スパルダさんのお店
「スパルダさん、どんなお店にするか決まりました?」
場所は迷える羊。
俺達が再建をするレストランだ。
昨日の話し合いの後、一日時間を与えてスパルダさんに自分の店をどうしたいのか決定してほしかった。
これは俺達が決められない、スパルダさん自身が決めないといけないことだ。単純にスパルダさんの意見を無視して、儲かる店だけを作ることは可能だと思う。だが、それをして何の意味があるのだろうか。
本人の意志や意欲を無視して、金儲けに走る。それも一つの道だ、という意見もあるだろうが、それはつまらない。楽しめないのだ。ハッピーエンドとはいえないのだ。再建とはいえないのだ。
多少、困難な道になろうが皆がハッピーエンドになる道を俺は選びたい。
綺麗事なのだろう。
世間を知らない子どもの意見だ。
だが、せっかくの異世界。俺の好きにやらせてもらおう。
問題はスパルダさんを巻き込むことだ。俺が勝手にやる分には、どのような結果でも自業自得になるのだが、再建に失敗すればスパルダさんが破産する。ただ儲けるだけの店にするか、それをスパルダさんに聞こうとした。
だが、アルに止められた。
俺の考えを聞いてもらった時だった。話を終えて、アルの顔を見た時、アルはしょうがないですねぇと笑って言った。
「アポロさんの考えはわかりました。売れるためにリンさんを脱がすという道もあったのでしょう。でも嫌なんですね」
「誰もそんなこと言ってないんだが。違う店になるぞ、それ」
「全裸じゃないから大丈夫です」
「誰もそんなこと聞いてねぇよ。どんな風にリンを脱がすか、逆に興味わくわ」
俺のツッコミにまぁ、まぁまぁと手を扇ぐ仕草をするアル。
「たんに儲けるより、スパルダさんが喜び儲かる店。いいじゃないですか。難易度はあがるかもしれませんが、それに何の問題があるんです?」
「けど、スパルダさんに一度決めてもらうべきだと思うが」
「ハッ、甘いですね」
「そうなのか?でも、スパルダさんのことを考えると……」
アルはチッチッチと舌をならし、指をふる。
駄目な生徒に教えるかのようにアルは言う。
「前に言った気がしますが、スパルダさんは再建をこちらに任してるんです。どんな店にするか決めるのはスパルダさんではなくアポロさんです。リンさんを脱がす店にしても文句は言っちゃ駄目なんです」
「いや、それは文句言うと思うぞ」
スパルダさんとリンが。
「その時は、スパルダさんは再建を打ち切ればいいんです」
「そう………だったな」
俺はどんな店にするのかを決められるように、スパルダさんは再建を俺に任すか任さないかを決められる。
俺の決定に不服なら、俺達に頼るのをやめればいいのだ。
「アポロさんが、スパルダさんの意欲が増す店を作るのも作らないのも自由です。ま、個人的には意欲の増す店のほうが好きですけどね」
そこでアルは一旦区切った。
そこにいつものおちゃらけた雰囲気はなく、真剣に俺の目を覗く。
その視線はアルの目から俺の中に何かが入ってくるような感じがした。
「いいですか、アポロさん。大事なのは指揮官が迷わないことです。迷っていたら、下にいるものは不安になります。信じていいのかわからなくなります。他の道があるんじゃないかと思ってしまいます。だから、指揮官は迷ってもそれを表に出しては駄目です。これしかない、俺についてこいって感じで道を示すのです。そうしたら、下の者は安心して共に戦えるのです」
「なるほどな」
他人の顔色を窺ってばかりの人はリーダーシップがあるとは言えないものだ。
「意見を聞いても、決めるのは指揮官、リーダーの仕事です。自分がいいと思ったことを突き進むのです」
「ありがとうな、アル」
「ふふっ、どういたしまして」
「みっともなかったな、俺は」
「いえいえ、今後の成長に期待ですよ」
「ああ。今度はアルにカッコ悪い姿を見せないようにする。アルに相談する前にズバッと決める」
「え?」
「え?」
何かおかしいことを言っただろうか。
アルは口を開けたままで意外そうな顔をする。
自分の言った言葉を思い出しても変なことは言ってないはずだ。
「なんかおかしかったか?」
思わず聞いてしまう。
それまで、電池が切れたおもちゃのように止まっていたアルだったが、俺の言葉を聞いて烈火のように怒りだした。
「何を言うのですアポロさん!」
「え、叱られる雰囲気なのか?」
「当たり前です!仲間を何だと思ってるんですか!?
それに私はアポロさんの副官であり、パートナーであり、運命きょ、共同体ですよ!
迷ったら、私に相談するのが普通です。普通なんですよ!犬でもわかります。『あ、迷ったらアルさんに相談だ』みたいな」
「いや、犬は喋らない」
「テレビつけたら喋ってるでしょう!」
「それテレビの話」
「シャラップ。例えです。私には、私達には弱みを見せてくださいよ。悩んで、話し合って決めましょう。内にこもってないで外にだしましょうよ」
「でも、さっきの話と矛盾してないか」
「それはそれ、これはこれです!」
それとは何なのか、これとはどういうことなのか。
俺に詳しく説明してほしい。
けど、それを言ったら怒られそうな空気だ。
「リンさんはいつでも私に相談しています!」
「え、そうなのか?」
アルに相談するというから、悩み事だろうか。
そんな素振りはなかったと思うのだが、陰で悩んでいたのか。
気がつかなかった。
「ええ。気がついたら借金が増額してる。どうしようって相談されます」
「俺の記憶が正しければ、アルのせいだからな」
「世の中が悪いのです。私は流れにのってるだけです」
自分は悪くないと胸を張って、アルは言った。
その対応は逆に凄いな。
しかし、リンも相談する相手が間違ってると思う。マッチポンプとまではいかないが、それに近い気がする。詐欺師に儲け話ないかと聞く感じか。
「で、リンの相談に何て答えてるんだ?」
「返せなくなっても、最終的に脱げばいいのです、と答えています」
「どうしてそこまでリンを脱がしたいんだ……。リンも怒ったろう」
真面目に相談したら、ふざけた答えが返ってきたんだ。
怒らないわけがない。
俺なら怒る。
「え?別に怒ってないですよ。『脱ぐかぁ……』ってボソッと呟いてましたし」
「え?リン的にもありなの、それ!?」
ちょっとリンを見る目が変わるんだが!
予想外の返答を聞き、焦る。
そんな俺をアルはじーっと見つめ。
「それはですね…………」
俺の焦燥とアルの常在。
その温度差に俺は自然と落ち着いた。
「それは?」
冷静に、落ち着いてアルに聞き直す。
しかし、アルは一向に続きを話そうとしない。
「うん。それは置いときましょう」
うんと頷き、一人で納得し始めたのだ。
「え!気になるのだが」
「いや、私の口から言うのも悪い気がしますからね。いつの日か起こるかもしれないサプライズも事前に知っていたら興ざめですし」
「サプライズ?ますます意味がわからないぞ」
「意味がわからないままで大丈夫です。悪いことにはなりませんから」
「??」
わけがわからない。
自分の都合の良いように想像出来るが、それは駄目な気がする。
間違ってたら痛いでは済まない。
「そんなことより、アポロさんもリンさんを見習ってどんどん私に相談してください!」
強い調子でアルは言う。
アルの体が俺の顔に近づく。
顔の正面、息を吐けば届く距離に。
「アポロさんが悩んで打ち明けないなら、気になって仕方がないじゃないですか。一緒に解決しましょうよ。アポロさんもリンさんやベクトラさんが悩んでも相談してくれなきゃ嫌でしょ?」
確かに。
リンやベクトラが困っていたら助けたい。
アルは両手で俺の頬を触れた。
アルと俺、それぞれの目線が交差する。
「それが仲間です。忘れちゃ駄目ですよ」
そう言って、くるりと反転して俺から離れた。
「ありがとな。それに、アルもだぞ」
その途中に、感謝の言葉と大事な言葉を。
えっ、とアルは声をあげ、止まる。
そして、首だけ振り返り俺を見た。
「アルも大事な仲間だ。悩みがあったら相談しろ。そうじゃなきゃ嫌だぞ。気になって仕方がなくて困るぞ。だから、なにかあれば相談してくれ」
その言葉にアルは口を開けて呆ける。
そして、徐々に顔に赤みがさす。
「ふ、ふん。仕方がないですね。アポロさんが気になって仕方がないって言うのなら、た、頼ってあげてもいいですよ」
ぷいと顔をそむけながら、アルはそう答えた。
「ねぇ、いつまで待てばいいの?」
ポツリとリンは言った。
それで我に返る。
そうだった。
スパルダさんにどういう店がいいのか聞いたのだ。
あまりの沈黙に意識が脱線して、過去のことを思い浮かべてしまったのだ。
スパルダさんは口を開いては閉じるの繰り返しで、いっこうに話さない。
頑張ってるのはわかるのだが。
「しかし、初っ端からこれではまずい気がするのう。主殿、本当に大丈夫なのか?」
ベクトラは少し気まずそうに聞いてきた。
俺もその気持ちがわかる。
味方の俺達にすら、意志疎通が十分に出来ないのだ。
「おぉと、心配ご無用です。このアルが前もってスパルダさんに聞いてきましたから。その答えがこの紙にあります!」
ババンと自分で効果音を出し、アルは懐から四つ折りにされた紙を出す。
どうやら、その紙にスパルダさんがどのような店にしたいかが載っているらしい。
「最初からそれを出せよ」
「本当よね」
「アル殿、すまん。フォロー出来んのじゃ」
「おおっと、全方位集中砲火ですよ」
アルは俺達の非難を気にせず紙を広げ、それから咳をする。
注目ということらしい。
「いいですね。今から言っちゃいますよ。トイレは済ませました?神様にお祈りは?部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOKですか?」
「何を聞かされるんだよ、それ。
そんな演出いらないから早く言え」
「ファイナルアンサー?」
「ぶっ殺すぞ」
チェッと不満気な表情をするのも一瞬、真面目な顔に戻り、アルは言った。
「スパルダさんの希望は『落ち着いたお店。ゆったりと食事を楽しめる空間』とのことです」
10秒の静寂。
ごくりとスパルダさんの唾の飲む音が聞こえた。
誰も言葉を発しない。
「…………なるほどな」
スパルダさんの言葉を脳内で何度も反芻する。
「一瞬あっけにとられたけど、考えたらいいと思うわ」
「そうじゃなリン殿。
スパルダ殿の本領は料理のうまさじゃ。人相とかはちとアレじゃが、それを見せさえしなければ、料理だけをたのしめば、流行ると思うのじゃ」
リンとベクトラはスパルダさんの作りたい店に賛成のようだ。
なら話は早い。
「リンさんとベクトラさんはスパルダさんが言ったようなお店にすることについて賛成なんですね?」
確認を込めてアルは聞く。
「うん。別に悪い風にならないと思うし、これなら頑張れるわ」
「うむ、拙者も賛成じゃ。主殿の好きなようになされよ。拙者達も協力を惜しまぬゆえ」
話の流れとして受け取ったのだろう。
リンとベクトラは深く考えることなく、安易に頷いた。
「言質は取りましたね」
ボソリとアルは呟いた。
「え?」
その小さな声が聞こえたのだろう。リンは戸惑いの声をあげた。
それが何なのかリンが問おうとしたが、アルは許さなかった。
大きな声をあげ、話を変えたのだ。
「よし、アポロさん。プランAですね」
「ああ」
昨日の夜の話し合いで、事前にスパルダさんの答えを予想し、それに対応するプランを練り上げたのだ。
想定の範囲内。
プランAと呼ばれた案がそのまま使えそうだ。
「ならここから二手に分かれるか」
「ええ。リンさんとベクトラさんは私と」
「アルと?」
「主殿は?」
「俺は俺でやらなきゃいけないことがあるからな。
単独行動が望ましい。
リンとベクトラのぎせ……ゴホン。献身で再建が上手くいくか決まると思う。頑張ってくれ」
「ちょっと、アポロ!
さっき犠牲って言いかけなかった!?」
「スパルダさんはこの店の掃除をお願いします」
「ちょっとアポロ!」
「なんだ、リン。掃除は大事なんだぞ。
誰かがやらないといけない仕事だ。掃除が嫌だからスパルダさんに押しつけてるわけじゃない」
「聞きたいことは掃除のことじゃないわよ」
「まぁまぁ、リン殿落ち着きなされ」
「ベクトラ」
ベクトラは興奮してるリンの肩に手を置いた。
「主殿もアル殿も拙者達に害をなすわけじゃなかろう。もっと信じるのじゃ」
「……そうね。信じるわ。アポロ、アル、信じるからね。いいわね。信じるから裏切らないでね、絶対よ」
「それ信じてないよな?」
目に力を込めて、こちらを見て言う。
脅迫されてるようだ。
「アル。うまいこと言いくるめてくれよ」
「任されました!」
「ほら、ベクトラ!
やっぱり信じちゃ駄目じゃない!」
「カッカッカ、楽しいのう」
「ここには味方がいないの!?
もーーー!!」
リンの悲鳴と怒号。
そして、ベクトラの笑い声が店にこだまする。
さてと、再建頑張りますか。
次回更新は来週を予定しております。