閑話 とある人の禁書目録
「ふぅ、やっと一段落着きましたか……」
そう呟いたのは、キャラクターメイキングの転送の際、皆を見送った女性レナス。
キャラクターメイキングの際は、純白の翼をその身に宿し、シンプルながらも、見る人が見れば意匠を凝らしたとわかる蒼色の鎧をまとっていたが、現在の彼女はシャツとホットパンツといった寝巻き姿だ。
彼女は職務を終えて帰宅し、部屋で明日の報告の書類を作っていた。報告を纏め上げ、それを神様に提出するのがレナスに課せられた仕事である。
愛用の机に座り、お気に入りのアップルティーを飲みながら、書類を確認する。レナスはあがってきた報告書をチェックし、不備がなければ神様に渡すだけなので、半ばリラックスした状態で書類を見るだけのお仕事だ。
「確認と……死亡者は3名ですね。多いと言うべきか少ないと言うべきか……」
彼らを送り出して、しばらく経った。その結果がこれだ。
突然彼らに力が与えられ、まったく違う世界に転生された。
その観点から見るに少ないともいえる。
だが、転送場所にも気を使った上に、最寄の町にたどり着けるよう細工を色々したはずだ。町にたどり着けず迷子で餓死とか悲惨な結果になるというのは、お互いにとって良い訳が無い。普通にすれば、町へと無事たどり着けるはずである。
「死亡原因は……はぁ……」
思わずため息が漏れ出る。
死亡原因を見てみると、自業自得としか言いようが無い。
自分の力に酔って行動して自滅。これに尽きる。
神様に力を与えられて喜ぶのがいいが、自分を勇者と勘違いしている人物さえいる。他の人も同じ条件で力を得たことを忘れているようだ。
「頭が……痛い……」
死亡理由の馬鹿さ加減を見ると頭痛がしてきた。町について余裕ができてからならまだわかるが……。
お気に入りのアップルティーを飲んでリラックスしようと思ったが、普段気にならない紅茶の渋みに顔をしかめる。
「はぁ……この報告でも神様は喜ぶのでしょうねぇ……」
きっとケタケタ笑うはずだ。その姿を容易に想像できる。しょうがない人だ。ダーウィン賞を見てる感覚で喜ぶのだろう。
ダーウィン賞を受賞するには条件がいくつかあるが、簡単に言うと、驚くべき愚考で自らが自然淘汰することがあげられる。まさにこれだ。
戦闘経験も無いのに、単独で盗賊数人に真正面から立ち向かうとか馬鹿ではないかと思う。避けられないならわかるが、自分から進んで戦いにいくのは同情の余地もない。
パラパラと書類をめくる。転生者の行動、異世界への親和性、精神安定度、熟練度の記載消滅についての反応etc……。
特に問題はないと判断した。
ただ……。
「響さん、また悩んでますね」
彼の美点でもあり、欠点でもあるのだが、彼は物事に一度立ち止まって考えることができる。良く言えば、思慮深い。悪く言えば考えすぎ。
熟練度の記載消滅は大した理由ではないのに、まるでこれが試練であるかのように考えている。むしろ、これは試験というよりヒントや助言と言うべきものなのに。
まぁ、彼にはヒントになるのかわからないが……。
ただ、彼が考えすぎる原因はこちらも悪いといえば悪いのかもしれない。
そのさいたる例が……
「スキル継承システムですよね……」
これは転生者を殺した時、その人のもってるスキルの一つをランダムでゲットできるのだ。
しかし、これはあるシステムの残滓だ。
それは……。
「スキル『簒奪者』」
初めて転生者を殺した者にのみ与えられるスキル『簒奪者』
効果は『殺した相手のスキルのどれかを奪う』
現在のスキル継承とは違い、所有者のスキルのどれかをそのまま奪うという極悪なものだった。スキルレベル1なら、所有していても重要性は低いが、レベルが高くなると即戦力となりうる。欲に溺れ、転生者の殺人を厭わない者が所有すると……。
つまり、これは魔王の役割を与えられるスキルでもあった。
そして、簒奪者のスキルを得た者が殺人を繰り返すと、他の転生者に魔王に対抗するスキルが与えられる。
勇者の役割としてのスキルが。
その結果は、転生者同士のバトルロイヤルだろう。
そして、どう転んでも殺伐な結末になるだろう。
転生者同士を争わせ、こちらが手を汚さずとも、どちらも消滅させる計画の一部だったが、いくらなんでも悪趣味すぎるということで却下された案だ。計画立案者も何か殺伐とした漫画や小説の影響を受けただけでもあったのでたちが悪いといおうか。
この世界に呼び出しておいて、スキルを与えて、そうなるよう仕向けるのはどうかといえる。無くなって本当に良かった。
ただ、その残滓としてスキル継承システムが残された。簒奪者と違い、転生者を殺してもうまみは少ないので比較的安全かもしれない。スキルはランダムで取得するうえに、レベルが1になるからだ。リスクリターン的に効率が悪いといえる。
「響さんに伝えたいですが、駄目ですからねぇ……」
あれこれ悩んで苦労してるであろう響にレナスは同情していた。
神に興味をしめされ、神に苦労させられてるという点でレナスは響に親近感を覚えていた。さらに、神に言われて響の動向をチェックもさせられていたので、響のことを理解していき、親近感を得ていたのだ。
「響さんといえば、これどうすればいいんでしょうね……」
ここに一つの映像があるのだ。
アルと響が心を通わせたときの場面を記録した映像が。
アルが彼の仲間になったイベントが。
それを見て……。
「う、うらやましい……」
あそこまで情熱的な告白があるだろうか?
相手を思いやり、神を敵にするのも厭わない
なまじ神様の存在を知っているだけに説得力があり
相手を包み込むような優しさを感じる。
映画みたいな告白だ……。
物語だけの存在かと思っていた。
告白というものは、自分が知らないだけであんなに情熱的なのか。
世の中のカップルはこのような告白をもらえるものなのか!?
一度も体験したことがないので分からない。
もし、もし……。
「アルではなく私だったら……」
響さんにアルが与えられたのは、神様の気まぐれっぽい指示だ。
別にアルではなくてはならないというわけではない。
私という可能性もあったはずだ。
自分の都合の良い展開を想像して、妄想するのはレナスの悪い癖だった。
もし誰かがいればツッコミを入れていただろうが、今この場にいるのはレナスのみだ。
止めるものはいない。
レナスは妄想の翼を羽ばたかせる。
「もし、もし……ですよ」
アルではなく私だったとしたら、彼は同じ台詞を言ってくれただろうか……。
真面目な顔で、私を見つめ、そして私も彼に……。
その光景を想像して、
「きゃぁああぁあぁぁ~」
あまりの恥ずかしさでベッドに飛び込み、枕に顔をうずめる。
そして、足が知らずバタバタと動く。
しばらくして落ち着いて、また想像の花を咲かせる。
またも足がバタバタと動きだす。
落ち着く、想像、悶える。
それを3度ほど繰り返して、やっと落ち着く。
「はっ………ナンテコトヲ」
乙女回路が発動してしまったようだ。
誰も見て無くて良かったと深呼吸して自分を落ち着ける。
この映像をどうするか……。
黙っときたい。黙秘しときたい。自分だけのものにしたい。
「けど、無理でしょうね……」
神様にきっとばれる。アレな性格だが、いやアレな性格のせいなのか鋭いのだ。
高確率でばれる。
そしてばれたら、他の人を交えて鑑賞会が始まるだろう。
「はぁ……」
起こりうる未来を予想しながら、なんとかするべく策を練るとしましょうか。
「その前に……」
レナスは立ち上がり、机に向かう。
「とりあえず、自分用の映像を確保していきましょう」
ちゃっかりとレナスは動画を別途保存しようと動き出す。
アポロの立場からすると鑑賞会と変わりないと思えるだろう。
アポロの知らないところで着々と赤面物の記録となりうるものが出来ようとしていた。
まだ彼はその事実を知らない。