たとえ、へたれと呼ばれようとも……
目が覚めると、そこは見慣れた部屋だった。
おかしくはない。昨日は自室で寝たのだから。
だけど、何か違和感がある。大切なことを忘れているような……。
「なんだこれ……」
首を振って、違和感という名の泥をこそぎ落とそうとするがなかなか離れない。
「あ……!」
そして、寝ている時に夢を思い出した。
神が出てきて、幼馴染の伝言をこちらによこした。
頭が痛くなる。
考えないようにしてきたことだ。幼馴染は俺に好意を持っている。
直接告白されたことはなかったが、態度でまるわかりだった。
だが俺は兄妹みたいにしか思えなかった。
恋愛は感情で理屈ではない。
それを言い訳にして、俺は答えを先延ばしにした。気がつかないふりをした。
だが、それが……。
「くっ……」
嫌な記憶がよみがえりそうになり、慌てて心に蓋をする。
正妻ではなくても2番目、3番目でもいいって、つまりハーレムだよなぁ。
ハーレム公認ってなんだ。
どういう思考回路を経たら、その結論になるんだか。
しかし、ハーレムって実際難しいのではないかと思うが。
作りたい、作りたくないは別としても。
身近な女性と言えばリンだろう。あとサイズを考慮しなければアル。
彼女達を愛するというのなら、もし、アルやリンが危機の時、俺は本当に迷いなく、自分の命を捨てて助けることができるのか。
天秤に彼女達をのせて……。
確かに、どちらも大事だ。
幼馴染には伝えないといけないことがある。
会わなくてはいけない。だけど、会うときには返事を決めなければいけない。
正解のない迷路に迷い込んだ気分だ。
気分が鬱蒼とする。自分のへたれさに嫌になる。
すると、
「アポロさんの裏切り者!!見損ないました!」
アルが俺を断罪してきた。
「うぉ!いきなり何だ!」
時間はまだ早朝のはず。アルが起きる時間ではない。
アルに説明を求めようとするが、アルは柳眉を逆立てて、俺の話を聞こうとしやしない。
「夢をみたんです!神様とアポロさんがおいしいものを食べてたんです」
「夢?」
「はい、夢です」
一気に力が抜けた。夢って何だよ。
俺関係ないじゃん。
しかし、アルの怒りは収まらない。
「夢だからって馬鹿にしないでください。
怒りが有頂天ですよ、私は」
「はぁ」
「気の無い返事しないでください!
いいですか!?貴方は、貴方達は美味しいものを独占して、私に与えなかったです」
カレー、カツ丼、炒飯、エビフライ、パスタ、たこ焼き、和菓子、ドラ焼き、ショートケーキ、モンブラン、ミルフィーユ……etc……。
「私は見ているだけでした。何も与えられませんでした。
訴え、求める声も無視されました。
嘆き、苦しみました。
だけど、アポロさん、貴方は、貴方は……」
プルプルと怒りに肩を震わせながら、アルは言う。
「そんなことお構い無しに、料理を食べていたのです!
私は仲間じゃなかったのではないのですか!?
見損ないましたよ!」
あー今日は晴れていて良かった。リンが帰ってくる日だし。
昨日寝る前に祈ってたからなぁ。それが効いたのかもなぁ。
窓の外を見ながら、今日の天気について考える。
「聞いてるんですか、アポロさん!」
「あぁ、聞いてる。タゴサクさんがどうしたんだ?」
「誰もそんな話してませんよ!タゴサクさんって誰なんですか!?」
「夢の話であって、現実の話ではないんだろ」
「まぁ……そうですけど。けど、あれはアポロさんと瓜二つでした!」
「それは知らん。現実じゃなければ責任は持てん。
なぁ、俺がアルを仲間はずれにすると思うのか?
一人で美食を食らうと思っているのか?」
「アポロさん……」
アルの怒りが収まっていく。
ちょろいという言葉が脳内に走るが、考えないことにする。
「ごめんなさい。ちょっと冷静じゃなかったです。
そうですよね。アポロさんが私を仲間はずれにするはずないですよね!?」
「あぁ……わかってくれたらいいんだ」
なんだろう。何も間違ってないはずなのに、とてつもない地雷を踏んだ気がする。
しかし、気のせいだろう。
アルの夢の話だ。現実ではない。
「けど、変な夢だな。神がでてきたんだろ?」
「はい、顔にモザイクかかってましたが、あれは神様です」
ますます意味がわからない夢だ。
「俺と神は何か話してたのか?」
「さぁ、会話は聞こえませんでした。ただ美味しいものを食べてただけだった気がします」
うーん、いまいちわからん。
ただの夢ではなく、神がアルに嫌がらせしたのか?
情報のピースが揃わない。
そんなことをしても意味はないように思える。
しいて言えば、アルと俺の仲をこじらせようとしたのか?
嫌がらせ?
ま、それはないか。そこまで暇ではないだろうし。
リンが夕方に帰ってきた。
本当は昼ごろつくはずだったが、トラブルがあり遅くなったらしい。
でも、無事そうなので良かった。
一緒に夕食を食べ、次の予定を話し合う。
「私がいない間はどうだったの?」
「はい、リサさんと仲良くなりました!」
リンの問いにアルが勢いよく答える。
それは、アルの話だろうとツッコミたくなる。行く度にリサさんの耳を触ってる。
リンが半眼になりながら、俺を見る。
なんか勘違いしてそうだ。
「へーーーかわいいもんね、あの子」
「なぜ睨む。まぁ、かわいいな。
しかし、リンでも気になるのか?リンも美人だろう」
ベクトルは多少違うが、勝るにも劣らないと思う。
「い、いきなり何言うのよ!」
言葉はぶっきらぼうだが、所在なさ気に髪を触りながらチラチラとこちらを見る様子から喜んではいるようだ。
「何言うのよって、ふと疑問に思っただけだ。
リンも美人なのに気にするのかという純粋な疑問をだな」
「そりゃ、私も美人って言われてるけど、その……」
何か腕に感触があるなと思ったら、アルがツンツンと俺の腕を突いていた。
「ん?」
「リンさんは、アポロさんに可愛いと言ってほしいのですよ!」
「アル!」
くししとアルは笑う。
そして、リンの顔は瞬間湯沸かし器みたいに真っ赤になってた。
「あ、その……」
言ったほうが良いのかと思いリンを見ると。
「可愛いと言ったら泣くわよ!」
「泣くの!?」
なんで!?
問いかけたいが、泣きそうな顔で睨まれたら聞くに聞けない。
アルはアルで腹を抱えて笑っているし。
「………ゴホン」
咳をして、空気を入れ替える。
リンにしても、話題が変わるのは歓迎のようだ。
先程の会話はなかったことにして別の話題へ。
「ええと、リンがいない間はEランクのクエストをずっとしてたな。
昇格ポイントも勢いよくたまったなぁ。というより、Eランクでの昇格ポイントがMAXになった」
あとは、試験を受けて合格すればDランクへとなる。
「そう、がんばったのね。なら推薦しとくわ」
「推薦?」
聞いたことが無い言葉なので、リンに聞き返す。
「知らない?Cランク以上のランクの人の推薦があったら、Dランクの試験は免除になるのよ」
聞いたような、聞いてないような。
リサさんが説明してくれた時、耳が動くのに心奪われてたので話半分で聞いていたのだ。
「免除っていいのか?」
「Dランクから討伐クエストが本格化するから、実力がない人が受けたら怪我するでしょ。そんなことにならないように最低限の実力があるかギルドがチェックするの。
アポロは見たところ大丈夫だからいいでしょ。それに試験も意外と時間かかるしね」
試験は随時行っているわけではないので、申請したら待たなければいけないらしい。
手間と時間が省けるならばこっちとしても願ったりかなったりだ。
「なるほど。んじゃ、明日にでも推薦してくれ」
「わかったわ。で、どうするの?
仕事のイロハを教えてくれって話だけど」
リンは俺に聞いてくる。
リンを助けてくれた時、手伝ってくれと言ったのだ。
「そうだな……Dランククエスト初めてだし手伝ってほしい」
本格的な討伐クエストが始まるわけだし。助けがあったほうがいい。
了解と、リンが答える。
夕食が終わり、部屋へと戻る。今日は文字の勉強をする。
異世界の文字は線や丸といった文字をいじった形なので、記号を覚えるといった感じだ。まるで、東南アジアの言葉みたいだ。あれも記号みたいな文字だ。
異世界の文字に慣れるのには、もうしばらくかかりそうだ。
文字の勉強をしていると、ふと思い立ちステータスを開く。
俺のレベルはあがったが、アルはどうなったか見てないのだ。
アルの項目をタップする。
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名前:アルテミス
種族:妖精
レベル4
HP19/19
MP9/9
STR:7
DEF:7
INT:6
AGL:6
DEX:7
スキル
オラクル
直感
装備
針
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レベルが上昇してた。
が、それよりも気になることがあった。
「スキル増えてね?」
俺のベッドに寝転んでいたアルを呼び寄せ、アルのステータスを見せてみる。
「どれどれっと……増えてますね」
それも、俺が一番レベルの高い直感スキルだ。
これの意味するところは……。
「アポロ菌がうつったぁ……ってごめんなさい。
謝るから、謝りますので、手を緩めて。潰れます。マジで」
ふぅ、とため息をつきながら、手をアルの頭から離す。
「でも俺のスキルが影響したのか?」
まさか偶然ではあるまい。直感はレベルが一番高いスキルである。俺のスキル構成で最も特徴的といっても過言ではない。
他の可能性を考える。
もしや、単にレベルアップで増えただけなのか。
レベル4と低いのでわからないが。
後々わかるだろう。
そう、結論付けることにした。
「ま、いいじゃないですか、アポロさん。お揃いで嬉しいですよ」
「そだな。悪いことじゃない」
アルが本当に仲間になった後。なにかが、アルと繋がったような気がするのだ。
無論、気のせいといわれればそうなのだが……。
いくら考えてもわからないので、保留にしておく。
明日もいい日でありますように。
そう願って、布団に入る。
朝の日課をこなし、朝食を取る。
天気も良く、絶好のクエスト日和だといえる。
冒険者ギルドに行き、リンに推薦をしてもらうことにした。
担当はリサさんだ。というか、リサさんしか当たったことがない。
ギルドの職員のほうも、悪乗りしてるのかリサさんをこちらの担当にしようとしてる気配がする。
アルがリサさん、リサさんとうるさいからなぁ……。そして、何故かうるさくしてるのにアルのギルド職員の評判は何故か良い。
これが高レベルのコミュ力なのか。ステータスに記載されていないパラメーターに密かに恐れおののく俺だった。
「ではリン・エスタードさんの推薦により、アポロさんはDランクとなります。
ギルドは貴方の活躍を期待してます。では、本日のクエストは……」
この間の件も吹っ切れた様子だ。リサさんの説明によどみが無い。
そんな時、
「リサさんのペンダント綺麗ね」
「え…………?」
リンが俺に小さく声をかけた。
すると、リサさんの軽快な台詞が止まった。
リサさんは俺とリンを交互に見ている。
リンは俺に言ったので、リサさんは返事しなくて良かったのだ。
何かに気づくリン。
視線が物質化したのかチクチクと二人の視線が体を刺すような気がする。
何もしてないのに悪いことをしてる気分だ。
「もしかして、アポロ。リサさんにペンダントをあげたの?」
背中から一筋汗が流れ落ちる。
何でそんな思考に至ったのかわからない。
女性は探偵の素質があると言ったのは誰だろうか。
なんでだろう。言葉を選ばないと恐ろしいことになりそうだ。
何もやましいこと、悪いことはしてないのに。
薄氷を踏むような気持ちで言葉を選ぶ。
その際、嘘は駄目だろう。多分、ばれる。
本音で、相手を思いやる気持ちで、繊細に。
「俺とアルが共同であげたんだ。アルが迷惑かけたし、似合うと思ったからな。
俺が見たかったという面もあるといえばあるが……。
もしかして、まずかったか?」
なぁ、アルと話を振る。
自然に、さもおかしくないと俺は流れるように言った。
自分で自分を褒めたいと思った時でもある。
「まずくは……ないわね。うん」
さらっと言ったこと、アルが素直に頷いたことでリンの毒気が抜けたようだ。リンにしてもおかしいと面と向かって言う理屈は持ってない。
ここで一気に畳み掛けることにする。
「同性の目から見ても、似合うと思うか?」
「ええ。アクセサリー自体も綺麗だけど、リサさんによく似合ってると思うわ。
お互いがお互いの魅力を引き出してる」
「ふむ。俺のセンスも悪くはないということか。
リンにあげたリボンも俺だけが似合ってると思ってるのか不安だったんだ。
それだと、杞憂そうだな」
「そ、そう……」
一件落着した。何も悪いことはしてないのだ。卑屈になるほうがおかしい。
しかし、リンは褒められるのに弱いと思う。美人なので褒められるのに慣れてると思ったが、違うようだ。
とりあえず、やばい雰囲気は無くなった。
横から「チッ」っとアルの舌打ちが聞こえた。お前はどっちの味方なのか。あとでしめとこう。
そう心に決意する。
「え、えぇっと、続けますね。本日のクエストはどうします?」
どこかホッとした風なリサさんが、俺達に話しかける。
「本格的な討伐系は初めてだからな。簡単なものがいいな」
「なら、ゴブリンとウォードッグ、がいいと思うわ」
「ん?2つとも受けていいのか?」
制限がどうとか言ってた気がする。
「Dランクは2つまで受けられるし、ゴブリンは指定討伐なのよ」
「指定討伐?」
初めて聞く単語に、聞き返す。
すると、リサさんが説明をしてくれた。
「ゴブリンは繁殖力が強く。数が多くなると組織を形成して、どんどん強くなっていきます。なので、クエストに関係なくゴブリンを見たら排除するようお願いしています」
「なるほど。ウォードッグのほうは?」
「こちらは犬が魔物化したものと考えていただくと分かりやすいです。
犬より弱いですが、群れで行動するので、気をつけてください」
こちらも特に問題はないため、その二つを受けることにした。
ゴブリンは指定討伐だが、クエストを受けると金額のほかに貢献ポイントがたまるので、クエストを受注した。
ギルドを出て、買出しに向かうとする。
場合によっては、野宿の可能性もあるからだ。
基本的に、町から離れるごとにモンスターが湧いてくるらしい。
すぐに見つかればいいのだが、そう都合よくいかないだろう。
「あ、リン。鍛冶屋はないか?」
「鍛冶屋?」
「ああ。この前武器屋で武器買っただろう、それの修理を頼もうかと思ってな」
あの武器屋は奥さんの所に謝るために旅に出たそうなので、別の所に頼まないといけない。クエストでお金に余裕が出てきたので忘れないうちに修理したい。
「なら鍛冶もやってる武器屋があるわ。そこに行きましょう」
リンに案内されること十分。
目当ての店についた。確かに武器屋と鍛冶屋が一緒になってるみたいだ。店の奥の方からカンカンと金属が叩かれる音が聞こえる。
店に入るとカウンターのところで座っている人物がいた。筋骨隆々ながらも低身長というアンバランスさ、口元には立派な髭を生やしているその男の姿は俺の思う種族で間違いがないのだろう。それにしても、白く立派な髭だ。
「ドワーフ……」
「なんじゃ、じろじろと……ドワーフがそんなに珍しいのか、小僧」
「ドワーフだけではありません!アポロさんは田舎ものなので、色々な種族が珍しいのです!」
アルがフォローのようでフォローになってないことを言った。
だが、それで少々剣呑な雰囲気が無くなったようだ。
「はっ、全てが珍しいか、小僧。俺の店に何のようだ。安物は置いてねぇぞ」
それでも、口の悪さは変化しなかった。
けれど、険が取れたような気がする。
「今日は修理を頼みにきました」
前回、武器屋で買った剣をドワーフに手渡す。
「小僧、これはお前がやったのか?」
低い口調でドワーフが尋ねてきた。
「いいえ、他の武器屋で中古で売ってたから買ったやつです。元々、刃こぼれは酷かったので」
「なるほどな……」
なにか頷きながら、剣を検分している。
「小僧、なぜ修理にだそうと思った。わざわざ刃こぼれの酷い武器を修理するより、新品を買えばいいだろう」
「良い剣と思ったからか……でしょうか」
本当は鑑定スキルで、何の剣か分からなかったから良い剣だろうと思ったからだが。
「ふん……ものを見る目はありそうだな。金貨2枚で修理してやる」
「高っ!」
思わず財布を確かめる。
あるにはあるが、所持金の大部分が無くなってしまう。
そして、俺の財布を見てしまったリンが罪悪感からか、気まずそうに視線をそらす。
あぁ、リンの借金がまだまだあるからなぁ……。
「ふん。良い剣だからな。で、どうするんだ?」
「払います」
「修理に2日間かかるから、その後取りにこい」
「わかりました。えぇっと……」
「ゼペットだ」
何を言いたいのか察したのだろう。ドワーフあらため、ゼペットさんが自己の名前を言った。
「俺はアポロです。ではゼペットさん、よろしくお願いします」
前金に半額の金貨1枚を払い、色々とボディチェックされた。
重心とか俺に合うようにセッティングするらしい。詳しいことはよくわからないので、そこは職人の方に任すことにした。餅は餅屋。
彼の名前を冠するゼペット武具店を出て、俺達はクエストのために町の外へ向かった。
ほんと、幼馴染のことどうしよう……。
へたれにはへたれなりの理由がある。
ハーレム タグに追加しました。