アルとアポロ
リンが去って1時間が経った。
その間、これ幸いにとアルがいたらできない作業を進める。
それもすぐに終わり、魔法の練習や文字の勉強を開始する。
だが、それもすぐに終わった。ぼーっとしたままアルを待つ。
「遅いな……」
なんの気なしに、ステータスと呟く。
ステータスのスキルレベルを確かめる。変化は無かった。
アルの項目をタップしてみる。
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名前:アルテミス
種族:妖精
レベル3
HP15/15
MP7/7
STR:6
DEF:6
INT:5
AGL:5
DEX:7
スキル
オラクル
装備
なし
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「なんか増えてる……」
考えてみれば、レベル表示があったのだ。レベルアップするのはおかしくない。
ただ、埒外と考えていたのだ。
謎のスキルが増えている。何だ、オラクルって。まぁ、詳しいことはアルが帰ってきたら聞けばいいかと結論づける。それより、ステータスだ。ステータスは低いが、軒並み成長している。
つまり、成長率は高めということだ。俺みたいにポイントを配分するのではなく勝手に成長するみたいだ。このまま成長すれば、役に立つ可能性が……。
「ハハッ、無理だな。アルは役に立たないからアルって言うんだ!」
「いきなりなに失礼なこと言ってんですか、アポロさん」
「うわ、本当に出てきた」
ぼけたら、ツッコミをするためにアルが出てくると思ったのだ。さすが芸人。
実はアルがでてきたのは偶然だったらしいのだが。ある意味、神がかってると言えよう。
「で、アポロさんお話は終わりました?」
「あぁ、ありがとう。無事終わったよ」
アルが消えたのは気を利かせてくれたのだ。水臭いと言えなくもないが、リンにとって大事な話だったのだろう。リンの立場で言えば、アルがいるよりいない方が話しやすかったのかもしれない。
そのお陰かよくわからないが、話はまとまったのだ。
アルの厚意に感謝をしよう。
普段、こんなでも、実際は気配りのできる存在なのだ。
「で、どうでした?犯りましたか?」
「……感謝した俺が馬鹿だったよ」
アルは俺に何をさせたいのだろうか。
疑念が積もって山になりそうだ。
「単になんでここまで助けるのか、聞きにきただけだ」
「なんて答えたんです?」
「あーーーー恩で縛るとかなんとか言ったような気がする」
頭をガシガシとかきながら、答える。
思い返せば、なんか凄まじいことをリンに言った気がする。
「うわぁ……」
回答としては最悪ではなかろうか。百年の恋も冷めるのではなかろうか。
仲間になるかと思ったが、ならなさそうだ。
「そんな言葉言うぐらいなら、ちょっと一緒に布団の中で話しようぜって言えばよかったのに」
「最悪な口説き文句だな、おい」
「でも、これで『ハイ』って答える女性がいたら萎えますよねぇ」
「お前は何を言いたいんだ……」
「あーしかし、金髪美少女エルフさんがこれで縁切りになってしまうのでしょうね」
アルはリンが俺に失望したと思っているようだ。
普通に考えたら、そうかもしれない。
恩に着せるため助けたとか、心で思っていても発言する時点でうわぁとなるに決まっている。心が冷めると言おうか、ちょっと付き合いきれないなと思ってしまう言葉なのだ。
しかし……。
「ま、でも。リンはこれからも仲間になってくれるらしいよ」
リンは俺の仲間になることを前向きに考えてくれているみたいだ。
そこには、嫌々だとか負の気持ちは見られなかった。
「え!?義理でですか?それとも嫌々引き受けたんですか?」
「どうだろう……そんな感じではなかったが……。
ただ、もう一回ちゃんと誘わなければいけないと言われたが……」
俺も説明しながら自信なく言う。
「それも変な話ですね」
リンは変人なのだろうか。これから注意せねば。
アルが小さく呟いた。
「そういえば、アルに聞きたいことあるんだが、いいか」
そう言ってアルに自身のステータスを見せる。
「うわ!レベル3になってる。ステータスもあがってる!」
初めて知ったようだ。驚いている。
「それで、スキル欄のオラクルってなんだ?」
「なんでしょう。タップしてみましょう」
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オラクル
神と交信できるスキル。神のありがたい言葉が聞けます。
現在は受信専用です。
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「…………なんか受信したことはあるか?」
「……………………そういえば、時々神様の笑い声が聞こえたような気がします。幻聴かと思ってましたよ」
ドンマイと、アルを慰める。
そんな不気味な笑い声を拒否権無く聞かされていけば何か、心の病気にかかりそうだ。
「そうだ。アルにプレゼントがある」
暗い雰囲気を払拭するように、明るい話題を出す。
「プ、プレゼントですか!?現金ですか、金塊ですか、もしかして土・地・権・利・書?」
アルのテンションがあがったのはいいが、なんでプレゼントの内容が、それなのか。
えらい地球的な物欲だ。貰って嬉しいのか?
「ほいっと、これだ」
俺は懐から、あるものを出す。小指ぐらいの長さで、布で覆われた品物だ。
一部、布から金属らしきの物がはみ出している。
「なんですか、これ?」
「針だ」
雑貨屋で見つけたこの一品。
まごうこと無く、衣服を縫うための針だ。
「針ですけど、どうすればいいのですか、これ?」
「あぁ、アルの武器にしようと思ってな。
武器が無いとかなんとか言ってただろ」
「覚えてたんですか、それ」
その場面を思い出すかのようにアルは言う。
「ないより、合ったほうがいいかと思ってな。いつ、使うかわからんが、きっと使う場面はある気がする。
ま、大したことないものだが、受け取ってくれ。
肩にも担げるようにしといたから」
アルのいない間にその作業をしていたのだ。
アルは針を手に取ると、パワーアップ!と叫んだ。
「ありがとうございます、アポロさん……これを私に渡したということは、毒を塗って相手を刺せばいいのですね?
相手は誰ですか? ギルドで因縁つけてきた野郎ですか?
それとも、リンさんにします?リサさんにします?」
「恐ろしい発想するな、お前は。つか、味方に刺してどうする?」
「危機的状況を作り、助ければ、いいのですよ!つり橋効果ってやつです!
最悪、解毒が欲しかったら俺の要求に従えとか言って脅せばいいのです!
それに、毒が駄目なら媚薬にすればいいんですよ!刺したら、発情するような!」
「発想が外道すぎるわ!」
アルは妖精でも一応女性側に属するはずである。
それなのに、出てくる提案が男側を通り越して、外道じみてる。
「ふぅ……」
ツッコミで喉が渇いたため、テーブルの水差しから、コップへと水を注ぐ。
そして、アルの分もいれる。アル専用カップだ。アルの体長に合うように作られた一品だ。それを、アルはいつの間にか持っていたのだ。さすが謎生物。
お互い水を飲み、一息入れる。
お互い何も言わなかったが、居心地の良い空間だった。
宿の外で誰かが騒いでるが、その喧騒が良いBGMとなっている。
「ま、ありがとうございます。正直嬉しかったです」
アルはぽつりと言う。
「武器ができて?」
問いかけると、
「いえ、私のことも気に留めてたんだなーと」
たはは、とアルは笑う。
まるで泣いてるような笑顔だった。
「気に留めるだろ、普通」
何故そんな笑顔を浮かべるのだろうか。
「まぁ、そうですね………」
またお互い水を飲む。
先ほどと同じく、無言の空間だったが、息が苦しかった。外の喧騒がやかましく感じる。
俺とアルとの間に溝が存在している。それは立場の違いから生じるものなのかもしれない。
「…………覚悟を決めるか」
決意からか、声がかすかに漏れ出た。
アルが何を考え、何を不安に思ってるのは予想できる。
どうせ、リンに心情を吐露したんだ。一人や二人大したことではない。
大事な仲間のために。羞恥や見栄や損得なんて、つまらない感情は封印してしまえ。ただ、感情のおもむくままにありのままの思いをぶつけるのだ。
勢いで言うため、思わぬ言葉が出てくるが仕方が無い。勢いでしか言えないのだ。突っ走ってしまえ。
「アル……ちょっといいか」
俺は意を決してアルを呼びかける。
アルは俺の真剣な表情に目を大きく開いた。
「な、なんでしょうアポロさん。もしかして……」
アルはいつものように冗談を言って、茶化そうとしたが、俺はそれを目で制する。
アルの言葉が止まる。
「今まで言ってないことがあってな」
「……言ってないことですか?」
なんだろうとアルは思う。
それと同時に、後ろめたさにアルの心臓はきしむ。
アルはアポロに秘密にしていることがある。神の言付けだ。特に意味のないような内容だが、神に言うなと言われてる。正直神はアルに何をさせたいのか、よくわからない。明確な指示が無いので、アルは毎日勝手気ままにやっているだけだ。
「ああ……今までありがとうな。助かってるよってことだ」
そして、間が空く。
「え、それだけですか?」
アルが拍子抜けしたという感じで問いかける。
いいや、と首を振る。
間が空いたのは、何を言えば良いのか纏まらなかったからだ。
今も纏まってはいない。
でも、言おう。
「転生してから、不安だった。何をしたらいいのかはわかるが、行動する勇気が無かった。
だけど、アルがいたお陰で動くことができた」
アルが笑って茶化してくれるから笑うことが出来た。
行動出来たのだ。
「見栄なのかもしれない、かっこつけなのかもしれない。体長20cmくらいの小さな妖精に心配させたくなかったからだ。だから、俺は率先して行動できた」
「…………」
アルは信じられないと目をパチクリと瞬きする。
信じなくても良い。
俺はただ、ありのままに言おう。
「俺の行動を信じて、ついてきてくれて、ありがとう。
怒りに我を忘れそうになったとき、気遣ってくれて、ありがとう。
いつも冗談を言って、場を和ましてくれて、ありがとう
馬鹿をやってたおかげ、助かっていた、本当にありがとう」
アルは神の仲間かもしれない。
色々情報を知っているかもしれない。
けれど今まで言わなかった。本当に知らないのかもしれないし、言うべきじゃないと思ってるのかもしれない。
だけど、それは関係ない。
関係ないんだ。
「アルがいなければ俺は死んでたかもしれない。盗賊に殺されていたのかもしれない。
死んでなくても、性格が変わっていたかもしれない。
きっとリンと今のような関係を築くことなんかできなかっただろう。
アルがいたからこそ、俺は俺らしく生きることができた」
そう、そんなことはどうでもいい。
アルがアルらしく過ごしてくれただけで良かったのだ。
「アルに会わなければ、人を利用するだけの存在になったかもしれない。孤立無援で人を信用しない。そんな人物に」
転生者を殺せばスキルを手に入れる仕様。
俺は疑心暗鬼になっていたかもしれない。ダンピールという迫害される種族ゆえ、人を信じる前に自分から裏切ろうとする人物になっていたかもれない。
「だから言わしてもらう……今までありがとうな。助かってるよ」
俺は深くお辞儀をした。
感謝の言葉が伝わるように。
感謝の思いが届くように。
「ちょ、ちょっと待ってください。響さん、いきなりなんですか!」
アルは俺をアポロとは言わず、響と呼んだ。
「なにって、感謝の言葉を述べただけだ」
「述べただけって……」
「大事なことだから。俺が何を考えてるか、ちゃんと伝えることにしたんだ。嘘偽りのない気持ちをな。正直ちょっと、恥ずかしい」
恥ずかしさを誤魔化すためにちょっと茶化す。
「好きにやってるだけですし、でも私は、その、あの、神様側に属しているので……」
アルは口ごもりながらモゴモゴと言う。
「神様が響さんを異世界に飛ばしたのです。そのために大変な思いをしてるって、色々と考え、不安を感じながら、頑張っているのが傍で見てて分かっちゃってるのです。
それに、私にはスキル『オラクル』があるのですよ。何時、神から命令がはいるかわからないのです! 響さんとはウマが合います。仲間だと勝手に思ってます。だけど、だけど……」
「立場?それが、どうした」
俺は笑って、アルの不安を一蹴する。
「え?あれ?でも、でも……」
アルは混乱しているようだ。
顔に書いてある。
なぜ笑って、そんなこと言えるのかと。
「アルは今までずっと嫌々俺と行動してたのか?
俺と一緒でつまらなかったのか?
違うだろ。アルが考えて、自分で行動したんだろ。ならば俺は感謝するさ」
もし、俺のことが嫌なら、俺の体内にずっといればいい話だ。それをしなかったのは俺と一緒にいてよいと思っているのだ。俺はそう判断する。
「神の思惑はわからない。いくつか予想できるが、それだけだ。まさに、神のみぞ知るってやつだ。それに怯え、アルとの距離が離れるなんて馬鹿らしい。俺は嫌だ」
「で、でも、いつ神様の命令で響さんのことを害することになるか……」
それを考えると怖くなる。申し訳なく思うとアルは言う。
その光景を予想すると、心臓が張り裂けそうになると。
「神がアルに命令することがあるのかもしれない。それが、どうした?」
軽い調子で、俺は答える。それがどうしたといわんばかりに
「それがって!響さんの敵になるかもしれないんですよ!いいんですか!?
裏切るのですよ!」
アルが強く吠える。
「アルはそれを嫌だと思っているのだろ。ならば十分だ。報われる。
それに、疑心暗鬼で過ごすのか?嫌だぞ、そんな生活。楽しくない」
それに、アル。
考えてみろ。
「相手は神だぞ。不思議生物だぞ。逆らえるものなんていないだろ。オラクルがあろうがなかろうが関係ない。朝起きたら女体化とか自由自在だぞ、きっと。拒否できない。ならば、受け入れるしかない。俺達に出来ることは、神の手のひらで踊るだけだ」
俺はぶれないように強く、自信を持って言う。
アルの心に届くように。
「もし、俺がアルに殺されることになっても、俺はアルを恨まない。笑って死んでやろう。もし、俺を殺すのが嫌で、アルが泣いてるなら抱きしめて慰めてやる。もし、神の意思に逆らうなら先陣を切って神に戦いを挑もう。
生き死に?敵味方?そんなの関係ない。俺はアルを大事な仲間だと思っている。困っているなら助けよう、泣いているなら慰めよう。どうにもできないなら、どうにかできるように頑張ろう」
そこで一息つき、最後に言う。
「ただそれだけの話だ」
だから、聞かせてほしい。
「アルはどうだ?聞かせてほしい、アル自身の気持ちを。
俺達は仲間なのか、違うのかを」
アルの目は涙がとめどなくながれ、唇は乾燥して、うまく開かない。嗚咽が出て、言葉は途切れ途切れになる。だけど、アルは返事をしようとする。無理にでも。
「なっ……かま……ですっ!」
アルも不安だっただろう。無理して明るく振舞っている部分があったのだろう。強がっていたのだ。
俺と楽しくやってはいるが、内心は信用されてはいないのかと疑心暗鬼になっていたのかもしれない。アルは神様から与えられた存在だ。信用しろというほうがおかしいかもしれない。裏になにかあると考えるのが普通だ。俺が笑っていても本心かどうかわからないのだ。何かアルから情報を得るために仲良くしてるのかと思ってしまう。怖いのだ。日常が楽しくなるほど考えてしまう。この日常が偽りの空間なのかと。
だから、俺ははそれを否定するために内心を吐露したのだ。
「これからもよろしくな、アル」
「は……っ……い!」
アルを懐に呼び寄せ、抱き寄せる。小さな体をいたわるように、優しく。
10分ほど、そうしただろうか、アルは落ち着いた。
「お見苦しいところをお見せしました、アポロさん」
「や、別にいい。それに、アルにとって大事なことだったんだろ。俺は嬉しく思う」
「恥ずかしいことを直球で言わないでください。私はアポロさんのそういうところが卑怯だと思います」
「卑怯?」
アルの言っている意味がわからないが、聞いても教えてくれることはなかった。
なら、と諦めて言いたかったことを口に出す。
「あ、あとアルの考えてる通りにはならないと思うぞ」
アルの懸念は杞憂だと。
「神がそんな汚いことをするはずが無い。やつの信条に反するのだ。その行いは」
アルを無理やり俺と敵対さすなんて美しくない。そんな行いを彼はしないだろう。
「俺はそう思っている。信頼といってもいい。俺は俺なりに神を信頼しているのだ」
「ぷっ……何ですか、その信頼」
アルがお腹を抱えて笑う。
「もしかしたら、アポロさんと神様って思考回路が似てるのかもしれないですね」
「てめぇ、訴えるぞ」
「ははっ、褒めているのですよ?」
「最後疑問形の時点で信用できねぇよ、その言葉」
そして、顔を見合わせて笑う。
「あ、アポロさん。私が秘密にしてたことですが…」
「ストップ。言わなくていい」
「え、でも……」
アルが雰囲気に飲まれ、何か大事なことを言おうとした。
したが、俺は待ったとストップをかける。
「神に言うなと言われてるのだろ。ならばいいさ。必要になったときにでも、ポロって言っちゃえばいいのさ」
固く考える必要なんてない。適当でいいのだ。
俺はアルが情報を持っているから仲良くしてるわけではないのだから。
「…………わかりました。実は黙ってたんですけど、今から5秒後に爆発します。逃げることは不可能です。ごめんなさい」
「もっと早く言えよ!!!!!」
互いに笑いあった。自分たちはこうなのだ。このじゃれあいが好きなのだ。
こうして、アルは仲間になった。
旅の同行者ではなく、仲間として。
神がアルをアポロに同行させた訳。お互いが、違う立場で考えていました。それを払拭するお話。アルが同行者ではなく仲間になる。そんなお話。