第十一話 ヨロイとノロイ
「……う、動けません」
目の前の全身鎧が悲鳴を上げる。
まあ分かりきっていたけど。
俺は目の前の全身鎧から兜を外してやると、銀の髪がするりと流れ出た。
「流石にお前より軽くてもフルセットで50キロはあると無理――」
「わ、私はそんなに重くありません!」
言い終わるより前にシルヴィアに怒鳴られた。
「ちょっとした冗談だよ。お前は36キロだ、安心しろ」
「なんで知ってるんですか!?」
更に怒鳴られてしまった。
「持てばわかるだろ」
「普通わかりませんよ!」
「ほら、あまり騒ぐと迷惑だ。取り敢えず落ち着け」
俺はあたりを見回す。ここは武具屋だ。ただし「人気のない」とつく小さな武具屋だ。殆どの客はギルド近くの大きくて品揃えのいい武具屋に行く。
迷惑になるとは言ったが、他に客なんて居ないから大丈夫だろう。店主もカウンターで眠りこけているし、商売する気があるのだろうか。
何故こんなところに居るかというと理由は3つある。一つ目にシルヴィアが人が多いところがダメ。二つ目に人気がある店は高い。三つ目に今から買うものを知られたくない。
一つ目と二つ目は言わずも知れたもの。三つ目は何故かというと、俺が求めているのは全身を隠してしまう鎧だ。それをシルヴィアに装着することによって注目されなくなる上、パーティ組んでいても問題なく見えるようになるだろう。しかし中身がバレていては意味が無いので、人の少ないこのようなうらぶれた武具屋に足を運んだということだ。
だがその目論見もうまくいかない。
どう見てもこの華奢なエルフじゃ重量のある全身鎧は装備できない。半分は分かりきっていたことだが、もしかしたら精霊の力でなんとかなるかも知れないと期待していた部分もあった。
結果的にバレなければいい。しかし兜だけをかぶるというのも逆に目立つだろう。
なにかないかと辺りを探る。
「覆面や仮面にでもするか? いや、もっと目立つか」
「……せめて帽子とかにしてください」
しかし、銀髪と長耳を隠せても整った顔と透き通るような碧眼を見れば精霊族だと大体バレる。シルヴィアは銀髪以外はエルフと殆ど変わらないからだ。そうなると不本意だが有名な俺達の姿が浮かぶ可能性が高い。
「魔法銀とかで作られた軽い鎧があればいいんだけどな」
「……それは私より高いと思います」
魔法銀はかなり貴重な金属だ。魔力に対する抵抗もあり、鋼以上の強度を持つ。しかも凄く軽い。確か鉄の10分の1位だった筈だ。金貨100枚程度で買えるようなものではない。
たとえ安くあったとしても今度はサイズの問題が出てくる。
シルヴィアサイズの鎧は数が少ない。エルフの騎士はまったく居ないと言う訳ではないが体質的に後衛の方があっている。エルフの冒険者はその大半が魔術師か神官だろう。
しかしごちゃごちゃとした店内から探しものをするのは一苦労だ。ここの店主は整理という言葉を知らないのだろうか。
手当たり次第に品物を確認していると、端の一角の何やら怪しい場所が目に入る。
そこには『呪いの装備コーナー』と書かれている木の板があった。値段はどれでも金貨1枚。
呪い。一般的に祝福の反対の意味で使われる。祝福がメリットしか無いのに対して呪いはメリットもデメリットも存在する。ここで重要なのが呪いにはメリットも有るということだ。上手くデメリットを回避できれば祝福された装備と何も変わらなかったりもする。まあそんな簡単にデメリットは消せる呪いなんて無いのだけど。
俺はそこにある商品を見てみた。ちゃんと説明が書いてあるのが良心的だ。こういう心配りが出来るのに何故店はこんなに大惨事なのだろうか。
常に踊らないと居られなくなる代わりに類まれなる剣舞を扱える『狂舞剣』。装備者の魔力を勝手にどんどん吸い取るかわりに絶対に壊れない『吸魔の盾』。常に腹ペコになるが肉体が強化される『暴食の首飾り』。誰よりも早く走れる様になるが止まれない『疾駆の呪靴』などなど。
どれも微妙だ。だがひとつ気になるものがあった。
『生鎧』
なんて読めばいいんだ、これ。
その鎧はかなりの大きさだった。熊の獣人のバルドル辺りが装備出来そうな大きさである。しかも真っ黒い。まさに呪われていますと言わんばかり雰囲気を醸し出していた。
俺はその呪いの説明が気になった。
――装備者の生命力を吸い取って活動する生きてる鎧。鎧の姿を外れなければある程度その姿を変更できる。
これはまさにシルヴィア向けなのではないだろうか。無限の生命力を誇る彼女ならデメリットは何の問題もない。しかも形は変更できるときた。
「面白いものに目をつけたな」
いつの間にか背後に武具屋の主人が立っていた。あんた寝てたんじゃないのか。
「こんなにまとめて呪いの品を見るなんて初めてだったからな」
「こいつらは言うなれば趣味だな」
収集家か。つまりこの店は道楽ってことか、羨ましい限りだ。
「趣味なのに売り物なのか?」
「使える人間が居るなら売るぞ。まさか使おうとする奴が居るとは思わなかったがな」
わははと笑う店主。まあ好き好んで呪われた装備を求める奴はなかなか居ないわな。
「こいつ、生きてるって書いてあるが命令出来るのか?」
俺は『生鎧』を指差し問う。
「ああ、生命力を与えている奴に従順だぞ。まあ一週間くらいで装備者が死ぬけどな」
呪いは一度受けると簡単には解除できない。装備自体を外しても呪いは継続するからだ。解除するには教会にでも行って上級神官に浄化してもらうしか無い。お布施には金貨が必要だろうが。
「いざとなったら解呪すればいいか」
「金に余裕があるならこんなの買わなけりゃいいと思うが」
正論だ。
「他にめぼしい装備がなかったからしょうがない、実験がてらに買ってみようかと思ったのさ」
「好きにするといい、実際使ってみてダメなら半額で買い戻してやるよ」
俺は金貨1枚を主人に渡し、ここで装備する許可をもらう。主人はさっさと奥に引っ込んでしまった。どうやらシルヴィアが怯えてるのがわかったらしい。空気のような存在感だったが読むことにも長けているようだ。
「シルヴィア」
こそこそと様子を伺っていたシルヴィアを手招きして呼ぶ。
「こいつを装備してみろ」
「……これ呪われてますよね!?」
「呪いの効果を見てみろ。お前になら大丈夫だろう」
「……あ、これなら」
呪いの内容を確認してシルヴィアが頷いた。
「それじゃやってみろ」
「はい」
シルヴィアは鎧に手を当て「解除」と唱えた。
呪いは一度解呪されると封印状態になる。こうなると触れても大丈夫だ。ただし封印解除は誰にでも出来る。そして解除した者が次の呪い持ちになる。
ちなみに封印状態だと普通の装備と変わらない。元の質がいい呪い装備なら封印して使ってる冒険者も居る。
呪いのコーナーに有るのはどれも一般装備と変わらないレベルだ。わざわざ封印してまで使うレベルではないだろう。値段的に割に合わない。
ややあって鎧が動き始めた。どうやら呪いが発動したようだ。
「どうだ、大丈夫そうか?」
「……はい、問題無いです。命令もちゃんと聞いてくれます」
鎧は片膝をつき、シルヴィアの前に畏まった。その姿はまるで受勲を待つ騎士のようだ。
「形の変更も出来るみたいだが、どの程度いけそうだ?」
「外も中も自由に変えられます、大きさも私にピッタリに出来ますね」
その言葉を聞いて俺はふと考える。なんだかんだでエルフの騎士も数少ないし、目立つような気がしてきた。銀髪で小さなエルフの奴隷騎士。あれ、余計なもの追加してないか?
「大きさは変えずにシルヴィアが装備出来る様に改造できるか?」
なかなか無理なお願いをしてみる。
「えっと、ちょっと待って下さい。やってみます」
シルヴィアは鎧を一旦小さくすると、そのまま着込み、また大きさを戻した。
「こんな感じでしょうか? 胴体部分を大きめにとって私に合わせて変更しました。鎧の胸部に座るかたちになります」
言ってみるもんだ。ここまで万能でいいのか、呪いよ。
しかし大きな鎧からシルヴィアの小さな頭がちょこんと出ているのが怖い。
「兜も大丈夫そうか?」
「はい、問題無いです」
最後の兜を装着すると巨大な全身鎧の冒険者の誕生である。
この程度なら一緒に連れていても問題ないだろう。バルドルよりちょっと大きいくらいだし。
さあ、不名誉な噂からの脱却だ。




