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suicide magic
作:リープ



第50話 「ターミナルケア」


 なぜ僕はまた助けてしまったのだろう。
 こんなことをまた自問自答する日が来るなんて……
 武内を引き上げながら、今までのことを思い出していた。


 時間は武内を生き返らせた直後へ戻る。
 父さんの例を考えると二、三日は猶予がありそうだと感じる。
 『どうせならすぐ終わればいいのに』と思いながら。
 すでに僕の死への準備は始まっていた。
 今更家にも戻れないし、戻ったところで別れが辛くなるだけだ。
「うーん……」
 生き返った武内を目の前にどうしようか思案していると近くにいた坂本と目があった。 なぜか坂本は眉間にシワを寄せて僕を睨んでいる。
「坂本、どうした?」
 もう、僕が魔法を使って死ぬことがバレたのか?
 術の途中で土屋の魔法が解けたなんて言ってないし。
 内心焦りながらも、なんとか顔を作っていると、坂本が近づいてきた。
 僕は焦ってちょっとだけ身構える。

「広野君、むこう向いててくれる?」
「えっ、なぜ?」
 するとさらに坂本が険しい顔になったと思ったら、大声で叫んだ。
「亜也が裸だからに決まってるでしょ!」
「ええっ!?」
 さっきまで術に真剣だったから気づかなかった。
 武内は呼吸はしているものの意識は無い。
 外見上、寝ているのと変わらない。
 それにしても惜しいことをしたな。
 ちょっと横目で見てみようか……
 眼球だけを横にずらした瞬間、坂本の視線とぶつかる。
「広野君!」
「ご、ごめんなさい!」
 とりあえず土屋の服を着せた後、この場所から移動することにした。
「それじゃあ、私の家に運んで」
「武内の家じゃないのか?」
「うん。私の家なら色々と用意が出来るし、いざとなったら大人の手も借りられるしね」
 坂本が自分の家を指示したので、成り行き上、僕が武内を背負って運ぶことになった。
 武内を背負うと確かに生きている人間の温もりと重さを感じた。かすかに寝息が耳にかかる。わずかに顔がほころんが、すぐに坂本の咳払いが聞こえたので真剣な表情に戻した。

 家に運んだ後、武内をベッドへ寝かせると、坂本は色々と行動した。
 さっそく、武内の家から着替えを持ってきて彼女に服を着せる。
 坂本から許可をもらい、部屋に入ると武内が静かな寝息を立てて眠っていた。
 それにしても本当に生きているのだろうか。
 確かに呼吸はしてるし、寝返りをうつところを見ると、しばらくしたら起きるのだろう。
 ……でも、起きたら何て言えばいいのだろう。
 この二人とももうすぐ別れなければならないのだが……
 ともあれ、武内の看病と言うことで、その日の宿は坂本の家に決まった。
 夜はさすがに疲れてすぐに眠ってしまった。

 次の日、僕は坂本に起こされて目が覚めた。
 眠い目を擦りながら、坂本を見るとなぜか慌てている。
「どうした? アイツが目を覚ましたのか?」
「……違う」
 すると坂本はそっと僕に手鏡を差し出した。
 不思議に思いながらも鏡を覗く。
 その瞬間僕の背筋に冷たいものがはしる。
「髪の毛が……白?」
 なんと一日経過すると僕の髪の毛はどんどん白くなっていった。
 徐々に迫る死の恐怖を感じる。
 本当に僕はこの世から消えてしまうのか……

 自然に鏡を持つ僕の手が震えだした。
 さすがに坂本も気づいてしまうかもしれない。
「広野君その髪……」
「あっ、あれ? なんだろなこれ」
 そう言いながらも僕の声は震えていた。
 気づけば唇もなかなか言うことをきかない。
「……誤魔化さないで」
 坂本の瞳はすでに涙で溢れていた。
 これ以上はここにいられない。
 僕はとっさに立ち上がった。
「じゃあ、家に帰るよ」
 しかし、すぐに腕をつかまれる。
 振りほどこうとするが、さらに力強く握り締められた。
 僕は坂本から目を逸らし、冷静になるように努める。
「離してくれよ」
「……駄目……もう会えない気がするから」
 さすがに女の子の勘は鋭い。
 坂本は腕を引っ張り、無理やりに視線を合わせてくる。
 それだけでもう僕はこの部屋を出て行くことができなかった。

 それ以上は何も無く、二日目も過ぎていく。
 夜になるが、僕は一向に寝付くことが出来なかった。
 部屋の中には僕と坂本と武内がいる。
 すでに部屋を暗くして各々が床についていた。
 今日も武内は起きることなく、ぐっすりと眠ったままだ。
 このまま眠り続けるのかもしれない。
 そしたら僕は生き続けることができるのだろうか?

 室内の暗闇が余計に僕を不安にさせた。
 やっぱり死ぬのは怖い。
 ……嫌だ。 嫌だ! 嫌だ!!
 心の声が大きくなり、僕は目に涙をため、叫びそうになった。
『まだ生きていたい!』
 僕の心が爆発する寸前、自分に何かが覆いかぶさるのを感じた。
「なっ!?」
「……しっ」
 さらに誰かが僕の口をふさいだ。
 僕は目を開け、慌ててもがくように手を払う。
 やがて、荒い呼吸が聞こえ、目が慣れてくると正体がわかった。
「坂本?」
 僕が問いかけた瞬間、頬へ何かが落ちてきた。
 それは紛れも無く涙だった。
 僕の目の前には坂本が涙目で覆いかぶさっている!?

「広野君、絶対に変だよ。髪の毛の色が変わるし、思い悩んでいるようにみえる」
「……そんなこと無いって」
「お願い、本当のことを教えて。一人で苦しまないでよ」
 今にも唇が届きそうな位置まで坂本の顔が迫っていた。
 近づきすぎているために視線を逸らそうにも出来ずにいる。
 それどころか彼女の瞳に吸い込まれそうだった。
 ……非常にまずい状況だ。
 僕は何とか誤魔化そうとした。
「顔が近い。それ以上近づいたらキスしちまうぞ」
「え!?」
 すると坂本は我に返ったのか、一瞬顔を引っ込めた。
 なんとか、この状態を乗り切ったと安心した直後、坂本がポツリと呟く。
「いいよ」
「……え!?」
「私なら覚悟はできてる。だって好きな人を自分の部屋に泊まらせているんだよ」
 男の僕が坂本の家に泊まることができるのは、彼女が僕を家族に女友達だと説明しているからだ。
 そのため、トイレに行くにも家族の目に触れないようにしなければならない始末だった。
 だけど、そのお陰で家に帰らなくても済んでいるわけだし、武内の近くにもいることが出来た。
「軽はずみな言動は後悔の元だぞ」
「だったら本当のことを教えて」
 坂本の表情はやっぱり真剣で、雰囲気に流されて言っているのではないと理解できる。

 誰にも言わないつもりだったけど、彼女には言っておこうという気持ちになった。
 とうより、一人で抱えきれなくなったからという理由もある。
 できるだけ簡素に魔法のこと、自分の命が短いことを伝えた。
 聞いた直後は坂本は驚きの顔を隠せないようだった。
「もう変えられないんだよね」
「無理だな」
「……亜也にはどう言うの?」
「適当に伝えておいてくれるかな」
「私が? ……まさか、いなくなるつもり?」
「わからないよ」
「そう……」
 すると坂本は自分の布団へと戻っていた。
 実際、もっと泣かれるかなと思ったので少し拍子抜けだった。
 しばらく無言の状況が続く。
 そして、少ししてから静けさの中で彼女の声が響いた。

「ねぇ、広野君。私は泣かないから」
 彼女は何か決意したような強い口調で話し始めた。
 僕は黙って聞くことにした。
「私は意気地が無いから……せめて笑ってお別れしたいの」
 すると布団に何かが入ってくるのを感じた。
 さらに僕の手に何かが触れる。
 少し冷たいけど、しっかりと僕の指に絡みつくもの。
 それは彼女の手だった。
「だから最後にお願い。私が寝付くまで手を繋いで」
 彼女には本当に悪いことをしたと思っている。
 告白をしてくれたのにもかかわらず、振った挙句、土屋の事件に巻き込んだ。
 一時は自分を傷つけるという事態まで起こしてしまう。
 それなのにこの僕を信じてくれていて、決して大きなことはねだらない。
「……わかったよ」
 僕はすでに触れられている彼女の手を強く握り締めた。
 せめてもの罪ほろぼしのつもりで……

 結局眠れないままにカーテンから光が漏れてくる時間になっていた。
 隣をうかがうと、坂本はすでに寝息を立てて眠っている。
 握る手もわずかに緩んでいた。
 ……出て行くなら今だな。
 僕は決心するとそっと手を離す。
 静かに立ち上がり、部屋のドアに手を掛けた。
「……さようなら」
 僕の背後でそう聞こえたようなきがしたけど、振り向かずに部屋を出ることにした。


 外に出た僕は足取りの重さを感じた。
 なんだか息苦しくもある。
 ――もしかしてこのまま死ぬんじゃあないだろうな。
「かはっ! はあっ、はぁっ、はぁっ……」
 無理やりに呼吸を何度も繰り返す。
 しかし、口の中に空気が入るだけで肺まで届いている感覚はなく、浅い呼吸が続く。
 過呼吸な状態に陥り意識が朦朧となった。
 まだ動けるんだ。進め、進むんだ。
 ふらつく体を壁伝いに進むことで支え、歩き始めた。
 まるで死に場所を探すように。

 ……それにしても僕はどこへ行くつもりなのだろう。
 そしてどれぐらいの時間が経ったのだろうか。
 わからないまま僕が壁伝いに手を伸ばして何かを掴んだ。
 なにかと思い、手先を見ると鉄製の校門だった。
 僕は何気なしに学校へ向かっていたのだ。
 無意識に最後の場所として選んだに違いない。
「まぁ、悪くないか」
 何とか校門をよじ登り、落下するように降りる。
 よろよろとグランドを横断すると校舎へ向かった。
 校舎内に入った僕は自分の教室へたどり着く。

 自分の机を探し、席に着くとうつ伏せになり、荒れる呼吸を整えようと休むことにした。
 すると、昨日ずっと起きていたこともあり、いつの間にか僕は眠ってしまった。
 寝ている間、何を夢見ていたのかさっぱり覚えていない。
 なぜなら起きてからの出来事に記憶を奪われたからだった。


 どれぐらい時間が経ったのかわからない。
 静かだった教室にわずかに異音が混ざった。
「――!?」
 迫ってくるような足音が耳に入り、僕は目を覚ました。
 左右を見たけど、誰もいない。だけど、確かに足音がする。
 僕はとっさに机の陰に隠れた。
 窓を見るとすでに夕暮れだった。

 そして足音がする教室の廊下側を伺っていると、入り口の窓から人影が通り過ぎるのを見てしまう。
 一瞬見えた人影は……紛れも無く彼女だった。
「……武内、目が覚めたんだ」
 揺れる肩に掛かりそうなぐらいの髪、光を帯びた大きな瞳。
 何より動いている彼女をもう一度見られたのが嬉しかった。
 それにしてもどこへ向かったのだろう。
 まさか、僕を探しに来たんじゃないだろうか?
 ……んな訳がないか。
 アイツは別に僕のことなんかなんとも思ってないはずだし。
 ただ、ほんの少しでも僕に会いたいと思ってくれていたら……
 だとしても、どの面下げて彼女に会ったらいいんだ。
 もう、僕の命は残り少ないんだぞ。
 ――でも、その時間が少ないからこそ、会っておかなければならない人がいるんじゃないか。
 いつの間にか僕は自分の机を力強く握っていた。
 ここで武内が声をかけてくれたから始まった。

 『人なんかのために魔法を使うなんて馬鹿らしい。裏切られのがオチだ』
 『距離をとってそれなりにやっていけばいいじゃないか』
 『人と深くかかわりあい、情けをかけて面倒なことになるなんてのはゴメンだ』

 あの頃いつも考えていたことだった。
 でも、この言葉を簡単に乗り越えられる気持ちがあったのだ。
 それは『好きになる』ということ。
 結論とはいつもありふれた言葉で構成されている。
 なぜなら問題は、『それを誰に向けて行動するか』にかかっているからだ。
「――よし!」
 武内の行くところは一つだ。向かう場所は屋上。
 僕は教室を飛び出し、後を追った。


 ……その結果が、今武内を引き上げている僕に繋がっていた。
 まだ魔法が使えたこと自体奇跡だと思っているのだが、上手くいってホント助かった。
 彼女を抱きかかえたまま、屋上へと着地する。

 改めて彼女を見ると本当に生き返ったのだと実感した。
 風に吹かれて彼女の髪が揺れる。
 少し寒いのか、身を縮めてしかめっ面をする仕草。
 全てが新鮮に見えた。そして彼女とまた話がしたい。
 でも、なんだか照れくさく、何言っていいかわからない。
 僕は視線を逸らして誤魔化そうとした。
「広野君、えいっ」
「は? ――っ!!」
 その瞬間、僕の頬に強烈な衝撃が襲う。
 必要以上に顔が横を向き僕は少しだけよろめいた。
 もちろん、武内が平手打ちをしたからだ。

「な、何するんだよ!!」
「私の裸見たでしょ」
「あっ……」
 否定すればいいのに僕は思わず、バツの悪い顔をしたに違いない。
 ……っていうか、なんでこんな時にそれを言うんだよ。
 と僕が思うのもつかの間、再び武内の平手打ちが今度は反対の頬を叩く。
「痛――っ!!」
「今のは黙っていなくなった分」
 両方の頬が痛みで交互にジンジンする。
 頬を摩りながら武内を見ると、ジト目で僕を睨んでた。
 なんだよ、なんなんだよ!!
 ちっとも感動の再会にならないので僕は正直がっかりした。

 さらに武内は指を差して僕に宣言した。
「これで済むと思ったの? 今から皆の分を晴らさせてもらいます」
「はあぁぁっ!?」
 ちょっと待て、これは戦闘漫画じゃないんだから、それはしなくて良いんじゃない?
 僕は思わず後ずさりした。
 それを見逃さない武内は一歩前に踏み出す。
 僕の喉がゴクリと鳴った。
「じゃあ……まずはお母さんの分」
 武内が何か言いながらどんどん迫ってくる。
 しかも今度は両手を伸ばしてきたじゃないか!
 どれだけ叩く気なんだよ!!
 僕は必死に弁解しようと説得を試みる。
「まて、こんな時に何――!?」
 問答無用に近づいた武内は僕の頬に両手を添える。
 柔らかくて暖かい、手の感触が僕の頬に伝わった。
 そのまま彼女の顔が近くなる。
 まさか――瞬間、僕の胸は高鳴った。

「んっ……」
 そして僕たちは唇を重ね合わせた。
 一瞬だけの軽いキス。
 武内はすぐに顔を離し、微笑んだ。
 さらに驚いて言葉が出ない僕へ呟く。
「次は坂本さんの分……」
 情けないけど、僕は彼女の行動に動くことが出来なかった。
 少しだけ舌で唇を舐めた彼女の仕草に見とれてしまったから。
 湿り気を帯びた唇をわずかに開きながら武内は近づく。
「んんっ……」
 僕の下唇へ甘噛みするように、彼女の唇が触れる。
 やや吸い付くように唇を動かして、僕の唇全体が重なった。
 時間にして数秒、僕にとっては長いキスだった。

 ゆっくり彼女が顔を引いて離れる。
 視点が合った彼女の瞳は潤み艶を帯びていた。
 僕もなんだか気持ちが高まり、すこしだけ目が潤み始める。
 自然に武内の肩へ僕の手は移動していた。
「ちょっと、待って。まだ終わってないから」
「え?」
「……これが私の分」
 頬を包んでいた武内の手に引かれて、僕は再び彼女へ近づく。
 すると僕の唇をこじ開けるように彼女の唇が横から入り込む。
 お互いに唇で噛み合うように、顔を少しだけ上下に動かした。
 柔らかく口をふさがれる感覚に僕は酔いしれる。
 程よい湿り気がお互いの唇の動きを滑らかにした。
「んん……んんっ……」
 少しだけ武内の息継ぎが聞こえた。
 それだけで愛しい気持ちが増幅すから不思議だ。
 さらに歯がわずかに触れると、今度は何かが僕の口へと入ってくる。
 僕は慌てることなくそれを迎え入れた。
 舌を動かすと同じようなうねりをもったモノが絡みついた。
 舌先で確かめたり、擦りあったり、それまるで僕たち自身が絡み合っているようにも思えた。

 さっきとは比べられないような長い時間が過ぎた。
 武内が顔を離すと、僕との唇の間で少しだけ糸を引く。
 すると彼女はいたずらっ子のようにはにかんだ。
 やばい。このまま抱きしめたくなってしまった。

 それにしてもなんでキスなんだよ。
 平手打ちじゃなかったのか!?
 そんな不思議そうな表情を見せた僕に、武内は目を細めながら応えた。
「それだけ広野君が、皆に愛されてたって印」
「えっ……」
 すると武内は数歩僕から離れた。
 彼女は顔を傾けて視線を逸らした後、再び僕を見つめた。
 そしてわざとらしく咳払いを一度する。
「こほん。もう湿っぽいのは一切無しでお願い」
「なんだよ急に」
「だって、私はお別れに来たんじゃないの。幸せになりに来たんだから」
「幸せに?」
「うん」
「なるほど……」

 僕は少し前まで死ぬことばかり考えていた。
 確かに死んでしまうのだけれど、迫ってくる時間に怯えてばかりいた自分がいた。
 だけど……彼女は「幸せになりに来た」と言う。
 僕に残された時間を楽しみたいということなのか。

「広野君、言ったじゃない『また騒ぎたいんだよ。それがどんな空騒ぎであっても』って」
「武内……お前……」
「だからせめて、今日一日……ってもう後数時間しかないけど、私と一緒にいて欲しい」 そうだ、楽しもう。
 抱き合って涙に暮れるだけが最後の時間じゃない。
 悲しくたって、空騒ぎだって、僕らは楽しむんだ。
 もう、これでお別れならば笑って過ごすしかないんだよ。
「駄目?」
「そんなわけあるかよ」
「よかった。それじゃあ――」
「ちょっと待った」
 僕は悔しかったので腕を伸ばし、武内を引き寄せた。

「キスされっぱなしじゃあ気が済まない」
「あっ……」
 驚きながらも近づく武内の額へそっと唇が触れる。
 さすがに唇へ行く度胸がなかった……
 ちょっと情けなさを感じながらも彼女を離す。
 武内は顔を真っ赤にして僕を俯き加減に見つめた。
 そして口を尖らせながら呟く。
「おでこって……」
「しょうがないだろ……僕は慣れてないんだから」
「そうじゃなくて」
 顔を赤らめたまま、武内は近づき僕の服の袖を掴む。
「なんだか改めておでこにキスされると……照れるね」
「あ……」
 別に狙ったわけじゃないけど、怪我の功名と言うべきなのだろうか?
 そして不意に強い風が屋上を吹き付けた。
 武内はそのまま僕に寄り添って風よけにする。
 そして彼女の体を僕全体で受け止めていた。
 武内が顔を上げると、僕たちはまた触れそうなぐらいな距離で向かい合った。
「ねぇ……寒いから教室行かない?」
「お、おう」


 そして僕たちは最後の時を教室で過ごすことにした。
 全てが上手くいったわけではない。
 なんせ僕は初めてだったのだから。
 でも、そんなことは関係なかった。
 彼女の温もりを直接感じ、生きている感覚を味わえたのだから。
 もう、愛しくて、愛しくてずっと抱きしめたい気持ちで一杯だ。


 いつの間にか外はすっかり真っ暗になっていた。
 月明かりが教室内を照らし、なんとか視界は保たれている。
 この夜が明けるまで僕は生きられるのだろうか。

 上着を敷いた床で僕たちはぼんやりと外を眺めていた。
 僕はいつの間にか彼女の頭を腕で包み込み、何度も撫でている。
 そうすることでなぜか僕は落ち着いた。
「こうやって撫でられるの好き……安心するから」
 どうやら武内も同じ気持ちらしい。
 しばらく無言で時間が過ぎていく。
 こういう一見無駄だな時間も大切に思えて、僕は不意に彼女を強く抱き寄せた。
 すると、武内も僕に応えるように僕の体に手を回してくれた。

「広野君……ありがとう」
「な、なんだよ急に」
「何も無かった私に色々なものをくれて」
 ……泣かないつもりだったが、少し涙腺が緩んだ。
 僕は何か話さないと、さすがにやばかった。
「お前絶対に命を大切にしろよ」
「ふん、命を投げ出した人に言われたくない」
「てっ、てめぇ!」
「――わかってる。大切にするよ」
 そして彼女は僕を強く抱きしめた。
 背中に回した指を立て、強く僕へと押し当てる。
「もう無駄にしない……絶対に」
「武内……」
「何が起きても生き続けたい……今はそう思うんだ」

 この時、自分のしたことに間違いが無かったことを確信した。
 どっと背負っていた重荷のようなものが降りた気がする。
 愛しい人に捧げてよかった。
 生き続けてくれよ。これからもずっと。

「そうか、良かっ……」
 ん? どうしんたんだ? 言葉が上手く出ない。
 ……気のせいかとてつもなく強い眠気が襲ってくる。
「どうしたの? 広野君?」
「なんで……もない」
 あぁ、そうか僕はもう時間切れなのか。
 だけど、不思議ともう怖くなかった。
 もういいか……あっ!?
 そして急にわきあがってくる思い。
 しまった。武内に言い忘れたことがある。
 とても重要なことを本人に向かって言ってないことに気づいた。
 僕は何とか声を絞り出そうと頑張った。
「……お前のこと好きだ」
 多分、もう声は出ていないだろう。
 息だけが漏れているだけに過ぎない。
 それなのに、薄れ行く意識の中で、彼女の口が動く。
「私もだよ……大好き」
 あぁ、良かった。
 ――ありがとう。












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