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御ヒメさま2
作:水瀬愁




 好きってわけじゃないと思うんだけど。
 私は、ただ、悠くんに抱きつくのが当たり前になってるだけで、別に好きってわけじゃない。
 そりゃ、少しは、かっこいいとも思う。
 でも、友達止りだと思ってる。
 いや――思ってた。
 私の友達さん。最初は無口で、仏頂面で、綺麗な容姿がもったいないと思うくらいだった。
 その人が打ち解けて、私の友達になって。
 でも、私よりももっと打ち解けた人がいるんだって、知った。
 私の知らないところで、悠くんが他の女の子に微笑んでたりするのかと思うと――ちょっと、だけど、頬を膨らませる。
 恋じゃない、とは思うんだけど。
 でも、まだ私の方が近い。
 零距離でいると、なんとなく安心。
 悠くんは困った顔をするけど、それはそれでまた良い。
 でも、気づいたときにはまたあの娘の傍にいて。
 私も見たことがある、暖かい笑顔をしていて。
 とにかく、これはそんなお話。

 御ヒメさま 第二話【我知らず 芽生える内は 青き夏】

「……プール、ですか」
「そう、プール。夏休み入ってすぐ、ここのプールが開くからさ。授業ない分みんなで楽しまないか――と、三瀬が言ってるんだ」
 懲りない三瀬は、またなんらかの企画があるのだろう。
 その辺りも問い詰めなくてはいけない。
 俺が声をかけた由佳は、通常の仏頂面に相反する萌萌モード(命名三瀬)でん〜と唸っている。
 明日にはもう終業式がある、通知表にはきっと絶望も何もしない文字が並んでいることだろう。
 全国模試二位の実力は伊達じゃない。現在高校二年生なので、約二年前ということになるが。
 で、話をもどすと。
 この高校にはプールの授業がない。
 そのくせ、なぜかプール施設はある。
 充実してる、とは言えないが、整備してあるので、とりあえず入ることができる。
 そんな微妙なプールだ。
 由佳は恥ずかしそうに言う。
「泳いだことないんです……」
「やめとくか? 三瀬には適当に言っとくけど――」
 授業にないのだから、泳いだことがないのはなんとなくわかる気がする。
 由佳はさらに唸ると、俺を見上げた。
「ええと……その……ゆ、悠さんは、どうするんですか?」
「俺? まあ、行くけど」
 特に予定はない。
 初日にいきなりってことはないわけだし、それなら、宿題討伐計画にも支障はでない。
 由佳は目を輝かせた。
「なら、大丈夫です♪」
「は?」
 由佳は泳げないわけで、ちょっと自信がなかったりして、俺が行くって言ったら大丈夫に……
 由佳はにっこりと微笑んでいた。
「は?」
 多分、カンなんだが。
 多分――俺は頼られてるんだろうな。


「海だ!」
「現実をよく見ろ。どうみても質素なプールだろうが!?」
「無限に広がる金色の海!!」
「それは稲の描写だろうが!?」
 スクール水着を着て豪快に叫んでいるのは、奈菜だ。
 恥らう様子なく仁王立ちして、俺のツッコミを楽しんでいる。
 その背景には、自分で言ったとおり質素なプールが。
 プール公開初日というだけあって人が多い。
 それでも、四人ほどが泳げるスペースは楽々見つけられた。
 三瀬が俺の隣に立つと、不敵な笑みを浮かべる。
「時に、水越よ」
「奈菜と俺の名字は偶然一緒なんだし、名前のほうでいいんじゃないか?」
「水越と呼べば二人ともが該当する。使える札だと思うぞ?」
「奈菜ー、三瀬を殴ってくれないかー?」
「かっ飛ばすぜ!」
「水越嬢よ、ここは穏便に――ぐはっ!?」
 プールに向かってはしゃいでいた奈菜が一瞬にして振り返り、三瀬へと回し蹴りを放った。
 俺は軽く十字を切り、もう一人のメンバーへ目を向ける。
 プールサイドに座って脚を水の中にいれている、由佳。
 俺はその横へ腰を下ろした。
「ビート板借りてこようか? それとも、俺が手を持つか?」
「……ええと、その、心の準備が…………」
 俺はプールへと身を沈める。
 冷たさに身震いし、振り返った。
「ほら、来いよ」
 由佳に向かって片手を差し出す。
 一瞬手を伸ばし、躊躇し、もう一度伸ばし、俺の手を掴んだ。
 俺はゆっくりと由佳を引き寄せ、水の中へ引き入れる。
 腰まで浸かる。由佳は僅かに身震いした。
 俺の目にいろいろと困ったものが飛び出す。
 それは――由佳の頭に生えてきた狐ミミ。
 動揺によって開放されてしまったようだ。狐の尻尾はまだ出てきていない。
 俺は一気に由佳を引き、抱きかかえる。
 由佳の腕が俺の背へと回り、強く爪を立てた。
 由佳のお尻のところからはみ出すように狐の尻尾が飛び出す。
 狐ミミを隠すために由佳を俺の胸へと押し付けた。
 数秒後、ミミと尻尾が消えたのを確認すると、由佳を離す。
 そして、微笑みかけた。
「一気に入ったほうが楽だと思ってな」
「でも……冷たいです……」
 由佳は俺に背を向けて、辺りへと手を動かしている。
 冷たい、と言って片目を閉じているが、表情は嬉々として輝いていた。
 思わず、笑みを溢す。
「それじゃ、由佳――どんな泳ぎ方ができる?」
「………………え?」
 由佳は首を傾げた。
 多分、その反応は予兆なのだろう。
 俺の予想は――当たっている。
 きっととか、多分とかじゃなく、断言。
 俺は何も問わなかった。
 もじもじとして肩までしか沈まない由佳を見れば、なんとなく察せれる。
 俺はため息を漏らしたくなった。
「……まずは水の中で息を止める練習な」
「は…………はぃ……」
 由佳は身を力ませて、返答してくる。
 なんとなく――今日も疲れる一日になりそうだと、思った。


 夏の白昼は永遠と続くようだ。
 由佳が水中にもぐれるようになるまで、俺と水中睨めっことかいうゲームみたいなやつをしたり、水中に落ちたコインを拾ったりするゲームをした。
 その後はプールの縁を持ってのバタ足練習。
 ぎこちない動きを見下ろしていたら、由佳が恥ずかしいと言ったりした。
 俺が由佳の髪を撫でつつ、バタ足をさせていたのがいつだったか。
 その後は俺の手を持って泳ぐ練習。
 「手、離さないでくださいね。絶対離しちゃダメですよ!?」といわれると自転車の練習を思った。
 王道通り、こっそりと手を離して突っ立っていたのは少し前。
 大分して気づいた由佳は、怒るよりも喜びでいっぱいだったみたいなので良し。
 もう一度言おう。
 これだけ過ごしても――白昼はまだまだ続くようだ。


「あちぃ……」
 俺は太陽を見上げた。
 プールの水が生暖かくなるほどの日射、きつくなり始めた気がする。
 俺は由佳の手を掴み、即行で奈菜を索敵・捕獲すると、プールから脱出した。
 人の数は減るどころか増えてる気がする。
 きっとここにいる人も、今日限りで満足するんだろう。
「なあ、どうす――」
 我が目を疑った。
 そして、頭を片手で押さえる。
 奈菜が、まるでどこかにいるセクハラオヤジのごとく、由佳へと密着していたのだ。
「グヘヘ、すべすべした肌してますのぉ……このシャンプーの香もまたたまらんっ」
 訂正、完全にセクハラオヤジだ。
 激写しようとしたパパラッチ三瀬は、脱兎のごとくプールの中央へとぶっ叩き飛ばされた。
 今一度、十字を切る。
 そして、奈菜の頭をガシッと鷲掴みにした。
 そう、ユーフォーキャッチャーのように。
 戸惑っている由佳はほっと息を吐き、ちぇっと舌打ちする奈菜は不満そうに唇を尖らせている。
 だが、その表情が一瞬にして輝きだした。
 思わず手を離してしまい、奈菜が由佳へと今一度腕を回してしまう。
 だが、それだけだった。
 そのまま、俺へと向きを変える。
「由佳ちゃんと私のタッグ、可愛いでしょ♪」
「まあ、可愛いのは認めるけど……」
「悠くんって凄いよねぇ、女の子二人も誑かすんだから♪」
「いつ!?」
「悠くんに付けられた痕がうずくのぉ……あぁん♪」
「ジュースでも奢ってやるから、冗談はそれくらいにするよな?」
「イエッサ〜♪」
 翻弄されている由佳は奈菜といっしょに両手を上下させられている。
 俺は思わずため息を漏らした。
 いつのまにか俺の背後でメモをしている三瀬に渾身の一撃を叩き込むのを忘れずに、校門の真っ隣にある自動販売機へ向かう。
 人目を避けて、普段は通らない道筋を。
 太陽の光を浴びず陰を作っている校舎内が、やけに涼しく思えた。
 プールからのはしゃぎ声ももう聞こえない。
 曲がり角が見えたとき、向こうから一人の男性が姿を現した。
 作業員のような、薄汚れた服装。
 咥えタバコをしたまま、まるで俺を待っているかのように立ち止まる。
 不振に思いつつもその隣を通ろうとして――
「【狐姫】の恋人さんも、大変みたいだな」
 立ち止まった。
 人ではない何らかの因子を、敵と設定し、警戒する。
 この男は、俺の眼光をまっすぐと見つめ、気の緩んだ目で感心の声をあげた。
「良い目してるな――でも、俺は敵じゃねぇよ。言うならば」
 男がクスリと微笑む。
「ただの――【トイレの花子さん】だ」


「………………は?」
 暑さで参った人だろうか。
 俺は言葉を探しながら、口を開く。
「あ〜……大丈夫ですか? それと、俺はその、オカルトとかはあんまり……」
「座敷童の言葉は信じたくせに、俺の言葉はスルーかよ」
 男は失笑した。
「それに、俺が妖怪の類なのは本当だ」
「……花子さんって、女の子でしょうが」
「それは本でのことだろう? 『さん』付けで男を示すこともある」
 男は咥えタバコを人差し指と親指で掴む。
「世の中には二つのトイレがある。男子便所と女子便所だ――そういうことだ」
「……なんでトイレにいないんです?」
「この学校に【妖界】の空気が充満してきてる。人間や、自分が妖怪だと意識していないやつ以外は気づかないだろうが」
 初耳。
 充満しているというのを聞くと、悪い予感が走る。
 だが、男はにかっと笑った。
「人間に悪影響を及ぼしたりはしねぇよ。だが、妖怪が集まりやすくなるかもしんねぇ。
これからは――【除霊死神】に気をつけなくちゃな」
 思わずピクリと反応してしまう。
 【除霊死神】の女の子。由佳に手をだしはしないといっていた。
 だが、この学校が妖怪の溜まり場になったとしたら――本当に放置だけで済むのか。
「案ずるなよ、少年」
 男は妙に自信たっぷりの様子でそう言う。
「もう既にこの辺りには除霊陣が張られている。俺たちが気にすることじゃねぇよ。
まあ……この空気だけは消せないがな」
 男の片手が壁に触れる。
 いや――通り抜けた。
 幽霊か妖怪なのだと、理解しざるを得ない。
「今回接触したのは、忠告を言うためだ」
「……忠告?」
 俺はオウム返しのように呟く。
 男の顔が険しくなったのを見て、ただ事ではない気がした。
「……この学校には、私と狐姫以外の、妖怪がいる。
しかも、暴力的で強大な力をもっているかもしれない。
たまに、その予兆みたいな力が感じられた」
「由――狐姫みたいなやつがいる、と?」
「あるいは、狐姫の滞在が原因で、人間が特異になったか。だな」
 思わず背に冷たいものが走る。
 狐姫は在るだけで人に影響を及ぼす――嫌な現実だ。
「だから、そいつに気をつけとけって言いにきた。正直、誰の目も気にせず学校内歩き回れるのは楽なんだ」
 男は身を翻すと、壁に向かって歩みだそうとする。
 俺は思わず手を伸ばし、壁に触れた。
 男は俺に構うことなく壁の中へと消える。
「世の中には押さえられない感情が三つある。恋と、愛と――嫉妬だ」
 男が呟いた言葉が、やけに木霊した。
 俺の中で、もやもやとしたものだけが残る。
 白昼は――まだ終わらないようだ。


 オレンジジュースを二つ買い、プールへともどる。
 由佳と奈菜は隣同士でプールサイドに座っており、俺はその髪へ手の甲を押し当てた。
 振り返った二人にジュースの缶を掲げる。
 同じような表情をしているのを見て、思わず笑みを漏らした。
「午後はどうする?」
 俺は聞く。
 奈菜が片手をあげた。
「バナナボート!」
「却下。場所と物資がない」
「海中遊泳!!」
「却下。ここはプールだ」
「超滑り台すべり!!!」
「却下。別のプールに行け!」
 奈菜は満面の笑みを浮かべてジュース飲みにもどる。
 思わず盛大に息を吐いてしまう。
「悠さん、ジュースをどうぞ」
「ああ……ありがとう」
 由佳が俺へとジュース缶を差し出す。
 俺はありがたく頂戴した。
 酸っぱいというより、さっぱりとした甘みのある液体が喉を通る。
 口を離すと、なぜか奈菜が固まっていた。
「か……かか……か………………」
「ん、蚊はいないし歌も聞こえてこないし火もないし華もないと思うが?」
「間接キス!?」
「無視か……無視なのか……」
 いつの間にかいた三瀬は完璧なスルーをされている。
 それに構う暇なく、由佳が沸騰した。
 その背中を支えて顔を覗き込む。
 プールだというのに長湯でのぼせたようになっていた。
 ニヤリと微笑んでいる奈菜をペシンと叩いておく。
 そして、手元へと目を落とす。
 さて――どうこの場を切り抜けるか。


 白昼は、唐突に終わるらしいことを知った。


 由佳が落ち着きを取り戻すまで数分。その後、それぞれ帰宅することに決定した。
 俺は男子更衣室で着替えを済ませ、早々と校門をくぐる。
 そのとき、声をかけられた。
 三瀬かと思った。あいつはまだカメラ(予備)をパシャパシャと鳴らしているところだろう。
 奈菜かと思った。振り返る。
 少し予想外。だが、予想できる範囲だったみたいだ。
「悠さん、いっしょに帰りませんか?」
 プールの水で少しぱさぱさとした髪。首にはまだタオルをかけていた。
 百聞でのこいつは無愛想で堅苦しい女性、一見でのこいつは少々ドジがすぎる天然でふんわりとしたお嬢様。
 俺はこいつを――由佳を急かし、歩き出した。
 ………………。
 …………。
 ……。
 気のせいだろうか。
 背中に――突き刺さる視線は。
 その冷たさと鋭さに、振り返ることはできなかった。


 夏は、時間に関係なく蒸し暑い。
 思わず、プールの冷たさが懐かしく思えた。
 隣にいる由佳を視界の端において空を眺める。
 唐突に光を失った空。白昼は、永遠だと思えるほど明るかったのに。
「……悠さん」
「ん?」
 俺は視線を落とした。
 物静かに、暖かい目をしている由佳と目が合う。
 俺は微笑みかけた。
「どうした?」
「ん……呼んでみただけです」
 思わず唖然。
 由佳がクスクスと笑い声をたてた。
「意外でしたか?」
「ああ――まあ、意外だったな」
「多分、みんなそう思いますよ。お母さんも、お父さんも、悠さんといるときの私を知りませんから」
「……それってどういう……」
 由佳へとまっすぐ顔を向ける。
 寂しそうな、何かを堪えたような、無理やりな優しい笑み。
 何かを思い出すかのように――由佳は話しはじめた。
「私、いじめられてたんです――小さい、小さい頃のことですけど」
 由佳の目の先には変哲もなく。
 でも、きっと、由佳の見ているものは今の空のように暗いのではないかと思った。
「だから、今がとっても幸せなんです。いじめられないようにって自分を偽ってた毎日が、とっても無駄な気がするんです。
冗談が言えたり、笑いあったり、一緒に歩いたり――私にとっては、とっても幸せなことなんです」
 由佳は俺に、にっこりと微笑んだ。
 微風のような、ふんわりとした笑み――とても、暖かい。
「俺はさ」
 自分の声になぜかびびってしまい、一度口を閉じる。
 落ち着くのに数秒もかからず、もう一度口を開いた。
「俺はさ、お前じゃないから、そういう幸せってのがよくわからないんだけど――由佳は今、幸せなんだな?」
 コクリと頷く由佳。
 小動物、愛玩動物――詳しく例えれば、ハムスター。そんな感じな気がした。
 いや、狐だろうか。
 コンコンと鳴く由佳――結構似合う。
「なら、俺はそれでいいや」
 心からの、作りじゃない笑みが浮かべられた。
 もう一度空を見上げる。
 暗い空は、先ほどよりも明るく思えた。


 家に帰る。
 ガードマンさんに会釈すると、なんかすっごい穏やかな目で笑みを返された。
 親しさは友達ほど。信頼の絆はすごいな。
 ドーペルマンと格闘し、最終的には頭を撫でてやって通り過ぎる。
 執事には深く挨拶のお辞儀をしておく。
 通りかかったネコの毛並を軽く撫で、水越宅に到着だ。
 すると、いきなり誰かがのしかかってきた。
 見る間でもなく、このなじみのある弾力と感触は――母。
 その向こうにはまた馬鹿なことをしそうな親父。
「悠ちゃん、おかえり♪ 寂しかったよぉ」
「はいはい、ただいま――先にご飯?」
「ご飯は和風、お風呂は薔薇、私は……クマさん」
「クマさんが結構気になるよ!?」
「いつからそんなエロ息子に育ったのだぁ! というかいつからそんな仲になったのだ!?」
 和風料理には似合わぬ、白い布がひかれた長〜〜〜〜〜〜いテーブル。
 悲しいことに、テレビでみたものをこの糞親父が取り寄せたのだ。
 と、糞親父のことを無視してみる。
「まさかまさか、よからぬことをしてたりはしないだろうな?」
「………………」
「なぜ無言!?」
「………………」
「否定してくれ、頼む、頼みます!!」
 実はスルーしているだけだったりするのだが。
 とにかく、母さんの身体を引き剥がした。
 ふっくらとした頬がまた可愛らしい――こっちがハムスターか。
「それより母さん。今度、久しぶりに、買い物にでも行くか? 夏休み入ったんだしさ」
「それは嬉しいけど………………宿題は大丈夫?」
 軽く微笑みかけてやる。
「夏休み一週間経過で、残りひとつ。そしてそして、そのひとつが、通知表へのハンコだったりしてね」
「むむぅ………………なら、いっしょにお料理作ったりもできるね♪」
 ちょっと頬を膨らませたが、すぐ嬉しそうに飛び跳ねた母さん。
「いつもどおり、二十四時間いっしょの日ばかりになりそうだよ。ああでも――夏祭りは無理かな。友達と行くかもしれない」
「そっかそっかぁ。なんか正彦さんが言ってたんだけど、イベントか何かがあるらしいから、詳しいことがわかったらすぐに伝えるね♪」
「了解しましたっと」
「……あぁ〜、仲良いじゃんか……仲良すぎじゃんか……」
 今日の糞親父はいじける度が高い、何かあったのだろうか。
 少しばかり空を見上げる。
 見えるのはオレンジのかかった天井だった。


 静まり返った校庭。
 【トイレの花子さん】は未だ咥えタバコをしたままお気楽な様子で歩いていた。
 校庭と校門は隣接している。故に、それがあった。
 凍ったタオル。瞬間冷凍されたかのように氷柱がところどころに引っ付いている。
 嫌な時代に生まれて男だと言うのに子という文字を名前につけられた【トイレの花子さん】は、それを手に取った。
 ふたつほど、【トイレの花子さん】にはわかったことがあった。
 ひとつ、氷がまったく溶けていない。
 涼しいわけがない夏の夜。氷が無防備に放置されて溶けないはずがないというのに。
 もうひとつ――【トイレの花子さん】は呟いた。
「【雪女】か……」
 【トイレの花子さん】の声は、やけに低く、やけに遠くまで響いたそうな。















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