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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第一章 冒険者の憂鬱
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第三話 飛び立つ蝶と誘われた蛾

 食事を終えて宿に戻る。


 既に陽は落ち、部屋の中は真っ暗だ。


 腰に結んであるランタンの紐をとき、中にある光魔石を起動して部屋の中央においた。隅々までとは行かないが、それなりな光量が部屋を照らし出していく。


 将来性か、そんなこと考えたことはなかったな。


 昼間のマルシアの言葉が頭をよぎる。


 目標を失ってからはだらだらと冒険者を続けているだけだった。


「確かに金だけはたまったけどな」


 部屋のベッドに腰掛け、財布代わりの皮袋をとりだした。そしてジャラジャラと重そうな音をたてる皮袋を開き、その中身をベッドの上へとぶちまけた。


 金、銀、銅。それぞれの硬貨が顔を出す。久々に中身を数えてみるとしよう。


 金貨115枚、銀貨47枚、銅貨20枚。これがこの10年間で貯まった俺の財産だった。正確には装備品や道具類を含めればもうちょっと行くだろう。しかし、それらをすべて貨幣に変えたら冒険者引退まったなしになる。


 一般人から見たら一財産といえる。これだけあれば例え引退したとしても小さな家を買い、畑でも耕しながら悠々自適な生活が出来るだろう。しかし、嫁さんでももらって子供ができたとしたらこの程度では足りないと思う。悲しいことに嫁さん候補なんていないけどな。


 どすっと俺はベッドに身を投げだし、慣れ親しんだ天井を見上げた。


 この宿【安眠亭】を拠点にしてからもうずいぶんと経つ。食事もそれなりに旨いし、雰囲気も悪くない。いい宿だ。この街にいる限りここを利用することになるだろう。


 選択肢として、小さな家を買うというのはアリだ。この街にずっと住むなら家を買ったほうが節約になるだろう。


 取り敢えず嫁さんを見つけるのを目標にでもするか?


 嫁さんといえば、女性だ。そこまで考えて……ふと、最近遊びに行ってなかったことを思い出した。時間もちょうどいいし、夜の街に繰り出すとしようか。


 俺は勢い良くベッドから飛び上がり、ランタンを腰に巻き付け、財布の皮袋をつかんでは宿を飛び出した。



 

 歓楽街は陽が沈んでからが本番だ。


 光魔石をふんだんに使い、まるでそこだけ昼間の如く光り輝いている。


 娯楽を求める人々は、宛ら誘蛾灯に導かれる蛾のように、ふらふらとこの世界に足を踏み入れる。


 酔っ払い同士の小競り合いは日常茶飯事。これを楽しめなければここに来る資格はないだろう。周りにいる人間たちはどちらが勝つか賭け合い、応援という名で煽りあう。


 こんな世界にも一定の秩序はある。この場を仕切るのは『裏』と呼ばれるギルド。所属してる者達は皆訳ありだが上納金を納めてさえいれば大概のことは見逃してくれる。だが、度を越しては駄目だ。この世界が維持出来る範囲を超えたものは粛清されるだろう。


 しかし、基本的に騙される方が悪いのだ。俺もかなり煮え湯を飲まされたが、今ではそれは勉強代だったと思っている。


 ここに持ち込んでいいのはお金のみ、表の名声もしがらみも罪も全部置いてくればいい。面倒なことを忘れるにはとてもいい場所だ。


「どうしたの?」


 窓から下の歓楽街を眺めている俺に隣の女性が声をかけてきた。


 ここは歓楽街の中央にある娼館【胡蝶の夢】の最上階。眼下に広がる夜の歓楽街は一見の価値がある。

 彼女の名はミリア。俺がよく利用する娼婦だ。人間族だが、精霊族に負けず劣らずの美人で【胡蝶の夢】の中でもトップクラスの人気を誇る。


 ミリアの歳は俺と殆ど変わらない。この街に来た年月も同様に。お互い、この世界の酸いも甘いも噛み締めてきた仲だ。


「なんでもないさ」


 俺はミリアの髪をいじる。綺麗な赤いストレート。サラサラとした手触りは上質な絹のようだ。


「こうして買われるのも久々よね」


 ミリアは俺の肩にしなだれかかる。甘い香りが鼻をくすぐる。


「そりゃお前が大人気だから捕まらないんだよ」


 街でも一、二を争う娼館の人気娼婦だ。お金があるだけでは難しい。今日会えたのはたまたまキャンセルが出ていたからだった。


「やっぱり貴方といるのが一番落ち着くわ」


「同じようなことを皆に言ってるんじゃないのか」


「ふふ、私はお客様に気持よく帰ってもらえるように努めているのよ」


「答えになってないな」


「ねえ、なにか呑む?」


 ミリアは立ち上がると部屋の端に並んでいる酒瓶の中から、蜂蜜酒を手にとった。


「それじゃ蜂蜜酒で」


「わざわざ私に合わせなくてもいいのに」


「お前と呑むならそれがいいのさ」


「あら格好の良いお言葉。惚れちゃいそうだわ」


 そう言うと逆に惚れてしまいそうな笑顔を向けられてしまった。


「惚れた弱みでタダにしてくれるなら大歓迎だ」


「ふふ、こんな場所でケチったら男が下がるわよ」


「そいつは勘弁願うな」


 ミリアが持ってきた蜂蜜酒を受け取る。酒としては甘ったるいが、こういう雰囲気で呑むにはまた格別だ。


 しばらくゆったりとした時間が流れる。外の喧騒も最上階にはあまり届かない。


「そういえば貴方の初めての相手は私だったわよね」


 ぶっ!


 思わず酒を吹き出してしまった。勿体無い。それを見てミリアは笑っていた。


「いきなり何を言い出すかと思えば……それはお互い様というものだろ」


 俺が初めて買ったのはミリア。そしてミリアも初めての仕事だった。後になって知ったが、初物買いは相場の倍以上する。どうやら俺を連れてきたバルドルが気を利かせたんだと。後で散々酒のネタにされたが。


「まあいいじゃない。この前バルドルさんに最後の挨拶をされて思い出したのよ」


「お前にも声をかけて行ったのか、意外と律儀な奴だな」


「貴方がどう見てるかは知らないけど、バルドルさんはうちの娘達に大人気なんだから下手なこと言うと怒られるわよ」


「それは初耳だ。羨ましいじゃないか」


 あの熊さんと娘達を想像してみると親と子というイメージしか出てこないのは黙っておこう。一応あれでも二十代だし。


「貴方の評判も悪く無いわよ。誰か貰って上げたらどう?」


「後先考えないのは俺の柄じゃないな」


「ふふ、らしいわね。じゃあ私を買って、と言っても同じ答えかしら?」


「……」


「冗談よ。貴方の重荷にはなりたくない」


「……そうか」


 不意にミリアが口を塞いできた。そしてゆっくりと時間をかけ離れる。


「ありがとう」


 何故か礼を言われる。そしてそのままミリアは俺を抱きしめ、耳元でささやいた。


「私はね、もう売れてしまったの」


 俺は再び、沈黙するしか無かった。


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