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遅咲き冒険者(エクスプローラー)  作者: 安登 恵一
第一章 冒険者の憂鬱
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第十二話 楽しい食事と久しぶりの成長

 黒い騎士が戦場を駆ける。


 それに呼応するようにパワーエイプもまた、大地を蹴った。


 二つの影が重なり、そしてまた離れる。


 騎士の手にはその大きな身体を全て隠す程に大きな盾。先程から繰り出されるパワーエイプの拳を受けてもヘコみ一つない。


 再び、一人と一匹が交差する。


 まるで息のあったパートナー同士のように、幾度と無く繰り返される戦いの舞いを見て――俺はため息をついた。


 相棒の片手半剣を抜く。そして未だに続く舞踊を止めるべく、舞台へと踊り出た。


「ほんとに防御しか出来ないんだな」


「……はい、攻撃しようとするとどうしても上手く動かせなくて」


 シルヴィアは兜を脱ぐと汗を拭った。黒騎士の腕が兜を持ち上げ、首の部分から更に生身の手が出てくるのはなんだかシュールである。


「まあ出来ないものは仕方ない。」 


 どうにもシルヴィアには攻撃センスというものが皆無のようだ。性格からしてそこら辺に期待するのも可哀想か。


「まあその分防御の練習はきっちりするぞ」


「はい!」


 俺達は更なる練習相手を探すため、古の森を歩き出した。





 ジャラジャラと冒険者ギルドの受付嬢が目の前の貨幣を数えている。


 俺はそれを固唾を飲んで見守っていた。


「お疲れ様でした。これで返済完了となります」


 待ちに待った言葉を聞いて。


「いよっしゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 と俺が叫んでしまったのは仕方のない事である。


 借金返済完了!


 ようやく自由の身になれた俺のテンションはとどまることを知らない。


 周りの人達も何事かと注目している。


 今夜は呑もう。乾杯だ。


「そこに居られますと業務に支障をきたします」


 夜の予定を考えてニヤニヤしている俺に受付のお姉さんの冷たい視線が突き刺さる。


 気がつけば黒い騎士ことシルヴィアが遠くに離れていた。薄情者め。


 鎧の操作に慣れたシルヴィアは安心して前衛を任せられるようになり、金貨10枚はあっという間に貯まってしまった。


 盾役が出来たことで、わざわざ生体活性(ブースト)しなくてもレベル4の魔物を狩れる様になったお陰である。


 レベル4ランクの魔物を日に7、8体倒すだけで金貨1枚半の稼ぎだ。レベルが一つ上がるだけでこの金銭効率。レベル3の魔物相手に頑張っていたあの頃が悲しく思えてきてしまった。


 それとシルヴィアを鎧に隠したことにより、俺の噂もかなり薄れてきた。まさに計算通り――だったのだが、今度はシルヴィアが別の意味で有名になってしまう。


 突如現れた、レベル4の魔物を次々と屠る謎の黒騎士の噂。いや、かっこいいね。実際魔物倒してるのは俺なんだけど。


 鎧のお陰でシルヴィアも必要以上に人に怯えることもなくなったのは良い副産物だ。生身だと相変わらず保護対象なのは仕方ないとしても。


 巷では謎の黒騎士は冒険者と言われているがそんなことはない。シルヴィアは冒険者登録はしていない。と言うよりは出来ない。まあ、奴隷だから仕方ないことで、名目上、俺の装備品扱いだ。


 さて、借金もなくなったところで何をするべきか。


 今までの目標は借金返済だった。生体活性(ブースト)の詳細確認だったり、シルヴィアの装備を買うために散財したりとだいぶ脇道にそれてしまった感はあるが、取り敢えずの目標は達成することが出来た。


 となると次の目標は、という話になる。


 俺は自分の手の平を見つめる。


 一つ、疑問に思っていたことがあった。シルヴィアから説明を聞いた精霊契約による身体能力の上昇。いや正確には限界値の上昇。俺は本当に成長できているのだろうか?


「よし、やってみるか」


 思いっきり自分の手を握りしめ、気合を入れた。





 俺は再び古の森に立っている。


 最近は生体活性(ブースト)に頼りすぎていたので、自分自身の成長をいまいち感じ取れなかった。その為、出来る限り生体活性(ブースト)を使わない戦いをしてみることにする。


 相手はお馴染みのパワーエイプ。王都に来てから一ヶ月以上、よくよく考えたら長い付き合いになっているものだ。


 いざという時のためにシルヴィアに鎧から出て回復の準備をしてもらっている。鎧は別に装着していなくてもある程度近くなら動かせるので便利だ。いざとなれば盾にすればいいだろう。


 俺は片手半剣を抜いてパワーエイプと対峙する。圧倒的威圧感、流石はレベル4の魔物といったところか。


 パワーエイプは一声鳴くと風を巻いて襲いかかってきた。今までさんざん戦ってきたわけで、相手の強さはよく理解しているつもりだ。恐ろしいのはその馬鹿力。その他はレベル3より少し高い程度でしかない。俺は放たれる一撃一撃をしっかりと見て、躱していく。以前の俺だったら直撃はしないまでも、幾つかは避けきれなかっただろう。無事成長はしているようで安心する。


 成長を実感するのは本当に久々である。レベル3で限界だった時は二十歳前に理解してしまった。それからはもう惰性。貯まる金だけが一種の精神安定剤だった。ああ、あの頃の俺はなんて情けないんだろうか。


 目の前でちょこまかとされて苛立ったのか、パワーエイプがひときわ大きな咆哮を上げ、渾身の一撃を叩き込んできた。俺はそれに合わせて剣を滑らせる。カウンターとなった一撃はパワーエイプの首に滑り込んだ。一刀両断と言う訳には行かなかったが、それでも即死の一撃だ。


「まあ及第点かな」


 崩れ落ちるパワーエイプを見ながら俺は独り言ちた。


「流石ご主人様です。能力つかわなくても余裕ですね」


 きっと内心、心配していたのだろう、シルヴィアが安心した表情を浮かべた。後で撫でてやることにする。


「一体だけなら問題なく対応出来るようだ。まさか俺が余裕でレベル4ランクの魔物を倒せるようになるとは……なんだか感慨深いな」


 俺は空を仰いだ。なんだか空はいつもより明るく見えるような気がした。





 俺と黒騎士は魔石の精算の為に再びギルドまでやってきた。


 そこで同じように精算をしにきていたアルフとばったり出会う。


「あ、イグニス。調子はどうだい?」


 アルフが上げた手に合わせて手を上げ返す。


「おう、結構充実してるよ」


「それは何よりだね。あれ、そちらの黒い鎧の人はもしかして」


 アルフは俺の後ろの黒騎士に気づいた。と言うよりデカすぎで気づかないほうがおかしい。


 しかし困ったな、詳しい設定考えてなかったぞ。


「ああ、例の黒騎士様さ」


「イグニスの知り合いだったの?」


「えーと……まあそうなんだ、久々にあったからパーティ組んでてな。それとこいつ基本的に無口だからそこのところ宜しく頼む」


「そうなんだ。僕の名前はアルフ、レベル4パーティ『風の騎士団』のリーダーをやってます」


 黒騎士に向かってアルフは自己紹介をする。それに合わせて黒騎士も軽く頷く。


「えっと名前を伺っても?」


 そういってアルフは俺を見る。あーもうしょうがない、適当につけよう。


「……こいつはバルドルっていうんだ」


「バルドルさんですか、よろしくお願いします」


「ああ、よろしくしてやってくれ」


「あ、そうだ。メルもちゃんとお礼がしたいって言ってたし、今から時間あれば一緒に食事でもしないかい?」


 メル……確か風の魔術師のメルディアーナだったっけか。自己紹介してからすぐに倒れてしまったからあまり印象に残ってないな。


「そうだな。予定もないし、いいだろ。一旦シルヴィア迎えに宿に戻るが」


 鎧を置いておきたいからな。


「了解。【黄金の林檎亭】ってわかるかな? 僕達がよく利用してるところなんだけど」


「名前は聞いたことがあるな、大丈夫だ」


 俺は頷き、黒騎士を従えて宿へと足を向けた。





「イグニスさん、先日はありがとうございました」


 【黄金の林檎亭】にやってくるとメルディアーナはいきなり頭を下げて出迎えた。


「ちゃんと報酬も受け取ったんだ。そんなに畏まることもないさ」


 その言葉を聞いてメルディアーナは花の咲いたような笑顔でもう一度「ありがとうございます」と言って席についた。続いて俺とシルヴィアも席についた。


「あれ、バルドルさんは来てないの?」


「あいつはこういう場は苦手だからな、大体いつも一人で呑んだりしてる」


 実際のバルドルなら率先して着いてくるだろうけどな。


「へぇ、なんていうか孤高って感じがする。さすが黒騎士だね」


「ワシは噂の黒騎士ってやつを見てみたかったのだが、残念だ」


 酒を片手にヨンドが言う。さっきから酒を呑む手を止めることがないのは、さすがドワーフだけのことはある。酒に付き合うのはやめておこう。


「適当に頼んでいいかな? 何か好き嫌いある?」


「特に無いな、まかせた」


 冒険者で好き嫌いするような奴は殆ど居ない。まあ獣人族は種族によって食べられない物とかはあると聞くが。


「シルヴィアちゃんも大丈夫?」


「あ……はい」


「ちょっとアルフ、この子怯えちゃってるじゃない」


 シルヴィアの様子を見てメルディアーナが声を上げた。そう言えばあの時は意識が無かったから面識自体もないか。


「すまない、シルヴィアは誰にでもこんな感じなんだ」


 俺はシルヴィアの頭を撫でながらアルフのフォローをした。


「あ、そうだったのですか……すみません、知らずにお恥ずかしいところを」


「気にしないでくれ。それよりもこいつは近い年齢の女性と話す機会があまり無かったんだ、良かったら話し相手になってやってくれないか?」


「はい! よろこんで」


 シルヴィアがグッと服の端を掴んでくる。


「少し話してみろ。ダメだったら俺の側に戻ってこい」


 俺はシルヴィアに近づいて耳元で囁く。シルヴィアは若干戸惑った表情を浮かべるが、やがて頷いてメルディアーナの方へと向かっていった。


 オススメするだけあって《黄金の林檎亭》の料理はかなりのモノだ。特に店の名前にもなっている林檎のデザートはシルヴィアもえらく上機嫌で食べていた。


「そう言えばイグニスはこれからどうするの」


 食後に林檎酒を味わっているとアルフに声をかけられる。


「ん、どうするって何をだ?」


「借金は返せたみたいだし、王都に留まる理由もないでしょ」


「ああ、そうだな一旦テレシアに戻るかな」


「あれ、イグニスってテレシア出身だったの?」


「出身ではないが……冒険者になってからずっと世話になってる街だな」


「そっか。じゃあ一緒に行くかい?」


「お前たちもテレシアに行くのか?」


「いや目的地はもっと先のリスタンブルグさ」


 リスタンブルグはテレシアの更に南にある鉱山の町だ。


「ああ、向こうまで行くのか。武器でも新調するのか?」


「その通り。結構ガタが来てるからね、買い換えるなら折角だし、あっちまで足を伸ばしてみようかって話になってね」


「我らドワーフも鉱山には馴染みが深いしな!」


 今まで黙って呑んでいたヨンドが声を上げた。言うとおり、ドワーフは鍛冶と密接に関わり合いがある種族だ。普通の街に比べてリスタンブルグにはかなりのドワーフが住んでいるらしい。


「それじゃテレシアまで一緒にいくか」


「決まりだね!」


 今後の予定が決まると解散の流れとなった。


 アルフが皆をまとめる。ヨンドはずっと呑んでるし、シルヴィアとメルディアーナはなんだかんだで意気投合したのかずっと喋っている。……そういやシーズも居たな、一言も声聞いてないぞ。


 少ししてシルヴィアがメルディアーナに連れられて戻ってくる。


「シルヴィアの面倒みてもらってありがとうな」


「ひゃ、ひゃいっ!」


 俺が礼を言うと、なんだか顔を真っ赤にしてメルディアーナは若干後ずさった。


「……おい、メルディアーナに何を喋った」


 俺はシルヴィアを睨む。


「……ひみつです」


 シルヴィアはこっちを見ずに答えた。



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