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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「オオカミな彼〜」シリーズ

オオカミな彼の落とし方

作者: 此花タロウ

遊森 謡子さん企画・主催の春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品です。詳細は遊森 謡子さんの活動報告にて → http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/126804/blogkey/396763/

武器っちょ企画まとめサイトはこちら → http://shinabitalettuce.xxxxxxxx.jp/buki/


●短編であること

●ジャンルは『ファンタジー』

●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』

 



 ときは既に3月の末、真冬ほどではないにしても、夜となれば春の気配は未だ遠く感じられ、夜の空気は透明な水面のように冷たくも澄んでいた。

 終業後、社員通用口から一歩外へと踏み出した琴美は、その風の冷たさに思わずふるりと身体を震わせる。朝の陽光とここ数日のやや汗ばむほどのあたたかさに安心し、トレンチコートのライナーを外して来てしまった自分自身が恨めしい。ウールのコートを着るには微妙な温度、かといってライナーなしではこの肌寒さには十分だとは言い難い。季節の変わり目の気温の気まぐれと、その気分屋なまでの移ろいやすさに25歳の今になっても振り回されてる自分がなんだかおかしい。


 いくつになっても、何度季節が廻ってきてもそれに振り回されてしまう自分が単純なのか、それとも誰でもそういうものなのか。きっちりコートの前を留めて駅への道を歩きながらもそんなことを今更ながら自問する。自問であって、自答できないあたりが空しい気もするが。

 だが、そんなどうでもよい疑問も、身を竦ませる夜風の冷たささえも、たまたま見上げた夜空の向こう、どこぞの彼方へ吹き飛んだ。見上げた空には明るいふたつの星に挟まれて、見事に縦に並んだ月ひとつ。やけに明るい綺麗な姿に見惚れてしまう。

 冷たい夜には星が綺麗。夜の色には光が映える。ただ、それだけで気分が一気に上向いた。


 これだけでご機嫌よろしく、冷たい夜の空気すらも歓迎してしまう自分はやはり、単純なのだろう。自ずと出た解に気をよくする。そして、そんな自分も嫌いじゃない。そんなことを思うあたり、やっぱり単純で呑気すぎるくらいに呑気だろうと思わず笑いが込み上げる。

 そして今夜はよい気分。……たまには麦酒(ビール)片手に、月を相手に、星を肴に一人酒といきますか。

 琴美は背を伸ばし、月を背中に足取り軽く駅への道を辿り始めた。



 *  *  *



 静かな夜の住宅街には小さな音さえよく響く。暗い夜道に明るい電灯が眩しいように、静けさと沈黙の中ではビニール袋のカサつく微かな音さえも、やたらと響いて大きく聞こえてしまうから不思議だ。


「ちょっと買いすぎたかな~」


 琴美は右手にはコンビニで買ったビールの袋、左手には食材の入ったエコバッグをぶら下げて自分の部屋へと帰ってきた。普段ならば発泡酒(これでも十分美味しい)を買うところだが、今夜はビールを買ってみたりと少し豪華だ。夕飯は最近ハマっている比内地鶏の出汁で野菜たっぷりの鶏鍋にして、シメは乾燥海苔と卵で雑炊にしようかな、そんなことを考えながらエレベータを降りたところで、金色の大型犬と目があった。


「お帰り、コトミ。今夜は面白い月の夜だな」


 ……訂正しよう。正確には琴美の部屋の玄関ドア前に、忠犬ハチ公よろしく座りこんだ大男。ついでに言うならば今宵の月のような金髪に、夏の夜空のような青い瞳というおまけつき。つまり、絵にかいたような美男(イケメン)だ。だが、その服装が少し変。いつもながら言ってることが変。そもそも人んちの前に座り込んでること自体怪しいからやめろ、通報されても知らないぞ、と毎回毎回、何度言えば分かるのか。

 眉間に皺を寄せる琴美に、されど金髪碧眼男はこどものように唇を尖らせる。


「……だってさ、コトミがいつ帰ってくるか分からないんだもん~」

「だからってねぇ……。てか、いい大人がそんな図体で"~もん"とか言うな!」


 とりあえずこれ以上近所迷惑にならぬよう、男の大きな背中を急き立て、部屋の中に押しこめる。そうしながらも今日は擦り傷をこしらえていないことに安堵している自分に琴美は気が付く。男は何の仕事をしているのか、酷いときには泥だらけで綺麗な顔に掻き傷まで作っていることもあり、以来琴美は部屋に救急セットを常備している。

 男は嬉しそうにいそいそと部屋の中に上り込み「あれ? 今日はちょっと散らかってる?」などと部屋干しにしていた下着にニヤニヤと視線を向けては、首筋まで真っ赤にした琴美から腹に(こぶし)を一発、渾身の力でいれられた。

 ちなみに琴美は空手の有段者で、高校時代は全国経験者であることをここに付け加えておこう。


「――で、カイリさん? こんな遅くに人んちの前で待ち伏せするとは何事ですか?」


 さっさと下着を見えないところに片付けて、琴美はちょっぴり涙目になっている男に胡乱な眼差しを向けた。だがカイリと呼ばれた男はそれだけで嬉しそうに顔を輝かせた。


「コトミに会いにきたに決まってるだろ? こういうとき、こっち(・・・)の世界だとえ~っと『…来ちゃった♪』って言えばいいんだっけ?」

「……それ、使い方間違ってるから」


 琴美はにべもなくばっさり切り捨てた。いつもながらに彼の言動はとんちんかんだ。いくらガイジンさんと言えどもこれだけ流暢な日本語で、なのにわけの分からぬことばかりを捲し立てられれば……がっくり項垂れたくもなる。


「案ずるな、俺はちゃんと勉強してきたぞ? え~っとなになに……『"来ちゃった"はエンキョリレン・アイアーイに苦しむコイジンドーシの伝統的合い言葉にして、驚きサプライズなイベントであり云々』」

「…………」

「えぇっとつまり、だな。『逢えない時間が愛を育てるのさベイベー♪ 突然現れたチミにミーのハートはラブミーテンダー・ナニイッテンダー』……?」

「…………」

「――あああああ、もう何でもいい! とりあえず、三日ぶりのコトミだ~!!」


 妙ちきりんなアンチョコを片手にわけのわからぬ台詞を読み上げ(しかも棒読み)、挙句の果てに当然のようにぎゅうぎゅうと琴美を抱き締めては髪に顔を埋めてくる大型犬、もといカイリという名の男。ふんふんと、犬のように匂いを嗅がれ、擦り擦りと頬ずりをされるのは毎度のこととはいえ、される側としては堪らない。僅かに残る、髭の剃り跡が地味に痛い。


 そして、琴美はそんな態度には慣れたもの。にっこり笑顔で拳を突きだし、今度はきっちり床に沈めてみせた。顔は殴るな、やるなら腹を。これが基本ですからネ。いくら立派な体格および割れた腹筋の持ち主だといえど、油断したところにばっちり琴美の会心の一撃がキマったらしい。

 床で悶える男を見下ろしていると、自業自得といえど、元がお人よしの琴美のこと。じわじわと罪悪感が湧きあがり、ちょっぴり可哀そうになってきてしまう。さすがにやりすぎたか、と髪と頬を撫ででやれば、それでも嬉しそうに目を細めて擦り寄ってくるあたり――大きな身体の成人男子ながらも何だかかわいい気がしないでもない。


「――ビールと鶏鍋」


 髪から指を離して一言、琴美がつぶやく。離れた指に残念そうな、縋るような目線を向けられるが、こちらもこちらで実はやわらかな髪の感触が名残惜しい、というのは彼には内緒だ。


「食べるでしょ? 」


 立ち上がりながら問いかければ、嬉しそうに素直な頷きが返ってくる。これではまるきり懐く犬ではないか。

 大きな身体を小さくして、少しでも行儀よくして琴美に褒めてもらおうと居住まいを正すカイリの姿はどこかいじましくも映り――主人(あるじ)に仕えるけなげなわんこのように見えてしまう。

 そして実は琴美は犬が嫌いじゃない――正確に言えば大好きだということも、これまた彼には内緒だ。



 * * 



 琴美とカイリの関係は"友達"かというと何だか違うし、かといって"恋人"というのもどこか違う。広義で言えば"友人以上恋人未満"の曖昧模糊にしていつ何時とどちらかに傾きかねない、微妙なバランスを保っている。

 二人の出会いはある雨の夜のことで、琴美が手に持っていた食べかけの豚まんと傘と突然現れた変質者達による、その他もろもろのいざこざの結果、琴美がずぶ濡れになった挙句に熱を出したカイリをやむなく一週間、部屋で看病したということからこの奇妙な関係が始まった。

 そしてすっかり琴美に懐いたカイリが以後ちょくちょく現れ、琴美もついつい面倒を見てしまう。もちろん、琴美とて誰でもほいほい一人暮らしの家にあげているわけではない。つまり、それぐらいいつの間にかカイリは琴美にとって身近で信頼できる存在になっていて、でもそれと同時に背景がまったくの謎の人物であった。着ているものも上等そうだし、律儀に食費を置いていくあたり、無職ではなさそうだが――彼について説明せよ、と言われるとかなり困る。



 ――つまり、(カイリ)は変だ。というか、かなり変わっている。


 小さなテーブルの前に大きな身体を押し込むようにちんまりと座り、はふはふと美味そうに取り皿によそうそばから鶏鍋を平らげる男を見つめながら、琴美は乾いた笑いを口の端に浮かべた。さらさらの金髪が電灯の下できらきらと輝き、綺麗な青い瞳なぞ、まるで物語の王子様のようだ。


 だが、その背景が琴美の部屋だというのは……シュールすぎていただけない。"物語の王子様"ならば彼のように「コトミの作ったこのツケモノってやつ、美味いな。今度来たときも食べたいな~」とパリパリと音を立てて漬物を食べたり、「俺とコトミは"フジュンイセーコーユー"というのを図っているのか? あれ、"イブンカコミュニケーション"だったかな?」などと、トンデモ発言をしれっとしてはいけないのだ。

 そして、出会った頃のカイリはいかにもガイジンらしく箸が使えなかった。だがもともと覚えがよいほうなのか、あっという間に使い方を覚え、今は器用にこうして漬物なんかつまんでる。

 もっとも、窓から入ってきた蠅を箸でぱしりと掴んでみせたときは、ものを食べるための道具で二度とそんなことはするな、と拳固を喰らわせたわけだが。


 だが、今もこうしてその旺盛な食欲に呆れながらも、美味そうに食べる姿に思わず頬が緩んでしまう。その見た目を裏切る残念な中身も、今となれば微笑ましくもかわいく思えてしまうあたり、もしかして琴美はかなりの重傷なのかもしれない。餌付けする側、される側。ただそれだけの関係なのかもしれないというのに情が移るとは、どれだけ自分はお人よしなのかとむしろ笑えてしまう。

 彼については何ひとつ、まともなことは何も知らないというのに。


 そこで、ご飯のおかわりをよそってあげながら聞いてみる。


「……カイリってさ、結局何人なの? いつも何処から来るの?」

「ん?……そうだな。琴美から見れば俺は界人(カイジン)で、黒狼山(こくろうさん)の主だ。いつもは"扉"を開けて来る」

「…………」


 どうだ、とばかりにドヤ顔をされては……これ以上を聞く気すら失せてしまう。"俺はガイジンで住むところはご苦労さんです"ってか……。いくら彼の日本語に怪しい点が数多くあり、世事にも疎いと言えど意味が分からない。そして毎度の如くこんな調子だから、いつも琴美の中ではクエスチョンマークが渦巻くばかりだ。そもそも、扉を開けてと言われても漠然すぎて分からない。それとも何か、実は超のつくセレブで家の玄関は自動ドア、もしくはお付の人が開けてくれるから自分でドアを開けるのは滅多にないとか?


「その、カイリはドアを開けることって滅多にないの?」


 食後のお茶を啜りながら、浮かんだ疑問をそのまま口にしてみた。あちち、と渡された湯呑の熱さを持て余していたカイリだが、琴美の質問の意味を捉えかねたのか、きょとん、と目を丸くして僅かに首を傾げる。一拍の後、あぁ、とばかりににっこり笑顔を向けてきた。


「まぁ、普通は自主的に"扉"を開けることはあまりないな。開けられる人間も限られている。かなりの集中力を必要とするし、"力"を使うことにもなる。そして"こちら"に潜む輩の中には開いた瞬間を狙ってくる奴もいるからな」

「……はぁ?」


 訳の分からぬことをまくし立てるカイリに琴美は眉をしかめる。だが、そんな琴美の様子をどう勘違いしたのか、慌ててカイリがさらなる言葉を重ねてきた。


「あ、でも琴美に会えるなら別。全然別だからな! こんなことは苦でも何でもないからその点は安心してほしい。むしろ毎日こっちに来たいくらいなのを我慢してるくらいだから!」

「……とりあえず、カイリの家のドアが重いのと、近所に変質者が出るのは分かったから。……だから毎日来るのは遠慮して。あと、何かあったら速やかに警察に電話すること」


 お姉さんよろしく指を振ってみせる。そして彼のために今度、防犯ブザーを買っておいてやろう、と心の中のメモ帳に書き留めておく。だが、カイリはにこにこご機嫌顔だ。


「コトミのご飯、今日も美味かった。毎日食べたいなぁ」

「それはどうも。作る分には構わないんだけど、さすがに毎日これだと米が足りないかなぁ……」


 綺麗に空になったおひつを恨めしげに眺める。……あぁ、明日の朝とお弁当の分まで炊いたはずなのになぁ~、と心の中でぼやきつつ。毎度の如く二合炊きの炊飯器を空にする男というのはなかなかどうして厄介だ。買い置きの米もすぐなくなる。いつもお米屋さんでその場で精米して貰っていたが、今度から配達にして貰うことにしよう。少し割高になるが、5キログラムの米袋を抱えて歩く身になってみろ。あと、少し大きめの炊飯器、もしくは米用の土鍋を買うことも検討しなくてはいけないな。思い切って前々から欲しかった伊賀焼の米用土鍋でも買ってしまおうか、などとぼんやりと考えているうちに琴美はいつの間にかカイリの言葉を聞き逃していた。


「――-で、いいかな?」

「はい?」


 いつの間にテーブルのこちら側にきたのか、大きな身体を低くしてこちらを正面から窺うカイリと目と目が合う。その先程とは打って変わった、真剣そうな眼差しに、ただそれだけで背筋が震えた。……聞き返したつもりの『はい』だったのに、何を勘違いしたのか、いつにない真面目な顔つきが一気に破顔した。


「!!…コトミ…。ありがとう、嬉しい」


 ――そんなに嬉しそうな顔をされては何も言えなくなってしまう。「で、何て言ったの?」だなんて今さら聞けるはずもない。いつの間に取られたのか、左手の掌から指先にかけてを指でなぞられ、愛撫するようにくすぐられる。急速に二人を包みはじめたこれまでにない濃密な空気にくらくらと酔いそうだ。

 たった一缶のビールで酔ったのか、今夜の不思議な月と星に酔ったのか――それとも目の前の月色の髪の男の浮かべた蒼い星に酔わされたのか。


 ふたりの間に満ちてきた慣れない空気に琴美は戸惑う。だが、不快じゃない。どちらかといえば――怖かった。目の前のカイリが今はいつもの従順なわんこではなく、飢えた狼のような目で琴美を見つめるその色がこわかった。私は食べ物じゃありませんよ、そんな風にお茶を濁してしまいたくなるくらいに。


「炊飯器を空にしたくせにまだ足りないの?」


 その凝視の下の居たたまれなさにへらりと笑い、そう軽口で流そうとする琴美の口調さえもどこか(から)めいて弱々しい。だが男は目線だけでそれを黙らせる。室内に落ちた沈黙の後ろで、TVの中の騒々しいバラエティ番組が、やけに空しく響いて聞こえた。

 俯く琴美の前に跪き、左手に口づけるはすこぶるつきのいい男。やけに世間しらずでとんちんかんなことばかり言うガイジンで、素直なくせに妙に頑固で空気を読まないくせにするりと懐の中に入ってくる。でもいい奴でかわいい(やつ)だ。それは間違いない。そう思いながらもなぞられる指先がやけに熱くて。


「――約束する。ここに誓おう」


 そう言ったところで指を口に含まれぎょっとする。やけに尖った犬歯がぐっ、と肌に喰いこみ、痕になったのが目に映る。ぐるりとついた痕がまるで指輪のようだ。満足そうにそれを眺める男の視線が琴美の癪に障る。


「ちょっと、何するの! あ、明日も仕事なのに――んっ!」


 だが、それも今度はやわらかくて熱いものに黙らされた。






 そして、その晩を最後にカイリが琴美の前から消えた。

 細かった月がふとりはじめ、やがて下弦の月になり、また上弦の月へとゆっくりと衣を変えていく。それとともに季節は既にコートを脱ぎ捨て、薄手の上着すらも暑く感じる頃になっていた。指につけられた噛み痕も、首筋に残された唇の名残さえもすでに消え、部屋には無駄に余った米の袋と琴美一人が食べる分には大きすぎるくらいの米用土鍋がぽつんと空しくあるだけで。


 一人の食事は空しい。

 気がつけば、いつもカイリが琴美の帰りを待っていたように今度はカイリの訪れを待っている琴美がいた。月を見上げてかたむける、一人のビールも美味しくない。今も胸に浮かぶはあの月色の髪と青くきらめく星だというにもかかわらず、どこかに隠れて見上げることすらかなわない。ほろりとこぼれる雫がひとつ。濡れた瞼の向こう側には、懐かしい(カイリ)の面影が浮かんでいた。


 日ごと元気がなくなる琴美を周囲が気づかう。お人よしで食べることが大好きで、元気のよさが取り柄の琴美にはらしくない、そう言われてしまうとカイリの不在がもたらす痛みと自分自身の想いの深さを改めて自覚する。それがつらい。



「最近何かあった?」


 終業後、同期の木庭 鳥子に連れ出されたカフェ・ダイニングで注文もそこそこに、単刀直入に問い詰められた。琴美は最初にでてきたサラダをもそもそと、かたちばかりにつつきながらも目を伏せる。この店は琴美のお気に入りの店で、擦り下ろした玉ねぎとビネガーの効いた特製サラダは琴美の好物だというのに、それすらも今はどうでもいい。そして、鳥子には何と言えばよいのやら、それすらも分からない。


「わんこがね」

「ん?」

「わんこがいなくなったの」


 伏し目がちにぼんやりとサラダを見つめる琴美を鳥子が見つめる。


「犬? なに、琴美って犬飼ってたっけ。警察には届けた? もしかして誰かが拾ってくれてるかもよ」

「違うの。飼ってたわけじゃなくて……前は3日とおかずに来ていたのに来ないの、この一ヶ月」


 そこでぴんときたのか、鳥子の頬が僅かに歪む。目にさっ、と怒りの火が点った。


「本来の飼い主のところにでも帰ったんじゃないの? どうせそんなとこよ。そんな犬コロのことで琴美が気に病む必要なんかない!」

「……いつもどこかしら怪我ばかりしてるの。だから、またどこかで怪我をして、お腹を空かせてなければいいんだけど」


 そうぼんやりと言う琴美に鳥子は何かを言いかけたが、ぐっと堪えた様子で押し黙った。





 結局琴美はその晩は一滴も飲むこともなく、最寄駅から家への帰路についた。日中は汗ばむ陽気になりつつあるが、春の夜の空気はやわらかくも肌には心地よい。そして、見上げる空には今夜も綺麗な月ひとつ。

 だが、琴美の足取りは重く、明るい春の夜にそぐわぬほどに心は沈んでいた。――もうあの月色の髪も、星のような青い瞳を見ることもないかもしれない。どこか、そんな諦めにも似た気持ちが胸に浮かびそうになる中、それでもあの夜の飢えたように琴美を見つめた眼差しが未だに胸の奥底で消えることがない。

 そんなことを考えながらぼんやりと歩いているうちに、だんだんと怒りにも似た感情さえもが沸々と湧いてきた。だいたいカイリは勝手だと。勝手に懐いて、押しかけて、挙句の果てに何も言わずに消えてしまった。携帯すら知らなかった彼のこと、連絡を取る手段さえあるはずもなく。


 ぷんすかと歩いているうちにいつの間にか曲がるべき角を間違えたらしい。いつもは避けて通るはずの公園通りの前に来てしまい、琴美ははたと歩を止めた。この辺りはうす暗くて、何だか嫌な気がふんぷんとするため、琴美はなるべく夜は通らないようにしている。

 だが、今さら引き返すのもことだし通り抜けてしまえとばかりに再び歩みを進めたところで、上から響いた唸り声に引き止められた。


 は、と見上げれば空に浮いた黒づくめの男が一人。そして、その顔は――顔、と言うよりも頭と言うべきか――人間のそれでさえなかった。

 透明がかった黄色い目が爛々炯々と酷薄そうに光り、尖った鼻先の下でかっと開かれた口の端からぞろりと並ぶ鋭い牙。身体は人間の成人男子のそれなのに、顔だけはまるで狐か狼のようだ。そしてそのいかにも獰猛で狡猾そうな眼が何も言わずとも語っている。

 ――琴美が餌だと。


 あっという間だった。

 叫ぶ暇も、抵抗する間もないほどに公園の中へ連れ込まれ、両脚の上から腹へと圧し掛かられた。獣の唸り声が耳元近くに轟き、ハァハァと荒い、獣特有の呼吸音と相まってそれが酷く気持ちが悪い。左右に頭をふって視界を探せば、肩口を押さえつけるように(おさ)えてくる男の手、というよりも獣の前足からはずらり、と黒く尖った爪が並んでいるのが見えた。身を捩ればその僅かな動きだけでブラウスの肩の部分がすぱり、と紙のように裂けたことからも、その爪の鋭さが窺われ、恐怖した。


 腕を上げることはおろか、琴美は上げるべき声すらも上げることができなかった。男の力が人間離れした力だった、というのもある。そしてその獣じみた太い腕で喉を抑えられていた、というのもある。

 だが、それ以前に何もできない。その衝撃に、こみあげる恐怖心に喉からはひゅーひゅーという呼吸音が漏れるばかりで、叫ぶどころか、声らしき声すらも琴美は上げることができなかった。痴漢や危険人物に遭ったら即、大声を上げればいいのに何も抵抗できない女が悪い、そんなことを(さか)しげに言う奴もいたが、そんなら自分が遭ってみろ。


「女――」


 獣の顔から発せられた声は獣のそれではなく――人間の、しかも恐らく琴美と同年代と思われる若い男の声であった。どこか情欲や渇望にも似たものを滲ませた、黄色い瞳が琴美を見下ろす。その色はどこか、いつかのカイリの瞳を思い出させる色で――そして似て非なる、全く違うものだ。湧き上がる恐怖に、男の口の端から琴美の剥き出しの肩口に垂れた男の涎の冷たさに――琴美は身震いをした。

 そして、男が恐怖に震える琴美の様子に、獣の顔ながらもいかにも残忍そうな微笑みを浮かべたことが琴美には分かった。この男は楽しんでいる。琴美の怯える様を、恐怖心さえも。そうとなると湧き起こった怒りが恐怖心に打ち勝った。何とか抵抗すべく、必死に身を捩る。喉を振り絞り声を上げるべく、言うことをきかない自分の身体を自分で必死に叱咤する。


「このバカ、アホ、変態! 変質者の色情狂!! どけ、どいてよ、このキツネ野郎!! っさわんないで――!!」


 だが、琴美の怒りすらも男にとっては堪らない愉悦のようだ。薄く口の端を上げ、切れ上がった口内に並ぶ牙を見せつける。


「何、焦るな。我の住処でたっぷり可愛がってやろう。ここでは邪魔が入るでな。だが――そう抵抗されては堪らなくそそられるではないか。大人しく身を任せる女よりも少しばかり気の強い女の方が我はむしろ好ましいぞ? よいよい……では、味見だけでもしてやろうか」


 舌なめずりをしながら男は嬉々として琴美の両腕を地面へと押さえつけ、肩口へと獣の頭を埋めてくる。いつの間に浮かんだのか、涙が琴美の頬を伝い、首筋までもを冷たく濡らす。心に浮かぶ顔はただひとつ。唇がその名を形づくり、ただひたすらその名を叫び、呼んだ。


「やだやだ! カイリ、カイリ―――!!」


 その瞬間、目に見えない何かで弾かれたかのように、男は「ギャ!」という悲鳴を上げながら琴美の上からはるか向こうまで飛び退った。まるで強烈な異臭に襲われたかとでも言うかのように、突き出した狐の鼻を両手で押さえ、見れば涙まで目の端に浮かべている。


「な! な、な、な……!! 女、お前は……!!」


 だが、その言葉も最後までは続けられることはなかった。

 まるで、舞い降りた鷲が獲物をその鉤爪で仕留めるかのように、大きな影がはるか上空から狐顔の男へ襲いかかった。どうっという音とともに影は男を地面へとなぎ倒し、その鋭い爪が胸元を引き裂く。荒ぶる獣の咆哮の響きがあたりの空気を震わせ、紅い鮮血が飛び散った。

 ざぁっと強く吹き込んだ風に生臭い血と泥の匂いがのり、それが周囲の空気を重く、一瞬のうちに澱ませた。


 琴美は涙に濡れた瞳をしばたいた。咄嗟に身体を起こそうとするが、力が抜けて思うように起き上がることすらかなわない。だが、地面にうつ伏せになりながらもどうにか上半身だけでも起こすべく必死の力を振り絞り、眼前に、琴美を守るように立ち塞がった影を目を瞠りながら――見つめた。

 月明かりに照らされたそれは――黄金色(きんいろ)に輝く、見たこともないほど大きな狼だった。


「貴様!」


 狐顔の男が胸元を押さえながらよろよろと立ちあがった。かっと見開かれた黄色い目が烈しい怒りと屈辱にも似た羞恥の色に染まっている。牙の隙間から涎と一緒に血がこぼれている様からも、黄金色の狼の一撃がもたらしたダメージの深さをそれとわからせる。

 油断していたとはいえ、胸に一撃を受けるなぞ――狐顔の男にはけして、けしてありえはしないことだ。そう、あるはずがなかった! 

 男はこれまで狩りを楽しんできたし、獲物を貪ること、その恐怖に染まった色すらも啜り、得難い美味として味わい――生来の残酷な本能がもたらすものとして享受してきた。

 だが、誰かに土をつけられ、退けられる屈辱なぞけして、けして味わったことはなかった。


 ――この女の持つ匂いに! そしてこの狼に!


 男の顔が、獣の顔ながらもそれと分かる屈辱の色に染まった。女の持つ匂いこそ、まさにこの狼から漂う殺人的なまでに凶悪な匂いだと即座に理解する。獣人族の男はそのつがいに比類なき愛を注ぎ、己が発情の匂いと所有の印を擦りつける"名づけ"(マーキング)という行為を行う。

 そして、その匂いが強ければ強いほど―その男の力が強いということを示すのであり、強い(オス)の匂いは弱い雄を退け、その匂いをつけた雄が強ければ強いほど、より弱い存在の雄にとっては耐えがたい痛みを伴う毒の凶器となるのだ―――。


 つまり、この狼の匂いの前に狐顔の男が本能で負けたという事実。――それの示す意味は明確で、これまで常に捕食者の立場に甘んじてきた男には耐えがたく屈辱的だった。


「認めん! 認めんぞぉおおお!!」


 吠え声を上げながら狐顔の男は完全に獣化した。がぁっと牙を剥き出し、猛然と狼に襲いかかる。だが、狼は琴美にちらり、と視線をそわせたかと思えば、一声細く、長い吠え声を上げた。最初は細く、小さかった声がやがて空気を震わし、音なき声が木々すらも揺るがすほどの風を起こす。舞い起こる風がやがて束となり、くるりと狐に巻きついた。ぎゃん、と鳴く狐の呪詛の叫びも口を封じられては甲斐もない。見えない枷に捕らわれた狐が地面に転がった。口は封じられど、その獰猛な眼差しが狼を、その後ろに座り込んだ琴美へと憎々しげに注がれる。だがそれも一瞬のことで。これまで一言も喋らなかった狼が遠吠えに似た怒りの叫び声を上げた。


「コトミに汚い目をむけんじゃねぇ!」


 怒りに燃えた狼の前足の一撃で、狐はあっさりとその瞳を閉じた。




 今、起きたことが信じられない。琴美は今、目の前で起きた出来事にただ茫然と座り込んでいた。狼の遠吠えで何か、白く光るものが狐を包んだかと思えば、一瞬のうちにその姿はどこかへと掻き消えた。ただ、目の前に残るのは再び戻った夜の静寂と――月明かりに黄金色(きんいろ)に輝く狼のみ。そして――その狼の瞳は琴美のよく見知った青だった。


 震えながらも服の前を掻き合わせる琴美のそばに、狼がきゅぅ~んと悲しげに鳴きながらおずおずと近づいてきた。腕に顔を擦り寄せ、肩に立てられた狐の傷痕に舌を這わす。抵抗しながら身を捩ったときに狐に裂かれたのだろう、裂けたブラウスの下の白い肌に赤い筋が走る様が生々しくも痛々しい。琴美は先ほどの恐怖に再度ふるり、と身を捩らせた。傷口を舐める狼の瞳に怒りの炎が渦巻く。


「ねぇ、カイリ? カイリ……だよね…?」


 おずおずと呼びかけた琴美の問いかけにびくり、と狼が身を震わせた。傷口を舐めるのをやめ、その青い瞳がそっと琴美を見上げる。少し怯えたような、どこか戸惑った透明な青い瞳に半泣き笑いの琴美の表情が映りこむ。琴美はその少し硬い毛並に掌を沿わせ、微笑んだ。瞳に涙が盛り上がる。今度は先ほどとは違う涙だ。安心と、喜びと、そしてこれは――…。


「カイリ…カイリ…来てくれてありがとう。助けてくれてありがとう。大好きだよ、カイリ――」


 琴美は泣きじゃくりながらぎゅっと黄金色の狼を抱き締めた。目を閉じて硬い毛並に頬ずりをし、そのあたたかな体温に寄りそう。狼はしばらく黙したまま、琴美にされるがままにしていた。きゅーん、と鳴きながらその涙を舐めとり、擦り寄る様も思えばいつものカイリのようで。琴美がにっこりと微笑んで狼の大きな胸元によりそうと、黙したままだった狼がいつものカイリの声で、カイリの言葉を琴美にくれた。


「コトミ……すぐ来てやれなくてごめんな? 怪我させちゃってごめん。あと、こんな姿でびっくりしただろ? 俺、俺……どうしてもこれだけは琴美に言えなくてさ」

「ううん、いいの。カイリは私を守ってくれたもの。それよりもずっとうちに来なかったのって…この姿だから?」

「あーいや、その。俺はいつでも人型になれるんだけどさ、その、このところ仕事に追われててさ」

「仕事って? そういえばカイリの仕事ってちゃんと聞いたことがなかったね。前、何だかけっこう重労働とか言ってた気がするけど?」


 さっきまでの反動なのか、いつになく琴美は甘えたな気持ちになっていた。いつもは根ほり葉ほり聞くのも躊躇われて、聞けなかったことも今夜なら聞ける気がする。

 いつまでもこんなところに狼姿のカイリといるわけにはいかないので、とりあえず琴美の家に帰ることにした。狼姿のカイリと並んで歩くのも、彼がその姿のままで琴美の目には見えない誰かに今回の狐の件について報告している様を見るのも何だか妙だ。

 そのせいか、家に着くなり、今までの反動もあってカイリを質問攻めにしてしまった。


「えっと、なんつーかな。俺の仕事はさっきみたいな奴が"扉"の向こうからこっちに来るのを捕まえたりとか、かな」

「"扉"って……?」


 結局、カイリの言葉を琴美なりに色々と咀嚼した結果、やっぱりカイリはこの世界の人間ではなくて"扉"を媒介として来ているということをおぼろげながらも琴美は理解した。そして"黒狼族"という獣人の一族であり、さきほどの狐顔の男のようにこちらの世界に紛れ込んで悪事をはたらく輩を捕えることも生業としているらしい。

 それでようやくこちらの世事に疎いことも、たまに琴美との会話がとんちんかんにかみ合わないことも分かった。そしてこの姿を言いたくなかったという理由にさえも呆れる。


「だってさ、こっちの世界の女の子って……毛深い男がキライなんだろ?」



 カイリはグチグチとこぼす。この一ヶ月、こちらが春になったせいか、やたらとこちらの世界で暴れる"ハグレ獣人"の数が多く、カイリはあっちの世界とこっちの世界を何度も行き来しなくてはならずにヘトヘトになるわ、夜通しの格闘でボロボロになるわ、上司にこき使われ、後輩の不始末の後始末に追われ――と、散々な一ヶ月だったらしい。

 なるほど、だから春になると変質者が増えると言われるのもそのせいか、と変なところで納得する。


「おかげでぜんっぜんコトミに会いにこれないし! 俺、コトミ禁断症で死ぬかと思った」


 狼の姿のまま、ぶすっとした表情でぼやく姿も何だかかわいい。そして、こうして仕事の愚痴をこぼすカイリも新鮮で――琴美はくすくす笑いが漏れるのを止められなかった。先ほどまであれほど怖い思いをしたと言うのに――カイリが来てくれた、しかも狼姿というオマケつきというそのせいか、いつの間にか何処かに吹っ飛んでしまった。こういうのをショック療法、というのだろうか?


 琴美は再び眦に浮かんだ涙を拭うこともなく、もう一度カイリの胸元に擦り寄った。人間の姿ではまず恥ずかしくてできないことでも、狼の姿ならあっさりとできてしまうから不思議だ。その心音と、あたたかな体温にほっとする。あぁ、カイリだ。この腕はカイリの腕。姿が変わっていても、人間じゃなかったとしてもやっぱりカイリで――って腕!?

 ぎょっとした琴美は閉じた瞼を押し上げた。気が付けばいつもの人間型のカイリの膝の上、しかもは・裸の胸に頬をつけていた。かちん、と固まる琴美をよそに、狼の姿から人の姿(二度言うが裸)に戻ったカイリは、満足げに琴美を抱き寄せ、その頬に自身の頬を擦りつけた。


「いや―――!! 服、服着てよ! この変態!!」


 そして、慌てふためいた琴美の拳が無防備な裸の鳩尾に喰いこんだのも自業自得のことで。

 ついでに述べておくならば、狐顔の男が琴美の匂いを嗅いだ瞬間、飛び退った理由を知りたがる琴美に"名づけ"(マーキング)についてドヤ顔で説明した結果、真っ赤な顔をした琴美にさらにもう一発、腹に喰らって脂汗を浮かべながら膝をつくはめになったことも自業自得の一例として記しておこう。





 曖昧だった二人の関係もあの事件を契機にお互いについて腹蔵なく話すことができたせいか、"恋人"という形に落ち着いた。カイリは一生懸命自身について琴美に語り、琴美も色々とカイリに質問をすることでさらなる歩みよりを進めているところだ。もっとも、カイリは目下のところ、琴美を甘やかすことに余念がない、といったところだが。

 そして後日、琴美の家にやってきたカイリに琴美は前々から気になっていたことを聞いてみた。ここのところの騒ぎでうやむやにしていたが、そういえば、と思い出したのだ。


「あのねカイリ、ひとつ謝りたいことがあるんだけど」

「んぁ? なに、コトミ?」


 座ったままの姿勢で、腕の中に抱き込んだ琴美の頬を撫でながら、屈託のない無邪気な笑顔をカイリは返してくる。ようやく季節も夏となり、琴美に言わせるところの"春の変態獣人族キャンペーン"も終わったところでここのところ、毎晩のようにカイリは琴美の家に来ている。大きめの米用土鍋もその役目を果たせて満足そうだ。


「例の狐男の事件の前、カイリがうちに来たときのこと、覚えてる?」

「……覚えてるけど」


 何を思い出したのか、ぽっとカイリの頬が赤く色づいた。


「あのとき、私に何か聞いたよね? で、『ありがとう、嬉しい』とか言ってたけど……ごめん、実は私、あのときカイリが何言ってたか聞いてなかったの」

「え!? えええええええ――っ!?」


 今度は琴美がびっくりする番だ。衝撃の表情を浮かべて赤くなったり青くなるカイリの表情に……失礼ながら驚いた。そして、それと同時に、あのとき一体何を言ったのかむずむずと聞きたくなってしまう。

 だが、カイリはがんとして口を割らない。「恥ずかしくて当分言えないよ~~っ」というのが彼の弁だ。そうと言われれば余計に知りたくなる。言わせたくなる。

 そこで、琴美はまだ使ったことがない、とっておきの武器を使うことにした。琴美だけが使える、カイリのため、カイリ専用にある武器。その威力を証明するならば今こそ機会(チャンス)! むしろ今を逃していつ使おう?


 琴美はカイリの膝の上で身体を反転させて彼に向き直り、その厚い胸元に掌をそえて身体を起こした。それからちょっぴり上目使いで青い瞳を見上げてみせる。するとカイリの頬が赤くそまったことに琴美は内心にんまりと気をよくした。さらに武器の威力を高めるべく、今度は頬に手を添えて、もう一度、上目使いととっておきの微笑を唇に浮かべて彼の名を呼んでみる。


「ね、教えて。カ・イ・リ?」

「~~~~~~!!! 駄目だ、我慢できない!!」

「あ、ちょ、カイリってば! んぅっ!」



 結果、琴美の目的の意図としては失敗したようだが、以後の二人を見てもこの武器はカイリにとってはいつでも、何度でも有効なことが証明されたようだ。




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[一言] こんにちは、遊森です! このたびは武器っちょ企画にご参加頂き、ありがとうございました♪ 今か今かと待っておりましたよ~じっくり取り組んでいただいて嬉しいです。 そして、待ってて良かったクハァ…
[一言] 読ませていただきました。 文体が面白かったです。時折七五調、五七調が顔を出すんですよね。意識されておられるのか不明ですけど。もし無意識でしたら、意識されて使われるともっと調子よく読めるかな…
[良い点] こんにちは! いやぁん、もふもふ、かわいかったですー! (ヒーローをかわいいと表現していいのかどうか……すみません。  でもかわいい!) あぁ、私も玄関前で忠犬ハチ公に「オカエリナサイ」し…
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