パーティーの麗しき結束
「さてと…………」
レストラン『迷える羊』を再建することは決まったのだが、決断すべきことは多々ある。
「何をするにしても資金がいるな」
お金がいくらあるかで取れる選択肢が変化する。
勿論、あればあるだけいい。
「スパルダさん、余剰資金はどのくらいありますか?」
余剰資金。
日々レストランを運営する際に資金がいる。食材を購入したりするお金がそれだ。それ以外のお金、家庭で言えば貯蓄に当たるものだろうか。
それはいくらぐらいなのか。
スパルダさんは店の奥に行き、戻ってきた。
そして、コトリと金貨を一枚テーブルの上に置いた。
「以上ですか?」
コクリとスパルダさんは頷いた。
申し訳なさそうに体を縮こませる。
「いえ、別に責めているわけではないのです」
現状確認がしたかったのだ。
俺達に頼るぐらいだ。
経営がやばいのは承知のうえだ。
「だが、これでは心もとないのも事実だな」
自分の財布を取り出し、テーブルの上に銀貨と金貨を置く。
なんか稼いでは浪費してる気がする。
俺とスパルダさんのお金を合計すると大体金貨3枚ほどになる。日本円にして30万円ほどだ。
これで再建しないといけないのか。
そう思った時。
「おぉっと、私を忘れてもらっちゃ困りますね!」
アルがどこからともなく布袋を取り出した。
俺の拳大くらいの大きさのそれは中身を出すと、ザザーッと銀色の硬貨が流れ落ちた。
銀貨十枚で金貨一枚なので、見かけほどものではないが……。
「アル、どんな犯罪をしたんだ?」
「ちょっ、最初の一言からそれですか!?」
「待て主殿」
「ベクトラさん……」
待ったと手を掲げて俺の発言を止めるベクトラ。
予想外の味方の出現に嬉しかったのか、アルは声を震わせる。
「バレていない犯罪を犯罪と呼ぶのはおかしいと思うのじゃ」
掲げた手を握り、力を込めてベクトラは言った。
「感動を返して!
何で私が罪を犯したと考えるんですか!
清く正しく美しく稼いだお金ですよ」
普段の行いだと思うが。
そしてベクトラ、犯罪は犯罪だと思う。
「私が返した金額より多い…………」
視界の端でリンが打ちひしがれていた。
うん、見なかったことにしておこう。
リンが稼いだお金は借金返済ということでアルに渡している。別に俺は返さなくていいと言ったんだが、アルが『じゃあ私が預かっときます』とかっぱらっていったのだ。悪用するつもりはないだろうからそのままにしといたのだが………。
アルの言い分から察すると、リンからのお金には手をつけていないようだ。
つまり…………。
駄目だ。これ以上考えたらやばくなる。
「ふむ。拙者も出すとするか」
そう言って、ベクトラも金貨を2枚テーブルの上に置いた。
「出してくれるのは嬉しいが、無理に出す必要はないぞ」
「なに、拙者が出したいのじゃ。拙者にはどうやって再建すべきかわからぬ。力になりたいと思ってもな。
しかし、このイベントと言っては外聞が悪いかもしれんが、再建話は胸を高鳴らせる何かがあるのじゃ。それに拙者も一枚噛みたいのじゃ。遠くから参加するより近くでな。お金はそのための通行料じゃ」
再建はパーティー全員でやる作業だ。
お金を出すということは責任を持つことなのかもしれない。
誰だって自分のお金を無駄にされるのは嫌なことだ。
「でも、通行料なしで入ったらお得な感じがしません?」
「……………ハッ」
「余計なことを言うな。ベクトラもその手があったかという顔をするな」
「その手があったか」
「口に出せばいいってことじゃないからな」
「ベクトラ、私もその案にのるわ」
「待てリン落ち着け。ステイだ」
「まさかのリンさん参戦!?
私、ドキドキしてきましたよ。
どうなるアポロ御一行様!?内部分裂か!?」
「部外者の立場で面白がってるけど、最初の原因はお前だからな」
「主殿、さっきのお金は無かったことに」
「え、本気なの!?」
「カカカ、冗談じゃ」
ベクトラもアルも面白ければいいという節がある。
その影響を受けてかリンも少しずつであるが、変になってきたと思う。
「…………………」
俺だけがまともだ。
うん、頑張って生きていこう。
「ねぇ、なんで生温かい目で私達を見るの?」
「主殿………」
「ねぇ、アポロさん?
リンさんやベクトラさんを見るときは温かい目で見るのに、なんで私を見るときは冷たい目で見るのです?それ蔑んでますよね?」
「チッ……」
「ちょっと、この人舌打ちしましたよ!」
「で、ベクトラ本当にお金を貰っていいのか?」
「無視!?」
「うむ。主殿に存分に使ってほしい」
「ベクトラさんも無視!?」
アルが何かを喚いているが気にしないことにする。
「……………」
特に何かがあったわけでもない。
欲求や不満もなかった。
偶然と言えばいいのか。
運命と取繕えばいいのだろうか。
俺がリンを見てしまったのは。
「うっ………………」
俺の視線を受けて、リンはビクッと肩を震わした。
華奢な体を縮こませて、何かから逃れるように顔を背けた。
「どうし………」
最初、リンは何に怯えてるのかわからなかった。
だが途中で気が付いた。
「お金ですね」
ボソリとアルは呟いた。
リンはそれが正解であると体現するように、一際体を揺らしうつむいた。
「あ…………」
「リン殿…………」
スパルダさん、俺、アル、ベクトラと次々にお金を出していった。
スパルダさんは当然としても、他は自腹である。
お金を出すことは義務ではないし、強制でもない。
しかし、場の雰囲気や流れは時として人に義務感を強要するのだ。
リンは得たお金のほとんどを借金返済に当てている。
善良で真面目な性格なのだろう。
借金の代金といっても、ほとんどは槍の代金なのだから。別に急いで返すものでもない。最悪、返さないでも良いと伝えてある。
だが、律儀にコツコツと返済している。
「リン………あのな、その」
何を言えばいいのか言葉が出てこない。
リンは俺の言葉に強く反応した。それはまるで危険を感じた猫のようだった。
やばい、追い詰められてる。
そう感じ咄嗟にリンの肩を掴もうとした。
俺の手がリンの肩に触れる間際。
「しゃ、借金でお願いします」
頭を下げ、消え入りそうな声でリンは言った。
小さな声だったが、誰も聞き逃すことができない声。
それは羞恥の入り混じった声だった。
自身の情けなさ、協力出来ない無力さ。
リンの真面目すぎる性格、思いが滲み出ていた。
現に、下げた頭は直角に近く、未だ微動だにしない。
顔が見えないので、リンの表情はわからない。
しかし、俺達は仲間だ。
辛い時に支えないでどうする。
お金なんて大事ではない。
そのことをリンに伝えよう。
「あのな…………」
ため息をつき、リンに声をかけた。
自分でも優しい声音だったと思う。
呆れとそれ以上の労りを込め、リンを諭そうとした。
だが、俺が声をかけている途中に邪魔をするやつが現れた。
当然、アルだ。
あの悪魔だ。
「ブラボーーーーーーーーー!!!!!
最高ですよ、輝いてますよリンさん!?
言われる前に自分から言うその姿勢最高です!」
「え、え?」
突然の歓声。
その声に戸惑うリン。
俯いて地を見ていた瞳は天を見るように高くあげられて、アルを見ていた。
「皆が自腹でお金を出し、再建を進めようとしている中借金を増やしてでも出す姿勢、私感動しました!」
「おい、ア……」
「勿論、お金がないからと言い訳することもできるでしょう。世知辛い世の中です。仕方がないことです。
しかし、リンさんは違います!自分だけ良ければいいと考えず。我が身を省みず、アポロさんを助けようとするその高潔な精神!」
俺の声を遮り、畳み掛けるようにアルはマシンガンのように喋る。
高潔な精神は借金を進んでするのだろうか。
ノリだけで喋ってるな。
「なんと!リン殿そのような気持ちでござったか!」
「ベクトラさん、リンさんをなめちゃいけません」
「我が身を恥じるばかりじゃ。てっきり、皆が出したから自分だけが出さないなんてカッコ悪いと思っておったのじゃ。すまぬ、リン殿」
「侮辱ですよ、それは。あのリンさんがそんな程度の低い考えでお金を出すはずがないですよ。ね、リンさん?」
「え!?………ええ!そ、そうなのよ!アルの言うとおりだわ!」
リンは突然会話を振られ、慌てて追随する。
目は泳ぎ、声は普段より高い。
絶対、自分だけださないのはカッコ悪いと思ったからだ、この人。
「なに、落ち込む必要はありませんよ。ベクトラさんは仲間になって日が浅いのです。じきにわかります」
「アル殿………失礼なことを考えていた拙者になんと温かい言葉か」
リンの挙動不審な態度には気づかず会話を弾ませる二人。
「変な会話してないで、話を戻すぞ」
リンの頬から流れ落ちる汗を見なかったことにして、強引に話を戻す。今の会話を続けていたら、嘘がバレるかリンの良心がやばくなる。
「変な会話とは失礼ですね」
「すまぬ主殿。そうじゃな。今の話の主題は再建のお金じゃ」
「くっこんな時に正論言うなんて。
ま、リンさんの分は私が出します。なに、リンさんが今まで返済したお金なので遠慮はいりません」
「あう…………」
アルはどこからともなく、先ほどとは別の袋を取り出した。
袋を開けると、銀貨がザラザラと音を立てて流れ落ちた。
その光景を後ろ髪を引かれる思いで見るリン。
後悔とはいかないが、未練があるらしい。まぁ、ベクトラがお金を出さないと話した時食いついたからなぁ。
「とりあえず資金は揃った。再建の詳しい話は明日にしよう」
俺は皆を見回して言った。
再建するにはまだ考えないといけない部分が多い。行動するのは明日からだ。
静かに頷くスパルダさん、にっこりと笑うベクトラ、目が少し虚ろで小刻みに首を動かすリン、ダブルピースをして笑うアル。
了承ということらしい。最後のは意味がわからないが。
「詳しい話は明日なんですが、スパルダさんには明日までに決めてほしいことがあります」
「…………」
「決めてほしいことって?」
無口でシャイなスパルダさんに代わり、リンが会話を促す。
「お店のコンセプトを決めてほしい」
「コンセプト?」
「ああ。わかりやすく言うとどんなお店にしたいかということだ。落ち着いて食事ができるお店、安くて量が多いお店、子供を連れてワイワイ会話をしながら食事が出来る店、料理の提供スピードが早くさっと食べられるお店。お店の人とお客が会話出来るお店」
「言われるまで考えもしなかったわ、そんなこと。お店と一口に言っても色々あるのね」
「スパルダさんは料理人になろうと思ってお店を開いたと思います。料理というのは人に提供する物だ。誰のために作りたいか、何を作りたいか、それを明日聞かせてほしい。それを基本方針として俺達が店を作り替えるぞ」
スパルダさんは一度目を閉じた。十秒ほどたっただろうか、目を開け静かに頷いた。