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※直接的な表現は避けていますが、性的なものを示唆する表現やエピソードが全編にわたり出てくるためR15指定をしています。苦手な方はご注意ください。

※こちらは過去作品「幻影金魚」および続編の「青竹迷風」(個人ブログにて公開)の完全リメイク+続編になります。主人公2人が大人になるまでの続編を書こうとしたのですが、そこまで書くためには旧作のエピソードやストーリーを最初から練り直す必要が出てきてしまいました(特に恋愛部分の描写において)。
 前作は官能をテーマとしたものとしてまた切り口が違うため削除はしませんが、今回は恋愛をテーマとした新しい作品として最初から、ストーリーもいくらか変えて改稿します(前作にご感想等をくださった皆様には改めて感謝申し上げます)。
 よって元の作品を知らない方でも読んでいただける内容となります。逆に元の作品のエピソードと異なるところやそのまま使う部分もありますが、何卒ご了承ください。
 
第1章 再会
第1話 金魚が見える少女(前編)
 四年前。あさぎが十二歳の夏の日。あの日、事件の最中に彼女が見たものは、真っ赤な金魚が水槽の中から飛び立ち、彼女と「彼」の周りを覆い尽くす光景だった。
 それは酷く暑い、盆も近い真夏の昼の出来事だった。帰省中の祖母の家。古い畳の部屋は少々かび臭く部屋の中でも、むん、と熱された空気が肌に絡みつく。その家に二人きりであった少女と少年は無言で立ち尽くし、庭の鬱蒼とした竹薮は蝉の鳴き声を背景に何かを煽り立てるようにざわついていた。
 その出来事は身近な遊び相手であった年上の従兄に身体を触られた、というショックと共に、あさぎが幼いながらに自分は「女」であるという事実を突きつけられた瞬間だった。

 赤い金魚の幻影を見ながら。 

 ・・・・・・・・・・

 それから四年後、五月も終わりの日曜日の午後のこと――。
 高校一年生になったばかりの少女 あさぎは、二年前に亡くなった祖母の家の縁側で、黒いセーラー服のスカートから伸びる黒いハイソックスの足をぶらつかせていた。視線はその足先をつまらなそうに眺めている。
 斜め後ろにある部屋からは、先ほど行われた祖母の三回忌の法要の後、親戚たちが供養として酒の席を囲み、賑やかに話している声が聞こえてくる。酒も回ってきたのか、この家を今後どう処分するに始まり久々に集まった大人たちの話は盛り上がっているようで、子供のあさぎにはいつ終わるのか検討もつかない。
 冬用のセーラー服では五月の陽気な日差しは汗ばむほどで、それも手伝ってあさぎは少々苛々としてきた。
 ――暑いなあ、つまんないなあ、早く終わんないかなあ。
 あさぎはふてくされた顔をして、セミロングの黒い髪を指先に絡めながら幼い頃から遊んでいた庭を軽く睨む。

 そんな彼女の目の前を、ふわりたゆたうのは、赤い金魚。

 あさぎは金魚に詳しくない。だから見えている金魚の種類までは特定出来ない。ただ単に、実体を持たない小さな魚に似た赤い破片がひらひらと宙に浮いている幻覚が見えていた。
 それはあの忌々しい出来事から見えるようになった幻であり、その一年前に「彼」と夏祭りで掬った小さな金魚に何処か似ていた。そしてそれは時に、柔らかにねじれる花びらや血のようにすら見えることもある。無論手を伸ばしても触れることは出来ず、ぱっと散っていくだけだ。
 ――今日も見えるなあ……って、そりゃそうだよね。
 あさぎは庭の新緑と対比的な赤い影を見ながら、小さくため息をつく。この場所が「あの事件」の現場なのだから、今日は見えて当然だろう。
 四年前のあの出来事から、見えるようになったこの「金魚」。それはある決まった条件の時に現れた。一つ目は、あの事件を思い出した時。だから現場であるこの家に来るのはいつも嫌で仕方ないが、両親に過去の出来事を知られたくない一心であさぎは大人しく今日の法事に同行した。
 そしてあのことを思い出してしまう原因は、「場所」だけではなく――。
 その時、あさぎの眼の前でまるで波が立つように一斉にざわりっと金魚の数が増えた。同時に宴会の続いている部屋から障子を通して聞こえてきたのは、昔よりも随分と低くなった、あの声。
「遅れてすみません。今日、模試だったんで遅くなりましたが、手だけは合わせようと思って。母も担当の患者さんの具合が悪くなったようで、来られずに申し訳ない、伯父さんたちに伝えて欲しいと言っていました」
 あさぎが座っている場所からは少々距離があるため途切れ途切れにしか聞こえたが、そのような挨拶に対し、「清矢郎セイシロウもしっかりしてきたなー、さすが潔の息子だ」と酔っ払った伯父が機嫌よく笑う声が聞こえてくる。
 ――私にあんなことした人が、何、褒められてるのよ。
 久々に聞いたその声は、こんなに落ち着いていたかと思うほど堂々としたものであった。しかし「被害者」であるあさぎは「彼」のそんな成長ぶりにも、親戚の好感度が高いことにも苛々してしまう。
 そう、この声の主である、あの事件を起こした張本人――二つ年上の従兄の清矢郎、その人と会った時にもあさぎは金魚が見えてしまうのであった。
 今日は彼に会うかもしれない、と朝から緊張していたが、最初、彼の姿が見えなかったためほっとした。しかし生真面目な彼は、結局来てしまったらしい。
 小さな胸がぎゅっと押し潰されそうになる。そうは言っても、今日は家族がいるので何かされることは決してない。第一、あの日から彼はあさぎに触れないどころか、話し掛けることすらせず、まるで彼女がそこにいないかのように無視しているのだから。
 清矢郎もあの出来事は、子供の頃の失態として忘れたいのだろうか。ほんの少しであるが、従妹の少女の身体に触れたことなど。だから彼とは四年間言葉を交わさずにきたが、あさぎとしてはその存在を意識しているだけで疲れ、同じ空間にいると息苦しくなってしまうのであった。

 その時の恐怖とそれからの苛立ちを和らげるように、四年前から赤い金魚は空中を飛び交っている。しかし約一年ぶりに会う清矢郎を、金魚たちは見たいとでも言うようにその部屋の前へとうろうろと飛んでいってしまうのだ。
 ――なんで、そっちに行くのよ。
 あさぎにはそれが気に入らない。まるで自分だけが彼を意識しているようであるから。
 確かに清矢郎は幼い頃から年齢の割に浮ついたところもなく、学校の成績もよく、習っていた剣道の大会でも何度か優勝していた。親戚受けがよいのも分からないでもない。このあたりの地区でトップレベルの高校に入学したことで、二年前の祖母の葬式の時も、一年前の一周忌で会った時も、皆に褒めそやされていた。あさぎは今年の受験で、その学校の合格ラインに達することが出来ず、諦めて一ランク下の進学校に入学したと言うのに。
 ――あんなことした人なのに。なんか、ずるい。むかつく!
 たとえ僅かに触れられただけでも、血の繋がった相手に性の対象として見られたことは、まだ小学生だったあさぎには非常にショックなことだった。
 しかし彼はとんでもない悪い男なのだと声を大にして言いたくとも、幼い時にそんな目に遭ったことを身内に知られたくはなく、何より親戚の仲を悪くしたくないことから、彼女はひたすら沈黙を守るしかない。本当に一瞬触られただけのことであるし、忘れるしかないのだ。
 だがそれではフェアではない気がしている。なかったことにしたくとも、こちらは金魚の幻覚のおかげで、余計にあの出来事を忘れられないのに――と。
 そこであさぎがやるせなさに唇を噛み締めた、その時。斜め後ろの部屋の障子が開き、その反動で金魚の群れが風で煽られたようにふわりと動いた。そして縁側へと出てくる者を誘導するように、部屋からあさぎの方へと泳いでくるではないか。
 ――こ、来ないで!!
 彼女の祈りも虚しく、障子の影から黒い詰襟姿の背の高い少年が、背筋の伸びた姿をすっと現した。そもそもあさぎが、祖母の位牌のある仏壇部屋の前に座っていたことがいけないのだが。
 逃げる間もなくあさぎは縁側に座ったまま、高校三年生となった従兄の少年、清矢郎を見上げる羽目になった。
◇拍手&簡易メッセ◇

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