても浮かれてはいけませんよ。お礼を言って上手く捌きなさい。それが一流のホールスタッフです。チヤホヤされて嬉しがるのはアポロさんに言われた時だけにしときなさい。

 アポロさんもナンパされても金を取るだけで捨てなさい。キャッチアンドリリースの精神ですよ」


「「はい!」」 


「俺、鬼畜設定になってないか?」


「では、今から迷える羊の戦いを始めましょう」


 プレオープンまであと少し。

 これが成功するかで再建がうまくいくかどうかが決まる。

大丈夫だとは思いますが、念のために注意事項。

このお話はフィクションです。

鵜呑みにしてはならない部分が多々ありますのでご注意ください。

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