我が逃走
自己紹介が終わり、次の話題へ。
気になっていたことを聞かねばならない。
「ベクトラは最初俺を探していたと言ってたよな。どういうことだ?」
ベクトラが俺達を呼び止めた時。
エルフのリンでもなく、アルでもなく俺を呼んだ。
この世界に転生者以外の知り合いがいない俺を。
俺は名前を変えている。
転生者が直に見たらわかるらしいが、名前ではわからないはずだ。
そして、俺は吉岡以外の同郷の人を見たことがない。
じゃあ、なぜベクトラは俺を呼び止めたのだ?
「拙者の旅の目的にアポロ殿が必要なのじゃ」
ベクトラはそう俺に告げた。
「必要ってどういうことだ?」
再度俺は問う。
意味がわからなかったからだ。
なぜベクトラの目的に俺が必要なのか。
この世界に疎い俺が。
「宣託があったのじゃ」
「宣託?」
「うむ。とある町で宣託の占い師と呼ばれる者に出会ったのじゃ。拙者は占い師に2つのことを聞いたのじゃ」
「宣託の占い師!?」
リンが驚きの声をあげる。
「知っているのか?」
「有名よ。たまにだけどすごく当たると評判なの!」
「すごいのかすごくないのかわからないですね、それ」
俺もアルと同じ意見だ。
どうやって当たるやつと当たらないやつを見分けるのだ。
リンに聞いてみると。
「神のお告げが聞こえるって言うらしいわよ」
「さよう」
ウンウンとベクトラは頷く。
胡散臭さが増したと思うのは俺だけだろうか。
「その占い師が言うには、金髪のエルフと小さな妖精にかしずかれる者がミシェロの町にいる。その者が拙者の目的を全て果たすだろう、と」
「私はかしずいてないわよ!」
リンが抗議する。
「でも、借金ありますから第三者から見たら、かしずいてる感じもしますよね」
「うぐっっ」
かしずくの意味。
人につかえて世話をするという意味だったような気がする。
リンが俺の世話をしているのは事実だが、つかえてないと言える。
微妙なラインだ。
「ベクトラはその占い師の言うことを信じるのか?」
うろんな目でベクトラを見る。
だが、ベクトラは俺の視線をものともせずに笑って答えた。
「合うも不思議、合わぬも不思議。他に手がかりが無いからのう。藁にもすがる想いじゃ」
「ベクトラさんの目的って何ですか?」
アルがベクトラに聞く。
笑っていたのも一転、ベクトラは顔を引き締め真剣な表情になった。
「拙者の村に賊が入ってのぅ、宝が盗まれたのじゃ」
「宝ってなんです?」
「オルケニアの腕輪という拙者の村に伝わる古臭い品じゃ」
「それを賊が盗んだのですね」
「ああ。そればかりか………」
ベクトラは強く手をにぎる。握った手が震える。
その力の入れようから賊への怒りのほどがわかる。
「そればかりか………きゃつは拙者の愛刀の虎徹を盗んだのじゃ」
「おい」
ベクトラはドンと強くテーブルを叩きつけた。
衝撃でコップから果実のジュースがこぼれた。
怒りのほどはわかるのだが、村の宝より自分の宝を盗まれたことのほうを怒ってないか。
「百歩譲って、オルケニアの腕輪を盗んだことは許そう。だが、拙者の宝を盗むとはなにごとじゃ!」
ぶっちゃけた。
百歩でも千歩でも許しちゃいけないと思うのだが。
「ベクトラ、思っててもそういうことを言っちゃだめよ」
リンは呆れながらベクトラをたしなめた。
頭が痛いのか、肘をテーブルに載せ眉間をつまんで俯いている。
「すまぬ。つい本音が」
「ヒーラーなのに刀が宝なのか」
「アポロ殿、それは偏見じゃぞ。優れた武器、とりわけ刀は芸術品の要素もあるのじゃ」
「……それもそうか」
武器や兵器は人を殺す道具なのになぜ人を魅了するのだろうか。兵器にいたっては、朽ちても味がある。苔が生えた戦車、錆つき動かなくなった鉄の塊。役目を果たさなくなったものでも美しさを感じさせる。
「アポロ殿、どうか拙者の村の宝を取り戻す手伝いをしてほしい」
ベクトラはテーブルに手をついて、頭を下げた。
なんか色々台無しの台詞だ。
直前のあれさえなければ、村の宝を取り戻そうという善良なダークエルフだったんだが。
今では盗まれた自分の物を取り返したいだけのエルフに思えてくる。
しかし、村の宝であれ自分の物であれ、盗まれたのは変わらない。取り返したいという気持ちはわかる。
わかるが、どうすべきか。恐らく、すぐに見つかるというものではないだろう。
「俺には目的があるんだが……」
他人の事情に構ってられるほど余裕はない。
ベクトラは顔をあげた。
「いや、占い師が言うにはアポロ殿の旅についていけば見つかるらしい」
「そうか……」
チラッとリンを見る。
リンは一度頷いて、
「アポロの好きにして。このチームのリーダーは貴方なのだから」
アルの方を見る。
「私は賛成ですね。エルフとダークエルフを連れたらバランスがいいじゃないですか」
バランスって何だ。
「実利の面なら、神聖魔法が使えるベクトラは役に立つわよ」
「そうです。ベクトラさんはリンさんにはない胸を持ってますよ」
それは関係ないだろ!
リンが俺を睨んでる。ちょっと怖いんですけど。
ベクトラはそんなリンをものともせず、腕を組む。大きな胸は腕によって形を変える。柔らかなそれは押し出されるように前へと踊り出る。
男の本能なのか、ついそれに注目してしまう。
「アポロ殿、すまんが恋人でもないものに体を許すつもりはないぞ」
「なんか俺が頼んだようになってるんですけど」
「ドンマイ、アポロさん」
「最低ね、アポロ」
ベクトラに謝られ。
アルに励まされ。
リンに蔑まれ。
なにやら、踏んだり蹴ったりだ。
「さて、返事を聞きたいのじゃが」
「返事か……」
神聖魔法の使い手のダークエルフ。
目的はあれど、俺の行動についていくだけで邪魔はしないらしい。
仲間は多いほうがいい。
条件面でいえば、破格と言っていいほどだ。
だが……。
「一日考える時間をくれないか」
俺は即答出来なかった。
ベクトラは不満を言わず、頷いた。
「あい、わかった」
明日の同じ時間に会う約束をして、宿に戻る。
宿への帰り道。
道すがら、横にいるリンに尋ねる。
「リンはベクトラが入ることにはどう思っているんだ?」
「そりゃ助かるわよ。神聖魔法を使える在野はほとんどいないからね。どの冒険者も喉から手が出るほど欲しいわよ」
「そうか……」
オーガの時、回復魔法があればもっと楽になったかもしれない。リンは自分が役に立てなかったことを悔やんでいるようであった。
「アポロの言っていた目的にベクトラは必要ないの?」
「アポロ殿の目的というのはなんじゃ?」
「幼なじみを探すことらしいの」
「ほぅ、幼なじみとな。どんな人物なのじゃ?」
「ああ。俺の幼なじみは………ってベクトラ!」
後ろをむくと、そこにはさっき別れたベクトラがいた。
え、なんでだ?
「なに、宿をとるならお主達と同じ場所にしようと思ってのう」
その料理頼むなら私も、というような軽いノリで答えるベクトラ。
いいっちゃいいんだが、まだ仲間になったわけでもないのに溶け込むのはどうなんだろうな。
「それで、幼なじみとはどのような人物なのじゃ」
ベクトラは何も思わないらしい。構わず話をすすめる。
「ああ。九条楓という名前でしかわからん」
「それ本当に幼なじみなの?」
ジトーっとリンがこちらを見るが、わからないものは仕方ない。
何度問われてもその答えは変わらない。
「名前しかわからぬのは難儀じゃのう。他に手がかりはあるのか?」
「ないな。種族もわからない。性別は女だと思うんだが……」
「ほんと、どんな幼なじみなのよ……」
「楓さんが男になっていたらアポロさんはどうします?」
「男だったらか……」
一度考えてみる。
俺のことを好きと言ってたら、キャラメイクの時に女性のままでいるはずだ。
だが、愛に性別がないとか思ってたらどうしよう。
自分が女性だから断られたとか曲解したらどうしよう。
友情なら築けるが、愛となると……。
俺はノーマルなのでお断りしたい。
だが、断った程度であの楓が諦めるだろうか。
男になった責任をとってとか言ってくるかもしれない。嫌な想像が脳内を駆け巡る。
「逃げると思う」
「逃げるの!?」
「尻がそんなに大事なのですか!」
「大事だよ!」
男になった責任をとってくれとか言われたら逃げるしかないと思う。一度会うことは必要だと思うが、そこから先はしらん。
それに、アル。お前は以前BLは嫌だとか言ってなかったか。面白ければそれでいいのか。
次回更新は2日後。23日22時予定。