それは微かに甘く、悶えるような
扉の前に立ち、深呼吸。
ベクトラを仲間にするということだけなのに、まるで告白しようとする中学生かのようだ。戸惑い、緊張する。
心臓の鼓動が増し、音が鳴っているのが自分でもわかる。
深呼吸をして心を落ち着け、さぁいこうとドアをノックしようとしたら。
「そこリンさんの部屋ですよ」
アルが注意してきた。
「まず、リンに報告するのが先かと思ってな」
「なるほど。筋を通すというわけですね」
「うん。まぁ、そうだな」
間違ってないが、筋を通すという言葉が任侠を彷彿させると思うのは俺だけなのだろうか。
「リン、ちょっといいか?」
ドアをノックして、リンに声をかける。
「あ、アポロ!? ちょ、ちょっと待って」
部屋からドタバタと音が聞こえる。タイミングが悪かったらしい。
1分ほど待って、どうぞとの声が聞こえた。
扉を開け、リンの部屋へ。
部屋の内装は俺の部屋と変わらない。ベッドの近くに槍や防具が置いてあり、冒険者の部屋を思わせるようになっている。荷物が整頓されたその部屋は几帳面さを伺わせる。
部屋に入る前にドタバタしたのは聞かなかったことにしとこう、うん。リンは几帳面。それでいいではないか。真実は謎のままで。
部屋に一歩入ると、かすかに甘い香りがした。
「ちわー、アルですよ。アポロさんが夜這いに来ましたぁ」
「えぇぇ!」
明るい声で夜這い宣言をするアル。
リンの視線はアルと俺を行ったり来たりしている。
「アル。いい加減にしないとその体、ねじり取ってばらして埋めるぞ」
「生々しくて怖いんですけど……冗談ですよね」
「リン、さっきのはアルの冗談だ。気にしないでくれ」
「方向性!方向性! 冗談って言葉は私に言って!」
「…………ふん」
「蔑みの目で見られましたよ、私!」
ベッドを指さし、ここに座っていいかとリンに確認をとる。
リンは夜這い云々の影響なのか、少し頬を赤くしながら頷いた。
リンも俺の横に座る。
テーブルに座って真正面からリンを見て話すのは緊張するから。視線を合わせないベッドのほうがいい。リラックスしながら話したいのだ。
「ね、ねぇ。何の用なの?」
「ベクトラの件だ」
「ベクトラ?」
「ああ。ベクトラを仲間にしようと決めたんだ」
「……そう。決めたのね」
「最終確認だが、リンはベクトラを仲間にすることは構わないのか?」
「ええ。ヒーラーの存在は助かるわ。もう二度とあんな目にあわせたくないし。それに、ベクトラは悪い噂は聞かないわ、変人という噂は聞くけど。人格面でも悪い点はないみたいだし、変だけど」
変という言葉が二度あった。
ただ、人物面で俺もリンに同意見だ。
むしろ、信頼していいと思っている。
「じゃあ、アル。ベクトラをここに呼んでくれないか?」
「あいあいさー」
アルがベクトラを呼びに部屋を出る。
パタンと扉が閉まる。
わざわざ閉めるとは、器用なものだ。
アルが部屋を出て行き、部屋には俺とリンだけだ。
隣にはリンが座っている。
ベッドで隣り合う近さは、嫌でもリンの存在感を感じさせる。
触れ合いそうになる距離は、リンの体温がほのかに伝わる。
トクンと心臓が鳴った。
何だ、この空気は。
アルはまだ来ないのか。
ベッドに置いた手を戻し腕を組む。
深呼吸をして落ち着けようとするが、息を吸うと同時に部屋に入った時と同じ香りが横から入ってきた。
不意打ちだ。
思わず、咳き込む。
「ちょっと、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だ。だいじょぶです」
唾が気管に入ったのか、咳が止まらない。
リンは俺の背中をさすりながら心配そうに聞いてくる。
柔らかな指の感触が背中に伝わる。それに温かさも。
慌てて介抱の手を辞退する。
「……………」
「……………」
アルはまだ来ない。
沈黙が続く。
気まずい空気が辺りを支配する。
「な、なぁ、リンは香水とか使っているのか?」
それを払いのけようと話題を出す。
不思議に思ったことだ。
この香りは何なのか。
花の香りに近いが、ここには花はない。
「え?別に使ってないわよ」
「でも、このにおいは?」
「におい?」
「…………」
はい、アウト。
リンの目元が段々細くなる。
「言って」
「なぁ、アルまだなのかなぁ」
「そんなこと別にいいでしょ。それより言いなさい。変なにおいでもするの?」
遅延行為のお咎めをもらいました。
言うしかないのか。
「部屋に入ったとき、甘くていい香りがしたんだ。さっきも横から香ってくる。リンの香水のにおいかと思ったら、リンのにおいなんだな」
「………そ、そうなんだ」
小っ恥ずかしいことを言ったような気がする。
体に熱を持っているのが自分でもわかる。
少しの静寂の後、リンは静かに問いかけた。
「ねぇ、何で先に私にベクトラを仲間にするって伝えたの?」
「普通だろ。リンは俺の仲間なんだから了解を得ないといけないだろう」
「ふふっ、律儀ね」
「普通だ」
「そうね、普通ね」
「そう思ってないだろ」
「そんなことないわよ。普通よ、普通」
何がおかしいのかリンは機嫌よさそうに普通、普通とリズムをつけて繰り返す。
あれ?そういえばリンってまだ仮パーティーだっけ。そこのところどうなんだろう。
しかし、何で機嫌がいいのだろうか。
普通というのは褒め言葉ではない。
だが、リンは喜んでいる。普通じゃない部分があるので喜んでいると推測できる。ならば、普通ではない部分とはなにか。
視線が、リンの胸に。
なだらかな平野がそこにあった。
「ねぇ、何か失礼なことを考えてないかしら」
機嫌の良さそうな声はどこにいったのやら。底冷えする声が横から聞こえてきました。
それと同時に、腕をつねられた。
い、痛い。助けて、アル……。
「別に何も考えていないよ」
「目を見ていいなさい」
「アル遅いな」
「目を見ていいなさい」
「あの、そのね、リンさん?」
「そんなこといいから、目を見て言いなさい」
こ、怖い。
またアウトを貰ったようだ。
怖くて、リンに視線が合わせられない。
一瞬だけ視線を合わせて、上にそらす。
リンは溜息をついて追及を諦めた。それと同時に圧力も霧散する。
穏やかな空気が徐々に戻ってきた。
「しかし、リンでも気にするのか」
天井のシミを見つめながら問いかける。
「気にするわよ、悪い?」
なぜか喧嘩腰なリンさん。
「悪くないです、はい。ごめんなさい」
悪くないのに、謝る。
一体何をしたのだろう、俺は。
弁護士を呼んでほしい。無実の罪だ。
「ベクトラの胸に鼻を伸ばしてたじゃない」
していたようです。
弁護士を至急呼んでほしい。冤罪だ。
「いや、それは……」
男の本能と言うべきか。
視界に揺れ動くものがあれば注目してしまうものだろう。
別にどうこうしたいわけではない。ただ視線がそっちに行ってしまうだけだ。鼻を伸ばした覚えはない。
あれやこれやと抗議するが、リンは冷ややかにふーんと言うのみ。
大事なことを忘れていた。
この法廷では検察官も裁判官もリンなのだ。
詰んでないか、これ?
気分は泥沼でもがく感じだ。何をしても悪化する。そのままでいても沈むのみ。
どうすることも出来ない。
「リンは別にそのままでもいいと思うがなぁ……」
「嫌味?」
悪化する状況に嫌気がさし、ついボソッと本音を言ってしまった。笑顔で聞き返すリン。表情は笑っているが、目が笑っていない。
男の意見としては、別に胸が大きくなくても魅力は損なわれないと思う。色気という点では負けるかもしれないが、綺麗さ、爽やかさという点では勝っていると思う。色欲という点を抜いて、綺麗と思えるのだ。不純な心を取り払って、美しい、可愛いと思えるのだ。
リンはほっそりと華奢な体つきでありながら、体つきは女性らしく丸みをおびている。十分柔らかいのにガラス細工を思わせるような細さ、繊細さは触ることさえ戸惑わせる芸術品に思える。
これ以上何を望むのだろうか。個人的な感想ではあるが、リンは今のままでいい。体つきのバランスというか、その可憐さは美女と美少女の狭間という、危うい均衡の魅力を遺憾無く発揮している。
以上のことをリンに伝える。
リンは何も返事しない。表情も変わらない。
ビデオの停止ボタンを押したように動きは変化しないのだが、肌の色は刻一刻と赤くなっている。エルフの特徴である耳まで真っ赤だ。
そこで俺は気がついた。
何かやばいことを言ったような気がする。
最初は理不尽な空気をなくすため。次はリンをフォローするため。最後は自分の考えを。
理不尽な八つ当たりからの怒りも混じっていたと思う。種火に火をつけるように、最初小さな火が心にあった思いという可燃物を燃やし、勢いを増した。火が勢いを増し、猛る。もうその勢いは止まらない。
制御出来ない火はなんというか。
火事です、はい。
災害がここに発生。
これってセクハラになるのだろうか。災害っていっても人災だ。それも不注意による発火。
アウトだよな、これは。
「ちょっとアルを見てくる」
ちょうど、スリーアウトだ。
スリーアウトなら交代だ。
ベッドから立ち上がり、部屋を出ることにする。
扉に向かうその途中。
「待って、アポロ」
リンが俺を呼び止めた。
ギシリと床から音が鳴り、歩みが止まる。
「ん?何だ」
視線は扉に向けたまま、リンに返事をする。
「アポロは幼なじみの楓さんのことが好きなの?」
思わず振り返り、リンを見る。
だが、リンは俺に視線を合わせない。俺の斜め前を見ている。
先ほどの余韻のせいでリンの顔はまだ紅潮している。角度が違うせいで、ほっぺがよく見える。柔らかな新雪でできた雪原に、薄紅の紅葉で染め上げたようなほっぺだ。それを眺めながら、俺は言う。
「どうなんだろうな。あっちは俺のことを好きと言ってはいるが、俺の方が返事できずにいる」
意外だったのか、俺と視線が合う。
「好きじゃないの?」
「好きか嫌いかを言えば好きにきまっている。だけど、それは男女というものではない。兄妹のものだ。そう俺だけが思っていた。なんとかしなければならないと思ってたら、生き別れた」
「楓さんに会うのは返事をするため」
「いいや。それはまだ考え中だ」
「なら、どうして?」
「……言わなきゃならないことがあるからだ」
「……………」
「さて、んじゃアルを呼びに行く」
今度こそ扉に向かう。
「待っ……」
「ちわー、アルが任務を完了して戻ってきました!」
扉に近づき、開けようとした時に扉が開いた。
内側からは引けば開く扉。
外側からは押せば開く扉。
扉が俺に迫ってくる。
間一髪でバックステップ。
ひらけた先には、ベクトラとアルがいた。
「あぶなー」
「おや、アポロさん。そんな所にいたら危ないですよ」
「ああ。さっきそれを実感したわ。
遅かったが、何かあったのか?」
「すまん。拙者が寝てたのじゃ」
すまなさそうにベクトラは頭を下げた。
ベクトラは和服ではなく、ローブのようなものを着ている。寝間着のようだ。
「寝てたのなら、別に起こさずに良かったのに」
「何言ってるのですか、アポロさん。アポロさんのありがたい言葉が聞けるのですよ」
「どこかの教祖か、俺は」
「なに、拙者も得難い体験をした。礼を言わしてもらう」
「何をしたんだ、アル」
「寝ているベクトラさんの耳元で起きるまで延々とつぶやいてました」
「夢での、アル殿が出てきたのじゃ。その姿は神々しく。まさに神のお告げかと思ったのう」
「恐ろしいな。俺には絶対するなよ」
「恐ろしいってひどいですね。プンプンですよ」
さも心外とばかりに、アルは腰に手を当て頬を膨らます。
「お告げの内容はアル殿のことを賛美する内容じゃった」
「恐ろしいな。俺には絶対するなよ」
「言葉は同じなのに、さらにひどくなりました!」
「で、アポロ殿の用件は何じゃ?」
「ああ。仲間にするかどうかの返事が出来たからな。早いうちにと思ってな。まさか寝てるとは思わなかった。すまん」
「拙者が勝手に寝てただけじゃ、気にするな」
「もし、良かったらアルの首をねじ切ってくれ」
「ええ!?」
「何なら、中が空洞な牛の模型を作るから、そこにアルを入れて焼いてくれ」
「ファラリスの雄牛!?」
ファラリスの雄牛。別名、吼える雄牛。
それは古代ギリシアで生まれた処刑道具。
処刑の種類でいえば火刑の一種だろうか。
火で炙って殺すのが火刑。
火刑というのは残酷なようで処刑の中では比較的苦痛の少ない方法なのだ。足元で火を焚いた時、煙が発生する。その煙による窒息死や一酸化炭素中毒で意識を失う。そのため、焼け死ぬという苦しみがないのだ。
だが、ファラリスの雄牛は違う。
牛を模した模型で、呼吸をするために管が通されている。これに処刑する人を入れて焼くのだ。
煙がでないため、熱の苦しみが襲うのだ。それは地獄の苦しみ。段々と熱くなり、暗く狭い空間でもがくことも出来ない。中の空気も温められ、息をするのも地獄。焼き殺されるまで意識はあり、苦しめられるという。管から犠牲者の絶叫がまるで牛の吠えたように聞こえるらしい。
この世の処刑の中で最悪の方法の一つだ。近年では魔女狩りで使用された記録が残っている。その時は、牛の模型に閉じ込めるのではなく、首から上は出して焼いていく拷問道具として使われたらしい。嫌な改良である。
「あ、アポロさん、冗談ですよね?」
「当たり前だ。人を何だと思ってるんだ」
心配そうにアルは問いかけてくる。
それをぶっきらぼうに答える。
アルが遅かったせいで、恥ずかしい思いをしたのだ。
八つ当たりぐらい許してほしい。
それに、ファラリスの雄牛は真鍮で作るらしいので、俺には制作不可能だ。もっと優しい処刑道具を考えているので、そちらに期待してほしい。
「しかし、寝ていたなら部屋には鍵がかかっていたと思うが、どうやって中に入ったんだ?」
「窓が開いてましたから、ちょちょいとね」
「そこまでするなら、いっぺん戻ってこいよ……」
変に仕事に忠実だ。
その勤勉さに少しばかり呆れと感謝を抱きながら、ベクトラの方を向く。
深呼吸をして、一度心を落ち着ける。
「ベクトラ」
「なんじゃ」
ベクトラは泰然自若。
賊から奪われた物を取り返すのが旅の目的だという。だが、それなのに気負いはなく自然のままでいる。負の感情を見せていない。俺はそれに憧れじみたものを抱いている。
経験の差なのか、年齢の差なのか。エルフは長寿だ。見た目は20代前半だが、そのままの年ではないだろう。
ベクトラの目的を達成するのはいつになるのだろうか。すぐというわけではないだろう。その旅の間に助けてもらうことも多いだろう。
だからこそ、俺はベクトラに頭を下げて乞う。
「俺からもお願いする。俺達の仲間になってくれ」
ベクトラは一瞬呆けた後、閉じた蕾が花開くように、見惚れるような笑顔を浮かべた。
「あい、わかった。これからよろしく頼むぞ」
ベクトラは俺に手を差し伸べる。
その手を握る。
ベクトラの手は少しひんやりと柔らかかった。
握手した手を離し、ベクトラは言う。
「しかし、アポロ殿は律儀じゃの」
後ろでリンが噴いた。
失礼な。
「普通だ」
「そうね、普通ね、普通」
「なんじゃ?」
「なんです、一体?」
ベクトラとアルは首をかしげるが、教えるつもりはない。
「他愛ないことだ。気にするな」
「すごく面白そうなにおいがするのですが」
「それ以上言うと本気でデコピンするぞ」
「ほ、本気の目だ……」
アルとじゃれあっていたら、ベクトラが咳をした。
ん、と思いベクトラを見る。
「さて、仲間となったことじゃし、誓いの儀式をしたいのじゃが」
唐突にベクトラは何か変なことを言い出した。
ダークエルフには仲間になるとそういう風な儀式をするのかと思って、リンを見るが、リンは首を振って否定する。
「誓いの儀式って何だ?」
「拙者の目的は2つあるといったじゃろう」
「ああ。オルケニアの腕輪とベクトラの刀だろ」
「違うのじゃ」
「違う?」
「それは2つで1つなのじゃ。もう1個あるのじゃ」
なにそれ、聞いてないぞ。
焦る俺に構わず、ベクトラは語る。
「侍には主君が必要と言われているのじゃ。拙者はそれに憧れているのじゃ。占い師曰く、それもアポロ殿が解決するという。ならばわかるな?」
わからない。
わかりたくない。
この後の展開が読めるけど、わかりたくない。
「だけど、それは俺ではない可能性があるんじゃないか?」
旅の間で、素晴らしい人物に会うとか。
十分、可能性は高そうだ。
「大丈夫。拙者の勘が正しいと言っておる」
ちょっと、それ卑怯。
ポンと肩を叩かれた。
叩かれた方向を見ると、アルがいい笑顔でそこにいた。
「アポロさん、貴方の負けです。認めましょう。
いいじゃないですか、家臣が増えるというのは」
「なに、誓いの儀式と言っても堅苦しく考える必要はない。言葉遊び、仮契約みたいなものじゃ」
「そ、それなら……」
それなら、どうなんだ。
迷っているうちに話はどんどんと進み、断れない方向に。
リンは興味深そうに見ているだけで助けてはくれないらしい。
最初、ベクトラに会った時に嫌な予感がしたが、これのことらしい。
ここまできたら引き返すことが出来ない。
覚悟を決めるしかない。
ベクトラは片膝をついて跪き頭を垂れる。
その右側には俺から借りた剣が置いてある。
「ベクトラ・レイラインがここに誓う。
アポロ殿を主君とし、一振りの刀とならん」
ベクトラは立ち上がり、俺のもとへ。
互いに剣を鞘から少し抜く。鞘から剣を全て出さず半ばまで。
そして、互いの剣を合わす。
キンと音が鳴った。
「うむ。これで誓いの儀式は終了じゃ。主殿ありがとう」
貸した剣を返してもらう。侍や武士というのは誓いをするものなのか?騎士っぽい気がするが。
よくわからない儀式だったが、ベクトラが喜んでいるようなのでよしとしよう。
晴れ晴れとした笑顔をするベクトラに文句を言うのは野暮というものだろう。
主といっても、名だけだ。ならば問題はないはずだ。
愛称みたいなものと受けとっておこう。
「さて、ベクトラさんも仲間になって万々歳ですね。パーティーをします?」
「まだだ」
「ん?」
「え?」
「レッツパーティー?」
皆が聞き直す。最後の一人はおかしかったが気にしない。
「まだ大事なことを言ってないからな」
「大事なこと?一体なんじゃ」
「ああ。リンには言ったが、ベクトラには言ってないことだ」
ああとリンは相槌をうつ。俺が何を言いたいかわかったようだ。
リンはいいのと視線で問う。
俺は頷き、言うことにした。
「俺には秘密が色々ある。全ては言えないし、リンにも言ってない。いずれ、全てを説明すると思うから待ってほしい」
目を一度閉じる。
全てを言えないのは俺がへたれだから。
怖いから。全てを明かすと、今までの関係が崩れるかもしれないから。
どうしても、俺はそれを恐れてしまう。
もうちょっとだけ待ってほしい。
だけど、
「アイテムボックスオープン」
目を開けて、アイテムボックスを呼び出す。
目の前に黒い渦が現れる。
「っ!」
黒い渦に手を入れ、アイテムボックスから飲み物を取り出す。
果実のジュースだ。
取り出す物はなんでも良かった。
黄色の液体が入った瓶をテーブルの上に置く。
「これが俺の秘密のひとつだ。アイテムボックスを使える」
「アイテムボックスじゃと。主殿、お主は……」
ベクトラはリンのように取り乱しはしなかったが、驚いているようだ。
「俺に備わった能力と思ってくれたらいい」
「…………信じられぬ、信じられぬことじゃが、目の前でされたら信じるしかあるまい」
「私も初めての時は驚いたわよ」
ベクトラはそれでも半ば信じられないのか、俺の手元を見つめていた。
リンはしみじみとベクトラを労るように感想を述べた。
「主殿、なぜ拙者にこの秘密を打ち明けたのじゃ?」
「仲間だろ?」
「仲間といえど、秘密にすることがある。簡単に打ち明けて良いことではない。まして、アイテムボックスなぞ欲しがらない人はいないじゃろう。悪用しようと思えばいくらでも出来るものじゃぞ」
「だからだ」
「ん?」
「だからだ、ベクトラ。俺はベクトラを信頼する証として言うことにしたんだ」
「っ……だが、会ったばかりの拙者を信頼するのはどうかと思うが」
「それは俺の台詞でもあるがな。会ったばかりの俺を主とするベクトラに言われたくない。
ま、会ったのは今日。話した時間は短い。だけど、それでもわかることがある。ベクトラを信頼できるってな。勘の部分もあるが、絶対の自信があるぞ俺は」
前半は茶化しながら、後半は真剣に思いを込めてベクトラに伝える。
人についての目利きは自信がある。
どうでもいい人物なら、仲間にするか迷わない。大切な仲間になるはずだから迷うのだ。リンに言って、ベクトラに言わないのは嫌なのだ。
「…………」
「俺には秘密がある。目的がある。面倒なことも色々ある。
だけど、リンやアル、ベクトラに助けてほしいんだ。手伝ってほしいんだ。仲間として、友として、大切な人として」
「……少しこそばゆいのぅ」
そう言って、ベクトラは笑い。
俺に近づいた。
目の前に来て、そして。
ベクトラは俺を抱きしめた。
「おぉ!」
「えぇぇぇ!」
後ろから驚きの声が。
だが俺は後ろを確認することができない。
ふんわりと、それでいて窮屈ではないほどに力強く抱きしめられている。
柔らかな女性の感触と、リンとはまた違った甘く蕩けるような香りが包み込むように俺の中へ入ってくる。
ベクトラは俺の耳元へ口を寄せ、
「その信頼、有り難く」
小さく呟いた。
それは優しく、色々な思いを込められた言葉だった。俺には言葉の中に何が込められたのかわからない。それでも、ベクトラは俺に感謝してることがわかった。
ベクトラは抱きしめる手をゆるめ、一歩後ろへ下がった。
「べ、ベクトラ?」
「なに、感極まっただけじゃ。許せリン殿」
「そうですよ、リンさん。羨ましかったらリンさんもすればいいじゃないですか」
「べ、別に羨ましくなんてないわよ!」
アルとベクトラが茶化し、リンは怒る。
和やかな雰囲気が辺りを包んだ。
だが、それで終わるつもりはなかった。
もう一歩進むとしよう。
「もう一つの秘密を言わせてもらう。
これはまだリンにも言ってないことだ。
『火の精霊よ……力を』」
精霊に力を借り、指先に火を灯す。
火の大きさはライター程度の大きだ。
だが、それが与えた衝撃は大きかったようだ。
「精霊魔法!?」
「主殿はエルフの血を引いているのか?」
「いいや、引いていない。引いていないが、生まれつき使える」
「嘘……でも耳が」
「面妖じゃのう」
リンは驚きに目を大きく開き、ベクトラはリンほどではなさそうだが、声の力のなさから衝撃を受けていることがわかる。
エルフの力を引くと、耳が長くなる。エルフの血が薄くなるにつれ、耳は短く普通になっていく。エルフの血が濃いと精霊との親和性があがる。その通例に俺は反している。精霊魔法のレベルが低いのはあってはいるが。
「それがアポロの秘密なの?」
「もだな。まだある」
「本当に一体何者なの」
眉根を寄せ、リンは聞く。
だが、俺はまだ答えることができない。俺が精霊魔法が使えるのをばらしたのは、戦闘等での手段が制限されるから。秘密にしていたせいでミスをするのは避けたいのだ。全てを明かせなくても、これだけは打ち明けたい。
だけど、次に打ち明けるときには全てを語ろう。小出しにするのはこれが最後だ。
リンに謝ろうとした時、ベクトラが手を叩いた。
注目がベクトラに集まる。
「そう、主殿を責めるな、リン殿」
「せ、せめてないわよ!ちょっと疑問に思っただけよ」
「主殿が拙者達を信じているから、打ち明けたのじゃ。その信頼に感謝して報いようではないか」
「そう言ってもらえると助かる」
「なに、それが家臣のつとめじゃ」
「私、家臣でもなんでもないんだけど」
「家臣じゃないとすると、リンさんは借金奴隷?」
「それも違うわよ!仲間よ、仲間!
見てなさい、すぐに返すから!」
「そういえば会った時に借金がどうこう言っておったな。
リン殿は借金があるのか?」
「ええ。アポロさんに」
「リン殿、主殿に金を借りるとは」
「違うからね。槍の代金がね、あれなのよ!」
戸惑っているのか、何を言っているのかわからない。
手をあたふたと振りながらリンは説明になってない言い訳をする。
らちがあかないので、俺が代わりに説明した。
リンの槍は元々俺のだということ。リンは槍を買い取るつもりだということを。しかし、お金がないので借金ということで槍を手にしていると。
「なるほどな。しかし、見事な槍じゃのう」
その件の槍を手に取り、ベクトラは感慨深げに褒めた。
「でしょ、でしょ?色合いもすごく綺麗だと思うの」
「うむ。見惚れてしまうのう。
しかし、ここまで立派だと、えらい金額になるのではなかろうか」
「ええ。私が思うに、最低でも金貨が三桁以上の代金になると思います」
「リン殿……」
「いや、そんな目で見ないで!
きっと大丈夫だから、きっと!」
「払いきれない場合はどうなるのじゃ?」
「それは当然、リンさんが……」
アルはチラッとリンを見る。
その視線にリンは目を見開く。
「え!? 槍を返すんじゃないの!?」
「人が使った場合、中古品となりますからね。価値は下がりますよ。私の知識によると元々の値段の半額くらいになります。差額を回収しませんと」
「ええっ!?」
吉岡が使っていたから、元から中古品だと思うのだが。
それに、アルの知識ってゲームのことだろう。
その知識は間違っている。
「あぁ、目に浮かびます。
槍の代金が払えなくなって…………そこにはバニーガールになって元気に走り回るリンさんの姿が!」
どこでどうなって、バニーガールになるのだろうか。
それにしてもこのアル、ノリノリである。
そろそろ止めるべきか。
「アル。そこらへんにしとけ」
「バニーガールは巨乳しか着用不可能と思ってるのですか?それは偏見ですよ」
「違うからな。リンが睨むからやめなさい」
「に、睨んでないわよ!それにバニーガールって何なのよ!」
「ちぇ、ここからがいいところでしたのに。
でも、これからパーティーですからね。ここらへんにしときましょう」
「何でパーティーをするんだ?」
両方の手のひらを上にあげ肩をすくめ、やれやれとアルは溜息をついた。
どうしてこんな簡単なことがわからないのだと言いたげな感じだ。
ちょっとイラッとくる。
「ベクトラさんがせっかく仲間になったのですよ、祝いませんと」
「今からか、明日でも……」
「この熱気を発散するには今じゃないといけません。アポロさんのアイテムボックスは何のためにあるのですか!?
そこに飲み物と食料があるでしょう!」
決して、パーティーをするためじゃないと思う。
リンとベクトラを見る。
リンは呆れながらも、反対はしないようだ。
ベクトラはなぜか感動している。
「はぁ、仕方がないか。パーティーするか」
「さっすが~、アポロ様は話がわかるッ!」
何で、様づけ?
けどまぁ、主賓のベクトラが喜んでいるので、パーティーをするとしよう。
夜をぶっ通しで宴会が始まった。
酒がないと文句を言われたが、何を期待してるのだろうかこの人達は。
以後、アイテムボックスに酒を入れることを強要された。
日課の早朝訓練が潰れたのは言うまでもない。
リンが主人公の秘密を気にするのは少女的な何かです。