リンとアポロ
「聞きたいことがあるの」
思い詰めたように言うリンに俺は椅子に座って話をしようと提案した。
込み入った話になりそうなのと、考えをまとめる時間が欲しいと事情も合った。
リンは俺の提案に対して、コクンと頷いた。
ふぅ、と小さい溜息をついて俺は椅子に座った。
体面には表情を固くしたリン。
聞きたいとことがあるか……。
その言葉は想定していた。リンに秘密にしてることは沢山ある。
いつか来るかもと思っていた。しかし、こんなに早くとは思わなかった。異世界に来て知らないことばかりだ。俺のことを不審に思っても仕方がない。俺はどう応えるのがベストなのだろうか。誠実に話すのか、その場しのぎの嘘を言えば良いのか。
わからない。
唇は乾き、しらずごくりと唾を飲み込む。
「じゃあ、私はアポロさんの中へ戻りますね」
唐突にアルはそう言った。
こちらの返事を待たずにアルは俺の体に直進する。当たると思った瞬間、すり抜けるかのようにスーッと俺の体の中へ入っていった。
「アル、そんなコト出来るのね」
「ああ……」
俺もびっくりだ。
そんなことができるのか……。
俺とリンは呆然とする。良いか悪いかを別にして、空気が変化してしまった。
空気を変えるため、ゴホンと咳をしてリンの方へと向き直す。
リンもまっすぐこちらを見ていた。翠色の瞳が輝いて見える。まるで、光に満ち溢れた森のようだ。見ていたら、その瞳に吸い込まれるような錯覚を覚える。
「……聞きたいことってなんだ?」
リンに聞いてみた。
踏み込んでみたはいいが、心がざわめいて落ち着かない。
対応が思いつかないからだ。
まだ先だと楽観視して、覚悟をしていなかった。自分の甘さが嫌になる。
それでも、聞かなければいけない。
リンの言葉を待つ。
「……ええ。私のこと助けてくれたじゃない?」
しばらく、待った後リンは口を開いた。
その質問は想定の範囲外だ。確かに助けた。宝物庫を漁った後で、だが。リンは一体何を聞きたいんだろうか。人命救助を後回しにした理由か。
偶然だ。左右の道を偶々進んだら宝物庫に進んでしまった……ってこの言い訳は駄目だ。宝物庫があるってわかって進んでいたからのだから。どうしよう、何も言い訳が思いつかない。
混乱が混乱を呼び、あらゆる言葉が脳内で攪拌される。
何を言えばいいのかわからなくなっていく。それでも何か言わなければ。
「ああ。偶然の偶然による偶然のための出来事でな。まさかリンが居るなんて……」
出てきた言葉はそれだった。
自分でも何を言ってるのかわからない。
「なんでそんな偶然を強調するのよ。嫌なの、私を助けたこと?」
探るような声色で上目遣いに問いかける。
テーブル上でリンの手はかすかに震えていた。
その姿を見て、自分を取り戻す。混乱している場合ではない。大きく息を吸って吐き、自分を抑える。
「冗談だ。すまない。俺はリンを助けることが出来たのを嬉しく思う。勇気を出して、盗賊に立ち向かってリンを助けたことを誇りに思っている」
「……ありがと」
ぼそっとリンはお礼の言葉を述べた。
直球の言葉が恥ずかしかったのか、頬が薄っすらと色づいている。
「で、助けたことがどうかしたのだ?」
「あぁ、うん。それでギルドカードの再発行のお金だしてくれたじゃない。税金や道具にも、そして装備まで。凄いお金かかってるわよね。アルに聞いたら、所持金の大部分を私のために使ったって言ってて……」
言葉が後半になるほど、声は小さく元気がなくなっていく。
リンは聞きたいのだろう。
何で、何で……。
「嬉しいけど。嬉しいけど……なんでそこまでしてくれるの?」
リンの立場になって考えてみる。
囚われになった見ず知らずのエルフを助けたどころか、その後の生活にも援助を惜しまない。
裕福な人物かと思えば、冒険者生活を始めようとしているルーキー。右も左もわからない生活で、どうなるかもわからない未来。せっかくあるお金を他人に使うなんて馬鹿な行いと言っても良い。
もし、女性に使うというのなら恋か欲を満たすためだろう。だが、俺にその素振りがない。
リンが不思議に思うのも仕方がない。
でもな……
「なんで……か。なんでだろうな。俺にもよくわからないんだ」
リンの真剣な表情でまっすぐこちらを見ていた。非難しているわけではないのに、後ろめたく感じる。
恐らく続く言葉が俺の口から出るのを待っているのだろう。
なぜ助けたのか。その場しのぎの言葉では駄目だ。リンはそのような言葉を求めていない。仮に言ったとしても見破ってしまうだろう。
考える。
リンの言うとおり、そもそも、何でリンをそこまで助けたのか。最初のギルドカードでお金を貸すだけで十分だったのではないか。それなのに、自分は所持金のほとんどを投げ出してリンに貸し与えた。貸し与えたというが、実際、リンが返すことをあまり頓着していなかった。ほとんど差し上げたようなものだ。貸すというのは名目みたいなものだった。
ならば、なぜリンにお金を貸したのか……。
ならば、なぜリンにお金を無償であげなかったのか……。
考える。
深く考えるうちに、己の世界に埋没していった。
発端はリンの問いかけであったが、もはやリンに答えるというよりも、自分に対しての答えを見つけ出そうとした。
瞳にはもはやリンが映っていなかった。
ただ景色の存在としてリンが映っていた。
「……そうだな。助けたのは善意だ。可哀想だと思ったんだ。無力な自分が嫌だったから、助けたかったんだ。俺のわがままだ。危険があっても、やりたかったんだ……」
内情が吐露される。堰を切ったように思いが、考えが、言葉に出る。
止められない。言い訳を忘れ、言わなくていいこと、言ってはいけないことが次々と言葉に変化されていく。
「……え?」
リンが声を出しても俺には届かない。
自己の世界に埋没している俺はまるで深海に沈んでいるようだ。暗くて冷たい世界にブクブクと音を立てながら沈んでいく。
それでも、意志とは反して口は止まらない。
考えが音となって口から出る。
「ギルドカードのお金を出したのは恩を売るため。生きる知識が不足してたから、助けてほしかったんだ。恩で縛るのは最低だと思う。だけど、怖かったんだ。
現実は空虚だ。俺たちは薄氷の上に立っているようなものだ。この世界を生き抜くために覚悟は決めた。だけど、縋りたかったのかもしれない。否定してほしかったかもしれない」
「ど、どういう……?」
「この世界は未知のものだ。思惑があり、俺達は道化だ。手のひらで踊ることしかできないのかもしれない。だけど、これは現実なんだ。だから俺は、俺は……」
考えが止まる。
口が止まる。
俺は……。
俺は。
「俺は単に……仲間が欲しかっただけかもしれないなぁ」
そう言って、結論づけた。
そうだ。そうなんだ。
お金をどんどんと貸したのは自分から離れさせないため。お金を貸してる間は安心できる。その間に関係を強め、アピールするのだ。仲間になってもらうため。その行動は無意識だったかもしれない。だが、今わかった。俺は本心からリンに仲間になってほしいと思っている。
ふと前を見ると、何故かリンがいる。
何故リンが居るのかというは、後になって考えれば当たり前のことだっただが、自分の世界に入ってたためその時は忘れていたのだ。
リンが目の前にいる偶然に俺は感謝して呼びかける。
「リン」
リンを真っ直ぐに見る。
彼女は何かを伺うようにこちらを見ている。その顔は真剣で何かの決意が見て取れた。
何故彼女が俺にそんな態度なのかはわからない。
関係ない。頼むだけだ。この思いを言葉にのせる。自分にできるのはそれしかないんだ。
「お金を返してもらった後も、俺はリンに仲間になってほしいんだ。俺には目的がある。助けてほしいんだ。手助けしてほしいんだ。何が起こるかわからないし、秘密にしてることもあるけど……だけど……」
我が儘な要求だ。
だけど、言いたい。
言いたいのだ。
「頼む。俺の仲間になってくれないか」
頭を下げ、リンに頼み込む。
沈黙が辺りを支配する。
待つしか選択肢は残されていない。頭を下げた状態でリンの言葉を待った。
「…………」
だが、待っている間に冷静になっていった。自分が何を言ったのかを思い出していった。なんか、言っちゃいけないことやおかしなことを言った気がする。頬が熱くなるのを感じる。
俺何を喋った?
リンが居るのも当たり前じゃないか。相談の最中だったよ。えぇぇぇ、我を忘れるほど考えに没頭してたのか、俺は。
熱が足から顔までマグマのように駆け巡る。多分、今の俺は熟れた林檎より朱くなっていると思う。
リンが返事をするまで時間は一分もかからなかっただろう、だが永遠ともとれる羞恥の時間だった。
リンが口を開いた。
「……いいわよ!ただし、条件があるわ!」
頭をあげると、なぜかリンの顔も赤くなっていた。椅子から立ち上がり、腰に手をあてていた。
「条件?」
「ええ、私がお金を返した後、もう一回誘うこと。それまでは仮ってことで!いい!?」
なんか凄い勢いでせまってくる。顔が近づき、息が顔にあたる。リンの顔が目の前にある。普段気にしていない部分まで見えてくる。睫毛長いですね、リンさん。
リンの迫力に押され、頷くしか選択肢が無かった。
「ならいいわ!では、明日も早いから寝るわ。おやすみなさい」
そう早口で言って、リンは自分の部屋に戻っていこうとした。
「ちょっと待ってくれ」
リンを呼び止める。
リンはビクッとしながら立ち止まる。
「そのまま止まってくれ」
リンは部屋へ戻ろうとしたところなので、扉に背を向けた状態だ。後頭部で縛った髪が静かに揺れている。
リンに近づき、彼女の髪の毛を触った。手に取ると金色の髪はさらさらとしていた。まるで光が透けそうだ。リンはビクッとしながらこちらを信じて止まっている。
リンの信頼に感謝しながら、結んである赤いリボンを解く。赤いリボンは傷が多くあり、使い込まれていた。俺は懐から黒いリボンを出し、リンの髪へと結ぶ。露店で見た時、リンに似合うと思ったのだ。
俺は結び終えると、頷いて出来栄えを自画自賛する。リンは自分の頭を触りながら俺が何をしたのか理解する。リンが振り向く。
「うん。赤いリボンも似合うが、黒も似合うな。リンの髪は金色で綺麗だから、黒がよく映える。良かったら使ってくれ」
赤いリボンを渡しながら、リンに笑って言った。
「……あ、ありがと」
リンは走って、自分の部屋に戻っていった。すごいスピードだった。
呆然としながら、それを見送る。
一人になって、物思いにふける。
そして、気がついた。
「リンが仲間になるかどうか。
以前と何も変わってないじゃないか、これ?」