魔物退治! 俺にその手を汚せというのか
タイトル変更。
元のタイトルは『駆り立てるのは殺意と欲望、 横たわるのは犬と猿』
「起きて、アポロ。朝よ」
誰かが俺を揺すっている。そう誰かが俺を起こそう……と?
「きゃぁあ!」
脳が俺を誰かが揺すっている。その事実を認識した瞬間、覚醒した。
バネ仕掛けのように俺は全力で起き上がる。
すると、リンが悲鳴をあげて尻餅をついて倒れていた。
「リンか……」
どうやら、俺を揺すっている相手はリンだったらしい。
俺が急に動いたため、驚いて倒れたようだ。
「リンか、じゃないでしょう。びっくりしたじゃない」
倒れた時に付いた砂を払いながら、リンが抗議の声をあげる。
「すまん。ちょっと過去のトラウマ?を思い出してな」
起こしてくれたのに、驚かせてしまったことに詫びる。
「なんで朝起こすだけで、トラウマが生じるのよ……」
リンがジト目でこちらを見るが、気にしない方向でいく。
朝起きたら、幼馴染が横で寝ていたなんて説明できるか。その時は目覚ましを止められていたので、起きて時計を見た時は何が現実なのかわからなかった。現実が夢だと思った。二度寝して、そして幼馴染に起こされてやっと現実だと理解した。
こんなことを思い出すのは、昨日幼馴染のことを考えていたせいかもしれない。リンには悪いことをした。
朝食を食べて、クエストを再開する。
しばらく歩いているとお目当ての魔物が出現した。
第一印象は劣化した人類の成れの果て。
背は低く、腰より少し高いぐらいの大きさで、鼻と耳が尖がっているのが特徴的だった。美醜で言うなら、醜いといえる。皮膚は濃い緑色で体中しわがあり、むき出しの歯は不揃いで黄色い色をしている。大口を開けてキキキと鳴く姿は嫌悪感を生じさせる魔物。
俺はその存在を知っている。ファンタジーの世界では定番の敵だ。
その名前は、
「ゴブリン……」
「来たわね、アポロ。2体とはちょうどいいわね。片方まかせるわよ」
「なら、右側を頼む」
「わかったわ。助けがいるなら呼んでね」
左のゴブリンを見る。ゴブリンが手に持っているのは70cmくらいの木の棒。対する俺は鉄の剣。負ける要素はないはずだ。そう心に言い聞かし、はやる気持ちを落ち着ける。
「キキキ!」
ゴブリンが俺を狙って動きだした。キキキと耳障りな高い音をたてながら、木の棒を俺の胸元へと振り下ろす。そのスピードは遅く、比較的余裕を持ちながら俺は後ろへと飛んだ。
ビュッと風を切る音が響く。
ゴブリンは空振りを気にせず、更に一歩踏み込んで再度木の棒を振るう。振り下ろし、横薙ぎと種類は様々だが、何も考えずに力任せに振り回しているため隙が大きい。
そして、四度目の攻撃の際、俺は今まで避けていた木の棒を剣で受けとめた。思ったより弱い衝撃が体に走る。ゴブリンの木の棒は半分ほど剣にのめりこみ、そこで止まった。
相手の武器を斬るのではなく、受けるつもりで放った結果がこれだった。
ゴブリンはギャギャと声をあげ、俺の剣にのめり込んで動かすことが出来なくなった木の棒を諦め、殴りかかってきた。
相手の大振りな右ストレートを体を半身にすることで躱し、がら空きになった胴目掛けて剣を振るう。
ぐしゃっと嫌な音をたてて、ゴブリンは地に倒れ伏した。
自分の剣を見る。ゴブリンを斬った際に木の棒は弾け飛んだらしく、剣には血の汚れしか残っていなかった。
リンの方を見ると、そこには地に倒れているゴブリンと、槍を地面に立てながらこちらの様子をじっと見ているリンの姿があった。風が吹き、金色の髪をたなびがせながら、こちらを見てニッコリと笑う。
「初討伐お疲れ様。どうだった?」
「色々と疲れた」
盗賊と戦った時の不意打ちとは違う、正々堂々の殺し合い。それにあの時は必死だったから、いまいち自分が何をやったのか覚えていない。
人型の魔物との戦闘。訓練とは違う、生きた相手。どれもが初めての経験だった。何度もゴブリンの攻撃が来て、相手に隙が出来たと頭で理解しても中々反撃に移ることが出来なかった。
手を握ると、先程のゴブリンを斬った感触がよみがえってくる。
「ま、初めての魔物討伐としたら上出来よ。欲を言えば、最後やった時みたいに避けると同時に攻撃することね。場所によっては後ろに下がれないときもあるし、スピードが大事の時もある。相手に隙が出来たらすぐに攻撃できるようにしときなさい」
「わかった」
「それと木の棒を剣で受けたけど。防御のつもりだったら今度からやめなさい。真っ二つに割れたとき、破片がこちらに来る場合があるわ。もし、受けるなら角度を考えなさい。今のままじゃ危険よ」
「なるほどな」
受け流しの技術か。確かに、木の棒が半分刺さった状態は非常に使いづらかった。
先程の戦闘の自分の動きを思い出しながら、リンに言われたことをチェックしていく。そして、理想の動きをイメージしていく。
「反省は終わった?なら、討伐完了の証にゴブリンの耳を切り取るわよ」
リンはそう言って、剥ぎ取り用のナイフを取り出し、ゴブリンの耳を切り取った。
俺もそれに倣う。ゴブリンの耳を切り落とし、袋につめる。
「終わった?なら、次の獲物を探すわよ」
「リンさん、男前ですねぇ」
「なんでよ!」
ごめん。俺も思った。なんか狩人っぽい台詞だったので。
エルフは狩人のイメージあるが、その通りかもしれない。
ゴブリンを求めて歩き回ると、何度かゴブリンに遭遇した。
三匹以上現れることがあるが、一匹だけを残してリンが颯爽と始末してくれた。
リンの槍は速く、穂先が消えたと思ったら、相手の胴体に穴が開いていた。
突きをすれば、ゴブリンの体に穴が開き、横に振るえば複数まとめてなぎ倒す。
その槍捌きは熟練した戦士のそれだった。
俺の方もゴブリン相手なら難なく倒せるようになってきた。
相手が攻撃するより先に制して、武器を振るう。相手の攻撃にあわせてカウンターを放つ。戦闘の呼吸がつかめてきた。相手の動きにあわせて行動し、相手を倒す。それが出来る自信がついた。
「次は複数の相手をしたいのだけど、大丈夫そうか?」
一対一での戦闘は問題なくなってきたので、一対複数の戦いを経験してみたい。
リン先生に俺が複数を相手取って戦える力量があるか聞いてみた。
リンはしばらく悩んで、許可を与えてくれた。そのぐらいの実力があると認めてくれたらしい。
自分の力を認めてもえて、ちょと嬉しい。
「アポロさん、私の力を望みますか?」
アルが決め顔を作り声をかけてきた。
手には針を持ち、構えている。やる気十分みたいだ。
「まだ盾になるのは早い」
「えぇぇぇ!オフェンス、オフェンスですって」
「ははっ」
アルが笑うなーとぽかぽか俺を叩いてくるが気にしない。
でも、アルの意見を一蹴したが、先々のためにアルとのコンビネーションを考えとかないとなぁ。
仲間と上手に連携することが今後の課題だ。
「とりあえず、上空で警戒しといてくれ。まだ、戦闘中周囲に気を配る余裕が無い」
「あいあいさー。大役ですね。頑張ります」
力こぶしを作りながらアルは頷いた。
しばらく索敵をしていると、ゴブリンが三体あらわれた。
相手もこちらに気が付いたようだ。声を上げながらこちらに向かってくる。
「では、約束通り、俺だけで戦ってみるぞ」
「ええ。でも、危なくなったら手をだすからね」
「ああ。その辺りはリンの判断に任す」
戦闘経験はリンのほうが豊富だ。危なそうなら助けてもらったほうがいい。この戦闘の目的は一人で複数の敵を相手にできるかどうかだ。後にこの経験が力となるはず。
リンから離れて、ゴブリンに挑む。
ゴブリンは多少ばらつきがあるが、三体横一列でこちらにやって来た。
こちらに手が届く間際に、俺は一番左のゴブリンの方へ跳ぶ。
すると、右と真ん中のゴブリンは左端のゴブリンが邪魔になって、俺に攻撃を仕掛けられない。攻撃するには手前にいるゴブリンを迂回しなければならなかった。
「はっ!」
左端、つまり俺との距離が一番近いゴブリンが俺を攻撃しようとするが、それより早く俺は剣を振るう。
斬るというより、むしろ押し込むように剣を振るう。
「ぐがぁ……」
斬られたゴブリンが後ろに吹っ飛ばされ、後ろにいたゴブリン一体が巻き添えになる。
俺が攻撃した隙を狙って、無事なゴブリンが俺に攻撃を仕掛けてくる。それを、左足を軸にして半身になって躱す。そして、こちらも攻撃した隙を狙い相手の胴体に一撃を入れる。
これで2体。
そこで、巻き添えになったゴブリンがようやく起き上がった。
ゴブリンの目には怯えがある。
確かにそうだろう。3対1で勝負したはずなのに、気づけば残りは自分だけ。知能が低いからこそ、恐怖で戸惑う。
だが、戦場で恐怖という感情に支配されたら致命的だ。
「いくぞ!」
俺は相手を威嚇するように大声をあげて、ゴブリンの方へ走る。
反射的にゴブリンは俺に攻撃しようとするが、及び腰で力が入っていない。
そのぬるい攻撃を剣の峰ではじき返し、返す刀でゴブリンを袈裟斬りにする。
「ふぅ……」
「お疲れ、アポロ」
戦闘が終わり、リンがこちらへやって来る。
晴れ晴れとした表情から、とりあえずのお叱りはないと判断出来る。
「どうだった?」
「うん。文句なしよ。というより複数相手の方が動きがいいみたい」
上出来、上出来とリンは
「相手が複数いるとその分戦闘に集中できるからかなぁ……」
感覚としては詰め将棋をやっているようなものだ。自分の動きと相手の動きを計算して、最適な行動を選び出す。一対一でも同じといえば同じなのだが、複数の場合ではより短時間に答えを求められる。それが俺にあっているような気がする。そういえば、将棋でも囲碁でも一分勝負の方が勝率が良かった気がする。
昼食を食べて一息いれる。
「とりあえず、ゴブリンは結構倒せたわね。で、どうする?」
「どうするって何でしょうかリンさん?」
「帰る?それとも、もう一日ここにいる?という意味よ」
ここから、ミシェロの町まで一日ちょっとかかる。
今帰れば、遅くとも夕方には着く。
「帰るか」
「いいのですか、アポロさん。せっかく最強への道を歩き出したばかりなのに」
アルがえーっと不満気に口を開く。
順調にいっているだけに惜しいということらしい。
「なんだ、最強って。そんなもの目指してねぇよ。
戦闘がどんなものかわかってきたし、頼んでいた剣も出来てるだろうし、あんまり待たしちゃ怒りそうだ」
「そんなこと言って、アポロが新しい剣を見たいだけでしょ」
「ぐっ……」
リンがずばっと本音を言い当てる。
確かに代金の半分を渡しているので、一日二日待たしても問題ない。
鉄の剣を振るうのに慣れてきた。新しい剣になったらどうなのだろうとワクワクするのは男としては自然なことだと思う。
だから、アル。そのしょうがないなぁ、この男の子はと言いたそうな顔はやめてくれ。
帰りの道の途中、遠くの方から走ってくる獣の群れを見つけた。
その速度は遅く、ウォー、ウォーと鳴きながら走っている。
そして、その群れの進路上に俺達がいた。
「あれはウォードッグね」
「ウォーと鳴くからウォードッグなのですね」
アルが感心したように呟く。弱い魔物のはずなのにウォードッグと大層な名前がついてるのはそのせいか。戦争を意味するウォーではないのか。確かに、リンが犬より弱いと言ってたからおかしいと思っていたのだ。
だが、遠くから唸り声をあげてやってくるのはどうかと思う。奴らの進路から横に外れたとして、俺達を無視して走り去ってくれれば良いのだが、ウォードッグ達の瞳は俺達を映していた。どうやら晩ごはんに俺達をということらしい。
黙ってご飯になるわけにもいかないので、俺達も動き出す。
「土の精霊よ、私に力を」
まず、リンが精霊魔法を。
「火の力を願い。我は乞う。
求めるは、敵を貫く火の軌跡。
『ファイアーアロー』」
そして、俺は火魔法を唱え始める。
魔法はウォードッグの群れに当たり、命を散らしていく。
うん。良い的だ。ゴブリンの時は戦闘経験が目的なのであまり魔法を使わなかったが、数が多すぎるのでこの時は解禁だ。
俺とリンは余裕を持って、魔法を使う。
インベーダーゲームのように、迫ってくる敵を簡単に撃墜するお仕事だ。
「なんか敵がかわいそうに見えますね」
アルがポツリと呟いた。だけど、敵に情けは無用だ。
残った敵は二匹のみ。群れの大部分を失ったのに、こちらを諦めないその闘志は敵ながらあっぱれと言えよう。
「あとは俺がやる」
その熱意に敬意を表して俺がこの手で介錯を、というわけではない。
ウォードッグ、四足歩行の敵との戦闘はこれが初めてだ。直でどういう動きをするのかを知りたい。
二匹の犬が俺めがけてやってくる。
まず最初に一匹が俺の腕を狙い、牙を剥いて飛び掛ってきた。
速度はそれほどでもないので、地を蹴って横に移動する。
すると、残りの一匹が飛び掛る。
移動した直後で、躱すことができない。
膝の力を抜き、脱力する。カクンと膝が曲がり、それをバネとして地に強く踏み込み、剣を下から上へと切り上げる。
飛び掛ってきた犬が縦に斬れる。
一匹は倒した。
そして、最初に飛び掛ってきた犬を見る。
犬は俺が躱したため、離れた位置にいた。そして、方向転換をして、また俺に飛び掛ってきた。
今度は躱さずに、犬が飛び掛ってくるのに合わせて、独楽のように体を回し、それに合わせて蹴りを犬の胴体に放つ。
俗にいう回し蹴りというやつだ。
思惑通りに、踵がウォードッグの胴体にめり込む。ぐしゃっと骨と内臓が潰れる感触が足に伝わった。犬はその蹴りで吹っ飛び、地に倒れて痙攣し、やがて動かなくなった……。
「後ろ回し蹴りですか……アポロさん体術も使えたのですね」
「や、なんか体が勝手に動いてな。いけると思ったらつい……」
「それにしては、綺麗だったわね」
なにか、呆れながらリンがこちらを見て言った。
ウォードッグの討伐箇所は耳らしいので、それを剥ぎ取る。倒した場所がバラバラなので集めるのが大変だった。
逢魔が時。
日が沈み、もうそろそろ夜になろうとした時、そいつが現れた。
3mを超える巨体。赤い色の皮膚で、手には大きな剣を片手で持つ鬼が。
「ブラッディオーガ!
嘘、こんなところに!?」
リンの深刻な声で呟く。
「気配なんてなかったぞ!」
ここまで接近するまで気がつかなかった……。
肌がピリピリと痛む。その巨体から鋭い圧力がこちらに伝わってくる。
さらに悪いことが俺達を襲う。
遠くからウォー、ウォーという遠吠えが聞こえてきた。
「アポロさん、リンさん。ウォードッグが6匹こちらに向かってきます!」
アルが上空から数を調べてきた。
アルに礼を言い、引き続き警戒を頼む。
剣を強く握り締める。
本日最大の戦いが始まろうとしていた。