種はまいた。後は野となれ山となれ 前編
本日の天気は小雨だった。
宿屋の人曰く、今日の夜まで雨は降るとのこと。雲の動き云々でわかるらしい。昨日の夜そう聞いた。
天気予報に頼っている現代人にはそれも、魔法のように感じてしまう。
さて、そんなわけで雨から始まった一日だが、日課になりつつある訓練ができないので、室内でもできる訓練にシフトする。
まずは、準備体操のストレッチ。
大きな音を立てると、アルが起きる可能性があるので静かに緩やかに体を伸ばしていく。
それが終わったら、魔力を体に巡らすことにする。効果がどの程度あるのか未知数だが、やって損は無いと思うのでモノにできるまで頑張ろう。
魔力が無くなるまで練習すると手持ち無沙汰になる。文字の勉強するべきなのだろうが、やる気にならない。
なので、次はイメージトレーニングをすることにする。普段もしてるが、それより更に深く考える。
イメージする。
自分ができる動きだけではなく、自分ではまだ出来ない動きを。
思い浮かぶ動作は、過去に言われたこと、地球にいたころに見た格闘技の動画、偉人の逸話、格闘漫画やゲームの動き。
様々な教材から想像していく。
自分にはどうやったら出来るかはわからない。
だけど、わからないなりに考えなければいけない。
その動きを実現するにはどうすればいいのか。
足の先から首元までの筋肉の連動。
関節の可動範囲。
人間の反射の動きまで。
一つの技を、一つの筋肉の動作まで注視し、分解し、咀嚼していく。
地球でも可能だったものが、異世界で出来ないわけが無い。
考え、定義し、考え付かないものは放棄し、イメージしていく。
「……さん」
ただ、自分で考えるだけでは限界があるのは確かだ。
誰か手本を見せてくれる人や教えてくれる人がいたらいいんだがなぁ。
他にも考えなければいけないことが多い。
幼馴染を探さなければいけないが、手がかりが無いので慎重にいきたい。
種族も顔もわからないのだ。顔を直接見れば不思議パワーでわかるらしいが、それが難しい。
山奥で遭難した際の基本戦術は、その場で待機することらしい。動かないことで危険を減らすそうだ。
では、異世界で遭難した場合はどうなのだろう?
お互いがお互いを探すと行き違いの可能性も生まれる。どちらかが動かないことがベストかもしれない。しかし、お互いが捜索せずという可能性もある。
確率的には低いが、幼馴染が俺のことなんかどうでもいいと思うかもしれないし。
となると……。
「ア ポ ロ!さ!ん! 起きてください!
珍妙な格好で寝てて怖いんですけど」
アルの声が聞こえる。
意識を現実に浮上させる。集中しすぎたようだ。
目を閉じたまま、自分の姿を思い出す。ベッドに胡坐をかいた状態で考えていた。
確かに、これで寝てたら怖いものがあるな。
そして、目を開けると目の前にアルがいた。息が届かんばかりの距離にいたので驚く。
「うぉ!
別に寝てはないんだが、集中して考え事をしていただけだ」
「いやいや、怒りませんから本当のこと言いましょうよ。
大丈夫。恥ずかしくないですから。私も神界にいたとき毎日のように二度寝して、寝坊してました。お仲間です!やたー!」
「おいおい……アルがここに飛ばされた理由がわかった気がするわ……」
「ガチでひかないでくださいよ。冗談ですよ、冗談。
と、というより本当に寝てなかったんですか?」
目を泳がせながらアルが話題をそらす。
「ああ。ちょっとイメージトレーニングと考えごとをな」
「たまにやってるやつですね。というか、アポロさんって訓練したり勉強したり、木材を加工したりと色々やってますけど、もっと欲望に忠実にならないでいいんですか?」
善意で言ってるのだろうけど、内容がとっても際どい発言だ。
堕落をすすめる悪魔のようだ。
元は神に属する立場で、現在は妖精のはずだ。
あれ?一個も悪魔にかする部分がないぞ。
もしかして、元は悪魔とかそっち系なのか?
「一応聞いておくが、欲望ってなんだ?」
「そりゃ当たり前ですよ。人間の三大欲求です。
酒と女、あとは金です。聖書にはそう書かれています。
アポロさんはその素振を全然見せないので、ちょっと心配になります」
「色々とツッコミたいが、とりあえず聖書ってなんだ?」
「日本が誇る漫画、小説、ドラマ、アニメ、ゲームです!
私の英知はそこからきています!」
人差し指をピンと立ててドヤ顔でアルは申告してくる。
頭が痛くなりそうだ。
「……一応俺は高校生だからな。酒は飲めないぞ」
「大丈夫ですって。きっと神様が登場人物は18才以上ですって感じにしてくれますって。お約束ってやつですよ」
酒は20才以上なんだが……。
まぁ、日本の法律だからこっちでは大丈夫なのか。
しかし、前々から思っていたが、アルの思考がいかれてやがる。
あぁ、これがゲーム脳ってやつか……
「アル。いい医者見つけてやるからな。
きっと異世界にもいるはずだ。俺が絶対見つけだす」
医者を、精神科医を。
ファンタジー世界にいるのか分からないが見つけてみせる。
「や、そんな決意に満ちた表情で言わないでくださいよ。どこも悪くありませんから!」
「自覚ない人はそう言うからな。
……しかし、俺に女性をすすめてくるのはそれが原因なのか?」
「原因って酷い言い方ですね。プンプンですよ。
まぁ、でも影響を与えたのは確かです。
ヒロインが主人公と結ばれるって素敵じゃないですか。
でもですね、ゲームの話なんですけど、攻略ヒロインがルートによっては主人公の悪友の彼女になるとか、どう思います?誰得なんですか!?彼女のヒロインルートの思い出は選ばないと無かったことになるんですか!?彼女の蕩けるような笑顔も甘い声も別の男のものになってしまうのですか!?それに、悪友にヒロインを支えられると思ってるんですか!?
一種のNTRですよ、あれは。彼女の攻略ルートに行かないと他の男に取られるとか、神の試練ですか!?というか攻略ヒロインは全員魅力的なので、主人公が全員彼女にすればいいんですよ!皆幸せになってハッピーエンドじゃないですか!?
そうでしょ、アポロさん!!!!!!
まさか違うとか言うはずないですよね!?」
「お、おぅ……」
頬を膨らませて抗議してきたかと思えば、腕をグルグルまわして熱弁をふるう。
言葉が続くにつれ、勢いがどんどん増していく。
熱意におされ、内容が理解できないまま、つい頷いてしまう。
アルの暴走はまだ終わらない。
「あ、でもあれは駄目ですよ、男の娘。あれはBLです。衆道です。非生産的です。スパイス程度でしたらいいんですけど、ガチはだめです。我々はかわいい子が見たいのではないのです。かわいい女の子が見たいのです!ハーレムに入ったらNTRの感じがしますし。
レナスさんとか好きなんですけど、理解できませんね。男ならなんでもいいのか。
って聞いてくださいよ、アポロさん レナスさんったら……」
ガトリングガンのように喋っていたアルだが、いきなり言葉を止めた。
赤かった顔色は青色を通り越し白色になり、汗が滝のように流れていた。顔を下に向けて、「ええ」とか「はい」とか呟く声が聞こえる。
恐らくだが、オラクルというスキルなんだろう。
今の発言でやばい箇所でもあったのか?
アルの発言を思い出す。レナスという人物が問題なのか?
一体誰だ?初めて聞く名前なので分からない。
通信が終わったのだろう。キギギと錆びたゼンマイのようにアルがこちらの方に顔を向ける。口を開けたり閉じたりするが、何も発言しない。
「ど、どうしたんだ?」
「……い、いえ?」
何の否定なんだ、それは。
しかし、アルは何を言うか迷っているようだ。
あーとかうーとか声が出ては口をつむぐ。
そして、それがしばらくすると意を決したみたいだ。手をぎゅっと握って俺に問いかける。
「……ア、アポロサン?話は変わるんですが、レナスさんを知ってますか?」
「や、さっき言ってた人だろ。BLが好きとかなんとか」
「違います。違うんです。そのレナスさんじゃないんです。さっき話をしてた人物は、レナス・アルベルト・タゴサクって言う人で別人です。タゴサクさんはですね。はるか昔に……」
かなり焦った調子でアルは言う。説得力を増すためかタゴサク氏のプロフィールを暴走機関車よろしくとばかりに説明してくる。
そのまま聞いてみたい気もするが、なんか危ない気がする。
「もういい、アル。別人と言うのはわかったから。その、はじめましてのレナスさんってのは誰なんだ?」
「わ、わかってくれましたか!そ、それでこそアポロさんです!
しかし、アポロさんも見たことありますよ?」
「見たことある?」
記憶を思い出すが、出てこない。
密度の濃い生活を送ってきたからなぁ。
「キャラクターメイキングの終わりに、荒野に飛ばされたでしょう。そのときに転生者に説明したり、見送った人です」
「ああ……いたな。直接の面識はないから、あんまり記憶はないが、美人だった気がする」
「そ、そうです。いまアポロさんが良いこと言いました。褒めてあげます。
そう、美人なんです。凄い美人なんです。スーパー美人なんです。
神界でもその美貌を讃えるために鳥は唄い、花はその美しさに絶望して枯れるという程の美人なんです。笑顔で人を殺せるくらいのものです!
趣味は料理。得意料理はオムライス。彼氏はいません。好きなタイプは包容力がある人!
わかりましたか、アポロさん!?」
「え?」
「わ、か、り、ま、し、た、か?」
アルは一音ずつ区切って強調する。
「は、はい……わかりました」
その圧力に負けた。
言っていることは意味不明だが、アルのあまりの力強さに反論できない。目が血走ってる。
しかし、冷静に考えてみると、褒めてるのだが、物騒な言葉が見え隠れして怖い。
レナスさんは恐ろしい人物の可能性ありと脳内にメモしておこう。
「それに、レナスさんはですね。私の頭があがらない人でもあります。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はラフレシアのごとく美しい人なんです!」
「そ、そうなのか……」
ってラフレシアは褒める花なのか?
何となくやばい花という知識があるが、どんな花なのかという画像イメージが出てこない。
もしや、ボケてるのかと思ったが、アルの表情を見る限りボケてはなさそうだ。
「そうなんです!」
鼻息荒くアルが断言する。
この話題は続けると危険だと脳内アラームが警告を鳴らすので話を変えることにする。
「……わかった。で、そのレナスさんがどうしたんだ?」
「え?」
「え?」
会話の流れがそこで止まる。
まるで考えてなかったと言わんばかりに呆然とするアル。
まさか、それで話が終わると思っていなかった俺。
「「…………」」
アルは目線を上にあげて、こちらに目をあわさない。何かを考えているようにも見える。
レナスという人物の話題が出てきて、オラクルで会話が中断され、アルは何かを指示された。ここまではわかる。だが、そのレナスの情報は美人しか出てないってどうなんだ……。
「た、大切なことを忘れてました。あのですね、アポロさん。
神様に頼んだこと覚えてますか?」
アルは取ってつけたような台詞に、演技がかった真剣な表情で大切なことを告げる。
「覚えてる。幼馴染に言付けを頼んだことだろ」
『俺は大丈夫だ。お前も生き残れ』とキャラメイクの最後の時に神に言付けを頼んだ。
「それをですね。無事伝えましたとのことです」
「そうなのか……ありがとな。感謝する」
「いえいえ、ってやったのは私じゃないんですけどね」
照れくさそうにアルは笑う。
しかし、これで心配事の種が少し減る。幼馴染は無茶することは無いだろう。
「アポロさん、嬉しそうですね」
「そうか?」
意識はしてなかったが、顔に出てたのか。
ぺたぺたと顔を触ってみるが、自分ではわからない。
すると、アルがため息をついて、
「アポロさん、普段むーっとしてるか真面目な表情ですからね。
わかりやすいんですよ。
そして、そのギャップというか……笑顔が卑怯なんです……。
少年のようにあどけなく純粋に笑うんですよねぇ……」
ぼそぼそと呟いた。
「え、なんだって?」
前半部分は聞こえたが、後半部分の声が小さくて聞こえなかった。
そして、再度聞きなおそうとしたとき、
「あんたら、ご飯だって言ってるだろう!
はやく食べにきな!」
部屋の扉は開かれ、
宿屋の女将さんの怒声が鳴り響いた。
「あ……伝えるの忘れてました」
あぁ、アルはそれを伝えるために俺を起こしたのか……
案の定、朝飯はすっかり冷めていた。