挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。

公募落選作

幸せな走馬灯

 白昼。アパートの一室。
 鉢合わせた空き巣はもうこの場を去った。
 卓也は床に倒れ、体の下には大量の血が流れている。
 ――俺は死ぬ。俺を刺した空き巣の男とは面識もない。このままでは俺の死は迷宮入り。なぜ俺がこんな目に。奴が憎い。意識のあるうちに何とかして少しでも手がかりを残したい――
 卓也は痛みに耐え、怒りに震えながら、血に濡れた人差し指を床に押しつけた。
 男の容姿を思い浮かべ、特徴を記そうとする。しかし、別の情景が頭の中を支配していく。
 ――中学生時代の卓也は、勉強は出来なかったが、体を動かすことは得意で、女子からも人気があった。クラスでも人気のあったマドンナ的な存在の女子から告白された。「これ読んで」と伏し目がちに手紙を渡された。去っていく彼女。数日後には二人で並んで下校した。夕暮れの公園。初めてのキス――
 記憶が断片的に蘇る。これが走馬灯か。死を目前にして幸福感が少し湧き上がる。夢を見ているような気分の中、不思議と指だけは動きつづける。
 ――高校時代。剣道大会の決勝。相手の面をかわしつつ、胴に鋭い一撃。審判を見るまでもなく勝利は確信できた。歓声が上がる――
 よみがえる情景は鮮明だが、現実ではもう視界はかすみ、自分の姿勢さえ認識することができない。しかし、指は文字を書き続ける。このメッセージだけは残さねばならない。固い意志が卓也の中に存在していた。
 ――社内恋愛は禁じ手であった。業務中に秘密のサインを送り合う。秘め事は後ろめたさよりもスリルを感じさせる。そして暗い部屋でお互いの秘密を開放し合った――
 卓也は指を動かしながら微笑んだ。思い起こされるのは幸せな記憶ばかり。いい人生だった。怒りや痛みはどこかへ消え去ってしまった。

 数か月前。
 ――その男は卓也にパンフレットを見せた。『走馬灯試聴予約のハピネス・ランホース』と書かれている。
 男は言う。
「走馬灯というのをご存知でしょうか」
「ええ、知ってます。人が死ぬ時に見るものでしょう」
「そうです。我々はその走馬灯の試聴予約を可能にしました。死ぬ前にいやな事ばかり思い出すのもいやでしょう。我々のサービスにご登録いただければ、走馬灯は幸せな記憶ばかりになり、安らかに向こうに逝くことができます。最先端のサービスでございますから、お値段の方は少々お高く感じるかもしれません。しかし無料で行うことも可能ですよ。ただしその場合は広告が入りますが」
 卓也はパンフレットを読んだ。確かに高い。
 死ぬ間際の一瞬に、かけられる金額ではない――

 最後の文字を書き、血のメッセージは完成。卓也は満足げな表情で事切れた。
 ――走馬灯試聴予約は是非『ハピネス・ランホース』へ――

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項をご確認ください。

名前:

▼良い点
▼気になる点
▼一言
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ