注文の多いアポロさん
「で、話ってなんスか?」
場所はとあるレストラン。
目の前にはチサンという少女。
前髪をパッツンと平行に切りそろえ、その両脇には一房ずつおさげが垂れている。ちょっと釣りあがった細い目と顔立ちが猫のような愛嬌をかもしだしている。
「そんなことより、メニューを決めているから黙っといてくれ」
チサンの問いかけを無視してメニューを眺める。
これは大切な作業だ。
何を頼むか、これに失敗することは出来ない。
この食卓は戦争なのだ。
深呼吸して、心臓の鼓動を落ち着かせる。
大丈夫、いけるはずだ。直感がそうささやいている。
「ちょっ!
呼び出しておいて、ひどくないスか!?」
「チサン。ちょっと考えてくれ」
メニューから顔をあげ、チサンを見る。
「チサンは料理人だろ?
お客さんが投げやりにメニューを決めるのと、真剣に選んで決めるのとどっちがいいんだ?」
「そりゃ、真剣に選んで決めてもらったら嬉しいッス」
「なら、俺の行動に非難される要素があるか?」
「ん?ん?
そう言われれば無いような……」
「なら問題ないな。謝ってくれ」
「ご、ごめんなさいッス」
「うん、許そう。誰にでも間違いはある」
チサンは首をしきりに捻りながら、何かおかしいッスとぶつぶつと呟いてる。
なんというか、からかいやすい少女だ。
そのままからかい続けたい欲求に駆られるが、メニューを決めないといけない。
「よし、大体決まった。チサンはどれにする?」
チサンにメニューを渡す。
だが、チサンは一瞥しただけで、メニューを閉じた。
「んー、あたしは日替わり定食にするッス。
やっぱりお店がオススメするだけあって、お得ですからね。
それを頼まないのは馬鹿ッスよ。お買い得品がある時はそれを頼まないと」
日替わり定食は基本、お得になるように作ってある。
多種の料理を作るより、単一の料理を多く作るほうが、調理する側、つまりお店にとって楽なのだ。食材も多く入荷すれば安く出来、その分料理の値段に反映出来る。
作業の複雑化を防ぎ、コストダウンを図る。ランチタイムという限られた時間で効率よくお客を捌く。日替わり定食はそんなお店側の工夫なのだ。
お客にとっても日替わり定食は他のメニューより安く、日によって料理が変わるので飽きがこない。毎日でも食べられるメニューなのだ。
「なるほどな。一理あるな」
チサンの意見に頷く。
そして、店員を呼び、メニューを告げる。
「彼女には日替わり定食を。
俺はそうだな……」
チサンからメニューを返してもらい、目を通す。
メニューには大きく日替わり定食の文字が書かれていた。
他の品より値段の安いそれは、人気のメニューだ。ほとんどの人がそれを頼んでいる。
本日の日替わりは、トマトのパスタとスープとパンだ。
ならば、俺の頼むメニューは。
「この春野菜のサラダと、角ウサギのシチューを。クルミのパンも一つ。
あとは、このなつき豚の煮込み、あとグミ鳥のレアステーキも、それと……魚がいるな。この魚の揚げ漬けっていうやつを。あとは、クルガ茶を2つ。それにパスタは……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
どうやら暗記できなかったみたいだ。
俺の注文を聞いてるうちに、どんどん困惑顔になっていた。
そして、振り返り厨房へと走りだした。
紙、紙という声が聞こえてくる。
「ちょっ、アポロさん。何頼んでるんスか!?」
「おかしかったか?」
「おかしいッスよ!
頼む量がおかしいッスよ。ランチですよ?どんだけ食べるんスか!
それに単品じゃなく、日替わりのセット頼めばいいじゃないスか。高いッスよ」
なにやら焦ってるチサンを安心させるように微笑む。
「大丈夫。割り勘だから」
「全然大丈夫じゃないス!
なんで、あたしも払うことになってるんスか!貧乏なので払えませんよ!」
「じゃあ、借金してもらうしかないな。いい金貸し妖精がいるんだ」
「取りやめ!注文の取りやめをするッス。
今なら間に合うはずッスから!」
「冗談だ。おごりだから気にするな」
チサンはホッと胸をなでおろした。
店員が紙を携えて戻ってきたので、再度メニューを告げる。
今度はちゃんと全てのメニューが通ったようだ。
「どんだけ食うんスか、アポロさんは……」
店員が去った後、呆れるようにこちらを見ながらチサンは言う。
「冒険者だからな、無理すれば食えるさ。当然、チサンにも手伝ってもらうぞ」
「それはいいんスけど……」
奥歯に何か挟まった物言いでチサンは答える。
どうやら、俺が大量に注文したことに納得がいかないようだ。
「チサンがここの店が美味しいって言ったんだろ」
「そりゃ、言いましたけど。日替わりでも十分美味しいッスよ」
「日替わりで美味しいなら、別のメニューも美味しいはずだ。いや、自分が食べたいものを食べられるから、もっと美味しいはずだ」
チサンは、はぁとため息をついて何かを諦めたように首を振った。
「店員驚いてたッス」
チサンは目を細め、口を尖らせた。そして、どこか非難がましい口調でボソリと言った。
「ランチタイムにこんなに大量に注文した客がいなかったんだろう」
「調理場の人も大変そうスね。こんなに大量に注文くると」
「だろうな。普通のランチに加えて、色々なものを作らないといけないからな」
「…………」
わかっているなら頼むなよ、言外に言われた気がした。
いや、お店側にも問題はあると思うぞ。頼まれるのが嫌ならランチタイム用のメニューに載せなければいいだけの話だ。
まぁ、チサンに言わせるとマナーの問題なのかもしれない。
でも、それは厨房の立場の気持ちだ。
客はそんなこと関係ない。
食べたいものを注文するだけだ。
「それにお店にとっても悪くはないだろう。結果的に売上は増えるんだから。苦労の後は見返りはあるさ」
「ま、オーナー的にはそうッスね。厨房の人たちには還元されないッスけど」
「なんでそんなに負の思考なんだよ。
そんなことじゃ楽しんで食べられないぞ」
「…………そうッスね。アポロさんの変さに呆れて変な思考のスイッチが入ってたッス。
せっかくのおごり、楽しまないと損ッス」
気を取り直したのか、先ほどの態度から打って変わって機嫌良さそうに
チサンは手を叩く。
「お待たせしました」
喋っていたら、料理が届いたようだ。
店員が次々と料理を持ってくる。
「うわ、美味しそうッス」
「だな。チサンの紹介する店は今のところハズレがないからな。楽しみだ。いただきます」
手を合わせ、お決まりの文句を言う。
「いただきます?なんスか、それ?」
お決まりだったのは日本人だけだった。
つい、いつもながらの習慣で言ってしまった。
「いただきますは、そうだな……色々なものに感謝する行為だな。食材やそれを取ってきた人、料理した人達へのな」
「へぇ、アポロさんの部族ではそんな儀式あるんスね」
「部族言うな。国民性と言え。グンマーの人以外もやるぞ」
「GUNMA?どこの地方ッスか。
まぁ、どうでもいいッスけど。
でも、その考え方好きッスね。真似するッス。いただきますっと」
はにかみながら、それでいて少し恥ずかしそうに手を合わせ、チサンもいただきますの呪文を唱えた。
「美味いな」
「美味しいッス」
俺はステーキを。チサンはスープを。
出来立ての肉は口に入れると、とろけ、噛むと肉の食感が素晴らしく、これぞ肉を食べていると実感する味だ。
その料理を味わってる間にも、次々と料理が運ばれてくる。
俺が頼んだサラダが後の方に来たりしているので、どうやら出来た順番から持ってきているらしい。
「やっぱ頼みすぎッスね」
「そうだな……」
通常の2人がけのテーブルには料理が載らず別のテーブルをくっつけることになった。
周囲のお客の視線集めまくりだ。
「そうだ。この前チサンが教えてくれたお店行ったぞ」
料理も出てきたことなので、本題に入る。
チサンは俺に色々な料理店の情報を教えてくれる人物だ。
自身も料理人であり、暇とお金さえあれば色々なお店に食べ歩きをしているのだ。
そんな彼女が絶賛するお店。
「どの店ッスか?」
「スパルダさんの店。迷える羊だ」
「迷える羊ッスか!
どうッスか!美味しかったでしょ」
「ああ。チサンが絶賛するわけだ。食べた中で一番美味しかったぞ。スパルダさんの態度や人相はあれだが。でも、気遣いとかは素晴らしかったな。スパルダさんの態度や人相はあれだが」
「なんで二度も言うんスか。
まぁ、わかるッスけど。なんであんなに美味しいのに流行らないスかね。お金があったら毎日でも通うッスよ」
「スパルダさんの態度や人相があれだからだろう」
「三度言われたッス!
はぁ、スパルダさんの所で働きたいッス」
「働けばいいだろう。
まさかチサンって料理人とは名ばかりな……ごめん。この話は終わろう」
「ちょっ、ちょっと待ったッス。勝手に自己完結しないで欲しいッス。
自分で言うのもアレですけど、中々の腕だと自負してるッスよ」
「うわ、自画自賛してる。信じられねぇ」
「言わせたのはアポロさんッスよ!」
実はチサンの技量は知っているのだが、黙っておいた。
「じゃあ、なんで断られたんだ?」
「わからないッス。スパルダさんは首を振るだけで何も言ってくれなかったッス」
「なるほどな。スパルダさんはシャイだからなぁ……」
どうしてスパルダさんはチサンを雇わなかっただろうか。
本人の性格か、それとも雇う必要がなかったからか。
売れてないお店に人はいらない。
元々経営がやばかった店だ。余分な出費は抑えたいのだろう。
推測は出来るが、真実はわからない。
だが、それは過去のことであり今は関係がない。
「そのスパルダさんの店だが……」
「な、なんスか……」
声のトーンを変え、真面目な雰囲気を作る。
俺の様子に何かを感じ取ったのだろう。
チサンはゴクリと唾を飲み、問い返した。
「このままだと潰れるそうだ……」
「マ、マジッスか!」
「本当だ。経営難だそうだ」
「うわーショックっす。
お客ほとんどいないッスからねぇ。あのお店がなくなるのはミシェロの町の損失ッス。どうにかならないッスかねー」
「手がないわけじゃない……」
「え、マジっすか!」
チサンがバンと食卓を叩いた。
その衝撃で、グラスの中のお茶が揺れる。
「頼んだ料理はまだ残ってるぞ。チサンもしっかり食べろ」
卓上には、サラダ、パン、鶏肉、シチュー、グラタン、パスタと様々な料理が残されていた。
少し残っているものもあれば、半分しか減っていない皿もある。
「ちょ、そんなことはいいッスから迷える羊の話をするッス」
「いや、料理が……」
「そんなことどうでもいいッス!
アポロさんが頼みすぎたのがいけないッスから」
「ちっ、仕方がねぇな」
「なんでやさぐれるんスか!?」
お茶を飲んで一息つける。
グラスを置くと、チサンはうろんな目で俺を見てきた。
いつの間にかチサンの俺への信頼値が減っているようだ。
「俺というか俺達のパーティがスパルダさんから迷える羊を再建してくれと頼まれたんだ」
「マジッスか!え、なんでスか?別にアポロさんは料理人とかそういうわけじゃないッスよね?」
「ああ、冒険者だぞ、俺は。
アルがこの町でお悩み相談して色々な人の悩みを解決してるだろ。そこでスパルダさんも藁にもすがるつもりで頼ってきたんだ」
「そうなんスか……」
コクコクと何度も頷くチサン。
というより、それで納得がいくのか。この町でのアルの影響力は馬鹿には出来なくなっていくなぁ。
元を正せば、チサンと会ったのもアルが原因だ。めぼしい人物を見つけては紹介してきてくれるのだ。
「で、再建をするにしても色々困っててな」
「アポロさんは冒険者ッスからね。アルさんがついてても難しそうッスね」
「一人の力なんてたかが知れてるからな。誰かの力を借りたいのは事実だ……」
チラリとチサンを見る。
それでピンと来たようだ。
「まさか、私ッスか!」
自分を指さし、俺に問いかける。
その表情は期待と喜悦が混じっていた。
「ああ。チサンは料理人だし、スパルダさんのことを怖がらない人物だ。俺達には再建する案はあっても、そのプランを実行する人がいないんだ」
「いいッス!それいいッス!
ぜひやりたいッス。スパルダさんの技術を盗みたいッス!」
「やってくれるか?」
「こっちからお願いしたいッス!」
「でも、いいのか?今働いてる店もあるんだろ?」
「店にはいつ辞めても大丈夫なように話は通してるッス。
いつスパルダさんの弟子になってもいいようにしてるッスよ、さすが私!」
万歳と手をあげて喜ぶチサン。
でも、ごめん。
まだ話の続きがあるんだ。
「ではホールを頼んだぞ」
「え?」
空中にあげた手が止まり、徐々に力なく崩れ落ちていく。
そのまましばらく静止していたのだが、突然バンとテーブルを叩き立ち上がった。
「ちょ、一体どういうことッスか!」
その声は大きく、周りのお客がこちらのテーブルの方へ振り向く。
チサンは周りの注目をものともせず、強くこちらを睨みつける。
顔は怒りで赤く、眉を逆立たせている。
「とりあえず、落ち着け。そして、座れ。
理由を説明するから」
「…………」
俺の言葉を聞き、不承不承ながらもチサンは席に座った。
睨んだ視線はそのまま。
顔には納得がいかないと書いてあるようだ。
「料理人、つまり厨房はスパルダさんに決まりだ。これには不服はあるか?」
「ないッスけど。人手がある方がスパルダさんも助かるッスよ」
「まぁな。ゆくゆくはそうしてほしいが、一番に人が足りないのはホールなんだ」
「そんなん誰かに頼めばいいッスよ。何ならアポロさんがやればいいだけの話ッス。私は料理人ですよ?誰でも出来る仕事やりたくないッス」
「へぇ、いうな」
「当たり前ッス。これでも料理人として誇りを持ってるッス。だからこそスパルダさんの店で一緒に働きたいと思ってるスよ。そこをないがしろにされたら怒るッス」
「まぁ、そうかもしれないが。
チサン、お前さっき面白いことを言ったよな。ホールは誰でも出来るって」
挑戦的に、喧嘩を売るようにチサンに言う。
チサンはその言葉に真っ向から答えた。
「ええ、そうッス。ホールなんて料理を運ぶだけッスからね。
誰にも出来るし、誰が運んでも味は変わらないッス。しいて言えば、熟練者は運ぶ量と沢山の注文を覚えることが出来ることッスかね」
少し小馬鹿にした言い方をするチサン。
この店で注文した時のことを言っているらしい。
「では、今の状況はどう思う?」
「状況?」
チサンは俺の言いたいことがわからず、目をぱちくりと瞬かせる。
俺はこの食卓を指さす。
「今この場の料理にだ」
「ええと、頼みすぎ以外ないッスけど」
俺の言いたいことがわからないので気勢が削がれたのだろう、言葉尻が弱くなった。
「うん。沢山頼んだな。
ギリギリだが全部食べられる量だ。だが、喜んで食べるかと言われたらどうだ?」
「…………」
視線を料理に移す。
半分しか減っていない料理。
冷めたスープ、冷えて乾燥したパスタ。
「普通、料理が一番美味しい瞬間は出来たてだ。冷めたら美味しさも半減する」
「でも、それはアポロさんが頼みすぎたせいッス」
「そうだな。それに話をしていたせいでもあるな」
会話しながら食事をしていたのだ。
会話をすれば当然、食事のペースは落ちるわけだ。
「さっさと食べれば良かったッスね」
「それはおかしいだろう?」
「え?」
「料理店というのは、食事を楽しむ場所だ。
料理を見て楽しみ、食べて楽しむ。そして、会話の華を咲かす。
ゆったり食べようが咎められる行為ではない。会話は料理を美味しくするエッセンスだ。料理だけを楽しむために、会話が不要というのなら、料理店は1人用の席だけにするべきだ」
「確かに……アポロさんと喋りながら食べる料理は美味しかったッスけど」
「それに沢山注文したことのどこに問題ある?
もし健啖家の人ならどうする?沢山注文するのが普通なら、料理が冷めるのは健啖家、つまり沢山食べる人のせいになるのか?」
普通の量を頼まないと楽しめない。
それが許されるのか。
会話を楽しんだら、料理を楽しめないのか。
それが正しい店のあり方なのか。
「料理が冷めた原因はホールの責任だと思う」
「え、でもホールの人はちゃんと料理を運んだッスよ。注文漏れもなかったッスし……」
チサンは俺の言葉がわからず、目を瞬かせる。
「とある金貸し妖精の言葉にこんなのがある。
ホールは一通り仕事が出来るようになって三流。言われたことが完璧に出来て二流。言われてないことも完璧にこなして一流と」
「は、初めて聞いたッス」
うん。
俺も初めて聞いた。
だが、それをおくびにも出さず、話を続ける。
「もし、俺がホールをするなら……。
注文が多い場合、出す順序を決めるな。チサンも思わなかったか?最初にステーキは重いって」
「確かに、最初からメインはキツイッスね。それだけならまだしも他にも注文してるッスからね」
店としては出来た順や提供しやすい順番に出したんだろう。
お客を見ずに、誰が注文したかも見ずに作ったのだろう。
「そして、食卓。俺達の食事スピードに合わせて提供するか決めるな」
「ど、どういうことッスか?
私達に料理を出すかどうか聞くッスか?」
「それは興ざめだろう。何聞いてるの、この人と思われるぞ。
会話を楽しんで料理の進みが遅いのなら、それに合わせて料理を出すのを遅らせたりするってことだ。注文が多かったら、一遍に持ってこないで順番に出していく。これなら、熱々の料理を楽しめる」
「はぁ、そう言われればそうッスね。でも、ホールの領域超えてないッスか?ホールが料理を出すか出さないか決めるスよね?ある意味、厨房より偉そうッスよ」
「それが俺の作ろうとしている店だ。
料理店だから、料理を作るから偉いってのはナンセンスだ。
働く場所が違うだけで対等の立場。それが俺の求める店だ」
この世界では厨房の立場が強いのだろう。
利用していて思った。
だが、そんな常識俺には関係ない。
よいと思えるならするだけだ。
「ホールの人には指揮官と思ってほしい。
絶えずお客の状況を把握し、料理を出す出さないかを決める。
それでも、チサンはホールは誰でも出来るって言えるか」
「ぐっ……言えないッス」
「だからこそ、俺はチサンにホールをやってほしいと思っている。いや、チサンしか出来ないと言ったほうがいいな」
「私にしか?」
半ば呆然としながら、チサンは問いかける。
ホールの重要性をしらしめた。
けど、チサンしか出来ないと言われるとは思わなかったみたいだ。
厨房にはスパルダさんがいるから、ホールに追いやられたという考えが無意識に残っているのだ。
それを払拭しよう。
「ああ。チサンしか出来ない。
料理の提供を遅らすと言うのは簡単だが、するのは難しい。料理によって作る時間がバラバラだからな。
料理について造詣が深い人物しか出来ないんだ。俺のメンバーには無理だ。だからチサンが欲しい。料理についてわかっている人物、スパルダさんに物怖じしない人物。そして、いずれスパルダさんの片腕となる人にな」
「私のことそこまで評価してるンすか……」
「誰でもいいんじゃなくて、チサンが欲しいんだ」
頭を下げてお願いする。
しばしの後、チサンは口を開いた。
「アポロさん、頭をあげてほしいッス」
顔をあげて、チサンを見る。
だが、チサンの表情は沈んだままで答えはわからない。
「正直、ホールのことをなめてたのは謝るッス。料理を出すだけでも奥が深いってわかったッス。
正直、上手く出来るかと聞かれたら自信が無いッス」
「じゃあ……」
無理なのか。
そう思い始めた時。
「けど同時にちょっとやってみたいと思ったッス。
自分の判断で店をまわす。重大な役目じゃないッスか。心躍りますよね」
「おおぉ、引き受けてくれるか」
「それに、あんなに真剣にお願いされちゃね。
断れないッスよ。私が協力しないと迷える羊がやばいッスよね。断れない要素ばかりッスよ。アポロさん、人が悪すぎッス」
恥ずかしそうにチサンは笑った。
目が合うと、そっぽを向かれた。
だが、いい。
返事は貰えたのだ。
これで再建は上手くいくはずだ。
「じゃあ明日から来てくれ」
「わかったッス。今日からでも大丈夫ッス」
「あ、当分徹夜作業になると思うから覚悟してくれ」
「え?」
「チサンはホールだけど、店の仕込みと後片付けもやってもらうからな。料理人だから出来るだろ」
「え?ちょっと待っ……」
チサンは慌てふためく。
まるで俺が変なことを言ってるみたいで、話の内容が理解できてないみたいだ。
俺のセリフを思い出してみる。
うん、何もおかしいところはないな。
「あと、スパルダさんはシャイだから材料の入荷とかの仕事も頼む。むしろ、対人関係はチサンの仕事といっても良い。クレームの対応、予約の管理、宣伝といった様々なことを頼んだぞ。
店が軌道にのったら厨房の仕事に移ってもらうけど、ホールの人材の確保、育成をしてからな。チサンと同じくらい仕事が出来るくらいにしとかないと俺とアルは認めないからな」
「ちょ、仕事多すぎじゃないッスかね!?」
「ついでに給料は当面、このぐらいを予定してる」
チサンの悲鳴を無視して、給料額を書いた紙を見せる。
「話を聞いて……って高っ!相場の2倍くらいあるッスよ!?」
「仕事量も多いからな。優秀な人には多く出すつもりだ」
「大丈夫なんスか。なんか騙されてるみたいッスけど。
迷える羊って経営難ッスよね?」
「俺達のパーティが金を出資してるからな。しばらくは大丈夫なはずだ。それに再建出来なきゃ終わりだからな。その給料を維持したかったら死に物狂いになるしかない」
「うへぇ」
「で、文句はあるか?」
「ぐっ」
「スパルダさんの店で働きたいと思うチサンの気持ちはそんなものか? 少し仕事が多いからって止めるのか。あぁ、俺はチサンに期待しすぎたみたいだな。所詮、自分可愛さに溺れた料理人か。反吐が出るな」
「ないッス!文句ないッスからやめて!
心がえぐられるッスから!」
チサンは肩を落とし、うなだれながら答えた。
鬼ッス、鬼がここにいるッスとかなんとか聞こえるが気にしない。
明日には人格矯正プログラムが始まるのだ。そんなことが言えるのは今日限りだ。
よし、俺の仕事は一つ終わった。
アルのほうは上手く言いくるめただろうか。
俺の方に飛び火がかからないことを祈りつつ、次なる仕事へと動き出した。
自分は大阪民国と呼ばれる所の住人です。
銃で撃つ真似をすればリアクションをしてくれるという話ですが、あれは本当です。半分くらいの人は『ぐはぁ』とか『やられたー』等のリアクションを返してくれると思います。
だけど、気をつけたほうがいいです。リアクションを返してくれる人の中には撃ち返す人もいるので。
『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ』
大阪で銃を撃つ機会があるのならば、この言葉を覚えておいてください。