穏やかな日の朝焼けの中、トマト投げ戦争が始まる
地面に座り、足を伸ばし開脚する。
そして、開いた足の真ん中に狙いを定め手を伸ばしていく。
ストレッチで体をほぐしているわけだ。
武術をやっているからには体の柔らかさが必要。怪我の予防にもつながるので、いいことずくめだ。
ベクトラが仲間になって5日くらいが過ぎようとしていた。
ここに来て最初の10日は激動の日々だったが、ちょうどベクトラが来た後ぐらいからはゆったりとした日々が続いていた。
朝に訓練して、ギルドに行ってクエストを見て、良さそうなものがあれば受注するといった感じだ。
町を離れることもあるが、オーガのような強敵も現れることはない。パーティーも三人いるので余裕ができたという感じだ。前衛が俺かリン、後衛にベクトラ、敵予備軍にアルが控えている。
「アポロさん、何か変なこと考えてませんか」
寝起きで体が硬くなったのをほぐしながら考え事をしていたら、アルが仏頂面で問いかけてきた。
アルはストレッチをしている横で俺を見ていた。体をほぐしている間、会話はなく静かにしていたのに口を開いたらこれだ。
「気のせいだ」
こちらも無表情で答える。アルが何が言いたげな感じで見ているが、無視する。
何も変なことは考えていないのだから胸を張って答えよう。
閑話休題。
戦闘の話に戻ろう。
リンと俺が前衛なのだが、場合によってポジションが変化する。俺もリンも魔法が使えるからだ。ベクトラを守りながら魔法で敵を攻撃したり、俺が前衛、リンが槍の間合いを活かして中衛で俺の補助をするといったことができるのだ。
敵の数や種類によって臨機応変にパーティーの隊列を変化させていく。
戦術の幅が広くなったのはいいことだが、どの戦術にするか選ばなくてはいけない。
その取捨選択が難しい……。
ベクトラやリンに相談してみたら、慣れれば何とかなるだろうとの返事がかえってきた。
教えて出来るものではないとのこと。
反論したい場合もあるが、戦闘は流動的で即時判断が基本なので固定観念や知識が邪魔する場合もあると無理やり納得するしかないだろう。
教えるのがめんどくさいとかそんなことはないのだ。
目が泳いでいたが、きっと気のせいだ。
「ふぅ………」
ま、必要ならその時に教えてくれるだろう。
あとリンは説明が下手なので教えを乞うと逆にわからなくなる時がある。
「準備は出来たかのう?」
ストレッチが終わり、立ち上がった。
それを見てベクトラが俺に声を掛けた。
「ああ。はじめるか」
地面に置いてあった木刀を取る。
「今日もまた地に這いつくばる生活が始まるのですね」
「アル、うっさい。今日こそは……」
「かかっ、それは楽しみじゃのう」
ベクトラから数歩離れ、間合いをとる。
そして木刀を正眼に構える。
空気が張り詰めるのを肌に感じる。
俺とベクトラがやってるのは訓練だ。
早朝に訓練していると言ったら、ベクトラが是非拙者もと参加を表明したので一緒に訓練することになった。すると、リンも槍の腕を上げたいと言い訓練に参加しだした。
最後に残ったのはアルだが、仲間はずれは嫌ですと仲間に加わるようになったのだが、いつまでもつのやら。
普段は朝食ギリギリまで寝ているからなぁ。
訓練の人数が3人に増えたのはいいが、場所が問題だ。宿の庭では手狭になってきた。
なので町の広場に場所を移し、そこで訓練する。
人通りは多くなく、多少音を出しても問題ない所なので中々に好条件の場所だと言える。
剣を構えベクトラを見るが、彼女は右手に杖を持ち、だらりと腕を下ろしている。
一見隙だらけのように思える。
だが、こちらが手を出したらどうなるかがつぶさにイメージできる。
上段つまり頭めがけて剣を振れば、杖で軌道をずらされ隙が出来たところに一撃が。
逆袈裟に斬ろうしたら、一歩後ろにかわされ、剣を戻す前に間合いを詰められ一撃が。
どう攻撃をしようとも、負けるイメージしか出てこない。
「どうしたのじゃ?攻めてこぬなら拙者から行こうか?」
「ヘイヘイ!ピッチャーびびってますよ!!」
攻めきれない俺にベクトラはニヤリと笑いながら提案する。
それに追随するようにアルが野次を飛ばしてくる。
ちょっとイラっとくる。
ピッチャーって誰だよ。
「いや、俺から行く。
そして、アルを殺す」
「えぇ!!ちょ、アポロさん」
アルが何かを喚いているが無視する。
防御にまわってベクトラに攻撃を許すわけにはいかない。十中八九、俺はベクトラの攻撃をさばくことが出来ない。
ならば、攻撃を重ねるしかない。
しかし、ただ攻撃をするだけでは負けるだろう。
先の先を取る。
自身のステータスを活かした最速の攻撃をベクトラに。
足に力を入れ、強く大地を蹴る。
「ぬ!」
ベクトラはそのスピードに驚きの声をあげた。
俺を迎撃する準備は整っていない。
一足飛びに間合いに入った俺はベクトラに向けて突きを放つ。
狙うは武器を持っている肩の側。
面積が大きく、杖を持っているため若干動かしづらいはずだ。
最速の移動で最速の攻撃を。
目論見はうまく行っていたはずだ。
突きを放つ寸前まではそう思っていた。
ベクトラは俺の動きに対応しきれていない。
仮に対応できても、後ろに飛んで躱すだけだ。
そこから連撃を加え、優位に保つ。それが俺の予想だった。
が、ベクトラは手首を少しかえすだけで、俺の攻撃を捌いた。
俺の攻撃が肩に当たる寸前に、剣の腹を杖で横に押した。
それだけで俺の剣は横に流され空を突き、おまけに体勢を崩された。
前方に飛んでいたので、前がかりな姿勢が更に前へとなる。
ベクトラは俺に一歩近づき、俺を抱きしめた。
密着したのは一瞬、俺は投げ飛ばされた。
「ぐふぅ」
加減をしてくれたのか痛くはなかったが、結構な衝撃がきた。
また勝てなかった。
アルが言ったように今日も地面に這いつくばった。
立ち上がる気力もなく、地面に突っ伏していたら、アルが飛んできて、目の前の地面へと降り立った。
何か言うのだろうか。
私の言ったとおりになりましたねとか、そんな言葉だろうか。
内心、ちょっと構えていると、
「アポロさん。抱きしめられた時のベクトラさんの胸の感触はいかがでしたか?柔らかかったですか!?」
全く心構えしてないことを聞いてきた。
「一瞬過ぎてわからんわ」
「オー、これだからアポロさんは。
何のためにベクトラさんに投げられたのですか!」
アルはアメリカ人がやるような、やれやれだぜぇと言った感じで首をすくめ
て俺を非難した。
「少なくともアルの考えてることではないな」
いつまでも突っ伏しているわけにもいかず、体に付いた砂をはたきながら立ち上がる。
「しかし、負けるとはなぁ。自信があったんだが」
ベクトラに向かい、さっきの試合の感想を言う。
今までの訓練で出してなかった全速力で勝負したのだ。
なのに結果は負けた。
「ふむ。確かに今までで一番危なかったのう」
お世辞なのか本当に思ったのかわからないが、ベクトラは腕を組んでそう感想を述べた。
腕を組むと豊満な胸が形を変え、強調されるようになる。
視線がそちらに行きそうになるが自制する。
「余裕で対応されてた気がするがなぁ」
「いや、もう少し主殿の攻撃が速ければ拙者が負けていただろう」
「そのもう少しが無理なんだが」
さっきの速度が全速力なのだ。
つまり俺はベクトラに勝つのは不可能なのか。
思わず溜息が出る。
「主殿は速さに頼りすぎじゃ」
ベクトラは人差し指を一本立てて言った。
「頼りすぎ?」
「そうじゃ。主殿は力も強く、スピードが速い。
並大抵の身体能力ではない。それはいいことじゃ。
だが、なまじそれのせいで動きが単調になっている」
「うっ……」
少し心当たりがある。
強くなることを意識して訓練していたが、威力やスピードを念頭に置いて剣を振っていた。
「視線や体の動きでどこを狙っているかわかりやすいのじゃ。
知能が低い畜生どもや脳筋の魔物相手ならばそれでいいが、達人や侍を相手にするにはそれでは駄目じゃ」
ベクトラは立てた指を少し掲げた。
視線が、掲げた指にいく。ベクトラの指の先、上空へと。
少し顔をあげて上空を見つめようとしたら、頬に少し冷たい感触が。
驚き、何の感触か確かめたら、それはベクトラの手だった。
いつの間にか俺に手が届くほど近くに接近していたのだ。
気が付かなかった。
顔をあげて上空を見ようとした一瞬でベクトラは俺に近づき俺の頬を触ったのだ。
「うっ……」
ベクトラの接近に気が付かなかったことと、頬から感じるベクトラの手のひら感触に思考が停止する。
自分が何をすればいいかわからない。
頬に少し熱が回るのがわかる。
そんな風になっている俺に構わずベクトラは説明の続きをする。
「大切なのは速さではない。
相手の動きを誘導したり、虚実を使って出し抜くのじゃ。
すると、このように」
頬を触ってた手が、横に動く。
手は頬を触ったままで。
「ひたい」
つまり、頬を引っ張られたのだ。
「うぃのう、うぃのう。
カカッ、主殿、修練あるのみじゃ」
そう言って、ベクトラは頬から手を放し去っていった。何か用事があるらしく早めに宿に帰るとのこと。
訓練をつけてもらってありがたいのだが、前衛より強い後衛は一体何なのだろうか。後ろから見えるベクトラのうなじに視線が行きそうなのを上空へと顔をそむけることで回避する。
まだ、若干暗めの空があった。もう少ししたら、明るくなるだろう。
ふぅと溜息がでる。
自分に足りないものが多すぎる。
ほんの一ヶ月前は普通の高校生だったからというのもあるが、今は異世界にいる。そんな言い訳は通じないのだ。生き残るには嫌でも強くならねばいけない。
一歩一歩いくしかないか。
焦る気持ちを押し殺し、視線を上空から戻す。
すると、どこからか視線を感じる。
視線のする方へ顔を向けると、リンがこちらをじーっと見ていた。
「何か用か」
互いに邪魔にならないように離れていたので、リンのほうへ歩いていく。
「べ、別に何もないわよ」
リンは首を振り、否定してはいるが、何か言いたげである。
手に持っている槍をせわしなく指でトントンと突いたり、握り直したりする。そして、視線もせわしなく動いたかと思ったら、俺のことをじっと見てくる。
これで何もないと言えるはずもない。
では、どうするか。それが問題だ。
無難に話を打ち切るか、つついてみるか。
対人関係の経験の少なさか、女性の扱いがわからない。どれが正解なのか誰か教えてほしい。
すると、救いの声が聞こえた。
「アポロさん、にぶいですねぇ」
違った。
救いの声じゃねぇや。
いつの間にかアルが近くにいた。
アルは救いをもたらしたりなんかしねぇわ。静かだから蝶でも追いかけて消えたと思ってた。
「アルはリンが何が言いたいのかわかるのか」
「アル!別に私は……」
リンがアルに抗議の声をあげるが、アルはまるで何事もなかったように話を続けだした。
「リンさん検定2級の私には簡単です」
「凄いのか凄くないのかわからないな、それ」
「ふっ、褒めないでください」
「全然褒めてないんだが」
「ちょっと聞いてるのアル」
リンがアルの肩を掴んで揺らす。
アルの首がカクカクと揺れている。
けれどアルは何事もなかったように話を続けだした。
その光景にちょっとアルを凄いと思ってしまった。
「ほら、リンさんの顔を見てください」
「え?」
その言葉にリンの動きが止まる。
つられてアルの振動も止まる。
「リンの顔?」
「ちょ、ちょっと!?」
まじまじと見つめるが、何もわからない。
エルフの特徴である長い耳。パッチリとした大きく綺麗な瞳。すっと鼻筋が通る小さな顔。
キリッとした印象があるリンの顔だ。
まじまじ見つめていると恥ずかしいのか頬が若干赤くなっていた。
「ほら、わかったでしょう?」
「いや、全然」
「そうです。少女的なあれです!」
「全然っていったよな、俺」
「ちょっとアル!」
「リンさんはさっきのベクトラさんとの会話が気になっていたんです!」
「アル!」
「そうなのか?」
リンを見るとバツの悪そうな顔して、うぅとうめいた。
「考えてみてください。
訓練をしていると思ったら、寄り添うように近づくは頬を触って鼻をのばすわ。挙句に頬を摘むんですよ!私もしたことないですよ、それ!
気にならないわけないじゃないですか!」
「鼻を伸ばしたわけではないんだが……」
「外部から見たらという話ですよ。
リンさんとアポロさんは前衛同士ですから、何をしているかと思えばいちゃついてるとか……。
ね、リンさん?」
「え、うん。そうね、そうよ!同じ前衛だから気になるのよ。
何をいちゃついてるの!」
話を振られ、リンはビクッとする。
そして、急に語気を強めてきた。
「別にいちゃついてもないんだが」
「なら何の話をしたのよ」
ベクトラに教えて貰ったことをそのままリンに話す。
「確かに、それはあるわね」
リンも肯定の意見のようだ。
「私も試合した時言ったでしょ」
「いや、聞いてないけど」
「え?」
リンと模擬戦をしたことはある。
だが……。
「リンさんの説明は擬音語多すぎてわかりにくいですからね。
ぐーっと来たときに、ピッと出すとか」
「え?え?」
うん。本当に。
俺のために言ってくれてるのはわかるのだが。感覚的過ぎて何が言いたいのかわかりにくい時がある。
善意で言ってくれてるので何度も聞き直すのも難しい。聞き直しても更に混乱する恐れもある。
アルと二人、苦渋に満ちた顔でリンの説明を思い出して頷いていく。
リンはショックを受けたのか混乱と失意の混じった顔をしている。
「けど、そんな駄目なリンさん、私は好きですよ」
「駄目って…………」
救いを求めるようにリンが俺を見てくる。
リンって外見はキリッとしているけど、駄目というかポンコツというか愛らしいというべきか甘い部分が確かにある。
年齢的に上でもあるし、お姉さん的な部分もあるには、あるが……。
「俺もリンの不器用的な部分はいいと思うぞ、思います」
視線を逸らしながら、リンに言った。
ごめんなさい。
それが俺の限界です。
「なんなのよ、もーーーーーーーーーーーーーー」
一瞬の静寂の後、耐え切れずリンは叫んだ。
リハビリがてらのお話です。
微妙に忙しい日は続いてます、もうちょっと不定期が続くかもしれませんが何とか頑張りたい所存です。
寒くなってきましたので、皆様の風邪に気をつけて過ごしましょう。あと2ヶ月ぐらいで今年が終わるという噂なので。