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キャラクターメイキングで異世界転生!  作者: 九重 遥
4章 誰がための再建か
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迷える羊

お待たせしました。今回はちょっと長いです。

 レストラン『迷える羊』。

 扉を開け、中に入る。

 扉からはギィと音が鳴り、店内に光が差し込む。

 店内はテーブルと椅子が幾つか置かれただけで、簡素なものだった。調理道具や飲み物の容器は何もなく、ここがレストランなのか見ただけではわからないだろう。

 そして、店内には誰もいない。お客もお店の人も。


「誰もいませんね」


 リンがテーブルに近づき、手をさっと滑らす。

 そして触った手を見る。


「ほんとにレストランなの?」


「かなりの穴場で、穴場すぎて人が来ないんだ……」


 テーブルにはうっすらと埃が積もっていた。

 レストラン的に衛生面でどうなのかと思わないでもないが、それは日本人的倫理のせいなのか。

 しかし、埃が積もるってことは人が使ってないわけで、どっちにしろ駄目のような気がする。

 正直このことについてはフォロー出来ないな。


「あ、味はいいんだ。味は」


 それだけはフォローできる。

 前に一度来たことがあるので、それは確かだ。


「でも、お店の人いませんね。お腹すきましたよ、私!」


「今日は休みなのかのう」

 

 ベクトラがそう言った直後だった。

 店の奥、おそらく厨房なのだろう。暖簾をかき分けて大柄の男が出てきた。手には包丁を持って。


「ぬっ」


「誰!?」


「イベント発生ですか、これ!?」


 その大柄の男が現れた瞬間、俺以外がにわかにざわつく。

 それもそのはず。

 顔はいかつく、表情は無表情で。更に頬に一筋の傷があり体は筋肉質だ。地球で出会ったらお近づきになりたくない人である。一目見て、人を殺したことがある目つきだと思わせる凄みがある。

 身長2mはあるこの男はコックなんだが、着ているものは元は真っ白のエプロン、今は汚れで黄ばみ、胸のあたりはなにかの血で赤く染まっている。


 それがこっちをじっと見つめている。

 手には包丁を持って。


「待て、落ち着け。この店の主人でコックのスパルダさんだ。敵意はない。包丁を持っているのは調理中だからだ、きっと多分」


 手でベクトラやリンを制止し、スパルダさんのことを説明する。

 しかし、レストランで人をそれもこの店の主人を説明する台詞なのだろうか。

 その一言でベクトラとリンは警戒を半分くらい解いた。

 アルはファイティングポーズを取ったままスパルダさんを見つめてる。


「私は構いませんよ。さぁ、勝負だ!」


「何と戦っているんだ、お前は」


 店に入った時にイベントがどうこうと言っていたが、アルの中では何かのイベント真っ最中なのだろうか。


「……………」


 外部から見れば失礼極まりない態度でスパルダさんを迎えたが、彼はそんな俺らの態度に動じずじっとこちらを見ている。


「ねぇ、なんで何も声かけないのよ」


「スパルダさんは無口でシャイなんだ。誰も彼の笑った顔を見たことはない」


「それって、レストラン的にいいの?」


「よくないから、閑古鳥が鳴いてるんだ」


 心持ちスパルダさんの体がビクッと震えた。


「なるほどのう。ま、拙者は美味しい料理をたらふく食べることができたら問題はないのじゃ」


 我関せずのベクトラ。

 ここで話をしていても、料理はこないので勝手に動くとする。スパルダさんと付き合うコツである。


「ここの席に座っていいですか?」


 手近なテーブルを指さし、スパルダさんの確認を取る。

 スパルダさんはこちらをじっと見て、やがてコクっと頷いた。


「よし、座ろう」


「なんかどっと疲れたわ」


「お腹すいたのう」


「私はプレミアムな肉が食べたいですね。そして、かのツンデレの美食家さんみたいに店主にケチをつけたい。プレミアムの肉を頼んで、店主にプレミアムの意味を問いたいです。そしてケチをつけて作りなおしをさせたいです。最後に明日来てください。本当のプレミアムを教えますと言いたいです」


「なんか色々なものが混じってるぞ」


 思い思いの言葉を述べ、各自席に座る。

 懐に手を伸ばし布を取り出して、テーブルの埃を取る。


「おぉ、ありがたいのじゃ」


「ありがと、アポロ。用意がいいのね」


「備えあればってやつだ」


 実際は懐に手を入れた時にアイテムボックスを呼び出しそこから取った。第三者から見るとまるで胸のポケットから出したように見えるだろう。


「あの、何で私の周りだけ埃をふかないのでしょうか……」 


「ああ…………忘れてた。アル、自分で拭け」


 アルの方向に布を投げる。

 ぽすっと布がアルに当たる。


「痛い。アポロさんの愛が痛い!」


「……………注文」


 スパルダさんがぼそっと聞いてきた。

 強面の無表情の顔で言われるとちょっと怖いものがある。

 まるで脅迫されているみたいだ。早く決めろと。


「ええと、銅貨3枚くらいでおまかせで。あ、食後にデザートも」


 メニュー表がないので、何があるかわからない。

 聞けばいいのだろうが、スパルダさんは無口でシャイなので根気がいる作業だ。正直、疲れる。

 なので、予算を決めて後はあちらに投げる。

 接客面では落第だが、調理の腕は確かだ。彼にまかしとけば問題はない。

 スパルダさんはコクっと頷くと、厨房の方へ去っていった。

 手には包丁を持ったままで。


「最後まで包丁持ったままでしたね」


「半ば脅迫されてる気分だったわ」


「まぁ、そう言うな。スパルダさんも緊張していたのだろう」


「お客が来たぐらいで緊張するのもどうかと思うわ」


「それは同感だ」


 フォローはしたが、内心同じ気持ちである。こんなんで商売をやっていけるのだろうか。他人事ながら心配になる。


「主殿はこの店について色々と知っておるのう」


「ああ。情報提供者がこの店のファンでな。その人から色々と聞いたんだ」


「へぇ、物好きもいるのね」


 周りを見渡してリンは言う。

 ランチ時というのに俺たち以外客がいない。


「だが、逆を言えばそれだけ味が良いということじゃのう。楽しみじゃ」


「ええ。私の舌をうならせるものが出てくるか、今から楽しみです」


「アルは昨日ぐらい道に落ちてた泥団子をうまいうまいって言いながら食ってなかったか?」


「食べてませんよ!っていうか、食べ物じゃないですよね、それ!」


「そこまで飢えていたの?」


「いや、食後のデザートだとか言ってたな」


「妖精は凄いのね。それともアルだから?」


「後者だな。俺も困ってる」


「食ってねーって言ってるでしょう。リンさん、私を信じて」


「アル殿、道で拾わなくても言ってくれれば拙者が泥団子を作ったのに」


「私の言ったこと聞いてます?厚意は嬉しいんですが、ちゃんと食べられるものをくださいね」


「大丈夫じゃ。塩をまぶすし、中の具は肉じゃ」


「大丈夫の意味がわからない!泥をなんとかしろと言ってるんです!泥は食べられないのです!」


「だが、泥団子を磨くと宝石とまではいかないが輝くよな?食べられないが、観賞用としてはいける」


「うそ!?」


「いや、本当だ。な、アル?」


「いや、私としては泥団子の話を終わらせたいのですけど……」


「なんか泥団子で嫌な思い出でもあるのか?」


「ついさっき!ついさっきの出来事!」


「それぐらいでアルがへこたれるわけがない。大丈夫だ」


「痛い。アポロさんの信頼が痛い」


「で、アルは泥団子を磨くと綺麗になるって知っているのか?」


「知ってますよ。マエストロですからね、私は。作るのには根気と繊細な作業がいるんです。作成、乾燥、磨きと様々な工程を経て、一点の凹凸もなく滑らかな球体にするのです。手や布等を使って自分の力で球体にするのです。偏りがなく均一にしなければならないのです。それがどれほど難しいことなのかわかりますか?

 砂にも水にも気を使います。一種類の土だけではなく、さらさらとした土や粘土のようにぐちゃっとした土を用途によって使い分け、それを適切な、ここが大事ですよ、多すぎずかといって少なすぎず適量な水を使い、更に蒸発する水の量を考えて作ります。そうして作られた一品はどんな宝石にも勝るとも劣らない輝きを見せるでしょう」


「へぇ、そこまで言うなら見てみたいわね」


「いつかアルが作ってくれるさ」


「私が!?」


「マエストロなんだろ?」


「ぐっ。わかりました。けど、アポロさんも手伝ってくださいね」


「任せろ。アルの作ったものを壊すのは得意だ」


「作るのをですよ!なんで壊さなくちゃならないんですか!」


「せっかく作ったものが壊されて、アルはどんな顔をするのだろうか。苦悶か?失意か?はたまた絶望か? クックック、今から楽しみだ。絶望を抱いて溺死するがいい」


「人が言っていい台詞じゃないですよね!

 魔王がここにいますよ!ベクトラさん、魔王退治です。正義の心でやっちゃってください!」


「主殿は主君だからのう。刃向かうのはどうかと思うのじゃ」


「侍はこれだからやりにくい!だか私にはリンさんがいる!可愛い私がピンチです。救いの手を!」


 リンはアルをじっと見つめ。


「アルは一度くらい痛い目を見た方がいいわね」


 何か思うところがあるらしい。助けはこなかった。


「まさかの裏切り。リンさんのことを思って、誠心誠意リンさん奴隷化計画を進めている私が裏切りを受けるなんて!なぜ!?」


「アポロ、私が許すわ。やっちゃって」


 やるというのは泥団子を壊すことなのか。いや、流れからいうとるになるのか。しかし、リンは奴隷化計画が俺ではなくアル単独の計画と思っているのだろう。アルへの信頼がわかるな。


「まさかこの手でアルを殺す日が来ようとは……許せ、アル」


「めっちゃ顔笑ってますよ、アポロさん!?悪いとか思ってませんよね!」


「こんな時のためにアル処刑道具の構想を練っておいてよかった」


「こんな時って言ってる!絶対いつか私を殺すつもりでしたでしょう!」


「失礼な。備えあれば憂いなしというやつだ」


「備えという意味がわからない!

 アポロさんの生まれの地域では誰かを処刑する準備をまえもってしとくの!?」


「はは、準備とまえもっての意味が被ってるぞ」


「そんなことどうでもいいですよ!意味がわかるでしょう!」


「二人共、料理が来たようじゃぞ」


 アルをからかっていると、スパルダさんが料理を続々と運んできた。

 テーブルに料理を置き、厨房に戻りまたこちらに。

 その作業を数度繰り返した。


「一斉に持ってきたわね」


「客が拙者達だけだからじゃないかのう」


「甘いですね、ベクトラさん。その考察は甘すぎですよ」


「なぬ!」


「よいですか?よーく聞いてください。今からアポロさんが説明するのを」


「俺がか?」


「え?まさかアポロさんともあろうものが説明できない?

 あちゃーそれが本当なら過大評価してたましたわ、私。

 そんなんで私を処刑していいのですか?え、アポロさん?」


 うざい。

 俺をどや顔で見てくるのがさらにうざい。

 泥団子でからかった仕返しなのだろうか。


「ねぇ、アポロさん答えてくださいよー。

 ねー、アポロさーん」


「逆を言えば、説明できたらアルを処刑していいんだな?」


「え?」


「説明できたら殺すからな?」


「え、ええと………そのあの」


 固まったアルを放っておいて、料理を見る。

 テーブルの上にはスパルダさんが運んできた料理が鎮座していた。

 まずサラダ。異世界の生野菜と揚げたナッツがまぶされ、中央に半熟卵がのった一品。

 次にスープ。これは豆のスープだろう。湯気と共に食欲を刺激する。

 そして、これはパスタなのだろうか。麺は三角形の形をしたショートパスタ。麺を作る時に野菜を練り込んだのだろう緑色をしている。そしてパスタのソースはトマトソース。赤く粘度のあるそれは濃厚な味を期待させる。緑と赤のコントラストも素敵だ。

 最後にメインディッシュの肉。

 黒い肉の塊。拳4つ分はあろうかというほどの大きさ。

 まさにそれは肉のエアーズロック。

 色が黒いのはソースのせいだろう。 

 肉の塊をそのままソースとともに煮込み、柔らかくして、提供するちょっと前に食べやすい大きさにカットして元の塊の形に戻したのだろう、これは。



 で、アルは何が言いたいのか。

 味ではないな。

 まだ食べていないから。

 ベクトラに言った甘いという言葉。

 そしてアルの性格を考慮して導き出される答えは……。


「スパルダさんの技量が凄いって言いたいのだろう」


「え?」


 その声は誰があげたものだったのか。口をあんぐりと開けて固まっているアルなのか、予想外な答えがでたので驚いたベクトラなのか、それとも熱心にパスタを凝視しているリンなのか。


「サラダ、スープ、パスタ、メインの肉料理。種類がバラバラなこれらの品目を一度に提供するのは至難の業だ。料理時間に差があるからだ。サラダを用意する。スープを温める。パスタを茹でる。ソースを用意する。肉を煮込み、カットする。これらの作業を同時並行で作りあげるんだ。料理の制作時間を正確に把握し、自身の手際が良くないとまず出来ない仕事だ。食べる前からスパルダさんの腕がわかるな」


「……………」


「勿論、他のお客がいたらこのようなことは出来ないだろう。

 他にお客がいないから、俺達がお腹が空いてるから。

 だからこそ、スパルダさんは一度に提供することにしたのだろう。だからベクトラの言ってたことは間違えではないが、浅い。だから、アルは甘いって言ったんだ」


 他にもスパルダさんは強面と自分で理解しているので、食事中何度も顔を見せるより、一度に提供したほうが食事を楽しめると思っているかもしれない。本人に確認したわけではないので言わないが。彼は優しい人物だ。そう思っても不思議ではない。


「……………」


「で、こんな考察でいいか?」


「……………」


「おい、アル」


「料理が出揃ったようです、皆さん食べましょう!」


「おい」


「なんです、アポロさん?熱々が一番美味しいのですよ?話をしていたら冷めますよ?それでいいんですか?スパルダさんの厚意を無駄にするのですか?リンさんとかもう待てませんよ」


「私!? いや、大丈夫よ。うん大丈夫。待つわよ」


「………パスタ」


 ぼそっとアルが呟いた。


「うぐ! いや、美味しそうだなと思っただけよ。他意はないわよ、うん」


「よだれでてますよ?」


「え、うそ!?」


 リンは顔を真っ赤に染めて、慌てて口元をぬぐう。

 実際はよだれなんかでていなかったが、アルにまた騙されたのだ。

 アルは微笑を浮かべ、こちらを見る。


「ね、アポロさん。食べましょうよ」


「……食べるとするか。アルを殺すのはいつでもできるからな」


「その言葉は聞きたくなかった」



 呆然と呟くアルを放っておいて、料理を見る。

 まず最初に何を食べようか。

 マナー的にはどうなのだろうか。最初はサラダなのだろうか?お店で食べる作法がいまいちわからない。

 ふと他の人はどうなのだろうと見てみると。


 リンが一目散にパスタを頬張っていた。


「んーおいしい!」


 口をリスのように膨らましながら、首をコクコクと縦に動かしている。どうやら感動しているらしい。

 普段、そこまで食に執着はないのだが、パスタが好物なのだろうか。凄い勢いだ。

 じっと俺が見ているのに気がついたのか、パスタを飲み込み、小首をかしげる。


「どうしたの?あ、これ食べたいの?ごめんね、一人で取っちゃって。凄く美味しいわよ、このパスタ。食べてみて!」


 てへへと少し恥ずかしそうに笑い、リンは大皿に置かれたパスタを俺の方に移動させた。


「ああ………ありがとう」


 大皿を受け取り、自分の取り皿によそう。

 別にパスタを食べたいからリンを見ていたわけではなかったが、それを説明するのも変なのでリンの厚意を受け取ることにする。



 しかし、いつからなのだろうか。

 リンとの距離が近づいてる気がする。壁が無くなったとでも言うべきか。リンは最初盗賊に囚われていた。それを助けだしたのは俺だ。恩人なのだろう。だから、最初から一定の好感度を得ていた。

 だが、最近親密度があがった気がするのだ。

 なにかあったのだろうか。

 なにかしたのだろうか。 

 わからない。リンから見て、俺は謎の多い男だと思う。ある程度の信用はできるが信頼はしにくいと感じるはずだ。

 なのに、なぜ……。 


 そのことをアルに相談してみたことがある。

 すると、アルはこう言った。『リンさんはチョロインですからね。会ってるだけで好感度が上昇しますよ。昔の恋愛ゲームのキャラクターと一緒です。マップ選択でヒロインのいる場所を選択するだけでその人のルートにいけるキャラです』と。


 イマイチ意味がわからないうえに、信用出来ない意見だった。

 アルに相談したことを後悔した。


 三角形の形をしたパスタを口に運ぶ。

 トマトの凝縮された甘みが口の中に広がる。咀嚼をすれば、麺のもちっとした感触が。飲み込めば、麺に練り込んだ野菜の爽やかな味が一陣の風のように吹き、そして去っていく。


「ね?美味しいでしょう」


「ああ。かなり美味しいな」


 その答えに満足したのか、リンはにこっと笑い自分もまたパスタを食べ始める。


「……………」


 好かれるのはいいことだが……。

 それは男女の、つまり恋愛的なそれなのだろうか。

 いつぞやのアルの言葉を思い出す。

 俺はまだ答えを出していない。

 おさななじみに会ってから、答えを決めるでは遅いのかもしれない。

 俺は……。



「主殿、うまいのじゃ!流石主殿のすすめる店じゃ。泥団子よりかなりうまいのじゃ!」


「え、ベクトラさん泥団子食べたことあるのですか!?」


「うまいのじゃ!」


「ちょっと気になる。答えて!」


 リンの事を考えていると、ベクトラが感嘆の言葉をあげ、俺に報告してきた。

 ベクトラが食べてるのはメインの肉だ。


「主殿。献上いたす!」


 そう言って、俺の口元に肉を運ぶ。

 つまり、あーんだ。

 え?なにこれ?


「さぁ、さぁ主殿。献上いたす!」


 ベクトラの箸が視界のすぐ下に映り込む。

 この地域に箸の文化はない。東、つまり侍のいる地域原産の食事道具だ。それをベクトラは自前で用意して食事に使っている。

 それが視界にでてくる。

 箸の間には肉があるのだろう。ベクトラの手があって見えないが、きっと。


「さぁ!さぁ!」


 ベクトラは興奮した様子で急かしてくる。

 見えないが誰かが睨んでる気配がするし、面白がってる気配もする。


 え、どうすればいいんだ?


「いや、自分で……」


 断りの言葉を言おうとした時だった。


「献上:意味。主君に物をさしあげること。断る場合、その人の好意を無下にすること。切腹レベル1」


 機械音声みたいにカタカタと抑揚のない声でアルが辞書っぽいことを言ってきた。本当にアルは主人思いだな。ぶっ殺してやる。


「さぁ!さぁ!」


 ベクトラはアルの言葉が聞こえなかったかのように、その動作に淀みがない。ただ主君の口元に肉を運ぶ。それだけが大事だというかのように。


「ぐっ………あーん」


「ご献上!」


 口を開けると、肉が入ってきた。


「どうじゃ?」


「……お、美味しいと思います」


 モグモグと口を動かし、肉を飲み込む。

 実際の味はわからない。あーんなんて楓にもされたことがない。初めての経験だ。羞恥やら何やらで味どころではない。




 賑やかな昼食が終わりを迎えた。

 リンがパスタを、ベクトラが肉を。サラダが俺といった感じだった。

 え、なにかおかしくないか?

 大皿を取り分けて食べるスタイルなのに。

 男子高校生だよ、俺。

 なのに、サラダ。ダイエット中のOLみたいな食事内容だ。

 リン、ベクトラ、もっとバランス良く食べろと言いたい。

 付け合せのパンもあったから、お腹は膨れたが。肉のソースをパンにつけて食べると美味しかったです。でも肉のほうが食べたかったです。


「なんで泣いてるんですか、アポロさん!?」


「気にするな。弱いからこうなるんだ」


 食事は戦いなのだ。

 弱肉強食。それがわかった昼食だった。

 美味しい食事は人を駆り立てるのだ。戦場に。


「ふぅ、美味しかったのじゃ。主殿がすすめるだけはあるのう」


 コトリと飲んでいた紅茶を置いて、ベクトラは満足気な声をあげた。


「本当に。最初入った時はどうなるかと思ったけど、良かったわね」


 クッキーをかじりながら、リンも同意する。

 食後のデザートは、クッキーだ。それに合わして紅茶も振る舞われた。

 紅茶の湯気がなんとも良い空気を出している。

 視界の端にスパルダさんが見えるが、気のせいだと思っておこう。背景、背景。


「なんか、スパルダさんこちらを見てるんですが」


 アルが俺の耳元でささやいた。

 ベクトラやリンは位置的に見えないので配慮したのだろう。


「しっ。気がつかないふりをしてろ」


「でも、時々体が震えたりして怖いんですが。近づいたり、遠ざかったりしてますし。何がしたいのでしょう」


 わからないが、ヤブをつついて蛇を出すつもりはない。

 沈黙は金なりだ。


「主殿?他にもいい店を知っておるのか?」


「いや、他はどうだろうな。噂程度なら知っているが、行ってみたことはないな」


「ふむ。左様か……。主殿、もし行かれるなら拙者も」


「ん、なんでだ?」


「主殿の護衛を」


 いや、自分が食べたいだけだろう。


「待って。パスタなら私も行くわ」


 リンは自分を隠さないな。

 そして、やっぱりパスタが好物なのか。


「おっと、私を忘れてもらっちゃ困りますね。アポロさんの忠臣アルの存在を」


 アルが何かに触発されたのか対抗してきた。


「ああ。アルのことは忘れない。俺達の心の中でいつまでも生きているから」


「死んでますよね、それ!殺さないで!」


「生きながらの苦痛が希望か」


「何その2択!?それしかないの!?」


「主殿、忠臣にそれはひどいのじゃ」


「おぉ、ベクトラさん!侍はやっぱり頼りになる!」


「一思いにスパッとやるのが慈悲」


「スパッと!?それどういう意味!?」


「アル殿の首をな」


「いや、そんな詳細聞きたくない!?殺すの賛成なの!

 助けて、アポロさん!」


 俺に助けを求めてきた。元の原因の俺に。それでいいのだろうか。

 確かにベクトラは冗談か本気かわからない時が多々ある。

 だが、それよりも……。


「なぁ、ベクトラ。主殿って言うのやめないか?」


 最初許可したが、後悔した。

 恥ずかしいのだ。

 この若さで、何もしていないのに主、主と呼ばれるのはむずっかゆい。


「な、なぜじゃ!?」


「あれです。照れ隠しです」


「なるほど!」


 え、納得するの?

 そして俺を置き去りに話題は進む。


「ベクトラさんは侍ですよね?」


「うむ。そうありたいと思っておる」


「武士とは違うのですか?」


「武士とはその身に武士の血を宿すもの。こちらの地方で言えば、貴族にあたる人物じゃ」


「なるほど特権階級ってやつですね。じゃあ侍は?」


「武士の中で戦闘を生業にしている人の総称じゃ。ただ、それも昔のこと。今では武士以外の人物でも侍と呼ぶ場合がある。なので、それにあやかって拙者も自分のことを侍と言っておるのじゃ」


「へぇ、戦闘技能があれば侍って言うのですね」


「いや、そういうわけではない」


「え、違うのですか?」


 アルは首をかしげる。

 主君云々の話を言い出せる雰囲気ではなくなった。

 何より、俺もベクトラの話に興味がある。

 ベクトラは紅茶を飲み、一息をつけた。


「武士の心を持っていれば、すなわちそれ侍じゃ」

 

「武士の心?」


「武士の道徳と言ってもいいのう。武家の血を持っていなければ武士と言っては駄目なのじゃが。意味するところは同じじゃ」


 ちょっとややこしいな。

 武士=侍と考えて問題はないみたいだ。ただ、血筋がどうこうというだけだ。現代日本で育った俺には血筋どうこうというのはあまりピンと来る話ではないが。


「武士には信念がある。

 義、誠、勇、仁、礼、信といった様々な精神を宿しているのじゃ。これを宿しているものは武士と言っても過言ではない。だから、その心を宿している人物は侍と呼ばれるのじゃ。武芸に強くなくても」


「武士道ってやつですね」


 なるほど。

 武士道の精神があるやつは武士なのか。

 けれど、血筋のことがあって武士と呼べないから侍と呼ぶようになっていったというわけか。



「おぉ、アル殿は博識じゃのう!」


 話が通じるのが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべるベクトラ。

 そして、ますます調子に乗るアル。


「まぁ、そうですね。これでも外国人からSAMURAI?NINJA?SUSHI?って聞かれたことありますからね!」


「おぉ!凄いのじゃ」


「にんじゃ?すし?なにそれ?」


 話についていけず、疑問符を浮かべるリン。


「気にするな。アルの言うことだぞ。俺にも意味がわからない」


「わかったわ」


 侍と忍者はまだわかるが、どこをどうすれば貴方は寿司?と聞かれるのだろうか。そして、お前は地球にいたのかと問い詰めたい。

 俺らを尻目にアルとベクトラはますます盛り上がる。 



「拙者はダークエルフじゃ。まかり間違っても武士になることは出来ない。だが心は武士でいたい。その思いを込めて、自分を律するために自分のことを侍と名乗っているのじゃ」


「そんな理由があったのですね……」


「私も初めて聞いたわ」


 ちょっと驚きだ。

 理由があったのか。


「その生き方がかっこいいと思ったのじゃ。憧れたのじゃ。憧れはいつしか夢へとなったのじゃ。だが生きてる限り、拙者は武士にはなれん。ダークエルフじゃ。侍と呼ばれることも難しいだろう。

 だけど、諦めきれないのじゃ。自己欺瞞かもしれんが、武士や侍のように生きてみたいのじゃ。だから侍と自称する。

 なぁ、主殿?拙者は変であろうか?」


 ゆっくりとした動作で顔をこちらに向ける。

 静かな声でベクトラは俺に聞いてた。

 いつもの泰然とした態度で、雑談の1コマのように聞いてきた。

 だが、目の奥に縋るような気持ちが見え隠れしている気がする。


 俺はベクトラになんと答えればいいのだろうか。

 当たり障りのない言葉なのか。

 そんなことはないとフォローをすればいいのか。


「そうだな…………」


 ふと視線を感じると、アルがこちらをじっと見ていた。

 その様子は、俺がなんて答えるのか心配になっているようだ。

 以心伝心。言わなくてもわかる。

 普段、場をかき乱し茶化すのに大事な所では邪魔をしない。


 目を閉じて、心に浮かんだ言葉を添削していく。取り繕った言葉を消し、俺が思ったことをベクトラに伝えなければならない。



「変だと思うぞ」


「あぁ……」


「え?」


 リンは意外だったのか驚きの声をあげ。

 ベクトラは親に見放された子供のように、それでいて幾分かの納得を宿した声を。

 アルは黙ったままだった。


「やっ……」


「変か変じゃないかを聞かれたら変だろう。だけど、何がおかしいんだ?」 


「なっ……」


 ベクトラが何かを言おうとしたのを遮り、言葉を継ぎ足す。

 俺はまだ言いたいことを言っていない。


「侍として生きる。いいんじゃないか。それの何がおかしいんだ?

 普通の生き方が正しいのか?

 普通の人とは変わった道かもしれない。変なのかもしれない。

 だが、その生き方に憧れたのだろ?なら、いいじゃないか。別に人に迷惑をかけるわけじゃない。自分の思うままに生きろ」


「主殿……しかし……」


「それにベクトラは変わり者って言われてたのだろ?

 今更変とか言われても気にするものなのか?」


 ベクトラは驚きで瞳孔が大きく開く。


「もしベクトラが変と言われて傷つくのならアルと一緒にいないほうがいいぞ。死にたくなる」


「え、まさかのオチ担当!?」


「そうね。私も最近そう思ってたわ」


「え?まさかの加勢!?リンさん本当にそう思ってそうだし!

 ちょっと傷ついたんですけど!?」


「アルに謝罪と賠償を求める」


「私のセリフですけど、それ!

 いいんですか?町の人を味方につけて戦いますよ、私!」


「そうなる前に殺す」


「ちょ!それルール違反!?言論とか法廷とかで戦いましょうよ!

 それに、今日殺す発言多くないですか!?

 もっと優しさを!」


「墓はちゃんと建てる」


「優しさが遅い!殺さないで!」


「クッ……ククッ」


 呆然としていたベクトラが、体を曲げ何かに耐えるように声をあげ体を震わす。


「ほら、ベクトラさんが怒ってます。謝罪するなら今ですよ」


 いや、笑いをこらえてるように見えるのだが。


「ククッ……確かにそうじゃのう。

 拙者もまだまだ修行が足りんようじゃ」


 体を元に伸ばし、ウンウンと一人で納得している。


「ど、どうしたんだ?」


 ベクトラはにっこりと笑って俺の問いに答える。

 その笑顔は台風一過の青空のように澄んでいた。


「なに。拙者は侍として生きる。そう決意しただけじゃ。今までと変わりなくな」


「良かったですね、ベクトラさん」


「うむ」


「これで後腐れなく、アポロさんを主殿と呼んでいいと許可が出ました」


 え、なんでだ?

 置き去りとなった話がいつの間にか復活していた。

 それも、許可した覚えがないのに。

 むしろ、やめてくれと頼んだよな。

 

「いつ俺が許可したんだ?」


「え、まさか拒否するのですか?ベクトラさんに侍として生きろと言っときながら、自分のことになると否定するのですか?うわー信じられねー」


 アル目を大きく開き、手を口元にあて信じられないという風に俺を見てくる。


「いや、それとこれとは……」


「侍として生きたいベクトラさんに協力するつもりはないと?

 侍として生きろ、ただし俺とは無関係でみたいな?

 ひどい。ひどいですよアポロさん!それが仲間にする態度なのですか!仲間の夢に協力する気はないのですか!」


「ぐっ………」


 反論が出来ない。

 理屈だけではなく、感情で攻めてくる。

 詐欺師を相手にしてる気分だ。


「いいのじゃ、アル殿。アポロ殿にその気がなければ仕方がない」


「ベクトラさん……」


 ベクトラは俯き肩を落とし、消沈する。

 そんなベクトラの肩に触れ、励ますように声をかけるアル。

 その際、チラチラと俺を見てくる。

 何この三文芝居。


「ぐっ、わかったよ」


「え?何が?何がわかったの、アポロさん?」


 うざい。ベクトラを慰めてた態度はどこにいったのやら。満面の笑みで聞いてくる。


「うぜぇぇ」


「ねぇ、教えてくださいよー、アポロさーん」


「ベクトラが俺を主殿と呼ぶことを認めるよ!」


「おぉ!本当か!いいんじゃな!」


 ベクトラはガバっと顔をあげ、確認を取ってくる。

 答えはひとつ。


「はい、いいです……」


「良かったですね、ベクトラさん」


「うむ。ありがとう、アル殿」


「いえいえ……」 


 今日は厄日なのかもしれない。

 クエストはないわ、せっかくの食事はサラダメインだわ、最後に主殿と呼ぶことを認めさせられた。以後、変更できないだろう。

 だが、それで終わりではなかった。


 さて、店を出ようかと席を立つ直前、いつの間にかテーブルに近づいたスパルダさんが大声をあげたのだ。


「た、助けてください!」






 こうして、アルと俺プレゼンツによる『迷える羊』再建計画が始まったのだ。

 異世界に来て、レストランを立て直すとは思ってもみなかった。

更新が遅くなって申し訳ございません。1月もまだ忙しそうですが、2月になればきっと(希望的観測かもしれませんが……というより2月もこの忙しさなら体にガタがきそう……)

色々とミスが多い作者ですが、それでも読んでくれる読者の方に感謝を。

それではよいお年を。


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