アポロのほのぼのとした日常
早朝に目が覚めた。この世界に来てから目覚めが早い。
伸びをしながら今日の予定を考える。
「まずは訓練か…………」
ベッドから降り、ふと、テーブルの方を見る。
アルがすやすやとテーブルの上に造られたアル専用ベッドで眠っていた。暑いのかすこし掛け布団が乱れている。
それを微笑ましく思いながら、布団の乱れを正し、部屋を出る。
そして、俺は庭へと移動した。
庭に出て、昨日と同じ訓練をする。
人体の動き方を考える。剣をふるときに、筋肉がどのように動くのか、どこに負担がかかるのか。ゆっくりとした動作をしながらそれらを確かめる。
「ハッ!ハッ!ッツ!」
日本で、剣道を習っていた頃には考えなかったことだ。ただ言われた型を言われるままロボットのようにやっていただけだ。体が違和感なく型どおりに動くように。その練習はまちがっているとは思えないが、それだといけないのだと思う。
「ハッ!ッツア!フッ!」
なぜ型と呼ばれる動きができたのか。それは、その動作は体が最も効率的に動くのだろう。剣道においては、面、胴、小手が基本的に狙う場所となっており、型もそれを狙うためにできていた。この世界においては、剣道と違いどの場所も狙われるし、狙う必要があるだろう。ならば自分にあった型を考えなければならない。剣道の限られた型だけでは対応が出来ない。
「フッ!フッ……ッフ!」
どの角度で剣を振ればいいのか、同じ角度でも腕、肩、爪先、膝、どの部分に力を入れなければならないか試しながら動く。
緩慢な動きだが、緩慢な動きだからこそ負担が大きい。速度があれば、勢いで筋肉の負担を減らすことができるが、緩慢な動きではそれが出来ない。常に負担がかかるのだ。
実践をイメージしながら、トレーニングをする。体の動きを架空の相手を想像して動かしていく。緩やかな動きだからこそ出来る理想の動きを追求して。理想の動きが描けたら、今度は速く出来るか試していく。
その繰り返し。
何度も何度も、何度も繰り返す。
「ハッ……ハッ…………ハッ」
しばらく訓練したが、限界に達した。
肺は酸素を求め、心臓は体中に酸素を送るためにバクバクと音をたてる。体を動かすと筋肉はきしみ、痛みを生じさせる。体は汗だくで気持ち悪い。短時間の訓練でも疲労困憊だ。
しかし、ここでやめるわけはいかない。
汗をふき、次は魔法の練習をする。
「………………フゥ」
息を落ち着けながら、目を閉じて集中する。
魔法は地球にはない力だ。
集中すると丹田のところに気を感じる。これを魔力というのだろう。丹田に集中し、魔力を体に巡らす。正確には、巡らそうとする。この気はほとんど動かないのだ。動いても、ほとんど霧散してしまう。だが、動かすことができるのだ。不可能ではない。ならば努力すべきことだ。そう思い訓練する。徐々に自身の魔力が減っていくのが理解できる。構わない。そのまま突き進む。
後に知るのだが、これは魔力循環という高等技術らしい。血液のように魔力を循環させ、心身を活発化させる。魔法威力向上、身体能力上昇等の様々な効果を生み出すそうだ。
俺はわけもわからず、その訓練をしていた。直感のスキルの効力なのかもしれない。常識も理論も知らずに進んでいるのに、正しい道を選んでいる。俺がその後の戦いで生き残れたのもこの日々の訓練のお陰だったのだから。
「…………ッ」
頭が重くふらついてきたので訓練を中止する。
魔力欠乏と言うのだろうか。
魔力が減っていくと脳に疲れが出てくる。少し休めば大丈夫だが、戦闘中なら危険かもしれない。魔力の使いすぎには注意していきたい。
体をいじめ抜き、頭もいじめ抜いた。
だが、まだやることが残っている。
「ナイフ投げをしないと……」
角ウサギを仕留めそこなったのを忘れてはいけない。出来ないなら、出来るようにするまでだ。努力でなんとかなるものならそうすべきだ。
40cm四方の板を、宿屋の壁に立て掛け、そこに向かって投げる。
板を置く場所は宿屋に迷惑だが、そこが一番すわりが良いため仕方が無い。
1投ずつ真剣に、もしはずして壁に傷つけたら弁償しなければいけない。プレッシャーとの戦い。これは常に緊張感を持って訓練するのに最適である。
無論、いい訳だ。他に良い的を設置できないからなぁ、これ。
訓練が終わり、部屋に戻る。
そして、アルを起こし、朝食をとることにする。
朝食は昨日と同じメニューだったが、味がおいしいので気にしない。うまければいいのだ。
リンは護衛の任務に行くといって、朝食を済ましてすぐ門のほうへ出かけた。それを見送り、部屋に戻る。今の時間帯はギルドも混んでいるらしい。混雑を避けるために、部屋で時間を潰す。文字の練習や剣の手入れに時間を費やした。アルは針を振り回している。訓練しているらしい。とりゃーという掛け声で突きやら払いの動作をしている。回転斬りとか技名までつけている。
しかし、アルさん、剣じゃなく針だから突きしか意味無いですよ。言葉に出さずにツッコミをいれておく。
「さて、そろそろ行くか」
時間も経ちもう大丈夫だと判断した。冒険者ギルドへと向かう。
行く途中、アルが話しかけてきた。
「アポロさん、担当はリサさんでお願いしますよ」
「いや、それはわからんだろう」
受け口は複数あるし、リサさんがいるのかもわからない。
「リサさんじゃなきゃ、私泣き喚きますからね」
恐ろしいことをさらりと言う。
アルにプライドはないのか。
もし、泣き叫ぶなら他人のフリをするかギルドから逃げようと心に決める。
「なんで、そこまでリサさんに執着するんだ?」
ふと疑問に思いアルに尋ねた。よくよく町を見れば、数は少ないが狐耳をした獣人がいる。リサさんほど綺麗な人はいないが。
「え、何言ってるんですか、この人……」
アルは信じられないといった表情で俺を見た。
ご丁寧に両手を口元に当てて。
すこーしだけ、イラッと来た。
「透き通るような銀色の髪!優しげな目元!ふさふさの柔らかい耳!そしてなにより、あの巨乳ですよ。揉みたくないのですか?魅力を感じないのですか?」
興奮して鼻息を荒くさせながらアルは言う。エロ親父みたいな感想だ。
その言い分だと内面はどうでもいいのか……。
大きな声だったので、周囲に筒抜けだし。恥ずかしい。
だが、ここで話にのっておかないと、ますますわめきそうだ。
「まぁ……そうだな、可愛いと思うよ。真面目で優しいし、笑顔は人を元気付ける。そんな女性だ。さぞ、もてるんだろうな」
「でしょうね。アポロさんも狙いましょうよ」
「断る。彼女にするつもりはない」
異世界で生きるので精一杯なのに、彼女とか作ってる暇は無い。それに旅をするかもしれないのに、ここで暮らしてる人を彼女にするのはどうなのかと思う。現地妻っていうのか?駄目だろう、それは。
「もったいない。ならペットに」
ならの意味が分からない。
「…………」
だが、ペットか。
アルの戯れ言なのだが、つい想像してしまった。
銀髪の狐耳に首輪をつけた状態を。
首輪をつけ、潤んだ瞳で、恥ずかしながら何かを欲するリサさんの姿を。
頬を染め、何かを期待し、それでいて恥ずかしさでそれを言えないリサさんの姿を。
「ペットかぁ……………」
おもわず妙に味のある声音で呟いてしまう。
ふと、何かを感じ、後ろを振り返ってみる。
「え…………」
さっきまで想像していた人が目の前に立っていた。
想像とは違い首輪をつけてないが……。
イツカラ…………イタノデスカ?
会話を聞いていたのだろう、顔は薄紅に染まり、こちらを見て硬直してる。
時間が止まるというのはこのことだろう。世界が停止してるような気がする。
何かを言おうと思った。だが、何を言えばいいのかわからなかった。
タイミングが悪すぎた。言い訳も、お世辞もギャグも演説も何も思いつかない。
5秒が過ぎ、10秒が過ぎた辺りで……。
「あ、あの私……今から出勤で……な、なにも聞いてませんからーーーー」
そう言って、リサさんは走り出した。
絶対聞いてたよな、あの反応は。
そして、通り過ぎる時、胸元のペンダントが揺れて動いたのが見えた。
紫色の宝石をしたペンダントが。
「……ドンマイです、アポロさん」
アルはトントンと俺の肩を叩き励ました。
何か釈然としないものを感じるが気にしないでおく。
「ギルド行ったら、顔合わすよなぁ、絶対……」
何て言おう。肩を落としながらギルドへと向かった。
せめて、担当がリサさんでないことを神に祈ろう。
キャラメイクの時に、神を自称する存在はいたが、あれは頭のおかしい存在なのでなかったことにしておこう。きっとこの世界に慈愛に満ちた神様がいるはずだ。俺に力を!!!
「い、いらっしゃいませ……」
受付はリサさんだった。
この世には神がいないらしい。所詮この世はそんなもんだ。
「ご、ご用件はなんですかー??」
リサさんは精一杯気にしてませんよーといった態度で受付をしている。
どうすればいいのやら……。
謝るのも逆に悪い気がする。話題を掘り返してはいけない。
不発弾が埋まってるかもしれないのだ。
地雷がある場所で宝探しをする勇気なぞ無い!
そもそも、何て言えばいいのか。
真心を込めて「ペットにしたいと思ってごめんなさい」と謝ればいいのか、それとも「あれはアルがリサさんをペットにしたいだけです。俺はそれに便乗しただけです」とアルのせいにすればいいのか、「や、女性をペットにする趣味があるだけなんです」とリサさんだけをペットにするつもりはないと言うべきか。
駄目だ。特に最後のは、何の言い訳にもなっていない。変態性が増すだけだ。
お互いがギクシャクしながら、クエストの受注をすませる。昨日と同じクエストだ。
機械的に作業をすませ、カウンターを離れる時間が来た。
何かを言わなければ。焦る。
「あーー……ペンダント似合ってますよ。リサさんの笑顔をより華やかにしてます」
出てきた言葉はそれだった。
逃げともいっていいが、事実だった。よく似合っている。できるならその笑顔が自然なものだったら。自業自得ではあるのでそれは言葉にはしないが。
「あ、ありがとうございます」
リサさんはあたふたしながら礼を言う。髪をおさえたり、耳を触ったり、ペンダントをチラッと見たかと思えば、すぐに視線を逸したり。
「あ、のその……」
「では……」
「あ……」
これ以上、ギルドにいてもお互いばつが悪いので離れるとしよう。
リサさんが何か言い出そうとしていたが、聞かずに去る。多分これでいいのだろう。
ギルドを離れ、外に出る。1日かけたが、依頼の品は昨日みたいに多く採取できることはなかった。それでも十分な量ではあるが。
報酬を受け取り、宿へと戻る。夕食を食べて、部屋に。
部屋では、再度魔力の訓練や投擲の練習等をする。
こうして、俺の一日は終える。
それからは、特筆したことは起こらず。訓練、アルとじゃれる、ギルドでのクエスト、宿へ戻るのルーチンワークだった。
平和と言ってもいい。これだ。これなのだ。このほのぼの生活が俺の望んでたいたことなのだ。少し感動した。
この数日の間、角ウサギを何匹か倒していると、レベルが上昇した。レベルが4になった。
HPは125に増加し、MPは79になった。ポイントを全てMPに振ったのだ。
訓練の量を増やすためだ。訓練でほとんど使い切るので多いほうがよい。
スキルレベルも剣術が2まであがった。だからといって格段強くなった気がしない。
分析は1のままだ。分析スキルは敵の内容を知ることができるはずのスキルだが、現在のレベルでは特に何も効果は無い気がする。レベルが低すぎるのが悪いのだろうか。
熟練度システムの表示が無くなったので、いつレベルがあがるかわからない。
神はなんで消したかったのだろうか。より面白くするためと言っていたが、そんなの信用できない。しかし、考えても何も思いつかない。
ならば逆の視点から考える。元々熟練度システムは表示されないように設定されていた。序盤ということで、表示させてたとしたら……。
熟練度システムがあったから、色々なことが分かった。スキルによって熟練度の数字が違う。スキルのレベルが上がれば、熟練度の数字が上昇する。そして、熟練度が無いスキルも存在する。直感や吸血だ。これは、もうずっと上がらないということだろう。
もしかしたら上がる条件があるのかもしれない。ただ、闇雲に使用すれば、レベルが上昇する。そんなことは無いのがわかる。
もしかして、それらを教えてくれようとしたのか。
あっているかはわからない。詮無きことだ。推測はここまでにしよう。
ふと剣術のスキルをタップする。
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剣術 スキルレベル2
剣を使う際、補正がかかる。
初心者を脱するレベル?
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そういえば、レベルごとにスキルの説明が変わるとか言ってた気がする。説明があった時、眠たかったから忘れていた。他の項目を見てみるが、特に特筆すべきことはない気がする。
直感は最初のキャラメイクの時と変わらず、『考えるな、感じろ』と書いてある。レベルが高いのに、いまいち効果がわからないのだ。しかし、戦闘中に体が勝手に動くことがある。自分自身考えてもない動きをし、結果成功するのだ。スキルのおかげかもしれない。
順番にスキルをタップして、確かめていく。そして、最後に吸血をタップした。
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吸血 レベル1
相手から血を吸うスキル。
吸血の際、相手に痛みの代わりに痒み成分をおくる。
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「蚊か!」
ツッコミが夜の町に響いた。
そんな、俺のありふれた一日だった。
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名前:アポロ(新城響)
種族:吸血鬼とのハーフ
残りポイント0
レベル4
HP125/125
MP79/79
STR:60
DEF:60
INT:35
AGL:45
DEX:45
スキル
剣術 レベル2 調教 レベル1 鑑定 レベル3 分析 レベル1 隠蔽 レベル4
索敵 レベル3 詠唱破棄 レベル1 火魔法 レベル4 精霊魔法 レベル1
精神異常耐性 レベル2 直感 レベル7 吸血 レベル1
装備
鉄の剣
ブラックウルフレザージャケット
ブラックウルフのズボン
アイテムボックス
仲間
アルテミス(契約)
リン・エスタード
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ステータスのスキル 行数が長くなったため、短くしてみました。見やすさを取るか、行数を取るか悩みます。
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5月22日 以下の点を変更しました。
・アイテムのランク変更しました。
以後F級~S級でランク表示します。
・吸血の説明
定期的に吸わねばならない(一ヶ月に一回)
↓
血に目覚めてから、定期的に吸血をしなければならない。