右手が疼く。目覚めよ、新しき力!
「ふぁぁ……」
若干の肌寒さと空の色合いの変化で目が覚める。
ステータス云々で寝たのが若干遅かったので、起きられるか心配だったが杞憂だったようだ。
ベッドから降りて、窓に向かう。
窓から覗く景色を見る。
空のグラデーションが美しい。
空には闇が、地平からは太陽が。
それぞれが空のキャンバスを黒とオレンジに染め上げようとしている。その拮抗、グラデーションがなんとも言えない良さを出している。
黒とオレンジが混じったせいだろうか、空と地平との境界は紫色をしていた。絵の具の黒とオレンジでは作ることが出来ないその色合いは神秘性すら感じてしまう。
空の色は変化するが、この時間帯の空の色が一番好きだ。朝と夕にしか見られないこの色合が。
そして、気温も加えるなら朝が一番いい。
朝の少し肌寒い、ピリッとした空気が良いアクセントになっている。
「って、いつまでも見てるわけにはいかないな」
伸びをして、体をほぐす。
軽い準備運動をした後に日課の訓練をする。
あの戦闘の経験から実戦を意識した動きで重点的に。
幹竹割り、なぎ払い、突き。
空想の敵を相手に剣を振るう。イメージするのは魔物だったり人だったりと様々だ。
蹴りを混ぜながら剣を振るう。
剣道ではありえない動き。実戦はなんでもありの世界だ。面とか胴とか小手とか言ってられない。
「ん?」
訓練中、不思議な事が起こった。
力を込めると、いつもより違う速度、力強さが出た。
アシストされた動きと言おうか、自分の力にプラスされた感じだ。
この力が出たり、出なかったりする。
何かの力を開眼したのかと思ったが、違った。
ステータスの剣術スキルをタップすると答えが出た。
============================
剣術 スキルレベル3
剣を使う際、補正がかかる。
転生者の方は闘気の使用が解禁になります。
頑張ってね?
============================
「なんというか……」
力が抜けるコメントだ。
だけど、重要な事だろう、これは。
目を閉じて、意識を集中する。
体にあるものを探りだす。
……うん。
なんとなくわかった。
魔力とは別な力が存在する。
右手、剣を持つ手にその闘気と呼ばれるものを流していく。
右手に集まった闘気が剣に伝わる。
その状態で剣を振るう。
ビュウと空気を切り裂く音が生じた。
今までの素振りの音より鋭い音。
格段に威力があがるわけではないだろうが、これを使いこなせば戦力アップ間違いないだろう。
躍起になって、闘気を使った訓練を開始した。
しばらく後。
「つ、疲れた……。なんだこのだるさ」
闘気を使い素振りをしていたら、重りのように疲れが全身にのしかかってきた。
昨日の疲れがでたのかと楽観視していたが、剣を振るうごとに体が重くなる。
休憩することにする。
何の気なしにステータスを表示すると、理由がわかった。
「HPが減ってる……」
225あった値が50になっている。
「ということは闘気を使うとHPが減るということか」
そもそもHPの存在が謎だったんだ。
ゲームの時はヒットポイントの通り、命の値だ。これがゼロになると戦闘不能になる。これが増えると死ににくくなる。
この世界ではどういう風になるのか。レベルが上がりHPが増えると、剣で切られても傷つきにくくなるのか。
考えるのも恐ろしいことだが、首チョンパされてHPが残っていたら生きてる状態になるのか。
自分の命で試すことが出来ないので保留していた問題だった。
それの回答がでた。
恐らくHPはゲームでいうところのSPが一番近い。SP、それはスピリッツポイント。
剣技等の技で消費されるもの。
魔法職で言うMPみたいなもの。
「だが、なんでHPなんだ……」
普通に考えると、ヒットポイントになるだろう。
この世界はゲームや漫画に酷似した世界だ。
そして、使っていると疲れが出てくる点。
これらのことから考えられる答えは。
「生命力ということか」
一つの仮説が生まれた。
MPは尽きても影響はあまりない。強いて言えば精神的に疲れが出てくる。
だが、HPは肉体面に影響が出てくる。
戦闘中に体のキレが落ちることは死の危険がある。
この闘気を使えば、戦闘に役に立つ。
だが、使えば疲労が溜まり、体のキレが落ちる。
諸刃の剣だな、これは。
「ま、考えても仕方ないか。リン先生に聞いてみるか」
困ったときはリンに聞けばいいのだ。
「ということで、リン先生に聞きたいのだが」
「改まってどうしたのよ?」
朝食の時間。
ご飯を食べながら聞いてみた。
今日の朝食は、パンとスープとオムレツ。
スープには鶏肉が入っている。
普通の朝食には肉が入ってないが、お金を割増することで入れてくれるようになった。
日課の朝訓練でお腹が空くので栄養をつけるべきだと思ったのだ。
それに、ご飯が美味しいと生活が潤う。
必要な経費だ。
この世界を楽しむためにも。
「闘気というものが使えるようになったんだが、これって一体なんだ?」
「ほぅ、アポロさん。ついに闘気を習得できたのですね」
「アル、知っているのか?」
「いえ、全然」
「おい……」
「いいじゃないですか。ちょっと偉ぶりたくなる時もありますよ。
あ、ほら。リンさんの説明が始まりますよ」
アルに期待した俺が馬鹿だったようだ。
ということでリンに期待するとしよう。
アルと俺の二対の目が一斉にリンの方に向く。
リンはパンを食べている途中だった。
一瞬たじろいで、
「注目されると喋りにくいのだけど……」
と頬を少し赤くさせた。
パンを食べ終え、空気を入れ替えるためにゴホンと咳をして説明を始めた。
「闘気っていうのはね。主に攻撃の時に使う技よ。これを使うことによって移動速度をあげたり、攻撃の威力をあげたりするのよ」
「ふんふん」
「使い続けると体に疲労が溜まり、枯渇すると気絶する場合があるわ」
「命を失ったりはしないのか?」
「普通にやってればそんなことは起きないわ。体がこれ以上闘気を使わないように気絶するようになるから」
「闘気の回復手段は?」
「時間経過で回復するわ。寝たら回復の速度が早いわね。後は回復アイテムの使用でも回復するわ。ポーションを飲むの」
「ポーションをか」
怪我にかけるポーションをそのまま飲めと。なんか、怖い。傷薬飲めってことだよな。
「先に言っとくけど苦いわよ。沢山飲めば、沢山回復するわけじゃないし」
「飲むの嫌だなぁ……」
「あとMPを回復するのはアラキドの実ってアイテム。こちらは少し甘いわ」
「HPもそうしてほしい……」
アラキドの実か。聞いたことあるような、ないような。
回復手段はポーションだけかと思ってたので、そこまで気がまわらなかった。
「というより、今まで闘気が使えなかったの?」
「え、普通は使えるものなのでしょうか?」
「なんで敬語なのよ。使えるから冒険者やってるのかと思ったのよ。明らかに強いし」
「どういうことですか、リンさん?」
ギルドに登録して、稼ぐから冒険者でしょとアルはリンに聞く。
「冒険者になるのには適性が要るのよ。魔法が使えたり、闘気が使えたりとね」
「適性がない場合は?」
「冒険者にはなれるけど、魔物を討伐するときに苦労するわね。当然、冒険者として上のレベルにはなるのも難しくなるわ」
「じゃあなんでギルドは最初から闘気か魔力がないかを調べないのです?」
「低いランクの仕事は魔法とかの必要が無い仕事が多いから。あとは、簡単な魔物の討伐をやってたら闘気や魔法に目覚めるケースがあるからよ。後は無かったとしてもチームで組む場合にはさほど弱点にはならない場合もあるわね」
リンはコツンとテーブルを叩く。
「でも、強い魔物と戦うなら闘気の扱いは必須よ。アポロは剣を主体に戦うのでしょ?」
「ああ」
言外に剣を主体に戦うのに、なんで闘気を使えなかったのかという意味が込められてる気がする。
だが、答えられる言葉を持っていない。
闘気とか誰も説明してくれなかったからな。
知らないのはどうしようもない。俺の落ち度といえばそれまでなのだが、これに気づけと言うのは中々難しいと思う、
知っていたら魔法一本に絞ってた気がするが。習得できるかどうかわからない闘気に労力を費やすわけにはいかない。
リンの視線に居心地が悪くなり、気を紛らわすために水を飲む。
コップをテーブルに置いた時、今度はアルが質問した。
「魔法や闘気を覚えられない人もいるんですか?」
「いるわね。むしろそっちのほうが多いわよ」
「リンさんはどっちも使えるのですか?」
「ええ」
「凄いですね。エリートじゃないですか」
「そ、そんな、褒めるものじゃないわよ。両方使える人は他にもいるわ」
と言いながらも、頬が紅潮している。
暑いわねと、手でパタパタと風を顔に送る。
若干照れているようだ。
「でも、両方使えても盗賊に捕まるのですね」
「……それは言わないで」
リンはガクンと肩を落とした。
捕まった理由はどうやら罠にハマったらしい。詳しい説明は勘弁してほしいということで聞けなかった。
HP問題。
最初小説書いてる時は疑問に思わなかったですが、連載していくうちに重くのしかかってきました。どう扱うべきか迷いました。で、こんな感じにすることにしました。迷いはありますが、勢いで生きていくことにします。
どっかで質問でそうなので、先回りして答えると。
最初、主人公が闘気を使って疲れ果てたのは、無茶な闘気の乱用をしたためです。闘気の使い方がわからず全力疾走したので、あそこまで消耗しました。闘気の運用にも無駄があります。要訓練。あ、魔力でも闘気の代用をしようと思ったらできます。一緒に併用は出来ないですが。
*
HP回復はポーションを飲む。
MP回復はアラキドの実を食べるに統一しました。